小話28 親の戦い
※ 本編の補足、本編に関係のない日常等々です。読まずとも問題ありません。
ただ、読んで貰えたら喜びます(笑)
『…以上です。他のご質問は…では、そちらの…』
記者会見が始まり、ホテルの会場は沢山の報道陣で埋め尽くされている。
白鳥家と言えばかなり大きい上にFIコンツェルンも吸収合併となれば仕方ないかもしれない。
私は誠さんと二人、良子お義母様が座る舞台の直ぐ側に控えていた。
「先に子供達を部屋に返しておいて正解だったね」
誠さんが苦笑して私に向かって言う。
それに何故か私は素直に頷けなかった。どうしてだろう。
私は今美鈴から離れてはいけなかったのではないか、と。
ずっと胸の中がモヤモヤとしている。心のどこかがざわざわとして、ずっと全身がピリピリとした緊張感を持っていた。
(どうして、こんなに…。…美鈴に何かがあると言うの?だとしたら、乙女ゲームに関連している筈…。でも、こんな白鳥家に関わるようなイベントは…。いえ。ちょっと待って。『白鳥家』に関わるイベントはない。だけど、もし『白鳥家』関連のイベントではなかったとしたら…?)
記憶を巡る。そして私は一つのイベントに辿り着いた。
メインヒーローである樹龍也のイベントだっ!
ホテルでの強制イベント。爆弾テロイベントだっ!!
「しまった…」
さーっと血の気が引く。
「佳織…?」
そんな私を心配して誠さんがぐっと肩を抱き寄せてくれるが、今はそれ所ではない。
「美鈴っ!!」
誠さんを跳ね除けて出入り口の方へ駆けだす。
あのイベントは確か、皆睡眠薬を嗅がされて、尚且つ体を麻痺させられてととんでもないイベントだった。
いつかこのイベントは起きるだろうと覚悟はしていた。
(していたわ。けど、まさか今とは思わないじゃないっ!)
せめて、小学高学年に発生するなら、美鈴だってもっとちゃんと対処できる体格に育っていたはずなのに、まだ園児と変わらない様な体格じゃ、そんなの無理に決まってるっ!!
沢山いる記者の脇を抜けて私が豪華なドアへと手をかけた瞬間。
―――ドサッ。
誰かが倒れる音がした。
慌てて背後を見ると、そこには倒れた記者の姿。
―――ドサッ。ドサドサッ。
一人、二人と次々と倒れて行く。
まさか、全ての記者を眠らせる為に睡眠薬を撒いていると言うのっ!?
ドアノブへ手をかけてグッと引っ張ってみる。
ガチャガチャと音だけをならして開く気配がない。鍵っ!?
辺りに視線を巡らせる。倒れた人間はどれもドアの近くにいた…。なら、きっと私が今立つドアの近くに何か……いいえ。違うわ。
一斉に全員を眠らせるつもりならこんなせこい手を使わずに霧状のを噴射するなりするはず。こんな少量を入れる理由、それは…。
「侵入して真っ直ぐターゲットを狙う為。そしてもう一つ。こちらを囮にする為ねっ!」
そんな事させないわっ!!
足を振りあげて、
―――バァンッ!!
全力の蹴りをドアにお見舞いする。
「ぐあっ!?」
ドアが開くと同時に誰かが吹っ飛んだ。
勢いよく開いたドアに弾き飛ばされた黒尽くめの人間は廊下の壁に体を強かに打ちつけられてズルズルと崩れ落ちた。
近寄ってみるとそいつの手には麻酔銃が握られていた。
「成程、ね。これ、借りるわよ」
奪い取り麻酔をそいつに撃つ。
これでこいつは良し。
「佳織っ!」
誠さんが駆け寄って来てくれる。それに私も駆け寄り、
「誠さんっ!記者の人を皆避難させるかしないとっ!せめて、今日のお客様だけでも避難させないとっ!」
説明より先にお客様を逃がそうと誠さんに頼む。けれど、
「佳織さん、これは一体どう言う事っ!?」
立ち上がった良子お義母様の後ろ。何かが光る。
ヤバいっ!
