第113話、隻眼のアンダーワールド①
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そこはダンジョン特有の不思議な空間であった。
夕暮れ時のようにオレンジ色に染まる空、遠くに見えるのは影を落としたように真っ黒に染まる農村。
そして真っ白に光り輝く、地球の月のような大きな衛星がオレンジの空に不気味に浮かんでいる。
この独特の色彩を使った世界って、ハロウィンとかに表現される世界そのものである。
ここはリアさん曰く、ダンジョン『隻眼のアンダーワールド』というらしい。
そしてこのダンジョンには俺とリアさんの二人だけが選ばれたようだ。
しかし迷宮王国内のダンジョンの中には、神木二面樹の場所のように、ある条件が一致した人しか入れないものがあると聞いていたけど、いきなり二人きりになるのはかなり心もとない。
不幸中の幸いは、センジュが俺を守るために緑色の籠手にくっついていたと言う事か。
外で待つ真琴たちを待たせるのも悪いので、ダンジョンボスやフロアボスを倒さないといけないんだけど——
「このダンジョン、フロアボスがいないのですか? 」
「はい、ダンジョンボスがいるのみの比較的狭いダンジョンになります」
リアさんの説明を受けてガッカリしてしまうが、逆に考えたら狭いという事なのですぐに出られるかもしれない。
「ユウト様、私も戦おうと思います」
リアさんの申し出。
「えっ、ありがとうございます! それで、どのようにして戦うのですか? 」
「ヴィクトリアの残された能力の中で使えそうなものがありましたので、それを使わさせて頂きます」
すると次の瞬間には、リアさんが一冊の分厚い辞典のような本を手にしていた。それが一人でにパラパラめくれていき、とあるページで止まり開いた状態となる。
そして本が発光を始めたかと思うと、本の中から何かが飛び出してきた。
えっ、騎士!?
そう、リアさんが手にする本から、一人の騎士が飛び出して来た。
それは赤い鎧の化け物、という表現がしっくりくる人ではない物であった。
中肉中背であるそいつのフルフェイスの兜の下方部には、横へ一本亀裂が走っており、それが生き物の口のように歯を見せ、ハァハァと荒い息も漏らしている。
また身の丈以上の長さの鋭い槍を携えているそいつは、リアさんの前に陣取り、守るようにして槍を構えた。
「この赤い騎士、赤騎士は、この本に記憶され保管されている異世界の魔物になります。またこの本には様々な魔物が封印されていますが、その内の一体だけならこのように召喚して従わせる事が出来るのです」
魔物と聞いて納得だけど、この強そうな赤騎士が仲間というのはかなり心強い。
因みにセンジュは、俺の攻撃指導員として緑色の籠手の中に入ってもらっている。
よし、準備は万端、ダンジョンボスを目指していくぞ!
静かな農村は、延々続く段差がある田畑に疎らに点在する小屋で構成されている。
リアさん曰く、順路としてはこの村を突っ切るのが早道らしいが——
でも建物の近くは出来るだけ通りたくないな。だって突然建物から敵が飛び出して来たりしたら心臓に悪いからね。
そして敵に遭遇する事なく田畑を通り、集落へと差し掛かる。
『バキィッ! 』
突然真っ黒に染まる建物のドアを突き破り、人が首を伸ばし顔を飛び出させる。
そしてそいつが俺の姿を確認すると、正面から見て顔を45度回転させてゲラゲラ笑うと、すぐその隣にも同じような、でも少し違う顔が壁を突き破り同じように笑い始める。
モンスターだ!
こいつらのソウルリストは、それぞれが『狂った群衆956』と『狂った群衆1357』。
一応人の姿をかたどるそいつらは、身体のバランスが悪く顔だけが人間の二倍もある頭でっかちである。
またそれぞれが怒りや蔑む表情をずっとしており、時折意味不明な言葉を話したりもしている。
そして至る所の壁を突き破り多くの顔が飛び出してきて、あっという間に取り囲まれてしまった。
こいつらのその多くが、土を掘り返したり作物を収穫する時に使われる、鍬や鋤、鎌やピッチホークなどの農具を武器として手にしている。
『ゲラゲラゲラッ』
突進をして来た一体の狂った群衆を、赤騎士が事もなげに一閃。それを皮切りに全ての狂った群衆が動き出す。
しかし赤騎士の敵ではなかった。赤騎士が槍を操作するたび、狂った群衆が黒霧へと還っていく。
続々と湧いてくるこの敵に、俺も傍観なんてしていられない。
『ゴツ』
イタッ、そんな事を思っていると背中に痛みが走った。どうやら石を投げつけられたようだ。俺も気を引き締めていかないと。
リアさんに向かって飛ばされた石は、赤騎士が槍を扇風機のように回転させて弾き返している。
俺たちの場合は、直接避けたほうが良いかな。
「センジュ行くよ! 」
「任せろ」
そして攻撃に加わった俺たちにより、あっという間にこの場にいた狂った群衆を撃破し制圧する。
そうして前進を進める俺たちに、散発的に襲ってくる敵たち。囲まれない限り、俺たちの敵ではない。
闇に染まる農村を突き進み無事抜けた俺たちの前に、今度は半円形の大きな洞窟が現れた。
入りたくないけど、リアさん曰くこの中にダンジョンボスがいるらしいから——
洞窟の中は、外と同じような広大な世界が広がっていた。またダンジョン特有の不思議な現象、洞窟内にも月があるため漆黒に塗り固められている地下世界に、明かりと影が生まれていた。
敵は来た道から追ってくるようにして現れる狂った群衆。
そして奥へ奥へ進んでいると、地面に十字架や石が立ち並ぶ、墓所のような地帯に踏み込んでいた。
げっ、この十字架の下からゾンビとかが這い出してきたらどうしよう。
「この十字架地帯の真ん中から、ダンジョンボスの反応があります」
しかし高確率で出てきそうな地帯を進まないといけないとは。あと中央にある一際巨大な十字架は、近づいたら絶対何かが現れますよね?
