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第十話 花島優兎

夏休みも残す所あと数日。

金山さんの運転するリムジンで今日やっとママの実家から帰宅してまいりました。日が落ちる前について良かったぁ。

玄関を開けると良子お祖母ちゃんが出迎えてくれる。それはいいとして…。ドタドタと聞き慣れない音がしてつい視線をそちらへ向ける。

空家だった隣家の前にトラックが止まっていた。

「?、誰か引っ越してきたの?」

こんなお金持ちの住宅街に引っ越してくるなんて、これまたお金持ちなんだろうなーって事は解るけど…。

「…?、誰でしょうね。私もここ数日家を空けていたから、分からないわ」

「お義母さんも知らないんですか?んー…だとしたら、そのうちにまた挨拶に来ますね。きっと」

「だと思うけど。今はそれよりも、皆。今年の里帰りの話を聞かせてくれる。楽しみにしてたのよ」

良子お祖母ちゃんがママと一緒に家の中へ入っていく。ママの腕には勿論旭がいる。

それを見送りつつ、私は自分の荷物をしっかりと持って、自分が買ったお土産も持つ。

「美鈴、ほら、これもだろ」

「あ、うんっ。ありがとうっ、鴇お兄ちゃんっ」

鴇お兄ちゃんに小さな紙袋を受け取る。

「葵、棗。悪いけど、こっちの親父の荷物も持ってくれるか」

「了解っ」

「えっとー」

皆で手分けをして荷物を持つ。因みに今年も一緒に里帰りしたお兄ちゃん達と七海お姉ちゃんはきちんと家まで送り届けました。

「美鈴ーっ、お茶入れてーっ」

一足先に入ったママが叫ぶのに、「はーい」と答えて。

「お兄ちゃん達もお茶飲むでしょ?お土産と一緒にお茶にしようよっ」

「うんっ。先にこれ運んじゃうから、先行ってて、鈴ちゃん」

「洗濯物は洗濯籠に入れといてねっ」

「分かった。でもあっちでも鈴がしょっちゅう洗っててくれたからそんなに無いよね」

「その筈だけど。でもない訳じゃないしねっ」

「分かった分かった。ほら、美鈴。荷物かせ。お前の部屋に持ってってやるから」

「ありがとっ、鴇お兄ちゃんっ」

最近意思疎通がとてもスムーズである。役割分担完璧だし。一斉に動き出す所がまた偉いよね。なんて自画自賛も含めてみたり。

さて、鴇お兄ちゃんが荷物を持ってってくれたから、私はお土産だけ持ってリビングへ向かおう。

不在の間は金山さんが掃除してくれてたみたいだから、掃除も必要ないし。

紅茶でいいかな?

薬缶に水を入れてお湯を沸かす。その間にカップを用意して…テキパキと動く。

もうここのキッチンにも慣れたな~。

さて、お土産は何食べようかな~。やっぱり、ママの実家の村名産豆大福かな~。いや、でもそれに紅茶ってどうよ。

じゃあ、もう一つの名産品である蜂蜜カステラにしようっ。

あれは切らないといけないからねっ。包丁包丁っと~。

ママとお祖母ちゃんがテーブルについて、土産話をしていると、チャイムがなった。

「あら?もしかして、お隣さんかしら?」

立ち上がるママ。

「佳織さん。旭、預かるわ」

「あ、はい。お願いします」

旭をお祖母ちゃんが受け取り、ママはパタパタと玄関へ向かった。

玄関で何やら話してる声が聞こえる。

挨拶だけで終わると思いきや、ママがお客様を引き連れて戻って来た。

「お義母さん。お客様ですよ」

「はい?」

お祖母ちゃんが首を傾げる。すると、ママは中に入る様にお客様を促した。

そのお客様の顔を見て、お祖母ちゃんは目を見開く。

「花島さんっ!?」

「お久しぶりですわね。白鳥さん」

お祖母ちゃんの知り合い?

でも確かに入って来た人は白髪交じりの胡桃色の髪をお団子に結い上げて、穏やかな色のカーディガンに、ロングスカートを着ている。結構なご年配の方のようだ。

「あぁ、懐かしいっ。何年ぶりかしらっ」

「そうね。私が、海外へ嫁いでから一度もお会いしていませんから。もう…四十年ぶり、かしらね?」

そんなに会ってなきゃそりゃ懐かしいわ。

今お祖母ちゃんが五十八だから、高校以来会ってないって事?うん。そりゃ懐かしいわっ!

っと、今は気にするのはそこじゃないね。お湯も調度沸いた所だし、お茶を淹れましょう。

「お祖母ちゃん。座って貰ったらどう?今お茶淹れるから」

「あらっ、そうねっ。いいかしら、佳織さん」

「勿論ですよ、お義母さんっ」

ママがしっかりと頷く。

「さぁ、入って入って。あら?その子は?」

ふっふっふっ。

今回私は解るわよっ!

花島って苗字は聞き覚えあるのよっ!むしろちゃんと覚えてて気付いたわよっ!

花島優兎はなじまゆうとでしょうっ!?

お祖母ちゃんの知り合いであるその人と同じ胡桃色した髪を持った男の子っ。

攻略対象でヒロインの幼馴染っ!!どうよっ!!

私の予想は当たり、その年配の女性の背後から顔を出したのはおっとりとした美少女顔の男の子。

「優兎と言うの。私のただ一人の孫よ」

「……隣に越してきた事といい、何か理由がありそうね」

「……白鳥さん。聞いて下さるかしら?」

「勿論よ。貴女は私の唯一の友達であり、親友なのですもの」

重い話になりそうね。私達はいてもいいのかしら?

紅茶を淹れて、席についた花島さんと優兎くんに紅茶とカステラを差し出す。

次いでママ達にも差し出して、そっとキッチンに戻った。

ど、どうしよう…?

ここにいるのもおかしいよね?

そう思ってこっそりとしていると、

「美鈴、ちょっとそっちに座りなさい。鴇っ、葵っ、棗っ、いるんでしょう?入ってらっしゃいっ」

ママに命じられました。リビングのドアの向うでこっそり様子を窺ってた三人もドアを開け、バツが悪そうに入ってくる。

「紹介が遅れたわね。私の孫で、上から、鴇に葵、棗、美鈴、そしてこの子が旭よ」

「まぁ。五人も?お嫁さん頑張ったのね」

「ふふっ。違うのよ。佳織さんは後妻なの」

「あら、そうなの?……ちょっと待って?良子。貴女息子娘合わせて九人いるって言ってたわよね?」

「えぇ、手紙でそう書いたわね」

「なら、この子達もその兄弟達の子って事かしら?」

「いいえ?全て誠の子よ」

あー、そうか。事情を知らないとそうなるよねー。

これからは大人の話になるのかしら?だとしたら私達邪魔よね。

ちらっと視線をママに向けると、出て行くことは許して貰えないらしい。

だったらと鴇お兄ちゃんを見る。すると、鴇お兄ちゃんは頷き、

「えーっと、佳織母さん。席足りないし、俺達はそっちのソファで話聞いててもいいか?」

「旭は私がみてるよ」

私はお祖母ちゃんから旭を受け取る。

ぐっすりだね。そう言えば、旭ってあんまり愚図らないな。良い子だよね。

「えーっと、君、誰くん?」

葵お兄ちゃんが、優兎くんに声をかけた。

「……優兎」

「そう。優兎くんか。こっちにおいでよ」

「大人の話に参加しても居辛いだけでしょ?」

棗お兄ちゃんも優兎くんを誘い、私達子供組はソファの方へ移動した。

「私お兄ちゃん達の分もお茶入れてくる。鴇お兄ちゃん、旭お願い」

「了~解」

ソファに座ったお兄ちゃん達に旭を任せて、私は手早くお茶とカステラを用意する。

…子供しかいないなら豆大福もあってもいいよねっ。

いそいそとおやつを二倍に増やしながら、ソファに戻る。

全員の前にお茶とお菓子を用意して、最後に優兎くんの前に置いて、緊張してる彼に笑って見せた。

「はい。優兎くんの分」

「あ、ありが、と…」

んん?こんなにシャイな子だったか?

確か結構強かな子じゃなかったっけ?

優兎くんはヒロインの幼馴染で、女の子より可愛らしい顔をしている。

その為、よく女装とかさせられたりするんだけど、それをすんなり受け入れて、女装男子になる筈…なんだけど、あれー?

皆ソファに座ってるから私はラグの上に直に座る。

なんか視線を感じて、そちらを見ると優兎くんが私を見ていた。

なんだろう?何かついてる?

取りあえず微笑んでみると、彼は真っ赤な顔をして俯いてしまった。

だからなんなんだっつーの。

思わず突っ込みを入れようと思ったら、お祖母ちゃん達の会話が再開してしまい口を閉ざす。

「それで良子?話してくれるわよね?」

いつの間にか良子と親し気に呼んでいる。

私は旭を抱っこしつつ、ぱくっと豆大福を齧った。

「簡単な話よ。順一朗さんに愛想をつかして出て来たの」

にっこり。笑顔が黒く見えるのは私だけ?

「なるほどね。やっとそこまで思い切ったのね。そのきっかけは何でしたの?」

「佳織さんの拳、かしら?」

「拳?」

「えぇ。佳織さんが力の限り順一朗さんを殴ったのを見て本当にスッキリしたの。そこで思ったのよ。あぁ、私こんなに我慢してたんだって。そう考えたらもう我慢するのが嫌になって」

「そう…。良子。私はそれを聞いて本当にほっとしたわ。私、貴女の夫。あの糞野郎…ごほごほっ、順一朗さんの事大っ嫌いだったの。どうして貴女はいつもあんなのの言う事を聞いてるのか不思議で仕方なかったのよ」

「…子供に罪はない。それだけが私の支えで、このまま死んでいくのかと思っていたけれど、佳織さんが誠の嫁に来てくれて、こうして賢くて優しい孫に囲まれて。私今凄く幸せなのよ」

「良かったわ…。貴女が幸せそうで。これで心置きなく助けを求めれる」

「それで?美智恵が帰国した理由を教えて頂戴?」

美智恵さんって言うのか。優兎くんのお祖母ちゃんの名前は。

もぐもぐ…。豆大福美味い。

「…私が海外に嫁いだのは知ってるわよね?」

「えぇ。勿論。貴女の大恋愛はとても羨ましかったもの」

「ふふっ、そうなの?…嫁いで、一年後に息子が産まれて。娘が産まれて…。とても幸せだった。けれど…」

後半にいくにつれ声が小さくなり震えて…。

「あの人が病で亡くなってから、その幸せは崩された。息子と娘が結婚した相手がお金目当てのただの悪人だった。次から次へとあの人の財産を食い潰していって…。終いには自分達の家族すら手にかけて金を得ようとした」

「ちょっと待ちなさいっ、美智恵っ。と言う事はっ」

「…私の血の繋がった子供はもうこの世にいないわ。唯一残ったのが優兎よ」

「そんな…」

「私はこの子を守る為、この子の戸籍を私の実家のものとし、あの人の遺産を全て放棄した」

私は静かに優兎くんに視線を向けた。

もしかして、家族に殺されかけたんだろうか。…そんな辛い思いをしたのか?

「…私が嫁ぐ時に持ち出したお金は、帰国してあの家を買った事でもうほぼ無くなってしまった。…良子。貴女にこんな事を頼むのは間違ってるって分かってる。でも、お願い。助けて欲しいのっ!私の事はいいっ。でも、この子だけは優兎だけは助けて欲しいっ!」

「何を言っているの、美智恵」

「…え?」

「助けるに決まってるでしょうっ!?金山っ!!」

「御呼びでしょうか?大奥様」

「ッ!?!?」

どっから出て来たのっ!?

なんで普通にさっきまで優兎くんが座ってた椅子に座ってるのっ!?

金山さんのスペックとスキルを誰か事細かに教えてくださいっ!!

「例の件、どこまで進みましたかっ!?」

「本日、全て終了致しました。これで、白鳥財閥の総帥は大奥様です。あの方々は二度と白鳥の敷居を跨ぐことは不可能となりました」

「よろしいっ。では、金山っ。今後私は美智恵と二人で白鳥財閥を経営していきます。その手続きをっ。それから、美智恵が本来手にするはずだった愛しい人の財産を取り戻しますっ!いいですねっ!?」

「畏まりました」

「あと、優兎っ」

突然自分に矛先が向き、思わず彼は返事をして立ち上がる。

「貴方は学校に通わせますよっ!貴方のお祖父様は立派なお人でした。その人に負けない位の男におなりなさいっ!」

「は、はいっ!」

おや?ちょっと待って?

彼は女装男子になるはず…?これじゃ、なれなくない?

どゆこった…?

「良子…ありがとう…」

その瞳には涙が溢れて。優兎くんは慌てて自分の祖母へ走り寄るとハンカチを差し出した。

「それから、美鈴っ」

いやー、優兎くん優しいねー…って、え?

「はい?今私呼ばれた?」

何を言ってるの?とお兄ちゃん達が苦笑してる。

どうやら呼ばれたらしい。

お祖母ちゃんの方を向くと、お祖母ちゃんは誠パパそっくりの黒い笑みを浮かべていた。

「え、えーっとお祖母ちゃん?なに?」

「今度、白鳥財閥の後継者披露パーティがあります。参加させますよ」

「へっ!?誰をっ!?」

「貴女ですよ」

「な、何でっ!?」

にっこり。

あ、これ、反論は許しませんのパターンだ。

「そのパーティには家族全員参加ですが、美鈴は絶対参加です。優兎もですよ。いいですね」

わーお、問答無用。

お祖母ちゃんってこんなパワフルな人だっけ?

でも、美智恵さんが満足そうに頷いてるので、多分これが本来のお祖母ちゃんなんだね。

「因みにそのパーティっていつ?お祖母ちゃん」

「1月の予定です」

今が8月だから。良かった。結構余裕がある…って、良くないっ!!

