談笑に花を添えて
日曜日の午後。先日の詫びをしたいと木村さんからメールが送られ、指定された場所に来ている。二度はないと思いつつも、全く不安じゃないかと言われると、そうでもない。
俺を罠に嵌めた電話の主の様子から、今後も俺に刺客を仕向けてくる。前回の数では不可能と学び、今度は倍以上の数を雇う可能性も考えられる。正直、呑気に遊んでいる暇は無い。一刻も早く黒幕を見つけ出すのが先決だ。
ただ、木村さんと接触する事は、黒幕の正体を暴く近道になり得る。おそらく、木村さんは俺を罠に嵌めた黒幕の正体を知っている。問題はどう聞き出すかだ。通話の中で、木村さんは黒幕の正体に勘付きながらも、それを俺に隠した。俺に仕返しをされるのを恐れての言動だろう。
友人、恋人、家族。庇う対象と言えば、この三つの内どれかだろう。まず家族は除外だ。俺は木村さんの家族と顔を合わせた事は無い。となれば、付き合いが悪くなった事に腹立った友人の仕業か、別の男の影に気付いた恋人の仕業か。こういう推理系は水樹に任せていたから、俺の見当違いかもしれない。
「相馬君! お誘いした私が遅れてしまってすみません!」
「いいんだよ。たったの十分だ。入学式に行かなかった俺と比べれば可愛いものさ」
「え? 来てなかったんですか?」
「おかげで俺だけ時代遅れさ。まぁ、こんな話はさておき。木村さんは俺にどんなお詫びをしてくれるのかな?」
「お詫びになるかは分かりませんが……案内しますね」
木村さんに連れてこられたのは、湖の傍で賑わっているカフェだった。席は全て外にあり、湖の様子を眺めながら飲み物を飲む。昼時を少し過ぎているにも関わらず、席の半数以上が埋まっている。
俺達は隅の席、湖を一望出来る席に座った。店員が持ってきたメニュー表を見ると、飲み物だけでなく食べ物もそこそこあった。俺はアイスコーヒーを。木村さんはオレンジジュースを頼んだ。
頼んだ飲み物が運ばれ、お互いに一口飲んだ後、木村さんは手を膝に戻して俺に頭を下げてきた。
「先日は、本当に申し訳ございませんでした」
「どうして木村さんが謝るのさ。あのメールを送ったのは、木村さんじゃないんだろ? なら、謝る必要なんかないよ……って言っておきながら、ちゃっかりお詫びを受けてるけどね」
「……ここのカフェ。小さい頃に一度来た事があるんです。その時は、私の家族と、隣の家の家族と一緒に来ました」
「仲が良かったんだ」
「親同士は今でも。ただ、私達は……その人は男の子なんですけど、大事な友達でした。あの頃の私達はいつも一緒で、ここの湖のボート体験も二人だけでやりたいって駄々をこねる程でした。あの人はサイダーを頼んで、私は今日と同じオレンジジュース……今は、もう……」
あの時、初めて昼飯を一緒に食べた時に呟いた【羨ましい】はそういう事か。俺と水樹の仲を聞いて、当時の自分達を思い出したってわけか。
「……相馬君。あの動画に映っていた男の子を憶えてますか?」
「動画? あー、俺が不良だと誤解された原因の。映ってた男っていうのは、俺を蹴った奴か?」
「はい。彼の名前は金田信一。私の、幼馴染です。そして……あのメールを送った犯人です」
「……どうして分かったの?」
「あの日、久しぶりに彼が家に来ました。訪ねてきた理由は分かりませんでしたが、また私の家に遊びに来てくれた事に、喜んでしまいました……私が部屋に飲み物を持ってきた時には、彼はもういませんでした。きっとその時に、私の携帯を使って、相馬君にメールを」
「……金田信一、か」
こうも早く黒幕を見つけ出せるとは。同じ学生の身分の癖に、刺客を仕向けてくるとは大した奴だ。お使い程度に留めておけば、俺も手出しはしなかったんだがな。
「どうしてだと思う? 金田信一が俺にイタズラを仕掛けてきたのは。幼馴染である木村さんの考えを聞きたい」
「……彼は、小学校の頃からバスケットボール部に所属していました。夢はプロになる事だって、毎日練習を頑張ってて、私も応援してました。でも、中学生になった頃、彼が所属するバスケットボール部が全国優勝という成績を出したんです」
「あー、そういえばそんな事言ってたな。俺は全国にも出れる実力者だぞって」
「……彼はレギュラー入り出来ませんでした。それどころか、控え選手にもなれませんでした。彼が毎日努力しても、それでも周囲の方々のレベルが高かったみたいで……その事実に納得出来ず、彼は徐々に他校の男子生徒と仲良くなるようになっていって、その、あまり良い噂を聞かなくなりました」
「壁にぶち当たって、非行に走ったわけか。俺は部活動をやってこなかったが、壁にぶち当たって悩んでいる奴を見た事はある。それでもそいつは、必死に努力した。見上げる程の高い壁をよじ登っていった。結果は、まぁお世辞にも良い成績を残したとは言えないが、それでも最後には良い顔をしてたよ。汗と涙が輝いて、良い顔だった」
「……こんな事、お願いするのは不躾ですが。彼を許してやってください! 二度と相馬君にイタズラしないよう、私から言っておきます! だから―――」
「分かった。許すよ」
「……え?」
黒幕が俺と同じ学生なら、先日のような刺客を仕向けるという金が掛かる事は長く続かないだろう。来たとしても、俺が返り討ちにすればいいだけだ。
「昨日の事は忘れる。今後あんな事が起きないと、俺に約束してくれるか?」
「も、もちろんです!」
「約束を破ったら、ここのカフェの全メニューを奢ってもらうからね」
「え!?」
「んん~? 木村さんは俺に約束出来ないのかな~」
「い、いえ! 絶対、今後二度と起きないように言っておきます!」
「よし! それじゃあ堅苦しい話は終わり! ここからは俺達の話をしよう。そうだな~……昨日木村さんが買った小説。あの小説の話を聞きたいな」
「……フフ。半分程読み進めましたけど、かなり陰鬱でしたよ」
「面白いじゃない。恋愛ってのは泥沼さ。是非とも詳しく聞きたいね」
それから、俺達は空の色が青から茜色に変わるまで話した。初めて会った時と比べて、木村さんはよく笑うようになった。暗く俯いてばかりだった彼女は、もういない。