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第四話 白鳥葵

やばいです。昨日男性に触れた所為で部屋に一人でいるのも怖くて、怖くて、縋る様に棗お兄ちゃんの部屋に突撃したのですが。

やっぱり棗お兄ちゃんの安心感半端ないです。棗お兄ちゃんに抱き着いて寝ると全然怖くなくて、すっかり熟睡してしまいました。

昔の癖で六時には目を覚ましちゃうけどね。隣で私を抱きしめて眠る棗お兄ちゃんの頬をそっと撫でる。

昨日、棗お兄ちゃんは変な事を言っていた。

自分は頼りないとかなんとか…。

そう言えば、乙女ゲーム内の棗お兄ちゃんも家族に劣等感を感じてたっけ?

まぁ、あんな完璧な家族に囲まれたら嫌でもそうなるよねー。

でも、棗お兄ちゃんも分かってないよなぁ。家の中ではそうかもしれないけど、普通に考えてこんな小学生滅多にいないからね?

顔良くてスタイル良くて頭も良くて。こんな才色兼備、そういないから。いてたまるか。

…家の中ではいまくるけどね。

「家族にはきっと役割があるんだよ。棗お兄ちゃんには棗お兄ちゃんの役割がある。それは家族の誰にも出来ない事。だから、誰かと同じになる必要はないの」

「……うん」

ぱちりとその目が開かれ、棗お兄ちゃんの穏やかな緑の瞳が私を見つめた。

流石にびっくり。寝てると思ったのに、いつ起きたんだろう。

「ありがとう、美鈴」

「う、うん」

聞かれてたのは凄く恥ずかしい上に、幼稚園児では考え付かない内容だからちょっと焦る。

そんな私を面白そうに見詰めながら、頭を撫でてくれる。

「さ、てと。棗お兄ちゃん私そろそろ起きるね。ご飯の準備しなきゃっ」

「え?早くない?」

「早くないよ?寝心地が良過ぎていつもより寝過ぎちゃったくらいだよ」

そうなのだ。六時前には目を覚ましていたのに、今は六時半。華として生きてきた頃から私は眠りが浅いんだよね。ほら、いつ危険があるから解らないから。

「そうなの?」

「うん。棗お兄ちゃん効果凄い」

体を起こして、棗お兄ちゃんに向かって微笑むと、棗お兄ちゃんは嬉しそうに笑った。

「そっか」

「うん。あ、棗お兄ちゃんはまだ寝ててもいいよ?私がいて寝辛かったでしょ?」

「ううん。全然。ぐっすり眠れたよ。もし美鈴が嫌じゃなかったら今日も来て良いんだよ?」

「ホントにっ!?」

つい食いついてしまった。あんなにぐっすり眠れたのは久しぶりで、あの安眠は捨てがたくて。ぐっと棗お兄ちゃんに迫ると、

「勿論。ただ体が冷えたら駄目だから、今日はお風呂入ったら直ぐに僕の部屋においでね?」

「分かったっ。ありがとう、棗お兄ちゃんっ!大好きっ!」

「うん。僕も大好きっ」

ぎゅーっと抱き着くと棗お兄ちゃんも笑いながら応えてくれた。

やったーっ!今日の安眠もゲットーっ!!

棗お兄ちゃん、ほんと大好きーっ!!

って、いけないいけない。本当に起きなきゃ。朝ご飯の準備と、掃除と、洗濯が待っている。

「棗お兄ちゃん、私部屋に戻って着替えてご飯の準備するねっ」

「うん。僕も手伝うよ」

「ありがとうっ。じゃ先行くねーっ」

ベッドから降りて…枕は、いいや。今日もまた一緒に眠ってくれるって棗お兄ちゃんも言ってたしっ。置いて行こっ。

私は部屋のドアに手をかけて、ふと思い出す。

くるっと顔だけ振り返ると、ハテナマークを浮かべながら棗お兄ちゃんが首を傾げた。

「言い忘れてたの。おはよう、棗お兄ちゃんっ」

「あぁ、そっか。うん。おはよう、美鈴」

私達は笑い合う。

そして、今度こそ私は部屋を出た。

自室に戻り、猛ダッシュで着替えて、洗面所へ向かい顔を洗って、天然パーマの所為で絡まりに絡まる波打った髪にブラシを通して、何とか見れる形に…ダメだ。寝癖が全然取れない。もういいや。

跳ねた髪にヘアピンをぶっ刺して無理矢理押さえつけると、私はキッチンへ走った。

準備をしている最中に、棗お兄ちゃんがキッチンに入って来て手伝ってくれた。

因みに今日はお弁当もあるので、少しスピードアップです。

お弁当のおかずは昨日の内にある程度下拵えしてあるので、そんなに焦る必要はないんだけどね。

お弁当箱は三つ。

昨日宣言した通り、誠パパと鴇お兄ちゃんと鴇お兄ちゃんの友達の分。

今日のお弁当はご飯だから、朝食も和食ですよー。

焼き魚に芋の煮物にお味噌汁。あと浅漬け。むっ。色合いが足りないかな。フルーツヨーグルトも作ろう。

飲み物は日本茶かなー。そろそろ暑くなる時期だから、麦茶とか作り置きしておこうかなー。

「美鈴?ご飯炊けたよ?」

色々考え込んでいたら、後ろから茶碗を持って棗お兄ちゃんが私の顔を覗き込んできた。

「ホント?じゃあ、おにぎり握ろうっと」

いそいそとボウルを持って、炊き立てのジャーの蓋を開ける。湯気が上がり美味しそうな匂いにほくほくと頬が緩む。

ボウルにご飯をよそって蓋を閉め、シンクへと置いてふりかけを取り出して混ぜる。

今日はふりかけお握り~。何個あればいいかな?三つ?四つ?流石に五つは多いよね?取りあえず三つかな。

三つとも味は違うくしよう。鮭フレークもありだよね~。

手際よく握っていると、テーブルに出来上がった料理を置いて戻ってきた棗お兄ちゃんが私の手の中を見詰めていた。

あっ、もしかしてお腹空いたのかな?

それはそうだよね。何時もより早く起きてこう動いてたら、健康な男子はお腹空くよね。

でも、皆が起きてくるにはもう少し時間がかかるだろうし…ふふっ。いいこと思いついちゃった。

私はお弁当に詰めるはずの唐揚げを一個取り出し、それを中身にちょっと小さめな塩お握りを握る。それに海苔を巻きつけると、棗お兄ちゃんに差し出した。

「いいの?」

「うんっ。でも、皆には内緒だよ?」

鴇お兄ちゃんの友達に行く筈の唐揚げが一つ減るけど、バレないでしょう。うんうん。

例えバレても何の問題もないんだけどね。

笑いながら言うと、棗お兄ちゃんはとても嬉しそうにお握りを受け取り、早速食べ始めた。

それを横目で確かめながら、お弁当箱におかずを詰めて行く。どうしようかな。お握りはアルミホイルに包むからいいとして、サラダは別の入れ物に入れようかな。となるとー。

二人でパタパタと動いてると、リビングのドアが開く音がした。

そこを見ると、ママが盛大な隈を作ってふらふらと入ってくる。

…これはどうとるべきか。昨日は誠パパもいたからそういう意味で取るべきか、それともただ徹夜で仕事をしていたか。

「…ママ、おはよう。大丈夫?」

「おはよう。美鈴、棗君。…大丈夫じゃない、かも。果てしなく下半身が痛いの」

あ、これ、前者だわ。

「もう少し寝てたら良かったのに」

「…流石にこれ以上は遠慮したいわ。激し過ぎる」

…完徹で致してた訳ね?ママ、お疲れ。あと誠パパ、元気ね。ママが逃げるほどってどんだけよ。

「美鈴」

喉乾いたな~…水でも飲もうっと。

「なぁに?」

コップに並々と注いだ水を飲みながらママに返事をする。

「貴女に弟妹が出来る日も近いわ、きっと」


ブーッ!!


盛大に水を噴き出した。

「み、美鈴っ!?大丈夫っ!?」

慌てて私の背を擦ってくれる棗お兄ちゃんの優しさが嬉しい。

けど、こっちは気管に水が入って盛大に噎せて、しんど過ぎてそれ所じゃない。

ってか、ママ。朝っぱらから小さい子の前で何を言ってくれちゃってる訳っ!?

あぁ、もうっ!教育に悪過ぎるでしょうっ!!

私はまだしも棗お兄ちゃんもいるのにっ!!

そっと棗お兄ちゃんを窺い見ると、その視線は静かに逸らされた。

あ、意味わかってるわ。棗お兄ちゃん。流石だわ。けど今だけは解らないで欲しかった。

もう引きつった笑みしか浮かばない。どうしてくれるの、ママ。この空気。

「…ママ。皆を見送ったらさっさと寝て。あと、自分の発言を一言一句思い出して反省して」

はっきりきっぱり言いやって私はママをソファに横になる様に行って、食事の準備の続きをすることにした。

ママの爆弾発言のあと、鴇お兄ちゃん、葵お兄ちゃん、誠パパの順にリビングへ入ってきた。

誠パパがやたら生き生きして肌が艶々してたのはあえて触れずにおく。

お弁当もちゃんと完成させて、皆で食卓を囲む。

そう言えば、鴇お兄ちゃんの制服をこうしてまじまじと見るのは初めてかも。

黒いシャツに白のジャケットに藤色のラインが入っている。そして同じ藤色のネクタイ。スラックスも黒だ。ジャケットの襟元をみるとエイト学園の校章バッジがついている。

うぅ~ん。着る人を選ぶデザインだよね、この制服。エイト学園は美形しかいないといっても過言じゃないからいいっちゃいいのかもだけどね。

ゲームの制服と全く一緒。…当然か。

ぐったりしているママを労り、艶々してる誠パパを責めるように食事を済ませ、皆が一時的に解散する。因みにママは私の部屋のベッドに押し込んだ。

だって、そう言う行為をしたのなら、シーツ洗わないと、でしょう?

誠パパの事だから捨ててそうだけどね。それは許さない。無駄ダメ絶対。

食べ終わった食器を洗っていると、お兄ちゃん達と誠パパがもう一度リビングへ集まった。

「はい、誠パパっ。お弁当っ」

最初だしどれだけ作ればいいか解らないから多めに作ったんだけど、そうしたらちょっと持ち辛くなっちゃったからバッグに入れて渡す事にした。ちゃんと保温タイプのお弁当鞄だよ?

誠パパは嬉しそうにそれを受け取って、一足先に仕事へと向かった。

それを見送ってリビングに戻って、今度は鴇お兄ちゃんに。

「はいっ、鴇お兄ちゃんっ、お弁当っ」

「ん。ありがとな」

「多めに作っちゃったから、食べ切れなかったら残してね」

そう言って、バッグを二つ渡す。

「大丈夫だ。二つともちゃんと食うから安心しろ」

「え?いやいや。もう一つはあの人にあげてよ?食べちゃダメだよ?」

ニッコリ微笑む。あれー?通じてない?本当にあげてよ?食べちゃダメだよ?鴇お兄ちゃん。その笑顔が嘘くさいよ?

登校しようと歩き始めた三人を見送ろうと後ろから追いかける。

玄関へ到着し、鴇お兄ちゃんが靴を履いて外に出ようと玄関のドアを開けると、

「よっ!おはようっ!鴇っ!」

鴇お兄ちゃんの背に隠れて見えないけど、誰かがそこに立っていた。

「……なんでお前がここにいる」

声が一気に低くなった。鴇お兄ちゃん、こわっ。背中にブリザードが見える。

「いやー、昨日の事、ちゃんと妹ちゃんに謝ろうと思ってさー」

「いらん。帰れ。消えろ」

あ、そうか。この声、昨日の人だっ。

取りあえず近寄ったらまた叫んじゃうから、急いで棗お兄ちゃんの後ろに隠れる。

すると、立ち塞がる鴇お兄ちゃんを寄せてその人が顔を覗かせた。

…ん?あの顔どっかで見た事があるような…?昨日見たのは確かにそうなんだけど、それ以上に既視感が…あれ?

「…ったく。おい、透馬」

「ちょ、鴇さん?何か鳩尾に拳がぐりぐりいってるんですが…がはっ」

「…ちっ。おい、これ、美鈴からだ。昨日迷惑かけたからって」

「えっ!?」

透馬と呼ばれたその人は渡された弁当入りバッグと私の顔を驚きながら交互に見た。

うぅ…やっぱ怖い。

棗お兄ちゃんの後ろに隠れてこっそりそっちを窺うと、その人は嬉しそうに優しく微笑んだ。

「…なぁ、鴇。物は相談なんだが」

「断る」

「俺の所の妹と交換しようぜ」

「断固として断る」

「あり得ない」

「消えてください」

え?なに?その連携プレイ。

白鳥兄弟から言葉の矢が一斉に飛んでったけど?

