第40話、多難な日々の始まり
ユウトと真琴のイラストを、二話目に追加しましたー
崩壊を始めたダンジョン内を、俺たちは出口を目指し駆けていく。
そしてダンジョンの壁が目に入るたびに、あの少女が壁にもたれ掛かりながら引きずるようにして歩いている姿がチラついてしまっていた。
そうだ、ルルカたちの安否がわかったヴィクトリアさんなら、あの少女についても何か知っているはず!
「ヴィクトリアさん、あのアズなんとか言う少女は無事逃げれたのですか? 」
「いえ、まだこのダンジョン内にいます」
「えっ、それって、このまま取り残されて死んでしまうって事ですか? 」
「正確には違います。拘束具を付けた者は肉体を失いますと、存在自体が消滅してしまいます」
え? 消滅?
「それはつまり、どういう事なんですか? 」
「この世から、存在がなかった事になります。それが今回の本当のペナルティーとなります。そしてこのペナルティーは、拘束が外れるまでずっと付き纏います」
「その、拘束はどうすれば無くなるのですか!? 」
「前例がありませんので、わかりません」
その言葉にゾッとする。
だってそれは、真琴にも当てはまることだから。
真琴が消滅だなんて、あってはならないし、絶対にさせない!
しかしそうなると、真琴との冒険がかなり危険な行為である事がわかる!
でも真琴も頑固だ。
付いてくると言ったからには絶対に付いてくる。
俺はどうすれば……。
いや、今はあの少女の事だ!
あの少女を助ける事に集中しないと!
「ヴィクトリアさん、あの少女の居場所を教えて下さい! 」
そして俺たちは少女の元へとたどり着いたわけなんだけど——
少女は行き倒れていた、闘技場とセーフティーゾーンのちょうど間くらいの通路で。
俺は問答無用で白濁液を少女に塗り込んでいく。しかし度重なる魔法の使用で、ついに俺の魔力容量がスッカラカンになってしまったようだ。
そこで俺はぐったりとした少女をおんぶして、一先ずダンジョンから脱出する事に。
それからは地鳴りがする中、休憩もせずにひたすら出口へと向かう。
「私の回復魔法が、効かないだなんて」
いつの間に意識を取り戻していたのか、少女が耳元でポツリと呟いた。
それに対し、ヴィクトリアさんが声をかける。
「ユウト様のあの回復魔法なら助かります」
「この黒い奴の魔法より私のが劣るだなんて……。下ろして」
「ダメだ! 」
おれの即答に、一時の沈黙が流れる。
「なに言ってんの? 下ろしなさいよね! 」
少女は本当に力が弱まっているようで、ジタバタ動いて抵抗しようとしているけど、力が全然こもっていない。
「それは絶対に出来ない! 」
「あんたバカなの? とにかくしのごの言わないでおろ——」
「断る! 」
少女の動きが完全に止まった。
「なんでそこまで必死なのよ? それに私はあんたを殺そうとしたのよ? 」
「それはそれ、これはこれ。存在が消えるか消えないかって時に、意地を張るだなんて馬鹿げてる」
「馬鹿げてるのはあんたでしょ? それと、……存在が消えるってどういう事? 」
そこでヴィクトリアさんが、消滅関連の説明をしてくれた。
「そうなんだ。でもそれって、この拘束具が外れない限り、ずっとあんたの世話になるわけで——」
少女がチラチラこちらを見ているのが、気配で分かる。
「俺は構わないよ、その代わり条件があるけどね! 」
「条件? 」
「ああ、まずキミの事はアズと呼ばさせて貰うから! 」
「なっ、なによそれ? 」
「次に、俺たちはこの世界にあるダンジョン、混沌の迷宮都市の迷宮核を破壊する。アズにはその手伝いをお願いする! 」
するとアズがヴィクトリアさんへ視線を向ける。
「それって、私を縫い付けたあいつを出し抜くって事、よね? 」
同意を求められたヴィクトリアさんが静かに頷く。
そこで逡巡していたのか、黙り込んでいたアズが口を開く。
「いいわ、取り敢えず当分の間は回復させてあげる。ただし、この拘束具を取り外したら、あとはあんたがどうなろうと私は知らないんだからね」
「それでいいよ」
「……変な奴。それよりなんか、身体が疲労以外にも動きが悪いみたいなんだけど? 」
ヴィクトリアさんが歩幅を合わせて、アズをおんぶしている俺の隣に来た。
「ダークネスさん、あなたの身体は強制的に人間へ変わっています。ですので、いままでの行動の中で、人では再現不能な行動はしようとしてもなにも起こりませんので」
「そんな気がしてたんだけど、改めてそう告げられると流石にショックね。まっ、これは私が九番目になるための試練として、受け取ってあげるわ」
アズって、結構前向きでサバサバした性格の持ち主のようである。
「それとこの内なる気持ちの揺れ動き、人間って感情の起伏が激しい存在なのね」
えっ、拘束具がつけられる前もかなり感情的だったと思うんですけど?
そこでアズが身を乗り出してきたため、吐息が耳元で聞こえ始める。
「そういえばあの時、あんたらなんか楽しそうだったわね。それにいい匂い、——あんた美味しそう」
あの時?
いや、それよりアズの綺麗な顔が近づいてきて——
「えっ? 」
アズが頬っぺたにキスをしてきた。
「なっ!」
真琴も驚愕の声を上げ、わなわなと震えだす!
