※※※(円視点)
バタンとドアの音を響かせて王子が出て行った。
にこやかな雰囲気が一気に消え失せる。
私達の視線は、主のいない席に残された二通の手紙に移された。
「……懲りないやつね」
愛奈の声が氷点下以下になっている。
「開けるよ」
アタシもきっと同じだけ低い声になってるだろう。
けれど、それに対して何か言う人間はここには誰もいない。
私は遠慮も何もなくバリバリとその手紙の封を開けた。便箋が一枚。
この手紙をアタシが見るのは初めてだ。でも愛奈から詳細は聞いていた。
「ストーカー、か…」
王子が言っていたモテるってのも良い事じゃないと。確かにこんなものを見るとそう思っても仕方ないってアタシも思う。
開いた便箋には、一言。
『君が好きだ』
と一言だけ。もう一つの封筒も開き、便箋を開くと、そっちには、
『君を抱きたい』
と一言。
ハッキリ言って気持ち悪い。
「…私の所で止めてたんだけどね。まだ、二通あるの」
そう言って、王子の従者で有名な花島優兎がもう二通の封筒を取り出した。
開封済の封筒から便箋を取り出して、それを広げ机に置く。
その文字を見てアタシと愛奈は無意識の内に自分の腕を撫でていた。
『君の血は美しい』
『君と一つになりたい』
確かにこれは隠して正解だ。
こんなの王子が見た日には、男性恐怖症の王子は精神が壊れてしまう。
「…誰がこんな手紙をよこしてるか知らないけど。美鈴ちゃんをこんな風な目で見るなんて…」
ぎりっ。
拳が握られている。下手すると爪が刺さって血が出そうだ。
アタシはそんな馬鹿の頭を小突き、手紙に意識を戻す。
「優、これ来たのいつ?」
「一昨日ね。円ちゃんが部屋に帰った後に寮監から渡されたわ」
一昨日、か。なら時間に共通性はない。
王子がやってる仕事の書類と一緒に来てるのかと思ったけど、それもどうやら違うようだし。
「この匂いがヒントだとは思うんだけど…」
「そう思って私も色々調べてみたんだけど、そもそも未成年で煙草を吸ってる人がいる訳ないし、男性用の香水を使う生徒はまずいないでしょう?」
「確かに。なら教師は?」
「…最初の手紙が来た時、私は武蔵先生宛てだと誤魔化して、先生もそれに乗ってくれたから良かったけど。実際教師にヘビースモーカーはいないし、男性用の香水を好んで使う人はいないの」
「だとしたら、やっぱり外からって事か?」
アタシの言葉に二人が頷く。
「完全にストーカーの線が濃くなったわね」
「……念の為に、美鈴ちゃんのお兄さんに伝えておいたけど。今すぐには動けないと思うわ」
「なんでだ?妹の一大事じゃんか?」
「……一大事だから、よ。あの人達は本気になると、ちょっと厄介で…。下手すると、この学校潰れるわ」
……絶句。
王子がブラコンだって言うのは愛奈から聞いていた。王子の兄弟達も妹が可愛くて仕方ないって目に入れても絶対痛いとは思わない、むしろ入ってこいってレベルのシスコンだってのも優から聞いている。
とは言え、多少誇張表現入ってるんだろうなって思っていたんだけど、まさかそこまでとは…。
「……そうね。貴方達二人が美鈴ちゃんを害する事は絶対なさそうだから良い機会だし教えておくわ」
これ以上どんな事実を教えられると?
そうは思ったけれどアタシと愛奈は顔を向き合わせ、真剣に頷き合う。王子の事なら向き合う覚悟がある。
「二人共、手を貸して」
優が両手を差し出してきた。アタシは右手に、愛奈は左手に手を重ねる。すると優はその手を自分の胸へとあてた。
……平ら?
