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「鈴、口の端にケチャップ付いてるよ」
「え?どこどこっ?」
この歳になって口にケチャップつけてるとか、超恥ずかしいんですけどっ!
と慌てて口の端に手を当て拭おうとすると、葵お兄ちゃんの手がそれを止めた。
「駄目だよ。手で取ったら浴衣に付けちゃうかもしれないでしょ」
そう言って取り出したハンカチで拭ってくれた。
これはこれで恥ずかしいです。恥ずかしさで死にそうです。葵お兄ちゃん。
昨日、あんなことがあった所為かお兄ちゃん達の過保護度がパワーアップしました。
いや、ありがたいんです。凄く有難いんですよ?
ただ、この迷子紐。勘弁して貰えませんか?
『気付けば、いなくなるんだからっ!棗、葵っ、美鈴に紐つけとくから握って離さないようにっ!』
ってママに迷子紐装着されました。リストバンドの先に紐が付いてるタイプで、その先を棗お兄ちゃんが握ってる。
うぅ…ママ酷い。私だって好きで攫われてる訳ないのにぃ…。
じと目で横で同じくアメリカンドックを頬張るママを睨み付けると逆に睨み返された。
…すみませんした。もう逆らいません。
今日はもう大人しくしてます。って言うか、昨日だって大人しくしてたつもりでした。
ただ、食べていた料理に薬仕込まれてたら流石に気付けないと思うんです。
その間に攫われて、小屋に押し込まれてたらしく、意識を取り戻したら気持ち悪い男三人が取り囲んでて。
怖くて叫び声も出なくて。でも抵抗したら服を切り裂かれて、もうどうしようもなくて意識が飛びそうになった時、透馬お兄ちゃんの声が聞こえて、必死に叫んで。
そしたら、透馬お兄ちゃんが助けてくれた。
怪我してるのに、そいつらをボコにして助け出してくれて、泣きじゃくる私を抱っこして山を降りてくれて。
自分が抱っこしてると落ち着かないと思ったのか、鴇お兄ちゃんに預けてくれて、迎えに来てくれていたママやお兄ちゃん達と一緒に家に帰った。
玄関で棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんが待機してて、二人にお風呂に連行されて、お風呂のあったかさにほっとして、で、そのまま、お風呂から上がって体を拭いてパジャマを着たら、また双子のお兄ちゃんがタイミング良く入って来て、そのまま布団に連行。後のおやすみなさい、である。
あの時の棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんの連携は凄かった。全くもって口を挟む隙がありませんでした。
私がお布団で棗お兄ちゃんに抱き着いてお休みしてる間に、ママ達には色々あったらしいけど、私には一切話して貰えなかった。
なんでだとママに問い詰めたら、
『美鈴が男性どころか人間恐怖症になったら困るもの』
ときつく返されて、ぐうの音も出なかった。
朝になって起きたら昨日のショックで軽く熱が上がり、棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんの看病の下、布団でうんうん唸って、夕方になって漸く熱も下がりお祭りに来る事が出来た。
お祭りに行くと、他のお家のお客さんは帰った人が多いのか、そんなに混んでおらず、迷子にはなりそうもない。それに村の人は出店をやってるから尚更お客はいない。雰囲気作りってのが大きいんだろうな。お祭りと言えばこう、みたいな。
「鈴ちゃん?どうかした?」
顔を覗き込まれ、はっと我に返る。
ついつい思考の渦に沈んでしまっていた。
私はふるふると頭を振り、考えてた事を飛ばしてしまって、アメリカンドッグに噛り付く。
「鈴、次は何食べたい?」
「えっとねー。じゃがバターとクレープ。それから、林檎飴にー」
とお祭りの代表格の食べ物を何故かママが述べて行く。ここに戻って来てから、お兄ちゃん達のママのイメージは著しく落ちたんじゃないだろうか。
美人なのに中身は残念。私もそうだけど、こう言う所親子そっくりだって認めて良いような認めたくないような…。
一通りの出店を冷やかして、食べたいものも食べて、私達は神社にお参りに行った。
二礼二拍一礼だっけ?きちんとやってから、どんど焼きの側へ行く。これが前に大地お兄ちゃんが言っていた、去年の御守りとか捨てるに捨てられないものを神様に浄化して貰う為に行うキャンプファイヤーみたいな焼き行事の事。
私はその火へ近づくと、持ってた巾着から悪夢を書き綴った紙を取り出した。
気休めに過ぎないかも知れない。でもやらないよりはいい。ぎゅっとその紙を握っていると、後ろから楽し気な話し声が聞こえた。
「姫ちゃん」
「大地お兄ちゃん」
どうやらお兄ちゃん達が合流したみたいだ。
横に大地お兄ちゃんが立っていて、私の手元に視線を送っている。
「えへへ。大地お兄ちゃんの言った通り書いてみたの」
「そっかー。実はオレも書いたんだー」
そう言って四つ折りの紙を取り出す。
「大地お兄ちゃんも悪夢みるの?」
「いやー。これから見るんだよー」
これから?どう言う事?