「待って。お祖母ちゃんっ!そのパーティって当然」

「知らない男性だらけよ。美鈴」

お祖母ちゃんの代わりにママが教えてくれる。

なんてこったい。えええええー……。頭抱えたいわー。

「大丈夫ですよ。美鈴。ちゃんと皆を護衛にしますから」

「で、でもさぁ?旭の面倒とか…」

「金山が出来るので問題ありません」

「お任せください」

どうしようもないんだね…。

私は食べかけの大福を口の中に全て放り込んでしまうと、立ち上がった。

「鈴?」

「ご飯作ってくるー」

どうしようもない事を今更どうこういっても意味はない。

お祖母ちゃんにどんな思惑があるのか、少しだけど想像はつく。でも、この想像が現実のモノになると恐ろしい。

今は問題を先送りさせて貰おう。

旭をママに預け、私はキッチンに入る。

さて、今日の晩御飯は何にしようかな~。

冷蔵庫を開けると、お土産にと持たされた胡瓜とトマトが目に入る。

そう言えば、ヨネお祖母ちゃんと作った麺があったな。卵もあるし…鶏ささみもあるし…。

「よしっ。今日は冷やし中華に決定っ」

「手伝うよ、鈴」

「僕も手伝う。いいよね。鈴ちゃん」

「勿論っ。有難うっ」

私は材料を取り出して、野菜はざるにいれて、面はまな板の上に、卵はトレイの上に置いて準備を整える。

そんな姿を茫然と見ていたのは美智恵さんと優兎くんの二人。

「あ、えっと美智恵さんと優兎くんも食べていくよね?金山さんも食べるよね?」

優兎くんが美智恵さんを窺い見ると、美智恵さんは頷く。

「え、えぇ…」

でも何か納得がいかないのか、その視線は私からお祖母ちゃんへ移される。

「…あの、良子?」

「なにかしら?」

「家政婦はいないのかしら?」

「えぇ。いないわよ。何故?」

「え、だ、だって。こんな広い家をどうやって管理しているの?」

「掃除から何から全て美鈴がやってるわ。勿論食事も美鈴が作ってるの」

お祖母ちゃんが言うと、二人の目は更に見開かれる。

「ここは誠の家なの。もともとあの子は白鳥財閥の跡取り争いが嫌で家を飛び出して、自分で稼いで一人で生きてきた。そんなあの子が家政婦を雇う訳がないでしょう?」

笑いながら言う。

でも、お祖母ちゃん。普通は小学生に家事なんてやらせないと思うよ?

「でも、だったら…」

美智恵さんの視線はそっとママに向けられる。

ですよねー。普通は嫁がやるよねー。

全員の顔に苦笑いが浮かぶ。

「私、家事が苦手で…」

ママが恥ずかしそうに言う。

これ、前もこんな事あったっけ。

「大丈夫よ。美鈴のご飯はとても美味しいからっ」

お祖母ちゃんに褒められた。えへへ、嬉しい。

よしっ、腕によりをかけて作るんだからっ!

私は全力で料理へ取り掛かった。

後に、一足早く里から帰っていた誠パパが仕事終わって帰宅し、事の経緯を説明しながらの夕食となった。

褒められた事が嬉しかったのと、花島の二人にお腹いっぱい食べて欲しかったのを含めて、皿に目一杯盛り付けて、こっそり自分の分を少なくしたら、鴇お兄ちゃんにあっさりばれて、またお兄ちゃん達にあーんされると言う公開処刑にあった。もうこれは予定調和なのかもしれない。今回はばれずに済むと思ったのになぁ。


数日後、2学期が始まってからの初登校。

教室にて葵お兄ちゃんと同じ制服を着た優兎くんが、黒板の前に立っていた。

先生が転校生だと紹介中。

彼が来たことにより、クラスの人数は37人。席が一つ足りないとなる所だけど、なんでも1学期に私の顔に石をぶつけた彼が転校したらしい。

家の方に強力な圧力がかかったとか何とか…。真相は知らない方が良さそうだね。

でもってその彼が成田と言う苗字だった為、席が私の後ろの出席番号が一つ繰り上がる。となると、

「席は委員長の隣よ。彼女とは家もお隣でしょう?安心出来るわね」

うぉーい、先生ー。それプライバシーがどうのって問題になりませんかー?

いえ、私は構わないんですけどねー。

あー、でも華菜ちゃんが一つ前の席に行っちゃったのは悲しい。

だってお蔭で全方位男子になっちゃったんだもの…。うぅぅ…。華菜ちゃーん…。

「…よ、よろしく、おねがいします…。その白鳥、様」

「うん、よろしくねっ、って様ァっ!?」

隣に座った優兎くんがとんでもないことを言うから、つい素っ頓狂な声を上げて注目を浴びてしまう。

なんでもありませんと平然と言い返し、こそこそと優兎くんに今の敬称を撤廃して貰うようにお願いする。

「様なんてやめてよ。私は別に偉くもなんともない庶民なんだから」

「え、でも…お祖母様がそう呼べって…」

「やだよー。そんなの。優兎くんも家族みたいなものでしょう?誠パパも優兎くんの家と私の家を渡り廊下で繋ぐって言ってたし。普通に名前で呼んでよ。美智恵さんには私から言っとくから」

「う、うん…。その…美鈴、ちゃん」

「うん。なぁに?優兎くん」

満足の行く結果になり、私は満面の笑みで答える。

そんな優兎くん越しで「うぅっ…」と顔を抑える男子生徒の姿が見えたのはきっと気のせいだ。

なんだかんだで一時間目が始まった。一時間目は国語。

あぁ、そう言えば、優兎くんって猪塚先輩と違って日本語流暢だよね?

美智恵さんの教育の賜物かな?真面目そうだしね。…っとそこ間違ってるよ、優兎くん。

こっそりと先生の目を盗んで分かりやすく教えて置く。

すると、優兎くんは驚きに目を見開きつつ、じゃあこれは?と貪欲に知識を求めてきた。

うん。やっぱり彼は真面目さんだ。

先生に当てられては答え、優兎君に聞かれては答えを繰り返しながら、私は優兎くんのデータを脳内から掘り返していた。


花島優兎はなじまゆうと 主人公の幼馴染で同級生。胡桃色の髪と女の子と見紛うほどの可愛らしい顔立ちをしている。


……んん?パラメータの記憶がいまだに曖昧だ。

って事はまだフィルターがかかってるのか。

このフィルターってどうすれば解除されるんだろう?

考えてみれば、私の記憶のフィルターがかかっている場所は乙女ゲームの事に関する事だけ。

しかも意図的に隠されているって事も私は理解出来ている。

ただ思い出せないだけではないってことよね?

……一体何故?

あ、あれかな?神様が私に喧嘩売ってるとか、そう言う事かな?

だったら喜んで買ってやるわ。

あっちが神としてチート能力持ってるだろうから私は『最強兵器ママ』を引き連れていくわ。大丈夫大丈夫。ママだったら神様に消される前にボコるくらいはしてくれるはず。うんうん。

授業に全く関係のない事を考えそうこうしてる内に気付けば午前の授業は終わっていた。

二学期からは一年生でも午後授業があるのです。給食と言うか食事は、給食配膳とかセレブ学校なのである訳がなく、私達は食堂へ行くことになる。

一年生から三年生、四年生から六年生で二か所食堂設置されている。

食堂の中では誰と座っても、何処に座っても自由。学年が上の人がいち早く良い場所を陣取る、とか暗黙のルールみたいなのはあるらしいけど、まぁ、それも行ってみたら分かる事だし。

「美鈴ちゃん、食堂行こうっ」

「うんっ、華菜ちゃんっ。優兎くんも一緒に行こうっ」

「えっ?え、えーっと…」

あれ?口ごもったって事は、あれかな?他の男子と行きたいって事かな?

だったら無理に誘うのも可哀想だよね。あー…でもなぁ…。このクラスの男子って。

ちらっと視線をあたりを巡らせてみる。そこではやはり庶民派と貴族派に分かれていた。貴族派の筆頭が転校していったものの、直ぐ次の奴が収まるからやっぱり険悪な雰囲気だし。

優兎くんを混ぜたくないな~…あれの中に。

なんてーの?母性本能って奴?

「無理にとは言わないけど…だめ?」

「だ、だめなんてっ!…その、いいの?僕と一緒で」

か、可愛いっ!小首傾げる仕草が可愛いっ!

華菜ちゃんも不思議そうに小首を傾げないでっ!

天使が二人に増えたっ!!

よっしっ!お母さん頑張っちゃうぞっ!!

……何をだ、私。落ち着け、私…。

「勿論だよっ。行こうっ、優兎くんっ」

「う、うんっ」

「じゃあ、早速行こうっ。食堂行くの初めてだから楽しみにしてたんだっ」

華菜ちゃんがウキウキしながら言うのに釣られて私も微笑む。

三人並んで食堂に行くと、突然背後から気配を感じて私は全力でそれを避けた。

『酷いよっ!白鳥さんっ。避けるなんてっ!』

そうだ…。二年生だからこの人もいるんだ…。

すっかり忘れていた。猪塚先輩の存在をっ!!

『ひ、酷くないですっ!あれだけ私男の人怖いって言ってるのにっ!』

『うん。知ってる』

『知ってるなら、近寄ってこないでーっ!』

急いで華菜ちゃんの背後に隠れると同時に、猪塚先輩の頭を誰かが鷲掴みにした。

『猪塚…。お前、いつになったら僕の言う事を聞くんだ?』

流暢な落ち着いた声のイタリア語が耳に届く。この声は、間違いなく、

「棗お兄ちゃんっ!」

天の助けーっ!!

棗お兄ちゃんは猪塚先輩をぽいっと他所へ放り投げると両手を広げて微笑んでくれた。

躊躇いもなく私はその胸に飛び込む。

えへへ~…癒しー…私の癒しー…。

スリスリスリと全力で擦りつく。

「今日からお昼を一緒に食べれると思って迎えに来たんだ」

「あ、そっかっ。お兄ちゃん達三年生だから今年一年は一緒に食べれるねっ」

「葵があっちに場所を取ってくれてるから一緒に行こう?華菜ちゃんと優兎も、ね?」

イケメンスマイルで周りを魅了する棗お兄ちゃん。

なのに、それに一切反応を示さない華菜ちゃん。しかも、棗お兄ちゃんに無表情で頷き、そのまま私と視線が合うとそれはもう可愛く微笑んでくれた。何それ、可愛過ぎない?

棗お兄ちゃんから離れ、棗お兄ちゃんの誘導の下に葵お兄ちゃんの所へ移動する。

「鈴ちゃん、皆、こっちこっちっ」

手を振る葵お兄ちゃんの所へ移動すると、葵お兄ちゃんの隣には誰か知らない男子生徒が既に着席していた。サラサラの銀色の髪にアメジストの瞳。

微笑んでるけど、その笑顔は大いに嘘くさい。完全にこっちを値踏みしてる。

……ガキの癖になんて可愛くない…。

おっといけないいけない。つい本音が出てしまった。

あっちも胡散臭いけど笑顔なんだ。こっちも笑顔で対応するしかないよね。

六人掛けの円形テーブルに私達は座る。

私の右から、華菜ちゃん、棗お兄ちゃん、胡散臭い男の子、葵お兄ちゃん、優兎くんの順だ。

目の前に胡散臭い男子がいるのはちょっと、いや正直かなり嫌だけど。隣に座らない為のお兄ちゃん達の配慮だと考えると確かに隣よりは良いし有難くもある。

それはそれとして、さっきから喧嘩を売られてる感が半端ないんだけど…。ずっと睨みつけて来やがって…。

え?猪塚先輩の席?考えてなかったけど、棗お兄ちゃんが多分柔道部と思わしき連中の中に放り込んだので大丈夫でしょう。

席につくと直ぐに食事が目の前に置かれる。

うんうん。これ、人間をダメにするパターンだね。座ると食事が出てくるって子供に教え込んでどうするのよ。もう。

とは言え、料理に罪はないから、私は両手を合わせて頂きますと言ってから食事を始めた。

出されたのは、栄養バランスをしっかりと考えられた日本食。テーブルマナーとかじゃなくて良かったね。出来なくはないけど正直お箸の方が楽なのです。

箸でパクパクと食べ始めて、ふと左隣が微動だにしないのに気付く。

そう言えば、昨日も食事はフォークで食べてた。そっか、箸を使えないのか。

「優兎くん。優兎くん。お箸をまず、こう持って」

私に言われて、優兎くんは戸惑いながらも箸を持つ。最初は二本並べて持つ。

「それから、一本を少し離して、三角形を作るの。こうやってね」

今度はお箸の間に中指を入れて、人差し指と親指で支える形を作る。

「そうそう。それで持ち方はオッケー。それから、箸は万能な使い方が出来るけど、ご飯は掬って食べるモノじゃなくて挟んでとるものだよ。良くご飯の山に刺して掬ってる人がいるけどそれは間違った使い方で一口分を挟んで取る位がベスト」

小さい手で慣れないながらも挟んで口に入れる優兎くんを見て、私は感心する。

いやだって。普通こんな直ぐには出来ないよ?私なんて、前世でママに言われて何度箸を落とした事か。

ママのスパルタ教育第一弾が箸の持ち方だったから怖いのなんので尚更記憶に焼き付いている。

「私の食べ方見ながら学んでいけばいいよ。あ、優兎くん。ほっぺにご飯粒付いてるよ」

顔真っ赤にしてご飯粒を探す優兎くん、かーわーいーいーっ!語尾上がりでお願いします。

ご飯粒をとってあげると、

「あ、ありが、と、う…」

更に顔を真っ赤にしてお礼をくれた。優兎くん。かーわーうぃーうぃーっ!!語尾上がりでお願いします。

『……馬鹿らしい』

ぼそっと何かが聞こえた。目の前を見るとにこにこと相変わらず笑っている奴がいる。

…今のはフランス語か?一般的な小学生なら分からないから呟いたんだろうけど。お生憎様。しっかりはっきりと分かってますよ。

けど、この場はお兄ちゃん達もいるし、他の生徒もいる。騒ぎを起こす気はない。

私は、わざと微笑み、笑顔を目の前の男子に向けると食事を続けた。

お貴族様は食事中は喋らない。そんな事庶民の私が知った事か。

お兄ちゃん達と華菜ちゃん、優兎くんと仲良く談笑しながら食事を終えた。

『はぁ。…やっとこの窮屈な時間が終わったか。葵の妹だと言うから少しは期待したが、ただの馬鹿面したガキじゃないか』

あらら。堂々と喧嘩売ってくれちゃって。

私は立ち上がりトレイごと食器を持つ。

「あ、鈴ちゃん。ここは食べ終わったら片付けしなくてもいいんだよ。置きっぱなしで」

葵お兄ちゃんが言うけれど、私としては食べた物をそのまま置いておくのは外食の時だけのイメージ。

それに、片付けなくていいって言ったって、周りを見ると貴族派の人達がそのまま置いて行ってるだけで庶民派の子達は貴族派の子達の分も運んでるじゃない。

お兄ちゃん達はイケメン報酬って所かな?これはあんまり褒められた事じゃないよ。お兄ちゃん達?

