第1話、通学路
この子は誰だろう?
幼い女の子が立っていた。身に付けた黒のワンピースは肩口から袖までが真っ白で、襟元などに可愛らしいフリルが多用されている。
しかし少女を背後から照らす眩い光のため、顔が口元しか見えない。
「——そうです」
その子が何かを話したあと、突然抱きついてきたためそのまま押し倒されてしまう。
「いただきます、の前に、洗脳しちゃわないとですね」
ゾクリとする声が聞こえた。
また少女の右腕の肘から先が、閃光に包まれている。
「えぃ」
そして掌底を打つようにして俺の頭目掛けて腕を伸ばして来た。
するとぐわぁんと脳内が揺れ、警戒していた俺の思考がゆっくりととき解されていく。
そして少女は俺に跨がると、少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべ——
「改めて、いただきます」
と呟いた。
「おおうわぁ! 」
あれ?
首を左右に振って状況確認する。
上体を起こした俺は、自室のベッドにいた。
……夢か。
安堵すると同時に、今見た夢の内容が思い出せなくなっていく事に気がつく。
いまの、どんな夢だったかな?
まっいーか。
今の俺はそれどころじゃないしね。
ベットから下りると、大きく伸びをする。
外では先程からスズメがチュンチュンと囀っている音が。
よし、快晴に恵まれた一日の始まりだ。
遅れないように用意しないとだ!
そんなこんなで、自宅から出た俺は住宅街を歩いている。そして学校の前まで運行する市営バスの停留所へ向かっているわけなんだけど、……急に緊張してきてしまっていたりする。
変な夢は見たけど、昨日の事は夢じゃないよね?
そこで斜め前方の電信柱の陰から、可愛らしくぴょこんっと陰が飛び出た。
「——やぁユウト、今日もいい天気だね」
そう言って姿を現したのは、紺のブレザーにミニスカートという装いで、ボーイッシュという言葉が似合う元気な笑顔に大きな瞳の女の子だ。
ちなみに肩にかかるかかからないかだった髪の毛は、今ではその豊満な胸にまで伸びている。
「あぁ、おはよう」
「あれ、ユウト? 髪の毛の色、少し落ちてきてるよ? 」
「えっ、ほんと? また染めないと、だね」
俺は純日本人である。
しかし生まれつきの白髪であるため、幼い頃からずっと母親に髪を黒く染めてもらっていた。
また肌の色も人とは違い褐色であるがため、前髪を伸ばし俯いたり、大きめの制服を着る事により少しでも人目につかないように工夫をしていたりもする。
そして俺には物心がついた頃から一緒に遊び、地毛が白髪である秘密を知っている親友が一人いる。
その子はご近所さんで幼馴染みという、この五条橋家の長女、真琴の事なんだけど……。
——いつからだろう?
昔は男女関係なく外で走り回って遊んでいたんだけど、すらりとした身体は気がつくと出るところは出、その、今ではかなりエッチな身体になっていると思う。
それに先ほどから甘い、良い香りが風にのり微かに届いてきている。
シャンプーかボディーソープの香りなのかな?
真琴に対しドキドキしていると、彼女は俺との距離を一歩縮め、上体を屈める事により上目遣いでこちらを覗いてきた。
「キミは良く眠れたかな? ……ボクはと言うとね、実は一睡も出来ていないんだ」
そう微笑むと、その柔らかそうな下唇に人差し指を押し当て、続ける。
「嬉しくてね」
俺はそんな真琴の事を、今では完全に女の子として見ていて、……いつからかは分からないけど、気がつけば大好きになっていた。
しかし昨日の出来事が、夢とか妄想とかじゃないようで良かったです。
と言うのも昨日の放課後、俺は真琴から校舎裏へ呼びだされていた。
——人気のない場所に女子と二人きりで会うのもなんだか恥ずかしいのに、その相手の女の子は真琴だ。
変な態度をとって嫌われないよう、俺が妄想しているような事は何も起こらないと、何度も自身に言い聞かせる。
そしていつもと同じように接するよう、心を落ち着かせるためにも深呼吸を果てしなくする。
そうして待ち合わせ場所のクスノキの下へ向かったのだけど、……まだ真琴は来ていなかった。
◆ ◆ ◆
今からの事を思うと、恥ずかしすぎて息をするのも苦しくなる。だから深呼吸をしに待ち合わせ場所から少し移動していた。
そして呼吸を整え気合を入れると、校舎裏に人知れず鎮座する巨木であり、ユウトとの待ち合わせ場所であるクスノキの下へ向かおうとしてたのだけど——
ユウトだ! いつ見ても可愛い。
またその姿を見て心臓がドキリと高鳴る。そしてボクは思わず体育倉庫の陰に隠れてしまった。
どうしよう、本人を前にしたら脚に力が入らない。
手も微かに震えてる。
……でもこのままじゃダメなんだ! だから思いきって勇気を出して——
ボクが一歩を踏み出そうとした時、ちょうどユウトがこちらに振り返った。
ダメだよ、やっぱりダメだよ!
