表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/118

※※※(透馬視点)

「今年は家族対抗戦じゃぞっ!!」

ここ数日で思い知ったが、源祖父さんの発言は唐突過ぎる。

晩飯の最中に急に立ち上がったかと思ったら、この宣言。いきなり何を言うのか。

それでも俺達は想像がつく。多分と言うか間違いなく、明日の祭り、1日目の豊穣祭の話だろう、と。でも。

「えーっと。それは一体何のお話でしょうか」

昨日村に到着したばかりの誠さんは当然解らない。

「おーおー。そうじゃ。誠は知らんかったなっ!実はな…」

源祖父さんの長い長い解説が始まり、俺達はそっちを無視してヨネ祖母さんに話を振った。

「家族対抗って、去年は男性の部、女性の部、子供の部に割れてたんじゃなかったっけ?」

「そうなんだけどね。今年は貴方達の他にも各家里帰りの客人数が多くて。だったら個人ではなくグループ戦にして各家単位で競いましょうって事になったのよ」

「あー。なるほどー」

「それにほら、女性の部はいつも佳織が総なめにしていたから、ハンデがあった方がいいとか何とかで」

「……納得や」

皆一様に頷いた。そんな中焦ったように姫が箸をおいて口を開いた。

「でもそうなると私達もその対抗戦に参加って事になるの?危なくない?」

「そこはちゃんと考えてるそうよ。アレが」

親指でくいっとヨネ祖母さんが指す。アレ扱いな上に信用されてない源祖父さん。ここの女も相当強いよな。ってか、怖い。あれ?可笑しいぞ。七海が普通のいやそれ以上のカ弱い女子に思えてくる。

「でもでも怪我したら…」

あ、違う。間違いだ。ここに一人カ弱い女の子いるじゃんよ。心清らかなのが。

「しないようにするのがあの爺の…、父さんのお仕事よ」

にっこり笑って佳織さんが断言した。今爺って言ってた気がするのはきっと気のせいだ。


翌日。祭り初日当日。

山の中にある原っぱに村の住人たちが集結していた。家自体の軒数はそんな数ではないが確かに人数は多い。

各々がチームナンバーの記されたネームプレートならぬナンバープレートが渡された。

俺達のナンバーは『5』。切がいいのか悪いのか。一番末のナンバーが『23』だから、全部でこの村は23軒あるんだな。

にしても…。


「ちょっと…あそこ。村長さん家。キラキラ過ぎない?」

「分かる分かる。あんだけ美形が揃うと引くわよね」

「うんうん。源さんが辛うじて平均値を下げてくれてるって言うか」

「孫の友達まで美形とかあり得ない」

「美鈴ちゃん、家の孫息子の嫁に来てくれないかな~」

「いや、ないでしょ。あんたの所カボチャにやるくらいなら、うちの芋にあげた方がまだましよ」

「ちょっとカボチャって何よっ。カボチャに失礼よっ!」

「アンタが一番失礼よっ!」


どこの女性も元気がいい。こっちをガン見しながら言われても素直に困る。

「元気やなぁ…」

隣に立つ奏輔がぼそりと呟く。それに俺は大きく頷いた。

「…見つけた。あのガキ共」

「大地?」

「姫ちゃん突き落とした奴の親がどんな顔か見てやろうと思って探してたんだけどー。ほら、あれー」

大地が腕を組みながら、視線だけで見る様に促す。俺と奏輔はそっとそれを窺い見た。確かにあの時大地に川に放り投げられたガキが二人立っている。その傍に母親らしき女性が二人。

「…ふぅん。あのオバハン達の子やったんか。どうりで」

奏輔の目がすっと細められる。なんだなんだ?こいつらなんでこんな怒ってるんだ?

