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第三話 白鳥棗

あの誘拐未遂から、一週間後。

私の名前は「佐藤美鈴」から「白鳥美鈴」になっていた。

…イケメン恐ろし過ぎる。なんなの、この手際の良さ。

誘拐事件の翌日、誠パパと鴇お兄ちゃんが家に訊ねてきた。その手に婚姻届をもって。

私は自室で鴇お兄ちゃんとお喋りしていたけど、大人組はずっとリビングでイチャイチャしつつこれからの事を色々話していた。

そして、更にその翌日には新居に引っ越し。どゆこと…?

新居は物凄くでかい、所謂豪邸ってやつで。

元々白鳥家で所有していて、売ろうかどうしようか悩んでいた物件だったらしい。

とは言え、こうして住む分には何の問題もない。って言うか全然人がいなかったとは思えない綺麗に保たれてるんだけど。

これだったら私達親子が暮らしていた新築マンションの方がボロいわ。

ふと、一緒に住むならパパの家かママの家でも良かったのでは?とも思ったけど、誠パパの家は誠パパの奥さんと白鳥一家の、ママと私が暮らすこの家には私達のパパの思い出が詰まっているからそこは大事にしたいんだって。

だから、この今まで暮らしてたマンションも私達は引っ越すけど解約はしないんだって言ってた。それぞれの家は今まで自分達で暮らして管理してた訳だから特に問題はない。金銭的な出費は変わらないから問題ない。

私達親子の家はママの仕事用の倉庫。誠パパの家は成人した息子、娘が誰かしら住むだろう的な考えらしい。どっちもマンションの一室だし、私に否はない。

それにしても、話は戻るが、イケメン恐ろしい。

誘拐事件あったの日の夜。

前世でも実は肉好きな私。でも一人で焼肉屋に行く根性もなく一度も行けなかった焼肉食べ放題で完全に浮かれていた。

おかげで鴇お兄ちゃんに抱っこやら手つなぎやらでずっと触られていた私は、白鳥一家の男性陣にすっかり慣らされてしまった。

いや流石にイケメンのあーんは恥ずかし過ぎたけど…そうか、もしかしてショック療法なのかも。

そのショック療法のおかげか何か解らないけど、急に触れられると驚くし色々フラッシュバックして怖くはなるものの、ちゃんと行動が予測できればある程度は震える事がなくなった。

あんなに怖かったのに、なにこれ。イケメン効果なの?それとも、お兄ちゃん達が無害だから、かな?

それともあれか?巷で有名な【ヒロイン補正】って奴?

ほら、そう言う小説で良く描かれてるんじゃん?乙女ゲームのヒロインはその物語に沿うように補正がかかるって。それなのかな?

もしもその補正のおかげで私の男性恐怖症の症状が治まるならそれはそれで嬉しいんだけど。

でも、この前引っ越す時に運送屋のお兄さんが家に来たんだけど私は速攻で鴇お兄ちゃんの後ろに隠れた。怖すぎたので。

…あれ?ヒロイン補正何処行った?

結局、白鳥一家だけ大丈夫なんだな、きっと。慣らされたんだ。

やっぱりイケメンの色んな意味での優秀さが恐ろしい。

…しかし、私、思うんだけど。さっき言ったヒロイン補正。その影響が全くない訳じゃないと思うんだ。

だって出会わないようにしようと、ママと白鳥家を再婚させまいと決意した瞬間にこの急激な出会い。何の嫌がらせなの?って感じだし。

もしかして神様、前に鬼畜って言ったの怒ってるのか?本来まだ出会う筈のない人に出会ったってのはそう言う事なの?

うふふふ、この野郎。神様は私に恨みでもあるのかしら。

前世の地球の神様と、今世の地球の神様雁首そろえて私の前で土下座してくれないかな。

ちょっと腹が立ってきたので視点を切り替えよう。

私は部屋を見回した。

部屋はとっても女の子らしい可愛い部屋だ。この部屋は見覚えがあり過ぎる。『輝け青春☆エイト学園高等部』でステータス画面の背景、そのものなんだよね。

まさか、私がこの部屋に住むことになるとは夢にも思わなかった。

洋間で白のアンティーク調のクローゼットに、桃色のモフモフなラグ。白の猫足のガラステーブルに、クローゼットと似たようなアンティーク風のベッド。あとは学習机にちょっと背の高めの本棚が二つ。

乙女ゲームと違うのはパソコンの有無とぬいぐるみの数、そしてお気に入りの斜め鞄が机の脇に置かれている事だろう。

それはまぁ仕方ないよね。だってまだ私幼稚園児だし。

さて、と。

私はベッドの下にこっそり隠しているノートを取り出し、ペンを握るとベッドへダイブした。

パラパラとノートを捲り、さ、情報を更新するぞ。

思い出した情報、新しい情報を書き連ねていく。


白鳥家 白鳥兄弟の父親である【白鳥誠】はヒロインが幼稚園の年中さんの時に奥さんに先立たれた。

ずっと奥さんを忘れられずにいて、主人公であるヒロインが中一のある時、外で具合を悪くしたヒロインの母親を救ってくれるんだけど、そこで白鳥兄弟の父はヒロインの母親に一目惚れして猛プッシュの末、再婚する。

しかもかなりのスピード婚。出会った一月後には、結婚し、以来ずっとラブラブな二人って説明書には書かれてた。


本当ならこうなる筈だった。

うん。こうなる予定だったんだよ。

…でさ?今現在、


奥さんに先立たれたのは去年。そして何でだかスーパーの中で皆と出会い、更に言うなれば超猛プッシュ乱撃の末、一週間で再婚を果たす。


…え?何これ。

どうしてこうなった?

出会いからこっち、結婚まで早すぎない?

ふみー…?

思考切り替えよ。

後考えるべきは攻略対象者である彼らと起こるイベント、なんだけど。…基本は平日にパラメータを上げて、土日にデートを繰り返して、それによって好感度を上げてってのの繰り返しゲームだからなぁ。

本当に普通の学生生活を送って、攻略対象と出会い恋愛をするっていう青春を楽しむゲームだから好感度上げにメインイベントと言っても基本的には学校行事が主なんだよね。

でも、白鳥家のメンバーは、


白鳥葵しらとりあおい メインイベントは遊園地デート。メインイベント発生条件は棗との友好度が30以上。


白鳥棗しらとりなつめ メインイベントは水族館デート。メインイベント発生条件は葵との友好度が30以上。


白鳥鴇しらとりとき メインイベントは夏休みの帰省。メインイベント発生条件は棗と葵との友好度50以上、???との友好度が35以上。


って感じで、家族だからこそ学校ではなくデートの方でメインイベントが起きる。

このメインイベントってのはこれを起こさないと、エンディングを見る事が出来なくなるという、フラグ的な重要イベント。

更に白鳥家と幼馴染の優兎以外はこれにプラス出会いイベントが追加され、二つ見ないとエンディングを迎えられない。

そして、もう一人例外が樹龍也。メインヒーローだ。彼は出会いが強制的でメインイベントもない。

何故なら、必要パラメータが鬼畜だから。好感度もすっげ上げ辛い。好感度の上がり幅が多分極端に少なく設定されているんだろう。

出会いも人を見下すような感じだし。

前世で樹を落とす為に、三日徹夜してパラメータアップのコツを掴んで。もうね。二度とやりたくないと思わせる位には鬼畜キャラだった。

それからあともう一つ、思い出した重要パラメータがあった。

それが友好度だ。

各攻略キャラには【好感度】の他に【友好度】ってのがある。

これもイベントを起こすのに重要なパラメータで攻略キャラが親しくしている人物とヒロインが友情をどのくらい築けているかと言う事。

双子とかは分かりやすいし、鴇お兄ちゃんも分かりやすい。兄弟が大事な人って何も書かれていなくても理解出来るから。

…ここでも鬼はメインヒーローの樹だ。

彼は生徒会長で全ての攻略キャラクターとは何かしら関係がある。なので、エンディング条件に全てのキャラ友好度をMAXにしなければならないとゆーほんとマジ鬼畜なキャラなのである。

と色々語ってみたけれど、ここはゲームの中じゃなく現実な訳で。今まで言っていたパラメータなんて数値が表示される訳ないし、全員と出会うとかまず普通にあり得ないだろうし。樹龍也とは出会ったとしても直ぐ離れてしまえば、所謂赤の他人って関係を保てると思う。

回避するつもりではいるけど万が一出会ってしまっても問題はない……多分。

う~ん…何はともあれ、今思い出せるのはこれくらい、かな?

