第21話、眠れない夜
不思議な少女に絡まれたわけなんだけど、取り敢えず殴り合いとかが起こらなくて良かった。
でもあの少女に対して、真琴が興味深い事を言っていた。
先ほどの少女が人外、人ならざる者であるのは間違いないと。
そして女神と同じような存在であるようにも肌で感じたと。
そこで俺は、この世界の女神が言っていたという所有権を奪われてしまったと言う相手、それがさっきの少女である可能性が高いように思える事を真琴に伝えてみた。
すると『ボクは精密な力の使い方を苦手とするからなんとなくでしか分からないんだ、ごめんね』と真琴が急に落ち込み始めちゃったので、慌ててさっきは守ってくれてありがとうとフォローを入れた。
それから酒場でお目当のディナーセットを食べる。
そして宿へ戻ってきた頃には、不思議な少女の事は頭から綺麗になくなっていた。
鼓動のリズムが早くなる中、真琴の手を引き宿の階段を一歩一歩上がると、二階の廊下を進んで自室の前へと着く。
外は結構寒くなってきてるんだけど、身体は相反してかなりの熱を帯びている。意識しないでおこうと思っているのだけど、今から真琴と同じ部屋に寝泊まりする事を考えると、心音が高まり鍵を取り出した手が震えそうになる。
しかも今からショートパンツを見せてくれる約束もしている。なんか改まって見せてくれると言うのは、非常にいやらしい気がするんですけど。
『カチャリッ』
金属音をたてロックを外した。
続けて扉を引いて開いたのだけど——
そこには真っ暗な世界が広がっていた。
なっ、なにも見えないんですけど!
明かりを点けるスイッチを探さないと……、ってそういえば、中世ヨーロッパ風の剣と魔法の異世界に来ていたんだった。
そこで思い出す。部屋の隅にスタンドランプが置かれていた事を。
「ちょっと待ってて」
そう言うと繋いでた手を離し、暗闇の中を手探りで進み始める。
——が視覚が全く頼りにならない。なら五感を研ぎ澄ませねば!
慎重に一歩一歩進んでいく。それから直ぐにお目当のもの、スタンドランプを見つける。
ガチャガチャと金属音を響かせながら持ち上げると、取り敢えず明るい扉付近まで戻る事にした。
廊下の明かりでスタンドランプを照らす。
ってこれ、どうやって明かりを灯すんだろう?
ランプの中心、少し曇っている硝子部分を覗いてみるけど、赤い石がはめ込まれているだけで火種になりそうな物が見当たらない。
「これってどうやったら点くと思う? 」
「うーん、ちょっと貸してくれないかな」
真琴に渡すと、硝子部分をガチガチスライドさせようと動かしたのだけど、僅かに硝子部分がそのまま持ち上がるのみで開きそうにない。
「これ以上力入れたら壊れちゃうし……よし、これならどうかな? 」
真琴が手をかざし暫くの間うんうん言っていたが、何も起こらなかった。
涙目でこちらを見る真琴。
「ユウトー、どうしよう? 」
「そしたらさ、宿の人に聞きに行くついでに、お風呂入りに行こうか」
「っ、そうだね! 」
こうして俺たちは一階へ降りたのだが、宿屋の主人は酒場に行っている旨を書いたメモ紙をカウンターに置いており会えなかった。
そこで風呂に入った後に再度ロビーに行く事になったのだけど、戻ってきてもメモはそのままでロビーは無人の状態であった。
外は結構冷えて来てるから、これからわざわざ酒場まで行くのもなんだよな。
それに女の子を連れて外を出歩くのも気乗りがしない。
そこで真琴に視線を送る。
「少し部屋で待っていようか? 」
「そだね」
そうして俺たちは暗闇の自室へと戻ってきた。
入り口の扉を閉めてしまうと完全な暗闇になるので開けっ放しにしてはいるけど、そうするとやはり気になるのは防犯に関する事。
そこで真琴が『そうだ! 』と声を上げる。
そして小窓の方へ進むと、シャッと音を立てカーテンを全開にした。
すると夜空に輝く星たちの優しい煌めきが一筋の射す光となり、闇と同化していた部屋の三分の一から闇を払ってくれる。
光量は日本にある自室の明かりとは比べものにならないぐらい弱いけど、目が暗闇に慣れてきていたおかげで意外と問題なさそうである。
考えれば今から寝るだけなので、これくらいの明かりでも全然問題ないかも。
真琴もそう思ったらしく、このまま寝ようかと尋ねると、小さくウンと言った。
俺はそれから扉を閉め鍵をかけると、並んで置かれていた枕を離す。
これで寝る準備はオッケーだ。
でも学生服を着たまま寝るのはシワになりそうだし、寝心地が悪そうだ。
少し寒いかもしれないけど、布団に包まってれば下着で寝ても大丈夫だろう。
