小話43 双子の交渉の発端~葵編~:美鈴中学一年の夏
※ 本編の補足、本編に関係のない日常等々です。読まずとも問題ありません。
ただ、読んで貰えたら喜びます(笑)
…辛い…。
まさか、こんなにも辛いなんて、思いもしなかった…。
「…………い」
家に帰ってもお帰りって可愛い笑顔が見れない。
「……おい」
部屋で勉強してたら、こっそりと覗いてくるあの可愛いほわほわが側にいない。
「…おいっ」
辛すぎるよ、鈴ちゃんっ!
うぅぅ……。鈴ちゃんがいない毎日に泣きそう…。
「おいっ!!」
バシッ。
頭が叩かれた。
「…………痛いんだけど?」
「こんだけ呼んでるのに気付かないお前が悪いっ」
「呼んでくれと頼んだ覚えはないよ」
「そりゃそうだ…。って違うわっ!」
うるさいなぁ…。
ゆっくりとノートから目を離し頭を上げると、そこにはクラスメートの姿があった。
………誰くんだっけ?
「おまっ!?その表情っ!!小学六年間、中学も三年一緒だった俺の名前、まだ覚えてないとか言わないよなっ!?」
…………あぁ、そうだ。田辺だ。
「何の用?田口くん」
「田辺だってのっ!!」
「あれ?そうだっけ?」
「おま、おまっ…」
「……おい。葵。そうやって田辺を苛めるな。あとが面倒なんだから」
あーあ。揶揄ってたのがバレちゃった。
って言うか、そもそも。
「何の用だったの?」
僕が本題に入ると、顔を覆って泣いたふりをしていた田辺がすちゃっと元の態勢に戻り、親指で自分の背後を指し示した。
視線を送るとそこには顔を赤らめた女子が一人と、それの付き添いらしき女子が二人。
「………はぁ」
溜息しか出ない。
以前、小学校にいた頃は、僕が鈴ちゃん以外には優しくないって事を知っている人の方が多かったからこんな風に呼び出ししてくる人間は少なかった。
それが今じゃ呼び出し放題、言いたい放題。
ほんっと溜息しか出ない。
「……龍也。代わりに行ってきてよ」
「馬鹿言うな。俺だって今呼び出しが終わって戻って来たばっかりだ。これでまた出て行ったら昼飯食いっぱぐれるだろうが」
「うん。それでいいと思う」
「良いからさっさと行って来いっ。女子の噂は怖いぞ。やつらに酷い対応をしてまわりにまわって美鈴の所まで噂が届いたらどうする」
「…………それは、良くないね。分かった。行ってくる」
立ち上がって教室の出入り口の方へと向かう。
その背後で。
「あいつそんなに妹が好きなのか…」
「まぁ、仕方ないだろ。それだけ美鈴は良い女だしな」
と聞こえてきた。とりあえず後で龍也は殴ろう。
彼女達の前に立ち、僕は微笑む。
「ごめんね、遅れて。ちょっと勉強でまとめてしまいたい事があって。それで、僕に何か用かな?」
「あ、あのっ。い、一緒に来て貰っていいですか?」
……正直面倒くさい。
『まわりまわって美鈴の所まで噂が…』
龍也の声が過る。
…行くしかない、か。
「いいよ。どこに行けばいい?」
「あ、あ、じゃあ、こっちにっ」
三人に先導されて、僕はその後ろをついていく。
その途中に。
「葵っ!」
「棗?」
「僕、今日から佳織母さんと交渉するっ!絶対にっ!じゃっ、あとでっ!」
突然現れた棗は、風の様に駆け抜けて行った。あんなに全力疾走する棗も珍しい。
にしても今、何て言ってた?
佳織母さんと交渉?
何を?
首を傾げつつ、人気のない所に連れて来られた。
…第二視聴覚室、か。まぁ確かに誰も立ち寄らないよね。ここは。主に使われるのは第一視聴覚室だし。
「あ、あのっ。白鳥先輩っ」
ここまで来るともう完全に告白の流れだ。
はぁ…。面倒…。
「ずっと好きでしたっ!付き合ってくださいっ!」
「私も好きですっ!」
「私もっ!!なので、私達三人の中から選んでくださいっ!お願いしますっ!」
………は?
予想外の告白方法だ。
一瞬何を言われたのか理解出来なくて脳内機能が停止してしまう。
「ちょ、ちょっと待って。どうして三人の中から選ぶの?そもそも、僕は今誰とも付き合う気が」
ないんだよ、と言おうとしたのに。
「そんな事ないですっ」
「先輩は私達の事が好きなはずですっ」
「だって、先輩良く私達の事見てましたよねっ!?」
…それは、そうだ。確かに廊下を歩いている時この三人をよく見かけて、それですれ違う時ついつい見てしまっていた。
だって、三人共金髪だったから。
つい、鈴ちゃんを想像しちゃったんだよね。…鈴ちゃんの方が圧倒的に綺麗な金色でほわほわで可愛いのに。…禁断症状…既に末期かな…。
「それは、ごめんね。確かに見てたかも。だって君達三人、妹に似た金髪だったから。けれどそれだけで。他意はないよ」
「そんな…」
「でも、妹さんに似てるなら私達他の子より先輩の目にとまってるってことですよねっ?」
「なら妹さんの代わりでもいいですっ」
代わりって…。
鈴ちゃんの代わりなんて、出来る訳ない。何を言ってるんだろう、この人達は。
「妹の代わりなんて出来る訳ない」
断言する。
けれど、その言葉を何故か彼女達はポジティブに受け入れた。
「本当ですか、先輩っ!?」
「そうですよね、先輩の兄妹がどれだけブスなのか知りませんが、私達の可愛さには敵いませんよねっ」
「そんな私達の代わりに妹をあてるなんて烏滸がましいですよねっ」
「………は?」
こいつら一体何言ってるんだろう。自分達が可愛いとかふざけたこと以上に、鈴ちゃんをブス?