うんうん。

でもやっぱり完全に全て思い出せないってのは記憶にセーブって言うかフィルターがかかってるのかなぁ…う~ん。


「美鈴、それ一体何語だ?」

「ぶにゃあああああああっ!?」


背後から突然話かけられ、猫が尻尾を踏まれた時みたいな叫びを上げてしまった。

心臓が口から『やぁ』ってにこやかに出てきそうだよっ!!バックンバックン心音鳴ってるよっ!?

勢いよく振り返ると、私の声に驚いた鴇お兄ちゃんがベッド脇からこっちを見ていた。

「と、と、ときおにいちゃんっ、びびらせないでよぉっ」

「わ、悪い。佳織母さんがお茶にしようって言うから呼びに来たんだ。ノックしても出て来ないし、悪いと思ったんだが中に入ったらお前が一心不乱に何か書いてるから気になってな」

「そ、そうなんだ」

あー…びっくりした。

「で、それ、何語なんだ?」

「え?これ?」

鴇お兄ちゃんがノートを指さしている。

私は素直に答えた。「スワヒリ語」と。

「すわ、え?」

「だから、スワヒリご」

お兄ちゃん口がぽかんと開いてますよ?

イケメンのこんな表情はとっても珍しいね。

「なんでスワヒリ語なんて知ってんだよ」

「えへっ☆」

笑って誤魔化せっ☆

前世で面白そうな言語を覚えようと思って覚えたのがスワヒリ語だったりするんだけど、それは口に出して言ってもきっと信じて貰えないから我慢我慢。信じて貰えて鴇お兄ちゃんがスワヒリ語覚えてこれを読まれても困るしねっ。

前は日本語で書いてたんだけど同じ家で攻略対象と暮らしていると、見られる可能性あるかもと思って前書いてたページは引っ越しの時に破いて捨てて、スワヒリ語で書きなおしたのだ。

英語とかだと鴇お兄ちゃんなんかは読めちゃいそうだから、難解な文字で書いといた方がいいとよね?と全てスワヒリ語で書いてあったりする。えへっ☆

「…お前、ほんっと規格外な六歳児だな」

「そ、そう、かな?」

中身三十過ぎだからねー…とは流石にいえないな。

「それより、行くぞ。一階で母さん達が待ってる」

「はーいっ」

ノートを閉じて手早く枕の下に入れ込んで、私はベッドを降りる。

差し出された鴇お兄ちゃんの手を取って二人で階下へ降りた。

二階に子供部屋が、一階にリビングやお風呂、両親の部屋、和室2、客室3などがある。因みに数字は部屋数である。半端ない。実は一つ衣裳部屋とかもあったりするが、それは見なかったことにした。何故なら、服の量が半端ないから。庶民には目にするのも辛い。かかった金額とか考えるともう、ねっ。

「?、どうした美鈴」

「ううん。ただ、おっきいおうちだなーって」

「ははっ、お前は小さいから尚更そう思うのかもな」

いやいや、お兄ちゃん。この家に関しては身長とか関係ないと思うよ。三階建てで立派な豪邸。しかも実は地下室もある。ワインセラーとかもあるんだよ?お手伝いさんがいないのが逆に不思議なくらい。

これ、どうやって管理するのよ。まさか、ママ一人に掃除させる訳じゃないよね?

引っ越してきた当日は必要な場所だけ掃除して終わらせたけど、そのまま腐らせるには惜しい部屋ばっかり。勿体なーい。

お兄ちゃんがリビングのドアを開けると、中は広々とした空間が広がっている。天井は高く、フローリングは新品のような光を放っている。キッチンと隣接するそのリビングは、庭に出れる大きな窓の奥に縁側があり、壁側にはこれまた大きなテレビが置かれて、その前に触り心地の良さ気なラグ。その上にガラスのテーブルが置かれており、そのテーブルをコの字で囲むようなソファ。そこから少し離れたスペースに木目調のテーブルとお揃いの椅子が六脚。更にその奥にキッチンがある。全体的にブラウンを中心とした暖かい色合いの部屋だ。

テレビの前のソファに双子と誠パパが座っており、ママがキッチンでお茶を入れていた。

「お、来たね。美鈴ちゃん」

「おまたせー。まことパパ」

「ケーキ買って来たから皆で食べよう?」

ソファの前のガラステーブルにはケーキの入った箱が置かれている。

わーいっ、ケーキ~っ。

お兄ちゃんの手を引っ張り急いでテーブルの前にチョコンと座る。ソファに座ったら食べ辛いからふかふかラグの上に。

「親父、いつもこんな事しない癖に」

鴇お兄ちゃんが私の後ろのソファに座る。テレビに向かって真正面に座る私の後ろに鴇お兄ちゃん。床に座った私に倣って左右に移動して葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが座り、葵お兄ちゃんの後ろのソファに誠パパが、紅茶を入れて取り皿と一緒にお盆に乗せて戻ってきたママがテーブルにそれを置き、棗お兄ちゃんの後ろのソファに座った。

ママが淹れて来た美味しそうな紅茶を皆に配って、と。

「美鈴ちゃん、どれ食べる?」

「色んな種類があるよっ?」

双子が左右から箱を覗き込む。それに釣られて私も覗き込む。ケーキは六つ。モンブランにショコラ、定番の苺ショートにフルーツ一杯のタルト、レアチーズケーキにクリームがたっぷりなシュークリーム。どれも美味しそうっ!

「おにいちゃんたちは、どれがいいっ?」

私はどれ残っても美味しく頂けるっ!スイーツ大好きっ!

遠慮とか全然そんな思いなく訊ねたけれど、

「俺はいいからまずお前が選べ」

「そうだよ、美鈴ちゃんっ」

「食べたいの選んでいいよっ?」

え?え?いいのかなっ?

戸惑ってママに視線で問いかけると、ママはにっこり笑って頷いた。

じゃあ、遠慮なく選ばせて貰おうっ。元々遠慮してなかったけどねっ。

えっとえっと、どうしようっ、どれも美味しそうっ。

「じゃ、じゃあ、これがいい」

タルトを指さして言うと、葵お兄ちゃんがそれを取り出して、ママが用意してくれた取り皿に乗せてくれる。

あれ?フォークがない。

「私フォーク取ってくるー」

立ち上がってキッチンへ向かい、シンクの引出しに入っているフォークを取り出して、軽く洗ってしっかりと水気を拭き取り戻る。

「あら?ごめんね、美鈴。ママ、すっかり忘れてたわ」

「うん。だとおもった」

皆にフォークを手渡していく。

「ママはいがいとうっかりさんだから」

言うと、ママは顔を真っ赤にして、口元を手で隠した。

「そ、そうね。だから、美鈴がこんなにしっかりした子になったのよね」

がっくりと肩を落としているその姿が微笑ましく、クスクス笑う。周りを見ると、誠パパやお兄ちゃん達も苦笑している。

ここ数日で皆ママのうっかりに気付いたらしい。

「まぁまぁ、佳織母さん。しっかりとした賢い子に育つのならいいんじゃないか?」

あ、鴇お兄ちゃんの敬語が無くなってる。母親として認めてるんだ。ふふっ、やっぱり鴇お兄ちゃんは頭がいいね。どうすれば皆が仲良く出来るか分かってるって事だもんね。

だったら私はこの空気を壊さないようにしなきゃ。

「ねっ、ときおにいちゃんっ、ケーキたべてもいいっ?」

空気を壊さないように…はい、すみません。建前です。本音は早くケーキを食べたいだけです。すみません。

振り返って窺いをかけると、鴇お兄ちゃんは柔らかく微笑んで、頷いてくれた。

「わーいっ!いただきまーすっ」

フォークで小さく切って、一口含む。うぅーっ!美味しーいっ!

今食べたのは桃かな?桃の風味とクリームの甘さが口の中で合わさって、サクサクのタルト生地と一緒に噛むと口の中がもうやばい。幸せーっ!!

「美味しいか?美鈴」

その鴇お兄ちゃんの言葉に一も二もなく頷く。

あんまりに美味しくて、にこにこと自然と笑みが込み上げる。

「ときおにいちゃんもたべる?」

フォークに半分に割った桃とタルト生地を一緒に刺して、お兄ちゃんの口に差し出す。

躊躇いなくそれをパクリと食べると、

「ん、うん。確かに旨いな」

だよねーっ。これ本当に美味しいよーっ。誠パパどっから買ってきたんだろっ?