後でママに伝えて置こう。

ふとこの学校の教育方針に思考を巡らせていると、ぼそりと呟きが聞こえた。

『これだから、最下層の人間は…』

最下層の人間は、なんなのかな?

そもそもその最下層の人間がいなければ、野菜一つ育てられない坊ちゃんが何を生意気な。

私はお兄ちゃん達の食器も重ねてトレイに乗せる。お兄ちゃん達は慌ててるけど、ごめんね。今は無視させて貰うね。

「あ、美鈴ちゃん。僕が、持つよ」

「ありがとう。優兎くん。じゃあ、こっちの食器トレイに乗せても良い?」

「う、うん」

「私も持つよ、美鈴ちゃんっ」

「ありがとう。華菜ちゃんっ」

優兎くんと華菜ちゃんとで分担して皿を乗せていく。油ものは一緒にすると洗い辛いから分けて。それから、その糞生意気坊ちゃんの皿も回収する。勿論嫌味だ。

「ありがとう」

にっこり。笑顔でこっちを見ている。ふん。どうせ、この位やって当然とでも思ってるんでしょ?

『いいえ。どういたしまして。食器の一つも運べない低能お坊ちゃま。これからもお兄ちゃん達と仲良くしてくださいね。私は今後一切近寄りたくございませんが。では、失礼します。お坊ちゃま』

「なっ!?」

視線で明らかに馬鹿にした態度を取って私は颯爽とその場を立ち去る。

後ろから優兎くんと華菜ちゃんが追ってきた足音が聞こえて、少し歩調を緩めて三人並ぶ。

私の天使が両サイドで囲んでくれて、和やかに微笑みながら食器を返して、くるっと振り返り棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんに手を振ると、私の反撃に愕然としていた坊ちゃんにふんっと勝ち誇った笑みを浮かべて私達は食堂を出た。

教室への帰り道。何故か二人から尊敬の眼差しを向けられたんだけど…何故だ?

午後の授業までの時間、教室で少し話してから、次の時間は体育の為私達は体育館へ移動した。

更衣室へ行く時に優兎くんと別れ、手早く着替えて外に出て再び合流する。

チャイムがなり、体育館で先生を囲む様に半円をつくり生徒たちが座った。私達は一番後ろの方へ座っている。何故なら男子が多いから。

背後にしかもあんな近くに男子とかあり得ません。絶叫しますよ。えぇ、確実に。

「はい。それでは体育の授業を始めますよ~。2学期からは社交ダンスですよ~」

………はい?

「これからペアを組んで頂きますが、このクラスは男の子の方が多いので女の子は男の子から二人、ペアを選んでくださいね~」

はいぃぃっ!?

えっ!?ちょっと待ってっ!?そんなの聞いてないっ!!

さーっと血の気が引いていく。

む、無理だよ、無理無理っ!!

ダンス何て踊れないとかそんな事より、社交ダンスってあれでしょっ!?

男の子と体をぴったりくっつけて踊るあれっ!!

私は思わず隣に座る華菜ちゃんの手を握りしめた。

「み、美鈴ちゃん、しっかりっ。気を確かにっ」

ぎぎぎっと錆びれたロボットように華菜ちゃんの方を見る。全力で目で訴える。絶対無理!!とっ。

「だ、大丈夫だよっ、美鈴ちゃんっ。ほら、一人は優兎くんが受け入れてくれるよっ」

はっ!?そうだっ!!

優兎くんなら触れてるっ!優兎くんだけはヒロイン補正か何か知らないけど最初から触れるし怖くないっ!!女顔だし、怖くないっ!!

「お、お願い、優兎くん…私とペア組んでくれる…?」

もう藁にもすがる思いで逆隣りに座る優兎くんに頼みこむ。涙目にもなるさ、こんちきしょーっ!!

「う、うん。僕で良ければ…」

「あ、ありがとーっ」

これで一人は大丈夫だ。安心だ。

「でも、なんで、そんな青褪めてるの?美鈴ちゃん」

あぁ、普通そうなるよね。私が苦笑してると、華菜ちゃんが代わりに答えてくれた。

「美鈴ちゃんは男が苦手なのよ。優兎くんは、もう家族枠に入ってるんだと思う」

うんうんっ。そうかもっ。優兎くんはもう一緒に暮らしてるし家族だもんねっ。

「家族…。そっか。嬉しいな…」

あぁ。マイエンジェル。癒されるー。

けど、私にはまだ恐怖が残ってる。ペア枠は残り一つ残ってしまっている。

「じゃあ、早速皆さんペアを作って下さいね~。社交ダンスのペアは2学期一杯変わりませんから良く考えて決めてくださいね~」

先生が爆弾を落としてくれてったぜ。これ止めようよ~。自由に決めさせるとかさ~。こういうのが苛めの発端になるんだよ~。

何て言ってる間に私は男子に囲まれた。

「白鳥さんっ、お、おれとペア組んでくださいっ」

「どけっ、庶民っ。白鳥様っ、わ、私とっ」

「貴族は引っ込んどけよっ。白鳥さん、ぼくとっ」

ひいぃぃぃっ!!

恐怖に慄く私の周りにどんどん男子が増えていく。

その様子に優兎くんもドン引きである。そりゃそうだ。

でも、男女ペアってのは私はそれこそ前世の時からお馴染みの光景でこうなる。

もういいじゃんっ、無理に男女組まなくてもさっ!!男子は男子と組めよっ!!大丈夫、ちゃんとBLフィルターかけてあげるからっ!!

あぁ、もう、脳内がパニックで滅茶苦茶だ。

その間にも男子はどんどん迫ってくる。あ、もう、無理。

「いやーっ!華菜ちゃん、華菜ちゃぁんっ!!」

耐え切れずに隣にいた華菜ちゃんに抱き着く。

「男子、ちょっと落ち着きなさいよっ!そんな大勢で来られたら美鈴ちゃんだって怖がるわよっ!関係ない私ですら怖いものっ!」

くわっと一喝されて、男子が怯む。華菜ちゃん…神様に見えるよ…。拝んでおくね。

「美鈴ちゃん。誰がいいか選んだ方がいいよ。一人は優兎くんで決まってるとして、誰がいいの?」

誰がいいって、誰も嫌…。でも、選べって言われたら…。私を嫌ってる子がいい。そうしたらすぐに離れられるし。

「…三浦くんがいい」

遠くで傍観していた男の子を指さした。それは庶民派筆頭の男の子。そう一学期に盛大に貴族派筆頭と喧嘩していた彼。

「は…?私?」

予想外なんだろう。ぱちりと瞬きを繰り返している。

「そう。三浦くん」

「……まぁ、構いませんが」

おぉ、受けてくれた。私を嫌ってる癖にありがとう。…ん?今日本語可笑しかったような?…ま、いっか。

「じゃあ、残りの男子さっさと女子とペア組んでっ!あ、矢部と仮谷はこっちこいっ」

ビクゥッ!!

震えたように華菜ちゃんの側に来る二人の男子。

華菜ちゃん…?え?なに?彼ら二人は華菜ちゃんの下僕か何かかな?

その二人は私の右隣と優兎君の左隣の子だ。

「美鈴ちゃん。彼らだったら結構近くに座ってたし、私のペアで近くにいても大丈夫でしょ?」

「華菜ちゃん…私の為に…?」

凄い…感動っ!華菜ちゃんがそこまで私の為にしてくれたなんてっ。

「華菜ちゃんっ、大好きっ!」

ぎゅっと抱きしめる。

「うんっ。私も大好きっ」

ぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。

「……そんな生易しいものじゃないと思う」

「うん。絶対自分の為だよな」

「逆らうな。花崎に逆らうと物理的にも消されるぞ」

なんか小さく男子3人の声が聞こえたけど、きっと気のせいだと思う。うん。…多分。

その後の社交ダンスの授業は、私本気でやったっ!

知らない事を覚えるのは楽しいって、それもあるけどそれ以上に、一回で覚えないと何回も踊らされる。それだけは勘弁してほしい。

その為にも、相手は私を嫌っている上に賢い男子を選んだのだ。

三浦くんは一度踊ると直ぐに離れて行ってくれるので有難いし、優兎くんはもうかなりの腕前だった。きっと美智恵さんがみっちり躾けたんだろう。

お蔭でスムーズに進んで有難い事この上ない。

家に帰ったら復習と予習も兼ねて優兎くんにもう一度教わろう。

そんなこんなで今日の授業が全て終わり3人仲良く下校し、家で優兎くんと勉強しつつダンスを教わった。夕方になって部活の終わったお兄ちゃん達が帰って来て、そう言えばと今日の出来事をママに話すと、珍しくお兄ちゃん達がママにコンコンと説教されていた。

もしかして、と帰ってきた鴇お兄ちゃんにお前もなのかとママが問いかけると、視線を逸らす。晩御飯をちゃっかり食べに来た透馬お兄ちゃん達もついでに目を逸らしたので皆一斉に怒られることになる。因みに帰ってきた誠パパは問答無用で殴られてた。何故…。気になってママに聞くと、

「教育は親の義務っ!!」

と怒鳴ってたので多分息子達がそうなったのは誠パパの所為だと言ってるのだろう。

昔からママは教育に厳しい。きっとこれで皆分かってくれただろう。ママの怖さを。え?知ってる?いやいや。里帰りして見せた姿は一欠片に過ぎないよ、うん。


そんなこんなで月日は過ぎ。

花島家と我が家は渡り廊下で繋がり、花島家の面々は家でご飯を食べるのが日常となって、優兎くんが穏やかに笑う様になった。

10月末のある日の事。

放課後、華菜ちゃんが家に遊びに来ていた。

遊びに来たって言っても、宿題を3人で仲良くやってたんだけどね。

因みに旭は、お昼寝中。…ほんと良く寝る子だよね。寝る子は育つ。良い子に育て。

「あ、そう言えば、ねぇねぇ、美鈴ちゃんっ」

「ん?なぁに?」

私はキッチンから今出来上がったばかりのパリ・ブレストをトレイにのせて、リビングへ戻る。

「きゃーっ、美味しそうーっ」

「華菜ちゃん。美鈴ちゃんの作ったお菓子は美味しそうじゃなくて、本当に美味しいんだよ」

嬉しそうに言う優兎くんを見ていると、なんとまー微笑ましい。

それに私もテンションが上がってる。だって、女の子のしかも同年代の友達を家に呼ぶとか前世もしたことないからっ。

嬉しくて堪らないのですよっ!

「えっ!?これ美鈴ちゃんが作ったのっ!?」

「うん。美味しいと良いけど…」

そんなに期待されて不味かったらやばい。二人の前にパリ・ブレストの乗った皿を置いてついでに淹れた紅茶も置く。

ここで宿題は一旦休憩。

おやつ兼雑談タイムとなる。

「そうそう、華菜ちゃんさっき何か言いかけてなかった?」

「ふぐ?ふぉうふぁっふぁふぉうふぁっふぁ」

「…華菜ちゃん。何言ってるのかさっぱり分からないよ」

確かに。頬袋が出来てるよ、華菜ちゃん。リスみたいで可愛いけど、そんなに一気に食べたら喉に詰まらせるよ?

んぐんぐと必死に飲みこんで、手に付いてたクリームを舐めとって華菜ちゃんは目を輝かせた。

「美鈴ちゃん、参加するっ?」

「……えーっと、何に?」

「え?商店街のお祭り」

キョトンとしてる顔はとても可愛いけど、お姉ちゃんには何が何だか分からないよ。

「……ねぇ、優兎くん。話についていけないのは私が悪いのかな?」

「う、うーん。多分、華菜ちゃんは今度商店街でやるって言うハロウィンの事を言ってるとは、思うんだけど…」

あぁ、そう言う事かぁ…。でもなぁ…。

「私商店街の人間じゃないし、観に行くならまだしも参加は…」

「そんなの全然大丈夫よっ。だって、あの商店街、美鈴ちゃん至上主義だしっ」

いつからそうなったんだ。知らなかった事実に頭を抱えたくなる。

「正しくは白鳥家至上主義、だよね」

優兎くん、その追い打ちやめてね。

「衣装はこっちで用意してあるから安心してっ!」

え?それは安心出来る事なの?

「白鳥家の子供達全員分用意してあるからっ!」

「って事は、お兄ちゃん達と優兎くんの分もあるの?」

「勿論っ」

胸を張って言われても…。

これ参加がもう既に決まってたんじゃない?

静かーに、優兎くんの顔を見ると、苦笑して顔を振られた。

ん。これ諦めろのパターンだわ。優兎くんも色々分かって来たねっ!……しくしくしく。

「僕達も強制参加なんだね」

「まぁ、鈴を一人で行かせるよりはよっぽど良いけど」

声が聞こえて、リビングのドアが開いた。

今日は二人共部活なかったんだね。あ、そうそう。因みに普通はお兄ちゃん達の年齢だと部活動はないんですよ?部活が出来るのは四年生から。

でも、お兄ちゃん達は色んな意味で有能なので。ハイスペックなので部活動参加を特別に許可されてます。正しくは先生に申請して許可さえ取れれば部活してもいいんだって。だからほら、猪塚先輩も柔道部入ってるじゃない?

「鈴ちゃん、今日のおやつなに?」

「パリ・ブレストー。ちょっと待っててね。今お兄ちゃん達の分も用意するから」

「分かった。じゃあ先に着替えてくるよ」

部屋に戻って着替えて、ついでに手に参考書とノートを持って戻って来たお兄ちゃん達に紅茶とお菓子を用意して渡す。

「それで?そのお祭りっていつあるの?」

「今月の最終日ですよ。ハロウィンですもん」

「それもそうか」

納得。あれ?でも商店街のお祭りだよね?