それに気づいたアズが、真琴に向けからかう様に笑みを浮かべる。
「あれ、あんた怒ってるの? 悲しんでいるの? どっち? 」
「だまれこの女狐め! 早くボクのユウトから離れろ! 」
「へぇー、この黒いのに近づいたらあんたは精神的にダメージを受けるんだ」
今ここで、なにが起こっているんだ?
思わず固まってしまっている俺の頬っぺに、キスの雨が降り注いでいる。
あっ、この感じ、一回分の回復が使えるぐらいにはなった!
この今の密着した状態はまずい気がするから、せめてアズを歩けるようにしないと!
前屈みになりアズを背中に乗せるようにして両腕の自由を確保すると、空いた両手でアズのスカートの中に手を突っ込んで、太ももからつま先までをざっとだが塗り込んでいく。
「ちょっ、なにして、くすぐったいんですけど? 」
そうしてアズを下ろす事に成功した。
うん、普通に歩けるようになったようで、……俺の方に近寄ってくる?
そしてアズは正面から抱きついてきて、俺の腰に両腕を回し密着してきた。
しかも今度は、俺の口をその柔らかな唇で直接触れている!?
「これってキスっていうのよね、なんか気持ちいいかも」
話していないときは、その柔らかい唇で俺の口を塞いで——って!
「ちょっとアズ、キスはまずいって」
「なんでよ、あんたらもしてたでしょ? 」
「やっぱり見てたの!?」
もしかしてが確信に変わり、恥ずかしさが一気に全身を駆け巡る。
「そっ、それに俺と真琴は……そういう関係だし! 」
そこでヴィクトリアさんの顔が視界に入った。
そう言えばヴィクトリアさん、俺を監視していたとか言っていたような——
するとヴィクトリアさんは眼鏡を触りながら、真顔で一言「えぇ」と言った。
なんかいよいよ頭がパニクってきた。
「じゃ、私もあんたとその関係になってあげる。とにかくジタバタしないでくれる? 色々と確かめているところなんだから」
先ほどからアズの唇が俺の唇をはむはむしていたのだけど、唇を軽く吸われ始めたところで固まってしまっていた真琴から殺意がだだ漏れしだす。
見れば大きな瞳は虚ろで、覗き込んでいると深淵に引きずり込まれそうな錯覚に陥る。
そして壊れた人形から漏れ出るような感情のこもっていない言葉が、真琴の口から発せられ右腕がこちらに突き出される!
「死ね! ……ってあれ、攻撃が全然伸びない」
真琴がいま、攻撃を行ったようだ。
が不発に終わった?
すると俺たちの前に円錐型の闇の刃が五本現れた。
今度はアズが不思議そうに口を開く。
「たった五本だけ? おかしいわね」
ってここでまた戦うの!?
そこでヴィクトリアさんが眼鏡を持ち上げる。
「ダークネスさん、あなたは人間になっていますので、それが今の限界になります。真琴さんも、長い人間生活でタガが外れかかっている箇所がありましたので、拘束具により修正され本来あるべき力に戻っています」
しかしそんな事はお構い無しで、真琴が一歩踏み出た。
「この感じ、直接攻撃で今までの遠距離攻撃並みってことかな」
さらに真琴が詰めてくる。
「ユウト、今後その洗濯板が張り付いてこないよう、ボクがそいつに教育をしてあげるからね」
「あははっ、怒り心頭ってやつね。いいわ、出来るならやってみなさいよね」
ダンジョンが崩壊を始めてるというのに!
とにかくそんな事でケンカしてる場合じゃない!
「二人とも仲良くしてよ! ケンカするならもう一生回復はしないよ」
「それは困ったわね」
アズがすぐに引き下がった。
しかし真琴はそうはいかなかったみたいだ。
「ユウト、キミはそいつを許すの? 」
「許すも許さないも、こんな事で命のやり取りをする事はないと思うんだ! 」
すると真琴が今にも泣き出しそうな顔で、瞳をうるうるさせ始める!
どうしよう。
なぜかは分からないけど、真琴が酷く傷ついてしまっているのが目に見えてわかった。
こうなったら——
本当は恥ずかしいんだけど、真琴を傷つけたままにはしておきたくない!
「真琴、俺が愛しているのは、間違いなく真琴だけだよ! 」
真琴がキョトンとした。
沈黙の空気が流れ、恥ずかしい。
そこで今度はアズが、俺の左腕に身体を密着させてくる。
それを見て再度ダメージを受けた真琴が、よろめきながらも精一杯の力を振り絞るようにして皮肉を言う。
「お前はフラれた事もわからないのか? 」
「なにそれ? 私はあんたが苦痛を味わうならそれでいいんだけど? 」
「おっ、おのれー! 」
俺の空いている腕の方に、真琴の柔らかな胸が押し当てられる。
そして俺の胸の前で、頬を膨らませた真琴と澄ましたアズが顔を近づけ睨み合いを始める。
なんか知らないけどそれから二つの枷をつけられたような状態で、ダンジョンを脱出する事になってしまった。
ちなみに出口までヴィクトリアさんが展開してくれていた青の結界のお陰で、モンスターと遭遇する事なく無事に脱出する事が出来たのだけど——
なんだろう?
これから先、色々と大変は日々が続きそうな予感がしてならないんですけど。




