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※※※(樹視点)

―――8月10日。



葵の奴が全力で蹴り飛ばしてくれた腹が滅茶苦茶痛い。

昔もそうだったが、美鈴が絡むと一切手加減がない。例え俺が誰に操られていようと関係ないんだから酷いもんだ。

まぁ、その痛みのお陰で自分を取り戻せたのだから、結果オーライなのかもしれないが…。

(納得がいかない…)

溜息が零れた。

自宅の廊下を父上の書斎に向かいながら歩く。

一応、美鈴が気になっていた事は日付が変わる前に…と言っても夜の八時くらいだが、メールを出しておいた。ちょっとした悪戯もしておいたが…良く考えると、あれは葵の携帯だったな。

…さ、流石にもう一発殴られるのは遠慮したい…が、覚悟だけはしといた方が良さそうだな。

しかし、こんな夜中に父上からの呼び出し。なんだろう。悪い予感しかしないんだが…。

自然と足取りが重くなるが、父上の書斎の前についてしまった。仕方なくドアをノックすると、入れと声をかけられ失礼しますと中へ入る。

そこで見たもので俺は驚きに足を止めた。

立派な椅子に座る父上の前に立つ銀川。その腕の中にはぐったりとした美鈴が抱えられていた。

「………父上?これは一体どういうことですか?」

「どう言う事とは?見たまんまだよ」

「見たままで分からないから聞いているのです。何故、美鈴が銀川の腕の中で意識を失ったまま抱えられてるのですか?」

ぴくりともしない美鈴は意識を失っているに決まっている。男性恐怖症の美鈴が銀川の腕の中で正気を保てるはずがない。

ならば意識を失わせて誘拐して来たと言う事だ。だとするなら、…もう美鈴の中の俺への好感度は完全に地に落ちただろう。むしろ地中に埋められた可能性すらある。自分の所為ではないにしろ、この結果は酷い。

はぁ…と知らず溜息をついていた。そんな俺に父上は更に追撃をかけてきた。

「龍也。お前を呼び出したのは、彼女を引き取らせる為だ」

「美鈴を引き取る…?」

「そう。銀川にはこれからもう一仕事して貰わなきゃならないから」

「もう一仕事?父上、意味が分かりません」

「あぁ、大丈夫。龍也が分かる必要はないんだよ。龍也はね。その子を抱いて、子供を作ればそれでいいんだ」

「…………は?」

待て。待て待て待て。今父上は何を言ったんだ?理解出来ない。

目の前にいるのは本当に父上か?確かに父上はいつも突拍子もない事を言うが、今回はそれに輪をかけまくっている。

「大丈夫。彼女は朝まできっと目を覚まさないから抵抗なく出来るよ。ただ、抱き辛いかもしれないけどね。ほら、意識のない人間って重いし」

いやいやいや。そうじゃない。そうじゃないだろ、父上。

「父上。そもそも俺は彼女に好かれていない。そんな彼女を無理矢理抱いたら今度こそ嫌われて触れるどころか話す事も視界に映る事すら出来なくなる」

「?、何か問題あるかい?」

「問題しかないでしょうっ!強姦は犯罪ですよ、父上っ!」

「うん。まぁ、ばれたらね。ばれなきゃ大丈夫だよ。監禁して部屋から出さなきゃいいんだ」

「父上っ!」

何を堂々と言ってのけてるんだっ!

強姦に拉致監禁。正気の沙汰とは思えないっ!

「うんうん。落ち着いてよ、龍也。これは君の為を思って言ってるんだよ」

「俺の為…?何を馬鹿なっ」

「うーん…。本当は言うまいと思ってたんだけどね」

「…父上?」

「私にはね、龍也。ずっと、今でも恋しい人がいるんだ。幼い時からずっと好きだった人がね。父上に頼んで、どうにか婚約者にして欲しいとお願いして。権力や金を使いに使ってやっと婚約者に出来たと思ったら、その子が付き合ってた男と駆け落ちをしたんだよ」

酷いと思わない?なんて笑顔で言ってのける。思わないというか、そもそも父上が恋い慕っていた人がただ単に父上を好いていなかった、それだけだ。

大体、なんでいきなり父上の身の上話?