「って事は透馬お兄ちゃん達も強制参加?」

「そうなんだよー」

「商店街の子供ってこういうの避けられねぇんだよな」

「家のおかんとお姉が白鳥家の服作るんやーって燃えとったで」

「でも、俺達その日体育祭だぞ?大丈夫か?」

「皆いつの間に帰ってきたの…?」

気付けばぞろぞろと高校生組が部屋の中に入って来ていた。その手に大量の書類を抱えて。

「鴇兄さん達。家で生徒会業務するの普通になってきたね」

「うん…。違和感なくなってきた」

「でも、追加業務とかどうするんだろうね。生徒会室もぬけの殻でしょ?」

私達が首を傾げていると、鴇お兄ちゃんは堂々と言い切った。

「時間制限は持たせてる。その時間までに連絡してこない方が悪い」

と。成程。ある意味追加業務から逃走する為でもあるんだね。

体育祭周辺だし忙しいんだろう。

今日のおやつ甘いものにしといて正解だった。

こうしてお兄ちゃん達が帰ってくるのもいつもの事だから椅子に座ったお兄ちゃん達におやつと紅茶を出す。

「姫、腕上げ過ぎだろ…」

「んまー」

「大地、食べ始めるの早すぎや」

「いつの間にか大地用に少し大きめに作ってあるってのがまた腹立たしいな」

本当にいつも通りの光景なんだけど、今日はいつも以上に賑やかだった。


こういう時って時間の流れ超早いよね。

気付けばもうハロウィン当日。

ハロウィン自体は夜にあるらしいので。まぁ当然だよね。日本のハロウィンはお祭り化されてるけど、本来のハロウィンは夜に歩くものだし。

その商店街のお祭りは、仮装をして各お店を回るらしい。トリックオアトリートってね。

そうしたらお菓子貰えるんだって。大人に声かけて言ってお菓子貰ってもいいんだってさ。商店街なんでもありルールだねっ。

と、そのハロウィンの概要はいい。

問題は今日の鴇お兄ちゃんの所の体育祭だ。

「皆で見に行きましょうっ!!」

ママの発言により、体育祭をこっそり見に行くことになったのだ。

何故、こうなった…。おかげで朝からお弁当作りだよ。こっそりって言ってたから、鴇お兄ちゃんのお弁当は一応別に作った。

けどどうせママの事だからお兄ちゃん達巻き込んでご飯食べるって言いそうだし。だから、少し少なめにして渡した。お弁当箱開くまでは解らないと思う。

双子のお兄ちゃんと優兎くんが手伝ってくれたから、それなりに準備は出来た。因みに誠パパは不参加。何故なら仕事だから。お祖母ちゃんと美智恵さんも財閥の仕事の都合上不参加。

金山さんが旭を見てくれるらしいから、結局大人はママ一人と言う凄まじく心配な状況で鴇お兄ちゃんの体育祭に行くことになった。

お弁当の類は双子のお兄ちゃんが持ってくれて、飲み物はママが持ってくれた。敷物は優兎くんが持ってくれてって…私何も持ってないんだけど?

気にするなってお兄ちゃん達が笑顔で押し切ってくるので、何とか自分を納得させた。

さて。私は今、室内着だから、急いで部屋で着替えないと。

クローゼット開けて私は動きを止めた。

えーっと…この服は何かな?この目の前にどんとあるパステルピンクのドレスは何かな?しかも背中に白い羽がついてるこれはなんなのかな?着ろと?これを着ろと?体育祭に行くのにドレスってどうなのよっ!

バタンッ。

クローゼットを閉じて何も見なかった事に…。

「……美鈴…?」

あぁ、部屋の入口からドス黒い声が聞こえる。ママの命令は絶対です。私は泣く泣くそれを身に纏った。せめもの救いはゴテゴテしたドレスで無かった事。どちらかと言えばワンピースに近い。しかし…この羽、むしろ翼と言っていいこれは必要なの?歩くのに邪魔じゃんっ!

白のフリル靴下、辛いっ!ママ、私の精神三十路越えてる事知ってるでしょっ!!

お待たせー…と玄関に戻ると、

「鈴ちゃん、可愛いっ」

「うんっ。鈴、似合ってるっ」

「す、凄く、可愛い、よ?」

三人の称賛の嵐。恥ずかしいよぅ…。出来るなら蹲りたい。穴に入りたい。誰か穴を用意してください。大丈夫私小さいから。そんなに労力いらないから。

「さ、行きましょうかっ」

ママの声が後ろからして、振り返って口をあんぐり。

ママその黒のチャイナ、どっから…?スリットが凄いけど、誠パパ怒らないの?それ…。

あぁ、もういい。もう考えないっ。行こうっ。

今日がハロウィンって言っても私達の姿浮くよねっ!確実に浮くよねっ!!

恥を押し殺しながら鴇お兄ちゃんの学校へ向かう。

そう言えば男子校の体育祭って初めて見るなぁ…。

グラウンドに行くと、ご家族専用のスペースがあり、優兎くんが加わった事により更に協力になった美形結界が功を奏し、いい感じの場所に敷物を敷く事が出来た。木陰だしとても座りやすい。

じろじろとこっち見られてる。って当り前だよね。こんな恰好の私とママがいたら誰だって…。

はぁ…。溜息をつきつつグラウンドを見てると、お兄ちゃん達が体操服姿で話してる姿を見つけた。

おぉ…イケメンはどんな服を着ててもイケメンだ。

まだ、開会式始まってないよね?じゃ、じゃあ会いに行っていいかな?

お兄ちゃん達の周りには誰もいないし。幸い端っこの方で話してるし。

ママに行っていいか視線で尋ねると、にっこりと頷いてくれた。

やったっ!!じゃあ行ってこようっ!!

双子のお兄ちゃん達と優兎くんも付いて来てくれるらしいし、早速立ち上がり会いに行く。

大半の男子生徒はグラウンドにいて、保護者も高校生になるとそんなに来ないのか、少ない上に母親が多い。

人を避けながら避けながら、鴇お兄ちゃんの側へ。

声が届く距離になると、私は手を振った。

「鴇お兄ちゃーんっ!」

叫ぶと、全員の反応は速かった。ばっと一斉にこっちを見る。

私は両手を伸ばして鴇お兄ちゃんに駆け寄る。それをしゃがんで受け入れてくれる鴇お兄ちゃんは今だ驚き顔。

さて、それはどっちに驚いてるのか。

私がここにいることに驚いてるのか、それともこの格好だろうか…。

「……また佳織母さんか?」

「あたりー…」

私を抱っこして立ち上がる鴇お兄ちゃんの顔がぐったりしている。なんか、ごめんね。鴇お兄ちゃん。

「何や。可愛いかっこしとるなぁ。お姫さん」

「ママが強制的に」

「可愛いからいいんじゃなーい?」

「…あっちに中国マフィア女幹部がいるよ」

「…佳織さん。何がしたいんだ?」

「私が聞きたい」

もう何日も一緒に過ごしたお兄ちゃん達は言わずとも察してくれる。でも、ママの事は私達はさっぱり理解出来ません。こんなに長くママの娘やってるのに分からないんだからお兄ちゃん達も分からなくて当然だし。

現状を考えてる間に、棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんがお兄ちゃん達と話をしている。優兎くんもそれに混ざって話していた。あー、華菜ちゃん連れてくれば良かったー…。男の子の話って私参加できないしー…。

ぼんやりとしていると、ざわざわと周囲が騒がしくなり始めた。

え?なに?

耳を澄ましてみる。


「天使だ…鴇様の腕の中に天使がいる…」

「やべぇ、あそこだけ天界過ぎて近寄れねぇ」

「平伏したい」

「拝みたい」

「おい、あっちに女帝がいたぞ」

「なん、だとっ!?」

「しかも、情報によると鴇様の母上との事だっ!」

「おいっ!誰か新聞部から情報買って来いっ!」

「邪魔だって蹴られた奴がいるらしいぞっ!」

「なんだそれっ!?俺も行ってくるっ!!」

「おい、馬鹿っ。止めろっ。鴇様の母上だぞっ!」

「そうだっ!ばれたらヤバいだろっ!」

「だがっ、くそぅっ!!」


………。

えーっと…。

静かに鴇お兄ちゃんを見つめる。

「…俺に言うな。俺の所為じゃない」

それは、まぁ、そうか。

盛大に興奮している方をきちんと見てみることにする。

すると、皆それはそれは姿勢正しく敬礼した。なんで敬礼?

ここは軍隊か何かか?

私はちょっと、いや、かなり引きつつも、笑って手を振った。すると。


「くあああああっ!!」

「天使の微笑みマジやべぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「天使っ!!俺にもその微笑みをおおおおおっ!!」


なんか更にやばい事になった。

皆何故かグラウンドに膝から崩れ落ちて地面をぶっ叩いてたり、崩れ落ちはしないものの顔を隠して空を見上げてたりと不思議な行動をしている。

再び鴇お兄ちゃんを見つめる。

「今のはお前の所為だ」

何故にっ!?解せぬっ!?

「なんでなんで」と驚き鴇お兄ちゃんに詰め寄ってみるけど、鴇お兄ちゃんは答えをくれませんでした。

聞く事を諦めて、話を変える事にする。

「鴇お兄ちゃんが出る種目はどれだけあるの?」

「俺か?俺は…」

そう言って鴇お兄ちゃんは私を降ろし、ポケットからプログラムを出すと渡してくれた。

四つ折りにされたその紙を開いて種目を確認する。それに便乗するように葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん、優兎くんも一緒に覗き込んだ。

「この二人三脚と」

ふむふむ。

「部活動対抗リレー」

ふむふむ。

「以外全部だ」

「ふむふむ…って、ええっ!?」

本気っ!?プログラム見る限り、全部で13種目あるけど、その内の二つだけ出ないって、それ以外全部出るのっ!?本気っ!?

「因みに俺はこれとこれ以外だな」

透馬お兄ちゃんが指さすのは、綱引きと部活対抗リレー。

「俺はこれとこれ以外や」

奏輔お兄ちゃんが指さすのは、棒倒しと部活対抗リレー。

「で、オレはこれとこれ以外ー」

最後に大地お兄ちゃんが指さしたのは、騎馬戦と部活対抗リレー。

んん?って事は。

「皆なんで部活対抗リレーに出ないの?」

生徒会って部活動枠に入らないのかな?

首を捻っていると、四人は苦笑した。

「だって勝負にならないからー」

「俺達生徒会で四人一緒に戦って圧勝とか結果解り過ぎてつまらないだろ。俺達も他の生徒も」

「せやからチームだって四つに割って、俺達全員ばらけたんよ」

はぁ~…納得。

「でも、鴇お兄ちゃんなんで二人三脚出ないの?」

「野郎と二人三脚とか普通に嫌だろ」

「それは、そうか。うん。納得。透馬お兄ちゃんが綱引きに出ないのは指の為だから分かるし、奏輔お兄ちゃんは棒倒しとか参加するタイプに見えないから何となくわかるな。でも大地お兄ちゃんの騎馬戦は何で?好きそうだけど」

「はははっ。うん。騎馬戦は好きだよー。でも誰も相手にならないんだ」

「あー…。うん。納得した」

色々納得した。

「鴇お兄ちゃん。このプログラム貰っても良い?」

「あぁ。いいぞ。プログラムならもう俺の頭の中に入ってるしな」

おおー。鴇お兄ちゃんカッコいいっ!

「じゃあ、そろそろ戻るねっ。お兄ちゃん達頑張ってねっ!お弁当作って来たから後で一緒に食べようねっ」

「分かった。後でな」

鴇お兄ちゃんが私の頭を撫でてくれる。えへへ。

あ、そうだっ。今日実は特製アイス作って来たんだった。

うふふ。ちょっと冗談言ってみたりしてもいいかな?

「優勝したら特製おやつをプレゼントっ」

なんてねー。こんなのに釣られる訳ないよねー。


「鴇。俺今日絶対負けねぇから」

「鴇。今日は勝たせて貰うわ」

「鴇。特製おやつは貰うからー」

「五月蠅ぇよ。全員返り討ちにしてやるから覚悟しとけ」


………。

えーっと。これはー…。

「もしかして、私失敗した?」

「いいんじゃない?やる気になったなら」

「うん。それに鴇兄さんが負けるとは思えないし」

「白熱した勝負が見れそうだね…」

取りあえず戻ろう。来た時と同じように人を避けて避けて、ママの所へと戻った。

お帰りと出迎えたママは何故かペットボトルのお茶とスナック菓子。そして双眼鏡とプログラムをゲットしていた。

どうやって手に入れたのかは考えないのが利口な生き方である。

さて、靴を脱いで敷物に座ると少し高い位置に場所取り出来たおかげか、グラウンドが一望出来た。

開会式の為に生徒は皆、グラウンドの隅に集合している。

あそこから行進して入場かな?

お兄ちゃん達は生徒会としての挨拶があるから本部テントの中にいる。最終打ち合わせだろう。

プログラムを開いて開会式の次の競技を確かめる。


午前の部


1 開会式  2 200M走  3 二人三脚

4 騎馬戦  5 学年別クラス対抗リレー

6 棒倒し  7 障害物競争  8 応援合戦   9 色別対抗リレー


色別対抗?

そう言えば、奏輔お兄ちゃんがチームを四つに割ったって言ってたっけ?

で色別って事はチームカラーがあるのか。

グラウンドに視線を戻す。そう言えば皆分かりやすく鉢巻や体操服に色を付けている。

色は赤、青、白、黄の四色。それに待機場所にはそれぞれチームの旗が立てられいた。

赤チームは王様をイメージしてるのかな?マントの絵の中心に剣が二本交差してる。青は聖杯から炎が溢れてる絵。青い炎が一番熱いって言うもんね。一番って意味なんだろう。白は銀の盾に宝石の付いた杖。銀か~。白って印象が難しいから銀って良い手だよね。後は黄色。黄は太陽とコインが重なってるような絵だ。

あー、分かったーっ。これ、タロットの小アルカナでしょっ!因みに小アルカナってのは一般的にタロットカードと言われてる役の付いたカードとは違う、トランプのもとになっていると言われてるカードの事です。ってそんな事より凄い凄いっ!あの旗って学生の手作りだよねっ!?うわぁっ、凄いなぁっ。

お兄ちゃん達はどのチームなんだろっ?

