第36話、全力バトル
少女の冷めた視線。
それは俺を隅々まで見るだけに留まらず、視線を動かすたびに心臓、背骨、大腿筋、動脈血管、脳みそ、神経網と様々な器官を鷲掴みにして引っ張り出されて見られているような感覚に陥ってしまう。
「おかしいわね。違和感は感じるんだけど、どこがおかしいのかが分からないだなんて」
真琴が前回と同じように、俺の前へ守るようにして立ちはだかる。
「ボクのユウトを、そんなギラついた目で見ないでくれないかな? 」
「私はいま、その黒いのに興味があるの。どいてくれないかしら? 」
「キミの指図を受ける謂われはないね」
「……不愉快ね」
少女の顔から表情が消失。
その整った顔に陰が差し、少女の瞳が怪しい光を宿す。
そして闇に染まる顔に真っ赤な亀裂が走ったかと思うと、パカッと裂けて口が現れる。
「あんた、……いま凄く邪魔よ」
少女が右足のつま先を踵を付けたまま上げると、そのまま下ろしタンッとつま先で踏みしめる。
するとその踏みしめた床の部分に小さな穴が生まれた。
キュゥゥウンと音を立て一気に拡大していくその穴の中は、どっからどう見ても宇宙空間であった。
闇の中には力強く輝く恒星、漂う巨大な岩石群、様々な色合いのどこか知らない惑星、上方から落ちてきた煌めく流星、そして遥か遠くで数多の光を放つ星々。
しかし穴の上にいる少女は、何事も無かったかのようにそのまま立っている。
この宇宙に見えるのは、幻覚なのか?
その穴は、ついに俺たちの方にまで広がってきた。
そして足元の地面が無くなると、重力に引かれるようにして穴の中、宇宙空間に引きずり込まれそうになる。
これっ、幻覚じゃない!?
咄嗟に唯一その場で立っていられた真琴の腰になんとかしがみつく。
「ここに私の世界を作ったわ。この世界ならあんたの全力程度でも耐えられるから、存分に暴れるといいわ。ふふっ、私はそれを踏みにじってあげるんだけどね」
地面だけでなく全方向がその宇宙空間に包み込まれると、重力を感じなくなり浮遊感に包まれる。
「たしかに本気を出せそうだね。でも後悔する事になると思うよ? 」
その無重力の中で、真琴が一歩少女に近づいた。
「御託はいいから、かかって来なさい! 」
少女は自信満々にそう言い放つと、腰に手を当て小さな胸を仰け反らせた。
そこで躊躇いなく、真琴が繰り出した!
見てわかる!
女神を沈めた、あの本気の掌底打ちだ。
しかも心なしか女神の時より迫力を感じ、また見えないはずの拳なのに光の軌跡のような物が走ってみえている。
そしてその光の軌跡が一瞬で少女の顔に迫り、激しい衝突音と共に彼女の上体を大きく後ろへと仰け反らせた。
そのため頭の上にちょこんと乗っかっていた小さな王冠は、遥か後方へ吹き飛ばされる。
「なっ」
驚きの声をあげたのは真琴であった。
それはあの少女が、真琴の全力を受けても倒れない、どころか一歩も動いていなかったから。
真琴が警戒する中、少女が姿勢を正した。
しかしその小さな鼻からは血が流れている。
そしてわなわなと震えだした。
「なんなのあんた、このわたしがダメージを受けるだなんて」
少女も驚いているようだ。
「殺す、跡形もなく消滅させてあげるわ! 」
キッと睨む少女の周辺に、あのツララのような円錐型の長い刃が無数に出現した。
しかし既に真琴は掌底打ちを放っていた!
しかも今回は怒涛の連続攻撃、それも今までの比ではない。
オラオラオラとかニャニャニャニャニャッといった声が聞こえてきそうなレベルの連撃!
対する少女は腰に手を当て仁王立ちのまま、刃を真琴の方にズラリと並べ一斉に放っていた。
衝突する真琴の掌底打ちと闇の刃!
そしてガラスが割れるようなけたたましい音が鳴り響き、多くの闇の刃が破壊されていく。
その破壊された闇の刃が四方八方に吹き飛んでいる事から、どうやら真琴は闇の刃の側面を狙いすまして打っているようだ。
そして真琴の攻撃が一発だけすり抜けた!
咄嗟に少女が胸のあたりで腕を曲げ、防御体勢に入る。
すると少女の腕の前に、子供が描いたようなカクカクの蜘蛛の巣のよう壁が現れた。
そこへ光の軌跡が到達!
『ギャギュインッ』と衝撃音が鳴り、その衝突で蜘蛛の巣は粉々に砕け散り、その先にある少女の華奢な腕に直撃。
その威力で少女はそのまま後方へと吹き飛んで行く。
しかし真琴は攻撃の手を緩めようとしない。
遠くまで飛びすぎた少女を追うため大跳躍をするのだろう、力強く一歩踏み出し身体を屈めると、目で少女を追いながら大きく息を吸いこみ始める。
だがそこへ、少女が作り出していた闇の刃の小型版が、干ばつ地帯を作り出すイナゴの群れのような凄まじい量で正面から横薙ぎに降り注いできた!
真琴は脚に魔力を流し込んでいるようで、それらを縦横無尽な動きで躱していくが、降り注ぐ闇の刃は通り過ぎた後も弧を描き反転すると再度降り注いでくるためきりがない。
しかもこれって、反転するたび速度がドンドンと上がっていっていない!?
そこで真琴が逃げる方向を変えた。
それは少女が吹き飛んだ方向。
決死の突撃を敢行するつもりなのだ。
しかし少女に迫れば迫ったぶんだけ、渦巻く闇の刃の密度が濃くなっていく。
そしてあろう事か、真琴の脚に小さな刃が突き刺さってしまった!
歯をくいしばる真琴。
しかし休んでいる暇はない。
眼前まで迫る円錐型の長い刃、を真琴はなんとか避けたのだが、その次に迫っていた小型の刃の群れの一つが今度は右腕を貫いてしまう。
「真琴! 」
続けて迫る刃を片手一本で撃ち落としていくが、数が多すぎる!
そうして多くの小さな刃をその身に受けてしまった真琴が、その場に倒れこんでしまった。
それを高みの見物といった感じで、遠巻きから眺めている少女。
「少しの間だったけど、私と互角に渡り合うだなんて褒めてあげるわ」
俺の身を呈してでも助けないと!
真琴に向かい走ろうとするが、ふわふわしてうまく動けない。
そこで少女の視線がこちらに向けられた。
急に寒気が襲う。
この目って。
好奇心に満ちてはいるけど、何かが欠落した瞳。
そう、それは昆虫を目の前にした子供の目と同じであった。
「さて、そこの黒いのをバラバラにしてみたらなにかわかるかしら」
すぐ近くで複数のガラスが割れるような音がした。
倒れた真琴のほうから!
見れば真琴を貫いていた、闇の刃のその全てが粉々に砕け散っていた。
そして立ち上がる。
「ボクは決めたよ、お前が泣いて謝っても許さない事を! 」
これは目の錯覚か?
真琴の周囲の空間が真っ赤に染まって見えている。
そこで真琴がこちらへ優しく微笑みかけてきた。
「ユウト、今までありがとう」
えっ、それって?
それにその赤いのって、もしかして身体中から血が噴き出しているんじゃ!?
「あははっ、本当にあんた何者なの? 私と同等クラスにまで跳ね上がるだなんて」
「黙れ、お前はもう後悔しても手遅れなんだからな」
「面白い、私も全力で受けて立ってあげるわ! 」