だってこれから告白してユウトに断られたら、ボクは一生立ち直れない気がするから。
とそこで遠くの校舎の陰から、幼い頃からの親友である由香の姿が。
由香は身体の全部を使ってなにやらジェスチャーを始める。
どうやら『早く行け! 』と急かしているようで、さらに口パクで『奪われちゃうよ! 』と言っているのが分かった。
早くしないと他の子から奪われてしまうよ。
その言葉は少し前から由香に言われ続けられており、また胸が締め付けられる言葉でもあった。
ユウトは人気がある。その可愛らしい容姿も理由の一つなんだと思うけど、一番の理由は男女分け隔てなく優しいところ。
困ってる人が気がつけば、ユウトに助けられてたって話はよく聞く話。
そしてその時の何気ない笑顔に好感を抱く女子が後を絶たない。
でも由香曰く、みんなはボクとユウトが親密な関係であると勘違いしていたようで、そこから一歩を踏み出してくる女子が今までいなかったらしい。
でも最近、男子から流れて来た情報でボクたちが付き合ってない事実が女子全体へと知れ渡った。
そのためユウトを気にしていた女子たちが、少し前から不穏な動きを見せ、今ではいつユウトに告白をするかわからない状態にまでなっているらしい。
そういうわけでボクはこのところ毎日、由香から早く告白をして付き合ってしまいなさいと言われ続けていた。
だからボクは、とても恥ずかしかったけど、思いきってユウトを映画に誘ってみた。でもその日はグループ法人老々会のボランティア活動で街へゴミ拾いに行くらしく断られてしまう。
ユウトは優しい。だからボクが傷つかないよう、やんわり断ったのかもしれない。
その事を由香に伝えたら怒られた。そんな事で諦めちゃうの、と。
だから再チャレンジ、今度は用事があっても大丈夫なよう、想いだけでも伝えようとラブレターを渡してみた。
そしたらあろうことか、ユウトはその場でラブレターの封を開け手紙を取り出そうとした。
慌てたボクは、ラブレターを奪い取るとその場を逃げ出した。そしてボクはまた失敗した事で落ち込み、部屋に閉じこもってしまう。
すると部屋まで来てくれた由香に、また怒られてしまった。みんながいる教室で渡してどうすんのよ、と。
だってなにげに渡した方が緊張しないし、みんなの前で渡すから怪しまれないよう茶封筒が良いと思ったんだ。
すると、茶封筒渡してどうすんのよ、とまた怒られた。
という事で3度目の正直、今からボクは由香監修の元、ベタベタ展開、校舎裏に呼び出して直接告白をする事になってしまっていた。
と二の足を踏んで回想をしていると、不意にユウトがこちらに背中を向けた。そしてスタスタと歩き始めてしまう。
あわわと慌てふためく中、校舎の陰から完全に飛び出した由香が顔を真っ赤にしながら高速ジェスチャーをしているのが目に入った。
し、心臓が本当に口から飛び出しそう。
でも勇気を振り絞らないと!
「ゃ、やあユウト! 」
ボクは由香の後押しがあったおかげで一歩を踏み出せていた。
でもボクは、ユウトを前に顔から湯気が出てるのじゃないかなというぐらい真っ赤になってしまっていた。
だからそんな恥ずかしい顔を少しでも隠すよう俯きかげんにすると、震えが止まらない手を隠すために慌てて後ろ手に組んだのだった。




