2 彼女との記憶
彼女と付き合い始めたのは、僕が大学2年の秋だった。
彼女は、特に目立つタイプではなかったけれど、その普通さが僕には妙にしっくりきた。
彼女といる時間は、ごく自然で、無理がなかった。
大学の帰り道、僕たちはよく駅前のファミレスに立ち寄った。
二人で並んで歩く時間が、僕にとっては一番の楽しみだった。
どこに行くわけでもなく、ただ彼女と話をするだけで、何か満たされている気がした。
「またチョコレートケーキ頼むの?」
彼女が、少し呆れたような顔でメニューを見ながら言った。
「いいだろ、これが好きなんだから。」
「いつも同じじゃつまらないよ。ほら、これとか美味しそうじゃない?」
彼女は指先で抹茶のパフェの写真を示す。
「じゃあ、そっち頼んでよ。一口もらうから。」
そんなやり取りをしながら、彼女は軽く笑った。
彼女の笑顔は、僕にとって安心感そのものだった。
特に大きなリアクションをするわけでもないけれど、その笑顔が隣にあるだけで、世界が少しだけ穏やかになる気がした。
彼女は僕のことをよく見ていた。
僕が無意識のうちに他の女性に目を向けることがあっても、彼女には全て見抜かれていた。
「また余計なこと考えてるでしょ?」
「……なんで分かるんだよ。」
「分かるよ。表情に出てる。」
彼女はあっさりと言いながらも、僕の目をじっと見た。
その目には責めるような色はなく、ただ、僕を見通しているだけだった。
「別に怒ってるわけじゃないけどさ。そういうの、あんまりしない方がいいと思う。」
彼女はそう言って、少しだけ肩をすくめた。そして、最後にはふっと微笑んだ。
その笑顔を見るたびに、僕は「この人には敵わない」と思うしかなかった。
駅のホームで電車を待ちながら、僕はそんな記憶を反芻していた。
彼女は、いつも僕を見透かすような目をしていた。
それが心地よかった時もあれば、嫌だった時もある。でも、結局はそれが彼女だった。
彼女がもういない今
僕は
その目線を探してしまう
人混みの中や
電車の窓越しに
彼女が立っているような錯覚を覚えることさえある
もちろん
それは現実ではない
彼女はもうこの世にはいない
僕はポケットに手を突っ込み、硬く握りしめた。
その感覚が、僕をかろうじて現実につなぎ止めていた。