正直こんなの聞いてる暇があったら美鈴をとり返して、さっさと葵達の下へ返して少しでも俺への好感度を取り戻したい。

だが…。ちらりと銀川を見るが、隙が全くない。

ちっ…こんな事なら、葵や棗と一緒に柔道もしくは空手をやっておくべきだった。…そんな付け焼刃の力で敵うはずもないが。それでもやっているとやっていないでは違うはず。

とりあえず、今度から体術も真剣に習う事にしよう。心できつく決意する。

「その駆け落ちをね、手伝ったの男がいるんだよ。それが白鳥誠って言ういけ好かない男でね。龍也も知ってるだろう?葵君と棗君の父上だよ」

何の悪気も感じない無邪気な笑顔で言われたら、口にしている内容との違いに恐怖を感じて頷くしかできない。駆け落ちに手を貸したのがあいつらの親父、か。流石の判断だ。父上から逃がすには確かに白鳥の人間位の力がないと無理だ。

「見事な手腕だったよ。私が母に言われるまま、見合わされたあれと結婚し、龍也を作らされ。あぁ、あの時も大変だったな。惚れた女以外の女で勃つ訳がないじゃないか」

これは、暗に俺は無理矢理作らされた愛されず産まれた子だと言われてるのか?

まぁ、大体想像はついていたが。父上の愛情は昔から嘘くさかった。可愛いと俺の頭を撫でながら微笑んでいても俺を見てくれた事は一度もなかったから。

「私はね、龍也。君に同じ思いをして欲しくないんだよ。親としてね。初恋が実らないとか誰が決めたのかな。実らせればいいじゃないか。肥料でも何でもやって。最悪実らなくてもそれを手折って手中に収めてしまえば誰も気付かない」

同じ思いをさせたくない。親として。そう言いながら、父上は俺の事など全く見ていない。今まさに父上は俺の初恋の実を潰そうとしているじゃないか…。

「…父上。父上は美鈴を使って白鳥誠に復讐したいだけではないのですか?」

「勿論、それもあるよ。私から彼女を引き離した白鳥を私は憎くて堪らないからね」

「なら同じだけ、父上は母上から復讐をされますね」

俺が反抗の意を込めて告げると、父上はきょとんとしてから狂ったように笑いだした。

「はははっ!龍也、君はまだまだ子供だねぇっ、あははははっ!大丈夫だよっ、あれは私に絶対服従だからねっ!」

絶対服従?どう言う意味だ?

知らず眉間に皺が寄る。父上は何を言っているんだ?

「くくくっ、良いんだよ、龍也。お前はそのままでっ、あー…笑った笑った。久しぶりだよ、こんなに笑ったの。本当素直な良い子だね、龍也は」

ゾワリと鳥肌が立った。

父上の瞳が怪しく光っていたから。狂人の瞳だ…。直視したくない…。

「私をこんなに笑わせてくれるのは彼女と龍也くらいだよ。…本当にお前は良い子だ。ほら、龍也。その子を受け取って部屋に戻りなさい。ちゃんと抱いて既成事実作るんだよ?そうすれば白鳥に復讐出来るし、更に私には孫が出来、更に龍也は初恋を実らせることが出来る。良い事づくめなんだから」

何が良い事づくめなものか。

自分の父親の狂気的な部分を見せられて、愛されてないと突きつけられて、更に自分が初めて好いた女に嫌われてしまう。良い事なんて一つもないじゃないか。

「……父上。俺は」

「ん?なんだい?」

ニコニコと微笑む。その笑顔はまるで鏡を見ているようだ。きっと俺もこんな顔をして笑っているのだろう。

昔、美鈴と学校の食堂で飯を食った時を思い出す。

葵と棗、猪塚、花崎、花島もその場にいた。他愛もない会話をしながら美鈴に聞いたのだ。俺の何処が気に入らないのかと。

すると、出るわ出るわ。好いた所より圧倒的に嫌いな所が多い。それにちょっとムッとして、双子を見ると双子は嬉しそうに笑っていたな。そして他にないの?と更に聞き出そうとしていた。

その時、最後に美鈴はこう言ったのだ。

『嘘くさい笑顔が嫌い』

と。それは、こういう事だったのだと自分の父親の顔を見て納得した。

沸き上がる怒りを抑え、冷静に対処する為、肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出す。気付かない内に緊張して握り絞めていた拳をゆっくりと解き、俺は銀川の前へ移動する。

