第51話、彷徨う者
やはりこの館、薄気味悪いな。
ところどころ脆くなっている廊下や部屋があるみたいなんだけど、シーンと静まり返っている館で不意にギシギシと響く足音や唸り声が扉一枚挟んだ先から聞こえてくるたびに、生きた心地がしなくなる。
それとさっきから涼しい顔のアズと半狂乱である真琴が部屋に片っ端から突撃して敵を撃破していっているんだけど、競争しているだけあって俺が駆けつけて部屋を覗き込んだ時には既に戦闘が終了している。
そのため俺はまだこの館に潜む敵の姿を確認出来ていない。
敵を一度でも見てさえしまえば良いんだろうけど、想像が想像を呼んでしまい今では地獄のような霧の中の世界に迷い込むホラーゲームが元になった作品のクリチャーたちのような、かなり生々しくもグロテスクな想像にまで行き着いてしまっていたりする。
「ここもハズレね」
部屋の一室から出て来たアズが、またかといった感じでぼやいた。
ちなみに真琴がハズレの部屋、敵がいない部屋を引くとホッとした顔で出てくる。
「雑魚の気配、探るのが難しいわね。クロ、雑魚がどの部屋にいるのかわかる? 」
「たっ、多少なら」
アズに言われ、クロさんは黒髪からぴょこんと耳を立てると両の目をつむる。
どうやら音を拾っているようだけど、そんな事でわかっちゃうのですか!?
「次の部屋にも何もいないようですので、続けて他の部屋も探ってみます。……お嬢様、二番目の部屋に二体います!」
「二体、まぁまぁね」
ニヤリと笑みを作ったアズは、闇のツララを三本具現化させ自身の周りの空間に固定させる。
そして走り始めると同時にその内の一本を射出、部屋を突き破るとそのままの勢いで闇ツララを引っさげ突撃していった。
アズの笑い声と得体のしれない生物の怒声が聞こえる中、依然集中した表情を浮かべるクロさんへと顔を向ける。
「あの、クロさんすみません」
悪いかなと思いながらも尋ねてみると、嫌な顔一つせずに笑顔を向けてくれる。
「なにかありましたか? 」
「その、少し興味があって」
「えっ」
クロさんに視線を送りながらそう尋ねると、クロさんは突然の呼びかけにかなり驚いたようで目を見開いた。
「よろしければ、クロさんがどのようにして扉の先を確認しているのか教えて頂けないでしょうか? 」
「……そんな事でしたか。えーと、詳しい原理は私自身にも説明出来ませんけど、私は生まれながらに空間把握能力が備わっているようなんです。服に隠し持ってる武器とかは、意識を集中させれば立体的にわかってしまうような。そしてその応用で、意識の幅を広げれば潜む敵がはっきりと形まで——」
そこで俺の目を見て話していたクロさんが、一瞬だけ視線を下へと逸らした。
「ああ、俺は武器の類は一切持ってないですよ」
「えっ、あわっ、そうですね、その、たまたま目についただけで! ごめんなさい! ごめんなさい! 」
顔をボンッと音がしそうなくらい一気に赤らめると、頭を下げたそのままの姿勢で何度も謝るクロさん。
クロさんは真面目なんだな、そんなに謝ることなんてないのに。
「——ユ、ユウト! あわわユウトユウトッ! 」
話の途中で部屋からフラフラと出て来ていた真琴が、顔を上げたかと思ったら真剣な表情でなにやら左側の窓の外を指差し叫び始める。
釣られて見ると、遠い鉄柵のあたりで、俺も目が止まってしまった。
なんだ?
あんな所に人がいるけど、冒険者なのだろうか?
それは違和感でしかなかった。
素足で外を歩いているのは、白いワンピースを着ているだけの髪の長い金髪女性。
ここはダンジョン内だと言うのに軽装を通り越しての部屋着、しかも丸腰である。
どうやってあそこに行ったんだろうか?
屋敷の窓は脆そうに見えるけど、この館のガラスはダンジョンの壁と一緒で普通の攻撃では壊れないようになっている、と現在空気と化してひとりジャッジ役を黙々とこなしているヴィクトリアさんがさっき言っていた。
しかし真琴たちの例もある。
もしかしたらあの女性、常識の範疇にない凄い冒険者なのかもしれないので一応クロさんに確認を取ってみるか。
「あの人って、ここらで有名な冒険者だったりするのですか? 」
するとクロさんは、頭を何度も横に振った。
しかもこちらに視線を送らず、あの異様な雰囲気の女性から目をそらす事なく。
そこであの女性を敵、人型のモンスターと判断した俺は、早速ソウルリストを確認してみる。
『彷徨うシェリー』
そこでクロさんが口を開く。
「あの遠くに見えるのは、このダンジョンのユニークモンスターです。ダンジョンの入り口付近の外庭での目撃情報が高く、今の段階では基本無害です。ただダンジョンの奥で遭遇するアレはかなり危険でして、耐久力が異常に高く倒したと名乗りを上げる者がいないため、倒せばなにかドロップするかもとAランク冒険者で構成されたパーティーがアレの討伐に名乗りを上げたのですが、成果はかなりの時間をかけてやっと片腕を切り落とすのみでした。しかもその次の日にアレに遭遇した冒険者曰く、すでに腕は生えており無傷の状態であったそうです。そこで付いた名が『不死者シェリー』」
「あの、基本無害って事ですけど、無害じゃない時があるって事ですか? 」
「あの見た目で窓越しについて来たり恨めしそうに見られたりすると、アレ系が苦手な人にはかなりこたえるかと」
「なるほど、精神的にって事ですね」
そして恐らく、このダンジョンで彷徨っている以上迷宮核に関わっていたり由来のある存在と言う事になるわけで、狂気の男の犠牲者か蘇らせようとした子供自身の可能性がかなり高いというわけだ。
真剣な表情のクロさんは、話を続ける。
「それと、あれに掴まれた人は呪われてしまうそうです」
「えっ、呪われてしまうんですか? 」
「はい。……噂ですけど、見えないものが見えるようになったり寿命が縮まるとか。あとソウルリストが汚されてしまうとかも言われてるそうです。そのため、今では好んでアレに近づく冒険者はいなくなっています」
クロさんの説明を一通り受けてから真琴を見て見ると、カタカタ震える口から声にならない笑い声が溢れ始めていた。
まー、真琴ではムリないかな。逆に今まで良く頑張ってると思います。
「あははっ」
アズがいつもの調子で笑い声を上げながら、今しがたまでいた部屋の方を冷めた目で一瞥したのち歩いて来る。
「ホントこいつら、雑魚のくせに私に喧嘩を売るだなんて身の程知らずにもほどがあるわね」
「喧嘩を売っているのは俺たちだろ? 」
「そうだけど、揃いも揃ってガンを飛ばしてくるのよ」
「ガンって、あー、ソウルリストを見てくるって事ね」
「そう、それ」
そこで不意に振り向くアズ。
そしてその目の先には、遠くで彷徨い歩く不死者シェリーの姿があった。