「美鈴、こっちも食ってみろよ」

鴇お兄ちゃんの手を見ると、そこにはチョコたっぷりのガトーショコラが皿に乗っている。フォークの先に一口大に切られたケーキがあって。

ケーキ食べたさに私も躊躇いなくそれを口に迎え入れる。

ふみーっ、これも美味しいぃっ。

「あ、鴇兄さんっ、ずるいっ。美鈴ちゃん、こっちも食べなよっ」

「うんうんっ。こっちも食べてっ」

葵お兄ちゃんが自分のチーズケーキをフォークで差し出してくれて、棗お兄ちゃんがモンブランを差し出してくれる。

二つ同時に口に含んだら味が混ざるよ。

でもここのケーキはどれも美味しそうだったから、食べたいのですっ。

だから、私は自分のタルト、今度はピンクグレープフルーツを半分に割ってタルトと一緒にフォークにさして棗お兄ちゃんに差し出す。

喜々として棗お兄ちゃんはそれを口に含み、それを確認してから私は葵お兄ちゃんのチーズケーキをパクリ。

うまうまと咀嚼して、飲みこむと、ピンクグレープフルーツの残りをフォークに刺して、葵お兄ちゃんに差し出して食べたのを確認して棗お兄ちゃんのモンブランを食べる。

「んんーっ、おいしいーっ」

「良かった。喜んでくれて」

誠パパが微笑む。それを見てママが微笑んで、その微笑ましい二人を見て皆が釣られて微笑んだ。

和やかなにそして緩やかに過ぎる家族団欒の時間。そう言えば、こうして男の人がいる団欒って初めてだ。

何時も一人か、母親だったり女友達だったり、腐女子仲間だったりって周りにいたのは女性ばっかりだったから。

不思議。男性恐怖症なのにこうして団欒してるなんて。やっぱりヒロイン補正なのかもしれない。でも、それでもいいやって思える。だって今幸せだもの。

それから私達皆でゆったりと会話を楽しむ。

「そう言えば、鴇くんは生徒会長なのよね」

「えぇ、まぁ。お飾りですけど」

「お飾りなんて、もう、謙遜しちゃって。私知ってるのよ~。あのエリートだけが通えるエイト学園に通っているんでしょう?しかも、常に高成績を維持していないと生徒会役員になれないそうじゃない」

ママ、目が輝いてるよ?

「確かエイト学園って男子校よね?日本全国から優秀な男の子だけが入学してくるって。しかもその中でも常に学年トップらしいじゃないっ。誠さんが自慢していたわっ。きっと色んな出会いがあるんでしょうねぇ…」

ママ、後半何かちょっと違うモノを感じました。色んなって所にきっと多分に他の意味も込められてるんだよね。

鴇お兄ちゃんは恰好の的だよね、うん。男子校だしね。うん。分かるよ。その気持ち。でも誠パパにばれる前に隠してね、それ。

「いや。俺なんて。まだまだ。そうだ。学校と言えば…」

ん?鴇お兄ちゃん?何故私を見ているの?私はただ美味しくケーキを頂いているだけなのですが?

「ちょっと話変わるんだが、親父」

誠パパにそのまま視線が移動する。誠パパは首を傾げた。そりゃそうだ。意味が分からん。

「美鈴は明日からどうするんだ?前行っていた幼稚園の学区範囲から出ちまっただろ?」

成程。さっぱり忘れていたよ。私幼稚園児だった。

ほら、記憶が戻ってからこっち、白鳥家と出会ったり再婚したりでバタバタして幼稚園行ってなかったしね。今いる新居は誠パパが所持していたマンションの近くで私達親子が暮らしていたマンションよりかなり遠い。

今まで通ってた幼稚園に通うのはちょっと難しいかな。それに正直な所、小学校は仕方ないとして、幼稚園は通う必要性はあんまり感じない。中身がこうだから。

んむむ?とケーキをもぐもぐして考え込んでいると、大人達の間で会話は進む。

「そうか。そう言われれば全く考えていなかったな」

「まぁ、無理して通う必要なさそうだけど」

にやりと鴇お兄ちゃんが笑う。悪い笑みだなー。

「美鈴、幼稚園行きたいか?」

ここは正直に答えておこうかな。素直に首を横に振る。

ママ、ちょっと驚き過ぎじゃない?いくら私が予想外の反応をしたからって。むぅ。

「どうせ残り一年もない訳だし、切り良く小学校からこっちの学区に移動しようか」

コクコクと頷く。

「美鈴、それでいいの?」

「だいじょぶっ」

ぐっと親指を立てる。外に出ると男が溢れてるから、むしろそっちの方がありがたいっ!

「でも、ママ。美鈴の側にずっといてあげられないわよ?仕事もあるし…」

「それは大丈夫だろ」

「そうそうっ」

「佳織お母さん、安心してっ。僕達が一緒にいるからっ」

ママ、お兄ちゃん達の言葉に感動してる所悪いけど、皆学校あるからね。言わないけどね。言ったらやっぱり保育園、幼稚園行った方がってなっちゃうし言わないけどね。

極力男と一緒になるのは避けて行きたい所存です。

「いざとなったら僕達と一緒に学校連れていくよっ」

それは勘弁してください。って言うか無理でしょ。

「あぁ、いいな。それ。だったら俺も」

絶対嫌だっ!!男子校なんて御免だっ!!

あれ?自分で突っ込みを入れといて何だけど、エイト学園は男子校だって鴇お兄ちゃんが言ってたっけ?

はぁー、って事は元々男子校だったんだね。鴇お兄ちゃんが卒業してから共学になったのかなー?そんな事説明書にもゲームの中にも記載されてなかったけど、あぁ、でも男子と女子の比率が明らかにおかしかったから、理由はそこにあったのかも。

「学校に連れてくの、僕は反対っ」

葵お兄ちゃんがはっきりと断言した。私もそれは大賛成だけど、何故?首を傾げた。

「だって、他の男の子に美鈴ちゃん見せたら大変な事になるっ!」

まぁ、乙女ゲームのヒロインだからなぁ…。確かに余計な補正が入りそうだなぁ。

私も含め皆「確かに」と深々と頷いていた。

何か、大事にされてるなぁ…。

皆の様子を見て深く実感した。やっぱり幸せかもっ。ふふっ。自然と笑みが零れた。

ふと部屋に視線を動かしてテレビの上にかけられている時計を見ると時計の針は午後六時十分を指していた。

あれ?さっきケーキだよっておやつに呼ばれたのが三時だったから、もう三時間も経ってたんだね。

ケーキはあっという間に食べ終わってて皆で団欒していたから気付かなかった。

私が時計を見ていたからなのか、鴇お兄ちゃんが動く音が背後からした。

振り返ると、お兄ちゃんは腕時計を見ている。

「親父、そろそろ飯の時間じゃないか?」

「え?あぁ、もうそんな時間か。今から準備しても遅くなるし、食べに行くか?」

「えぇっ!?」

誠パパの言葉に驚いたのは私だ。

だって、これから六人に家族が増えたんだよ?無駄金使うの止めようよ。

外食は嬉しいけど、引っ越ししたばっかりだよ?結構お金使った筈だよね?大事にしようよ。

「まことパパっ」

「え?あ、はい?」

誠パパをぎろりと睨む。所詮六歳女児の睨みだけども。

「おかねはだいじだよっ。おうちにもいっぱいおかねつかったんでしょっ!?すぐにらくしちゃメっ!」

「は、はい。ごめんなさい」

「ママっ、わたしがごはんつくるっ」

きりっと意気揚々と立ち上がり、てててっとキッチンに走る。

背伸びして冷蔵庫のドアを開ける。んん?わーい、綺麗な冷蔵庫ー。なーんも入ってないよー。あれ?冷蔵庫の中身ってそれぞれの家から持ってきたんじゃなかったっけ?

家の冷蔵庫は私がきっかりしっかり消費してたから、空だったのは解るけど、白鳥家の方は入ってたんじゃないの?チーズとバターと牛乳だけ?

「えええ?うそー」

野菜室は?引き出して開けると、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ってこれだけっ!?

戸棚、戸棚にはっ!?

ガラッと食器棚の下にある棚を開けると、そこにはカレールーが大量に…。

「って、なにこれぇっ!!」

「種類豊富だろ?」

「豊富っていうか、カレーしかないよっ!?」

吃驚し過ぎて、つい後ろを追い掛けてきた鴇お兄ちゃんに反射的に突っ込みを入れてしまった。

「え?本当にこれしかないのっ?皆、今まで何食べて生きてきたのっ?」

「いや、俺達母さんに任せっきりで料理なんて出来ないからな。佳織母さんが来るまでは、毎日コンビニ弁当かカレー、もしくは外食で済ませてた」

「はぁっ!?」

「俺も料理覚えようとしたんだが、カレーが限度だったんだ」

「限度って。カレーなんて初歩じゃんっ!!」

「初歩ってまぁ、そう、だな」

「ありえなーいっ!!ってことは、もしかして、お兄ちゃん達気付いてないねっ!?」

「何を?」

「ママの出してるご飯がいつも惣菜だってことっ!!」

「きゃーっ!!美鈴、内緒だって言ったじゃないっ!!」

ママがソファの上で何やら叫んでいるけど、そんなの知った事じゃないっ!!

食は大事なんだよっ!!もうっ!!

