4 喧嘩と仲直り
彼女の検査結果が出た日、僕たちはいつものカフェで向かい合って座っていた。
彼女は紙コップに入ったホットコーヒーを手に持ちながら、視線をどこにも定めずにいた。
僕は何も言えなかった。ただ、彼女が話し出すのを待っていた。
「精密検査するって言われた。」
彼女がそう言ったのは、カフェの窓の外で人々が急ぎ足で行き交うのが見えた時だった。
「精密検査?」
僕は思わず聞き返す。彼女は小さく頷いた。
「うん。詳しいことはまだ分からないけど……多分、そんなに悪いものじゃないと思う。」
「そんなに悪いものじゃないって……医者は何て?」
「ちゃんと結果が出るまで分からないって。」
彼女の口調はどこか淡々としていた。それが僕をさらに不安にさせた。
「もっと早く言ってくれればよかったのに。」
僕はそう言ってしまった。自分でもそれが余計な一言だと分かっていたけれど、止められなかった。
彼女の顔が一瞬だけ曇る。
「早く言って何が変わるの?」
「いや、別にそういう意味じゃなくて……」
「分かってる。心配してくれてるのも。でもね、私だってどうしたらいいか分からなかったの。」
彼女の声には微かな震えがあった。それが彼女の強がりの裏にある不安を浮き彫りにしていた。
けれど、僕には気づく余裕がなかった。
その夜、彼女から電話がかかってきた。
「ちょっとだけ話したい。」
彼女の声は低く、静かだった。僕はすぐに分かった。彼女が何かを決めようとしていることを。
「……別れようと思う。」
彼女の言葉は、まるで電車が急停車した時のように、僕の中で全てを止めた。
「なんでだよ。」
「私がどうなるか分からないし、あなたを巻き込みたくない。」
「そんな理由で……」
「理由なんてどうでもいいの。これ以上あなたに迷惑をかけたくないだけ。」
僕は息を整え、深く座り直した。怒りよりも虚しさが先に来た。
「勝手に決めるなよ。」
彼女が息を呑む音が電話越しに聞こえた。
「俺は迷惑だなんて一度も思ったことない。それに、俺がどうするかは俺が決めることだろ。」
「でも……」
「でもじゃない。」
言葉が途切れた。電話越しの沈黙が、部屋全体を覆っているように感じた。
翌日、彼女が家に来た。ドアを開けると、彼女は少し俯いたまま、靴の先で小さく床をこすった。
「昨日はごめん。」
「俺も言い過ぎた。」
「違う。あなたの言う通りだと思った。」
彼女の声はかすれていて、でも、その瞳には微かな光が宿っていた。
僕たちはソファに並んで座り、しばらく何も話さなかった。
彼女がぽつりと呟いた。
「一緒にいてくれる?」
「もちろん。」
「約束して。」
「約束するよ。」
その瞬間、僕は彼女の手を握った。
彼女の指先は少し冷たかったけれど、その温もりは確かだった。