第11話、ユウトのソウルリスト
真琴が倒れて動けないでいるガーレンに歩み寄ると、冷めた目で見下ろしながらに話しかける。
「素直に答えれば、命だけは助けてあげる」
しかしガーレンは真琴を一瞥するとそっぽを向いてしまった。
そこで真琴は返答を待たずに口を開く。
「さっき首輪って言ってたけど、なんの事かな? 」
「そりゃ、奴隷に付けるもんだろ? ……へっ、そんな事も知らねぇのか? 」
一瞬空気が凍りついた気がした。
そして真琴が動く。
ガーレンの腹部に向かってデコピンの要領で勢いよく指を弾いた!
すると苦痛の叫び声が一つあがる。
「女性は感情的な生き物だからね、下手に機嫌を損ねると後々後悔することになるよ。——以後、細心の注意を払って受け答えするんだね」
これは拷問ってやつになるのだろう。
見ていて気持ちの良いものではないけど、その効果は抜群であった。
ガーレンは先ほどとは打って変わり、必死に首を何度も小刻みに縦に振り、従う事を表現している。
一呼吸置いて、質問が再開された。
「首輪はさ、なんのために付けるの? 」
「……服従させるためだ。言うこと聞かなかったり、逃亡しようとする奴にゃ、所有者が首輪に魔力を流してやらない。そうすりゃ、二日後にゃ首が締まってあの世行きだ」
「その流す魔力は、所有者しか受け付けないの? 」
「あぁ、そうだ」
「なるほどね」
真琴はこの世界についての情報を集めているようだ。
しかし流石異世界。
地球にない魔力を使い、独自の文化を形成しているみたいだ。
「なら次の質問、ダークエルフって珍しいの?」
「他の地域は知らねえが、ここら一帯は奴らが住んでるとされる西の大陸からずいぶんと離れてるからな。
俺はこの土地でずっと生きてきたが、見るのは今回が初めてだ」
「へぇー」
真琴が腕を組んで黙り込んだ。
色々と思考を巡らせているようだ。
そしておもむろに口を開く。
「ちなみにダークエルフって、ここら辺ではいくらになるのかな? 」
「売っても人間の奴隷と大差ないかもしれねぇが、そのソウルリストだからな。金持ちの物好きはどこにでもいるだろ? 」
また出てきた、ソウルリスト。
「そのソウルリストだっけ、ボク達のを確認してたみたいだけど、彼に対してなんて感じ取ったのか教えてくれないかな? 」
それは俺も知りたい、めっさ知りたい!
ガーレンは回復してきたのか、肘をつき上体を少し起こすと、俺に視線を移し目を細める。
「さっきと変わらず、……今も超絶倫と感じるが」
「——えっ? 」
真琴が驚愕の声をあげ、まるで引きつけを起こしたかのようにそのまま呼吸を止めた。
そして暫くして呼吸を再開させると、真剣な眼差しでガーレンを見つめる。
「もう一度、いい? 」
「超絶倫だが」
「なんだって……」
真琴の声がかすれ震えている。
かなりのショックを受けているようだけど——
と言うか、俺も驚きなんですけど!
絶倫?
しかも超がついた絶倫?
俺ってそうなの?
人様を知らないから比べようはないんだけど、一般的な男子高校生レベルじゃないの?
真琴がこちらをチラ見した後、一つ咳払いして話を再開させる。
「話はここまでだ。さてと、有り金は全部貰うからね」
「くっ」
「約束通り、命だけでも助かった事に感謝するんだ」
そこで真琴は一度言葉を区切ると、おもむろに俯く。
そのため前髪で目元が隠れるが、その先のよく見れば見える瞳は見開かれていた。
そしてまた周囲の空気が変わった気がする。
「ただし次はないからね」
真琴の底冷えしそうな抑揚のないその言葉に、ガーレンだけでなく俺も思わず息を飲み込んでしまう。
それから真琴が目を光らせる中、俺が賊達の腰紐から硬貨が入った革袋を回収していく。
他の男達は痛みでそれどころじゃなかったみたいだけど、ただ一人、ガーレンのみが腰袋に手を伸ばすと親の仇を見るような目で睨んできた。
うっ、心底人を恨む目って、瞳を逸らせなくなるぐらい緊迫感があって、怖いです。
「彼は、ボクより強いんだよ」
いつの間にか俺の後ろに来ていた真琴が言った。
するとガーレンはギョッとして俺から目を逸らす。
真琴がいま言ったことは当然ハッタリである。
そしてその言葉がもたらした結果に、嘘も方便と言う言葉が浮かんだ。
「あとこれも貰っておくよ」
そうしてガーレンともう一人のフード付きマントを剥ぎ取ると、俺たちはその場を後にした。
ちなみに俺の意向で、お金は全てを奪わず一部を残していた。
隠れ家と呼んでるのかアジトと呼んでいるのかは分からないけど、彼らも生活をしている以上どこかに帰る場所、居を構えているはずだ。
そしてそこには、少なからず金目の物、財産を置いているのだろう。
そのためここで手持ちのお金を根こそぎ奪ってもよかったのかもしれない。
しかしもしかしたら、その居までの距離が遠かったり、そこに行くまでに関所のようなものがあり、なにかしらお金が必要になればこの人たちは途方に暮れるだろう。
そうなると、また同じような強奪行為に走ってしまうかもしれない。
すなわち俺たちのように襲われる人が出てきてしまうという事だ。
この男達を拘束して街まで運べばいいと思うかもしれないけど、この場には縛る縄もなければ、この世界のルール、法律もわからない。
もしかしたらだが、一般人が悪党相手にも暴力を振るったらダメかもしれない、とかは無いにしても、懸賞金をかけられた相手しか捕まえたら駄目だったり、この男たちが裏でどこかと繋がっていて、それが原因で余計な面倒に巻き込まれる、ぐらいはあるかもしれない。
正直右も左もわからない状態であまり目立ちたくないと言うのもある。
そしてこんな考え方は何様となるかもしれないけど、この人達に生まれ変わるチャンス、きっかけをあげようと思った。
何かのテレビで見た記憶なので正確な情報ではないかも知れないけど、例えばクラス全員で合唱コンクールに向け頑張ろうと練習しても、20~30パーセントの人が本気で頑張るが、残りの人達は少なからず手を抜くらしい。
そこで頑張ってる人を除けた、手を抜いていた人達だけにすると、みんなが手を抜いたお粗末なモノになる、のではなく、その中から頑張る人達が20~30パーセント出てくるらしい。
逆のパターンで、手を抜く人達を排除した頑張る人達だけのグループを作っても、頑張る人たちを集めたにも関わらず、今度は逆に70~80パーセントの人達が手を抜いてしまうらしい。
そしてこのデータを今回の件に当てはめて見てみると、男たちのように社会をあぶれる人間が出てしまう世界では、そのあぶれた人達や彼らを受け入れる場所そのものを排除したとしても、また自然と同じような人たちが集まってしまうわけだ。
根絶なんて言葉があるけど、それは社会の根底からの変革が必要であり、簡単に出来るものではない。
それならあの人たちに、改心する機会を与えてもいいのではと思ったわけだ。
それにここで俺らが出くわしたのも、言うならば縁である。
甘いと言われるかもしれないけど、そういう考え方をするのが俺なのだ。
まぁそれで変わるか変わらないかは、あの人たち次第であるが。
変わらなければいつか痛い目にあう可能性が高く付き纏い、変わってしまえば別のあぶれた人たちがその位置にくるだけの事かもしれないのだけど。