それと俺の学生服と下着は風呂場で浄化したからいいとして、真琴も一日中着ていたモノを洗わないでそのまま寝るなんて、やっぱり気持ち悪いよね。
「真琴、俺のはもう洗ったんだけど、よかったら真琴の服も洗おうか? 」
「えっ……うん、お願いします」
「そしたら、俺後ろ向いてるから直接入れて貰ってもいい? 」
「うん」
俺は呪文を唱え白濁の水球を手の平上に出現させると、誰もいない暗闇の方へ視線を落とす。
すると布と布が擦れる音が真琴の方から聞こえ出した。
なんだろう、五感の一つ、視覚が頼りない分聴覚が妙に冴えているようで、その音の一つ一つを明確に拾い上げていく。
そして脳内の中で真琴が下着姿になった頃に、声がかかった。
「入れるよ? 」
「おぉう」
横目でブレザーとミニスカート、そしてショートパンツが白濁球に入れられたのを確認してから球体に回転をかける。
とそこで、再度真琴から声が。
「その、下着も入れていいかな? 汗吸って汚れてるし……」
「ああ、もちろん」
真琴が申し訳なさそうに言ってくるので、そんなこと気にするなと思い即答した。
——が、その後で気づく。
それって全裸になるって事なんだと。
俺のすぐそば、今ここで。
そしてまたしても耳が、真琴から聞こえ出す音を拾い上げていく。
そして今度は無言で、白濁球の中に脱ぎたての下着が入れられた。
真琴はすぐにベッドへ潜り込んだようだけど、俺の手の平上には真琴の制服と下着が。
これはやましい事ではない。
断じて違う!
これは言うなれば、業務的なもの。
そう、作業である!
そんな事を何度も何度も、それこそ呪文のように唱え続けるが、体を流れる血流は鎮まることをしらない。
そして汚れが完璧に落ちたと予想される、長い長い一分間が過ぎた。
服だけなら俺が取り出して畳んでも良かったのだけど、この白濁球の中には下着も入っている。
「——そろそろ大丈夫だよ」
「うん」
どうやら真琴は布団にくるまったままで立ち上がったようだ。
ノソノソとこちらに来ると、奪い取るようにして白濁球から衣服を抜き取りまたノソノソとベッドの方へと戻っていく。
ふー、なんとか無事に洗い終えることが出来た。
さてと俺も寝る準備をしないとだね。
暗闇をいい事に立ったまま制服を脱ぐと、テーブルの上に畳んで置き下着姿で布団の中へ潜り込む。
チラリと真琴の方を見ると、布団から出ている後頭部と、枕元に畳んで置かれている服が見えた。
「真琴、おやすみ」
「おやすみなさい」
——目を閉じて、結構な時間が経った気がする。
でも滾る血は一向におさまらず胸のドキドキもずっと続いたままだ。
「真琴、起きてる? 」
小声で聞いてみた。
しかし返事はない。
真琴は寝てしまったようだ。
俺も早く寝ないと、明日はダンジョンに潜るんだから。
それから羊を数えた。
頭の中の牧場はとうの昔に羊で溢れ返っているというのに、眠気が一向に来ない。
一人布団の中で焦っていると、真琴の声が遅れて聞こえてきた。
「ボクも、眠れないよ……」
その声はとてもか細いものであった。
真琴も起きてる!
でもどうしよう?
なにを話せばいいんだ?
テンパってしまい、考えが一向にまとまらない。
そうだ、こういう時って何をしたいのかを考えるのが良いって聞いた事がある!
俺がしたい事。
それはエッチな事?
半分あたりだけど、それじゃ完全な正解とは言えない気がする。
「……ユウト、ちょっと寒いから、引っ付いてみる? 」
突然の申し出であった。
頭が混乱する中、咄嗟に真面目ぶった言葉が口から出てしまっていた。
「いや、やめとくよ」
言って後悔すると同時に驚く。
俺はなんて冷淡な言葉を吐けるんだ。
今の己の冷めた言葉に対して自分自身が冷め、後悔と共に血の気が一気に引いていく。
今のはこれからの展開に少し期待していた自身を裏切った、偽善的な言葉であった。
そして心無いその言葉で、真琴が酷く傷ついてしまったかもしれない。
どうしていつもこうなんだ。
土壇場になると良い人ぶろうとした発言をしてしまう。
後悔と懺悔を繰り返す中、何も言葉を交わさずにいる時間がただただ過ぎていく。
少しでも動くと布団の擦れる音がするため、真琴に背を向けたまま迂闊に動けもしない。
「ユウト、やっぱり寒いから引っ付くね」
真琴の声がした。
その声に遅れて振り返れば、真琴が頭まで布団に潜り込んでこちらにきている最中であった。
そして水中から息継ぎをする感じで勢いよく布団から飛び出した真琴の顔が、すぐそこ、おでことおでこが当たりそうな位置にまでくる。
互いに横になった状態で、俺たちは何も話さずずっと見つめ合う。