さっき奏輔お兄ちゃんの腕に青い鉢巻が巻かれてた。って事は奏輔お兄ちゃんは青組だね。透馬お兄ちゃんは首に白の鉢巻かけてたから多分白。大地お兄ちゃんは黄色の鉢巻頭に巻いてたから黄色だね。となると、目に見える位置に鉢巻はなかったけど生徒会長がいるってことで王様の旗にしたであろう赤組が鴇お兄ちゃんの色かな。

うわぁ、うわぁ、楽しみーっ!!

で?午後の部はっ!?


午後の部


10 部活動対抗リレー 11 鉄玉転がし 12 仮装競争

13 借り物競争    14 選抜色別対抗リレー 15 閉会式


11番が気になる。すげー気になる。普通大玉だよね?いや、高校生だから大玉転がしとかしなさそうだけど。でもだからって鉄玉ってなんなの?危なくない?大丈夫なの?

「う~ん…」

「鈴?どうしたの?」

背後から私を抱っこするように座る棗お兄ちゃんが私の肩に顎を置いてプログラムを覗き込んできた。

「んー。この種目が気になって」

「どれどれ?…鉄玉転がし?」

左隣から葵お兄ちゃんがプログラムを覗き込む。

「うん。どんななのかな~って…」

「…想像がつかないね…。ううん。想像はつきそうなんだけど、想像したくないね…」

「……結構言うね。優兎くん」

私は右隣に座る優兎くんに突っ込みをいれる。

そうこうしてる間に狼煙が上がり、行進が始まった。

ふわぁ…凄い。ぴったりと揃ってるし、それに、行進してる先頭と最後尾の人達がバク転や側転をしてアクションを魅せつけてる。サーカスかっ。

「凄いねっ、凄いねっ!」

「鈴ちゃん、落ち着いて」

身を乗り出して見ようとするのを後ろから棗お兄ちゃんに抑えられて、葵お兄ちゃんに宥められて、優兎くんに笑われる。

ううぅ…だって面白いんだもん。今まで体育祭って参加する事はあっても見に行く事ってなかったんだもん。ましてや男子校とか絶対縁がないものだったんだもん。

グラウンドに生徒が揃い、組事に整列する。あれ?結構人数少ないね。良く考えたら、この学校ってクラスいくつあるんだろう?

プログラムにもう一度視線を落とす。一応生徒名が乗ってるんだよね。んーっと…A、B、C、D、S組の5クラス。でS組が特進科って言われるクラスで一定以上の学力をキープしないと入れないクラス。鴇お兄ちゃん達込みで全校で9人しかいないらしい。

この制度だけは男子校から共学になっても残ってるんだろうな~。確かゲームでもあったはずだし。特進科に進むための特別な試験に合格しないと入れない、とかあったと思う。鴇お兄ちゃん達の学年で鴇お兄ちゃん含め四人いるのはもはや奇跡的なのかもね。

学園長が舞台に立って、ダラダラと話し始めた。

なんでこう、学園長とかって話が長いんだろうねー…。さっきのテンションが一気に下がって眠くなっちゃうよ~…。

そのだらだらとした話が終わり、選手宣誓。

「あ、大地お兄ちゃんだっ」

真ん中に立ってかっこよく選手宣誓をしている。そこは普通生徒会長じゃないのかな?とは思ったけど、何か分担があるんだろうとも裏事情を前世の記憶で知ってるから素直に鑑賞した。

大地お兄ちゃんの選手宣誓が終わると、奏輔お兄ちゃんが体育祭での諸注意などを読み上げ、透馬お兄ちゃんが保護者への注意事項を読み上げていく。

そして、鴇お兄ちゃんの開会宣言で体育祭が始まった。

放送部がアナウンスを担当し、次の200M走が始まる。

あ、お兄ちゃん達四人が並んでるっ!しかも第一走者じゃんっ!

「あら?あの子達一緒に走るのね。誰が速いのかしら?」

「鴇お兄ちゃんに一票っ!」

「僕も一票」

元気に手を上げたらお兄ちゃん達も手を上げて、優兎くんも手を上げた。

「もう。これじゃ賭けにならないじゃない」

って事はママも鴇お兄ちゃんが勝つと思ってるのね。

皆鴇お兄ちゃん一択っ!!

パァンとピストルの音が鳴り響き、一斉にスタート。

走り出したお兄ちゃん達と同時に盛大な黄色い悲鳴が響き渡る。驚いて辺りを見ると、女子高生から女子小学生までが騒いでいる。

去年から、生徒の関係者以外は立ち入り禁止になったって聞いてたけど、それでもコネを使って潜り込むチャレンジャーはいるってことだ。

でも確かに走ってるお兄ちゃん達はかっこいいっ!

そして鴇お兄ちゃんは堂々の一位を獲得した。大地お兄ちゃんと僅差だ。

一位のフラッグを持って、鴇お兄ちゃんがこっちを見た。皆で手を振ると、ふっと勝ち誇った笑みを浮かべて大地お兄ちゃん達と揃って次の競技へと向かった。

プログラム3番の二人三脚は相手を陥れ放題の自由競争らしく凄まじい事になり、四番の騎馬戦は殴り合いありの血みどろの争いで何人救護テントに運ばれた事やら。

5番の学年別クラス対抗リレーはお兄ちゃん達のいる二年生が圧勝し、6の棒倒しは大地お兄ちゃんが突撃をかまし、棒を薙ぎ倒す勢いで勝利を収めていた。うん。これは近寄ったら危険すぎる。騎馬戦出なくて正解だよね。

7番の障害物競争で透馬お兄ちゃんの顔が真っ白になってたのは凄く面白くて皆で腹を抱えて笑った。鴇お兄ちゃんと奏輔お兄ちゃんは一切顔に粉がついてなかったのが不思議ー。この障害物競争の障害物って全部ペーパーテストらしいよ?全部正解しないと戻されるんだって。鴇お兄ちゃんは戻されまいと思いきや、雑学エリアで戻されてた。女子に人気のアイドルとか書いてあったらしく、そりゃ無理だわと笑いながら納得した。

8番の応援合戦。応援合戦って言うより、これはパフォーマンスだね。全員で一糸乱れぬように音楽に合わせて踊る。毎回お兄ちゃん達が目立つ位置でアクションしてくれるから、面白いっ!女子がキャーキャー言うのも頷けるっ!

午前の部。残るは運動会の花形種目の一つ。色別対抗リレー。勿論アンカーは陸上部を差し置いて、お兄ちゃん達4人だ。でも、全員参加のリレーだから結果はどうなるか分からない。私達はわくわくしながらスタートを待つ。ピストルの音が響き一斉にトップバッターが走り出した。やっぱり最初は陸上部とか足の速い所を持ってくるよね。一切差が付かない。そのまま2番走者、3番とバトンは繋がれていく。

「今の所、黄、青、白、赤の順みたいだね」

「うん。でもアンカーは鴇お兄ちゃんだからまだ分からないよっ」

歓声が響き、生徒たちの応援の声も加わって会場は最大に盛り上がりを魅せた。

「あ、今大地お兄ちゃんにバトンが渡ったっ」

「流石、速いね」

「うん。流石だね」

奏輔お兄ちゃん、透馬お兄ちゃんとその後に続く。少しの間を置いて、鴇お兄ちゃんにバトンが渡った。あぁっ、中々距離が縮まらないっ。うぅ~っ!!

頑張れ頑張れっ!!鴇お兄ちゃん頑張れっ!!

気分は息子を応援する母の気分ですっ!

透馬お兄ちゃんを抜いて、奏輔お兄ちゃんを追い越す。後は、大地お兄ちゃんだけ。距離は着々と縮まるのに、あとちょっとの所で追い抜けない。

私は耐え切れなくなって。

「鴇お兄ちゃんっ!!頑張れーっ!!」

大声で応援していた。それはもう、後ろにいた棗お兄ちゃんがびっくりして手を離す位に。

「鴇ーっ!!2位なんてとったら叩き潰すわよーっ!!」

ママの脅迫…ごほんっ。声援も辺りに響く。

すると、鴇お兄ちゃんはぐんっとスピードが上がり、大地お兄ちゃんを追い越して、1位でゴールロープを切った。

「きゃーっ!1位だーっ!」

「偉いわっ!鴇っ!」

テンションの上がったママと二人両手を叩き合って喜ぶ。

こうして午前の部が終了した。

私達は来るであろうお兄ちゃん達の為にご飯を食べる準備をする。

皿と箸を用意した所で、体育着の上着を腰に巻いたお兄ちゃん達が歩いてきた。なんで分かったかって?そりゃもう、黄色い声と同時に現れるんだもの。嫌でも分かる。

「くっそー…。今年こそはと思ってたんだけどなー」

「はっ。残念だったな」

「透馬。今んとこ、点差どーなっとる?」

「うん?あぁ、えっと、1位が黄の210点。2位が青の195点。3位に白の170点。んで最後に赤の165点だな」

何やら楽しそうに話してるけど、とりあえずご飯を食べて頂きたいので、私は鴇お兄ちゃんの名前を呼んで手を振る。お兄ちゃん達は私の声に気付き手を振りながらこっちに来た。

靴を脱いで座った所で私は皆にお手拭きを渡す。昼食タイムである。


「鴇お兄ちゃん凄かったねっ!!最後の追い抜きカッコ良かったよっ!!」

「そうか?あぁ、そう言えば美鈴の応援ちゃんと聞こえたぞ」

「そうそう。羨ましかったぜ。あーでも、佳織さんの脅迫も聞こえたな」

「あら?透馬君。何か言ったかしら?」

「いいえっ!何にもっ!!」

「佳織母さん。今透馬さんは脅迫って言ってたよ」

「あっさりバラしてんじゃねーよっ、棗っ」

「あらあら。透馬君ったら。もう、悪い子ね♪」


―――ギリギリギリッ。


「ぎゃあああっ!!申し訳ございませんでしたぁーっ!!」

「おお。透馬の耳が捩じ切れそうやな」

「ちょっと、羨ましいかもー」

「えっ!?」

「ん?」

「…いいかい?優兎。これが悪い見本だよ」

「わ、分かったよ。葵さん…」


とてつもなく騒がしいままに昼食は終了した。

お腹が膨れて若干おねむな感じですが、午後の部もしっかりと見たいので、午前の部と同じようにプログラムを持って待機っ。

10番の部活動対抗リレーはお兄ちゃん達は誰も出場しないので、実はまだ一緒にいたりします。野球部とサッカー部の熾烈な争いが面白かったです。

お兄ちゃん達がグラウンドに戻り、プログラム11番。来たよ。これ。どんな競技なのか。朝からずっと気になっていた競技。でも、この競技。どうやら大玉転がしのようです。ただし、その大玉がどうやら鉄で出来ているみたい。表面だけ。それじゃあ普通の大玉転がしと変わらないじゃんとか言うなかれ。本日は快晴です。10月の終わりだってのに、とってもぽかぽか陽気。下手すると暑いくらい。分かりますか?鉄は熱を吸収します。結果は…。

「うおおおおおっ!!」

「焼ける焼けるーっ!!」

「急げ急げーっ!!」

「三回に一度は手を離せっ!!」

「ずっとくっつけてると手が離れなくなるからなっ!!」

って事になる。どうやら皆素手でやってるらしいが。この競技は危ないので良い子は真似しないように。っつーか多分来年はこの競技なくなると私は思う。

嵐のような鉄玉転がしが終わり、12番の仮装競争に移る。

この仮装競争。仮装して走るんじゃなくて、組長を仮装させる為の競争らしく、走者は各々アイテムを持っている。

ピストルが鳴ると同時に、中心の舞台にいる四人を着飾っていく。因みに四人はお兄ちゃん達ね?各色組長はお兄ちゃん達だもん。

ん?んんん?奏輔お兄ちゃんのあれ、どう見ても女装だよね。だってドレスだし。あぁ、顔が険しくなっていく。もしかしてギリギリまで何着せられるか解らなかったとか、そーゆー…。透馬お兄ちゃんは騎士か。大地お兄ちゃんは、あっはっははっ!!ピエロだピエロだっ!!

「鴇さん、かっこいい…」

優兎くんの呟きに、鴇お兄ちゃんに視線を向けると、確かにとつい納得してしまった。確かにかっこいいよ、鴇お兄ちゃん。どっからどう見ても立派な王様だ。マントも普通に似合ってる。貫禄半端ない。

でもレースの観点から言うと、鴇お兄ちゃん所がビリだね。時間かかり過ぎてる。案の定結果は赤組がビリだった。

「赤組、今の得点で何とか白を抜いたけど…これは難しいかな?」

「でも、最後のリレーはかなりの高得点らしいですよ…?次の借り物競争で一位を取れれば…」

「あぁ。確かに」

男の子三人で会議が行われてます。

そんな中プログラム13番借り物競争のスタンバイがされる。アナウンスが流れた。

『次は、借り物競争です。わが校の借り物競争は他校とは違うルールが御座います。しかし、今それを言う訳には参りません。ですが、借り物競争な事には変わりありません。会場の皆様ご協力をお願い申し上げます』

アナウンスの言葉に拍手をもって会場内の協力の同意が伝えられる。

そして、何故か走者はグラウンドの真ん中に集められた。1、2、3……10、11、12人?全部で16人いるのか。各色から4人ずつの計算かな?あれ?お兄ちゃん達着替えないでそのままなのね。あれも一種のハンデかな?

『では、位置に付いて』

お兄ちゃん達を含めた生徒の視線が本部に集まる。

『よーい、―――スタートっ!!』

本部にバッと広げられた垂れ幕のお題。

それは『天使な美少女』だった。

あぁ、華菜ちゃん、なんでいないのっ!?いたら推薦したのにっ!!

「す、鈴ちゃんっ!逃げるよっ!」

「へ?葵お兄ちゃん?なんで?」

「そんなの鈴以外あのお題に当てはまらないからに決まってるよっ!!」

「えぇ?そんな馬鹿な。だって棗お兄ちゃん達の方がよっぽど……って、嘘ぉっ!?」

生徒達が砂煙を上げて一斉にこっちに向かって走って来てる。

「いやーーーっ!!」

私は慌てて逃げて近くの木に登る。裸足だけど、そんなの構ってられないっ!!怖いよぉーっ!!