皆の背中しか見えないから、どんな顔をしてるか解らないんだよね。

「だってその美少女すっげぇ可愛いじゃんかっ!」

「俺の妹だからな」

「顔赤くして隠れてるとか堪らないしっ!」

「見ないで下さい。汚れる」

「こう、わしわし撫でてやりたくなるっつーのっ?」

「消えてください」

「おい、鴇。お前の弟達滅茶苦茶怖いんだけど。どうゆう躾してる訳?」

「失礼な事言うな。可愛い弟だろ」

「どこがだよ。俺を射殺さんとしてるじゃないかっ!」

「そうだな。大人しく殺されとけ」

「酷ぇよっ!!」

「酷くない」

「うん、酷くない」

「消えてください」

なにこれ?漫才?

棗お兄ちゃんが消えろしか言ってないのが私気になって仕方ないんだけど…。

って言うか、皆ー?

「皆、遅刻しちゃうよー?」

「えっ!?わっ!!大変っ!!」

私の言葉に逸早く反応したのは葵お兄ちゃんだった。葵お兄ちゃんに急かされるように皆も外へ出て行く。

「行ってらっしゃーいっ」

一緒に外に出て、皆が坂を駆け下りて行く姿を見送って、私は今日の家事に勤しむのであった。


一通り家の中の掃除も終わり、家事も一段落し、私は非常に満足。昼食も食べたし、双子のお兄ちゃん達が帰ってくるまでに時間もあるし、私は勉強をする事にした。

ママが学生時代に使っていた問題集や参考書を持ってリビングへ行く。

自室でもいいんだけど。私の自室はママが惰眠の為に占拠しているから起こすのもあれだし。って理由から今はリビングにいる。

コップに作り置きしたアイスティーを並々と入れて、早速問題集を開き取りかかる。

今日は数学。あー、答えがはっきりしてる問題っていいなー。サラサラと広告の裏を使って解いていく。

たまに参考書の難問の所をママが解いた方式が書かれているが、合ってる確率は半分。相変わらずママは数字が苦手らしい。文才はあるのにねー。

懐かしいなー。この問題。大学の時必死に勉強して、でも全然意味が理解出来なくてさー。ある日、コノヤローと思ってガシガシとその問題に向かってたら、スコンッと解ける様になって逆にいらっとした記憶があるわ。

ふんふ~ん♪

鼻歌を歌いながら問題を解くのに集中しているとあっという間に時間が経過して。

「あ、いけないっ。そろそろおやつ作らなきゃっ。今日は何にしようかな~♪」

うきうきしながらキッチンへ向かう。冷蔵庫のドアを開けて中身を確認する。牛乳、卵、生クリーム~。うんっ、今日のおやつはプリンに決定っ!

早速ボウルと泡だて器を用意して、いそいそと作り始める。

皆に食べて貰えると思うと作り甲斐あるよねー。

前世はお母さん以外いなかったし、彼氏とかいたことないし。

だけど今世は食べてくれる人一杯いるし、美味しいって言って貰えると嬉しいし。頬が綻ぶ。

出来上がったプリン液を容器にお玉で移して…あれ?六個の計算で作ったのに七個になっちゃった。…まぁ、いっか。私が食べればいいだけの話だし。

冷蔵庫の中にしまい、使った用具を洗って、ついでだから夕食の下拵えをしようかな、ともう一度冷蔵庫を開けた。

今日の晩御飯は何がいいかなー?男の人多いからやっぱり肉がいいよねー。生姜焼きとか?ハンバーグも捨てがたいよね。でもお肉ばっかりだと偏るし。あ、おろしハンバーグとかどうだろうっ。

大根もあるし、ひき肉もあるしっ!さっぱりとして美味しい肉料理~。冷蔵庫の中からハンバーグに必要な材料を出して、ボウルに入れて混ぜて捏ねて、ラップして冷蔵庫にしまう。

サラダはー…パスタサラダにしようかな。ご飯も炊いておかないと。あ、味噌汁はどうしよう?大根の葉っぱ使おうかな。となると、どっちにしても必要な大根を出してー…。冷蔵庫の野菜室から大根を取り出していると、

ガチャンッ、バタンッ、ドタドタドタドタッ!!

玄関のドアが開く音と何とも慌ただしい足音が聞こえ、

「美鈴っ!」

「美鈴ちゃんっ!」

リビングに双子のお兄ちゃんが駆け込んできた。

「えっ?葵お兄ちゃん?棗お兄ちゃん?どうしたの?」

キッチンからひょこっと顔を出すと、二人は大根を持っていた私に勢いよく抱き着いてきた。

「良かったっ。間に合ったっ」

「へ?」

「美鈴は絶対に守るからねっ」

「え?え?」

全然状況が掴めないんですけど。どゆこと?

取りあえず、二人共なんで今日はこんなに早いんですか?

まだ、学校が終わる時間じゃないよね?だって、まだ午後二時回ったばかり。

だから私はこうして大根を抱えてた訳で…あれー?

頭を捻っていると、また、

ガチャンッ、バタンッ。

と、玄関のドアが開く音が聞こえた。そして、

「だからっ、勉強しておけとあれほど言っただろうがっ」

「だってさー。今日抜き打ちテストあるって誰が思うよー」

「馬鹿か。抜き打ちテストを事前に連絡する訳ないだろ」

騒がしい何かが近寄ってくる。

リビングのドアが開けられると、鴇お兄ちゃんが顔を出した。

「鴇お兄ちゃん?お帰りー」

葵お兄ちゃんに抱き締められたまま、棗お兄ちゃんの背に庇われつつ、顔だけ出して出迎えると、鴇お兄ちゃんが私をみて苦笑した。

鴇お兄ちゃんの後ろに、鴇お兄ちゃんと同じ制服を着た…朝にあった例の紫髪の人と、もう一人、茶色の髪で短髪の…誰?

取りあえず、知らない男の人ってのは分かる。私は大根を放り投げ、葵お兄ちゃんにきつく抱き着いた。

「美鈴」

鴇お兄ちゃんが私の姿を見て、静かに歩み寄って、私の前で膝をついた。

「ごめんな。いきなり連れてきて。どっかの馬鹿が生徒会役員だってのに全くこれっぽっちも勉強をしていなかった所為で、俺達が特別補習をする事になってな」

「そうなの?」

「あぁ。だが今日はこの地区の学校の教師が講習を受けるとかで、どこも五限目で終了。学校から追い出されるんだ。図書館でやるにしても、こう五月蠅いと叩き出されるのは目に見えてるし」

「そっか。それで家に来たんだね」

鴇お兄ちゃんが大きく頷く。なるほど。納得。そして、この双子のお兄ちゃん達のバリケードも納得。

「何処で勉強するの?和室も掃除したから机を持ち込みさえすれば直ぐに使えるよ?それとも鴇お兄ちゃんの部屋にする?」

「…いや。悪いがここでやってもいいか?」

「うん?リビングで?いいよ。私も出て行くし」

って言うか出て行きたいんだけど。怖いしね。今だって葵お兄ちゃんに縋りついている状況だしねっ。

そう言うと鴇お兄ちゃんが顔を歪めた。

「そうしてくれって言いたいが、美鈴。お前はここにいてくれ」

「え?なんで?」

「俺としては非常に不本意なんだが。こいつらがお前がいた方がやる気が出るってしつこいからな」

…どゆこと?

普通幼稚園児が側にいたら邪魔でしょうがないでしょ?

わからん…。

まぁいいや。

「なら私はキッチンにいるよ。今日の晩御飯の下拵えあるし。お兄ちゃん達はテーブル使って?あ、そっか。ちょっと待ってね」

私は双子のお兄ちゃん達の手を逃れ、鴇お兄ちゃんの友達とも一定の距離を取りつつ、テーブルに広げてた教材を手早く片づけた。

これ見られたら色々面倒そうだしね。

広告は破って捨てちゃって、本はキッチンの汚れない所、棚の上にでも置いておく。

後は布巾でテーブルの上をさささっと拭いて、よし、オッケーっ。

「はいっ。オッケーだよ、鴇お兄ちゃんっ」

「あぁ。助かるよ、美鈴」

お礼とばかりに撫でてくれるその手が嬉しい。

にっこり笑って鴇お兄ちゃんの手を堪能していると、横から鴇お兄ちゃんの友達が現れて、私は一気に後退り棗お兄ちゃんに抱き着く。

「あぁぁ…逃げられたっ。折角美少女を撫でるチャンスだったのにっ」

「落ち着け。大地。地獄を見たくなければ我慢しろ」

そう言った紫髪の人はとても真剣でした。

えっと何があったか解らないけど、私はキッチンに逃げようかな?そう思っていたら、紫髪の男の人が、私から一歩離れた距離まで近づき、そこへ正座した。

え?何?なんなの?あんまり近寄られると困るんだけど。

数歩棗お兄ちゃんごと後ろに下がろうとすると、

「あ、ちょっと待って。これ」

紫髪の人が差し出したのは弁当箱。

「すげぇ美味かった。ごちそう様」

褒められたっ。嬉しくて自然と笑みが浮かぶ。すると、その人も微笑んでくれた。…ん?その顔にやっぱり見覚えがある。なんでだ?

「この前は怖がらせて本当にごめんな。そこまで男が怖いとは思わなかったんだ」

「い、いいえ。その…これは、私が悪い、事、だから…」

うん。あそこまで怯えられたら、困るよね。この人にしてみたらほんの冗談のつもりだったんだろうし。

それに、鴇お兄ちゃんの友達って事は、棗お兄ちゃんの事も知ってただろうし、もしかしたら私の事も知ってたのかもしれないし。

本当に申し訳ない…。

しょんぼり。棗お兄ちゃんから離れて、ちょっと距離を開けてそこに同じく正座する。

「いや。あれは俺が悪かったんだ」

「だな。美鈴は悪くない。悪いのは全てこいつだ」

「うん。僕もそう思うよ、鴇兄さん」

「うん。とりあえず、消えたらいいと思う」

「ぎゃははははっ!!透馬言われまくってんぞーっ!!」

「お前ら五月蠅ぇよっ!!」

びくっ!!

男の人の怒鳴り声。怖い。

体中で跳ね上がった所為か、その人は慌てて怖くない怖くないと目の前で手を振って見せた。

それから暫く何か考え込んだそぶりをすると、ぽんっと手と手を合わせた。

「自己紹介すっか。俺は天川透馬てんかわとうまだ。昨日会った商店街の肉屋の息子。よろしくな」

天川透馬。どこかで聞いた気がする。天川、てんかわ…てん…。

ああああああああああっ!?!?

天川透馬っ!!攻略対象の一人じゃんかっ!!

道理で見た事があると思ったんだっ!!

そうだそうだっ!!


天川透馬てんかわとうま 白鳥鴇の学生時代の仲間。後にシルバーアクセ専門のデザイナーになる。主人公がアルバイトコマンドで雑貨屋を選ぶと店長とアルバイトとして出会う。必要パラメータは当然、芸術、雑学をMAX。あと以外にこの人は頭がいいので文系と理系もMAXにしなければならない。やっぱりほら、大人が子供に手を出すにはそれなりの、ねっ!?


目を見開いてまじまじと目の前の紫髪を見ていると、ウィンクを返された。

そこで我に返る。相手の方だけに挨拶させる訳にはいかないよね。

「白鳥美鈴です。よろしくお願いします。天川、のお兄さん?」

ちょっとこれってどう呼べばいいの?

お兄ちゃん達は家族だからいいとして、他人だし、でもさんってつけて呼ぶ年齢でもないよね、私。

あまりに解らな過ぎて、首を傾げちゃうぞ。

すると、

「名前で呼んでくれていいんだぞ?もっと気楽に」

ニッカリ笑っている。気楽ねぇ、気楽…。

「気楽…じゃあ、透馬お兄ちゃん?」

「それでっ」

「おい。図々し過ぎるぞ、透馬」

「全くです」

「消えてください」

お兄ちゃん達の容赦ない言葉の刃が透馬お兄ちゃんに飛んでいく。

でも透馬お兄ちゃんは全然堪えていないようだ。

「あー。いいなー。ねぇねぇ、美鈴ちゃん。オレの名前は丑而摩大地うしじまだいちっつーの。八百屋の息子で大地お兄ちゃんと呼んでくれっ!」

はい、来たっ!

鴇お兄ちゃんの仲間その二!

さっき透馬お兄ちゃんの事を思い出した時もしかしたらって思ってたけど、こりゃ確定だねっ!


丑而摩大地うしじまだいち 白鳥鴇の学生時代の仲間。後に体育教師となる。主人公とは学校で出会い、運動部の部活に入ると会う事が出来る。必要パラメータは運動、雑学をMAX。ただの脳筋。


あれ?確か鴇お兄ちゃんの仲間って三人いなかったっけ?