首を傾げると、大地お兄ちゃんはさっさとその紙を火にくべてしまった。
そして、三冊のノートを胸元から取り出した。
「えっと、大地お兄ちゃん?そのノートは一体?」
「これはねー。オレを裏切ってこっそり宿題をやっていた三人のノートでねー」
「へ?」
「鴇の苦手な古典のノートにー、奏輔の苦手な数学のノートにー、透馬の苦手な現代地理のノートでーす。そぉいっ!!」
「えええっ!?」
まさかの宿題ノート、火に投入。そぉいっ!!ってそんな、いいのこれっ!?
あわあわと慌てて、私はお兄ちゃん達に呼びかける。
「お、お兄ちゃん達っ、大地お兄ちゃんがお兄ちゃん達の宿題ノート火に投げ入れちゃったよっ!?」
『はぁっ!?』
後ろでママ達と話していたお兄ちゃん達が慌てて私の側に駆け寄り、火を覗き込むと確かにそこにノートが三冊。もう半分以上燃えて灰になってるけど。
「おまえっ!よりによって俺達の苦手な教科入れやがったなっ!?」
「どんだけ苦労した思てんねんっ!?このドアホっ!!」
「うわっ、マジかよっ!?ありえねぇっ!!」
そう言う反応になるよね。奏輔お兄ちゃんが一番怒ってる。でも大地お兄ちゃんはニコニコと笑って、胸倉掴んで怒鳴っている奏輔お兄ちゃんの肩にそっと手を置いて言った。
「…苦しみは、共に…」
慈愛に満ちたとってもいい顔…。
「共に…ちゃうわっ!!良い顔して言いよってっ!!」
「大体、宿題やってなかったのはお前の所為だろっ!俺達を巻き込んでんじゃねぇよっ!!」
「大地。お前宿題どれだけ残ってるんだ?」
鴇お兄ちゃんの言葉に、大地お兄ちゃんは人差し指と親指をくっつけてOKマークを作る。
「全部、終わってるのか?」
そうだよね。OKマークだもん。オールOK。完璧ですよって事になるよね。
「ううん。違うよー。これは零ってマーク」
「あぁ、成程な。ゼロかー。って、全くやってないんかいっ!!」
奏輔お兄ちゃんの乗り突っ込みが炸裂する。
「だーかーらー。一緒に苦しもうよー、ね?」
「ね?じゃねぇよっ!!うーわー…マジかよ。マジでやり直し…」
何気に大地お兄ちゃん以外の皆は宿題やってたんだねー。奏輔お兄ちゃんがやってるのは知ってるけど、透馬お兄ちゃんがやってたのは意外だった。
ふと気になって双子のお兄ちゃん達をみると、二人は何?と首を傾げた。
「お兄ちゃん達は、宿題やったの?」
「あぁ。学校の宿題なら、とっくに終わらせてたから持って来てないよ」
「授業中に終わらせてたからね。こっちでやってた勉強は自主的なものだし」
「へぇー。そうなんだー」
どちらかと言えばこうあるべきなんじゃないだろうか?
