小話2 美鈴のおねだり(棗編)
※ 本編の補足、本編に関係のない日常等々です。読まずとも問題ありません。
ただ、読んで貰えたら喜びます(笑)
パラ…パラパラ…。
目の前で広告を広げて、じーっとそれを眺めて横に置いてまた次の広告を広げる。
そんな鈴を膝の間に置いて僕は至福の時間を味わっていた。
僕の妹は可愛い。本当に可愛い。こうしてソファに座ると最近は自分から膝の間に座ってくれる様になった。
最初は僕の方からここに座ってとおねだりしていたんだけど…意外と気に入ってくれたのか学校から帰ってきてこうしてソファに座ると嬉しそうに抱き着いて来てちょこんと座る。
可愛いよねっ!
頭を撫でたら嬉しそうに微笑み、頭の上に顎を乗せるとキャッキャッと楽しそうに笑う。
可愛すぎるよねっ!
そんな可愛い鈴が今日僕の腕の中で広告を見ていた。
何か欲しいものでもあるのかな?
食料品?でもそれは商店街で安く美味しい物を買ってきてるから必要ないよね。
衣料品?洋服も何だかんだで商店街で買えるよね?商店街の奥さん達やお姉さん達が寄ってたかって鈴を着せ替え人形にして大量にプレゼントされてたからいらないよね?
手芸品?針や糸とか?それだったらお祖母さんに貰ったって言ってたよね?
何が欲しいんだろう?
背後から鈴が手を止めた広告を覗きみる。
「…やっぱり、高いなぁ…。でも、欲しいなぁ…」
鈴がぼそりとこの距離でも聞こえるか聞こえないかの大きさで呟いた。
やっぱり何か欲しいんだ。
鈴が見ている広告は家電量販店の広告だ。四つ折りサイズで入って来た広告を広げて見ているが、背後から見てるからどの商品を見ているのか分からない。
聞くしか、ないかな?
「鈴?何か欲しいものでもあるの?」
問いかけると、鈴は一瞬ピクリと体を動かして。
「うぅん。何もないよ。棗お兄ちゃん」
振り返ってニコニコと笑った。……鈴。お兄ちゃん、そんな笑って誤魔化せる程、馬鹿じゃないよ?
「そうなの?でも、さっきから家電量販店の広告を見て手を止めてるよね?」
「ふみっ!?」
何で分かるのっ!?って言いたいのかな?
体中で跳ね上がって驚いてたら誰でも分かると思うけどね。
「何が欲しいの?」
「う、うぅんっ、いいのっ、ほんとにいいのっ」
かぁーっと顔を赤くして俯いてしまった鈴にこれ以上追及できなくて。
どうしようかと思案しながら、僕は鈴のほわほわの金髪を撫でた。
鈴の作った美味しい夕飯を食べて、僕は父さんの部屋へ向かった。
「棗か?どうした?」
部屋のドアを開けて中をこっそり覗き込むと直ぐに僕に気付いた父さんは手招きして部屋に入れてくれた。
仕事部屋でもある父さんの部屋は壁一面に本があり、窓際に事務机がある。その手前に一人掛けのソファが向かい合う様に置かれててソファの間に丸いテーブルが設置されていた。
僕は迷いなくソファに座ると、父さんも笑顔で向かいのソファへ座った。
「あのね、父さん」
早速本題に入る。
「鈴がね?毎日、広告チェックしてて」
「うん?」
「何か欲しいものがあるみたいなんだけど。諦めてるみたいなんだ。何が欲しいのか聞いても答えてくれないし。でも溜息つきつつ欲しいなぁって言うから、せめて欲しいものだけでも直に見せてあげられないかなって思って」
「なるほど。因みになんの広告を見ていたんだい?」
「家電量販店の広告だったよ?」
「ふむ。美鈴もまだ子供だし、欲しいゲームか何かあるのかもしれないな。…よし。明日、美鈴を連れて家電量販店に行ってみようか」
「ほんとっ!?」
父さんが明日休みなのは知ってたけど疲れてるだろうから、断られるのを承知でお願いしようと思ってたのに父さんの方から誘ってくれた。
嬉しくて身を乗り出すと、父さんは大きく頷いてくれた。
やったっ!
心の中で両手を上げて喜ぶ。
「美鈴にも伝えておくんだよ?」
「うんっ。分かったよ、父さんっ」
「明日の…そうだな。9時に出ようか」
「うんっ。分かったっ。9時だねっ。ありがとう、父さんっ」
ソファから勢いよく立ち上がり、父さんに礼を言って部屋を飛び出し鈴の部屋へ直行した。
翌日。
僕と鈴は後部座席に並んで座っていた。
金山さんが用意してくれた軽自動車に乗って、父さんの運転で家電量販店へ向かう。
今日は葵は部活で、鴇兄さんは生徒会の集まり、佳織母さんとお祖母さんは二人でゆったりするとかで珍しく3人で外出だ。
窓の外をキラキラと目を輝かせて眺めている鈴を可愛いなと眺めているとあっという間に目的に到着した。
駐車場に車は止められて、ドアを開けて僕が先に降りる。僕の後ろをついて来た鈴に手を差し伸べるとぎゅっと握ってジャンプして車を降りた。
可愛いなぁ…。僕の妹って世界一だと思う。
今日の恰好だって十月に入って肌寒くなった所為か、ふわふわの白ニットセーターにピンクのフレアスカートが堪らなく似合ってて可愛い。
ドアを閉めて、鈴としっかりと手を繋ぐ。
「さて、行こうか」
父さんに言われてしっかりと頷き、僕達は父さんの後ろを追った。
この家電量販店に来たのいつぶりだろう?