むむ?思い出せない。

…思い出せないけど一つ分かった。これってさ?ちゃんと相手を意識しないと脳内記憶フィルターが外されないって事みたい。

もう。神様のいじめが酷過ぎる。教えてくれてもいいじゃん、別に。

「美鈴ちゃん?」

あ、っと。いけないいけない。また脳内に没頭してしまった。

「え、えっと。じゃあ、大地お兄ちゃん?」

「…キタ、コレ。なにこれ。やべぇ。可愛いっ」

透馬お兄ちゃんを乗り越える勢いで近寄ってくる。

急いで逃げたね。棗お兄ちゃん道連れにキッチンの奥まで逃げた。

「べ、勉強、しに来たんじゃないのぉっ」

涙目になりながら、私が必死に棗お兄ちゃんに抱き着いていると、葵お兄ちゃんが間に入り、鴇お兄ちゃんが二人の頭に拳骨を落とした。

「全くだ。美鈴。こいつらの事は記憶から消しておけ」

「ちょっ、いいだろっ、呼び名くらいっ」

「ダメだ。勿体ない」

「ええー。いいだろー。ご褒美は大事だぞー」

「だよなぁ。大地」

「なー。透馬」

キッチンの向うで何かが起こっている。

でも、流石に怖くて棗お兄ちゃんの腕から出ることが出来ない。

「……そうですね。鴇兄さん。こうしてはいかがでしょう」

「葵?」

「鴇兄さんは常に学年トップの成績を維持していますよね?」

「まぁ、そうだな」

「だったら一位は無理として、この二人が期末テストで学年二位と三位になれたら、お兄ちゃん呼びを許すと言うのは」

なんじゃそりゃ?

そんなの、無理に決まってるよ、葵お兄ちゃん。

ってか、たかがお兄ちゃん呼びがご褒美になる訳が。


『のったっ!!』


…あったみたいです。

あれ?私の価値観おかしいのかな?

二人は早速机に向かって勉強を始めた。

鴇お兄ちゃんと葵お兄ちゃんが二人で溜息をついていた。

「棗。僕達もここで勉強しよう」

「うん。キッチンカウンター使おう」

「え?そんなのあったの?」

知らないよっ!?

素直に驚くと、二人は楽し気に笑って、キッチンを出る。その後ろをついて行く。棗お兄ちゃんがポチッとボタンを押す。するとキッチンとリビングを隔てていた壁が折り畳まれ、それはカウンター席の机へと変化した。

「わーお」

素直に驚く。こりゃ気付かんわ。大体なんでそんなとこにスイッチが?

壁が取っ払われ、キッチンとリビングを繋ぐ窓のような吹き抜けが出来て、洗い場を使うとカウンターに座っている人と会話も可能。

おっしゃれー。でもこれがあると料理とか楽だなー。今度からこの形維持してくれないかなー。

…って待てよ?もしかして、ママこれ知ってたんじゃない?ただ、惣菜を皿に移すのにばれない様にするために使わなかったんだっ。ママ、後でちょっとお話だね…ふっふっふ。

「鴇兄さん、椅子、借りるね」

「あぁ。持っていけ」

いそいそと二人が椅子を運ぶ。椅子に座り勉強を始める二人の勉強内容をキッチン越しに覗いてみると、それは英語だった。しかも中学生レベル。あれ?二人共まだ小2だよね?

え?え?二人共そんなレベルの高い小学校に通ってるの?

もしかしなくても、来年、私その学校に通うのっ!?

だとしたら私悠長にしてられないんじゃないっ!?

いやっ、そんな馬鹿なっ!

……よし。試してみよう。

『ねぇ、お兄ちゃん達。その内容は学校で教わってる範囲なの?』

英語で質問してみた。すると、二人は一瞬目を丸くして、直ぐに微笑んだ。葵お兄ちゃんは綺麗に。棗お兄ちゃんは優しく。

あぁ、私、家族の笑顔って大好きだな。釣られて微笑む。

『違うよ。これは僕達が別個に勉強してる内容』

『そうそう。鴇兄さんに教えて貰いつつ、ね』

『そうなの?どうして?』

小首を傾げて問うと、二人は同時に『小学校の内容は簡単すぎて』と双子らしくシンクロして答えてくれた。

その会話を聞いた、鴇お兄ちゃんと透馬お兄ちゃんが噴き出した。

おおお…。鴇お兄ちゃんはともかく、透馬お兄ちゃんも聞き取っている。流石だ。

「すげー。何言ってるか、さっぱりわかんねー」

ひゃっほいっ!

って楽し気に言ってるけど、それはそれで不安になるよ、大地お兄ちゃん。

ほら、横に座ってる透馬お兄ちゃんの目が憐れみに変わってる。

「お前、小学生にも負けてんだぞ?本気でやれ」

うんうんと双子も頷いている。

あ、そうだ。良い悪戯思いついちゃった。ふふっと小さく笑って今度は鴇お兄ちゃんに話しかけた。

『鴇お兄ちゃん。今日のご飯はハンバーグだけど、皆の分も作った方がいーい?』

と、スワヒリ語で。すると、私達に背を向けて机に座っていた鴇お兄ちゃんはゆっくりとこちらを振り返り、にやりと笑った。

『そうだな。一応作ってやってくれ。ご褒美代わりにな』

「えぇっ!?」

まさかのスワヒリ語で返された。驚いた私に鴇お兄ちゃんは、してやったりと悪い笑みを向ける。

「どうした?美鈴」

「お、お兄ちゃん、スワヒリ語分かるのっ!?」

「あぁ。お前が勉強してたの知ってから、覚えた」

「う、うそー」

マジ?鴇お兄ちゃんハイスペック過ぎるよ。

「俺にも兄としてのプライドはあるからな」

ふふん、と自慢げに笑う鴇お兄ちゃんの姿に平伏したくなった。

「凄いねーっ!鴇お兄ちゃんっ!」

「本当にすげぇな」

「何が凄いって、この兄妹全員だろ」

目の前の光景にあっけにとられてる透馬お兄ちゃんと大地お兄ちゃん。

こればっかりは仕方ないよ。私も驚いてるし。だって私は前世の知識があるからなせる技な訳で。

普通に考えたら、こんな数日で会話出来る様になるなんて思わないでしょ。

「鴇兄さん、いつ勉強してたの?」

「授業中だな。教科書さえ出しておけば、他は何をしてたって問題ない。あてられたら答えればいいだけの話だ」

「あ、そっか。成程。僕達も次からそうしようか、葵」

「うん。そうしよう」

「ばれたら面倒だから上手くやれよ」

うん。私もそうしようかな。

って言うかここまでハイスペックな家族に囲まれてるなら、別にある程度勉強が出来るとか隠さなくてもいいんじゃない?

はっ!?

ちょっと待ってっ!!

鴇お兄ちゃんがスワヒリ語を理解したって事は、あの秘蔵ノートが読まれてしまうって事じゃんっ!!

やばいっ!!

急いでママの部屋に隠しておかなきゃっ!!

文字も実際にある言語じゃなくて、いっそ前世のアニメで使われた創作文字にしようっ!うんっ!!

あー、でもそれはそれとして、何か色々と悔しいな。私、理系だったから文系苦手なんだけど、一矢報いたい。

『鴇お兄ちゃん。何か、ズルいっ!私ももっと勉強して鴇お兄ちゃんをぎゃふんっと言わせるんだからっ!』

フランス語でそう叫ぶと、

『楽しみにしてる』

と余裕しゃくしゃくでフランス語で返された。

『悔しい悔しいっ!!鴇お兄ちゃんの制服にウサギさん縫ってやるんだからーっ!!』

今度はイタリア語で叫んでみる。

すると、鴇お兄ちゃんは苦笑しながら、

『悪かった。謝るから、それは勘弁してくれ』

やっぱりイタリア語で返された。

「むぅーっ!!」

ほっぺを膨らます私に、鴇お兄ちゃんは楽しそうに笑う。

他の四人はもう目が点だった。

「……僕、勉強頑張るっ!」

突然の葵お兄ちゃんの勉強頑張る宣言。

「僕も。でも、これだけ差をつけられてたら、悔しいとか、もうない。美鈴。ちょっと聞いてもいい?」

棗お兄ちゃんが問題集をこちらに向けてペンで例文の一つを指した。

「ここなんだけど、この和訳が今一解らなくて」

「え?あぁ、ここはね」

ペンを借りて、さらさら~と文字を書きながら説明していく。

棗お兄ちゃんがうんうんと頷きながら、聞いている。

説明を終えると、棗お兄ちゃんは理解出来た事が嬉しいのか、喜々として次の問題へと向かった。

「確かに。悔しさとかまるで出て来ないね。美鈴ちゃん。僕も聞いてもいい?」

「いいよ~。私に分かる事ならね」

今度は葵お兄ちゃんが差し出した問題集にさらさらと文字を書きながら説明する。

所で皆。私が六歳児って事実忘れてませんか?

私が一番忘れかけてるので、何とも言えませんが。

「なぁ、美鈴」

「なに?鴇お兄ちゃん」

「どうせなら、俺にも教えてくれ」

「へ?何を?」

葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんの背後にノートを持って立っている鴇お兄ちゃん。

でも、鴇お兄ちゃんに教えられるようなことって私にあるのかな?

「…お前古典は出来るか?」

「古典?得意ではないけど、どの問題?」

差し出されたノートには、恐らく鴇お兄ちゃんが苦手であろう文章がずらりとあった。

あーあー、これ覚えてるよー。ややこしい上に面倒で、更に先生の教え方一つで一気に苦手になるってゆーあれだ。

なんだ、鴇お兄ちゃんも人だったんだねー。

「えーっと、これの覚え方はねー」

私が覚えた方法を鴇お兄ちゃんに教えて行く。すると、鴇お兄ちゃんはすんなりとその方法を飲み込んだ。

なにそれ、ズルい。

私が一ヶ月机に噛り付いて覚えた内容をあっさり理解するとか、その脳みそどうなってんの?

「凄いな。美鈴。あっさりとぎゃふんって言いそうだぞ、俺」

苦笑して言うけど騙されませんっ!!

「むーっ!何か鴇お兄ちゃんから悪意を感じるっ」

「ははっ、なんでだよ」

笑いながら私の頭をわしわし撫でてくれる。

……まぁ、いっか。

こんな事で許してしまう自分はどれだけ家族に甘いんだろう。

「鴇ですら教えて貰うって、美鈴ちゃん、どんだけ賢いんだ?」

「鴇、ちょっと聞いていー?美鈴ちゃん、今何歳だっけー?」

「六歳」

二人が確かめる様にこっちを見てくる。

いや、どう見ても六歳でしょ?中身違うけど。

視線が痛い。うん。どうぞ皆様、勉学にお戻りください。

私は料理を…あ。

そう言えばさっき大根放り投げたままだった、

急いでキッチンから抜けて大根を拾いついでに返されたお弁当箱も鞄から取り出して、私は本来予定していた料理へと戻った。

ちょっと予想外の来客で時間は狂ったけれど、まぁ、何とか下拵えは終了する。

時計を見ると、午後三時半。

おやつの時間に丁度いい。

「お兄ちゃん達、おやつ食べるー?」

黙々と勉強をしていた皆へ声をかけると、『食べるっ!』と同時に返事が来た。

えーっと冷蔵庫の中には七個あるから、誠パパとママの分を残しておくとして、私の分を回せば全員に行き渡るよね。

うんうん。冷蔵庫からプリンを五個、あらかじめ作っておいたトッピング用のカラメルソースとホイップクリーム。あと定番のサクランボを用意して。

サクランボは今が旬で、パパの実家の祖父母が贈ってくれた。あ、前のパパね?誠パパじゃない方ね?

トレイの上に並べたプリンの上にホイップクリームをたっぷりのせる。ソフトクリームみたいに綺麗にのせるとその天辺にサクランボを置いてその上からカラメルソースをスプーンでかけて完成っ!

スプーンもトレイに並べて、後はドリンク。やっぱり紅茶かな?でも、結構プリンが結構甘いから双子のお兄ちゃんには紅茶。高校生組にはコーヒーにしよう。

手早く用意して、まずはプリンの乗ったトレイをリビングへ運ぶ。

まずはお客様からだよね。

「お待たせしましたっ」

テーブルにトレイをおいて、鴇お兄ちゃんの隣の椅子に乗ってプリンの入った容器を三人の前に置いてスプーンをその上に置いていく。勿論、ノートとか参考書とかが汚れない位置にねっ。

「すげぇー。うまそー」

「甘い物苦手だったらごめんなさい」

「いや、むしろ大好きだから」

「良かったっ」

じゃあ、美味しく食べて貰えるっ。安心安心。

…味見、してないけど、大丈夫、だよね?

ほら、私の分をあげちゃったから、確かめれなくて。

こればっかりは不味かったら、私が責任もって全部食べよう。

椅子から降りて、今度は双子のお兄ちゃん達の方へトレイを持っていく。

「はいっ、葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃんっ」

「ありがとうっ、美鈴ちゃんっ」

「美味しそうだねっ」

「ま、不味かったら残してね?味見出来なくて、ちょっと不安だから」

二人に手渡したものの、自信が無くて俯く。

「美鈴ちゃんの作ったおやつなら不味くても食べるよ?」

「うん。僕も」

なでなで。二人の間に立っていたから二人が両側から撫でてくれる。

それで少しほっとした。

そうだ、飲み物っ。

うっかり忘れそうになっちゃった。

ママ用に作っているコーヒーをサイフォンからカップへと注ぎ、まずは高校生組へ。

鴇お兄ちゃんが受け取ってくれたから、そのまま後ろへ戻り、今度は紅茶を入れて双子のお兄ちゃん達へ。

ついでに自分の分の紅茶もいれる。

「美鈴ちゃん、食べていー?」

「どうぞっ」

「いただきまーすっ」

大地お兄ちゃんが真っ先にスプーンを持ち一口。

ど、どうだろ…?

