第100話、あなたは誰ですか?
攻守交代——
ヴィクトリアさんを守りきった火球は、空中に浮かんだ状態で胸の下で腕組みをしているヴィクトリアさんの側にプカプカ浮かんでいる。
と思っていたら、なんの脈略もなしに突然二つに分裂。
その数を増やし——、ってさらに分裂!?
分裂の勢いは止まらない。
そしてあっという間に分裂回数から計算して恐らく32個の球体にまで一気に増えると、次の瞬間にはその全てが真下へ落下。
そこから放物線を描き二面樹に向け全ての球体が落下のスピードそのままに、高速で隆起している地面すれすれを突き進み始めた。
そのあまりの速さで球体は形状を縦に潰している。
ビュビュッと風切り音が鳴る!
ツタだ、二面樹が何本ものツタを動かし炎球をはたき落とそうとしているのだ。
しかし球体の一つ一つが、まるで意思を持っているかのような回避行動を見せ避けていく。
続いてツタの攻撃に加え地面から飛び出したツタの束が進行方向を妨害する壁のように現れ、さらにはそのツタの柱から何本ものツタが伸びて攻撃をしてくるが、それらもうまく躱していく。
その光景はさながら三部作セットでエピソードが公開される宇宙戦争ものの戦闘機のようで、ヒュンヒュンっと効果音を鳴らして進むようであった。
そしてついに二面樹の幹に球体の一つが着弾、と同時に広範囲に飛び散り炎をばら撒く。
その後間髪入れず残り31もの球体も着弾。
巨大な二面樹のため全てとはいかなかったけど、幹の多くが炎に包まれていく。
そしてその内の一つが巨大な瞳にも直撃していた。
炎がゆらゆらと揺らめく箇所が黒く焦げていく中、二面樹は瞳を左右からギュッと閉じ苦しそうに上方の枝を揺らしている。
そんな優位な立場にいるにも関わらず、それを見ているヴィクトリアさんは不機嫌そうに呟く。
「火力不足か——」
そして次に下方にいる俺の方へ視線を落とす。
『——ユウト、我に力を寄越せ』
そう俺の頭にヴィクトリアさんの声が響く、と同時に俺の全身の肌が粟立ち、意識が強制的に肉体からもぎ取られる感覚。
そしてそのまま上空のヴィクトリアさんに吸い込まれるようにして高速移動。
そうして俺は以前真琴の中に入り込んでしまったように、今度はヴィクトリアさんの中へと入り込んでしまっていた。
するとヴィクトリアさんから、
『——これはかなり』
と戸惑いと苦しそうな感情が伝わってくる。
そして少し動いてしまったヴィクトリアさんが、真琴と同じように流れる電流のような痛みに苦しそうな吐息を漏らした。
しかし——。
ヴィクトリアさんの中、真琴と同じでかなり狭く感じる。
また締め付けと共に熱を帯びてきているようで次第に熱くなってきているのだけど、その熱は体全体を優しく抱かれているような感覚で心地よいものである。
と同時に真琴の時に感じた快楽、またあの時と同じ快楽を味わいたくなる気持ちが、俺の頭と身体を駆け巡ってしまう。
——いや、今はそれどころじゃない。
眼下の真琴たちの姿が頭に流れ込んでくる。
今は目の前の敵を倒さないと!
ヴィクトリアさん!
早く二面樹を!
『案ずるな、我は煉獄と審判の象徴である存在。そして審判の属性により、仮に長考をしたとしても時間の流れは刹那の間ですらない。故にこうして話している間は時が停止していると考えて貰っても構わぬ』
そっ、そうなんですか!
……そしたら凄く気になる事があるのですけど、いま聞いてもいいですか?
『かまわぬ』
あなたはいつからヴィクトリアさんと入れ替わったのですか?
——そして貴女は何者なんですか?
核心を突く俺の質問に、沈黙が続いた後に笑い声が聞こえる。
『くくくっ、いいだろう。そろそろ演じるのに飽きてきたところだからな』
そこで一連の映像が頭の中に流れ込んでくる。
ヴィクトリアさんがダンジョン魔術師の洋館後に俺たちを守るために力を使い、その存在を散らしてしまったこと。
また代わりに七番目と呼ばれる存在がヴィクトリアさんの願いを聞き入れ、それからヴィクトリアさんを演じる事になった事が——
つまり俺が知っているヴィクトリアさんは、その時に死んでしまっていたのだ。
七番目さんは、その後を引き継ぐ形でここに存在していたのだ。
知っている人の死。
受け入れたくないけど、受け入れないといけない現実。
しかも恐らく、ただの死ではなく存在自体が消滅してしまっている。
身体から力が抜ける。
寒気と共に呼吸が早くなる。
頭が真っ白になる中、ヴィクトリアさんにはもう会えないという事実が悲しみと共に訪れ身体を冷たくしていく。
——もう会えない。
そこでヴィクトリアさんとの記憶が走馬灯のように思い出されていく。
冷静な表情で眼鏡をクイクイ上げ下げする真面目なヴィクトリアさん。
気が付けば柱の陰などから俺を見つめ、目が合うとほんの少しだけ微笑む可愛らしいヴィクトリアさん。
ダメだと言いながらも、なんだかんだで困った時にはそっとアドバイスをしてくれる優しいヴィクトリアさん。
あれ?
そこで俺は違和感を覚えた。