「美鈴っ!!」

迫る男子生徒を押しのけて、鴇お兄ちゃんが来てくれた。

ぷるぷると木の枝の上で震える私に向かって手を伸ばす。

「まさかこんなお題とは思わなかったんだ。怖かったな。美鈴。大丈夫だ。俺が守るから降りて来い」

「鴇お兄ちゃぁん…」

見下す鴇お兄ちゃんがしっかりと頷いてくれたので、私は鴇お兄ちゃんの腕の中に落ちた。うん。ドサッと。枝の上って意外に滑るんだよ。裸足でもね。

「よしっ。戻るぞっ。美鈴っ」

絶対鴇お兄ちゃんから離れるもんかとぎゅっと抱き着く。鴇お兄ちゃんはそこから猛ダッシュ。グラウンドの真ん中へ。到着。そして本部を見ると、次のお題が発表された。『半家先生の帽子』だって。皆が次に走るのをグラウンドの中央で見守る。

「借り物競争ってこんなんだっけ?」

「お題が別だと不公平だって言うんでな。だったら、お題を全部一緒にしてやれって奏輔がキレてこうなったんだ」

へぇ…。あ、奏輔お兄ちゃんが帽子持って戻って来た…ん?よく見たら帽子じゃなくてそれカツラじゃ…。半家先生、ご愁傷さまです。

お題は『可愛い美少年』『学園長の眼鏡』『女帝』『庭に住んでる野良猫』等々…。最終的に何も手に入れられなかった生徒は終了の笛と同時に地面に倒れた。

で、借り物競争だから当然、答え合わせはある訳で。1着の鴇お兄ちゃんから放送部がマイクを持って近づいてくる。

うぅぅ…仕方ない事とはいえ、怖いよぉ…。ぎゅぎゅっと抱き着く。

『はいっ。では一着の鴇様からお題と借り物をご提示くださいっ』

『天使な美少女ってお題だったな。どうだ?俺の妹は。可愛いだろう?』

鴇お兄ちゃん。恥ずかしいです。どんな説明ですか?顔を隠すしかもう逃げ道はない。両手で顔を隠す。

『はいっ!!と言いたい所ですが、顔を見せて頂かないとなんとも…』

『だとさ、美鈴。…少しだけ顔を見せてやれ』

「や、やだよぉ…鴇お兄たんっ」

………羞恥は徐々にやってくる。

いやああああああっ!!噛んだぁーっ!!お兄たんってなんだ、お兄たんってっ!!誰か穴をっ!!穴を私にぃぃぃぃぃっ!!

心の中で悶え苦しむ。

「美鈴。お前…マジで照れてるな」

「わ、笑いながら言わないでよぉ…」

顔を覆ってた手をそっと外された。うぅぅ…鴇お兄ちゃん、酷い。林檎状態の私を人に晒すなんて…。

『っ!?、こ、これは物凄い美少女だっ!!か、可愛いっ!!間違いなく可愛いっ!!』

『天使だろう?』

『はいっ!!……うわー…マジで可愛い……噂の鴇様の妹ってこんなに可愛いかったんだ…』

『おい。オンマイクで本音漏れてるぞ』

『はっ!?し、失礼しましたっ!ではお次の…』

放送部員が隣の奏輔お兄ちゃんにマイクを向けた。

私から視線がそれてくれたのに、心底安堵して、私も耳を傾ける。

『お題は、半家先生の帽子っ!な、なんと、これはーっ!!カツラっ!?』

『お題通りやろ?立派な帽子や』

『…半家先生。後で放送部からハンカチをプレゼントさせて頂きましょうっ!さぁ、次っ』

その優しさってどうなの…?

そもそも本当にカツラ?

「ねっ、ねっ、奏輔お兄ちゃん」

「ん?どうした?お姫さん」

「それって、本物?」

触ってみたくて、鴇お兄ちゃんに抱っこされていながらも奏輔お兄ちゃんに手を伸ばす。すると、奏輔お兄ちゃんは苦笑して私の手を握って、

「あかんよ。お姫さん。これ、ほんまに今かぶってたのもぎ取って来たんや。油がつくとあれやからやめとき」

と言い切った。

「油…ん。分かった」

「奏輔。お前酷い事するな。カツラもぎ取るとか」

「笑いながら言うセリフか?鴇」

二人の会話が面白くて、くすくす笑っていると、グラウンドからどよめきが聞こえた。

その理由が、『可愛い美少年』で大地お兄ちゃんに連れられてきた優兎くんに起きたのものなのか、それともその奥で『女帝』と言うお題で透馬お兄ちゃんに連れて来られたママに起きたものなのか、私には皆目見当もつかなかった。

借り物競争を無事(?)に終え、葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんの下へママと優兎くん三人で戻ると、最終種目、選抜色別リレーになった。

放送部が組長の下へ行き、意気込みを聞いて回るようだ。

まずは、今最下位の白組の透馬お兄ちゃんの下へ。マイクを受け取り透馬お兄ちゃんは、白組の待機場所より一歩前に出る。


『現在235点と言う最下位だがっ、ここまで接戦に持ち込んだんだっ!最後の勝負っ!行くぞっ、お前らっ!!』


おおおおおおっ!!


『優勝した暁には、俺の妹である七海とデートする権利を白組のMVPに与えてやるっ!!死ぬ気でやれぇっ!!』


おおおおおおおおおっ!!!!


…透馬お兄ちゃん。それ、死亡フラグって奴じゃないですか?七海お姉ちゃん、それ知ってるの?いいのかなぁ~…。

そっと横目で左に座る葵お兄ちゃんを見たら、静かに首を振っていた。諦めろって事だね。うん。

マイクは三位の組長である青組の組長である奏輔お兄ちゃんの下へ。青組待機場所より一歩前に出て、透馬お兄ちゃんと同じラインに立つ。


『さて、得点は240点。ギリギリの所や。けど、このまま負けるんは許さへんで?』


イエ、サーッ!!


『逆転するでっ!!』


イエッサーッ!!!


『優勝して活躍したMVPにはご褒美に、家のお姉からキスのプレゼントやっ!!』


イエッサあああああああっ!!!!


…奏輔お兄ちゃん。お姉ちゃん達が毎日良い男紹介しなさいって言われてウザいって言ってたもんね。利用したんだね。

そっと横目で右に座る優兎くんを見る。きょとんとした顔をして首を捻っていた。

何時までも優しい優兎くんでいて下さい。いや、ほんとに。

マイクは二位の組長の鴇お兄ちゃんの下へ移動する。鴇お兄ちゃんが悠然と赤組の前に立ち腕を組んだ。


『今、255点か。トップとの差は5点だ。そしてこのリレーで勝利しなければ優勝はあり得ない』


はいっ!


『本当はこういう形で釣るのは嫌いなんだが、この際仕方ない。俺は負けるのが嫌いなんでな。いいかっ!!優勝に導いたMVPに俺の妹が作った俺の弁当をお前達に譲ってやろうっ!!』


―――ギラッ!!


『絶対に優勝しろっ!!いいなっ!?』


鴇様ああああああっ!!

神様ああああああああっ!!


…鴇お兄ちゃん。朝渡したお弁当に手をつけてないなーって思ったらこれが目的ですか?いえ、構いませんよ?構いませんが…腐ってない?食べれるかなぁ…?

でも、何か鴇お兄ちゃんの所の生徒の目つきが怖いんだけど。

だって先輩後輩って言うより、あれは下僕とか信徒とかのレベルかと…。

マイクが最後の一人で現在トップの組、黄色組の組長である大地お兄ちゃんの下へ移動した。大地お兄ちゃんは至極明るく前に出てお兄ちゃん達と同じライン上に立つ。


『このまま独走するぞっ!!いいかっ!!気を抜くなよっ!!優勝を逃したら、オレが直々にてめぇらを全員鍛え直すっ!!分かったなっ!!』


ぎゃああああああっ!!

地獄を全力で回避すんぞおおおおおおっ!!

死んでもいいから一位を保てえええええええっ!!


…大地お兄ちゃん?何かいつもまったりしてるのに、何か違う人みたいなんだけど?

びっくりして大地お兄ちゃんをマジマジと見てると、私の視線に気付いたのか、ウィンクして手を振ってくれた。

んん?やっぱりさっきのは気のせいだったのか?


選抜メンバーがとてつもないプレッシャーを背負い、各々のスタンバイ場所へ移動する。

アンカーはやっぱりお兄ちゃん達だ。あれだけ走って司会して、それでもまだアンカーをやる余力があるんだから凄いね。

アナウンスが入り、ピストルの音でリレーはスタートした。


鴇お兄ちゃんの所の体育祭が終わり、商店街のお祭りに行く為に一時帰宅することにした私達はいつもの様に家へ続く坂道を登っていた。

「にしても、凄かったねー。最後のリレー」

「そうねぇ。かなりの接戦だったものねぇ」

「でも、やっぱり最後には鴇さんが勝ちましたね」

「鴇兄さんに敵う人は佳織母さんと父さんくらいじゃない?」

「父さんだってたまに鴇兄さんに言い包められてるよ」

閉会式で優勝旗を貰ってた鴇お兄ちゃんは当然という態度で。でも皆それも納得してるようだったな。

そう言えば、私は鴇お兄ちゃんに赤組の人へ渡してくれと、沢山焼いたクッキーを渡した。本当ならちゃんとしたお菓子にしたかったんだけど量を量産するにはこれしかなかったんだ。

鴇お兄ちゃんと一緒に頑張ってくれたんだからこの位はね。まぁ、どんな反応するか分からないけどさ。甘いもの嫌いな人もいるかもだし。

わいわいと話しながら坂道を登り切ろうとした、その時。

「帰りなさいっ!!」

――ビクゥッ!!

突然の怒声に私は驚いて葵お兄ちゃんに抱き着く。

全員が驚いて固まっていたけれど、いち早く動いたのはママだった。

走り出したママの後を追って私達も家へと向かう。

家の前でやたら太った男女が一人ずつ立っている。

それに相対しているのは、お祖母ちゃんと美智恵さんだ。

「遺産は全て放棄致しましたっ!!貴方達とは縁を切った筈ですっ!!」

「ですが、お義母様。私達は貴女と縁を切りたくはないのです」

「私は優兎が心配で」

「嘘をおっしゃいっ!!心配だと言うなら何故今になって現れたのですっ!?どうせ私達が白鳥家に溶け込むのを待っていたのでしょうっ!?」

これは…。

駄目だ。私達は真正面から入っちゃいけない。どうやら私達の家の玄関で争ってるみたいだ。だったら…。

「優兎くん優兎くんっ」

「えっ、あっ、…なに?美鈴ちゃん」

「悪いんだけど、優兎くんの家の方の玄関から入りたいの。鍵開けてくれる?」

「え?な、んで?」

「このままの格好じゃあ、ママが美智恵さんに助太刀出来ないから」

「……分かった」

ママに合図を送り、こそこそと私達は優兎くん家の玄関から中へ入る。

渡り廊下を通じて中に入り、ママは真っ直ぐ自室へ行って着替えて玄関へ向かった。

私達はリビングへと入る。

暫く怒声は飛び交っていたが、最終的にはママの『喧しいっ!!とっとと帰れっ!!』の言葉で玄関が閉められた。

流石ママ。お祖母ちゃんと美智恵さんを連れてリビングに戻って来た。

「お祖母様…」

心配気に駆け寄る優兎くんに美智恵さんは疲労感たっぷりに微笑み彼の頭を撫でた。

「…ごめんなさいね。優兎。私が頼りないばかりに…」

「そんなっ、そんな事っ」

「でも。お前だけは何としても助けるからね。絶対に」

美智恵さんの瞳には確固たる覚悟が宿っている。優兎くんは静かに俯いた。

……優兎くん?

彼らしくない反応が気にかかる。心なしか顔色も悪い気がして、私は声をかけようとしたけれど、お祖母ちゃんの声にそれは遮られてしまった。

「それにしても、佳織さん。助かったよ」

「いいえ。お義母さん。間に合って何よりでしたわ」

「佳織さんが来なければ誠を呼ぶしかなかったからね。それは避けたかったから本当に助かったわ」

どうして誠パパを呼ぶのは避けたかったんだろう?

SPだから仕事中に呼び出したり出来ないからって事かな?

「さて、面倒なのは今だけ忘れて、今日の体育祭の話を聞かせておくれよ」

お祖母ちゃんがその場の雰囲気を切り替えるように手を叩くと明るく言った。

それにママが便乗して、私は優兎くんに声をかけるタイミングを失ってしまった。

後に私はその事を後悔する事になる…。


鴇お兄ちゃんが通う学校の体育祭が終わったその日の夜。

私達は商店街主催のハロウィンイベントへ行く為に、仮装をしていた。

って言うかね。私はぶっちゃけ午前中から仮装してたし。だって言うのに午前中は天使で午後は悪魔ですか。そうですか。

黒の膝上丈フリルスカートの下に黒の蝶柄つき膝下フリルストッキング。。そして黒のベアトップ。……長い黒レース手袋をしてますが、……一言良いですか?


寒いっ!!


今十月だよっ!?って言うか明日から11月だよっ!?ベアトップは寒いでしょっ!!子供は風の子とは言え、これじゃあ風邪の子だよっ!!おへそが見えるーっ!!

背中に黒の翼があるったって、これ関係ないよっ!?寒いよーっ!!

せめてもの抵抗で髪はおろしていこう…。

「鈴ー?準備出来たー?」

声がかかって、私は自室のドアをほそーく開けてそっと顔だけ覗かせる。

「どうしたの?鈴」

「………寒い」

「え?」

私は覚悟を決めてドアを開く。真正面から私を見た棗お兄ちゃんはにっこり笑って停止した。

向き合う事で初めて私は棗お兄ちゃんの姿を見る。棗お兄ちゃんは狼男なんだ。茶色の耳をはやして黒いシャツに黒のボトム。茶色の尻尾も勿論ついていた。でも茶色だと狼男って言うより犬じゃない?