ドキドキとキッチンの方から様子を見ていると、その顔が綻んだ。

「うまー…。やばい。昇天するー」

良かった。上手く出来たみたいだ。

大地お兄ちゃんが食べたのを見て、葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんも口へ含む。

その反応は大地お兄ちゃんと同じで。

続けて、透馬お兄ちゃんも食べてくれた。

「……弁当の時も思ったけど、美鈴ちゃん。ほんっと料理上手だな。…なぁ、鴇」

「断るっ」

「朝も思ったけど、最後まで言わせろよっ。いや、そんな事どうでもいいっ。鴇、家の妹と交換」

「こ・と・わ・るっ!」

「なら、俺の嫁に」

「可愛い妹を不幸にさせる兄がどこにいるっ!」

「なんで不幸決定なんだよっ!」

良かったー。

何か意味の分からない喧嘩してるけど、プリンが不味い訳じゃなかったんだ。

ほっと胸を撫で下ろす。

じゃあ、私はキッチンでゆっくりと紅茶飲んでよーっと。

実はこのキッチン。私用に踏み台がありまして。

私が料理をすると宣言したその翌日の夜に誠パパが急ごしらえだけど長細い踏み台を作ってくれたんだ。

それの所為でお兄ちゃん達は狭い思いをする事になるんだけど、基本的にお兄ちゃんを始め家族の皆はキッチンに入らないし、入っても入口の冷蔵庫に用があるだけだし何の問題もない。

踏み台の上に座って紅茶をすすってぼんやりしていると、「美鈴」と名を呼ばれた。

「どうしたの?鴇お兄ちゃん」

「ちょっと、こっちこい」

「?」

紅茶を置こうとすると、持って来ていいからと言われ、ちょっと行儀悪いけどカップを持ったまま鴇お兄ちゃんに付いて行く。

「美鈴。一つ聞くが、お前の分は?」

「?」

解らなくて首を傾げる。

「プリンだよ。お前の分は?」

あ…。

意味を理解して、目を泳がせる。

「わ、私の分はさっき食べたから、大丈夫っ」

何とか言い訳をしてみる。

「嘘だよな?美鈴」

あっさりとばれました。

こんだけ目が泳いでたらバレるかー。ですよねー。

でも、ちょっと最後の抵抗を試みる。

「嘘じゃないもんっ。最初から一つ多めに作ってたんだもんっ」

これは嘘じゃないよっ。ふっふっふー。嘘を通すには本当の事を少し混ぜるといいって何かで聞いたもんっ。

「そうか。じゃあ、七つ作ってたんだな?それで親父と佳織母さんの分を抜いて、本来の美鈴の分を込みで五人分残る筈の所を俺達に回したってとこか?」

ぐはぁっ!

全部ばれてーら。あぁ、もう。賢い兄ちゃんがいると嘘もつけないのかー。

「前もそうだったが、お前はどうしてこう…。ほら、美鈴。ちょっとここに座れ」

座れって指示出しておきながら、私を抱き上げて強制的に椅子に座らせるのは何故?

鴇お兄ちゃんも椅子に座ると、プリンを一掬いして、私の口の前に…って、これは焼肉屋の拷問の再来ですか?

「美鈴、口開けろ」

「いいよ。鴇お兄ちゃん、食べてよっ」

「いいから。口開けろ」

うぅぅ…。こうなったら鴇お兄ちゃんが絶対引かないのは経験済みだ。

仕方なく口を開け、一口食べる。ん。旨い。すも無いし、いい感じの出来上がり。

「おかしいと思ったんだ。来るはずのない人間が来たのに、その分のおやつまであるなんて」

「あぁー。そっかー。美鈴ちゃん、自分の分も俺達に譲ってくれたのかー」

「優しいな、美鈴ちゃん。料理も上手だし。…良しっ。美鈴ちゃんっ。俺の所に嫁に」

「やらんっ!」

「そう言うと思ったぜ。じゃあ、美鈴ちゃんっ。俺からも、はい、一口」

プリンの乗ったスプーンが差し出される。

えーっと、どうしたら…?

「ありがとう。一口」

「って、お前じゃねーしっ!」

何故か一口は大地お兄ちゃんの口へ消えて行った。

大地お兄ちゃんのプリンカップは既に空。あれ?少なかったかな?

「んー?美鈴ちゃんどうしたのー?って、あぁ、ごめんね。あまりにも美味しかったから一気に食べちゃった」

「もしかして、不味かったですか?甘いの苦手とか?社交辞令?」

「え?今オレ美味しかったっていったよねー?社交辞令なんかじゃないよー。ただ、癖なんだよねー。早食い」

「癖?」

「そー。オレ、上に兄貴が二人いるんだよー。食事は常に押し合い圧し合いの取り合いバトルだからさー」

そんなものなんだろうか?

私兄弟いた事ないから解らないし、今出来た兄弟達も絶対そんな事しそうにないメンバーだからさ。

「気にするな。美鈴。体育会系の男が揃った家と一緒に考えても仕方ない。それより、もう一口」

えっ!?まだ続けるのっ!?この羞恥プレイっ!?

に、逃げようっ!

わたわたと体を動かし椅子から降りるっ!

ガシッ!

逃げられなかった…。

鴇お兄ちゃんの細い割にしっかりと筋肉がついた腕が私の腰に回されて、何故か鴇お兄ちゃんの膝の上に座る事になった。

わたわたっ。

再度逃亡を図ろうとするが、やっぱり無駄なようです。

鴇お兄ちゃんが満面の黒笑みでプリンを差し出してきます。

もうどうしようもない、か。

口を開けて、ぱくりと食べる。

「可愛いなー。オレも妹欲しかったわー」

「俺も妹欲しかったな」

「いや。お前んとこいるだろ。妹」

「あれは妹じゃない。弟だ」

どゆこと?

皆静かに頷いてるんだけど、それは一体どゆことなの?

「???」

解らなくて首を捻ると、「気にするな」とはっきり返された。

えー?気になるんですけどー。

透馬ルートに妹って出たっけ?いや、そもそも実家が肉屋だってなってたっけ?

「美鈴?どうした?」

「んー…。わかんないから、まぁいいや」

うんうんと勝手に自己完結。

「ごちそう様っ」

突然後ろから声がした。鴇お兄ちゃんに抱きかかえられたまま、少し体をずらして鴇お兄ちゃんの背後を見ると、棗お兄ちゃんが満足気に笑っていた。

その手には空になった容器が握られていた。

「棗…。美鈴ちゃんに残そうとか思わなかったの?」

葵お兄ちゃんが純粋に不思議に思って聞いていた。

そんな葵お兄ちゃんの器には半分プリンが残っている。

私としては、全部食べて美味しいって言って貰った方が正直嬉しかったりするんだけどなぁ。

なーんて思ってたりするんだけど、お兄ちゃん達の私を思ってくれる気持ちも分かるし。

苦笑しか浮かばない。

「うん。僕もそう思ったんだけど…美鈴はきっと全部食べた方が嬉しいかなって思って」

「棗お兄ちゃんっ…」

私の事を分かってくれてるお兄ちゃんに胸を打たれる。

まだ一緒に暮らしてそんなに経ってないのに、まさかここまで理解してくれてるなんて思わなかった。

「ん?」

思わず呼んでしまったから、棗お兄ちゃんは呼ばれたと思ったのか私の側に来てくれる。

堪らず鴇お兄ちゃんの膝の上だけど体を捻って態勢を変えて棗お兄ちゃんに抱き着いた。

「棗お兄ちゃん大好きっ」

「うん。僕も大好きだよ」

ぎゅぎゅーっ。

力の限り抱き着く。

すりすりと頬を胸に擦りつけると、棗お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。

「じゃあ、僕も全部食べようかな?そうしたら、美鈴ちゃん、喜んでくれる?」

葵お兄ちゃんに訊ねられ、私は頷く。美味しく食べて貰えたらそれが一番嬉しい。

「なら、美鈴。俺と半分こにしようか」

鴇お兄ちゃんも譲歩してくれた。

こうして私を思ってくれる家族の愛情が嬉しくて、胸があったかくなる。

嬉しくて頬が綻ぶ。

「……鴇、物は相談なんだが」

「何度も言わせるな。断る」

「だったら、オレならどー?」

「馬鹿は論外だ」

鴇お兄ちゃん、容赦ないね。なんの論議か解らないけど。

取りあえず棗お兄ちゃんに抱き着いている態勢が辛くなってきたので、私は棗お兄ちゃんから離れ、ついでに鴇お兄ちゃんの上から退くと、椅子に戻り手早くお兄ちゃんのプリンの半分を食べてしまう。

そして、鴇お兄ちゃんに返すと、鴇お兄ちゃんも残りを食べてくれる。美味しい?と聞くと美味しいと答えてくれた。

じゃあ、洗い物でもしようかな?と椅子を降りようとしたら、ふと目の前の大地お兄ちゃんと透馬お兄ちゃんのノートが目に入った。

お兄ちゃん達は数学をやっていたみたいだ。

じーっと眺める。

するとそれを疑問に思った二人が首を傾げた。

「…二人共、同じ問題間違ってるよ?」

「へっ!?」

「嘘っ!?」

一斉にノートに視線を戻す。

でも、二人共何処が間違ってるか解らず、どれだと言い合っている。

「問5だよ」

言うと、鴇お兄ちゃんが二人のノートを見て頷いた。

「透馬、お前のは単純な計算ミスだ。なんで3が5になってるんだ。大地、お前は使ってる公式からして違う。この問題で使うのはこっちだ」

うんうんと頷いて、後は鴇お兄ちゃんに任せて椅子から降りた。

紅茶のカップを持ってキッチンに戻る道すがら空いた容器を受け取って戻る。

皆ペロッと食べてくれて、ほくほくと笑みが浮かぶ。

誰かに食べて貰ってする洗い物は全然苦にならない。鼻歌を歌いながら洗い物をして、晩御飯の準備に取り掛かった。

晩御飯の準備をしながら、お兄ちゃん達の勉強を見て、を繰り返しているとあっという間に外が暗くなり、晩御飯の時間になった。

「そう言えば、皆、帰って来て手洗いうがいしたの?」

全員がぎくりと体を跳ねさせた。って事はしてないんじゃないっ!

「今更遅いかもだけど、皆さっさと手洗い行ってらっしゃいっ。お兄ちゃん達は着替えてくるっ」

リビングを追い出す。入れ違いで誠パパが帰ってくる。

「お帰りっ。誠パパっ。そして、手洗いうがい行ってらっしゃいっ」

即行で追い出す。その入れ違いでママが入ってきた。

ママを座らせといて、私はせかせかと動く。

料理を運んで、並べる。えーっと、大人と高校生組を椅子ありの机に。

私達幼子組はテレビ前の机に並べよう。ご飯はかなり多めに炊いてあるし、多分大丈夫。…大丈夫、だよね?

高校生組がどれだけ食べるか想像がつかないからなぁ。…炊き足しがありませんようにっ!

ご飯とスープをよそって、並べて、準備が終わる頃皆が戻ってきた。

「すっげぇー…」

「ほらほら、透馬君、大地君も席について」

誠パパに勧められるまま皆が席につく。

「今、お茶入れるねー」

お茶をトレイ二つに分けて乗せて、一つはママに、一つは自分で持つ。

高校生組の方はママに任せて私は葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんの方へ向かう。

すっかり場所が固定してしまったテレビの真ん前に私が座り、左右にお兄ちゃん達が座る。

「それじゃあ、いただこうか」

「そうね。いただきますっ」

誠パパの言葉に頷いて、ママの言葉に続いて皆でいただきますと手を合わせ、早速ご飯を食べ始めた。

一口サイズにハンバーグを箸で切り分けて、口に含む。ふむ。まぁまぁかな。

「うまーっ」

「これ六歳の技術じゃねーわっ」

「本当。美鈴ちゃんのおかげで家の食生活が潤ってるよ」

「ねぇ、美鈴?ママ、もう少し、肉汁が欲しいわ」

「って、佳織母さん。こんなに旨いのにまだ注文付けるのか」

「だって、娘にはより技術を上げて欲しいじゃない?」

ママったら好き勝手言ってやがる。

でも確かにちょっと肉汁が足りない。おろしハンバーグだからそれでも良いと言えば良いんだけど…。

うん。要改良かな。

「僕は充分美味しいと思うけどな」

「うん。僕も」

「ありがとう。お兄ちゃん達。私もっと頑張るっ!!」

燃えて参りましたっ!!

覚えとけよ、ママ、コノヤローッ!!

