第55話、死霊人形
「ユッ、ユウト、今の音は!? 」
不安げな表情を浮かべ視線を彷徨わせる真琴。
かなりの恐怖を感じているのだろう。
俺はそっと、真琴の震える手を握る。
「ガラスが割れた音っぽかったけど、……隣の部屋からかな? 」
耳を澄ますが、窓ガラス越しに叩きつけられる雨風の音が微かに聞こえるのみで、隣の部屋からの物音は聞こえない。
とその時、この場にそぐわぬハスキーな女の子の鼻歌が背後から聞こえ始める。
心臓が一瞬止まり、表情が引き攣ってしまう!
歌がする方へキッと視線を向けると、……そこにはひとり緊張感のない表情で鼻歌を歌っているアズが。
盛大にため息が出た。
頼むから脅かさないでくれよー。
真琴も驚いただろうけど、俺に至っては死者の書が出てくるあのホラーの名作の歌声とダブってしまい、文字通り度肝を抜かれてしまった。
「なによ? 」
みんなの視線を一身に受けているアズが、頬を膨らませて不機嫌を表現する。
「その、鼻歌をやめて貰えないかな? 心臓に悪いからさ」
「意味がわからないわ。それにやめないわよ? 私は人に指図を受けるのが一番嫌いなの 」
アズは頑固だ。
言い争っている場合でもない。
……ここは引き下がるか。
するとアズはニタニタ笑いながら鼻歌を再開させる、とても嬉しそうに。
アズは驚いている俺たちの反応を見て楽しんでいるのだ。
いやでもその心底嬉しそうに鼻歌歌うそれって、まじでオリジナル版の死霊の歌だからね!
そうして俺たちはアズの鼻歌を聞かされながら、団子状態で固まって移動を開始した。
ちなみにヴィクトリアさんだけは少し離れてついてくるいつもの調子である。
「ユウトユウト」
隣の部屋を覗き込む真琴が助けを求めてくる。
言われて俺も覗き込むのだけど——
そこはどうやら食堂のようだ。
壁には食器棚が並び、乱雑に置かれた椅子たちの中心、中央には長テーブルがあり、その上には四人分の食器が並べられていた。
そして床には割れたお皿が。
さっきの音はこれか、でも敵の姿は見えないよね?
そこで隣に来たクロさんが目を細めるのを見て、先ほどの鏡の間での会話を思い出す。
そうだ、ソウルリストを確認するんだった。
取り敢えず目に付いた、ナイフとフォークを注視してみる。
『目をえぐりたい』
えっ?
もう一度確認するが、流れ込んでくるソウルリストはナイフとフォークともに『目をえぐりたい』であった。
顔がこわばり指の先から血の気が引く感じに陥る中、心音だけがドクドクと高まる。
続けて見ているとその他のフォークやナイフも同じく『目をえぐりたい』。
そして平べったいお皿に関しては『首を切断したい』であった。
まてよ、これって逆に考えるならそこを注意していればいいのでは?
そして真琴はソウルリストの確認精度が極めて低いから、これらを確認できていない。
「真琴、ナイフとフォークは顔、お皿はクビに向かって飛んでくるかもしれないから気をつけて! 」
「あっ、ありがと」
そこで真琴は腹をくくったようで、今までのように弱った子犬のような表情改め、真剣な表情、眼差しへと変える。
「点数を稼いでくるね! 」
ゆらゆら歩きながら真琴が入室すると、開口一番ナイフが真琴目掛けて飛んで来た!
しかし次の瞬間、顔面近くまでに飛んで来たナイフはくの字に折り曲がり真上へと跳ね上がる。
真琴のショートアッパーだ。
そしてショートアッパーを繰り出した形で動きを止める真琴は、ニヤリと笑う。
「死にたい奴からかかってくるがいい」
そうか、真琴の苦手とする部類ではないのだ!
考えればポルターガイストって空飛ぶ食器家具類だもんね。
そうして真琴の無双が始まる。
途中椅子が『体当たりしたい』とか食器棚が『押し潰したい』などの流れ込んできた情報を叫んで教えたけど、生き生きとして暴れる真琴はそれらを聞いているのか聞いていないのかわからないぐらい、その部屋にある全ての物を片っ端から破壊して黒い霧へと変えていっている。
あれ? 中には黒い霧にならないお皿とかもあるみたい?
「クロさん、壊しても黒い霧にならない食器があるみたいなんですけど? 」
「はっ、はい。動かない物は敵ではないので。ただそれらの物も憑依されたら敵となって、その状態で壊せば霧散します! 」
へぇー、そんなふうになっているんだ。
「ユウトユウト、これならボクもやれるよ! 」
部屋の全てを破壊しつくした真琴が、嬉々とした表情で戻って来た。
「うん、よかったね」
俺はそんな真琴の頭をなでなで。真琴も俺に身を任せ頭を預ける形で寄りかかってくると、ふっと俺から離れる。
「よし、次もいくよ! 」
しかし次の部屋の扉を開ける真琴は慎重だった。例の如く僅かに扉を開き覗き込んでいる。
そんな真琴に倣い覗き込んでみた。
すると——
うげっ。
そこは子供が抱きかかえられるぐらいの大きさの人形が、棚や床に並べられたどんより空気の不気味な部屋であった。
「よし! 点数、点数……」
真琴は半笑いで呟きながら入室していく、その足取りは重い。
「あれ? 」
声をあげたのはクロさん。
「どっ、どうかされましたか? 」
「その、今この廊下の突き当たりの部屋で、なにかが横切ったような——」
一人別方向を見据えながら耳を立てるクロさん。
とその時だった、真琴が叫んだのは。
「ユウト、危ない! 」
真琴がいる部屋を見るとこちらへ向かい地べたを何か、黒い影が一つ迫って来ている!
こいつは、カミソリを握りしめたオーバーオールを着た人形!?
ソウルリストを確認しなくちゃ!
『脚削ぎドール』
飛び上がる人形。
えっ? やばい、斬られる!
青白く冷たい煌めきが、俺の太ももに向け横へ走る!
「くぅあっ」
その声を上げたのは俺ではなかった。
それは俺を庇ったクロさんから漏れ出た、苦痛の吐息であった。