そこで頭痛がした。そして突然の目眩も。
「御主人様、迷宮核の記憶が流れ込んできている」
そう、これまで迷宮核に触れた時のような現象が不思議と起こっていた。
「みたいだね、少し座ります」
リアさんに言いながら、現実世界の十字架とかを見据える中、映像が流れ込んできはじめた。
陽が照りつける。
ここは闘技場?
そうか、戦争が起こり王族の末席であったが奴隷落ちしてしまったんだ。
目の前で人、同じく奴隷落ちした家臣達が死んでいく。
私は買われた先で、余興として闘技場で魔獣キメラと戦わされる運命であった。
「武器を取れ! 」
その言葉で目が覚める。
大地にばら撒かれるようにして置かれた武器の中から、咄嗟に目の前の剣を拾い上げる。
「いいぞ、足掻け足掻け! 」
それはどうやら、私に向けられた声援ではなく野次であった。
家臣の軍隊経験者がまとめ上げ陣形を組むも、ライオンより二回りも大きな巨体の魔獣の前に動けないでいる。
「うがあぁぁあ! 」
そんな中、私は何故だか血がたぎり突貫していた。そして私の剣が魔獣の首元に突き刺さる。
『シィヤアァァ』
やったと思っていると、魔獣の尻尾、大蛇が私の顔面に噛みついていた。
振りほどくも、痛みより左目が見えない事に焦りを感じる——
多くの者が死んでいく中、追加で二頭の魔獣が闘技場へ放たれるのが見えた。
そうして多くの家臣たちが死んでいく中、私は——
「さっきから考えてばっかしで、血が足りねぇ。なんでもっと足掻かねぇ、しかたねぇ、順番がぐちゃぐちゃだがお前の血を貰うぞ! 」
なんだ、この剣から声が聞こえている感覚は? それに周りに耳を傾ければ、群衆の声の中でまともに声が届いているものがない?
つまりさっきからの声も、この剣から——
「ぐっ」
腹部に鋭い痛み、自身で自分の腹を剣で突き刺していた。そして力任せに力を加えたため刀身が折れ、そのまま腹部へ埋れていく。
そして次の瞬間には、全ての魔獣の頭部が素手でもぎ取られていた。私によって。
私を含めた皆が騒然とする中、その血液が全て、また滴り落ちる血液もまるで私の腹部に吸引されるようにして集まってくる。
なに? 腹部が完治している?
なにが起きている?
そこで破壊衝動が起こる。
そしてそのままの勢いで家臣たちを襲おうとした時、姉のように慕っていた部下が目の前に。なんとか理性を保って食い止めるが——
身体のコントロールが効かずうずくまる中、闘技場内に完全武装した剣士が五人降りてきた。
新手の敵!
そこでコントロールを失う。
血の滾り、抑えようのない破壊衝動。
そして勝手に動く身体に身を任せていると、五人分の血の海が出来上がっていた。
渇く、喉が何故だか異常に渇く。これは——血が足りない!
再度部下に目がいってしまう。
そして鉄格子をひん曲げて逃走をした。その後執拗に追手をかけられ、山狩りにあい、最終的には住人たちに追い立てられ洞窟へ逃げ込む。
血が足りない、破壊衝動が抑えられない。
そこで目眩が治まり、視界が元どおりに変わる。
えーと、ダンジョンは迷宮核の影響を受けていて、映像の主で動いていたのは奴隷落ちした人だったよね?
つまりこれからあの血を欲していた人と、まさか戦うわけ!?
そこで月が、鮮血に濡れたように真っ赤に染まっている事に気がつく。
「ダンジョンボスです! 」
月下の元、血のように雫が滴り落ちてくると、一際大きな十字架の前の空中で血が溜まり、真っ赤な球体を作り上げる。そして人の形を作り上げていった。
ソウルリスト、隻眼の吸血鬼。