まぁ今のはどう考えても大地お兄ちゃんが悪いけどね。ふむ…。
「仕方ないなぁ。大地お兄ちゃん、私が手伝ってあげるっ」
「えっ!?ホントにーっ!?」
「うんっ」
えへんっと胸を張る。すると、大地お兄ちゃんは脇の下に手を入れて高い高いの要領で私を抱き上げくるくると嬉しそうに回転した。
「美鈴、大地を甘やかすな」
「そや。お姫さん。こいつを甘やかすと良い事ないで」
「全くだ。姫、そいつは危険だから離れとけ」
言いたい放題言われてるのに、宿題を手伝って貰える嬉しさが勝ってるのか、大地お兄ちゃんには一切届いて居ない。
「でも、お兄ちゃん達。もしここで手伝わないで、大地お兄ちゃんだけが宿題出来てないって事になったらまたノート燃やされない?」
「う…」
「大丈夫だよっ。私、甘やかさないよ?」
ママ直伝のスパルタ方式を見せる時が来たようです。
にやりと微笑み、明日からの大地お兄ちゃんとの宿題の時間がとても楽しみになってきた。
でもまぁ、今はとりあえず、大地お兄ちゃんに降ろして貰い、体にぐるぐると巻き付いた迷子紐を解いて、持っていた悪夢を書いた紙を火にくべた。
その後、お兄ちゃん達も含めてお祭りを精一杯堪能し、帰宅した。
縁側に座って打ち上げ花火を見る。
尺玉が何発も上がるんだから凄いよね。
隣に葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが座っていて三人仲良く空を見上げている。
その後ろでは…。
「くっそーっ!やっと終わったと思ってたのにっ!」
「ふははははーっ。甘いぜ、透馬ーっ」
「全部お前のせいやろがっ!何威張っとんねやっ!」
「いいからお前ら、手動かせっ。でないと、佳織母さんの雷がっ」
「皆ー。今ので30秒のロスタイムよー。これで睡眠時間、3時間減だからねー」
『!?』
戦争が行われていた。
ママに宿題終わってないと聞かれたのが運の尽き。
私が教えることなく、ママのスパルタが帰宅直後に発動された。
これねー。私の前世の時から変わらないんだけど、結構しんどいんだよー。
会話やら、休憩を勝手にしたら10秒毎に睡眠時間が1時間削られていくという…。本当にマジでしんどいの。
下手すると2日間くらい徹夜とかあるから。いや、ほんとに。
宿題を終わらせておいたり、ちゃんと計画的に進めてたりしていればママは何も言わない。むしろ放任に近いんだけど…。
頑張れ、お兄ちゃん達。心の中で精一杯応援しとくねっ。
「僕、宿題やっといて良かった…」
「僕も…」
「私も、仕事終わらせといて良かった」
何故か少し離れた所から花火を見ていた誠パパが同意していた。
「はいはい。皆、スイカ切ったから食べましょう」
とは言いながらも、お祖母ちゃんは高校生組を無視して、ママにスイカを一切れ渡し、こっちに歩いてきた。
お盆の上には美味しそうなスイカが8分割されていた。一切れはママの手にあって、一つは誠パパ。一つはお祖母ちゃんで双子のお兄ちゃん達にも一つずつ。で私の分。
「ねぇねぇ、お祖母ちゃん。これはお祖父ちゃんの分?」
「……お祖父ちゃんは山に帰りましたよ」
にっこり。あ、触れちゃいけないパターンだ。お祖父ちゃん、今度は一体何をしたの?
「でも一つ余るよ?」
「大丈夫よ。誠さんなら食べれるでしょう?」
「え、えぇ、まぁ」
そう言う反応になっちゃうよねー。
お祖母ちゃんの反応を窺いつつ、ママに誠パパが視線を送るとママは綺麗なウィンクをしてみせた。
誠パパは苦笑して、
「じゃあ、これを食べ終わったら頂きます」
と断りを入れて、手の上にあるスイカを食べ始めた。
「あぁ、そうだ。忘れてた。美鈴。ちょっとおいで」
「?なぁに、誠パパ」
ちょっと行儀悪いけど、スイカを持ったまま誠パパの前に行き座る。
すると、誠パパは背後に置いてあった鞄からビニールの袋を取り出して私に渡した。
中を覗くと、
「わっ、花火だっ」
手持ち花火が大量に詰まっていた。空にも大輪の華が咲いているけれど、こちらの華もいいに決まってる。
「やっぱり、これも定番だろう?」
誠パパが私の頭を撫でながら微笑んだ。
「やったことないっ!嬉しいっ!今やってもいいのっ!?」
「勿論だ。沢山あるから皆でやろう。葵、棗、バケツに水を入れて準備しておいで」
「分かったっ」
「バケツだねっ」
双子のお兄ちゃん達が縁側を駆け抜けて行った。
それを見送り、誠パパが今度は中の戦場に声をかける。
「皆も、少し休憩しないか?ほら、佳織も。僕と一緒に子供達の幸せな姿を見ようよ」
「誠さん…」
あ、あれ?何?このラブい雰囲気。近寄れないんだけど。え?え?いつから二人共こうなった?
