第32話、スポットライト
とりあえず、長いトンネルを無事抜けれた事に安堵する。
しかしここは、さっきの五枚の扉が並ぶ部屋とはまた違った意味で不気味なところだ。
このフロアの光源は赤みを帯びた地面の弱い光しかなく、しかもその光量が他のフロアと比べて極端に弱いため、少し離れれば腰から上が見えないほど。
それにここはさっきの部屋と比べればかなり広そうだけど、どれだけの広さがあるのだろうか?
かろうじて分かるのは、どうやらこの空間には多くの柱が等間隔に設置されていることぐらいだ。
そして奴らがいる。
多くの徘徊しているアンデッドの呻き声があちらこちらから聞こえ、また照らされたそいつらの足がすぐ近くを通り過ぎるのを目にするたび生きた心地がしない。
ただ助かったことにアンデッドはこちらに気付いてないようで、先ほどのようにこちらへ向かって走ってくる奴は今の所いない。
「真琴、これからどうするの? 」
口元に手を当て小声で問うと、真琴も同じようにして小声で返してくる。
「視覚を研ぎ澄ませて、あいつの場所を探ってみる」
「そんなこと出来るの? 」
「ハイゴブリンと闘ったときの応用で、今度は視覚の強化をするから、多分いけると思うよ」
それは凄い。
そしたら真琴が見つけるまでの間、万一に備えて準備をしておくか。
それとこの暗闇の中だ、ルルカは不安になっているはず。
俺は彼女の手を取り身体を引き寄せると、こちらを見上げてきた彼女に向かい優しく微笑みかける。
そしてそれから白濁球を作り上げていった。
しかし——
目がこのフロアの暗さに慣れてきたところで、突然天井の明かりが点いた!
それはひと一人分と極々狭く、一箇所だけであったのだが、照らし出されたのは俺と手を握るルルカのところだった。
不味い、これって!
獲物を見つけたアンデッドたちが、その場で歓喜のような唸り声を続々とあげる。
そして、駆け出す足音と迫る息づかいが至る所から聞こえ始めた!
「くっ」
目を閉じ脱力する事で音に集中していた真琴が、一歩下がり俺たちの前で攻撃態勢に入る。
そして真琴の攻撃が火をふいた!
正面、右、左と散発的に走り寄ってくるアンデッドを狙い、そのことごとくを蹴散らしていく。
しかしキツイものがある。
このフロアに来て一歩も進んでいないため、俺たちは壁を背にし後方を気にせずに戦えているのだけど、この暗闇のため突然アンデッドが飛び出てくるような形での戦闘となっている。
また五メートルぐらい近づいて来ないと上半身が見えてこないため、それより遠いアンデッドに対しては腹部や足への攻撃となり足止め程度しか出来ていない。
しかもすぐ左側にある柱の陰からは、勢いに乗って来る奴らもいるため、その対処に真琴も少し手こずっていた。
俺は白濁球で真琴を援護しながらも左側の柱から距離を置くため、ルルカの手を引き壁伝いに右へと移動を開始する。
すると俺とルルカを照らしていた天井の青白い光りが、遅れて俺たちを追うようにして付いてきた。
これってもしかして?
今度は握る手を伸ばしてルルカと少し離れて再度移動をしてみると、また遅れて光も付いてきた。
それを確認のため、もう一度だけやってみた。
くそっ、やっぱりだ!
そして俺の予想より酷かったため胸糞悪くなる。
魂の旋律者、あいつはクソ野郎だ!
暗闇に照らされる事で一方的に攻撃を受けている事も腹立たしいが、でもこれは遊びではなく戦いだから仕方がないと割り切れる部分もある。
でもこれだけは胸のムカムカを抑えられなくなる。
それは奴が、光を当てる相手にルルカを選んでいる事だ。
この中で一番弱い存在であり、アンデッド化をしていた姉を目にして、心を痛め弱っているルルカをだ。
ルルカ本人が自身がターゲット、獲物として狙われている事に気づいてしまったら、それだけで一生をかけても消えない痛みが心に刻まれてしまうかもしれない。
飛び散る白濁液で壁際沿いから迫っていたアンデッドを砂に変えながら、ルルカの前に立つ。
しかし分かった事もある。
この俺たちを照らす光は遅れてついて来ているし、その照らす位置の精度は低い。
つまり俺たちに反応して自動で照らしているのではなく、目視などで確認して手動で操っている可能性が極めて高いという事だ。
先ほどの穴を閉じたときのように、あいつはどこかで虚空に向かって指を動かしているはず。
そしてその際、僅かにだがあの赤黒い波紋の光りが広がりを見せてもいるはずなのだ。
つまりその光を探せば、そこがあいつがいる場所になるのだ!
