第18話、ボクと一緒に寝ようよ
ルルカに連れられオススメ宿へと向かう中、真琴の話は続く。
「そこであと節約出来るとしたら衣食住の住の部分しかないわけなんだけど、こう見えてもボクもか弱い女の子なんだ。お金がないからと言って、野宿は怖くて想像できない。だからどうしても宿は確保したいんだけど、いいかな? 」
「もちろん! たとえお金が足りなくても、真琴だけでも宿には泊まれるようにするよ。俺は野宿でもいいし」
「えーと、……そう! 異世界だからなにが起こるかわからない。だから出来たらキミに、ずっと一緒にいて守っててもらいたいな」
「誓うよ、俺は命の限り真琴を守ると」
「それは当然部屋の中でもだよね? ここは異世界だから、もしかしたら部屋の中にいても危険がいっぱいかもしれない! 」
「あ、あぁ……部屋の中でも」
「あともしかしたら、夜寝てる時に悪い人がボクを乱暴しにくるかもしれない。ボクが寝ている間もそばで守っててくれる? 」
でも、それって。
そこで真琴が今にも消え入りそうな表情を浮かべ、俺の学生服の裾を掴んだ。
そのため俺たちは脚を止めてしまう。
「一人で部屋にいるのは不安なんだよ。一緒の部屋に泊まろう? ……迷惑かな? 」
迷惑じゃないけど……。
でもたしかに真琴がいう事も一理ある。
借りるのは一部屋だけの方が経済的で、これはまぎれもない事実だ。
それとここは異世界、何が起こるのか未知数である。やれる事をしなくて、その、最悪の結果に終わっちゃうと、後悔してもしきれない。
ただただ自分を責めるだけの日々が訪れるだろう。
……そうだ!
同じ部屋で寝泊まりしたとしても、ベットが同じというわけではないだろう。
ベットが別々なら問題ないかも。
「いいよ。一緒の部屋に、……泊まろう」
言ってて恥ずかしくなる。
一瞬にして自身の顔が真っ赤になってしまったのがわかった。心臓もバクバク鳴っている。
これじゃ俺が変な事を想像してると勘違いされてしまう——
あぁぁもう!
このすぐ上がってしまう癖、早くなんとかしたい!
「ありがと」
真琴の声に反応して視線を彼女へと移動させる。するとそこにはもう儚そうな表情はなく、いつもの笑顔である真琴がそこにいた。
「あっ、ユウト、走るよ! 」
俺たちに気付かず人混みの中を進んでいるルルカに追いつくべく、真琴が俺の手を引き走り出した。
その姿を見ておもう。
とにかく、真琴に元気が戻ったから良しとするか。
「ここです、着いたですよ」
ルルカに連れられて来たそこは、立ち並ぶ建物の一角、年季の入った二階建ての建物であった。
彼女曰く、大通りに面し繁盛しているからこそコストパフォーマンスが実現していると、地元民の間ではたまに話題に上がるらしい。
スイートルームなんてのがあったが、それ以外の部屋はみな料金一律で、一泊素泊まりで一人3800ルガ。
ツインルームだとその倍だけど、一つの部屋で人数が増えるならその都度3800ルガに1300ルガが加算される仕組みらしい。
またルルカの情報通り、どの部屋も一階の浴場が無料で使えるそうだ。
そしてつい今しがた真琴と話した通り、俺たちは一つの部屋を二人で泊まる事を前提に203号室の鍵を預かると、階段を上がり部屋の下見に訪れた。
『カチャカチャッ、キイィィー』
鍵を開け簡素な扉を開くと、窓から差し込む陽光が出迎えてくれる。
部屋を見渡すと、大きめなベッドが一つと丸テーブルが一つ、そして椅子が二脚置かれていた。
またよく見れば、部屋の端にスタンドランプのような物が置かれているが、あれは暗くなった時の明かりとなってくれるだろう。
真琴はと言うと、つかつかと部屋に入っていき真っ先に設置されている小窓を開け放つ。
するとサーと入ってきた爽やかな風が、窓枠のサイドで紐に結ばれているカーテンの束を揺らす。
そこで風でフードがめくれ上がった真琴がこちらへ振り返った。
「予想通りの質素な作りだけど、清掃の心配は必要なかったみたいだね」
「じゃ、この部屋で決まりにする? 」
「うん、……あっそう言えばボクのマントにさっきの魔法をかけてくれないかな? 」
そう言うと、真琴がマントを肩から剥ぎ取り部屋のテーブルの上に置く。
「さっきのって、回復魔法ベ・イヴベェでいいの? 」
「うん、その回復魔法をお願いしたい! 」
布に回復魔法ってどんな意味があるんだ?