「銀川、美鈴を寄越せ」

「はい。坊ちゃま」

美鈴を受け取る。羽のように軽い美鈴を受け取り、自分の胸に顔を預ける形にしっかりと抱き上げる。

意識を失ってる訳じゃなく、寝ているのか。あれほど気配に敏感な奴がこんな状況まで寝ている訳がない。やはり想像した物と効果は違えど薬を使われたのは間違いないな。

「父上。俺は、彼女の目を気に入ってるんだ。俺と対等にぶつかってくれる姿に惚れたんだ。そんな彼女の瞳が見れないなら勃つものも勃たない」

だから解放してやれないか?そんな意味を込めて最後の抵抗をしてみるが。父上の顔を見る限り…どうやら無駄なようだ。

俺の言葉に父上は何故か満足気に大きく頷く。

「そっか。うん。そうだね。その気持ちは同じ男として良く解るよ。なら、龍也の部屋でなく離れに連れて行くと良い。あそこならどれだけ泣き叫ばれても周りには聞こえないから」

「…っ…そうします。では、父上、失礼します」

両手が塞がっている為、銀川がドアを開けてくれた。

そのまま父上の部屋を出る。なるべく早く父上の部屋を離れたくて、小走り気味に進む。美鈴を抱く気はない。だがきっと父上の事だ、監視をつけるに決まっている。

ならば、いっそ言われた言葉通り離れに行った方がいいだろう。反抗した時の反動が怖い。

美鈴はきっと、眠る為に自室へ戻り寝付いた時に薬を使われ攫われたのだろう。うさ耳のついた桃色のパーカーと同じ生地で作られたショートパンツの寝間着姿だった。

美鈴に自分から会いに行ってこの姿を見たのなら、俺は素直に可愛いと言いながら彼女を抱きしめただろう。

でも、こんな状況で…そんな事出来る訳がない。

腕の中で眠る存在はこんなにも小さくか弱いのだから。

「俺の父親がやったことだ。俺の事もきっと信用できないだろうな。……それでも、守る。美鈴。お前を守りきって見せるから…。少しだけでもいい。俺の事、好きになれよ?」

絶対聞こえていないであろう美鈴へそっと囁いた。


さっきまで俺がいた本邸を玄関から出て、そのまま本邸と隣接されている別邸へと向かう。

父上は『離れ』何て言っていたが、そこまで離れていない。本邸の隣にあり、基本的に防音システムがしっかりしていて、秘密の商談などに使うから離れと称しているに過ぎない。

別邸へと入り、真っ直ぐ二階の客室へと向かう。

離れに行くのは久しぶりだが…確か外に大きな木がある。その木が窓の直ぐ近くにある部屋があったはずだ。そこにしよう。そこならば何かあった時、美鈴ならば木を伝ってでも逃げる事が出来るだろう。

逃げてしまえば、誰かしら助けてくれるはずだ。

片手で美鈴を抱いたまま、ドアのノブを回し部屋へと入る。

バタンとドアを閉めて、しっかりと鍵をかけると、美鈴の体がガタガタと震え出した。起きてしまったか…。

椅子に…いや、駄目だ。この部屋だってもしかしたら父上の監視カメラが仕込まれてるかもしれない。だったら…。

俺は美鈴をベッドへと放り投げた。

直ぐに目を開き天井を確認して体を起こした美鈴を抑え付け、ベッドへと乗り上げる。そのまま泣き叫び暴れもがく美鈴を抱き寄せて、二人一緒に布団の中へ潜った。

押し倒す形を態と作り、美鈴が顔を背けない様に顔の両脇に手を置く。

「いやっ、いやぁっ!」

半狂乱状態の美鈴の顔を俺はじっと見つめる。そして、触れないようにそっと体を寄せ、耳に小声で囁く。

「落ち着け…。大丈夫だ。これ以上は触れない」

「……いつき、先輩…?」

「落ち着け。大丈夫だ。美鈴…。何もしないから」

何度も落ち着けと繰り返すと、美鈴の抵抗が止んだ。溢れてる涙を拭ってやりたいが触れないと誓った今俺はそれが出来ない。

「涙を拭け。今この状態から動く訳にはいかないから、自分で拭いてくれ」

コクコクと頷き、美鈴は自分の服の袖で目を乱暴に擦って涙を拭った。あぁ、もう。ゴシゴシと擦るから目元が赤くなってる。…葵に何度殴られる覚悟をすべきか…。

「…先輩、この状況、説明…」

「分かってる。今説明してやる。ただ…。そうだな。お前には悪いが、上を脱いでくれ」

「…え?」

「監視カメラがあるんだ。音声を撮るタイプではないと思うが…」

触れないと言った側から心苦しい頼み事だ。けれど、直ぐに何か理由があると理解した美鈴はコクリと頷きパーカーをもぞもぞと脱いだ。

下にキャミソールを着ていた事にホッとはするが、どうやらその下には何も着ていないらしい。……物凄く目に毒だ。

「今から布団を剥ぐ。この部屋の監視カメラはベッドが見える位置にあるはず。お前は顔を…そうだな、窓に向けておけ。殴られた感じで」

「分かった。…殴られた感じなら動かない方がいいね?」

「相変わらず察しが良いな。…因みに窓は右手側だ」

「右側…。うん。分かった」

頷いたのを確認して、今度は俺の準備をする。シャツのボタンを外して、ベルトを外しておく。これで準備は整った。俺は勢いよく布団を剥ぐ。上半身を起こし前髪を掻き上げる。