「お義母様っ!逃げてっ!!」
叫んだけれど、その時には既に遅かった。
「きゃあああっ!!」
お義母様の悲鳴と、
「動くなっ!!」
お義父様の…いいえ、くそ爺の怒声が響き渡った。
いつの間に記者会見の為の屏風の裏に潜んでいたのか。
安全に関してはちゃんと対処した筈なのに。一体どうやって潜り込んだ。疑問ばかりが浮かぶけれど、今はそれ所じゃない。
お義母様がくそ爺の腕に首を絞められ、首の位置にナイフを突きつけていた。
「……なんてことを…」
お義母様が小さく呟く。それにくそ爺は苛立ちを含めた笑みを浮かべる。
「もう地に堕ちるだけの人生。だったら良子、貴様も道連れにしてやる。貴様だけ幸せな老後を歩ませてなるものかっ!!儂から全てを奪い取った貴様だけは儂の手で殺してやるっ!!」
なんて自分勝手な…。
全てあんたが悪いって私はあの時に言ったはずだ。それを逆恨みして、更にお義母様を殺そうとして、更にテロを起こす?
ふざけんなってのよっ!
丁度良く私は誠さんの背に隠されている。
だったら…。
そっと誠さんの影から、お義母様の隣で対処に迷う美智恵さんに視線を飛ばす。
するとあちらも私の視線に気付き、それを確認した私はそっとその視線を記者の持つガンマイクに移動させた。
ハッと何かに気付いた美智恵さんは、その視線だけで了承の意志を表す。
こくりと頷き、私はそっとハイヒールを脱いで…タイミングを見計らう。
爺が腕を振り上げた瞬間。
ガッと誠さんの肩を掴み、勢いよく跳ね上がり持っていたハイヒールを爺の腕目掛けて投げつけた。
「ふおっ!?」
見事に腕に当たった、その隙を狙って、
「良子っ!!」
駆け出した美智恵さんが記者からガンマイクを奪い取りお義母様へ向かって放る。
それを舞うように優雅に受け取ったお義母様は、薙刀の構えをとり爺の体へと一撃を繰り広げた。
吹っ飛ぶ爺が記者の中へと放り込まれ、記者達は波が引くかの如く綺麗に爺を回避して、爺は記者達の座っていた椅子を巻き込んで転げた。
「うぐっ…くそっ、いつまで隠れているっ!高い金を出して雇ってやったんだっ!!儂を助けろっ!!」
爺が体を起こしながら叫ぶ。
すると、天井から黒服の人間がばらばらと降ってきた。
「金山っ!」
突如誠さんが叫ぶ。
「はっ!」
現れた金山さんは、…ごめん、背に旭預けたままだった。受け取るべきか…?いやでも今誠さんがする事を考えると、金山さんの背が一番安全ね。
「今すぐゲストと記者達、それから従業員の避難をっ!それから、子供達をっ」
「待ってっ!誠さんっ!」
子供達を避難させるのは待ってっ!
思わず誠さんを止める。
「あの子達は今直ぐには動ける状態にないわっ!あの子達を逃がす為にも全員が無事に逃げ切る為にも今は金山さんにゲストの避難を優先させてっ!」
「…分かったっ。頼む、金山っ」
「はっ。ただちにっ!」
金山さんが消えたのを確認して、私と誠さんは頷き合う。
そして駆け出した。
「うらぁっ!!」
「隠密のテロリストが何叫んでる、のっ!!」
振り上げられたナイフ。それをあっさりと回避して腕を抑え込み一本背負いを決めこむ。床に背中を打ち付け横になって呻くそいつに止めの蹴りを一発顔面に叩き込み、ナイフを奪い、銃を持っている別の黒服の銃口へと投げつける。
そのまま私の横を風のように走り抜けた誠さんが銃を叩き落として、そいつの懐に入りこみ腹部へ拳を叩き込んだ。
誠さんに襲い掛かる三人の黒服。だが、誠さんはあっさりと一人を殴り飛ばし、一人に回し蹴りを決め、最後の一人の脳天へ肘鉄を喰らわせた。
汗一つ見せず対処する誠さん。流石だわ…。かっこいい。
…あっ、といけない。誠さんに惚れ直してる暇はないわね。
背後に迫る気配に、バッと振り返って大きな宝石が特徴の指輪を付けている右手でストレートを顔面にぶち込む。
残り…三人…二人…。
「あんたで、最後ねっ!!」
私は最後の一人に向かって走る。
銃を向けてきてももう遅いっ!!
