小話15 鴇のカレー
※ 本編の補足、本編に関係のない日常等々です。読まずとも問題ありません。
ただ、読んで貰えたら喜びます(笑)
「なぁ、美鈴。本当に俺が作るのか?」
お前が作った方が絶対に旨いよな?
なのになんで俺が作る必要があるんだ?
キッチンに立った俺は美鈴にげんなりしながら聞くと、
「だって食べてみたいんだもんっ。葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが美味しいって言ってた鴇お兄ちゃんのカレー」
「上手いってそれは多分…」
親父の作る飯が壊滅的だから、だろう?
どん底を知っていると底辺ですら上手く感じる。そう言う事だと思うんだが…。
美鈴は引く気が無いようで、カウンター席に座ってわくわくと俺が料理するのを待っている。
その両サイドで双子も嬉しそうに待機している。
何でだ。血なんて繋がってない筈なのに、こいつら似て来てる…。
「あー…分かった。作る。ただし」
「ただし?」
「美鈴も作れ。俺は自分のカレーよりお前の作ったカレーが食いたい」
一瞬驚きながらも美鈴は解ったと納得して、トテテッとキッチンに入って来た。
さて。じゃあ、まず材料を切るか。じゃがいも、人参、玉葱…。
野菜を用意して、ピーラーを使って皮を剥く。その横で美鈴が包丁を使って綺麗に皮を剥いて行く。俺が一個皮を剥いている間に、美鈴はとっとと次の野菜に移行している。
って言うか、そもそも美鈴の場合材料からして違うよな。俺のは定番の材料だが、美鈴が出してきたのは人参、玉葱、ほうれん草、空豆…グリーンカレーか?
肉だって俺は鶏肉を出したが、美鈴はひき肉だ。
切った材料を油を敷いた鍋の中に適当にぶっこみ炒める。
「わっ。野菜の良い匂い~」
美鈴が嬉しそうに微笑む。
その手元は、切った野菜をミキサーにぎゅむっと詰め込んで機械を動かしている。美鈴…詰め込み過ぎじゃないか?ミキサーがおかしな動きをしてるぞ?
木べらで焦げ付かないように炒めて、ある程度したら適当に味付け。
「?、お醤油の匂い?」
ズガガガガガッ!
おーい、美鈴。手元のミキサーが悲鳴を上げてるぞ。
さて、と。後は鍋に水を入れて煮込む。
正直あとやることはないよな?ルーを入れればいいだけだし。
隣の美鈴を見ると、ちょっと深めなフライパンを取り出し、ひき肉を炒めていた。
もしかしてグリーンカレーじゃなくドライカレーか?
…やっぱりレベルが違い過ぎないか?俺が作る必要あったか?
「あ、そうだっ。ご飯炊かなきゃっ」
「なら、俺がやっとく」
どうせ後は煮込むだけだし。
美鈴から炊飯ジャーの釜を預かると、米を適量入れて洗って炊く。
これは流石に俺でも出来る。ジャーに釜を入れて早炊きにセットした。
さ、後は適当にカレールーを突っ込むか。
戸棚を開けて、適当にとったカレールーの箱から、二個ずつ固形ルーを取り出して鍋の中に放り込む。
「美鈴、出来たぞ?」
「こっちも出来たよー。後はご飯が炊けるのを待つだけー」
鍋をお玉でかき混ぜで、ルーが混ざったのを確認して火を止める。
美鈴もいつの間にか完成させていたカレーの入ったフライパンの火を止めた。
二人で洗い物を済ませていると、双子がカウンターからぐっと身を乗り出してきた。
「美味しそうっ」
「久しぶりに鴇兄さんのカレーだっ」
「鈴ちゃんのも美味しそうっ」
「なんか、僕達太りそうだね」
「食べたら動こうっ」
「うんっ」
洗い物も終わったし、と。俺達はキッチンを出て飯が炊けるまでの間ソファに座ってテレビを観ることにした。
今日は佳織母さんと祖母さんは出掛けてるから、家の中は美鈴を除いて男だけ。
丁度昼時で、飯を作っていた訳なんだが…親父まだ寝てるのか?
「よし。葵、棗、美鈴。親父を起こしに行くぞ」
昨日も早く帰って来てたし、これだけ惰眠を貪れば十分だろ。
「さんせーっ!」
「戻ってきたらご飯も炊けてるよね」
「食べる前の運動だね」
さぁ、早速襲撃と行こうか。
俺達は四人で親父の部屋へ襲撃をかける。そっとドアを開けると、穏やかな寝息が聞こえる。
…おい、SP。こんなに簡単に侵入されていいのか?
