第10話、ヒロイン強ぇ
遅れて聞こえてくる地鳴りと怒声。
街よりやや右側の矢が飛んできた方面、雑木林から飛び出して来たのは、馬に跨り防具を身に纏う男達。それぞれが槍や弓を手にこちらへ猛スピードで迫ってきている。
そして馬に跨りフードを目深に被る六人の賊たちは、あっという間に俺たちがいる丘のところまで駆け上がってきた。
彼らは一定の距離を保つと、俺たちを中心に各々が左右へゆっくりと馬を展開。
あっという間に取り囲まれてしまう。
知らない男たちのみんながみんな、そのフードの中から嘲笑うかのような表情で俺の顔をみている。
その突然訪れた危機的状況に、手に汗を握り思わず浮き足立ってしまう。
しかも男たちは囲んだ後も休むことなく、馬を歩かせ旋回を続けている。
そんな中、一頭の馬が俺たちの正面で脚を止めると、一番大柄である男が鞍から飛び降りてきた。
この一人だけフードを捲り素顔を晒している男、無精髭を生やしていたりギラギラした目でこちらを観察しているあたり、いい人には到底思えない。
女神を一発KOする真琴がいるとは言え、嫌な汗が身体の芯からにじみ出るのが止まらない。
「ついてるぜ、やっぱりダークエルフか。首輪がついてねぇし妙な服を着てやがるって事は、金持ちか、特別な奴隷か? いや、あの線もあったか。まーどっちにしろ、こりゃ俺等にも運が回ってきたって事か」
男は学生服に袖を通している俺のほうを、覗くようにして目を細めながら言っていたかと思うと、突然表情を変化させる。
「……なんだと、あっち用の奴隷? いや、内容からするに主人になるのか? ならそっちは——」
そこで男の視線が、俺を守るようにして佇む真琴の方へと移動する。
「なんだ、この女のソウルリストは!? 」
その男の声を皮切りに、真琴の方へと視線を一斉に向けた賊たちがザワザワと騒ぎ出す。
ソウルリスト。
恐らく女神が言っていた二つ名の事なのだろう。
そして真琴の二つ名である『深淵の覚醒者』を見て驚いているようだ。
やっぱりこの二つ名、普通じゃないんだ。
それより——
俺も男に倣って目を細めると、正面の男が『下卑た交渉人』と言うのが伝わってきた。
他の馬に跨っている男達をざっと見回すと『早馬のジョージ』や『短弓を好むタジカ』とか、名前らしきモノが混じっている者が殆どであった。
ちなみに馬のも見えるらしく、たまたま目に入った正面の馬は『大王人参の下僕』となっていた。
これって、ある意味わかりやすい世界だ。
あと最初に、男が俺の方を見ながらあっち用の奴隷と言ったのが、とてつもなく気になる。
「そんなのハッタリよ! それよりねぇガーレン兄さん、そのダークエルフの少年、どうせ売り払うんでしょ? その前に味見させてくんないかい? 」
旋回する男達の中の一人でフードを目深に被り顔を隠していた者が、そのフードをずらし長い赤髪を外気へと晒した。
見た感じ女性のようだけど、陰鬱な表情を浮かべてこちらに視線を送るのは違った意味で怖い。
「——お前ってやつは。まぁかまわねぇが、激しくして傷なんかつけんなよ」
「可愛がるだけだから大丈夫よ! 」
そして思案げに顎に手をあて考え込んでいたガーレンが、その姿勢のまま顔をあげる。
「……やっぱり女の方が厄介そうだ。護衛も付けずに徒歩で歩いてるだけでも警戒に値するが、このソウルリスト」
そこでガーレンが真琴に向き直る。
「ちなみに嬢ちゃん、そのダークエルフだけ置いてけばお前は見逃すが、どうする? なんなら祈りの時間もやるぞ? 」
それに対し、真琴はくっくっくっと笑っていた。
笑うのを必死に抑えようとしているけど、声が漏れてしまっているような感じである。
そしてその目は笑っていなかった。
こういう瞳を殺気が宿っているというのだろうか?
真琴の眼差しの先にいる下卑た交渉人ことガーレンは、その強力な眼力に上体を仰け反らせた。
「くっお前ら、こいつは殺して構わねぇ。やっちまえ! 」
ガーレンの号令の元、男たちが一斉に動きを見せる。
馬上で槍の穂先をこちらに向ける者、矢を番え弓を引き絞る者、唾をペッと吐き捨て腰の剣を手にする者。
どうする?
一度に全員を見ることは出来ないし、馬に跨る五人は常に移動しているため、頭が混乱してきてしまう。
対応しないと!
でもこちらは武器どころか、鞄などの盾の代わりになるかもしれない手荷物すらない。
そう、俺たちは素手なのだ。
とそこで馬に跨がる二人の男達が、右側から勢いよく迫ってくる。対する真琴はガーレンを見据えたまま、その場で無造作に右側にいる男達に右手を向け、平泳ぎの腕の動きみたく空気をかくようにして後方へ軽く振った。
するとその手の直線上にいた男二人が、車に跳ね飛ばされたかのようにして後方へすっ飛び、続けてドサドサッと背中から落ちる音が聞こえる。そして飛ばされた男たちは、それから苦しそうに蠢くのみで立ち上がる事も出来ずに声を漏らし続けている。
「なにしやがった!? 」
真琴はガーレンの叫びを無視。そして今度は左方向から槍を手に迫ってきていた馬上の男に向かい手の平を下にして腕を伸ばすと、カクンと手首から先を下に倒す。
すると強烈な勢いで、男が落馬しそのまま頭から地面へ激突した。
残る馬を駆る二人は一人立ち尽くしているガーレンを見捨てたか、散り散りに馬を走らせ始めた。
真琴はその内の男の方に向かい、手のひらを開いたままで右腕を伸ばすと、グッと一気に握りしめる。
するとその男はまるで真琴に握りしめられたかのように両腕を胴体に引っ付けたままの状態で固まると、馬から転げ落ちた。
そして真琴の眼光が、賊の紅一点である女に向けられる。
「待て! 」
声を発したのはガーレンであった。
震えてはいるが、手にした剣を握りしめ真っすぐに真琴を見据えている。
「俺も昔はCランク冒険者まで上がった事がある男。——バケモンが、かかって来やがれ! 」
真琴は離れているガーレンの足を払うかのように右手をサッと振った。
するとガーレンはうめき声を上げ両膝を付く。
「はぁはぁ、んぐっ、どうなって、やがる」
そこで真琴が、跪くガーレンに向け軽く押す動作をする。
するとガーレンが背中から地面へドサッと倒れ込んだ。
荒い息をあげ続けているガーレン。
女はと言うと、すでにかなり遠くまで行ってしまっている。
「一人逃げられちゃった」
てへっと苦笑いをする真琴。
て言うか、真琴強すぎ!
素手というか、なんというか、触れずにバタバタと倒しちゃったよ。
それより——
「ちょっと真琴! 」
「うん? 」
真琴に駆け寄り、その力って使っても大丈夫なの? と耳打ちをすると、真琴は手加減してるから大丈夫だよ、と同じく耳打ちで返してきた。