ちっ、と舌打ちして、ベッドから降りてカメラが置かれている位置を探し当てる。

盗聴器とかもあるかもしれないな。イライラしているのを装いつつ、監視カメラ二つを発見した。それを叩き割る。

そしてコンセントの所とベッドの脇にある盗聴器を探り当て、

「父上。俺は見られて興奮する変態じゃないんですよ。悪いけど、美鈴の痴態を見せる訳には行かないんでこれらは処分させて貰いますよ」

そう態と盗聴器に向かって言うと盗聴器を踏みつぶした。ゴリゴリと擦る様に潰し、粉砕する。

これで大丈夫なはずだが…。ベッドの下と周囲をもう一度念入りに探して、ないのを確認してもう一度ベッドの上へと戻り、布団をかぶる。

「先輩…?」

「見つけられる物は全部見つけた。俺がどの部屋に行くかなんて分からないだろうし、全ての部屋に大量に監視カメラを付ける事は出来ないだろう。ただ、念の為電気は点けずにこの中で話す」

さっき何かを察した美鈴は真剣な顔をして俺を見て頷いた。

「…そう言う事をしたって見せかければいいんだよね」

「あぁ」

「なら、先輩。着ているシャツを私に下さい」

シャツを?意味が分からないながらも、布団の中で脱いで美鈴に渡す。すると美鈴は器用にそれを羽織ってボタンを締め、これまた器用にシャツの下でキャミソールを脱いで、俺に渡してきた。

「美鈴…?」

「床に捨ててください。先輩のベルトも。そ、それから、我慢する、ので。死ぬ気で、我慢する、から、私を抱き、しめてください。そう、すれば、多少、は、信憑性が出る、かと」

顔が赤いのか青いのか分からない。だが、男が怖いコイツがここまで決死の覚悟をしてくれてるんだ。乗るしかない。キャミソールとベルトをベッドの外へ放り投げて、そっと覆いかぶさる様に美鈴を抱きしめた。

微かに震えているが、覚悟を決めている美鈴はそこまで怯えてはおらず、ほんの少しホッとした。

………とは言え、色々試されてる気がする。シャツ越しとは言え、年の割に大きい膨らみが俺の胸に押し当てられている。こっちは上半身裸だから尚更…いや、駄目だ。落ち着こう。……色即是空、色即是空…。よし。精神統一完了。

ごろんと美鈴の横に転がり、美鈴の頭の下に腕を置く。布団は頭が隠れる位まで引き上げてるから恐らく問題ない。なるべく不振がられないように美鈴を抱き寄せておく。

「さて。何処から話す?」

「何処からでも大丈夫ですよ?」

「…だな。朝まで時間はあるし。どうせ俺の腕の中だと寝られないだろ、お前」

「はい」

間髪入れずはっきり返事をするな。凹む。

「先輩?」

不安そうに俺の顔を覗き込む。あぁ、もうそんな不安そうな顔しなくても、俺は前にみたいに操られてたりしないから安心しろ。だから、そんな顔するな。俺は美鈴の腰に回していた手で背中をポンポンと叩く。