どうしようっ。そんなにしょっちゅうカレー食べてたらカレーを出す訳にもいかない。

三十路過ぎ女のプライドが許せないのだ。缶詰とか他にないのっ!?

調味料はどれだけあるのっ!?

ガサゴソと色々漁りまくる。棚の中、冷蔵庫の奥、袋の中、探れる場所は全て探った。

そして出て来たのは、チーズ、バター、牛乳、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、小麦粉、あとは一通りの調味料。奇跡的に固形コンソメが一つ。米もない…あ、パンはあるのか。…よしっ。

「さっそく、つくるぞーっ!」

「お、おい、美鈴?」

「あ、お兄ちゃん達、手伝ってねっ」

私の身長じゃ届かない所もあるからねっ!

「わかった。葵、棗、こっちこいっ」

ソファでいまだ固まっている二人を呼ぶと、我に返った二人がこっちに走ってきた。

鴇お兄ちゃんが踏み台かわりの椅子を持って来てくれたのに感謝しつつ、まずは道具のチェック。

道具はどれだけ揃ってるんだろ?包丁は当然あるよね、うん。で、鍋が二つにフライパンが一つ。以上…って少なっ!?

サランラップ、アルミホイル、クッキングシート等々、欲しい物は一つもない。あ、涙が出そう…。なにこのキッチンの無駄遣い…しくしくしく。

「菜箸もないのー…うぅ、買いに行かなきゃ…」

取り敢えず、オーブンレンジだけはあるから何とかなる。って言うか何とかするっ!

「葵お兄ちゃん、玉ねぎ剥いて」

「うん、分かったっ」

「棗お兄ちゃんは、耐熱皿を洗って」

「耐熱皿…あ、あの大きいお皿だねっ」

「鴇お兄ちゃんは、鍋にお水一杯にいれて沸かして」

「了解」

私はとりあえず材料を切る。六歳児の体だから体は小さいけど、何故かある包丁が普通のじゃなくて果物ナイフだから大丈夫っ。

鴇お兄ちゃんが用意してくれた踏み台かわりの椅子に乗って、水でしっかりとニンジンを洗ってするすると皮を剥いていく。結構力がいるな~。発見したニンジンの全部皮を剥いて大きめに乱切りにする。

あぁぁ…ラップが欲しい…。しょうがないけど。嘆きながらジャガイモを水で洗って、皮を剥く。これも全部使っちゃえ。残ったらポテトサラダに出もすればいいし。

「美鈴、火点けたぞ?」

「じゃあ、これ入れて煮てー。柔らかくなるまでね」

「分かった」

今切ったものを鍋に入れさせる。ジャガイモも勿論ざっくり乱切りにしましたよ。

「美鈴ちゃん。耐熱皿洗ったよ?」

「ありがとー、棗お兄ちゃん。じゃあ、そのお皿にバター塗って」

小さく切り落としたバターを手渡す。頷いて受け取ったのを確認すると、

「美鈴ちゃん、玉ねぎ剥いたよ」

「ありがと。葵お兄ちゃん。じゃあ、テーブル拭いて来て貰ってもいい?」

「分かった」

こうして役割分担をしてテキパキと目的の物を作っていく。茹でられて柔らかくなったジャガイモとニンジンを取り出して、ジャガイモは半分器に、半分は空いた鍋にニンジンと一緒に戻す。そこへニンジンと千切りした玉葱をを投入して炒める。その間にフライパンにバターを敷いてパンをこんがりと焼く。

あ、良い匂い。いい感じ。鍋を用意して、バターと小麦粉、牛乳、固形コンソメを使ってホワイトソースを作る。味付けもしっかりとしつつ、出来上がったホワイトソースを炒めた野菜と混ぜ合わせ、いい感じに混ざった所を火から離して耐熱皿に流し込みその上にチーズを乗せて、オーブンで焼き目がつくまで焼く。

その間に、ポテトサラダを作る。芋を潰す。只管潰す。卵もないから仕方なく、駒切したニンジンを入れてマヨネーズと塩コショウで味付けをする。焼きあがっていたパンをもう一度軽く焼いて温めて、バスケットに入れて運ぶ。

サラダを六つの器に分けて盛って、お盆に乗せて運んでもらう。オーブンが焼き上がりを知らせる音が鳴り、それを鴇お兄ちゃんに運んで貰い、やっと夕食が開始されるのであった。

「美味しいっ」

感動してる。皆が感動してる。でも私としては全然納得出来ない。これだってマカロニが入ってないからただのグラタン風の何かだ。もっとちゃんと作れるのにっ!

いや、問題はそこじゃないっ!!

「誠パパっ!!あんないいキッチンなのに、全然活かせてないっ!!勿体ないよっ!!」

「う…そうだね。ごめん」

「明日から私が皆のご飯作るからっ!!いいよねっ!?」

反対は認めないっ!!

そう意気込むと、むしろ誰が反対するか、と皆即賛成してくれた。

「なら早速明日道具を買いに行くっ!」

「一人でか?」

「え?うん。だって皆仕事と学校あるでしょ?」

「いやいやいや。落ち着け、美鈴。六歳の子を一人で外に行かせられる訳ないだろ」

六歳…そう言えば私六歳でした。

はっ!?しまったっ!!あまりの食生活の酷さに驚いて私六歳の演技忘れて普通に話してたよっ!?

だらだらだらと背中に冷汗が流れる。頭の中はやべーやべーと謎の鳥が鳴きながらくるくると回ってる。

「明日俺が学校から帰ってから一緒に連れてってやるから」

あ、誰も気にした様子がない。これは…以外と気付かないのものなのかもしれない。このまま話しても平気そう。

「でも、それじゃ遅いよ。鴇お兄ちゃん、生徒会の仕事もあるんでしょ?学校から帰って来て、そっからまた出かけるとなると夜になっちゃう」

「そりゃそうだろうけど」

「じゃあ僕達が一緒に行くよっ」

「小2が一緒に行っても同じだっての」

確かに。さて、どうしようか。

冷蔵庫の中の物、全部使いきっちゃったし、明日の朝ご飯がないよ?

結構大量に作ったグラタン風何かも、パンも皆でペロッと食べ終えちゃってるし。

こんなに皆料理がダメだったとは予想外だったなー…ん?ちょっと待って?

「もしかして、誠パパ、お兄ちゃん達。まさか洗濯も出来ないとか言わないよね?下着とか使い捨てとかしてないよね?」

睨み付けると、静かに視線を逸らされた。ママ、何でママまで視線逸らすの?

あぁ、もうっ!!ほんっとあり得ないっ!!経済的にも生活的にもあり得ないっ!!やっぱり明日買い物行くっ!!

商店街って朝市やってるよねっ!?

こっそり抜け出して、朝一で買いに行ってやるっ!!

朝は男性客より女性客の方が多いんだから。旨く隠密行動してやるんだからっ!

誰が一緒に買い物に付き添うか言い合っている中で私は朝一の隠密行動を決意した。


―――次の日。

日が昇り始めた、薄ぼんやり朝日が入りこむ部屋。。

私は、跳ね起きて身支度を整えて、静かに、こっそりと自分の部屋を出た。

まだ、朝の五時前だし誰も起きてない。

ふふっ、隠密行動はバッチリ。そーっと、そーっと玄関に行って、靴を履いて玄関の鍵を開けて音を立てないようにドアを開けて外に出て、静かにドアを閉める。

やった、完璧っ!!

さ、朝のお散歩がてらに商店街で買い物するぞーっ!!

