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露子と雪  作者: tokage
2/2

千景の白い夜

露子は今夜も上の空だ。


少しずれた眼鏡のレンズの外をじっと見つめては、

ゆっくりと鼻先に視線を戻すことを繰り返している。

本人曰く、頭の中は大忙し――らしい。


僕はソファから少し離れたキッチンの丸椅子に腰掛け、

そんな露子を眺めるのが好きだ。

彼女のいる場所は、なぜかいつも白く見える。

光のせいか、彼女のせいか、それとも雪のせいか。


「ね、チカ……千景」


少し高揚した声。

露子がまた、“はじめる”みたいだ。



露子は僕と同じ会社で働いていたけれど、今は辞めてこのまちに移り住み、児童文学を書いている。

冬の光、寒い国に住む人々や動物たちの暮らし、僕の知らない風の名前なんかを、

まるで見てきたように描く。


机の上には書きかけの原稿と、紅茶の輪染み。湯気が立ち、ふんわり甘い香りが漂う。


手元が少し早くなったとき、

露子が小さく笑った。

心地良くその微かな音が、ふわりと響く。


「今回は、このまちのお話にしようと思うの。どう思う?」


「このまちの冬は露子によく似合うから、いいと思うよ」


「私に似合う、か。ありがとう。千景のことばって、なんだか魔法みたい。ごはん、すぐ用意できるから待ってね」




露子はやかんに手をかざし、湯気で指先を温めながら、

ふふっと笑う。

僕はその横顔を見て、少し微笑み返す。



露子は料理が上手で、綺麗好きで、

話し方も仕草も、

全てがゆっくりしている。

けれど冬になると、

少し活動的になる。


鍋の蓋を開ける音がした。お皿が置かれて、

ボールに卵を割り入れる。すべての音が静かにリズムを刻む。

まな板に野菜を並べながら、

今夜は鼻歌も聞こえる。ご機嫌だ。

手元の野菜を刻む手際は丁寧で、冬の光を受けて、美しく息づく。


「冬生まれだからかな。冬が好きなの」


時折冷たい空気に頬を染めながら、楽しそうに何かを囁いている。



僕たちが初めて言葉を交わしたのも、冬だった。

あの晩、雪が深くて、会社の駐車場で車が埋もれた。

お互い雪まみれで、声を掛け合うしかなくて、笑った。


「すごく積もりましたね」

「本当ですね、雪、積もりましたね」


たったそれだけのやり取りだったのに、

吐く息がふたつ、空の中で混ざった気がした。



僕たちは少しずつ距離を縮め、付き合うようになった。

でも――


僕はずっと悩んでいる。


露子といると、自分の中の何かが変わっていく。

白い雪に飲み込まれるように、

でも怖いわけじゃない。

彼女はどんな色でも受け入れる白いパレットみたいな人だ。

ひとも動物も、世界のすべてを偏りなく見ようとする。

儚さと強さ、聡明さと奔放さ、底にある孤独も。

僕は、彼女を幸せにできるのだろうか。



露子は言った。


「雪の日だけ、本当のじぶんに会える気がする」


僕は本当が何かなんて知らなくていい。

ただ、雪を見ながら何かを囁く露子の横顔を見て、

この先も一緒にいたいと、思う。


今夜、伝える。


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