「……鈴。その恰好で行くの?」

やっと覚醒した棗お兄ちゃんが聞いてくる。

「私だってこんな寒い格好で行きたくないよ~…」

「いや、寒さがどうのって事じゃなくて…その、…ちょっと刺激強すぎない?」

「刺激?」

まぁ、華菜ちゃん曰く、コンセプトは小悪魔らしいし。刺激は強いとは思うけど…。

学校とかの行事だったら絶対こんな恰好しないよ?でも、今日は商店街のお祭りだし。大丈夫かな?って思ってる。

お兄ちゃん達の側にいたら安心だしね。それに…。

「棗お兄ちゃん、ちょっと来て」

「鈴?」

棗お兄ちゃんの手を引いて、華菜ちゃんが持って来てくれた衣装を取り出し広げた。広げるなんて言うほどもないくらい布面積のない、水着のような衣装。こんなの着ていける訳がない。

「私、コレ、無理」

「……うん。そっちでいいよ。鈴」

「ですよねー…」

どっちにしても寒いんだけど。ぎりぎりまで上着着ててもいいよね?

念の為に黒のカーディガンを手に持ち、棗お兄ちゃんと一緒に一階に降りると、私の姿を見た葵お兄ちゃんと鴇お兄ちゃんが手に持ってたカップを落とした。

我に返ると同時に棗お兄ちゃんと同じ事を言うもんだから、私もさっきと同じセリフで返すと仕方ないか…と納得してくれた。

でもカーディガンは着ろと三人から言われ、私も風邪を引くのは嫌なので素直に着込む。赤のリボンを付けるとそれなりに見れるだろう。

鴇お兄ちゃんは私服だけど、葵お兄ちゃんは棗お兄ちゃんとお揃いだ。耳と尻尾の色がグレーであるって違いくらい。

あれ?そう言えば優兎くんは?

キョロキョロとその姿を探すと、慌てたように不思議の国のアリスの兎がリビングに駆け込んできた。

おおー、可愛いっ!!モノクルがまた似合ってるよっ!!すっごい可愛いっ!!

でも面と向かっては言いませんよ。可愛いって男の子に言うと大抵は「可愛い奴がこんなことするか?俺だって男だぞ」ってキスしてきたり、押し倒してきたりするので。前世の経験上。優兎くんがするとは言ってないよ?

「準備出来た?優兎くん」

極力普通に、あぁ、でも可愛いからニヤニヤが止まらない。

何とかニヤニヤをニコニコに変えて、優兎くんに聞くと、優兎くんは私の姿を見て顔を真っ赤にした。

「華菜ちゃん、凄い服、持って来たんだね…」

「用意したのは奏輔お兄ちゃんのお姉様方だと思うけどね」

「そう、だろうね…」

ん?いつもの優兎くんだ。

顔色ももとに戻ってるし、さっきのは私の気の所為だったんだろうか?

何はともあれ皆揃った訳で。

私達は商店街へ向かった。


夜だよ?しかも外だよ?

「やっぱり寒いーっ!!」

「だろうな」

力一杯叫ぶと鴇お兄ちゃんが苦笑した。

一応上着を着てきたんだけど、結局商店街で脱がなきゃいけなくて。

素肌のへそ出し肩だしが寒くて仕方ない。財布とかハンカチとか持って来た上着とかが入ってる籠を持つ手が震える。

若さ?関係ないない。大体若い内からこうやって体冷やして良い事ないんだからーっ!

やたらと柔軟性のある悪魔の翼を体に巻き付ける。背中に生えてるっぽくはなってるけど、かなりの大きさだからむしろ背負ってる感半端なし。

こうなったら早く移動するしかない。私は早足に華菜ちゃんの家である花屋さんへ向かう。着くと華菜ちゃんの準備は既に整っていて、玄関先で出迎えてくれた。

「って、華菜ちゃんズルいよっ!自分は魔女とか簡単でしかもあったかそうっ!!」

「えぇー?そうかなー?」

確信犯だーっ!!魔女のマントの下はどう見てもセーターにロングスカートじゃんっ!!絶対レギンスも履いてるでしょっ!!ずーるーいーっ!!

「まぁまぁ、とにかく行こうよっ」

「もうっ、華菜ちゃんってばっ」

そんな天使の微笑みにいつも私が騙されるとでも思ってるのっ!?可愛いなっ!!こんちきしょーっ!!

華菜ちゃんの微笑みにあっさり騙されながら、私達はまず奏輔お兄ちゃんの家である呉服屋へ向かった。

お店の中に入り、奏輔お兄ちゃんのお姉様達に洋服のお礼を言ってから、

「トリックオアトリートっ!」

両手を広げて定番のセリフ。

「やぁんっ!!可愛いっ!!」

「徹夜した甲斐あったわーっ!!」

歓喜したお姉様達からキスの雨が降らされて、顔中口紅だらけに。どさくさまぎれに鴇お兄ちゃんもされたらしく、ぐったりしていた。

「お姉達。いい加減にしとき。ほらお姫さん達、お菓子や…って、なんやっ、お姫さんその恰好っ?」

まじまじと全身見ないでー。

な、なんて反応したらいいのよ…。うーん、と、うーんと…。

「そ、奏輔お兄ちゃん、似合う?」

「…ふぅ。お姫さん」

あれ?なんでやれやれって顔してるの?そして、なんで私を抱き上げるの?にっこり笑ってくるっと方向転換すると。

「ほな、鴇。そゆことで」

「どう言う事だ」

ガシッ。

立ち去ろうとした奏輔お兄ちゃんの肩をがっしりと掴み鴇お兄ちゃんは私を取り返した。

「頼むわっ、俺にその優しい小悪魔を譲ってくれっ。代わりにお姉達を好きに持ってってかまへんからっ」

「断るっ」

「そう言わずにっ」

何か攻防戦が繰り広げられてますが、どうしたらいいでしょう?

私はとりあえず、鴇お兄ちゃんに降ろして貰い、お姉様達にお礼のお菓子を渡して、次の店へ行くことにした。

奏輔お兄ちゃんのお家から、隣へ隣へと進んで、少しずつ籠の中がお菓子で埋まっていく。

道行く人に声もかけつつ、商店街にお金を落とさせる事も忘れない。

順番に進んでいると、次は透馬お兄ちゃんのお家であるお肉屋さんの番になった。

「透馬お兄ちゃん、七海お姉ちゃん、トリックオアトリートっ!」

両手を広げて言ってみる。

「ほら、姫。お菓子」

「わーいっ!ありがとうっ」

えへへっと笑いながら受け取ると、透馬お兄ちゃんの視線は静かに隣に立つ七海お姉ちゃんに向けられた。

「なによ」

「妹とはこうあるべきじゃないか?と思ってな」

「それを言うなら、兄はあぁあるべきでしょ」

そう言って七海お姉ちゃんは私の後ろに立つお兄ちゃん達を顎で示した。

「鴇より俺の方が立派に兄貴だろっ!」

「はぁ?寝言は寝てからいいなさいよっ!」

ここの兄弟喧嘩は恐ろしいので、逃げ去るが吉。あ、でも、ちょっと待った。

私は七海お姉ちゃんの服の裾をくいくいと引っ張る。すると、七海お姉ちゃんは「なぁに?」と優しく微笑んでくれた。

「はい。私からもお菓子」

「えっ!?まさか…美鈴ちゃんの手作り?」

「うんっ。カボチャモンブラン~」

「………」

あ、固まっちゃった。もしかして…。

「…嫌い?」

嫌いだったらごめんね?カボチャの甘み苦手な人結構いるもんね。

そっと伺い見ると、お姉ちゃんは速攻で首を振った。

「美鈴ちゃんのお菓子大好きよっ。ありがとうっ」

ぎゅーっと抱きしめられて、嬉しくて抱きしめ返して。…あったけー…。っといけないいけない。暖を取る為に意識を手放す所だった。次に行かないと。

私達は手を振りあいながら次の店へ向かった。

進んで進んで、最後は大地お兄ちゃんのお家である八百屋さん。

大地お兄ちゃんと二人のお兄ちゃんがそわそわと店番している。

ひょいっと中に入って、三人に向かって、

「トリックオアトリートっ!」

両手を広げて言うと、

「悪戯でお願いしますっ!!」

と三人が土下座した。

まさかの悪戯希望。しかもお願いされてしまった。

「あ、お菓子はあるよー。はーい」

あるのに悪戯希望なのか。籠にお菓子が入れられる。いまだ大地お兄ちゃん以外は土下座継続中。

「もう、仕方ないなー。じゃあ、はいっ」

私は籠からカボチャモンブランを三つ取り出した。

「え?」

「これは?」

「姫ちゃん?」

首を捻る三人に私は微笑んだ。

「だって悪戯希望って言ってたから。どれか一つ選んで?」

にこにこにこ。

「ねぇ、鈴ちゃん?」

「鈴、それって」

私は口元に人差し指を立てて、ウィンクした。

それに一瞬驚いた顔をしたお兄ちゃん達が苦笑する。

「これはもしかして、ロシアンルーレットか?」

「中に一つハズレがあるあれだなっ」

「だとしたらー…うーん…」

悩む三人の手元にカボチャモンブランを置いて私達はその場を離れた。

大地お兄ちゃんのお店が最後だったので、商店街の入り口で、獲得したお菓子について少し話して私達は華菜ちゃんと別れ帰路につく。

「あいつらまだ悩んでたな」

「だねー。ハズレなんてないのに」

帰り際もう一度大地お兄ちゃんのお店の前を通ったんだけど、三人顔を突き合わせてまだ悩んでいた。

でも、私ロシアンルーレットなんて一言も言ってないんだけどなぁ。

あの三人の様子を思い出すと面白くて、くすくすと笑い合っていたんだけど、一人だけぼんやりと何か考えて参加してこない子がいた。

「優兎くん?疲れちゃった?」

「えっ?あ、ううん。だい、じょうぶだよ…?」

「そう?本当に?」

必死に取り繕ってるけれど、どう考えても大丈夫そうじゃない。

かと言って、ここで問い詰めても優兎くんの性格上話してくれそうにないし。

私達はそのまま帰宅した。

もう時間が時間だからと優兎くんは自宅へと帰り私達もお風呂に入り寝支度をする。

お風呂でゆっくりと温まりながらも、私はずっともやもやを抱えていた。

(優兎くんのあの態度。絶対何かあるはずなのよね…。あぁ、もうっ。ほんと、何で記憶戻らないかなっ!!)

神様が余計な脳内フィルターをかけてくれてるお蔭で大事な事を思い出せない。


花島優兎 主人公の幼馴染で同級生。胡桃色の髪と女の子と見紛うほどの可愛らしい顔立ちをしている。


そんなの殆どみたら分かる情報じゃないっ!

必要パラメータも優しさと色気で…ん?ちょっと待って。

私が前思い出した記憶は、雑学と優しさと色気の三つだったはず。

でも私が今断定した必要パラメータは『優しさ』と『色気』の二つ。おかしい。記憶のフィルターが少し薄まった?

待って。もう少しちゃんと思い出さないと…。

うーんうーん……。

……駄目だ。お風呂場で考え事禁止。あがろう。

お風呂から上がり、湯冷めしないように誠パパが買ってくれたもこもこパジャマを着る。うさぎの耳付きのパジャマ。フードは寝る時に邪魔なんだよなとかは言わない。言わないともさ。

脱衣所を出てリビングへ向かう為に廊下をペタペタ歩く。

すると廊下にキラリと光る何かが落ちている。

(ん?何だろう、アレ…)

近寄ってそれを拾う。


(これ…指輪…?)


この指輪の形…どこかで…。


記憶を探って―――フィルターが消えた。

取り戻した記憶に私は、「しまったっ!!」と愕然として、慌てて走り出す。

(この指輪は優兎くんの『お母さんの形見』だっ!!)

思い出した。花島優兎は唯一このゲームでバッドエンドのあるキャラクターなのだっ!!

パラメータ系のゲームにはバッドエンドってのは滅多にないエンディング。なのに、彼にはあるのだっ!!


花島優兎 主人公の幼馴染で同級生。胡桃色の髪と女の子と見紛うほどの可愛らしい顔立ちをしている。彼は幼い頃に父と叔母に洗脳されて育てられ、幼い頃唯一の味方である『祖母』を凶器で刺してしまう。『祖母』はその時点では一命をとりとめるものの、植物人間となってしまい数年でその生涯を終えてしまう。その後引っ越した先でヒロインと出会いヒロインに一目惚れする。だが己の存在が血に濡れている事が彼の心を蝕み、しかしヒロインと一緒にいたいと言う感情が葛藤し、精神が病んでいく。女装はヒロインとの精神的な距離を保つためにしている。ヒロインとの好感度が高ければ高いほど優兎は追い詰められて、最終的に『優兎が自殺をする』か『優兎と共に心中する』というバッドエンディングが発生する。それを回避するには『母の形見』というアイテムが必要になる。


それが、これだ。

神様マジで恨むっ!!

優兎くんは今日の体育祭の時は普通だった。何時もみたいに控えめだけどとても楽しそうに笑ってた。奏輔お兄ちゃんの女装っぷりを見て感動してた。

様子がおかしくなったのは、優兎くんの父親が来てからだ。あの時はあの父親や叔母から逃げて来た所為だと思ってたけど、それは間違い。

彼がおかしかったのは、今日が祖母である美智恵さんを殺そうとする『決行日になった』からだっ。

(これが優兎くんの運命だとしても…ヒロイン補正でもしかしたら逃れられない運命だとしてもっ!そんなの絶対ダメっ!!)

私は全力で走り、渡り廊下を抜けて美智恵さんの部屋のドアを力の限り開けた。

突然ドアが開いた事で、ナイフを持っていた優兎くんの動きが止まり、私の姿を見て目が見開かれる。美智恵さんも私がドアを開けた時のドデカい音に驚き目を覚まして飛び上がり、そして、優兎くんの手に握られたものを見て動きを止めた。

美智恵さんが起きてしまった事に驚いているのをチャンスに急いで優兎くんの手にあるナイフを叩き落として、悪いとは思ったけど優兎くんをタックルで弾き飛ばす。すかさず落ちたナイフを拾い窓の外へと放り投げた。

「しっかりしなさいっ!優兎っ!」

私は彼を呼び捨て、襟首を掴んで顔を覗き込む。

「み、すず…ちゃ、…なんで…」

「貴方を止める為よっ!」

「ぼく、を…」

一瞬理解出来ないと言う様に目を彷徨わせ、そしてハッと我に返る。そして、彼の体が震え始めた。

「ぼ、ぼく…い、ったい、なにを…っ」

「優兎…」

優兎くんの視線が心配そうに呼ぶ己の祖母へ向けられて、一気に自分の行動を自覚して、錯乱する。

「う、そだ…嘘だ嘘だ嘘だっ…美鈴ちゃんっ、僕はっ」

「優兎っ!!」

「う、うあああああああっ!!」

バシッ。

取り乱した優兎くんに手を払われ、一瞬怯んだ隙に彼は一目散に逃げだした。

「優兎っ!待ってっ!!」

私は慌てて後を追う。

家の外を飛び出し走る彼を必死に追いかける。

(ここで目を離したら、彼はあの父親の下へ行ってしまうっ!!そうしたら彼はまた騙されて洗脳されて、もしかしたら彼が彼でなくなってしまうかもしれないっ!!)