疑問を感じながらも呪文の詠唱を行い、力ある言葉と共に白濁の球体を出現させる。
「直接入れてみるね」
真琴はそう言うと置いていたマントを球体の中へ突っ込んだ。入った布は球体の中央部でプカプカと浮かんでいる。
そしてその布を眺めていると、汚れを落とす洗剤のCMみたいに布からハッキリと汚れが浮き上がり剥がれていくのが見えた。
「ボクの読みが当たったよ! 」
嬉しそうに飛んではしゃぐ真琴。
しかし回復魔法にこんな使い方があるだなんて驚きだ。
もしかしてこの事に気付いたのは、例のラノベ関連の知識なのかな?
そこでふと閃く。
ただ浸すだけでこんなに汚れが取れるのなら、回転を加えたらもっと落ちるんじゃないかなと。
そうして球体をコントロールして横回転を加えると、面白いぐらい汚れが落ちていく。
そして球体の形を維持するのを止めると、盗賊のマントが清潔感のあるおろし立てのマントへと生まれ変わっていた。
しかもすぐに白濁液が気化したので、少しも濡れていない乾いた状態のためすぐに着れる状態でもある。
ついでに俺も前使用者の汗の匂いが気になっていたので、同じ要領でやってみる。
するとだいたい一分もあればこんなに綺麗になるのか、と言うくらいに生まれ変わった。
そこで真琴が、わざとらしく守銭奴みたいないやらしい笑みを浮かべて口を開く。
「流石だよ、あとこの魔法はお金の匂いがする。金だ、金だよ」
「うん? それって、もしかして洗濯屋さんを開業するって事? 」
「そだね、お金に困ったときだけでもするのもいいかもね。兎に角お金を稼ぐ手段があるのとないのとでは、生活をしていくうえで安心感ってやつが全然違うよ」
「なるほど、たしかに少し心に余裕ができた気がする」
でも異世界で洗濯屋さんって、どうなんだろう?
と言うか、長話は禁物だった。
洗ったばかりのマントを早速羽織る。
「真琴、ルルカを待たせたら悪いからそろそろ戻ろうか」
実は一階のロビーでは、宿屋の親父さんから世間話で捕まってここに来れていないルルカが、俺たちが戻ってくるのを待ってくれていたりするのだ。
そして踵をかえし入口に向けて歩き始めると——
突然後ろからギュッと抱きつかれた。
抱きついてきたのはもちろん真琴である。
背中には柔らかなモノが二つ押しつけられ、それと同時に俺の鼻が女の子の甘い香りを捉え始める。
「充電充電」
真琴はそう言うと、こちらが振り返り抗議の声を上げる前にパッと離れた。
またしても俺の顔が、一瞬にしてリンゴのように真っ赤になってしまっている。
そんな俺を見た真琴は、口角を釣り上げニシシッと変な笑い声を上げた。
「ルッ、ルルカが待ってから、下りるぞ! 」
そうして一階ロビーまで戻った俺たちは、親父さんのトークからまだ抜け出せていなかったルルカと合流。
それから冒険者カードの下部をうまく隠しながら提示し、5100ルガの支払いを済ませ正式に部屋のカギを借りた。
そしてルルカとは、明日の朝六時半にこの宿屋のロビーで待ち合わせの約束をして、お礼の言葉を何度も言って彼女と別れた。
さてと、今日はまだまだやる事があるぞ!
陽もまだあるようだし、明日のダンジョンに備えて買い物に行くとしますか。