このまま無言でいたら美鈴の不安は増すだろう。話を戻そう。

「お前は、何から聞きたい?お前が聞きたい所から話す。そうしないと混乱しそうだしな」

「…まず、この状況から。どうして、その…」

情事あとを匂わせなきゃならないのか。それと、何故ここに自分がいるのかって事からか。

「お前は寝た時に睡眠薬か何かを使われて攫われて来たんだ」

「でも、私部屋に…」

「あぁ。お前を攫いに行ったのは銀川だ」

「銀川さん…。ちょっと待って。じゃあ、私を攫う様に命令したのは」

「父上だ」

思わず美鈴を抱いていた腕に力がこもる。すると震えが増す美鈴に気付きハッと我に帰り腕から力を抜いた。

「なんで樹財閥の総帥が私を誘拐なんて…。誘拐する意味はなんなの?得になるような事なんてなにも…」

「父上から聞いた話によれば理由は三つ。白鳥誠を恨んでいるから。父上の恋しい人を誘き寄せる餌だから。そして、俺がお前を気に入っているから、だ」

「誠パパに復讐?意味が分からない。どう言う事?」

詳しく説明しろとその眼が訴えているから、俺は父上に聞いた事を包み隠さずに話した。

…俺の初恋が美鈴だと言うのは上手い事回避しながら。バレたら恥ずかしくて死んでしまう。

「樹総帥の恋しい人…?え、ちょっと待って。樹先輩、私嫌な予感しかしないんだけど」

「どういう意味だ?」

「あくまで私の予想なんだけど…」

一瞬何かを考え込むように動きを止めて、口を開いた。

「もし…もしも、だよ?先輩が探ってくれた事が真実だとして、申護持の火事を後ろから操っていたのが樹総帥だったら…」

「だったら?」

「樹総帥の恋しい人って…明子さんなんじゃ…?だって、明子さん以外大人の女性はいないんだよ…あの施設…」

俺と美鈴の間に苦しい沈黙が訪れる。

「…ヤバいな」

「うん。ヤバい…」

それ以外の言葉が出て来なかった。

何せ、全てが父上に通ずると考えると筋が通ってしまうのだ。放火の件に始まり、綾小路との確執、白鳥への復讐。全てその為の布石になっている、と。

しかし、そうなると…。

「美鈴。黙っていた事が一つあるんだ。これは皆が知っている。葵や棗も勿論、花崎や花島も知ってる事がある。これを言うとお前が傷つくかもしれないと思って黙っていた。お前はそれを」

知る勇気があるかと問いかけようと思った。だが、その続きは何故か美鈴の口から放たれた。

「…知っていますよ。私に関しての悪戯メールが回ってたんですよね」

ハッキリと言ってのけた言葉に俺は思わず驚きで目を見開く。それにクスクスと美鈴は笑った。

「皆で何か隠れて動いてるのは知ってたんです。この前、樹先輩に私が突撃した時です。突然優兎くんと桃が急いで帰るって言った事を疑問に思ってて。だって二人は私が男性恐怖症だって知ってる。なのに、樹先輩と私を二人きりにしていなくなるなんてまずあり得ない。なのに、メールを見た途端帰ると言いだした。しかも桃を置いて行かずに。二人が私を置いてまでいなくなる理由は私の事以外ありえないんです。そして、唐突に申護持の施設の三人が携帯を持たされた。何故急に?施設で育ってる彼らにそんな余裕はない筈なのに。ならそれはなんでなんだろうって考えたら、悪戯メールが脳を過ったんです。私に付いての何か良くないメールが回っている。だから皆は私の為を思って気付かれないように動いてくれたんだなって」

「なんだ。モロバレじゃないか」

「あれだけ皆で動いてるんですもん。分かりますよ。優しいです。皆…」

…うっ。やめろ。そんな心臓に悪い笑みを浮かべるな。理性が崩壊する。美鈴の柔らかい微笑みは本当に心臓に悪い。

「でも、そう考えると、このメールに関しても樹が絡んでいそうですね」

「絡んでいそうと言うか、確実に絡んでるだろう。お前の権力を削ぐ為に必要だったんだ」

完全に一本に繋がった。


この事件の始まりはかなり昔の事になる。

父上である現樹財閥総帥『樹勅久いつきときひさ』は幼馴染である旧家神薙の筆頭跡取りだった『神薙明子かんなぎあきこ』に惚れていた。

樹勅久は幼い時から何度も神薙明子に想いを告げていた。だが何度告げても振り向いてくれない神薙明子に対し業を煮やし、樹勅久は行動を起こした。

惚れた女性である神薙明子を自分のモノにせんが為、当時の樹財閥総帥――(俺にとっては祖父に当たる)――に婚約者にしてくれと頼みこんだのだ。権力にものを言わせて。

しかし、その時神薙明子は既に恋人がいた。望まぬ婚姻などしたくなかった。

神薙明子は同じく幼馴染であった白鳥財閥跡取り候補の『白鳥誠』に相談を持ち掛けた。

この時既に彼らは高校卒業間際。白鳥誠は両親に協力を仰ぎ、神薙明子とその恋人である『猿城寺星えんじょうじせい』を樹勅久の目から隠し、駆け落ちさせた。

その際、白鳥誠は神薙明子と猿城寺星に直ぐにでも結婚をすべきだと促し、樹勅久が跡を追えない様に徹底した完璧な隠蔽工作をした。

その隠蔽工作は見事に功を奏し、樹勅久は神薙明子を探し出せず、当時の樹財閥が用意した見合いをさせられ、強制的に結婚する羽目になった。

その相手が綾小路皐月であり俺の母上となる。

母上はその当時から抱えていた負債の肩代わりに政略結婚の道具として差し出された。そして産まれたのが俺、樹龍也だ。

母上は父上を憎んだ。当然だ。借金の為に両親に売られたのだから。ましてや愛してもいない男の子を産んだのだから。それでも母上は俺に罪はないと優しく愛を込めて育ててくれた。