と、闘志を燃やしつつ、パクパクとご飯を食べ続ける。

「そう言えばさ?美鈴ちゃん」

「なに?葵お兄ちゃん」

左に座るお兄ちゃんの方を向いて、小首を傾げる。

すると葵お兄ちゃんは苦笑して、私のほっぺに手を伸ばした。

「ふふっ、ご飯粒ついてるよ。女の子なんだから気を付けないとね」

「ふみ…ごめんなさい…」

葵お兄ちゃんはぱくっとそのご飯粒を食べてしまった。

ご飯を付けていた事が恥ずかしいのか、それを葵お兄ちゃんが食べてしまったのが恥ずかしいのか。

ぐちゃぐちゃになって全部まとめて恥ずかしくて私は顔を真っ赤にしてしまう。

「美鈴ちゃん?」

「そ、そう言えばっ、葵お兄ちゃんっ。私に何か聞きたかったんじゃないのっ?」

このまま突っ込まれたら、私恥ずかしさに憤死してしまう。

慌てて話を逸らすと、葵お兄ちゃんはそうそうと空気を読んで話を戻してくれた。

「あ、そうそう。美鈴ちゃん。そのヘアピン。似合ってるけど、前は付けてなかったよね?」

「え?あ、これ?これねー。実は寝癖が取れなくて、ヘアピンで抑えてるのー」

ほら、と行儀は悪いけど、ヘアピンをとると、そこだけピンと跳ね上がる。

他の部分は綺麗に整えたのに、この前髪だけは何故か上昇志向を持って戻ってくれない。

…良く考えたら、これも女子力的に恥ずかしい事言ってない?私。

気付くの遅すぎる。あー…葵お兄ちゃんが私を追い詰めるー…しくしくしく。

「そっか。それでヘアピンなんだ。これはこれで可愛いけど。ねっ、棗」

「うん。可愛い」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりこの跳ね方は嫌だよー」

むー。ほっぺを膨らますと、何故か可愛い可愛いと撫でられる。なんでだ。

「美鈴ちゃん。ちょっとこっち向いて」

「?」

ほっぺを包む様に顔を捕まれ強制的に葵お兄ちゃんの方を向かされる。

葵お兄ちゃん。ぐきっと今、あんまり聞きたくない音が聞こえたんだけど。痛いっす。

「ちょっとじっとしててね」

私の跳ね上がってる髪に葵お兄ちゃんが何かしてる。

どっから取り出したの?その髪ゴム。手早く私の髪を結んでくれる。

「よしっ」

葵お兄ちゃんがとても満足そう。

えっと、どうなったのかな?

鏡がないから解らない。

手でどうなってるか確認してみることにする。どうやら跳ねた部分と整ってる所とを一緒に後ろへ流して結んでくれたみたい。

くるっと棗お兄ちゃんの方を見ると、可愛いと微笑んでくれた。

もう一度葵お兄ちゃんを見ると、撫でてくれる。

「今度から僕が寝癖直してあげるよ」

「ホントにっ!?」

「う、うん」

やばい。食いつき過ぎた。だってこの寝癖全然取れないんだもん。

それをどうにかしてくれるって言うんだから、食いついても仕方ない。

葵お兄ちゃんが引くのも分かる。

ごめんね、葵お兄ちゃん。

それでも寝癖が直して貰えるなら、全然オーケーだ。

ニコニコ。笑顔が溢れる。

食事を再開していると、

「あぁ、そうだ。佳織」

「はい?」

ん?誠パパがいきなり会話を切り上げて、ママに声をかけたぞ?

皆急に会話を中断し誠パパに視線が集中した。

「来月、披露宴しようか」

「……は?」

よし、ママ良い反応だよっ!!

心の中で親指を立てる。

だって、実際誠パパは突然何を言い始めたのか理解出来ない。

それは、親子である私達ですらこうなんだから透馬お兄ちゃんと大地お兄ちゃんは尚更だろう。

「え、えーっと。誠さん?良く話が掴めないのだけど」

「私達はお互い二度目の結婚で、式を挙げる予定はなかっただろう?」

「そうね」

「だけど、母さんがね。是非やるべきだって。五月蠅くてね」

「それは…でも」

ママが口ごもった。私達の両親は互いの伴侶を失っている。

その気持ちは大事にしておきたいと二人は言っていた。だから、ママは頷けないのだ。

それを見かねて、誠パパは頷いた。

「分かってるよ。でも母さんが中々黙らないもんで、とうとう父さんが折衷案を出してきたんだ」

「それが披露宴?」

「そう。場所は僕の実家。他の様々な物は全て揃えてくれるそうだから、私達は衣装合わせとか込みで前日に身一つで行けばいい」

なんと。そういう大事な事は家族だけで聞くべきことでは?

「…親父。それ、もしかして、伯母さんや伯父さん達も来るんじゃないだろうな?」

「来るだろうな。その為の披露宴だろうし」

ビクッ。

葵お兄ちゃんが大きく体を跳ねらせた。

「葵お兄ちゃん…?」

私がそっと様子を窺うと、さっきの反応はまるで嘘だったかのように微笑んだ。

……気のせいだったのかな?

「なぁ、鴇」

「なんだ?」

「親父さん、何人兄弟だっけ?」

「九人兄弟の末っ子だ」

えええええっ!?そうなのーっ!?ママは知ってたのっ!?

ばっとママを見ると、ママはニッコリ笑顔のまま凍っていた。

あ、これ、知らないパターンだ。

だよね、だよねっ!

小姑がいっぱいとか知らないとそうなるよねっ!!

「誠さん?私、それ初耳なんですけど…」

「あれ?そうだったかい?」

「佳織母さん。家の祖父さんは『白鳥財閥』の総帥なんだ」

はいっ、キタこれっ!!

新たな事実の追加っ!!

『白鳥財閥』って日本で五本の指に入る財閥の一つ。五つの内一つは『樹財閥』だけど今はそれは置いておく。

「そうなのー」

ママ、考える事放棄したね?

気持ちは分かるけどさ。

「とは言え、継承権は放棄してるからどうって事ないよ。だから披露宴だってただの身内にお披露目~くらいに思っててくれていいよ」

そう言う問題ではない。

って今言った所で仕方ないけど、でも、誠パパ以外は全員そう思っている筈。

「と、とにかく、鴇の母さんは綺麗だから、ドレスもきっと似合うよなー。写真撮って後で見せてくれよ、鴇ー」

大地お兄ちゃん、ナイスっ!!

素晴らしいファインプレーにより、再び表面上は穏やかな食事が繰り広げられた。


 なんだかんだで、時間は過ぎて。披露宴の前日。

私達白鳥一家は誠パパの運転で、誠パパの実家へ向かっていた。

人数が人数だから、この前車を買い替えて、助手席にママ。その後ろに双子のお兄ちゃん達。最後列に鴇お兄ちゃんと私が座っている。

「所で誠パパの実家って遠いの?」

鴇お兄ちゃんに聞くと、緩く首を振られた。

「そうでもない。隣県だしな」

「へぇ~」

ちょっとワクワクする。

思えばこうやって出掛ける事って前世込みで全くなかったから、見るもの全て珍しい。

それはもう、靴を脱いで、窓に張り付く位には。

あ、あのお家のバラ、綺麗。あ、あそこにあんな大きなビルがあるっ!

見た事ないものが一杯で楽しむなと言う方が無理だろう。

車が高速道路に乗ってもそれはそれで珍しいから楽しい。

「途中、サービスエリアに寄るから、何か面白いものでも買おうな」

「僕達美鈴ちゃんの料理に舌が肥えちゃったから、もう美味しいって思えないかも」

「確かに。正直僕はもう帰りたいよ。帰って美鈴の美味しいご飯が食べたい」

「…ママもー」

お兄ちゃん達はいいとして、ママは切実だね。

けど、サービスエリアか。始めて行くよ。楽しみっ。

お兄ちゃん達の誰かに抱き着いてれば、男の人がいても我慢できるかも、だしっ。

「鴇お兄ちゃんっ、ソフトクリームあるかなっ」

「むしろ、サービスエリアの鉄板メニューだろ」

きゃーっ!!憧れのご当地ソフトーっ!!

今私に犬の尻尾があれば、振り過ぎて落下させてると思うっ!!

それだけ、興奮しているっ!!

楽しみ過ぎて、時間の経過が滅茶苦茶速い。

あっという間にサービスエリアについて、車が止まった。

「さ、ここで少し休憩しよう」

キラキラキラっ!

わくわくっ!!どきどきっ!!

誠パパとママが車から降りて、後部座席用のドアを棗お兄ちゃんが開けてくれて、お兄ちゃん達が先に降りる。

外が騒がしいのは気のせい?

何かあったのかな?

私も慌てて後を付いて降りると、鴇お兄ちゃんが抱っこしてくれた。

おかげで、周りの光景が目に入って、色々納得した。

耳を澄ませると、

「ちょっと、なにあの美形一家っ!」

「やばいっ!あの男の子超カッコいいっ!!」

「あの双子の男の子、可愛いっ!!」

「やべー。あの人超綺麗じゃん。人妻でもあれだけ綺麗ならいけるわー」

「あの人が父親だよね。若くてかっこいいっ!!」

等々である。

美形一家が車からわらっと降りてきたら当然こうなるよね。

多分、その中に私も入ってるかもしれないけど。だって乙女ゲームのヒロインだし。

けどそんな実感あまりない。

だって周りが美形過ぎてさー。

「さ、行くぞ、美鈴。ソフトクリーム食べるんだろ?」

「うんっ」

周りの反応なんてどうでもいいやっ。

夢のご当地ソフトを食べれるなら、私に怖いものはないっ!

嘘ですっ!男の人怖いですっ!!

即行で脳内突っ込みをいれておく。

サービスエリアの店の中に入っていくと、私は驚いた。

「美形結界ってホントにあるんだー」

思わず呟いてしまう。

何せ私達家族が店内を歩くと、モーゼの十戒並に人垣が割れて行く。

カウンターで注文している人すら、先を譲ってくれると言う…。凄いね。

私達は一旦その場を離れてトイレへと向かう。

だって大混乱だよ、店内。流石に店員さんが可哀想だよ。

トイレの中へ入ると、人がほとんどいなくてホッとする。

「ママ、生きてる?」

「美鈴こそ、大丈夫なの?」

私は誠パパの両親に会うのに緊張しているママに、ママは男の人だらけの店内の状況で恐怖している私に。

互いに問いかけて、肩を落として溜息をついた。

「正直お兄ちゃん達にくっついてないと、叫んじゃうレベル。今は、ご当地ソフトの誘惑でかなり軽減されてるけど」

「私は、胃が口から出そうよ。財閥の息子って。そんなの聞いてない」

はぁ…。

二人同時に溜息をついた。

「八人中五人が女性って言ってたね」

「そうね。…負けないようにしなきゃ」

「うん。大丈夫だよっ、ママっ」

「美鈴…」

「ママは顔だけは良いんだからっ!イケるっ!!」

「だけってのは酷いわっ!!」

「じゃあ中身は残念ではないと否定する為にも、隠し本棚のBL本を捨てようっ!!」

「無理っ!!」

何とかテンションを上げようと二人で頑張る。

トイレで用を済ませ、身だしなみを整える。ママとお揃いのピンクのワンピ。何でママはやたらにお揃いにしたがるんだろう?

不思議に思うけど、まぁ、どうせ下らない事だろうから深く考えない。

トイレから出ると、男四人壁に寄りかかって出待ちしていた。

「お待たせしてごめんなさい」

「お兄ちゃん達っ。何か面白ものあったっ?」

ママは誠パパに、私はお兄ちゃん達に歩み寄る。

「あぁ。このサービスエリア期間限定のメロンパンがあるらしいぞ」

「メロンパンっ」

「他にもいくつか限定品があるらしい。行くか?美鈴」

「うんっ」

流石に棗お兄ちゃんに抱き着きながら歩く訳にもいかないから、今は素直に鴇お兄ちゃんに抱っこされる。

それにほら。美形結界の中央にいけるし、ねっ?色々安全だし。

鴇お兄ちゃんに連れてって貰い、色々見て回る事が出来た。お土産も買えて、私的には非常に満足っ!

ご当地ソフトを手にもって車に戻る。因みにここのご当地ソフトの味は桃っ!!うまーっ!!

車が再び走り出す。

車内はさっきのサービスエリアの話題で持ちきりである。

楽しかったから仕方ない。今のサービスエリアって軽いショッピングモールだよね。

色んなものがあって、こんなに店で楽しんだの初めて。

だってさ、ほら、店に行くと、とにかくナンパされるでしょ?

それで断ると後付いてくるでしょ?

それが怖くて逃げると、数人がかりで暗がりに連れ込まれるでしょ?