お気に入りのピンクの鞄を斜めに下げて、走り出した。

ふふふ~ん♪

良い天気~。朝の空気がおいしー♪

「ご機嫌だね、美鈴ちゃん」

「うんっ。だってお天気いいもんっ」

「ふぅん…。お天気が良いからかぁ~。だから一人で外に出たの?どうして?」

「皆に朝ご飯食べて貰うんだー……って、えっ!?」

振り返るとそこには、朝日を反射する金色と緑の瞳。じーっと私を見ている。お、怒ってるぅ~…。

「な、棗お兄ちゃん…?」

「駄目だよ?美鈴ちゃん。黙って家を出るなんて」

「うぅ…ごめんなさい」

こんな速攻でバレるなんて…。誰にもばれてないと思ったのに。私の隠密行動終了のお知らせ。肩を落として神妙に謝罪する。

「反省してる?」

「してる。ごめんなさい、棗お兄ちゃん」

「そっか。じゃあいいよ。行こう?朝ご飯の材料買いに行くんでしょ?」

そう言って目の前に手を差し出される。その手と棗お兄ちゃんの顔を交互に見てその意図を確かめようとその瞳を覗き込むと、緑の瞳は柔らかく微笑んだ。

付いて来てくれるんだっ。嬉しくて私はその手を握って並んで歩き出す。

嬉しくて私も知らず笑顔になっていた。

「棗お兄ちゃん、朝、何食べたい?」

「美鈴ちゃんの作ってくれるものなら何でもいいよ?」

「何でもいいが一番困るんだよー?」

「だって、美鈴ちゃんの作ってくれたご飯おいしいもん」

「むむっ。それは昨日作ったのとか焼肉の時の事言ってる?」

「うん。勿論」

「あんなのは美味しいって言わないよー。今日からちゃんと美味しいモノ、作るからねっ」

「そっか。楽しみにしてるね」

手を繋いで仲良く歩いていく。

新居は結構な坂の上にあるのだけど、その坂道を下って、信号を渡ると直ぐに商店街がある。

朝っていいよね。人が少ないし何より夜行性のチンピラ連中がいないもの。

「それで?何買うの?」

「まず八百屋さんでお野菜。お肉屋さんでベーコン買ってー」

「うんうん。じゃあまず八百屋さんに行こうか」

棗お兄ちゃんの先導の下、するすると人を避けて八百屋さんへ到着する。

青々としたお野菜が一杯。土がついてるから採れたてって事が一目で解り嬉しくなる。

「おや?お坊ちゃんにお嬢ちゃん、おはよう。お使いかい?」

恰幅の良いおばちゃんが仁王立ちしてにっかりと笑みを向けてくれた。

うん。元気なおばちゃんだ。元気には元気で応えなきゃ。

「「はいっ」」

二人揃ってにっこり微笑んで元気良く頷く。

「あらあらあら。お人形さんみたいに可愛い事っ。それで、何が欲しいんだい?」

「レタスと、トマトを下さい。あとレモンもっ」

「はいよっ。レタスとトマトとレモンだね」

おばちゃんは手慣れた手つきで袋にポイポイと詰めて行く。

「全部で540円だよっ。ちゃーんとおまけしといたからねっ」

「ありがとうっ。お姉さんっ」

「やだよぉっ、この子達ったら、こんなおばちゃんにお姉さんだなんてっ!もっと言ってくれていいんだよっ!?」

やだ、意外に貪欲。

「うんっ、お姉さんっ」

でも答えておく。またおまけしてくれる事を期待して。印象を良く思ってくれている人の印象を悪くする意味はないよね、うんうん。

「あ、お姉さん。このお店って配達はされてますか?」

「あぁっ、してるよっ」

やったっ!!詳しく聞くと配達は届けた時にお会計をするらしいので、尚更ラッキーっ!

幼稚園児の私には手持ちがないので他の欲しいお野菜は配達をお願いして、私達は八百屋を後にする。勿論最初に頼んだ三品の代金五四○円は私のマイ鞄に入っていたお年玉からだした。残金一四六○円なーりー。

「次はどこ?」

「お肉屋さん」

「分かった。じゃあ、こっちだね」

棗お兄ちゃんは場所を把握しているのか、私の手を引いてあっさり方向転換。

肉屋に到着して、じーっと陳列棚を眺める。

あー、やっぱりお肉は高いよー。

「いらっしゃい」と出て来たのは、肉屋さんなのに肉が欠片もなさそうなほっそいおじさん。ひぃぃっ!!怖い怖いっ!!

慌てて棗お兄ちゃんの後ろに隠れる。

「美鈴?」

ふるふると頭を振ると棗お兄ちゃんの背から出ない。隠れる。

「えーっと…ここでは何を買うの?」

背後からこっそり覗いて、中でも安いベーコンを指さす。

「これ?」

コクコク。頷く。

「そっか。分かった。おじさん、このベーコン100g貰えますか」

「あいよっ。お前さん達、随分と可愛い顔してんなぁ。兄妹かい?」

「はいっ」

「そうかそうか。お使いなんて偉いじゃねぇか。家のバカ息子に爪の垢でも煎じずに飲ませてやりてぇわ」

おじさんも苦労してるんだなぁ。近寄れないけど応援してるよっ、おじさんっ。

おじさんが手早く包んでくれたベーコンを棗お兄ちゃんが受け取ってくれて私の代わりにお金を渡してくれる。

「少しおまけしといたからなっ。ちゃんと食べて大きくなれよっ」

「はいっ。ありがとうございます」

棗お兄ちゃんが元気に返事してくれたので、私も少しだけ顔を出して微笑みながらこくこくと頷いて、礼をした。

お肉もゲットーっ。二人でお肉屋さんを出る。残金は、九八三円なーりー。

ついでに棗お兄ちゃんに配達の依頼もお願いして貰った。ここの商店街は全部の店で配達をしてくれているらしい。便利かつ有難いっ。そしてここのお肉屋さん。牛乳と卵も取り扱っているらしいのでとってもお得である。

次はお魚屋さん。ここは配達だけ依頼する。何故なら今日の朝ご飯には使わないから。でも旬のお魚を届けて貰う事にしたから日替わりで美味しいお魚が届く。うふふ、嬉しい。

その次はパン屋さん。二一六円で食パンを購入。残金、七六七円なーりー。

後は雑貨屋さんと加工品屋さん、乾物屋さんにお米屋さん。商店街の食品店をほぼほぼ回って、私は満足。

今日一日大量に配達が届くだろう。けど、仕方ない。それだけ家に物が無さ過ぎるんだ。

「棗お兄ちゃん、ごめんね?重くない?」

「全然大丈夫。それより、これで全部?」

「うんっ」

「じゃあ、帰ろうか」

「うんっ」

これからまた人が増えてくるだろうしね。男の人が増える前に帰ろう。

私達は商店街を出ようと踵を返した…んだけど、突然頭上に影が出来た。

「あぁ?ガキがこんな時間にこんな場所でデートかぁ?」

男の声ッ!?

目の前に、Tシャツにジーパン。銀のアクセサリーをじゃらじゃらつけた紫髪のロン毛のチャラい兄ちゃんが立っていた。

真っ赤な瞳が素直に怖い。

「いいねぇ。羨ましいねぇ。おい、ガキ。そこ俺と変わらねぇ?」

後ろから茶化すような声でその手が私の肩に触れた瞬間。


「嫌ぁっ!!」


―――叫んでいた。全身鳥肌が立ち、鳴りを潜めていた恐怖が全身に沸き上がり体が震える。


「美鈴っ!!」

棗お兄ちゃんが私を抱きしめて、その男から隠してくれる。だけど、ガタガタガタと体は震え、涙が溢れ零れた。

「魅せつけてくれるねぇ」

「何か、ご用ですか?」

「お?」

「用がないのでしたら、失礼します」

私を抱きしめたまま、棗お兄ちゃんが男と距離を取ってくれる。

「美鈴、走れる?」

耳元でそう小さく囁かれる。体が震えて怖くて堪らないけど棗お兄ちゃんがいてくれるなら走れる。

コクリと頷くと、棗お兄ちゃんは少しずつ少しずつ後退して距離を取ってくれて、男の一瞬の隙をついて私の手をとって走り出した。

「えーっ!?逃げんのぉーっ!?俺、追いかけちゃうぞーっ!!」

なんでっ!?意味わかんないっ!こんなそこら辺にいる女児なんて無視したらいいのにっ!

恐怖に駆られたまま、棗お兄ちゃんと全力で走る。でも、子供の足で逃げ回ったってたかが知れている。

このままじゃ直ぐに追い付かれてしまう。

どうしようっ。どうしたらっ。

商店街を抜けようとした瞬間、私の体が宙に浮いた。

「つーかまーえたっ」

「ひっ!?」

男の腕が腰に回り、私は抱き上げられる。

もう、限界だった。


「いやああああああああっ!!」


全力で叫ぶ。

怖くて怖くて堪らない。

棗お兄ちゃんの手すら振り払い頭を抱え、ただただ叫んで震える。

怖い、怖いよっ!

前世の記憶がフラッシュバックする。

深くかぶった帽子から、微かに見える狂気染みた瞳。


『やっと二人っきりになれたね』


―――その手に握られた包丁。


『大丈夫。恐怖なんて直ぐに感じなくなるよ』


―――それが腹や胸に刺さる感触と激痛。


『あぁ…君は血すら綺麗なんだ…』


―――口から溢れる鉄臭い生温い液体。


目の前が真っ赤に染まっていく。


「お、おいっ!?」

「美鈴を離せっ!!」


腕を強く引かれ、私は棗お兄ちゃんの腕の中へ戻る。

でも錯乱状態の私にはそれでも怖くて。棗お兄ちゃんの声も届かない。

頭を抱えて、振り乱して。

「大丈夫、大丈夫だからっ。美鈴っ、落ち着いてっ」

怖いのは嫌っ!

痛いのも嫌っ!

死ぬのはもっと嫌っ!!

誰か、誰か助けてっ!!