俺が小学に上がる時には父上の態度は大分柔らかくなってきていた。

てっきり母上と俺の方を向いてくれたのかと思ったのだが。それは大きな間違いだった。祖父が亡くなるまで俺達を愛していると見せかけていたのだ。

祖父が亡くなり、父上が樹財閥の総帥になった途端に神薙明子の捜索が始まった。まだ、諦めていなかったのだ。凄い執念だった。

父上は探し当ててしまったのだ。数年の時を経てまで探し当てた。申護持と言う養護施設を管理している神薙明子を。

すぐさま自分の下へ連れて来させようとした父上の手を妨げたのが、白鳥の跡継ぎで現総帥でもある美鈴だ。

最初は高瀬を利用し、土地を立ち退かせ、それを恨みに思った神薙明子が高瀬を問い詰めに来た時に捕まえる、もしくはその施設の子供らが来たならその子らを人質に交渉などをして手元に呼び寄せるつもりだったのだ。

だが、その予定は美鈴が個人的に孤児院を移動させた事により不可能になってしまった。ならばと高瀬を使い建物を燃やして住む場所を失わせ、更に白鳥にその損害の請求を求めたらどうだと手を打った。

けれど、そんな事で揺るぐほど白鳥は甘くない。総帥になった美鈴を始め、神薙明子を隠し続けた白鳥誠。そしてその息子らが鉄壁な守りを固めていたのだ。

その防壁を破壊すべく父上は美鈴を陥れる事を考えたが何をしても白鳥の地盤が揺らぐことはなかった。天辺が揺らがないのならばと財閥の社員に揺すりかけてみたものの、美鈴至上主義と変わり果てた白鳥財閥の結束力は固く決して揺らぐことはなかった。

焦り始めた父上は高瀬久治を誑かし、どんな手を使ってもいいから美鈴を陥れろと命令した。

だが、ここでも誤算があった。綾小路桃の存在である。

高瀬は不動産業を生業としており、そこへ援助していた事もあって高瀬の人間を自由な駒として従え扱っていた。そしてその繋がりと言う物を存分に利用して、綾小路と神薙をも父上は自由に動かしていたのだ。

綾小路桃は綾小路家で静かに朽ちていく予定だった。父上がそう仕向けたから。綾小路桃と高瀬久治との子が出来れば綾小路桃にはもう用はなかったのである。想定通りに行くならそこで終わる筈だった。

なのに父上に更に想定外の事が起きたのだ。一つは高瀬久治の女癖があまりにも悪かったという事。綾小路家の長女、綾小路菊を妊娠させるという予想外な事をしでかされてしまったのだ。

神薙明子を捕らえる為に綾小路と神薙そして高瀬を、負債の肩代わり、もしくは資金提供を餌にしてまで手元に置いたというのに、その予想外の出来事で内部分裂が発生してしまい計画が狂い始めてしまった。

そして、もう一つ。綾小路桃が美鈴の下へついてしまった事だ。

自分に対する仕打ちへの復讐心により綾小路桃は綾小路家を潰そうと動き出した。

その復讐は美鈴、白鳥財閥の総帥の全面協力がバックについている。FIコンツェルンと吸収合併した事により更に力のついた白鳥財閥が全面協力だ。

父上は綾小路を手放さざるを得ず、高瀬は放火の足がつくと不味い為切り離さねばならなくなったのだ。

このまま共倒れになる訳にはいかない。そう焦り始めた父上は高瀬にもう一度餌をちらつかせた。このまま樹と提携を解きたくなければ、どんな手段でもいいから美鈴をどうにかしろと絶対命令を下したのだ。

高瀬久治は自分の手駒である後輩、吉村哲司よしむらてつじを使って迷惑メールを送信させた。勿論、高瀬久治本人もそれなりの地位にいる人間の子息に狙いを定めてメールを配信しまくった。それだけに収まらず自分も美鈴を襲うと言う暴挙に出た。更に言うなら実行犯は違えど俺に薬を使って俺自身に襲わせると言う暴挙も。これらは全て美鈴の身内の手によって打ち消される事となる。