もう、スタンガン手放せないよ、ホント。

って言う前世を送っていた私は、大人になってからは大抵ネット通販で済ませてたんだよね。

強制引きこもりだよ、全く。

ちょっと気持ち悪い事を思い出して体が震える。

いや、だめだっ。今思い出しちゃ駄目だっ。我に帰ろう。

それから暫くして車は誠パパの実家に到着した。

一応必要かなと思って詰めてきた荷物を持って車を降りる。

まぁ、想像はついてたけど、立派なお城だよね。

その家を眺めていると呆れてしまう。

なんかさ、お金持ちって皆豪邸に住むけど、これって意味あるの?って庶民な私は思ってしまう訳ですよ。

金持ち主張したいなら、別にお城にしなくてもいいじゃん。

そもそも金持ち主張する事に意味ってあるのか。牽制なのか?…わからん。

家族そろって、誠パパ先頭に玄関へ向かうと、チャイムを鳴らす前に玄関が開かれた。

「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

「ただいま。金山さん。父さん達は帰ってるかい?」

「はい。大広間にてお待ちです」

「そう。分かった」

もうここまで行くと何て行って入ったらいいか解らない。

とりあえず服装から鑑みるに、金山さんはきっと執事である。これは間違いない。あと、白髪交じりのグレーの髪を上げて露わになった顔は切れ長の瞳と相まって年相応にかっこよかった。

私達はただ誠パパへくっついて、赤い絨毯の敷かれた上を歩く。

何人かのメイドさんとすれ違い傅かれる。

すると立派なドアの前で誠パパが立ち止まり、ノックもせずにドアを開けた。

「来たよ。母さん、父さん」

「お帰りなさいっ。ほらっ、早く皆入って入ってっ」

お祖母ちゃんらしい人が中から手招きしている。

ぞろぞろと中へ入ると、ソファに座ってる…お祖父ちゃん、かな?

とにかく二人が仲良くにこにこ笑って出迎えてくれた。

迎えにあるソファに誠パパが座り、その手に促されるようにママが隣に座る。

そんなママの顔を見て、お祖母ちゃんの顔が輝いた。

「まぁまぁまぁっ、美人ね、とっても美人ねっ。まー君、とっても素敵な方を捕らえたのねっ」

お祖母ちゃん。捕らえたってハッキリ言ってますがいかがな表現ですか、それ。

「び、美人だなんて、そんな…。お義母様の方がよっぽどお綺麗ですわ」

ママが立派な猫…いや、虎を被って外面発動中。素敵よ、ママっ。この調子で行こうっ!

でもママの発言もお世辞な訳でもない。やっぱり誠パパの両親なだけあって、二人共年相応の美形だ。

特にお祖母ちゃんは綺麗過ぎる。洋風な屋敷にはちょっと合わないけど、とっても素敵な和装美人で着物姿も似合っている。

「まあーっ、誠っ、もう、返さなくてよっ」

お祖母ちゃんがママの手を握り、離さない。

「母さん。私は今すぐに、帰ってもいいんですが?」

ママを奪い返す誠パパは、鴇お兄ちゃんが黒オーラを垂れ流している時とそっくりだった。

「こら良子や。孫達が呆れているぞ?」

お祖父ちゃんに言われて思い出したのか、お祖母ちゃんが私達の方を見た。

実はママ達が座るソファの後ろに立ってたんだけど、私だけ多分見えてない。

だってソファの方が大きいんだもの。私の背丈より。近くにある鏡に反射してるから私はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの姿をそれで確認していたんだけどね。

「お久しぶりねぇ。鴇、葵、棗」

「大きくなったな」

二人がほのぼのと言うと、三人が礼儀正しく礼をする。

「それで、そこにいるのは誰なのかしら?」

あれ?見えてる?

「頭の天辺だけが見えていますよ」

お祖母ちゃんがクスクスと笑う。

あらま。そうか。

私は、ソファの影から抜け出し、ママの横へ立つ。

「美鈴と申します。よろしくお願いします」

礼儀正しく自己紹介をする。それに付け加える様にママが口を開く。

「私の娘です。今年六歳になりましたわ」

ママの後押しを受けて、私はお祖母ちゃんの前に立つ。

「これ、私の手作りで申し訳ありませんが、宜しければどうぞ。お口にあえば良いのですが」

そう言って私はお祖母ちゃんの目の前に紙袋を差し出す。

中には手作りチーズケーキが入っている。

しかし、自己紹介してるのに、何故二人は目を真ん丸くしているのかしら?

「…っと、何歳だって?」

「六歳です」

「それは本当なのか?」

私を含め全員が頷く。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんがあんぐりと口を開けた。

「本当に、お前達は勿体ないな。そんな素晴らしい頭脳を持っているのに、わしの後継者を拒否するとは」

「私は庶民の暮らしが好きなんですよ。兄さんや姉さんたちと違ってね」

「余計な柵はいらない、か。ま、そうだろうな。お前は明らかに今の方が生き生きとしている。…わしらとはもう道を違えてしまったんじゃな。わしらがお前に残せるのはこの遺産だけだと言うのに」

「莫大な財産なんていらないよ。私は愛する妻と愛する子供たちがいればそれでいい」

「…そうか」

お祖父ちゃんがしょんぼりしちゃった。けれど、そんなお祖父ちゃんに優しい手が添えられる。

「あら?でもあなた?私達はこの子達の親であり、祖父母なのですから遊びに行く分にはいいと思うわ。来月から夏休みですし、皆でキャンプなどはいかがです?」

「あぁ、いいですね。そういうお誘いなら大歓迎ですよ。美鈴の手料理をご馳走します」

誠パパ、宣言しないでっ。それ作るの私なのよねっ!?

流石に常に豪華なディナーを食べてる祖父母に私の作る庶民食は食べさせられないよっ!?

と、思っていても口には出せない切なさ。

こっそり鴇お兄ちゃんの側に戻って、溜息をつくと、

「美鈴、頑張れよ」

鴇お兄ちゃんの苦笑と何の励ましにもならないエールを頂いたのだった。


それから両親が祖父母と和やかに昔話をしていると、突然ドアがノックされた。

「失礼いたしますわっ」

返事も待たずにドアが開けられ、遠慮もなく黒髪を靡かせ目つきの悪いおばさんが中へ入ってきた。わお、装飾華美…いや違う、装飾過ぎて微(妙)である。ゴテゴテに宝石を付けているが似合ってるのは一つもない。なんなら化粧も似合わない。何この妖怪。

その後ろに、同じく黒髪のたれ目の年配女性とくすんだ銀色の三つ編みをした女性が立っている。のっぽと太っちょって何このテンプレ感。あれか?赤と緑の帽子を被らせるべきか?どちらにせよどうにも祖父母と血の繋がりを感じられない普通のおかしな成金(言葉矛盾)。何故美形でないのだ。

「なんだ、お前達。許可もなしに入ってくるな」

お祖父ちゃんが立ち上がり三人を睨み付けるけれど、三人はどこ吹く風。気にした様子はまるでない。

それどころか、ふんっと鼻息を荒くして、

「両親の部屋に入るのに許可が必要ですの?それに愛すべき弟が帰って来てるんですのよ?早く会いたくなっても仕方ないと思いませんこと?」

うわー。嘘くせー。

明らかに確執ありそうじゃん、これー。

なんなの?その確執の理由はなんなの?

女の争いになりそうだったら…。

チラリ。

ママに視線を送ると、顔は笑顔だけどママは瞳に全開の闘争心むき出しでございます。

意外に喧嘩っ早いのは前世から変わらないようです。

「それに可愛い甥っ子が帰って来てるのですから、ねぇ?」

うーん。旨い事私達親子は除外されてますねー。面白い。

そっと視線を巡らせると、鴇お兄ちゃんと棗お兄ちゃんがうんざりしていて。あれ?葵お兄ちゃんの顔色が…。

具合悪いのかな?

急いで葵お兄ちゃんに近寄ってその手を握る。

「葵お兄ちゃん、大丈夫?」

「え、あ、…うん。大丈夫、だよ」

全然大丈夫じゃなさそうなんだけどっ。

握った手の平は尋常じゃなく冷たく、顔色は真っ青だ。

どうしようっ。皆はあのおばさん達と対峙してるし。

「全く。姉さん達は相変わらず鬱陶しいな。どうせ今回の披露宴だって姉さん達の見栄で押してきたんだろ」

あぁ、誠パパ素敵っ!もっと言ってやってっ!

でも今はおばさん連中と対峙するより葵お兄ちゃんの為に、皆で別室に引っ込もうよっ!

「…金山さん、そこにいるかい?」

やだなぁ、誠パパ。金山さん、さっき玄関で別れたじゃない。他の職場に行ってるよー。

「はい。坊ちゃま」

いたーっ!!

ふふふ。まさかの瞬間移動マスターですか。それは私も覚えれますか?

「私達は部屋に戻る。今日使う部屋へ案内しろ」

「はい。かしこまりました」

やったー。

この場から立ち去れる。誠パパ、かっこいーっ!

葵お兄ちゃんの手を引いて、私達は部屋を後にした。

「ちょっとっ。何なのあの態度っ!」

「お前達がなんなんだっ!礼儀もなっていないっ!恥を知れっ!」

なんて叫びが聞こえたけれど、胸糞悪いので聞かなかったことにした。

今日は何か色々疲れたという事で、金山超人執事に食事を部屋に運んでもらい、直ぐに寝る事にした。…勿論私は棗お兄ちゃんの布団に潜り込んだのは言うまでもない。

 翌日、披露宴の準備やら何やらで早く叩き起こされた私達は、各々自分にあった正装をして、会場である広い庭園で待機していた。私は主役である両親より当然派手さは控えめの落ち着いたデザインの水色のドレスを着用。お兄ちゃん達はスーツ姿だ。

何だか庭園の中央に立つママがよれっとしてるけど、昨日も致してたんですね。ご愁傷さまです。誠パパがやたら艶々なのが気になる所。ママの生気全て吸い込んでませんか?気のせいですか?そうですか。

そんな両親を遠目に眺めつつ、私達兄弟は庭園の隅で固まっていた。鴇お兄ちゃんの話によるとこれから色々な親戚が集まって挨拶回りをしなければならないそうだ。

なんでそんな面倒な…、とは言ってられないんだろうな…。

ぼんやりしている内に会場はガーデンパーティの様な形で彩られ、白い綺麗なクロスの掛けられたテーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。

メイドさん達がお皿を手に待機している所を見ると、メイドさん達がうまいタイミングでお客の欲しい物をとって、渡すんだろう。

なんだそれ。なんもかんもやって貰わなきゃいけないわけ?人間をダメにするわ、ここ。

ん?いや、もう遅いか。駄目な人間多いものね。

庭園を繋ぐアーチの方からガヤガヤと話し声が聞こえてきた。

多分その親戚一同とやらが到着したんだ。

私達は外面を装備して、戦いへと赴いた。

やってくる人、やってくる人に挨拶をしていく。どうやら、子供も結構いるらしい。

まぁ、皆顔はそこそこいいものの、人相が悪い。

しかも男子共がニヤニヤしてこっちを見て気持ち悪いったらない。

まだ六歳の子に何懸想してるのよっ。あぁぁ、怖いっ!!絶対近寄ってくるなよっ!!

そんな念を笑顔に込めて、呪いを飛ばしておく。

そうこうしてる間に、全員が集まり祖父母の挨拶から披露宴は始まった。

両親が並んで親族に挨拶を始める。こっからが長いんだろうなー。

面倒だなー…。ふと、兄弟達に視線を向けると、そこに一人の姿が足りない事に気付いた。

葵お兄ちゃんがいないっ!?

キョロキョロと辺りを見渡しても姿が見当たらない。

昨日の顔色の悪さを思い出し、急に嫌な予感が胸をざわつかせた。。

私はこっそりとその場を抜けだし、バラの木で出来たアーチをくぐり、外へ向かって駆け出した。

アーチを抜けるた先には玄関へ続く道がある。

手入れをされた芝の上を走り葵お兄ちゃんを探していると、


「誰に口答えをしているのっ!?」


ヒステリックな声と、バシッと何かを叩く音が聞こえた。

まさかっ!?

私が感じた嫌な予感は的中した。

こう言う時の勘はやたらと当たるんだよね…。

っと、直ぐに出て行って男の人がいたりしたら、かえって足手まといになるから。家の影に隠れてこっそりと様子を見る。

そこには、俯いている葵お兄ちゃんの姿があった。

顔とか叩かれた痕は遠目からだと…うん、見当たらない。となれば、見えない所を叩かれた、か。

女のヒステリーは陰湿だからね。

「私はこの家の跡継ぎなのっ。そんな私の娘と婚約させてあげると言っているのよっ!?貴方は大人しく頷いておけばいいのよっ!!」

ぐっと葵お兄ちゃんが拳を握る。

「貴方達を溺愛している鴇ならば言う事を聞いてくれるでしょうっ!?さっさと説得しなさいっ!!」

うわっ、せこっ!!

美形家族と繋がり持ちたいから?それとも後継ぎとしての保険?なんにしてもせこ過ぎるわ。

「ほら、何をしているのっ!?動きなさいよっ!!」

「……嫌です」

「何ですって?」

「嫌ですっ!今まで僕は実家に戻って来た時、貴方の言う通り駒として動いてきた。でも、もう嫌だっ!僕の大事な家族を、貴方に壊されたくないっ!!」

葵お兄ちゃん…。

今どれだけの恐怖をこらえているだろう。

その拳は白くなるだけきつく握られ、顔は青ざめている。

それでも、葵お兄ちゃんは私達家族を守ろうと必死になって戦っている。

どんなにボロボロでも、そんな優しくて強い葵お兄ちゃんが私はとても誇らしい。

「言わせておけば…。このクソガキがっ!!」


バシャンッ!!