空気がやばい。珍しい温度感が更にやばい。

そんな時、開会宣言が始まると声が上がり、原っぱに各家ごと並ぶように言われたので俺達は並ぶことにする。

縦に一列。まるで運動会だな。

順番は、源祖父さん、ヨネ祖母さん、誠さん、佳織さん、鴇、棗、姫に葵、俺、大地、奏輔の順だ。

俺達も大概人数多いよな、とか思っていたが、他のチームも多いと言うか、下手すると20人越えしており、むしろ俺達が一番少ないようだ。

村の代表の宣言で祭りが始まり、今回のアスレチックレースの説明になった。

今年のアスレチックレースは、その家で一番年下の人間を担いでリレー形式でアスレチックを走るという何とも言い難いレース。バトン代わりに人間を渡すのだ。

子供がいる所はいいが、下手すると、いい年したおっさんを担がねばならないチームも出てくる。

山の中にある、様々なアスレチックを乗り越えて駆け抜ける必要があるようだが…。

「なんだ、楽勝じゃない。うちの最年少は恐ろしく軽いしね」

「ママ…。湖の上とかいる時、お願いだから落とさないでね…」

姫が本気で怯えていた。でも、確かに佳織さんの言い分にも一理ある。姫を担いで走るなんて、辞書の入った鞄を持って走るようなもんだろ。軽い軽い。

「コースにもよるよなー」

「せやな。なんぼお姫さんが軽い言うても、人数の差は大きいで」

「でも、お前ら、考えても見ろよ。あのチーム見てもそう言えるか?」

顎で俺はナンバー『1』のチームを指した。正直さっきから気になって仕方ないんだが、そこには最年少であるとてもとても大きい男の子がいる。恰幅の良いを通り越してるだろ。って言うか、今現在もスナック菓子片手に立ってる。もうお前は食わなくてもいいと思う。生命を維持できる。安心しろ。

「…よーし。頑張ろうーっ」

四人静かに視線を逸らし、大地の言葉に皆で頷く。

今年のアスレチックコースを説明されて、各々で配置場所を決める事になっている。

説明が終わったのでチームの作戦会議に移った。

山から村の中まで広範囲で走る所為か、かなりの長いレースになりそうだ。配置にはちょっと頭を使う必要があるだろう。

「現在位置はここ」

そう言って、佳織さんは地図を開き、全員でそれを囲み、そして佳織さんが言った位置に誠さんが赤ペンでバツ印を付けた。

「で、今年のコースは、今いるこの原っぱ、松宮小高原から一旦村へ下り、図書館前を通って、村役場裏の山道を登って、簡易休憩小屋前を登って、松宮湖の上を走って、その後山の頂上にあるお社でお参りして、滑降ロープを伝って松宮小高原に戻ってゴールよ」

地図でその道をなぞっていくが、マジで範囲広すぎるだろ。

「結構な距離だね」

「あら、誠さん。今年はこれでも短い方よ」

「え…?」

けろりと佳織さんに応えられて、誠さんを始め都会暮らしの男達は絶句した。

「それより、配置なんだけど…」

佳織さんの進行で話は進んでいく。

「第一走者は、まだこの辺りに慣れてない誠さん。村へ降りた地点に葵、そこから図書館前に棗、村役場前に母さん。そこから簡易休憩所までの中間地点に、父さん。簡易休憩所前に奏輔君。松宮湖前に透馬君。松宮湖奥に大地君。そこから頂上までの中間地点に鴇で、滑降ロープ手前に私でゴール、でどう?」

体力をきちんと計算した配置に俺達は頷くが、誠さんだけが反対意見を上げた。

「佳織。私としては、今回のこのレースに参戦して欲しくないんだが」

「どうして?」

「どうしてって、もう一人の体じゃないだろう?」

「大丈夫よ。ただ妊娠してるだけだものっ」

満面の笑みで親指立てて主張しているが、


『はああっ!?』


家族含め俺達まで呆れて、驚いてしまう。

「た、ただ妊娠って、ま、ま、ママっ!?」

「ちょ、佳織母さんっ、それマジかっ!?」

「え?え?それって僕達に弟か妹が増えるって事っ!?」

「葵、今の論点はそこじゃないよっ!!」

「そんなんで出て平気なのかよっ!?」

「あかんに決まっとるやろっ!!」

「そうだよーっ!!ましてや、最後の一番危ないとこだよーっ!?」

「佳織っ!!何故それを早く言わんのじゃっ!!儂登録しちゃったじゃんっ!!」

テンパりにテンパり過ぎてもうてんやわんやだ。

「落ち着きなさい、皆」

唯一落ち着いていたのは、ヨネ祖母さんだ。

「佳織は39度の熱があった時でも、このレースに参加していたんだから、大丈夫よ」

「いや、駄目でしょっ!!」

珍しく姫が全力で突っ込みを入れた。でも、その意見には同意する。全員で大きく頷き合う。

「とにかくママは禁止っ!ここで私達を待っててっ!」

「えーっ!?ママの楽しみを取る気なのーっ!?」

「当り前でしょっ!!今はママよりお腹の子の方が大事よっ!!」

「ちょっと美鈴っ!!それ酷くないっ!?」

「酷くないっ!!」

「うーん…。美鈴ちゃんがここまで言うのだから、今回は諦めた方が良さそうよ。佳織」

ヨネ祖母さんの言葉に佳織さんは渋々、ほんっとうに渋々頷いた。そんなに出たかったのか、このレース。

その後佳織さんがせめて作戦だけでも、と押してくるので、そこは佳織さんに任せる事にした。結局、佳織さんが本来担当するはずだった所は何故か俺にお鉢が回って来た…。湖の所が一番体力的に楽なんだそうで、そこから頂上までの近道もあるらしい。鴇と大地、奏輔は山登りで体力使いきるって佳織さんは断言していたけど、どんなアスレチックなんだよ。ってかむしろそれ普通に山登りじゃね?