懐へ潜りこんで、足を払い、前かがみに倒れそうなそいつの顔面に膝蹴り。
「ぐほっ…」
前歯は全部折れたかしら?
鼻血と口の中の血と。垂れ流しながら倒れるのを避けて私はもう敵がいないか確認する。
うん。大丈夫そうね。
「ば、馬鹿な…儂の雇った精鋭たちが…」
爺が茫然と呟く。
そんな爺の顔をお義母様がガンマイクでぶん殴った。
「あなたは自分の息子の職すら分からないのですか?…そこまで腐った人間だったとは…。誠、このクソ爺を」
取り押さえて。
そうお義母様は言うつもりだったのだろう。
その時―――電気が消えた。
外にまだテロリストがいたという事っ!?
驚く。けれど、駄目だ。
意識を集中させなければ。どうせ暗闇で見えないのだ。
そっと瞳を閉じて音に集中する。すると突然の暗闇に慌てふためく記者の声と、そして二つの足音。
「させるかっ!!」
「させないわっ!!」
私と誠さんの声が同時に響く。
爺を回収しに来たであろうテロリスト二人に私と誠さんは同時に動き拳を鳩尾へと叩き込む。そして、その手を掴み爺がいるであろう場所へ背負い投げ。
痛みに苦しむ声が三つ重なったと同時に、明かりがついた。
目の前には体格の良い男二人に潰された爺が仲良く重なってのびていた。
これでテロリストも爺も片付いた。
あとは…。
「誰でもいいっ!誰かカメラを回してっ!お願いっ!」
私は叫んだ。
すると呆気にとられたり恐怖に震えていたカメラマン達が頷き合い動き出す。
ここまで来ると多分私達と美鈴達がいる場所は防火シャッターで遮断されているだろう。
なら、私がこれから出来るのは…美鈴達と状況の確認を取り合う事。
カメラマン数名が準備が出来たと言ってくれる。頷き息を吸って。
「緊急っ!!ゲストは無事に逃げていますっ!白鳥純一郎とテロリストも全て確保っ!残すは爆弾のみっ!繰り返しますっ!」
同じ言葉を美鈴達に届くようにと繰り返す。
その状態を続けながら、横目で爺を抑え付けて縛ろうとしている誠さんに指示を出す。
「誠さんっ。こいつらは爆弾を仕掛けているのっ。多分地図を持ってるわっ。探してっ」
「分かったっ」
子供達に言葉が届きますように。祈りを込めて言葉を続ける。
「あったぞ、佳織っ」
「見せてっ!」
地図を覗く。
あぁ、やっぱり…美鈴達の方に爆弾が集中している。爆弾の個数を見て、あぁ、やはりここは現実の世界なんだと思い知る。テロリストが仕掛ける爆弾が数個だけな訳がないのよ。
でも、きっと美鈴なら。私の娘ならば冷静に判断して動けるって信じてるから。なら私が今やるべきことは…。
「奥様っ!大変でございますっ!坊ちゃまとお嬢様がっ!」
ゲストを避難させた金山さんが戻って来た。
「大丈夫。知ってるわ。金山さん。次はホテルのオーナーに事情を説明して電気経路の復旧とオートロックとセキュリティの解除を」
「そちらは問題ありません。もう既に完了しています」
流石っ!
嬉しくて笑みが浮かぶ。
「それから、私の手の者によりホテル内にいたテロリストは全て捕獲済み。そして、爆弾が既に何個かお嬢様の指示により解除されております」
それを聞いて更に嬉しくなるっ!美鈴が冷静に動いてくれている事もだけれど、それ以上に美鈴達が全員無事でいてくれる事が何より嬉しいっ!
そうだ、これについて連絡しないとっ!
口を開いた、その時。
「貴様っ!!何をしたっ!?」
誠さんの声が私の声を遮った。
驚きそちらを向くと、男の手には何かのスイッチが…まさかっ!?
起爆スイッチっ!?
いけないっ!!