バケツに入った水が葵お兄ちゃんにぶちまけられた。

「貴方は黙って私の言う事を聞けばいいのよっ!」


バシッ!!


今度は、扇子が葵お兄ちゃんの首に叩きつけられた。

やっぱり絶妙にばれない位置を痛めつけてる。

それでもぐっと葵お兄ちゃんは耐えて、けれど、その肩を力強く押され、とうとう葵お兄ちゃんは尻もちをついた。

おばさん三人はそれを見て笑い、一人がまたバケツの水を構えだした。

これだけ待機しても男の人は出て来ない。

なら、助けに行けるっ!!

私は反射的に走りだしていた。

葵お兄ちゃんに水がかからないように、その頭を抱き込み、


バシャンッ!!


私の頭から背中まで全てが水に濡れる。

「み、すず、ちゃん…?」

「大丈夫?葵お兄ちゃん」

ニッコリ笑って濡れた髪を掻き上げて私が尋ねると、葵お兄ちゃんは言葉なくただ茫然としている。

「今、片をつけてあげるから、ちょっと待っててね」

立ち上がり、くるっと振り返る。

「さて、と。伯母様方。少し私とお話しましょうか」

ぎろりと睨み付ける。

「私の大事な大事な家族を傷つけた報復をしっかりとさせていただきます」

「ふんっ。小娘如きが一体何が出来ると言うのよっ!」

「あら、簡単ですよ。こうするんです」

私は大きく息を吸い込んで、


「きゃああああああっ!!誰かあああああっ!!」


盛大に叫んだ。

「な、何をっ!?」

私の叫び声に家族は皆反応してくれる筈。

皆が駆け付けるまで私がすべきは彼女達を逃がさない事。この現場を維持する事っ。

走って逃げようとした伯母様方、決して逃がさないから。

目の前の伯母様の金持ちを主張したなっがいドレスの裾を踏み、走り去ろうとする二人の伯母様の背中へ靴を投げつけ転ばせる。

「こ、このっ!!」

ドレスから私をどかそうと手を振り上げた、その時。


パンッ!


叩く音が聞こえた。

私の体は何処にも痛みはない。だとすれば。

目の前には、見慣れたストレートの金髪と白いドレス姿。

「私の大事な子供達に何をしているのかしら?」

ママ登場である。

「わ、わたしをぶったわねっ!!この次期総帥であるこの私をっ!!」

「あら。何かいけなかったかしら?悪い事をしたら総帥であろうと何であろうと制裁は受けるべきでしょう?ねぇ、美鈴?」

「うん。ママ。その通りだわ。本音を言うなら私も叩きたい。葵お兄ちゃんが叩かれた分だけ。苦しめられた分だけっ」

「そうよね。だったら、私が可愛い娘に代わりに本懐を遂げてあげるわ。今度は、拳で、ね」

あー、ママ楽しそうだわー。指が鳴ってるー。素敵ー。

…こっちは放っておこう。

くるっと振り返り、葵お兄ちゃんに走り寄る。

「葵お兄ちゃんっ!大丈夫っ!?」

「美鈴ちゃん…」

「ごめんねっ。助けに来るの遅くなってごめんっ。早く着替えさせてあげたいんだけど、もう少しだけ、我慢してっ」

そう言いながら私は葵お兄ちゃんに抱き着く。

理解が追い付かず、ただ私にされるがままの葵お兄ちゃん。

そんなお兄ちゃんの耳元で私は囁いた。

「いい?葵お兄ちゃん。女と敵対するには、やり方があるんだよ」

「やり、方…?」

「そう。女は自分達が弱い事を知ってるの。だから、こうして裏に回って徒党を組んで自分より弱い一人を集中攻撃してくる。しかも弱さを盾に自分の正当性を主張してくる。でもね、最初から言っている様にそこが最大の弱点でもあるの。逆手にとって反撃するんだよ」

これが醜い女との男性が出来る戦い方。そうこうしていれば、ほら―――。


「姉さん達っ、そこで何をしているんだっ!!」


誠パパ、そしてお兄ちゃん達が追い付いてきた。

そう考えると、ママ、ドレス着てたのにどんだけ早く走ったの?と疑問に思ってしまう。が、あえて問うまい。

「一体何事だ?」

お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも追い付いて、他のお客様方も何事かと集まり始めた。

これで舞台は整った。

「ほら、これで伯母様達が作っていた裏工作は明るみに引っ張り出されて表舞台となった。あとは、相手の攻撃を全て防ぎ完膚なきまで叩き潰す」

私はこそこそと囁き、葵お兄ちゃんに微笑み、その濡れた髪をそっと撫でると、立ち上がりお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの方に体を向ける。

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。実は葵お兄ちゃんが伯母様方と口論になってしまいまして。伯母様がカッとなって私達に水をかけてしまったの」

「ほう」

「でもね?優しい伯母様達はその謝罪として本来お祖父ちゃんから受け取る筈だった『財産権を放棄』すると宣言してくれたの」

「なっ!?」

「とぉーっても優しい伯母様方でしょう?それに今ある『負債の肩代わり』も、もうしなくていいそうよ?」

「まぁっ!それは素晴らしいわっ。流石お義姉様方ねっ!」

ママが私に意図を悟り便乗してくれる。

「確かに。優しい伯母さん達なら、その位してくれるだろうな」

流石、頭の回転の速い鴇お兄ちゃんも参戦してくれる。これで、鴇お兄ちゃんを婚約者とする下らない目論見も潰せた。

さ、トドメと行こうか。

「それから、伯母様方はこれから急ぎ、『海外へ向かわなくてはならない』らしいの。本当はその費用も自分で出すと仰ってくれたんだけど、でもそこまで払わせるなんて出来ないと思うの。お祖父ちゃん、お願い。チケットを用意してくれる?伯母様方”だけ”のチケットをそれぞれ三カ国分」

これが本当の海外追放ってね。これで仕返しにもこれない距離になる。お金も全て取り上げて海外へ放り出す。あともう一つ意味があるけれど。それは直ぐに分かるはず。

さぁ、この無能な伯母様方は何が出来るかしら?

「何を勝手な事をっ!!」

「そうよっ!!私達一言もそんな事言ってないわっ!」

「お父様、信じてよっ!!こんな庶民の親子の言葉を信じるのっ!?実の娘である私達よりっ!?」

ヒステリー炸裂。

葵お兄ちゃんの不安そうな姿が視界の端に映る。でも大丈夫。こんなの想定の範囲内だよ。

私が前世で何回女のヒステリーとぶつかってきたと思ってるの?

女が相手なら全くもって怖くないのよ。

「ママ」

呼ぶと、ママは私としっかりと視線を合わせ、そしてしっかりと頷いた。

「誠さん」

「な、何だい?」

「これからも私と一緒にいてくださいますか?どんな事が起きても」

「勿論だっ」

「良かった。ならば」

ママはつかつかと歩き、喚く伯母様方…ではなく、真っ直ぐお祖父ちゃんの前に立つとその頬を力の限り殴りつけた。

「ママっ、そこは普通ビンタじゃないのっ!?」

「美鈴、突っ込み場所が違うっ!」

私の突っ込みに棗お兄ちゃんが更に突っ込みを入れる。

けれど、周りはその光景に唖然とした。

そりゃそうだ。花嫁が義理とは言え父親の顔を殴りつけたんだから。しかも敵対していた伯母様方ではなくである。

ママは綺麗な瞳をすっと細めて言った。

「お義父様はご理解していますか?この状況を作り上げたのはお義父様、貴方なんですよ。こんな風に我儘に、傍若無人に、彼女達が育ったのは全て貴方の所為です。誠さんと初めてあった時、誠さんの瞳は常に寂しさに揺れていた。彼女達も皆そう。貴方が子供に愛情も注がず育てた結果がこれですっ」

「佳織…」

「忙しいだの、自分は総帥だの。そんな言葉で貴方が切り捨ててきた者達のなれの果てが彼女達です。お義父様。全て貴方の責任です。本当は貴方に責任をとらせたかったのですが。これでも私は譲歩したつもりです。お義父様の為を思って、美鈴が出した譲歩に乗っかったのです。まぁ、それすら結果的に貴方の失敗作によって放棄されましたが」

ママがお祖父ちゃんと対峙する。お祖父ちゃんは最初殴られて怒りを露わにしていたけれど、若い女に説教されてだんだんと怒りも声も小さくなっていって最終的に何も発せず口をパクパク。

辺りが沈黙で包まれた。

しかしそれを破ったのは盛大な笑い声だった。しかも、その笑い声の正体は、

「おーほっほっほっ!面白いっ、本当に面白いわっ!げほっ、ごほっ」

お祖母ちゃんだった。しかも、笑いすぎて噎せると言うおまけ付き。

一頻り笑い、涙を拭ったお祖母ちゃん。

その後の表情は、先程の馬鹿笑いなど幻だったんじゃないかと思わせる、冷静で大きな怒りを含んだ無表情へと一変した。

「良い機会よ、順一朗さん」

「良子?」

「少し反省したら宜しいわ。昔から貴方はそう。人の気持ちを理解出来ず、踏みにじって。順一朗さん、覚えてらして?本来、貴方の『恋人』で『婚約者』だったのは私だったのよ?」

「そ、れは…」

「浮気を繰り返して、色んな所で子供を作って、最後に私の所にいけしゃあしゃあと戻って来て、子供を育ててくれって?私を馬鹿にするのもいい加減にして欲しいわ。正直私にとっての『子』は血の繋がった『誠』だけ。後は貴方が外で勝手に作った子なの。勿論子供に罪はないわ。だから私は平等に育てた。けれど、私にとっては所詮他人の子なのよ。年々貴方に似て馬鹿に育っていくこの子達を見て私は嫌気がさしていたの」

はんっ、と鼻で笑い飛ばす。

やだ、お祖母ちゃん素敵っ!惚れちゃいそうっ!!

「順一朗さん。佳織さんの言う通り、貴方のつけは全てご自分でどうにかなさいな。私は暫くこの家を離れます」

「そ、そんなっ。良子、お前ひとりで何処へっ」

お祖父ちゃんがお祖母ちゃんに縋りつく。情けなー。

でもお祖母ちゃんも容赦なかった。

「そうね。佳織さんが許してくれるなら、息子夫婦の家へお邪魔しようかしら」

もう別居は決定らしい。

お祖母ちゃん素敵っ!!大事な事は二度言いますよっ!!

「是非いらしてくださいっ」

ママの言葉に私達家族は皆微笑み頷いた。

「そうと決まったら、早速準備をして今日中に出て行きましょう。あぁ、それに、『私』の孫達の手当てをしなくてはね。おいでなさい、葵、美鈴」

お祖母ちゃんの言葉で全てに収拾がついた。…正しくは、私達だけ収拾がついた。後の片づけはお祖父ちゃんに丸投げである。

そのお祖父ちゃんは茫然自失って感じなので復活に暫くかかると思われ。

だったら相手にするだけ無駄無駄。私は葵お兄ちゃんのもとに戻り、

「葵お兄ちゃん、行こうっ」

手を差し伸べるけれど、葵お兄ちゃんが動かない。

すると、後ろから手が伸びてひょいっと葵お兄ちゃんは宙に浮いた。

「鴇兄さん…」

「全く、無茶しやがって。ほら、行くぞ。葵」

「う、ん…」

鴇お兄ちゃんの腕の中に抱っこされる葵お兄ちゃんを見ると、まだ、小学生だったんだと思い出す。

「美鈴っ。僕達も行こうっ。早く服乾かさないと風邪ひいちゃうよっ」

「うん。もういっそ着替えた方が早いかもね、棗お兄ちゃん」

私は棗お兄ちゃんと手を繋ぎ、家族皆でお祖母ちゃんの後を追った。

その後、お祖母ちゃんの行動は早かった。

「いつかこうなると思ってたのよー」と明るく呟いて、鞄一つを持って私達と一緒に誠パパの実家を後にした。

勿論私と葵お兄ちゃんは濡れた服を着替えて、葵お兄ちゃんは金山さんにしっかりと手当てをして貰った。

殴られた所は赤く腫れあがっていて、その姿を見ると、腹が立って今すぐ戻ってあの伯母さん達をボコにしたい衝動に駆られた。

それはママも同じだったらしく、葵お兄ちゃんの姿を見て、拳を握ってにっこりしていた。戦いにいかんとするママを止めるのは大変である。

帰る車の中でお祖母ちゃんは白鳥家に付いて教えてくれた。

そもそも、白鳥家はお祖母ちゃんの生家だったらしい。

若い頃、お祖父ちゃんと恋仲になり、結婚を約束していたのだが。

お祖父ちゃんは、遊びたい盛りで、しかもお祖母ちゃんは白鳥財閥の跡取りで結婚すればお金も手に入る。

遊びたい放題遊んだお祖父ちゃんは愛人を何人も作り、その女達との間に子供も作った。それが、誠パパの兄や姉であり、今日の伯母さん達の事でもある。

恋人で婚約者で、妻でもある自分よりも早く生まれたお祖父ちゃんと愛人の子供。

お祖母ちゃんは、当時悲しみでくれていた。が、子供に罪はないと、育てて行った。

そんな中、漸く落ち着いてきたお祖父ちゃんが自分の下へ戻り、出来た子供が九人目である誠パパ。

誠パパが賢い事を知ると、お祖父ちゃんは誠パパに跡を継がせ、自分の地位を盤石なものにしようとしたらしいが、それは誠パパ自身が拒否をした。

お祖母ちゃん的には、跡を継いでくれても放棄してくれてもどちらでも良かったらしい。お祖父ちゃんが自由に出来なくなればそれで良かったんだって。

そしたら、お祖父ちゃんは鴇お兄ちゃんにこっそり目を付けた。それを、知った愛人の子である伯母さん達が自分達が財閥の跡を継ぐ為にも、鴇お兄ちゃんに取り入っておこうと考えて、葵お兄ちゃんを使って内情を探らせていた。