「美鈴っ!!大丈夫っ!!大丈夫だからっ!!」

ぎゅっと力強く抱き締められる。

逃げ出そうと暴れる体ごと抱き締められて、その胸に耳が強く押し付けられた。


―――とくん、とくん。


音が聞こえる。

これは…心臓の音…?

「おい。本当に大丈夫なのか?俺が怖がらせといて何だが、その怯え方、異常だぞ?」

また男の声が聞こえて私は心を落ち着かせてくれる音を求めて、目の前の胸にきつく抱き着いた。

「異常だろうと何だろうと貴方には関係ありません。これ以上美鈴を怖がらせる前に消えてください」

「そうしたいんだけどなー。俺的には非常に気になる訳だよ、その美少女」

ぎゅぎゅっと更にきつく抱き着く。棗お兄ちゃんの音だけを耳に入れる為に。

「大丈夫。大丈夫…」

まるで呪文か何かのように、優しく囁きながら頭を撫でてくれる手。

「なぁ、やっぱりちょっとその場所俺と変わってくんない?大丈夫。今度は怯えさせないから」

「嫌です」

「いいじゃん。気になるんだよー。な?白鳥弟」

「絶対嫌です」

「もう泣かせないからっ、なっ、なっ?」

「だからっ」

「ほーう?俺の可愛い妹を泣かせて、大事な弟を怯えさせたのはお前か?透馬とうま

棗お兄ちゃんの声を遮る低い低い声。そっと顔を上げると、棗お兄ちゃんの泣きそうな顔が目に入ってきた。

その棗お兄ちゃんが見てるのは?

視線を動かすと、私達に迫って来た男の後ろでドス黒いオーラを纏い、指を鳴らしながら立つ鴇兄ちゃんの姿があった。

「よ、ようっ。おはようっ、鴇っ」

「覚悟は出来てるんだろうな?」

「い、いやっ、これはなっ?色々事情があってなっ!?」

「事情、な。それは後でゆっくりじっくり聞いてやる。それより殴らせろ」

「ええええぇっ!?問答無用ってのは酷くねっ!?」


―――バキッ!


鴇お兄ちゃんの拳が男の顔にめり込んだ。

あ、鼻血出して倒れた。

「大丈夫か?棗、美鈴」

爽やかな鴇お兄ちゃんの笑顔。ほっとして、でも、力が抜けなくて私は棗お兄ちゃんに抱き着いたまま。

「悪かったな。俺の下僕が怖がらせて」

「下僕って、鴇兄さん…」

「でもお前達も悪いぞ?こんな朝早くに二人で出歩くなんて、もしも俺が間に合わなかったらどうなってたか、分かるか?」

笑顔が引っ込み至極真剣な顔で、私達の前で膝をついて諭す。鴇お兄ちゃんの額に汗が浮かんでる。私達がいなかったから急いで探しに来てくれたんだ…。心配かけちゃったんだ。

「「ごめんなさい」」

二人で小声でもしっかりと謝った。すると、

「ん。良い子だ」

わしゃわしゃと棗お兄ちゃんと私の頭を荒く、それでも優しい笑顔で撫でてくれた。

「さて、帰るぞ。二人共」

「ちょいちょい待ってっ!!鴇よっ!待てぃっ!!」

またあの男の声っ。

体が跳ねあがり、棗お兄ちゃんの胸に顔を埋める。絶対に離すもんか。今度こそ離すもんかっ!

「……悪いな。棗。ちょっとあの馬鹿を黙らせてから後を追うから、美鈴と一緒に先に帰っててくれるか?」

「分かった。でも、鴇兄さん?」

「どうした?」

「その…下僕の顔が真っ白になってるから、もう少し絞ってから首解放してあげて?」

首?ん?どゆこと?

でも怖くて顔を上げられない。

そんな私の背を優しく撫でて、「帰ろうか」と棗お兄ちゃんがゆっくりと私を離し、その手を握ってゆっくり帰途につく。

坂道を上っている最中に、鴇お兄ちゃんが追い付き、三人でのんびりと…って、今何時っ!?

キョロキョロと周りを見ても、まぁ時計なんてないよねっ!

「美鈴?どうしたの?」

「い、今、何時っ!?」

「今?七時ちょい前位か?」

良かったっ!まだ間に合うっ!!

「棗お兄ちゃん、急ごうっ!!登校時間になっちゃうよっ!!」

「え、わっ!?美鈴っ!?」

全力ダッシュ。私は家に駆け込み、待ち構えていた両親と葵お兄ちゃんを無視してキッチンへ突撃して、棗お兄ちゃんから受け取った買い物袋から材料を取り出し、急ぎ朝ご飯の準備をする。

ごめん、皆。説教は後でゆっくり受けるからっ!!

あぁ、踏み台が欲しいっ!

朝ご飯は、しゃきしゃきレタスと厚切りベーコンサンドですっ!飲み物は、紅茶だけは何故かあるからアイスティーにします。お好みでレモンをどうぞっ!

それをテーブルに並べて準備を整えて、皆が席についたのを確認してから、私は一人床に座り、しっかりと土下座した。

「ごめんなさいっ!!もう、二度とこっそり脱け出したりしませんっ!!反省してますっ!!」

突然の全力謝罪。こっそりとその反応を窺うと、皆は目を丸くしていた。

何故?こんなに全力で反省してるのにその反応は何?

「あのね、美鈴。ママね?もう何処から驚いていいか、怒っていいか解らないんだけど」

「え?」

「こんな朝早く起きて朝一を狙って買い物に行くなんて、私、一切考え付かなかったわ」

「ママ?」

「もしかして、本当はこの結婚が嫌で、家出しちゃったのかな、とか、本当は私の事が嫌いになっちゃたのかな、とか悪い事ばかり…」

「ママ…」

「ねぇ。美鈴?美鈴はママが頼りないから、こんなに周りに気を使うようになっちゃったのかしら?私にも我儘言わなくなっちゃったのかしら?」

「え?え?違うよっ、ママっ」

俯いて震えた声を出すママに慌てて走り寄ってその胸に抱き着く。

「ママ、美鈴の事ずっと見てきたつもりなのに、全然解らなくて…」

「違うのママっ。違うのっ。私、ママが大好きよっ!だから、泣かないでっ」

「美鈴…」

ママが私の行動でこんなにも気に病んでるなんて思わなかった。

それ以上に、こんなにママに愛されてるなんて思わなかったの。

だって、気持ち悪いでしょう?こんな、中身がこんな私なんて…。

「ごめんね、ママ。こんな、変な娘で。ごめんねっ。ママっ」

ごめんとしか言えなかった。謝罪以外何を言っていいのか解らない。

だから私の口は立て続けに謝罪の言葉を繰り返した。

だって謝罪以外何を言っていいのか解らなかったの。

「ごめんねっ。急にこんな風に喋ったり、やたら大人びてたり、気持ち悪いよねっ。でも、でもっ、私、ママに嫌われたらっ…」

視界が歪む。込み上げてくる涙を我慢してる所為で鼻の奥がつんとする。そんな時ふと、頭の中を何かが過った。

この言葉、ずっと昔にも言った気がする。


『お母さん。ごめんね。急にこんな風に帰ってきたり、いきなり泣いて震えたり、気持ち悪いよねっ。でも、でもっ、私、お母さんに嫌われたらっ、もう生きていけないよっ!』


あぁ、前世で、中学生の時、男子生徒に襲われかかって、必死に逃げ帰って家で待っていたお母さんに抱き着いてそう言ったんだった。


―――あの時、お母さんは何て言ったんだっけ?


『馬鹿ね。お母さんはどんな時でも、どんな華でも、ずっとずーっと大好きよ。絶対、絶対に嫌いに何てならないわ』


―――お母さんはそう言って優しく抱きしめてくれた。そう、今のママみたいに。


「馬鹿ね。美鈴」


―――その話し方は懐かしさを纏っていて。


「ママ…?」


―――その声は優しさを帯びていて。


「『昔』から言っていたでしょう?ママはどんな時でも、どんな『華』でも、ずーっとずーっと大好きだって。絶対に、絶対に嫌いになんて、ならないのよ」

「ま、ま…?」

「貴女は、『昔』も『今』も、大事な大事なママの娘よっ」

今、ママ、何て言った…?

涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、そこには同じく涙に濡れたママの顔。

「どんな『華』でも…?」

「えぇ。例え『華』が『鈴』に変わったとしても、ずっと…」


―――嘘だ。こんな都合の良い事起こる訳がない。


でも、私の心は間違いなくママが前世での『お母さん』であると告げている。

その瞳を覗き込むと、ママは小さく頷いた。

本当に…本当にお母さんなんだっ。

まさか、まさかまた会えるとは思わなかった―――また、親子になれるなんて思わなかったっ!