本格的に焦った父上は最後の手段に出た。

それが、美鈴を攫い俺と結婚させ白鳥を吸収。更に神薙明子を攫い己の手中に収め屋敷に監禁すると言う今の状況となる。

これが今回の事件の全容だ。


俺が全て話し終えると、美鈴は何とも言えない困ったような顔をした。

「知らない内に私、すっごい足突っ込んでる…」

「それも父上の計算の上だと思うがな」

「…先輩。先輩はこれからどう動くの?」

美鈴に聞かれても正直、何をどうしたらいいか、さっぱり解らなかった。

父上の事はどうにかしたい。だが、父上の事を世間に暴露したら樹財閥は終わってしまう。そうしたら、下で真面目に働いていた連中はどうする?そんな事に巻き込めないだろう。

母上だってそうだ。ただでさえ望まない俺を産んで不幸な境遇なのに更に追い打ちをかけるような真似出来る訳がない。

自分に力がなさ過ぎて情けなくなってくる。

そんな俺に美鈴が一つの案を持ちかけて来た。

「あのね、先輩。私に一つ、良い考えがあるんだけど…」

「良い考え?」

「うん。先輩さ。樹財閥総帥になっちゃえば?」

「……………は?」

あまりにあっけらかんと言われて、俺は言葉が出て来なかった。なのに、そんな俺を見て美鈴はにんまりと笑う。

「だって、先輩のお父さん。樹財閥の現総帥にこれからも経営を任せるのは危なすぎるよ。その点先輩なら大丈夫でしょう?」

「お、お前なぁ。俺はまだ学生の身で」

「私の前でそれを言う?」

真剣な顔の美鈴の瞳が威圧感を持って俺を貫く。そうだ。美鈴は俺より年下で。なのにその身分は白鳥財閥の総帥だ。

ごくりと喉がなる。

「先輩は何故自分の父親が私を誘拐した事実に気付けなかったのか、理由わかる?」

「理由…?」

「そう。理由。私は銀川さんに攫われた。それを先輩が止められなかった理由。それは銀川さんが樹財閥総帥に使えているからだよ。勿論銀川さんの能力ってのもあるとは思うけれど、そんな銀川さんを動かせるのは…」

樹財閥総帥のみ…。いや、でも、銀川は俺の執事兼秘書で…。

「樹先輩の側にいたのは樹先輩が『次期総帥』で、『現樹財閥総帥に命令された』から。だから銀川さんは現樹財閥総帥の命令に従わなければならない。それがどんなことでも」

「だから、俺は、お前の誘拐に気付けなかった…?」

「そう。そして今、銀川さんはきっと明子さんを攫ってくる。誘拐って言う犯罪に手をかけてるんだよ。ずっと樹財閥に使えていた人が。樹に捨て駒にされるの…。先輩、それでいいの?」