俺は急いで林檎ほどの小さな白濁球を作り上げていく。
そして無数の白濁球に囲まれた時になり、真琴に声をかけ、作戦内容を伝えた。
そして行動に移る。
真琴がその場でアンデッドの数を減らしていく中、俺はルルカを連れながら戦い、真琴から少しだけ距離を離して立ち止まる。
あとは違和感が出ないよう、アンデッドたちの勢いに押される形で真琴との距離を少しづつ少しづつ離していく。
その間も俺たちを照らす光は、執拗に後を追ってきている。
よし、この調子だ。
白濁球の数もまだまだ沢山ある。
そんな事を考えていると、胸に振動を感じた。
……あれ?
見れば包丁ぐらいの長さの鋭利なものが、俺の胸、心臓に突き刺さっていた。
なっ、そんな!
飛び道具、なのか?
脳が痛みを感知し出した。
両手で傷口を押さえるが胸から血が溢れ出してくる。血の気が一気に引いたところで、むせ返り吐血もする。
俺の現状に気がついた真琴が、声にならない悲鳴を上げこちらに来ようとするが、それを大きく手を広げる事によって留まらせた。
まだ、まだだ!
俺は心臓に突き刺さる棒を一息で抜きその場に捨てると、白濁球の一つを操作して傷口に飛び込ませる。
すると痛みが消え、出血も治まった。
そう、傷が一瞬で塞がったのだ。
焦ったけどなんとか大丈夫だった!
これは思った通り、凄い回復力だ!
それにこれは、考えようによっては大きな収穫が二つも出来た事を意味する。
まず一つ目はヤツの大まかな居場所である。
こちらを心配そうに見ている真琴に対し、胸に刺さっていた棒の角度から、飛び道具が飛んできた大まかな方角を視線で伝え、……よし、たぶん伝わったはず!
そして二つ目、俺はショック死などで即死しない限り、白濁球を具現化してさえいればどんな大怪我を負っても命を取り留める事が出来る可能性が高いということだ。
『ギロチンの瞬き』と言う話があるが、人は首を斬られ血圧の低下を招いて意識が無くなるまでに二、三秒かかると言われている。
つまり首を切断されてもその間に首を引っ付け白濁球を傷口にぶつけさえすれば助かるということなのだ。
そんな状態、体験したくはないけどね。
そうして不本意ながら時折飛来物をその身に受けながらも、なんとか目的地としている、とある一本の柱の近くにまでたどり着く事が出来た。
そこまで行くと、初めて壁から離れその目の前の柱の方へと近づくいていく。
すると今までずっと追ってきていた光が、途中からこちらを追尾しなくなった。
そこで暗闇に身を置き、残り少なくなっていた白濁球を使いアンデッドの相手をしていると、かなり遅れて光が俺たちの方へと向かい移動を始める。
よし、これで場所はさらに狭まったはず!
真琴頼む、早く見つけてくれ!
そして迫る光りが俺たちを捕捉したところで、部屋の天井全てに青白い光が一瞬灯った!
点滅を繰り返すフロアを見渡すと、連撃をお見舞いしている真琴と、そこから10メートルぐらい離れたところで、体ごと吹き飛んでいく魂の旋律者の姿がすぐさま目に付いた。
また魂の旋律者のすぐ近くには、奴の千切れた細い腕が一本、空中でクルクルと舞っている。
眼力を強化していた真琴が奴を見つけ、やってくれたのだ!
そしてフロア全体が見渡せる程の光量を得た事により、あいつの悍ましい姿が初めてハッキリと見てとれた。
白い仮面のような顔に様々な負の感情が込められているぎょろりとした目。ヒョロヒョロとした身体には肋骨のようにして身体に巻きつく複数の腕。
そしてその腕の多くには飛んできていたのと同じ、抜き身で刀身の短い刃が握り込まれていた。
やはりあいつが刃を飛ばしてたのか!
痛かったぞ、こんちくしょう!