涙が止めどなく溢れる。

「ママ、ママぁっ!!う、うわああああああんっ!!」

「美鈴っ!」

私達は抱き合い、一頻り再会を喜び、泣いた。


わんわんと目が腫れ、喉が枯れる程、泣き合った私とママ。

すっかり忘れてたけど、そこには皆いた訳で。

誠パパが私達を落ち着かせてくれて、皆で私が用意した朝食を食べた。

心配そうに皆が私達を見たけれど、大丈夫だとママが納得させて皆は渋々、会社、学校へと向かった。

私とママはリビングへ戻り、ソファへ座ると改めて話をすることにした。

「お茶、どうする?」

「ママは朝のアイスティーで十分よ?」

「そう?じゃあ、そうするね」

昔から家事は私の仕事。

本当にママは【華のお母さん】の時から家事は一切駄目だった。

それが今も変わらないとか、どうなの、それ。

ママの前にアイスティーに切ったレモンをグラスに挟む様に飾り付けて出すと、それを嬉しそうに受け取った。

「ママ、仕事大丈夫なの?」

「全く問題ないわよ。美鈴、知ってる?この世界で売られている本って前世で売られてた本と同じ物って殆どないのよ。まぁ、例外もあるけどね。だーかーらー、前世で読んだ漫画とか小説を思い出して書いてるの。うふふ。おかげでママ結構な売れっ子作家なのよ。しかも、ネタは考えなくてもボロボロ出てくるし。うふふふふ」

「ママ。黒い。笑みが黒いわ」

「あらあら。美鈴ったら純粋なんだから。折角前世の記憶があるのだから上手く使って自由に生きなきゃ勿体ないわよ」

「あー…お母さんだわ。間違いなく【私】のお母さんだわ」

二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。

それから私達は今までの話をした。

「ママはいつ前世の記憶を取り戻したの?」

「大学の時、ね」

「大学かぁ、結構遅いね?」

「美鈴はどうなの?」

「私?私は一週間前。誕生日迎える数日前だよ。鏡を見たら、こう、パァンッて記憶の袋が弾けたみたいな感じに思い出したよ?ママは?」

「そうねぇ。ママの時はねー。ずっとこの顔に既視感があったのよ。その理由が解らなくて疑問に思ってたんだけど、ある時ぱっと思い出したの。あぁ、この顔乙女ゲーで見たんじゃん、って」

「随分軽いね、ママ。娘はびっくりだよ」

「あら、そうでもないのよ?この世界のゲーム、入院中、美鈴が持って来てくれたじゃない?だから、早速プレイしてたんだけど、ほら、主人公の美鈴って父親がいなかったでしょ?って事は、私は結婚してもまた、旦那を失うんだなって」

「…そう、だね」

「ママ、どんだけ男運ないのかしらって本気で落ち込んだわ」

「ママ…」

「でも、必ず再婚できるって知ってたし、何ならイケメンの旦那が出来る訳だし、まぁ、いっかなって」

「うん。やっぱり軽いと思うの、ママ」

「作中では、確か主人公が中一の時再婚するはずだったわよね?」

「うん。その筈だったよ」

「なのに、中一どころか美鈴、今幼稚園児よね」

「そうだね」

「もしかして、ヒロイン補正かしら?」

「の可能性が高いかなーって思ってる。本当なら私、彼らと出会わないようにして、ママと二人パパの実家にこもって過ごそうと思ってたのよ。けど、そう決意した瞬間に白鳥家と出会っちゃったの」

「へぇ~。でも、どうして田舎に引っ込もうと思ったの?」

「そんなの、男が怖いからに決まってるじゃんっ!」

今まで和やかに会話していたのに、私の発言でママの表情がすっと冷えた鋭利な刃物ばりに研ぎ澄まされた。

「ねぇ?美鈴?」

「なに?」

「私が死んでから何があったの?」

「え?」

「おかしいのよ。死んだ時期と生まれた時期。時間軸にそう関係性があるとは思わない。けど、それでもやっぱり私とまた親子になってこうしてあえるのはおかしいと思うのよ。…美鈴、貴女は何故死んだの?自殺なんてした訳じゃないわよね?」

言うべきか、言わざるべきか。迷った。

でも、お母さんに嘘をつくのは…私の中であり得ない事だから。

アイスティーを一口含んで喉を潤してから、私は口を開いた。

「…殺されたの」

「殺されたっ!?どう言う事っ?」

私はぽつりぽつりと前世の事を話しだした。


私が死んだあの日。

私は滅多にない残業に、開店時間内に取りに行かねばならない大事な物を引き取りに行ったりで、もうくったくたで早く帰って眠りたい、寝かせてくれとその一心で帰宅を急いでいた。

自分が男の人にそう言う目で見られやすい事も知っていたし、痴漢とかもう日常で、それを回避する為にも車を買って、なるべく身を隠すように生活していた。

勿論、住んでいたマンションの一室も、セキュリティがしっかりしていた所を選びに選んで。

そんな慢心から私は油断をしていたのだろう。

ふらふらになりながら、家の鍵を開けて中へ入って、リビングの電気を点けたら、そこにその男はいた。


『やぁ、華。会いに来たよ…?』


黒の帽子を深く深く被り、その帽子の影に狂気を帯びた瞳。手には電気の明かりを反射した包丁が。

命の危機を感じ、私は咄嗟に逃げようとしたが、男は私の腕を引っ張り、押し倒してきた。

怖くて、必死に暴れたら、男は舌打ちして、その直後腹部に何かが突き刺さった。

後から後から痛みが広がっていく。その包丁で服が切り裂かれて。口の中は鉄の味と生暖かい感触。

意識がどんどん遠のいて、体を刺す包丁の感触と、体中を這い回る感触も徐々に失われて、あとは闇だけが支配していった。

無意識に助けを求めたのは誰だったか…。

『……せん、ぱ、い…』

届かなかった声がまだ脳内に残っている…。

そして、再び意識が覚醒したのは、私が美鈴として生まれ変わり、自分の顔を見た時だった。


あの時の事を思い出して、また体が震えた。

「死んだ時の感覚がね。包丁で刺された時の感覚が未だに体から消えないの。あの時の恐怖も忘れられない。あの男はずっと私を追い掛けていたのは知ってたの。でも、常に気を張っていた筈なのに、まさか刺されて殺されるとは思わなかった。危機感が足りなかったね。早くママの後を追っちゃってごめんね?ママの遺言守りたかったのに。幸せになりなさいって言ってくれたのに」

「『貴女』は悪くないわ。絶対に悪くない。怖かったわね。痛かったわね。苦しかったわね。…良く、頑張ったわ。…『華』」

「お母さん…」

「でも、これで納得がいったわ。貴女が男の人をあんなに怖がってる理由が。そうね。そんな記憶があるのなら怖くて堪らなくなるわね」

「うん…」

ママが私の頭を優しく何度も何度も撫でてくれる。

段々落ち着いて来て体の震えも止まり、私は猫の様にその撫でてくれる優しい手を堪能していた、のだが…。

「じゃ、ママ、行ってくるわね」

「え?何処に?」

「貴女を殺した男を制裁しに」

黒ママ再来。笑顔の裏に潜む恐怖。

って、違う違う。何か本のタイトル的に言ってみたけど、今突っ込むべきはそこじゃない。

「ママ、落ち着いて。今の世界にあの男はいないから」

ママの服を引っ張りながら、立ち上がりかけたママを再び座る様に促すと、ママは一瞬きょとんとして今度は素直に微笑みながら座った。

「それもそうね。なら呪いを飛ばすだけにしておくわね」

「うん。出来ればそうして」

呪いだったら、届くかどうか解らないけど、がんがんやってくれていいや。

だってあんな風に殺されて、しかも絶対私の体好きにしただろうし。あんだけ体を触って何もない訳ないし。

そんな男に同情なんてするわけない。ただ呪われて死ぬだけなんて生温い。苦しめばいい。

うんうんと二人で頷き合う。

「男性に対する恐怖、か。だとしたら、美鈴。この家辛いんじゃない?」

「うーん。そう思ったんだけどねー。なんか、鴇お兄ちゃんに慣らされたのか、ヒロイン補正なのか良く解らないけど、家族は平気なんだよね」

「そうなの?」

「うん。今日も私変な男に抱き上げられて、怖くて発狂しかけたんだけど、棗お兄ちゃんの傍にいたら落ち着いたんだ」

「ふ~ん。イケメンだから?」

「それ関係ある?」

「あるかもしれないじゃない?」

「そうかなぁ~?」

ふと今日私にあった事を思い出した。

棗お兄ちゃんと鴇お兄ちゃんが助けてくれたけど、よく考えたらあの男の人もイケメンの部類じゃない?ちゃんと覚えてないけど。

でも超怖かったよ?