美智恵さんの事はママに任せておけばなんとかなる。

追い付かなきゃいけない。追い付かなきゃいけないのに…。

「はっ…はぁっ…優兎…はぁはぁ…早すぎる…っ」

商店街のど真ん中で彼を見失ってしまった。息が苦しくて足を止める。

―――ポツリ。

水滴が手に触れた。終いには雨まで降りだす始末。

(どうして、私はあの時―――優兎くんの親が来た時に声をかけなかったのっ。あの時に他の事を無視してでも話しかけていれば、指輪なんて乙女ゲームの道具に頼らず優兎くんをこの運命から回避させることが出来たかもしれないのにっ)

今更後悔しても遅いのに。

それでも、心の中は後悔だけが渦巻く。

それを振り切る為にも私は止めていた足を動かした。

「お姫さんっ!?」

背後から声をかけられ、私は振り向く。そこには傘を差して手に買い物袋を持った奏輔お兄ちゃんが立っていた。

「ちょ、なにしとんのやっ。こんな雨ん中傘も差さんとっ」

驚きながらも駆け寄って来て私を傘に入れてくれる。でも私は今それどころじゃない。

「奏輔お兄ちゃんっ、優兎くん見なかったっ!?」

「優兎?優兎ならさっき公園の方へ走ってったけど」

「ホントにっ!?」

公園っ!!商店街の奥っ!!

「ありがとうっ!奏輔お兄ちゃんっ!!」

「ちょっ、待ちぃやっ!」

ごめんっ!奏輔お兄ちゃんっ!待てませんっ!!

私は公園へ一直線に駆け出す。背後で奏輔お兄ちゃんが舌打ちしたのが聞こえて、足音が近寄ってくる。

やばいっ!奏輔お兄ちゃんもしかして私を捕まえに来たっ!?

捕まる訳にはいかないのっ!!

スピードを上げつつ、奏輔お兄ちゃんには狭いであろう道を駆け抜けていく。

それは同時に公園への道をショートカットする事になり、何とか奏輔お兄ちゃんを撒いて、捕まらずに公園へ辿り着く。

(優兎くんは何処にっ!?)

キョロキョロと必死に彼の姿を探す。すると、彼の姿を目にする前に、雨音に混ざって、怒号が聞こえた。

弾かれるようにそちらへ向かう。

「―――……のかっ…お前は、その程度しか母さんの事を思ってなかったのかっ!?」

「父様っ。そうじゃないんですっ!僕はただ、お祖母様が母様を殺したなんて思えないんですっ!だってお祖母様は僕が失敗しても怒らないっ!そう言う事もあるって優しく笑って撫でてくれたっ!そんな優しいお祖母様がっ」

「優兎…。それがあの人の策略なんだよ…。騙されたらいけない」

「父様…」

距離が近づきハッキリと声が聞こえるようになると、その言葉は虫唾が走りそうな言葉だと解る。

「優兎…。私を救ってくれるね?父さんを助けてくれ…」

「父様…僕は…僕、は…」

その声のする場所に到着した私の視界に飛び込んで来た光景は、優兎くんに膝をついて抱き着く男性の姿がだった。一瞬、本当に息子を心配しているように見える。

でも、私は見てしまった。

彼が―――笑っているのを…。

ぞわりと鳥肌が立つ。けれど、今は男が怖いなんて言っている場合じゃない。これは、優兎くんのこれからの生き方を左右する大事な分岐点なんだから。


「優兎っ!!」


力の限り彼の名を呼ぶと、彼はゆっくりと私の方を見た。その瞳は…。


―――光を失っていた。


間に合わなかったっ!?

…いいえっ!!まだ、今なら間に合う筈っ!!間に合わせて見せるっ!!

「ダメっ!!しっかりしなさいっ!!優兎っ!!」

優兎くんの体を父親から引き離し、その頬を力の限り張り飛ばした。

「いきなり何をするんだっ!私の大切な息子にっ!!」

「大切な息子っ!?冗談言わないでっ!!どこの世界に大切な息子に人殺しをさせる親がいるのよっ!!」

「―――ッ!?」

ハッと息を呑むような声が聞こえた。優兎くんと父親との間に私は体を割りこませ、優兎くんを背に庇い立つ。

「私だって好きで息子に人殺しをさせたい訳じゃない。だが、仕方ないのだよ。子供には分からないだろうがね」

「…舐めないで頂戴。子供だからって何も知らないなんて思い上がらないで。美智恵さんが言っていたわよ。貴方達が自分の子供を殺したと」

今の怒りと相まって、目を細め目の前の醜い男を射殺さんばりに睨み付ける。

「ははっ。なんだ。君もお義母さんに騙されているんだね。あぁ、なんて酷い女だ」

笑って誤魔化す気?残念ながら私はそんなに甘くないわよ?

そっとポケットから指輪を取り出した。赤いビー玉程の大きさのある宝石がついた指輪。それを彼の目の前に持って来た。まるで見せつけるみたいに。

「その指輪は…」

「婚約指輪、ですよね?貴方と優兎くんのお母さんとの」

「あ、あぁ、そうだ…。私があいつに渡した物を何故君が…」

あいつ、ね。そろそろ化けの皮が剥がれてきたかな?

「私の家の中に落ちてたんですよ。多分、優兎くんが落としたんでしょう。優兎くんが彼の母親に『託された』ものだから」

「…僕に…?」

「優兎くん。なんでこれが君に託されたか、分かる?それはね、これが、これだけが唯一貴方をこの人達の洗脳から貴方を解放出来るものだからよ」

私は指輪の宝石部分を取り外し、本来指輪とくっついていたであろう場所にあるスイッチを押す。すると、

『優兎…聞こえる?優兎…』

声が流れ始めた。これは優兎くんのお母さんの声だ。これが優兎くんとエンディングを迎える為の、優兎くんの運命を握るアイテム『母の形見』だ。そしてその形見に隠された『ボイスレコーダー』に優兎くんの為の大切な『真実』が隠されている。

「か、あ、さま……?」

音声は流れ続ける。

『きっと私はもう長くない。それでも、貴方だけは助けたいのよ。優兎…。あの人の考える事なんて今は手に取る様に分かる。あの人の次の狙いは弟。次はお母様。そして、最後は跡取りである貴方よ、優兎。逃げなさい、優兎。きっと様々な手を使ってあの人は貴方を手中に収めんとするでしょう。それでも、逃げて。逃げ切って…幸せになって…―――愛してるわ。優兎…幸せに』

ブツッと音が切れた。

「これが優兎くんのお母さんが残してくれた真実よっ!」

目の前の男の目が吊り上がり、顔が醜く歪んでいく。

怖い…。けど、今はまだ退く訳にはいかないんだっ。

「こ、こんなのっ、あの女が作った紛い物だっ!でたらめだっ!優兎っ!優兎なら父さんを信じてくれるだろっ!?」

「とう、さま…」

優兎くんが動く気配がする。彼はまだ疑いたくないのだ。洗脳して利用する為とは言え、自分に優しくしてくれた父親を信じたいのだ。彼は優しいから…。

でも、その優しさ知っていたが故に彼の母親は不安になった。思い至ってしまったからだ。優兎くんが利用される可能性に。だから彼女は逃げろと逃げてくれと遺言をこの小さな指輪に残した。

「優兎。考えて。自分が信じるべきは誰か」

「わ、わからない…。わからないよっ…」

「考える事から逃げちゃ駄目。目を逸らしては駄目よ。優兎。貴方は貴方の母親が残した言葉に向き合う義務がある。大丈夫。ちゃんと記憶を巡らせて」

「無理だよっ!僕は美鈴ちゃんみたいに天才じゃないっ!努力もせずに何でもやってのける君とは違うんだっ!!」

背中に泣き声交じりの絶叫が聞こえる。

私だって…ううん。今は私の事なんてどうでもいい。今は優兎くんが最優先。

「……大丈夫。大丈夫だから…。一つずつ考えて。ねぇ、優兎?貴方の考える事は一つだけなのよ?」

「一つだけ…?」

「そう。『貴方はどうしたいか』…。ただ、それだけ」

「でも…父様は…」

「関係ない。貴方はお父さんの為に生きてるの?違うでしょう?優兎は優兎の為だけに生きてる。そうでしょう?お父さんも美智恵さんも関係ない。優兎、―――貴方はどうしたいの?今貴方が一番信じたいのは誰?」

「僕が…どうしたいか…」

優兎くんの声が雨音に消える。彼は今まで実の父に、叔母に祖母が母親を殺したと思わされてきた。そして、操りやすい様に美智恵さんは嘘をついているとその心に何度も植え付けられ、彼女の言葉は全て疑うように育てられてきた。

けれど、この数か月優兎くんは美智恵さんと共に過ごしてきた。たっぷりと愛情を注がれて。今まで父親に教えられたきた事と数ヶ月の間に与えられた美智恵さんの愛情。その狭間に彼は苦悩し続けねばならなかった。美智恵さんは嘘をつくような人間じゃない。けれど、父親の言う事を疑いたくはない。小学生の男の子には解決しようもない葛藤が彼の思考を停止させた。

そして今ここにきて優兎を愛し続けた母親の言葉。もう彼の脳内はぐちゃぐちゃだろう。それは解ってる。でも、それでも立て直してくれる。彼は強い人だから…。

「父様…。一つ聞かせてください」

「なんだ?お前の言う事なら何でも答えてやろう」

「……父様は、彼女の手にある指輪が母様の指輪だと言った。婚約指輪だと。本当に…父様が贈った指輪ですか?」

我が意を得たり。彼はそんな表情で笑った。

「勿論だっ。私は妻を愛していたんだから」

「そう、ですか……」

「ほら。優兎、こっちにおいで」

男が私の後ろにいる優兎くんに手を伸ばす。

「お断りします」

パンッと音を立ててその手は払い退けられた。

「父様。貴方が本当に母様を愛していたのなら、僕は貴方に従った。例えそれが罪なのだとしても。でも…貴方は母様を愛してすらいなかったのですね」

「そんなことはないっ!私はっ!」

「だったら何故っ!!」

荒々しく怒気を含んだ声に私はそっと彼を振り返る。そこには涙を流しながらも血の繋がった父親を睨む彼の姿があった。

「何故、彼女の持っているこの指輪が『婚約指輪ではない』と気付かないのですっ!?」

「なっ!?」

驚愕する父親に彼は私を押しのけ前に躍り出る。

「僕がお祖母様から渡されたこの指輪は婚約指輪ではありませんっ。『婚約指輪に似せて作らせた偽物の指輪』ですっ!!叔父上と母様がお祖母様に『約束の証』として預けた指輪だっ!!僕はその約束の意味が分からなかった。でも…今やっと理解したっ!!これは、この指輪は…お祖母様と母様達が父様と叔母上の罪を明るみにさせる為に交わした『約束』の証なんだっ!!だから、僕にこれを託してくれたっ!!」

ほら。やっぱり…優兎くんは強い人だ。ちゃんと、自分で考えて答えに辿り着いた。

優兎くんが真っ向から睨み合う。

その緊迫した空気が崩れたのは優兎くんの父親が突然狂ったように笑いだした時だった。

「ハハハハッ…くっ…。まさか、こんな所で計画が崩れるとは…いや。まだ、なんとかなるか…。こんなガキはさっさと殺してしまって、証拠を消してしまえばいい…そうだ…それがいい…」

「父様…?」

ガシッと優兎くんの首に男の手が指が巻き付き締め上げる。

「ぐっ…」

持ち上げられて、優兎くんが足をばたつかせる。

私は慌てて、駆け寄ろうとするけど、蹴り飛ばされて、バチャンッと水溜りに転がってしまう。土の匂いがして、徐々に痛みが襲ってくる。

そんなの気にしてられるかっ!

優兎くんの命の方がよっぽど大事よっ!!

立ち上がり、もう一度男の手に食らいつこうとした時、


―――バキッ。


誰かが殴られる音がして、直ぐに倒れ込む音が二つ聞こえた。

「…よそもんが出て行くのもあれや思てたんやけどな。お姫さんと優兎に手出す言うんなら話は別や」

激しくなっていく雨の中でも、その姿がはっきりと見えて。

「奏輔お兄ちゃん…」

思わず名を呼んでいた。

「それにな、おっさん。俺はあんたみたいなアホは大っ嫌いなんや。大人しゅう眠っといて―――なっ!」


―――バキッ!!


奏輔お兄ちゃんの全力の拳がその顔に叩き込まれ、喧嘩慣れしてる訳のない優兎くんの父親は吹っ飛ばされ意識を失った。

軽く足で小突き意識がないのを確認してから、奏輔お兄ちゃんが私達の側へ来てくれる。

「大丈夫か、二人共」

「は、い…」

「うん。ありがとう、奏輔お兄ちゃん…」

「今、誠さん呼んだから安心し」

安心させるように微笑んだ奏輔お兄ちゃんの言った通り、誠パパは直ぐに駆けつけてくれた。

そして、誠パパと一緒に美智恵さんも少し遅れて駆け付けた。

びしょ濡れの優兎くんを雨に濡れる事などお構いなしにきつくきつく抱きしめて涙した。

誠パパは優兎くんの父親を連行し、私達は奏輔お兄ちゃんに送られて、帰宅した。

なんとか、優兎くんのバッドエンドを回避できたと、心の底から安堵しながら…。


キングがいる赤組

奏輔クイーンがいる青組

透馬ナイトがいる白組

大地ジョーカーがいる黄組

貴方はどの組に入りたい?( *´艸`)

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