美鈴がそーっと親父のベッドへ近づく。双子もそれに続く。そして、三人同時に親父の上にダイブした。
「―――ッ!?」
おお。盛大に驚いたな。
上に乗っかってる三人を見つつ、まだ動揺している。
「誠パパ、おはよー」
「父さん、もう昼だよ」
「鴇兄さんと美鈴がお昼ご飯作ってくれたんだ。食べようよ」
……良く考えたら寝起きにカレー…。結構きついんじゃ…。
ちょっと親父に同情した。
「おはよう、美鈴。もう昼だったのか、葵。鴇と美鈴の作ったご飯か。もしかしてカレーか?棗」
体を起こして、三人の言った言葉に笑顔で返す。こう言う所が親父の凄いとこだよな。寛容さと言うか…子供への愛と言うか。
ちゃんと自分の言葉を聞いてくれていた事が嬉しくて三人がにこにこと微笑む。
「あぁ、ほんと、家の子達は可愛いな」
三人まとめて抱きしめられる。戯れてるのは可愛いと思うし、親父が幸せそうなのは良い事だ。
「さぁ、鴇も来いっ」
だが、これはいただけない。俺はもう高校生なんだが…。
腕を組んではぁっと溜息をつく。
「鴇も来いっ」
「二回も言わなくていい。それから俺は遠慮する」
「ふっ。遠慮はいらないぞ?」
「……言い方が悪かったな。この歳になって何が哀しくて親父とハグしなきゃならないんだ。断固として断るっ」
「そうかー…反抗期かー…」
「違うっ!」
丁々発止。親父との攻防戦を繰り広げていると。
「なら、私が鴇お兄ちゃんに抱き着くーっ」
そう言いながら、美鈴が俺の足に抱き着いてきた。
「じゃあ、僕もっ」
「僕もっ」
双子も俺の腰に抱き着いてくる。
「じゃあ、私もっ」
「親父はいらんっ」
「まぁまぁ、そう言わずにっ」
親父が俺達をまとめて抱きしめてくる。なんだこれ?なんだこの状況?意味が分からん。
「うんっ。何か微笑ましくまとまったから、私キッチンに戻ってサラダの準備するねー」
「食器運ぶの手伝うよ、鈴ちゃん」
「僕も手伝うよ、鈴」
双子と美鈴が離れて部屋を出て行った。残ったのは俺と親父。
「…なぁ、親父」
「どうした?」
親父を引き剥がし、俺は今出て行った美鈴の背を見た。
「美鈴に頼まれて、今日カレーを作ったんだが。自分で作った方が明らかに旨いだろうに、何だって俺に作らせたんだろうな?」
いまだにその理由が解らず、疑問符が頭の中にいる。
すると親父は俺と同じく美鈴の背を見て言った。
「…家庭の味、ってのを食べたかったんだろう。佳織はあの通り料理がダメで、私もダメで。家庭の味ってのを美鈴は知らないんだ。だが、鴇は葵と棗にいつもカレーを作っていた。そして、二人はそれを上手いと言っていた。二人は鴇の作った家庭の味を知っているんだよ。だが美鈴は知らない。美鈴にしてみたら、愛情の入った家庭の味ってのを食べてみたい。それだけなんだよ」
「……愛情って。俺の作ってたのは適当だぞ?」
「良いんだよ。それで。美鈴にとっては鴇が自分の為に作ってくれたって事実が大事なんだからな」
そんなもん、なんだろうか?
俺が理解出来ずにいると、親父は俺の頭をわしわしと撫でてきた。
「お前のカレーを食ってる美鈴を見たら分かるさ。ほら、飯が出来てるんだろう?行くぞ」
何とも納得がいかないまま、パジャマ姿の親父と一緒にリビングへと戻った。
その後、嬉しそうに俺の作ったカレーを食っている美鈴を見て、親父の言っていた事が分かった気がした。
それだけ、美鈴が幸せそうにとろけそうな笑顔で、美味しいとカレーを食べていたから。
美味い物を食べたいんじゃない。美味いと『感じる』物を食べたかったんだと。
俺だって、美鈴の作った料理にはいつも愛情を『感じる』。それと同じなのだと。
食べ終わった美鈴が満足そうにしているのをみて、また作ってやるよと言うと、美鈴はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
家族の愛を感じるものがある事が美鈴にとってはとても幸せ。