私は急ぎカメラに顔を向け、叫ぶ。
「緊急っ!!テロリストの一人が一瞬の隙をついて爆弾を起動したっ!!繰り返しますっ!!テロリストの一人が一瞬の隙をついて爆弾を起動しましたっ!!尚っ、電機はもう通常に戻りましたっ!エレベーターは動きますっ!あと、ホテルのオーナーに頼んで全ての部屋のオートロックとセキュリティは解除っ!!繰り返えしますっ!!電機はもう通常に戻りましたっ!エレベーターは動きますっ!あと、ホテルのオーナーに頼んで全ての部屋のオートロックとセキュリティは解除っ!!」
何度か叫んで、私は地図に視線を戻す。爆弾があるであろう場所を思い出す。
この場所から考えると、美鈴が捕まってた場所、その隣に好感度最下位キャラの場所があって……ん?これは…私達の方に爆弾が三か所ある。
これは…成程。このイベントが起こる時点で会う事の叶わないキャラ…『申』のキャラクターねっ!そう考えれば数が合うわねっ!
「金山さんっ!この×印の所へ行って、パスワードを『12』と入力。更に『赤』のコードを切って来てっ!」
「かしこまりましたっ」
姿を消した金山さんが戻るまでの間、私は情報が伝わる様にカメラに向かって情報を流し続ける。
少しの時間で戻って来た金山さんの姿を確認して私は次の情報を流す。
「こちら側の爆弾は全て解除っ!尚爆弾の数は三つで『申』を解除っ!繰り返しますっ!こちら側の爆弾は全て解除っ!尚、爆弾の数は三つで『申』を解除っ!!」
後は…美鈴達が全ての爆弾を解除してくれるのを待つのみ。
そう思い、小さな情報が入り次第カメラに向かって伝達を繰り返していると。
―――ガタンッ。
音がしたと思って振り返ると、そこには黒服の男が立っていて。
「佳織っ!」
誠さんの声と同時に黒服を殴り飛ばす姿が目に入り、次の瞬間男は床へと転がる。
「無事かっ!?」
「え、えぇっ、大丈夫よっ」
驚きはしたけれど、どこも傷はない。
殴り飛ばされた黒服…。そいつに何故か違和感を感じる…。どこか今までの黒服と違う…。
じっとそいつを観察する。何処が違う…?
……そうだ。腕についてる腕章。それが違うっ!
そいつに駆け寄り、ぐいっと胸倉を掴みギッと睨み付ける。
「貴方が親玉ねっ!?知ってる情報を全て吐いて貰いましょうかっ!!死にたくないのならねっ!!」
拳を振り上げて脅しをかけてみる。だが…。
「ハハ、ハハハハハハハッ!!それはこちらのセリフだっ!!ガキ共を使って爆弾を解除しているようだがなっ!!お前達の地図は一か所だけ違うく出来てるんだよっ!!残念だったなっ!!フハハハハハハッ!!」
狂ったように笑いだす。
「なんですってっ!?それは本当なのっ!?」
「本当に決まってるだろうっ!!」
自分から情報を漏らすなんて馬鹿なの?流石爺の雇った精鋭テロリストね。私と美鈴には前世の記憶と言う武器がある。
『一つだけ違う場所がある』
それさえ解れば他なんて必要ない。
「……そう。それだけ分かれば十分よっ!お休みっ!!」
―――ガンッ!!
全力で頬を殴りつけ、おまけの一発を腹部に叩き込む。
早く、早く伝えなければっ!
手遅れになる前にっ!!
急ぎカメラの前に立ち言う。
「緊急っ!地図に書かれた印の一つは嘘だと犯人が供述っ!繰り返しますっ!地図に書かれた印の一つは嘘だと犯人が供述っ!」
伝わって欲しい。
美鈴っ!
美鈴っ!!鴇っ!!葵っ!!棗っ!!優兎っ!!頑張ってっ!!
私に出来る事はもう殆どない。けどここでこうやって貴方達に私達の存在を教える事は出来る。
味方はここにもいるわっ!だから、だからっ、やり遂げてっ!!
私は祈る様に、カメラへ向かって現状を伝え続けた。
ママは強いのです