「う~ん…イケメンは関係なさそうだよ?」

「そうなの?」

「うん」

素直に頷く。それにママは首を捻ってハテナマークを浮かべていた。

いや、そんな疑問持たれても私だって解らないの。

んんー?と私も首を傾げてしまう。

その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。

「あら?お客様?」

「誰だろ?」

私達はお客様が待っているであろう、玄関へと急いだ。

ママがドアホンを動かして、どちら様ですか?と伺いをかけると、「○×商店街の八百屋です。ご注文の物を届けに来ましたー」と朝に会ったおばさんの声が聞こえた。

「あ、私の注文したの届いたんだ。ママ受け取って受け取ってっ」

「あぁ、そうなのね。分かったわ」

玄関の鍵を操作して開けると、中におばさんが入ってきた。その後ろにもう一人おばさんがいる。あのエプロンはお肉屋さん?

「お忙しい中有難うございます。今お財布取って参りますので、そこに荷物をおいてお待ち頂けますか?」

「はいっ、急がなくて結構ですよ。奥さん。私達もサボれる理由が出来ますんでねっ」

「ふふっ。有難うございます。ちょっとお待ちくださいね。美鈴、お茶お出しして」

「うんっ。分かったっ」

ママは自室に、私はキッチンへ向かって作り置きしているアイスティーをコップに淹れて玄関へ戻る。

「玄関先で申し訳ありませんが、宜しければどうぞ」

ニッコリ笑って差し出すと、二人は嬉しそうに受け取った。

持って来て貰った物をあっさり避けて二人は玄関段差へ腰をかけた。

「本当に賢くて可愛い子だねぇ」

「朝はごめんねぇ。家のバカ息子が怖がらせちゃって。鴇君がヘッドロックかまして家にくるから、いよいよ何かやっちゃったかと血の気が引いちゃってねぇ」

「鴇お兄ちゃん?」

「そうよ。家のバカ息子、あぁ見えても生徒会役員なのよ。ほんっとうに馬鹿息子なのに、鴇君なんて立派な友達がいて。馬鹿なのにねぇ」

すっごいバカバカ言われてますよ、お兄さん。

でも、お兄ちゃんと同じ生徒会役員…あれ?何か引っかかるような?

「こんな可愛い女の子があの馬鹿に行き成り追い掛けられたら怖くて堪らないわよねぇ」

肉屋のおばさんが頭を撫でてくれる。追い打ちをかけてバカ言われてるよ?お兄さん。

ちょっと面白くて、くすくす笑うと、八百屋のおばさんも目を細めて優しく微笑みながら頭を撫でてくれる。

「いいわねぇ…。女の子。羨ましい」

「そうねぇ。可愛いわよねぇ」

「男の子はこういう可愛さはないわよね」

愛でられている。もちゃくちゃにされるくらいに愛でられている。

にこにこ笑顔ではいるけれど、ママ、早く帰って来て。ママ、カムバック。

心から願っていると、パタパタとスリッパの音を鳴らして、ママが戻ってきた。

「お待たせしました。えーっと、おいくらかしら?」

「はいはい。他の店の配達も全て任されて来たんでー」

おばさん二人の意識がママに向いたのをこれ幸いと私は配達された段ボールの中身を確認する。

朝に配達依頼した全てが入っている。やったっ。

段ボールは二つ。食材が入っているのと、雑貨が入っているの。

これである程度の家事は出来る。お金の無駄遣いを避ける事が出来る。

元々貧乏人の私はそれが凄く嬉しい。

何時の間にか支払いが終わり帰る二人をママと一緒に笑顔で見送ると、私は早速届いたものの処理を始めた。

今日のお昼はパスタにしよう。明日から誠パパと鴇お兄ちゃんにはお弁当も作ってあげよう。

掃除されてない部屋も道具を入手した今、完璧に掃除してやる。

洗濯もしないとね。アイロンとかも買っちゃったから色々初期投資にお金かかっちゃったけど、でも、これからの事考えると安いよ。うん。

「美鈴、これから家事するの?」

「うんっ」

「そう。じゃあ、ママ、ちょっと部屋で仕事するわね」

「んっ。分かったっ」

「…相変わらず、家事をしてる時はイキイキしてるわね」

ママが働いていたから昔から家事をしてたけど、余計な出費と暇が耐え切れないだけなんだよ?

まぁ、楽しんでないとは言わないけれど。節約が癖になって生き甲斐になったとは言わないけれど。

ただ、色んな感情を込めてじーっとママを半眼で睨んだら、ママは静かに視線を逸らした。

逃げたわね、ママ。

そんなママを見送って私は家事に没頭した。

夕方。家事が一段落した私はリビングでお茶を飲んでいた。

急須を手に入れたので、自分好みに入れた玄米茶だ。紅茶も好きなんだけどねー。でも、こう、ゆっくり落ち着くには日本茶がいいなーとか。おばさんくさいと言うなかれ。あったかい日本茶は無敵なのである。

お昼のカルボナーラは見事に成功し、美味しかった。我ながらいい出来だった。

「今日の晩御飯、どうしようかなー?あー…踏み台欲しいなぁ…タイヤ付きの奴。ストッパーがついてると尚良し。一々椅子運ぶの面倒なんだよねー」

ぼんやりしていると、玄関からガチャガチャ音がした。

え?誰っ!?不法侵入っ!?

リビングのドアを開けて、廊下の先にある玄関をじっと見る。

すると中に入ってきたのは、金色の髪の、緑の瞳の…棗お兄ちゃんだっ。

嬉しくて、棗お兄ちゃんの側に走り寄る。

「棗お兄ちゃんっ、お帰りっ」

「えっ?あっ、ただいま。美鈴」

そっか小学校は帰るの早いよね。

靴を脱いで家へ入ったのをじっと待ち、私と向き合った所で私は棗お兄ちゃんに抱き着いた。

「どうしたの?美鈴。何か良い事あった?」

「棗お兄ちゃんが帰ってきたから、嬉しいだけっ」

「そうなの?」

「うんっ」

「そっか」

何より棗お兄ちゃんの側は本当に安心する。それに抱き着いても全然怖くない。

「棗お兄ちゃん。私、マドレーヌ焼いたのっ。一緒に食べよう?」

「それは嬉しいなっ。じゃあ、急いで鞄置いてこないとね」

「うんっ。手洗いとうがいもねっ。あ、着替えた制服のシャツは洗濯機の横の籠にいれといてねっ」

「わ、分かったっ」

捲し立てて言った所為か、棗お兄ちゃんはコクコクと頷き部屋に向かった。

それを見送って私はリビングへ戻り、キッチンへ入ると紅茶とさっき焼き上げたマドレーヌをお皿に盛り付けお盆に乗せて運ぶ。

しばらくして、ラフな格好をした棗お兄ちゃんがリビングに入ってきた。

「わっ。凄いっ。これ本当に美鈴が作ったの?」

「勿論っ。味はバターとココアとレモンだよっ」

テレビ前にあるテーブルの前に座る棗お兄ちゃんの横に私も座る。

棗お兄ちゃんがココアのマドレーヌを手に取り、ぱくりと半分齧り口内へ。

じっと棗お兄ちゃんを見つめ感想を待つ。不味くはないはずだけど…。

「美味しい…。すっごく美味しいよっ、美鈴っ」

「ホントっ!?良かったっ!一杯食べてねっ」

横からぎゅぎゅっと棗お兄ちゃんに抱き着く。

「あ、でも晩御飯もあるからほどほどに食べてね」

「ふふっ。分かったよ」

嫌がりもせず頭を撫でてくれる棗お兄ちゃんは優しいなぁ…。

こんな風に抱き着いておきながら言うのもなんだけど、私結構うざいよね。迷惑の塊だよね。

なのに撫でて笑ってくれるんだー。棗お兄ちゃんは優しい。

嬉しくてその胸にすりすりと額を擦る。

「棗お兄ちゃん晩御飯何食べたい?」

「ん?んー。美鈴が作った物ならなんでもいいよ?」

「だめだめ。食べたいの言ってよ。私何でも作るよ?」

「そうだなぁ。じゃあ、オムライス」

オムライス?ふふふ…腕の振るいがいがあるリクエストねっ。

どのタイプのにしようかな。デミグラスソースがかかってるのとか、ふわとろにするとか、典型的な卵で包むタイプの、とか。

迷うなー。何を作るか考えるとわくわくする。

「僕も手伝うからね」

「え?いいの?」

「勿論っ」

「ありがとうっ、棗お兄ちゃんっ」

嬉しくてまた抱き着く腕に力を込めて、にこにこ二人で会話していると、勢いよくリビングのドアが開き葵お兄ちゃんが飛び込んできた。

当然、手洗いうがいと着替えの為にリビングを一度追い返したのは言うまでもない。

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