表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アダ  作者: 雨音 憬
1/1

非常とはナニカ

日常とは、壊れゆくもの。非日常とは、突如として訪れるもの。常とは何か、非常とはなにかを、まだ彼女は知り得なかった。


京都市内のとある高校のグラウンドにて、スターターピストルの音が鳴り響く。

“陸上部”と達筆な文字が印刷された鮮やかな部活着を着た少女達が一斉に走り出す。

その中で一際注目を浴びるのは先頭をぶっちぎる金髪をひとつに束ねた少女、汗の雫が横に流れるほど風を受けて、彼女は走ることが心から楽しいのだと物語るような笑顔でゴールテープを抜けた。


「…… 御巫(みかなぎ) 12秒4!」


「すごい!また記録更新や!」


「12秒て……高3年女子の100m平均16秒とかやで」


「バケモンだ……」


陽葵(ひまり)ちゃーん!お疲れ様〜!」


膝に手を付き息を整えた少女、御巫陽葵は呼びかけられた声の方を向き、眩しい笑顔を携えて大きく手を振る。


「ありがと〜!!」


彼女、御巫陽葵は高校1年生にもかかわらず、陸上部の3年生の記録を大きく上回る12秒台をたたき出し、超新星のエースとして1年の夏休みに全国大会で名を馳せた。


故に、彼女の才能に心を折られ早々に3年生は引退し、2年生は彼女を歓迎していた者しか残らず、計12名部員が退部。顧問も困り果てたのだが、彼女の才能欲しさに無問題とし何も行動に出ることは無かった。


陽葵は陸上部のエースであり、全ての部員の憧れで、それでいて嫉妬の的なのだ。

そんな中、彼女に駆け寄る茶髪の女の子が1人、彼女は浅見 晴果(あさみ はるか)、陽葵にとって高校でできた初めての友達であり、陸上部マネージャーである。


「お疲れ様 陽葵」


「晴果!ありがとう!」


晴果は陽葵にタオルと彼女の水筒を手渡す。それを笑顔で受け取り、流れる汗を吹く陽葵。情景を眺めながら、晴果はタオルの端をつまみ頬を落ちる雫を拭ってやる。


「ん、晴果ってばホンマお世話好きやな」


「ん〜?そうでも無いよ?陽葵にだけかな」


「え!それって私が特別ってこと!?」


「……そうかな、うん……そうかも」


その返答を聞いて陽葵は『きゃあ!』とよろこんで抱きつく、そんな陽葵の肩を掌で押し返し『汗着いちゃうでしょー!』と言う晴果だが、その表情も明るいものだった。



時間は進み、時刻は19時になろうとしていた。

部活が終わり帰路を辿る陽葵、夏場の夕暮れにひぐらしが鳴く。辺りに佇む家々から夕飯の匂いが漂ってくる。

友人と別れ、細い路地に入ったところで陽葵の足が止まった。

目の前には腰よりも長い黒髪を三つ編みにしてお下げにしている少女が右手を背に隠しそこに立っている。


「……あれ、結月……?」


陽葵は目を見開き、彼女を見やる、長い前髪に隠された表情は伺えず、ただ黙ってそこに立つ彼女に不気味さを覚えた。

結月、と呼ばれた少女は陽葵の同い年の従姉妹にあたる。幼なじみでもあり、誕生日も1日違いである為か、陽葵なりに仲良くなろうと頑張った。

けれど小学校高学年に入った辺りから疎遠になっていたのだ。

会うのも小学校の卒業式ぶりだろう。

とても雰囲気が変わっていて早くには気づけなかった。


「久しぶりやね結月!なんでここに?遊びに来たん!?」


明るく、元気に振る舞う。そうすれば大体の人は雰囲気に飲まれて会話をしてくれる。

そう思っての行動だ。


「なあなあ、結月〜?どしたん?もしかして具合悪い?」


陽葵が結月の顔を覗き込もうとしたその時、ちらりと見えたその口角が上がる。そして唇を震わせたかと思えば、陽葵に声をかけた。


「…………陽葵ちゃん、変わらんなぁ」


「……?結月……?」


「変わらん、かわってへん……なんで、なんで?なんで変わってへんの……?そんなん…………ずるいわ」


そう言って髪を手で両手であげるようにして頭を抱える結月、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。

そして、先程まで隠されていた右手には_____


_____鈍く光を反射させる小刀が握られていた。



「え……」


目を白黒させて後退り困惑を体現する。そんな陽葵を見て結月がはたと動きを止め、そして後ろを振り返ろうとしたその瞬間、本の瞬きの間にそれは起こった。


黒い手の形をした体積を持つ影、それが彼女の、結月の胸を貫いた。目の前で強ばる細く病的なまでに白い肌、それらが一度どくりと震えたと思えばそのまま軽々と彼女の体を持ち上げ、ずるりと胸から影が引き抜かれた。


どさり

力なく落ちる結月の体を、陽葵は声も出せずただ見て、震えている。よろよろと逃げようと足を動かそうとするも、震えるばかりで躓いて倒れてしまう。


手の形をした影は陽葵を一瞥し、繋がった影の方へ戻っていくようだった。


影が見えなくなり、そこには夏虫たちの鳴き声が不穏にも響いている。陽葵は今にも泣き出しそうになりながら、漸く息をまともに吸った。そして震える手足を懸命に動かし、立ち上がって血溜まりの中に崩れ倒れている結月に駆け寄る。


「結月……ねえ、結月……!!めぇ、さましてや……!」


呼びかけその肩を揺さぶり、彼女の顔に着いた血を拭う、拭えど、血は広がり続け、もう手遅れであることを物語るかのようだった。陽葵は息を吸おうと必死に肩で息をする。その目からは大粒の涙と絶望の色が滲んでいる。