しかもママが素直に頷いてるっ!?青天の霹靂ってこういう事をいうのかしらっ!?
取りあえず、桃色の空気に浸かる覚悟はないので、サンダルを履いて庭に降りる。
すると、ぐったりとしたお兄ちゃん達が背後から同じくサンダルを履いて降りてきた。
「やべー…佳織さん、マジこえー」
「逆らったら命の危機やで」
「さっさと宿題終わらせようぜ」
「それしかないだろうな」
うん。鴇お兄ちゃん。その通り。ママから逃げるには宿題を終わらせるしかないんです。
「さて、美鈴。どんな花火あるんだ?見せてみろよ」
「うんっ」
危なくないように少し離れた所でビニールから花火を出し並べる。
「あ、おい。奏輔。仏間から蝋燭とマッチ持って来い」
「蝋燭とマッチ?何でや?花火に火、点けるんやったらライターだけでええやろ」
「この家ライターあると思うか?誰も煙草吸わないんだぞ?着火マンですらあるかどうか怪しいとこだ。でもマッチなら確実にあるだろ。それに、蝋燭があった方が消えた時に直ぐに点けられる」
「ふぅん。分かった。持ってくるわ。仏間やな」
勝手知ったる何とやら。もうすっかりここに慣れてしまった奏輔お兄ちゃんはさっさと家の中に戻り、蝋燭とマッチを持って戻って来た。
それと同時にバケツに水を入れた双子のお兄ちゃん達も戻ってくる。
「美鈴、どれからやりたい?」
「これっ。この定番のっ」
「あぁ、ススキ花火か。なら俺は手筒にしようかな。的はアレで」
ススキ花火を受け取り、鴇お兄ちゃんが手筒花火で示したのは大地お兄ちゃん。
あっちはあっちで何か花火を持って応戦態勢をとっている。
奏輔お兄ちゃんが蝋燭に火を付けて、溶けた蝋を平らな石の上に垂らし、その上に蝋燭を設置した。
その火から、火を貰い受け、皆で花火を楽しむ。
空に打ちあがる花火を見つつ、手元でも花火で遊ぶ。
色々怖い思いもしたけれど、前世の時から考えて、最高に楽しい夏を過ごしている。
皆もそうであるといい。私はお兄ちゃん達と笑い合いながら心の底からそう思った。
翌日。
ママは所用の為、誠パパとお祖母ちゃんと3人で出かけた。
残された私達はママが帰宅する前にと居間で宿題と戦っていた。
集中して頑張ったおかげで、大地お兄ちゃんも含め全員宿題を何とか片づける事が出来た。
昼ご飯を食べて、皆食休みと称して、広間へ移動してごろんと横になる。
「あーあ。あと少しで夏休みも終わりだねー」
頭の上から大地お兄ちゃんの声がして、
「うん。そうだね。でも、今年の夏休みは楽しかったな」
「僕もそう思う。夏休みって勉強しかしてこなかったからね」
両サイドから双子のお兄ちゃん達が不健全な事を言う。
まぁ、私も前世はそうだったけど。
「俺も普段は部屋に引きこもってるな。学校に通ってると時間的に作れないデザインとかあるし」
右上から透馬お兄ちゃんが何かを書いてる音をさせながら言うと、
「何より店の手伝いっつーめんどーなんがあるからなぁ」
左上から本をめくる音をさせながら奏輔お兄ちゃんの呟きが聞こえる。
「本来なら生徒会の仕事で追われてるってのもあるぜ?」
鴇お兄ちゃんのセリフに3人が盛大に溜息をついた。
なんか仕事に疲れたリーマンみたい…。
おかしくて、くすくす声を堪えて笑うと、伝染したのか、皆笑いだす。
そこから皆で、あれが楽しかっただの、今度はあっちに行ってみようだの、話してまた笑い合う。
時が経つのも忘れ、盛り上がりはしゃいで、そして…気付けば皆眠っていた。
数時間後。帰ってきたママ達が私達の大の字で眠る姿を見て、
「あらあら。ふふっ、可愛いこと」
と微笑んだのを夢の中を彷徨う私達が気付く事はなかった。