女なら微かにでもある筈の膨らみがない。
いや、でも、まだアタシら中一だし…。
そっと優を窺い見ると、こくりと頷いた。
「……ホントなの?」
愛奈が敢えて男と言う言葉を避けて、優に問いかけると優はもう一度しっかりと頷いた。
さっきの話の流れから、この秘密。
「…まさか、優をこの学校に入れたのって、王子の兄さん達が関係してる?」
「当たり」
マジか。
この学校の理事長は絶対に意見を曲げたりしないで有名なのに。それすらも曲げてしまう程の権力を持ったシスコン。
「内緒にしてね。美鈴ちゃんの為にも」
「…言わない。と言うより、下手するとアタシより女らしいからきっと言っても信じて貰えない」
「あぁ、うん。確かに。従者の女子力高すぎるし」
「…それはそれであんまり嬉しくないのよ…?」
肩を落としてる優を一先ず無視して、ストーカーの話に思考を戻す。
「にしても、この手紙何処から来てるの?」
「そもそもこの学校って男からの手紙は全部焼却処分される決まりになっている。なのに何でそれをすり抜けて届いてるんだろう?」
「ストーカーが侵入して、手紙を書いている可能性はどう?」
「なくはないけど。でも、いつ?」
「私みたいな可能性はないかしら?」
「優みたいなのは特別だろ。理事長の許可がなきゃ叩き出されるし、夜に学校に近寄ろうものならレーザーで焼かれるよ」
「そうよねぇ…」
アタシ達は便箋をマジマジと眺める。
こんな便箋も封筒も売店で見た事ない。って事はやっぱり外で買ってるって事で。
「とりあえず、武蔵先生に協力して貰いながら、王子に見せない方向で、様子を見よう」
愛奈の言葉に頷く。
「さて。それはそれとして。次はこっちの件ね」
ストーカーの手紙は優がしっかりと鞄に仕舞い込み、机に上がるのは愛奈が取り出した生徒会の書類だった。
「他校からうちの学校への練習試合の申し込み…と称した、王子への謁見嘆願書」
謁見嘆願書って…。
まぁ、間違いじゃないんだろうけど。
「基本的にうちの学校って練習試合禁止じゃなかったっけ?」
「別に禁止ではないよ。ただ外に練習試合しに行くのがダメなだけ」
「あと、男がいる部活はうちの学校に立ち入り禁止」
「実質上出来ないと一緒じゃないっ!」
まぁ、真っ当な突っ込みだ。
でも校則でそうなってるんだから仕方ない。徹底的に男は排除されるのである。
「だから今まで練習試合の申し込みって無かったんだよね。うちの学校って公式な試合ですら出れないし。なのに、王子の噂が広まって近隣の中学の女子部からの申し込みが殺到してる」
「男達もあわよくば女の園を見てみたいって事なんだろうね」
「……ここに来たら確実に夢崩れるのに…」
優、それはどういう意味だ。と口に出して言えないあたりアタシ達はちゃんと己を知っている。
この学校で女子力が高い、女の中の女って言えるの、王子を入れて換算しても数人しかいないのでは…?
「とにかくきちんとした練習試合を申し込んできているのと、不純な動機の申し込みを選別して、返答を書かないと」
「了解。じゃあ、早速やろうか。優、悪いんだけど、お茶」
「はいはい。分かりましたよ。お姫様達」
男だと分かってしまえば、遠慮もしない。アタシ達の優への扱いは自ずと雑になる。
書類に向かいあって、返答の文章をパソコンに打ち込んでいると、バタバタと足音がして、ドアが開いた。
「化け物いやーっ!!」
……意味が分からない。
だけど、王子が全力で逃げて来たのは解る。
そっと優が王子の後ろに周り、中へ入る様に促してドアを閉めた。流石従者。
「で?どうしたの?王子」
「お、男がいたっ!セーラー服着て、凄い厚化粧のっ!」
「侵入者って事?大丈夫だったの?」
アタシ達は慌てて王子に駆け寄る。すると、一番近くにいた優が王子の手をとった。
そっと王子のカーディガンの袖が捲られる。
「ほっそっ!!」
ついアタシが言ってしまう程には細い。
…いや、違う違う。問題はそこじゃない。王子の手首に掴まれた指の痕が残っている。きつめに握られたようだ。
「……ちょっと、美鈴ちゃん。これ、誰がやったの?」
「さっき呼び出してきた化け物っ。こ、怖かったよぉ~…」
どうやら本当に怖かったようだ。
ガタガタと体が震えている。アタシは咄嗟に王子の体を抱きしめる。
青白くなった王子の顔を見て、アタシは心から納得した。
(こんなに恐怖する何て…。王子が学校で噂になってる『男に媚を売ってる女』だなんて絶対にあり得ない。ほんっとあの女共は何を見てそう言ってんだか)
それに、こんな王子があのストーカーの手紙を見たらどうなるかなんて、詳しく言われなくてもあっさり想像がついてしまう。
―――守らなきゃ。
アタシはぐっと決意する。
王子は、この見た目の所為で誰からも相手にされず、好きな男に告白も出来ない駄目なアタシと友達になってくれた。
大事な大事な友達なんだ。愛奈や優がいるこんな安らげる場所をくれた恩人なんだ。ありのままを受け入れてくれた唯一無二なんだ。