何となくそれを感じ取っていたお祖母ちゃんは、年を取って柔らかくなったお祖父ちゃんを上手い事操作しようと常にお祖父ちゃんにとっての良妻でいようとしたのだけれど、いかんせんお祖父ちゃんも義娘達も馬鹿過ぎた。

結果、今回の事態となった。

まぁ、結論から言えば、ママの言葉通り、お祖父ちゃんが全部悪い。

けど今更それを言っても仕方ないってお祖母ちゃんは楽しそうに笑い、いっそ離婚してやろうかしらっ、とワクワクしている。

たまりにたまったお祖母ちゃんの鬱憤はこれから晴らされるだろう。

ま、女がいつもやられっ放しと思ったら大間違いって事で。

私達は家へ帰り着くのだった。


やっと我が家へ帰り着いたと、皆がホッとして、鴇お兄ちゃんが玄関のドアを開けると、


―――ドサッ。


音がして振り返って、私は驚きに目を見開いた。

「葵お兄ちゃんっ!?」

葵お兄ちゃんが真っ赤な顔をして倒れている。

慌てて走り寄って、荒い息をしている葵お兄ちゃんの額に手をあてる。

超あちぃっ!?

「ママっ!葵お兄ちゃんっ、凄い熱っ!」

叫び、葵お兄ちゃんを抱き起すとママも急ぎ近寄り、膝を折る。

その額と額をくっつけると、ママの目も丸く驚きに見開かれた。

「美鈴、どけ。俺が運ぶっ。棗っ、部屋の準備をっ」

言われた通り急いでどく。鴇お兄ちゃんが軽々と葵お兄ちゃんを抱き上げて家の中へ入っていく。その前を棗お兄ちゃんがバタバタと走って行った。

「私、看病の準備するっ。ママ、お祖母ちゃん、とりあえずリビングに車の中の荷物を運んでっ。誠パパっ、解熱剤と冷却シート、スポーツドリンクと念の為に湿布も買ってきてっ!」

手早く指示して私も急いで中へと入る。

洗面所で手洗いうがいをちゃんとして、タオルを数枚腕にかけて、小さなタライに水を入れて、二階へと駆け上がる。

誠パパが冷却シート買って来てくれるまでこれで凌がないとっ。

葵お兄ちゃんの部屋に飛び込むと、鴇お兄ちゃんが葵お兄ちゃんをベッドへ寝かせ、棗お兄ちゃんが靴を脱がせている最中だった。

葵お兄ちゃんの勉強机の上にタライを置くと、タオルを一枚手に取り、水で濡らして固く絞る。それを寝かされた葵お兄ちゃんの額の上へとそっと乗せた。

「殴られた所から熱が出たんだね…。水掛けられたし尚更」

「くっそ。あのババア共っ。俺も殴っとけば良かったっ」

「私も、目潰しの一つや二つしとけば良かったっ」

「美鈴、それはちょっと…」

「だって、葵お兄ちゃんが…」

こんなに苦しそう。

呼吸すら辛そうで、顔を真っ赤にして、汗を流すその姿は見るに堪えない。

もう一枚のタオルでその汗を拭って、私はそっと毛布をかけた。

「目を覚ました時ように着替えと、あと、抵抗力付ける為にご飯の用意しないとっ。棗お兄ちゃんは葵お兄ちゃんを看てて。鴇お兄ちゃんは、私と一緒に一旦下へ行こう」

二人は頷き、私と鴇お兄ちゃんは部屋を出る。

急ぎ足で、リビングへ行くと、荷物を運び終えたママとお祖母ちゃんが心配と顔に書いて駆け寄ってきた。

「一先ず、ベッドに寝せてきた。今棗がついてる。明日まで熱が引かないようなら医者に診せる」

「そうだね。もう、夜だし…。とにかく私、ご飯作る」

「美鈴ちゃんが作るのかい?」

「あ、そうでしたね。お義母様は知らないんでしたね。我が家の台所は美鈴の城なんです。私達は立ち入り禁止なのよ~」

ママがあっさりと六歳に食生活を管理させてますと残念発言をしました。

なのにママは何処か誇らしげ。何故だ。

「そうだ。お祖母ちゃん」

「ん?何だい?美鈴ちゃん」

「お祖母ちゃん、どの部屋使う?客室も和室も掃除してるから使えるよ?ママ、案内してあげて」

「分かったわ。うふふ、お義母様。後でゆっくりとお話ししましょう?私の書いてるアレについて」

「良いわねっ。楽しみだわ。うふふふ…」

二人が黒い笑みを浮かべてるって事は、BL本の話かな?

まさかお祖母ちゃんまで好きだとは予想外だった。

「アレって?」

「うん。鴇お兄ちゃんは知らなくて良い世界だよ。知ったら大変な事になる」

どこか遠くを見つめて私が言うと、鴇お兄ちゃんは首を傾げながらも一応頷いてくれた。

さて、早速ご飯を作ろう。

葵お兄ちゃんには御粥だね。他の皆も疲れてるから胃に優しい物にしよう。煮物とかがいいかもしれない。でも時間がかかるし…そうだっ。リゾットにして皆お粥にしてしまおう。

今日の献立を決めたら早速行動に移る。鴇お兄ちゃんをママとお祖母ちゃんの手伝いにつかせて、手早く作り始める。

暫くして誠パパが息を荒くして帰ってきた。誠パパに冷たいお茶を渡して、買って来て貰った物を受け取ると二階へ駆け上がる。因みに鍋の火はしっかりと止めている。

葵お兄ちゃんの部屋に入り、棗お兄ちゃんに様子を聞きながら、スポーツドリンクの入ったペットボトルを開けてストローをさして置き、葵お兄ちゃんの額からタオルを退けて代わりに冷却シートを張り付ける。解熱剤は起きてからで十分だろうし、その前に何か食べないとだし。

となると、葵お兄ちゃんが起きた時、体を拭けるようにタライの水をお湯に変えてこよう。タライとタオルを持って部屋を出て、洗面所へ。タライの水を捨て、使用済みタオルを洗濯籠に放り投げ、新しいタオルを持ってキッチンに行く。

湯沸かし器からタライにお湯を張り、タオルと一緒に誠パパに預け、私は晩御飯の準備に戻った。

そのまま、夜は更けて行って皆で私の作った晩御飯を食べた。けれど、葵お兄ちゃんは苦しんだまま意識を取り戻さず、焦った鴇お兄ちゃんが知り合いのお医者さんを引き摺って来てくれて。夜中で、しかも人が既に寝静まった時間帯に拉致られたお医者さんは寝惚け眼を擦りつつも葵お兄ちゃんを診てくれた。

やっぱり殴られたりした所為で熱が上がったらしくて、明日一日休めば落ち着くと言ってくれた。ほっとして皆が胸を撫で下ろす。

ママが葵お兄ちゃんの看病をしてくれると宣言したので、私達は部屋に戻りその日は寝る事にした。勿論、私は棗お兄ちゃんの部屋に突撃をかましてるのは言うまでもない。

翌日、皆が仕事、学校に出掛けたのを見送って、朝の家事を全て済ませ看病をしているママとバトンタッチして私は葵お兄ちゃんの看病をする。お客さんとかはお祖母ちゃんが対応してくれるらしいから問題ない。

葵お兄ちゃんの部屋に入って、窓を開ける。

空気の入れ替えは大事だよね。葵お兄ちゃんが寝ているベッドの横にある椅子に座りその様子を見る。

昨日よりは顔色が良くなっていて、ホッとする。冷却シート替えてあげようかな。

葵お兄ちゃんに近寄り、今ついている冷却シートをとり、新しい冷却シートをつけると、ピクッと反応をしめし、その瞳が開かれた。

「葵お兄ちゃん、目が覚めたっ?」

「み、すず、ちゃん…?あれ…ぼくは…」

キョロキョロと状況を確かめようとする葵お兄ちゃん。

私は椅子を近づけてその椅子に座った。

「昨日家に帰った途端に熱出して倒れたんだよ。大丈夫?体、痛くない?今日は学校お休みする電話したからね。とれるようなら水分とってね。お粥食べれる?」

怒涛の勢いで葵お兄ちゃんに詰め寄る。

「だいじょう、ぶ。ごめん、ね。迷惑、かけて…」

辛そうな顔をしながらも起き上がろうとする葵お兄ちゃんを慌てて支えて、私はスポーツドリンクを差し出す。

おずおずとそれを受け取り、葵お兄ちゃんはストローを口に含んで、ゆっくりと飲んでいく。それでもほんの少し飲んだだけで、飲むのを止めてしまった。

「葵お兄ちゃん?まだ飲まなきゃ駄目だよ?一杯汗かいたんだから」

「う、ん…」

「葵お兄ちゃんっ?どうしたのっ?何処か痛いのっ?」

その綺麗な藍色の瞳から滴が溢れ流れている。葵お兄ちゃんは泣き顔を私に見せたくないのか俯いた。

「ど、…して…、ぼくは、こうなのかな…。いつもいつも、大事な所で役に立たない…っ」

ぐっとその綺麗な手が握られた。

「鴇兄さんも、棗も、いざという時、皆を守れるだけの強さを持ってるっ。なのに、僕は…僕はっ、最後の最後で足を引っ張るんだ…。皆の力に、なりたいのに…くっ」

息を殺して泣く姿。足を引っ張ってなんかないのに。

葵お兄ちゃんはあの面倒な伯母さん達相手に、こんな思いをしてまで戦ったのに。

思わず苦笑いが浮かんだ。

「葵お兄ちゃん。私達はまだ、子供なんだって事覚えてる?」

「え…?」

「いいんだよ。そこまで頑張らなくても。足を引っ張ってもいいの。だって子供だもの。足を引っ張って、迷惑かけて当然なの。気にしなくてもいいのよ。親なんて子供に迷惑かけられてなんぼの存在でしょう?」

「でも…」

「棗お兄ちゃんも、同じ事で悩んでたよ。自分は誰も支えられないって」

「棗が…?」

「うん」

結局二人共同じことで悩んで苦しんでいた。双子、だよね。悩んでた事も同じなんて。二人は、家族の為になりたいって、そう思って頑張ってそして悩んでた。

まだ、小学校の低学年で、だよ?

「棗お兄ちゃんもそうだけど、葵お兄ちゃんもちょっと早く大人になろうとし過ぎだよ。いいんだよ。今のままでいいの。ゆっくり成長していこうよ」

葵お兄ちゃんの横に座り、その頭を抱き寄せた。

「それにね、葵お兄ちゃん。私ね、あのババア…もとい伯母様達に立ち向かう葵お兄ちゃんをみて、すっごく誇らしくなったよ。私のお兄ちゃんはこんなに強いんだってっ。こんなにカッコいいんだよっ、って」

嗚咽に震えるその背中を、頭を何度も何度も撫でて、囁く。今のままでいい。

例え鴇お兄ちゃんや誠パパに迷惑をかけたとしても、その位で怒って嫌いになる人達ではない。

だから、大丈夫。葵お兄ちゃんは今のままでいいよ。

私はそう囁き続ける。

「少なくとも、葵お兄ちゃんが頑張ったから、鴇お兄ちゃんはどこぞの馬の骨と結婚させられる事も、お祖母ちゃんがこの先苦しめられることもなくなったんだよ。凄いよね。葵お兄ちゃん流石だよ。もっともっと自分の事、誇っても良いよ」

「みすず、ちゃんっ…っ」

「頑張ったね、お兄ちゃん。偉い偉い」

葵お兄ちゃんは堰を切ったように泣いた。ぐっと私を抱きしめて。ちょこっと骨が軋む音がしたが、葵お兄ちゃんの為なら耐えて見せるっ!

私は葵お兄ちゃんが泣き止むまで、その頭を撫で続けた。


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