僕の日本語認識力が落ちたのかな?
もういい。本当に面倒くさくなって来た。さっさと斬り捨ててしまおう。
「……僕は君達と付き合う気はない。それじゃ」
「ちょっ、どうしてですかっ、先輩っ」
どうしてって、ここまで大事な妹のこと虚仮にされて僕が君達に好意を抱くとでも思ってたの?
そっちの方がびっくりだ。
全く。泣くにしてももう少し本物らしく泣きなよ。
ウソ泣きが分かりやすくて、しかもさっき鈴ちゃんを悪く言われて、イライラが募る。
あぁ、もう、無視しよっ。
僕が彼女達に背を向けると、
「せんぱぁいっ!いかないでっ!」
ドンッと背中に抱き着いてきた。
ぞわりと一気に鳥肌が立つ。
な、なんだ、この気持ち悪いのっ!
「先輩のことが好きなの。本当に本当に好きなの…。だから」
だから何なんだろう?
服越しとは言え感じる温かさが気持ち悪い。
胸に回されていた手が腹まで移動して、背中に頬擦りされている。
「ねぇ…先輩?私としましょう?」
何をとは聞けなかった。
聞きたくなかったが正しい。
「大丈夫ですよ。先輩が初めてでも私がしっかりとリードしますから」
「そうそう。初めてだと緊張で出来ない可能性もあるから、ほら、薬も用意したんですよ」
「私先輩の子供なら産んでもいいですよ。だから避妊もしなくいいです」
腕を両サイドから抱きしめられた。
胸を擦りつけられる感触がして。
嫌悪が頂点まで達した。
怒りが溢れて、脳内が冷めて行くのを感じる。
「………鬱陶しい。おまけに気持ちが悪いっ」
バッと手を振り払い、後ろに抱き着いている奴の制服を掴み払い捨てる。
捕まれていた所の感触が肌に残っていて、ますます気持ち悪くて取りあえずは制服の上を手で払う。
「せ、先輩?いきなり何を…」
「いきなり?何を?はっ、それ僕のセリフだと思うんだけど?」
「え…?」
「こんな所に呼び出されて。告白するだけならまだしも、僕を襲おうとして。気持ち悪くて仕方ないよ。しかも自分達が可愛いとか馬鹿じゃないの?君達位のレベルの顔なんて腐る程いるし。僕は君達みたいなのに手を出すほど落ちぶれてもいない。それからね。…僕の大事な妹を虚仮にした」
馬鹿な女三人を睨み付ける。
顔が青褪めて行くそのざまを見て、僕は口の端だけを上げて笑った。
「こんな馬鹿に僕の大事な大事な妹を馬鹿にされたかと思うと、僕は自分が許せないよ。腹が立って八つ当たりをしてしまいそうだ。…ここにちょうどいい八つ当たり先がいることだしね―――ねぇ?」
一歩、二歩とそいつらと距離を縮めて行く。
すると女三人は一歩二歩と震えながら後退して行き、壁へとぶつかった。
ずるずると恐怖でへたり込む三人。
それに僕は優しい笑みを浮かべた。
「やだなぁ。殴るとでも思った?そんな事しないよ。僕の妹が嫌がるからね。ただし…」
―――ガンッ!!
「ヒッ!?」
三人の中のリーダー風の奴の顔。その脇の壁を力の限り踏みつけた。
「二度と僕の前に顔を表さないでくれる?じゃないと、今度は容赦しない」
怯えて震えるだけ?
「……返事は?」
震えてこっちを涙目で見上げるだけ?
「もう一度だけ聞くよ?返事は?」
ガンッ!!
もう一度音を鳴らして踏みつけると、三人は必死に頷いて。
「おかしいな?返事ってのは声を出す事を言うんだよね?もしかして、日本語が分からない?…返事は?」
「は、はいぃっ!!」
「三回も言わせないで欲しい物だね。……全く。時間を無駄にした」
もうこんな奴らに用はない。
視聴覚室を出て、教室へ戻る。
はぁ…。ほんっと面倒くさい。
鈴ちゃんは想像以上に色んな意味で僕を守ってくれてたんだと思い知る。
『葵お兄ちゃんっ!ねっ、ねっ、遊ぼうよっ』
鈴ちゃんの笑顔を思い出す。
うぅ…鈴ちゃんに会いたい…。癒されたい…。
どうしたらいいんだろう…。
『僕、今日から佳織母さんと交渉するっ!絶対にっ!』
そう言えば、棗がそんな事を言っていた。
……うん。僕も交渉しようっ!
だって鈴ちゃんがいないこの状況にもう耐えられないっ!!
そうと決まったら対策を練らなきゃっ!
棗と相談もしないとっ!!
僕は急ぎ教室へ戻ると、対策を練る為の真新しいノートを広げるのだった。
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