「ま、まどか…ぐるじぃ…」
バシバシと背中を叩かれてハッと我に帰る。
全力で抱き締めていた事に気づいて、アタシは力を緩めた。
「ごめん。大丈夫?」
「平気。それに円が抱きしめてくれたから少し落ち着いた」
にっこりと微笑むその姿はまるで別人で。そのすぐ後にドアがノックされた。そこへ顔を出したのは生徒会顧問の武蔵先生で。
「あら?まだいたの?もうそろそろ帰りなさいね。暗くなる前に」
「はい。じゃあ帰ろうか」
武蔵先生に向かって何時もの王子様な姿で微笑み返す。
凄い切替。ふと横を見ると、優もきちんと女の態で言葉を返している。
二人が武蔵先生を見送り、武蔵先生が帰ったのを確認してから、私達も帰る事にした。
生徒玄関へ行って靴を履き替え、仲良く談笑しながら歩いていると、
「ねぇ、愛奈に円。今日私達の晩御飯に招待される気ないかな?」
と晩御飯のお誘いが来た。
アタシと愛奈は二つ返事で頷く。
「やった!なら、晩御飯の材料を買って帰らないとね。っと、優ちゃん。悪いんだけど部屋の片づけ頼めるかな。愛奈も優ちゃん手伝ってあげて」
二人は了承し、一足先に寮へと帰っていった。
残されたアタシと王子は売店へ入る。
「円、料理は得意?」
「んー…大雑把な物しか出来ないね。丸焼きとか炒め物とか」
「成程。裁縫は?」
「嫌いじゃない。むしろ好きなんだけど、その…誰かに見られると嫌だから基本的に外ではやらない」
「そっか。じゃあ、ご飯食べたら一緒にやろうか。ぬいぐるみ作っても良いし、クッションとか、あぁ、髪につけるシュシュを作っても良いね」
「えっ!?いや、でもっ!」
手芸用品のコーナーへ歩きだす王子にアタシは慌てる。
でも王子はそんなアタシの手を取り、しっかりと繋ぐと問答無用で歩き出す。
「誰になんて言われても大丈夫だよ。手芸だって自分に似合わない、じゃなくて似合う物を作ってそれが普通だと周りに思わせたらいい」
「周りに思わせる…?」
「そう。円。君は他の人が出来ない事が出来る事を誇っていい。周りに合わせて自分を変えるな。自分に合わせるように周りを変えさせろ」
「周りを変えさせる…」
「大丈夫。円には手芸も料理も、女の子がする事、全部似合うよ」
―――チュッ。
「―――ッ!?」
繋いだ手の甲にキスが落とされる。
驚く。けどそれ以上に、王子の笑顔が破壊的で恥ずかしい。
ぱくぱくと閉じる事が出来ない口から洩れる声は、あ、とか、う、とかで言葉にならない。
そんなアタシの手を引いて、王子はこの布はどう?とかこっちが円に似合うとか話を進めている。
「……アンタ、恐ろしいわ」
ぼそりと赤くなってるであろう顔を片手で覆いながら呟くと、
「これね。私が家で毎日受けてた洗礼」
そう小さく返された。
…要するに王子の兄達が毎日今アタシにした同じ事を王子にしてたって事か?
だとしたら少し王子に同情する。
王子はアタシの顔を見てクスクスと微笑む。その笑顔につられてアタシも微笑み、それから二人で布と晩御飯の材料を買って寮へと帰った。
一旦王子と別れ部屋に戻る。
制服を脱いで私服に着替えていると、ルームメイトの一之瀬夢子が話かけてきた。
「向井さん、ドコ行くのー?」
「アンタに関係ないだろ」
正直アタシはこの子が苦手だ。常にきんきんと高い声を出して女子特有の徒党を組んで。自分の言う事は全て正しいと思ってる。女子にありがちな物を全て持ってる奴。
「ねぇ、向井さーん」
こんなに突き放した態度を取ってるのにまだ話しかけてくるか。
「……王子って、今どう?」
どういう意味だ?
意図が読めず、アタシは目の前の女を睨み付ける。けれど、その女は気にした様子もなく、ニコニコと笑っていて……気持ち悪い。
「それをアンタに言う必要があるの?」
「えー。だってぇ、気になるじゃーん?」
「……だったら本人に聞きな」
影でこそこそと。女子のそう言う所が吐き気がするほど嫌いだ。
アタシはさっさと部屋を出て、王子達の部屋へと向かった。
チャイムを鳴らすと、直ぐに王子が出迎えてくれる。
「……?どうしたの?」
「何が?」
「眉間に皺」
つんつんと突かれて、しかもそこにキスされて漸く自分が不機嫌丸出しの顔をしていた事に気づく。
気付いたんだけど…。
「何もキスしなくてもいいだろ」
「やだ。だって、円可愛いんだもん」
部屋に入った途端に、王子の女子力は急激に上がる。
王子の仮面を被っていない時の王子は半端なく可愛い。が、それ以上に人タラシ度がアップする。始末に負えない。
「美鈴ちゃん。自重っ」
「うぅー…分かったよー…」
しょんぼりしながら前を歩く王子の後ろを苦笑しながらついていく。
リビングには既に愛奈がおり、愛奈用に作られたという葡萄型のクッションを抱えて何か本を読んでいる。
…可愛いな、あのクッション。
「あ、そうだっ。はい、円っ」
「え?」
ポンッと手に何かを置かれた。クッションみたいだけど、この形は…レモン?