「良い訳がない。だが…どうしたら?」

「簡単だよー。樹財閥総帥に跡を継がせるって言わせたらいいの」

「それが出来たら苦労しないだろ」

「大丈夫だよ。絶対大丈夫。樹先輩が跡を継ぐ覚悟があるならそれだけで大丈夫」

不思議だ。

美鈴が大丈夫と言うだけで本当にそんな気がするんだから。

「でも、とりあえずは私と明子さんの誘拐に皆が気付いてくれないと話は始まらないね」

「それは、確かに…」

「今先輩が怪しい動きをするのも危険だし。お兄ちゃん達と申護持の三人が動き出すのを待たないと、だね」

「そうだな。多分、今頃神薙明子が攫われてきてるだろう。明日夜が明け次第、どうにか接触してみる」

「大丈夫なの?」

「何とかなるさ。父上に外面を見せるのは慣れてるよ」

「そっか。…気を付けてね」

案じる言葉に俺は笑みを浮かべしっかりと頷いた。

これからの行動と自分の覚悟を決めてしまえば、夜中と言う事もあり眠気が襲ってくる。

そう言えば夜中だった。いや、もしかしたらもう明け方に近いかも知れない。

「…先輩、眠いの?」

認めるのも癪だが眠いのも確かで。素直に頷く。

すると、クスクスと美鈴は笑い、枕代わりに差し出した腕から頭を避けてその腕を撫でた。

「いいよ、寝ても。私が見張っといてあげるから」

「……だが…」

「大丈夫。男が近づいたら気配で直ぐにわかるよ」

そう言えばそうだったな。どんなに遠くからでも俺から逃げてたもんな。

なら、少しくらい…いいか。

「悪い、少し、寝る…」

「うん。いいよ。お休み、先輩」

美鈴の声を聞いて、俺は沈む様に眠りに落ちて行った。


朝になり、焦ったような美鈴の声に起こされた。

「先輩、大変、男の人、近づいてくる」

カタカタと震えながらも訴える美鈴に寝惚けた頭が覚醒する。

コンコンとドアをノックされ、慌ててベッドを降りて俺はドアへと向かった。美鈴は布団の中で隠れている。

ドアを開けて驚く。そこにいたのは父上だったから。

「何の用ですか?父上」

「うん?昨日龍也がカメラも盗聴器も壊してしまったから結果が分からなかっただろう?だから確かめに来たんだ。…それで?ちゃんと抱いたのかい?」

美鈴に近寄らせないようにする為にも、俺はドアの枠に背を預け腕を組んだ。そして片足でバリケード代わりに道を塞ぐ。

「この格好を見て分かりませんか?」

「そんなのどうとでも偽装できるしね。出来ればその子の全身確かめたいんだけど」

「そんな事させる訳ないでしょう。何で惚れた女の裸体を親とは言え他の男に見せなきゃならないんですか」

「うーん。それも、そうか」

「昨日散々泣き叫んでるのを無理矢理押さえつけてやった所為で気を失ったんですよ。まだ目を覚まさない。もう少し寝かせてやりたいんで。出て行って貰えませんかね?」

ギッと父上を睨み付けると、父上は降参降参と笑いながら手を上げた。

「分かったって。もう。龍也はシャイだねぇ。なら私は先に行ってるから、後でちゃんと部屋まで来るように。いいね」

「分かりました」

父上が歩いていくのを見送り廊下から姿が見えなくなったのを確認してからドアを閉めて、ゆっくりとベッドへと戻った。

「…もう、大丈夫そうだね」

布団の中からひょこんと美鈴が顔をだす。

「お前が気配を感じないなら確かだろ。それより美鈴。父上に呼び出されたから行ってくる」

「うん。昨日も言ったけど、気を付けてね」

「あぁ。お前も気を付けろよ。念の為武器になりそうな物持っておけ」

「分かった。探しとく」

ベッドから抜け出た美鈴は俺を見据えしっかりと頷く。

「……悪い、美鈴」

「先輩?」

「マジで目に毒だ。俺後ろ向いてるから着替えろ」

「えっ、あっ!?」

焦った美鈴が自分の体を隠すように抱き締める。俺が昨日着ていたのは白いシャツだ。デザインが少し入っていたものの、その…透けて見える。くるっと美鈴に背を向けると、美鈴は急ぎ足で服をとりに行き、着替え始める。

布が擦れる音がして、居た堪れない。

着替え終わったのか足音が聞こえて、肩に何かかけられた。

視線を動かすとそれが俺のシャツだと気付き、そのまま腕を通す。振り返るとパーカーを着た美鈴が立っていた。

「樹先輩、無理、しないでね」

そう言って微笑む美鈴。

攫ってきた人間の家で、しかも犯人の息子相手ですらこうやってお前は心配して微笑むのか?

ほんとにお前は…。警戒心があるのかないのか。

俺はそっと近付き、美鈴の腕を掴む。

何事かと首を傾げる美鈴を引き寄せて、そのキラキラ光っている金色の髪を掬う様に後頭部へ手を回してそのままその唇を重ねた。

「んんっ!?」

驚く美鈴の抵抗を抑える意味も込めて、その腰を引き寄せ、唇を舌で舐めた。

「せ、んぱ、んんッ…」

文句を言う為に開いた口の中へ舌を入れて、逃げる舌に自分の舌を絡ませる。

震える美鈴の体をきつく抱きしめ、チュッとリップ音を立ててキスから解放した。

「これくらいの褒美はあってもいいだろ?」

美鈴がこれ以上怯える前に耳へわざと音を立てたキスを残して、体を離した。

涙目で、それでもうっすらと顔を赤く染めた美鈴が俺を睨む。けれど、痛くもかゆくもない。と言うか、普通に可愛い。

…もう一回くらい…。

ふと芽生えた衝動にいち早く気付いた美鈴が窓辺へ逃げた。

「先輩の、嘘つきっ…」

じっと睨んでくるその目つきすら今はただただ可愛い。

口元に笑みが浮かぶ。

これ以上やったら確実に怯えられるな。

俺は踵を返してドアに向かって歩きだす。

「行ってくる」

それだけを告げて俺は部屋を出た。

父上と対峙する為に。


解ってますっ!解っていますっ!

だけど、樹をそんなに嫌わないであげてーっ!!(笑)

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