小話44 円と放課後
※ 本編の補足、本編に関係のない日常等々です。読まずとも問題ありません。
ただ、読んで貰えたら喜びます(笑)
……沈黙。
と言うよりは、緊張状態と言った方が正しいのかな?
防具を付けて、美鈴ちゃんと円ちゃんが薙刀を手に対峙している。
今日は美鈴ちゃんが小学生の時から続けている薙刀の練習をすべく、放課後円ちゃんと一緒に剣道部の道場に来ていた。
昔は薙刀部があったらしいけど、今は部員がいなくなった所為でなくなってしまったそうだ。
因みに、愛奈ちゃんは締め切り、夢子ちゃんは補習、桃ちゃんは夢子ちゃんの付き添いで三人共いない。
膠着状態が続いてるなぁ…。
相手の隙を見る為、なんだろうけど…もう20分もこの状況だよ?
忍耐力がものを言うのかな?
……今まで姿勢正してたけど、流石に疲れたから道場の壁に背を預けた。すると…。
「やぁっ!!」
「―――ッ!!」
同時に動き出す。
円ちゃんの突きを躱した美鈴ちゃんが繰り出した一撃が面へと決まった。
勝負あり、かな?
二人は距離をとり、互いに簡略的な礼をして僕の方へ歩いてきた。
動かずにその場で待っていると、二人は僕の前に来て、すとんっと床に座りこんだ。
手早く面を外して床に面を置いたのを確認すると、僕は二人にタオルを渡す。
「ありがとう、優ちゃん」
「サンキュ。優」
「二人共凄い汗だね」
「そりゃそうだよ~。円ってばぜんっぜん隙がないんだもん」
「そりゃアタシのセリフだよ。踏み込むタイミングが全然つかめなかった」
二人は汗を拭いながら言う。けれど何だか楽しそうだ。
「円は本当に凄いね~。剣道やってたのは知ってたけど、薙刀なんて私が言わなければ触る事もなかったんでしょう?」
「そうだね。でもこれやってみたら結構面白いし。剣道と近いものがあるしね」
「あ、そっか。円ちゃん、剣道やってたんだっけ」
二人共会話するのは良いんだけど、水分補給もちゃんとしなきゃ…。
僕は保冷バックからペットボトルを二つ取り出して二人へ手渡す。
「そう言う優は?何もしてないのかい?」
「私?私は…」
特にやっている訳じゃない。訳じゃないけど…。
僕は記憶を呼び起こした。
※※※
あれは確か小学五年の時だった。
あの時もこうやって美鈴ちゃんが良子様と金山さんに薙刀を習っているのを見守っていた。
(相変わらず白鳥邸の三階って広いよね…。ダンスも踊れるようになってるんだから当然と言えば当然だけど…)
椅子に座りながら改めて白鳥邸の広さに感心していると。
「お嬢様。脇が甘いですよっ」
「はいっ」
バシッ、バシッと薙刀がぶつかり合う音がする。
この際なんでも教える事が出来る金山さんは置いといて。
あの金山さんに付いて行ける美鈴ちゃんって凄いなぁ。
「うんうん。凄いよね」
「でも、優兎。感心してるばかりじゃなく、優兎も覚えなきゃ」
「……え?」
おかしい。椅子に座ってたのは僕だけで。
ここにいたのは僕と美鈴ちゃんと良子様、そして金山さんだけだったはず…?
ど、どうして、葵兄と棗兄が両隣に立ってるのかな…?
そして僕の肩に手が置かれてるのは一体何故…?
「さ、行こっか。優兎」
「特別に選ばせてあげるから好きな方を選んでいいよ?柔道と空手、どっちがいい?」
「え?え?」
ずるずると僕は二人に腕を捕まれ連行されて、連れて行かれたのは僕の家。
確かに僕の家にも実は広間の様な場所があり、そこでお祖母様がいつも精神統一の為と薙刀をやっている。
お祖母様の話によると良子様と親しくなったきっかけが薙刀だったとか。
って今はそんな事どうでもいいっ!
「あ、あの…?」
「鈴ちゃんを守るための手はいくらあってもいいからね」
「鈴は自己防衛の為に頑張ってるんだから、優兎もやらないとね」
にこにこと微笑む笑顔が怖い。
「あ、あの、本気ですか?」
『勿論』
サウンドで言われた。
これはもう逃げられない。
だったら、せめて…。
「じゃあ、柔道で…」
「そう。じゃあ、僕だね。任せて」
せめて優しい方を…。
その日から僕への鬼指導が始まった…。
※※※
棗兄の方が葵兄よりは優しいかと思ったけれど、まぁ、それも間違いだったよね。
それにどっちがいい?ってどっちか選べって意味じゃなくて、どっちから覚える?って意味だったんだよね…。
あー…ある意味ここではあの二人の目がない分だけ生きやすいのかもしれない…。
嫌いなんじゃないよ?嫌いな訳じゃないんだけど…。
「優ちゃん?」
「優?」
遠い目をしていたのが不思議だったのか二人が小首を傾げている。
「ううん。何でもない…何でもないの…」
「?」
過去を思い出し途方に暮れている僕を二人はただただハテナマークを浮かべて見詰めてくるのだった…。
何で毎日こんなに忙しいんだ(;'∀')