「これが円専用のクッションね」
「あ、ありがとう…」
凄く触り心地がいい。しかも両手で抱えなきゃいけない位大きい。確かに本を読んだりするのにちょうど良さそうだ。
「円は裁縫も出来るだろうから、これも好きにカスタマイズしちゃっていいよ?愛奈にもそう言ったんだけど、このままでいいって言われちゃって」
むぅっと不貞腐れるが、アタシはどちらかと言えば愛奈の気持ちの方が分かる。
折角王子が作ってくれたのに手を入れたくはない。
「円もそのまま使うんでしょ?」
愛奈が本を読みながら言う。
「そうだね。このまま使うよ」
素直に同意して頷く。その時愛奈と視線が合い、アタシ達は笑い合った。
「む…優ちゃん。何か二人が私を置いて仲良しなんだけどっ!」
「そうだね。良かったね」
「…優ちゃんまで私に冷たい…。いいもん。私は料理するもん。それから鴇お兄ちゃんに優ちゃんが冷たいって報告するもん」
「えっ!?ちょっ、美鈴ちゃんっ、ストップっ!」
あーあ、完全に拗ねた。今のは優が悪いな。っと、アタシ達も悪いのか。優が必死にこっちに助けを求めてる。仕方ないな。
「王子。今日は何を作るんだい?」
「え?あー、今日は焼きサンマとー、栗ご飯とー、味噌汁、かな?」
「なら、アタシがサンマの下処理するよ」
「ありがとー」
袖を捲り、王子の横に立つ。王子は栗の下処理を始めている。相変わらず凄い手際の良さだ。
「ちょっと、従者。化粧崩れてるわよ」
「えっ!?」
「直してあげるからこっち来なさい」
「あ、ありがとう、愛ちゃん」
「メイク料は王子のデザートでいいわよ」
「メイク料とるのっ!?しかも私の大好物っ!?」
……二人は二人で盛り上がってるようで何より。
あっちは放っておくとして、アタシは料理に集中する。
「それで?」
「ん?」
「円は何にイラついてたの?」
「あー…同室の奴にちょっと、ね」
「同室ってゆーと…一之瀬さん?」
「そ。アタシ、あーゆーバカ女苦手なんだ」
「バカ女、かぁ…」
何か思う所があるのか、王子は黙ってしまう。会話していると手が止まってしまうアタシと違って王子の手はスムーズに動いている。
「あの子、本当に馬鹿女かな?」
「どういう意味?」
「…あの手の女の子は、多分全て計算ずくだと思うの」
「計算…」
「そう。円みたいな直球勝負な女の子相手にキャラを作る意味がある?本来、徒党を組むような女の子ってのは嫌いな相手には近寄らないし、無視が定番でしょう?なのに、キャラを作って円に接触している」
「アタシに話しかけるのには何か理由があるって?」
「断定は出来ないけど可能性はあるよ。良くも悪くも、ね。それに、あの子は…」
何か言い淀む王子。その先は黙りこんでしまったからよく解らないけど。
良くも悪くも、か。王子の言葉が脳内を回る。
あの女は王子の事を聞いてきた。ただのミーハーな気持ちで聞いてきたのならまだ放置出来るが、もし、王子に何かをしようとしているとしたら…。
…少し、あいつの事を探る必要があるかもしれない。
「……円。無理しちゃ駄目だよ」
ビクッ。
アタシの考えてる事は解ってると言うかのように忠告してくる王子に私は驚き肩を震わせる。
けれど、それは直ぐに収まった。
王子が優しく微笑んでくれていたから。
「…全く。頼むから人の考え、先読まないでくれる?」
釣られてこちらも知らずに笑みを浮かべてしまう。
「ふふっ。ごめんね。癖なの」
「ははっ、嫌な癖だね」
和やかな空気に戻る。
…この空間を、守りたい。
王子は、ああ言ってくれたけど、アタシは、一之瀬の事を調べようと決意した。
テンプレライバルキャラの道を駆け抜けるっ!