ぐす、と鼻をすすり決意したかのようにぐっと拳を握り、スクールバッグからスマホだけを取りだし、119にかけながら走った。

「こちら119番、火災ですか、救急ですか」

男性の声で問われる、それに返すのは唾を飲んで混乱を内に押し込めようと務める女子高生のか細い声


「救急、ですっ……目の前で、人が……っさされて……!」


通報しながらもその足は止まらない、全力で走るその先には陽葵の家がある。家族にも助けを呼ぼうとしているのだ。

だが家の前まで来て、思い出す。


影は、家がある方から伸びていた。壁に遮られてどこから伸びているのか分からなかったが、確かに方角はこちらだ。


嫌な予感がチラつく


玄関扉をよおく見る。見れば少しだけ隙間が空いていた。だが陽葵の家は古い日本家屋、少しくらい空いていたって日常にも有り得る。


けれども陽葵はもう、常には居ない


救急隊員の声が遠く感じる。返事すらまともに出来ず心配するような大きめに呼びかけるようなこえがただ聞こえた。


玄関を開ける、廊下を歩く、リビングの扉を開ける


思わず全身の力が抜けた。

スマホが落ちる。


「……ぱ……ぱぱ」


パパ、父親と思しき“もの”は体を二つに引き裂かれ内容物が全てだらしなく出ていた。二つに裂かれた顔でも、その恐怖に満たされた表情は確認できる。

なんと奇妙で酷い殺された方だ。


「……まま……」


ママ、母親の体はテーブルに投げ出され口には花が活けられている。身体中は真っ赤に染め上げられており、よくよく見れば身体中に穴が空いているのが見えた。

まるで犯人は人を殺すことを楽しんでいるようだ。


「……ゆうや」


ゆうや、夕哉、とよばれた十にも満たぬ少年、陽葵の弟だ。彼はその場の中心に居た。中心に立っていた。だが陽葵の記憶とは違う、明るかった金髪は黒に塗りつぶされ、茶色だった瞳は血のように赤く染まっている。

彼は無表情で陽葵を見ている。

だれだ、だれだ、コイツはだれだ


「なんや、なんやお前……私の家族に何してんのや!!」


「……ほう」


いくつもの声が重なったような不協和音が声として彼から発せられる。陽葵は肩を揺らし、か細い悲鳴を上げた。


「お前が御巫の巫女か……彼奴がやれぬのも理解出来る

のう、お前は分かっているのか?己の持つ力を」


「なに、言って」


ペラペラと色んな声で言葉を連ねていく夕哉の見た目をしたナニカ、胡座をかいてニタニタと陽葵を見やり、人差し指で陽葵を宙になぞるソレは、何を言っているか分からないという態度を取る陽葵を見て一層その口角をあげる。


「そうかそうか!彼奴にあんな仕打ちをしていたくせに!!お前には何も言っていないのか!うはははは!傑作だぁ!


ならば、今殺しておくが吉ということだ」


彼はその言葉を皮切りに、影を陽葵に向ける。それは宙に浮かび上がり、形を成していく。だんだんと形作られて行った影は槍の形へと変化し、そのまま目にも止まらぬ速度で陽葵を貫こうとするのだ。

陽葵は体を動かすこともままならぬほど脅えきっていた。もう、陽葵に選択肢などなかった。無念を抱えて目を瞑る。何も出来ない己に苛立ちが募った。


だが、その影が陽葵を貫くことは無かった。


蛇式・喰(へびしき・ばみ)


そんな声とともに現れたのはまたもや影、黒い影のそれは蛇の形をしていて、影の槍に食らいつく。大きな蛇、大蛇と言うべき大きさだ。


「……気持ちの悪い気配する思ったら、なんや大層なもん生まれとんなぁ……えろう自分勝手しよって……お姉さんがメッて してあげなやなぁ」


蛇の影を辿った先には中性的な顔立ち、骨格をした自称お姉さんが立っていた。隈のついた切れ長の目に、紺色の柄シャツが威圧感を増している。

蛇に食らいつかれ宙で止められた槍はどろりとナニカの影に戻った。


「ちっ 式神使い……否、式神憑きか……どっちにしろ面倒だなぁ

うはは、命拾いしたのぉ御巫の巫女よ

だがお前はいずれ殺さねばならん

また会おう」


そう言ったかと思えば影が沸騰しそのまま液体化した影で全身を覆い、姿を消した。その場に残ったのは真っ赤な鮮血と陽葵の両親の死体、そしてへたり込む陽葵と土足で上がってきた中性的な女


「……何が起こってるん……?」


陽葵はあまりの情報量の多さに、絶望のあまりに気を失った。血の池に倒れようとする陽葵を蛇がその影の体を使い抱きとめる。

そして、中性的な女が彼女の体を抱きかかえて御巫家を出れば、褐色肌にウェーブした黒髪をひとつに縛った少年が彼女らを待っていた。


「……巻き込むのか?」


「巻き込む?は、こっちは助けたったんや……それに 巻き込まれたんはこの子やない、私らや」


「ふーん……物は言いようって?」


「うるさ」


少年はそんなやり取りをしながらもマッチ棒を取り出す。マッチ棒には擦ってもいないのに火がつき、その炎は青く、とっぷりと日の沈んだ暗がりをゆらゆらと照らす。

そして、そのマッチ棒を御巫家の玄関内に放り投げた。

すぐさまその炎は木製の床を辿り家全体を燃やしていく。

それを一時の間眺めてから、2人はその場を去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