自動ドアをくぐり中へ入ると、鈴の瞳が更に楽しそうに輝く。
「とりあえず一通り歩いてみるか?」
鈴が父さんの言葉にコクコクと頷く。男の側に寄らない様に鈴を庇いながら店内を回る。
ガヤガヤとした声が歩くたびに増えて行く。
「なに、あの子達。可愛いーっ」
「あの人の子供よね、きっと」
「何を買いに来たのかしら?テレビとかパソコンとかかしら?」
「案外携帯かもしれないわよ?」
結構好き勝手に言ってるけど、僕も父さんももう慣れっこだ。鈴は…?あ、全然気にしてない。って言うか、ある一点に視線が集中してる?
鈴の視線に父さんも気付いたらしく、僕と父さんは鈴が見ているものを見た。
あれって、……こたつ?
父さんがそっちへ向かって歩くと、鈴が嬉しそうに後を追うからどうやら間違いない。
なんだ。鈴が欲しいのってこたつだったんだね。
季節の家電売り場に辿り着くと、鈴は僕の手を引っ張る勢いで物色を始めた。
そして、一つのこたつの前で足を止める。
じーっと眺めている。眺めては擦って、角度を変えて眺めて…。
「………いいなぁ……」
もう、鈴は、本当に分かりやすいよね。
思わず苦笑する。でも、なんでこたつ?
「鈴、こたつ、欲しいの?」
鈴に問うと、うんと素直に頷いて、ハッと我に帰り違うと否定した。
「なんで、こたつが欲しいの?」
一度素直に頷いてしまった所為か、鈴は顔を真っ赤にして俯きぽそっと呟いた。
「皆、で…こたつ、入って、団欒したい、の…」
うん、可愛いっ!
思わずぎゅっとしても仕方ないと思うっ!
そしてそんな僕達を何故か父さんがまとめてぎゅっとしてきた。
「よしっ!買おうっ!」
父さん即決でした。
それに慌てたのは鈴で。高いからいい、とか、私の我儘なんて聞かなくていい、とか主張している。
けれど、父さんは笑顔で顔を横に振り言った。
「いいんだよ。美鈴は家の事を頑張ってくれてるからね。ご褒美だと思ったらいいんだ」
うんうんと僕も頷く。それに実際こたつで家族団欒したいって事は結局は家族全員で使うんだから鈴の我儘でもなんでもない。
「美鈴はもっと父さんに強請ってくれていいんだよ」
そうだそうだ。僕も頷く。それでも戸惑う鈴に僕はこっそり耳打ちした。
「父さんはおねだりされた方が嬉しいんだと思うよ?だから、鈴。おねだりしてあげて」
言うと、鈴は僕の顔をじっと見て、小さくコクリと頷き、父さんのスラックスをくいくいと引っ張り見上げて行った。
「誠パパ、私、こたつが、欲しい、な?」
上目使いで小首を傾げておねだりする鈴に、
「よしっ!家を改装して掘りごたつを作ろうっ!」
何か違う答えが返って来た。流石にそれは大掛かり過ぎると二人で止めて、鈴が気に入ったこたつを買って僕達はホクホクと帰宅した。
帰って早速リビングの六人掛けのテーブルを倉庫へ運んで、ついでに買ってきたこたつの下敷を敷いてその上にこたつを設置した。
鈴は嬉しそうに中へ入り、隣に座る僕へと抱き着いた。
帰って来た葵と鴇兄さん、部屋にいた佳織母さんとお祖母さんも揃い、団欒する。
夜になって鈴がこたつにはこれだとすき焼きを作り、皆で楽しくご飯を食べた。
鈴が来てから、家族で過ごす事がこんなに楽しい事だと改めて思い出した。
寝る間際。
僕のベッドで先に眠った鈴を抱き寄せる。
「………なつ、め、おにぃ、…」
?、寝言?
じっと鈴の顔を眺めていると、ふにゃりと微笑んで。
「…だい、すき……」
まさか、寝言で言われるとは思わなくて。知らず僕にも笑みが浮かぶ。
「うん。僕も大好き。お休み、鈴」
そっと額にキスをして、目を閉じる。
僕の心は幸福で満ちていた…。
美鈴は家族団らんに憧れていたんです。時系列丸無視の日常。