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俺に彼女はいつ出来ますか?  作者: 夢乃間
プロローグ
6/99

時間は進むだけ

 今日は土曜日。つまり休みだ。水樹を遊びに誘おうとしたが、調べものがあるとかで断られてしまった。仕方ない、ランニングでもしよう。


 撫でていく涼し気な風と、陽の光の暖かさが丁度良い。車に乗れるようになったら味わえない感覚だ。これで並走してくれる犬でもいたら最高なんだがな。


 家から離れた河川敷までノンストップで走り、体の熱が発火して良い感じに汗が流れてきた。ジャージのジッパーを全開に開け、こもっていた熱を外に放出する。その瞬間、風がジャージの内側に入り込んできた。クーラーとは違う自然な風で体温がリセットされる感じが気持ちいい。


 河川敷の坂に寝っ転がり、空を見上げた。白い雲で青空が見えないが、ゆっくりと動く雲の流れを見るのも好きだ。穏やかで、平和で、何もしていなくても充実感が満ちていく。あの空の向こうに、暗く果てしない無限の宇宙が存在しているとは、にわかに信じ難い。


「相馬君?」


 声を掛けられた方を見ると、紙袋を片手に持った木村さんが道に立っていた。青いデニムと、茶色のシャツの上に白いカーディガンを着込んでいる。


「おぉ、木村さん! こんな所で会うなんて奇遇だね」


「今日出たばかりの新刊を買いに行ってたんです。相馬君は?」


「空を眺めてた。部屋で寝てばっかなのは勿体ないと思ってさ。天井を見上げるより、こうして白い雲を眺めてた方がずっと良い」


「休日は、星野さんと一緒じゃないんですね」


「調べものだってさ。俺と比べて、水樹は色々と学がある。あーあ、俺も何かしらの頭脳があればなー」


「フフ。もし良ければ、相馬君の隣で本を読んでいいですか?」


「良いけど……家でゆっくり読んだ方が集中出来るんじゃない? 俺さっきまで走ってたから、少し汗臭いよ?」


「全然気にしません。それに……今日は外で読みたい気分なんです」


 木村さんは不安気な表情を浮かべながら、ゆっくりと坂道を下りてくる。滑り落ちるような急な坂ではないが、坂道に慣れていなければ転んでしまうかもしれない。


 俺は体を起こし、木村さんの手を握って補助した。こうして前に立っていれば、転んでも俺が受け止められる。


「……キャッ!」


 バランスを崩してか、木村さんは俺の方へと倒れてきた。しっかりと抱き留め、木村さんを座らせながら、自分の体勢も低くしていく。


 木村さんから離れると、俺を見上げる彼女の眼鏡がズレていた。眼鏡のズレを直してあげると、木村さんは恥ずかし気に俯き、再び顔を上げると、俺に微笑んだ。冷めていたはずの耳が急激に熱くなり、なんだか恥ずかしくなった。


 逃げるように木村さんの隣に寝っ転がると、紙袋が開かれる音が隣から聴こえてきた。自然と視線が木村さんの手元に移り、本のタイトルが確認出来た。


「移り気な少女の恋心?……あ、ごめん。盗み見るような真似して」


「気にしてませんよ。この本はタイトル通り恋愛小説なんです。以前までの私は、恋愛物の小説はちょっと共感出来なくて、読まないようにしてました。特に、ヒロインが多数の異性に恋を抱くような作品は。でも、今は分かる気がするんです」


「俺も昔さ、テレビでやってたドラマの内容が当時は分からなくて楽しめなかったが、色々経験してきて、あれはそういう意味だったのかって理解するようになったよ。その度に、俺は子供じゃなくなってきてるんだって、なんだか勝手に悲しくなった」


 今も俺は子供だが、昔はもっと子供だった。何を見ても、何を聞いても、全てが未知に包まれていて新鮮だった。時間が進むにつれ、歳を重ねる度に、その時の感情が薄れていく。今の俺が初めてのものを見たり聞いても、あの時と同じ熱量はないだろう。 


 ページがめくられる音。たまに小説の一部分を小さく呟く木村さんの声。穏やかで静かな、けれども退屈しない時間が流れていく。俺は腕を頭の後ろにして、目を瞑った。


 再び目を開けると、目を瞑る前よりも静かになっている事に気付く。隣に座っていた木村さんの方へ顔を向けると、すぐそこに、木村さんの寝顔があった。どうやら俺は少し眠っていたみたいだ。


 上半身を起こし、立てた膝に腕を乗せて川を眺めた。陽の光を反射する川がキラキラと輝いている。まるで、大量の宝石が浮かんでいるようだ。


 視線を木村さんに移すと、彼女はまだ眠っていた。両手に持った本を胸に押し当て、心地良さそうに眠っている。なんだか、もう一人妹が出来たみたいだ。いつだったか、こんな風にアイツと隣同士で寝ていたっけ。あんな幸せが、いつまでも続くと思っていた。 


「……このまま、時間が止まればいいのに」


 そんな事はあり得ない。時間は流れていくもの。止める事も、戻る事も出来ない。過去の幸せも、今の幸せも、全てが在りし日の思い出になっていく。

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