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第7話「小さな違い」

 澪と朔が生まれてから、季節は二度巡った。

 山のふもとの小さな家に、子どもらしい笑い声と泣き声が混じるようになり、母の暮らしは慌ただしく、それでいて温かいものに変わっていった。


 澪はよく笑った。少し転んでも泣きべそをかいたあとには、すぐに立ち上がって、また駆け出す。好奇心のままに庭の草を摘んでは「おかあさん、みて!」と両手を広げる。

 その姿は、誰がどう見ても「人間の子」だった。


 一方で朔は違った。泣き声は低く短く、何かをねだるように母の胸元へと伸ばした手は、乳ではなく血の温もりを求めているように思えた。

 生まれて間もないころからそうだった。澪が母乳を満足そうに飲む横で、朔は長く口をつけようとせず、かわりに母の手首や首筋に小さな口を寄せた。


 まだ幼すぎて、牙などは生えそろっていない。それでも、肌に触れるたび母は思わず身を強張らせる。

 その赤い瞳が、夜の明かりを反射するとき――自分が産んだのは、まぎれもなく人間と吸血鬼の境目にある子なのだと、改めて突きつけられるのだった。



 双子が二歳になった頃。

 澪はすでに片言を話せるようになり、言葉を覚えることが楽しくて仕方ない様子だった。


「おかあ、あれ、きれい」

「そうね。桜の花びらよ」

「さくら……」


 庭を舞う薄桃色の花を指さす澪に、母は笑って応えた。


 その横で、朔はじっと空を見上げていた。

 桜の色にも、風の心地よさにも反応を示さず、どこか遠くを見透かすように目を細める。

 視線の先にあるのは、山の影が長く伸びていく夕暮れ。日が落ちる気配に、かすかに鼻をひくつかせる。


 その仕草は獣じみていた。母は声をかける。


「朔、花を見てごらん。きれいでしょう?」

「……」


 応えはなかった。ただ、赤い瞳が桜ではなく、母の首筋にちらりと向く。


 澪はまだ知らない。けれど母は悟っていた。

 この子はきっと、人の食べるものだけでは満たされない。



 ある晩のこと。

 風が強く、家の戸を叩く音に澪は怯えて泣き出した。母はそっと抱きしめ、子守唄を口ずさむ。

 そのとき、朔が立ち上がった。


 夜の闇に誘われるように、ふらふらと窓辺へ歩いていく。

 まだ小さな足取りなのに、不思議な確かさがあった。


「朔!」


 母が呼ぶと、振り返った幼子の瞳は、月明かりを映して赤く輝いていた。

 その表情は、同じ年の子どもとは思えぬほど冷ややかで、どこか「夜の住人」としての自覚を宿していた。


 抱き上げると、朔は小さな牙で母の肩口を噛もうとする。もちろんまだ浅い乳歯で、傷など残らない。それでも、肌に食い込むその感触に、母は背筋を震わせた。


 ――ああ、この子は、血を求めてしまう。

 いずれ、否応なく。



 翌日。

 澪は近所の子どもたちと混じって遊んでいた。

 転んだ子を助け起こし、笑い合い、また駆け出していく。

 その中に溶け込む澪の姿は、どこからどう見ても人間そのもの。


 一方で朔は、輪に入ろうとしなかった。母の影に隠れるように立ち、子どもたちの声を遠巻きに聞くだけ。

 ときおり鼻をひくつかせては、誰かの擦りむいた膝から滲む血に、無意識の視線を送っていた。


 母は息をのむ。澪がその血を「痛そう」と眉をひそめたのとは、まるで違う反応だったからだ。



 夜、二人を寝かしつけたあと。

 母は薄暗い部屋で一人、灯りを見つめていた。

 澪と朔。二人は同じ日に生まれた、愛しい子どもたち。けれど、その生き方は、これから先きっと分かれていく。


「……それでも、私の子」


 誰に言うでもなく、声に出した。

 澪も朔も、抱きしめられる権利がある。愛されるべき存在だ。


 ただ――母は知っている。

 「普通の幸せ」という言葉は、澪の方にだけ開かれているのかもしれないことを。

 朔に待つのは夜の道であり、孤独であり、血の宿命。


 灯りが揺れた。

 窓の外には新月。闇が濃く降りる夜だった。


 母は目を閉じ、心に刻む。

 たとえ世界が二人を拒もうとも、自分だけは決して拒まない。

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