なーんて考えてても無駄。佳織さんに逆らうのは命を捨てると同義語なので、俺達はさっさと持ち場へと移動した。誠さんと佳織さん、あとバトン代わりの姫を残してその場を移動する。

俺達が移動始めたのと同時に他のチームも同時に移動を始めるので、どこに誰が配置されるかを探るって意味合いもあるのだろう。しかし他チームは本当に人数が多い所為で、ちょくちょく配置されていく。家同士グループを組んで参加もOKなようだ。

最初の山を下りた所で葵と別れ、図書館前で棗と、村役場前でヨネ祖母さん、簡易休憩所までの中間地点に源祖父さん。簡易休憩所前に奏輔が待機して、次は俺の待機場所松宮湖前。そこで大地と鴇を見送り俺はそのアスレチックを見た。

結構な大きさの湖だが、反対岸がしっかり見えるからそんな大した距離じゃなさそうな感じがする。

「ふぅん…」

湖の中には杭が何本も立っており、それに飛び移りつつ向こう岸へ行くようだ。

「確かに、ここが一番簡単そうだな」

全力疾走山登りに比べたらいいのかもしれない。んで?頂上へのショートカットはどこにあるんだ?

キョロキョロと辺りを見渡すと、頂上へ一直線隠れロープウェイ入口と書いてある看板を見つけた。

あぁ、確かに近道だ。近道だけどさぁ…。

「全然隠れてねぇじゃん…」

この村って一体何なんだ…。今更ながらの疑問に頭を抱えたくなった。

まぁ、一応どんな場所か確認しておくか。足ならし程度に走り、ロープウェイの乗り口がある小さな小屋。ドアを開け中へ入ると、そこは山小屋も兼ねてるらしく、布団やらロープ、薪などなど様々な物が置かれていた。その奥にロープウェイのゴンドラがある。

「…やっぱり隠れてねぇじゃんよ」

いいけどさ。元の場所へ戻ると、そこには数人の男が立っていた。その男達が俺の存在に気付くと、にやりと口角を上げてこっちへ手を振って来た。

(何か、近寄りたくねぇな。っつーか、俺もしかしてお仲間だと思われてねぇ?)

確かに俺の恰好は十分チャラいと思うが、それでも、あんな脳みそ空っぽの連中と一緒にされたくはねぇな。

だが、シカトしてまた何か言われても面倒だ。俺はそいつらに近寄った。各々、金やら銀のアクセにピアスを付けて、服装も何故かアロハやらチンピラが着てそうな龍や虎が刺繍されたTシャツやら。うーわー。趣味悪…。せめて似合うの着ろよ。

「あんたもここの待機組か?」

「あー、まぁな」

話かけられたから適当に返しておく。チームナンバーは『1』『17』『22』か。

「チーム『1』っつーと、アレか。あのでかいのがいる所か?」

俺が話題を振ると、そのチーム『1』のナンバーを下げている男がそれはそれは嫌そうな顔で肯定した。

「マジありえねぇ。あんなの担げる訳ねぇってのによぉ」

「いっそ転がした方が速くねぇ?」

「ぎゃはははっ!確かにっ!マジうけるっ!」

…否定はしない。にしても下品な顔した男共だな。

俺としては、最近美形ばっか見てるから、こんな奴らの顔を見るのは御免被りたいんだが。

「あんたのチームは『5』?っつーと、あれかっ!?あの美形チームかっ!?」

「あーあー。あれだろっ!あの一部だけ空気が違うとこっ!」

「あんたんとこの、あの美少女っ!あれ、超可愛いよなっ!」

まぁ、姫は可愛い。確かに可愛い。超絶可愛いが。こいつらに同意するのは何か腹が立つ。

俺は笑って流す事にした。すると奴らは更にテンションが上がったのか、思わぬ事を話し出した。

「ってーことは、あれが例の対象な訳だろ?」

「そうじゃね?あれだけ可愛いなら俺的には最後まででも全然おk」

「ばっか、お前っ。ガキだぞっ。入る訳ねぇじゃんっ」

不穏な会話、っつーか下品な会話だ。それに聞き捨てならない事を言っている。

『例の対象』『最後まで』『入る訳ねぇ』

この三つで大体こいつらがしそうな事は想像がつく。誰かがこいつらに姫を襲えと指示を出して、それにこいつらは便乗して『最後までする』ということだろう。

「そんな事させる訳ねぇだろ」

ぼそりと呟き決意するが、馬鹿笑いする三人にその声は届く事はなかった。


『ピンポンパンポーンっ!!さぁ、皆っ!!配置についたかなーっ!?』


びりびりと脳に響くスピーカー音に、思わず耳を塞ぐ。だいたいチャイム音を口で言うってなんだよ。

いや、そんなことより、この声もしかして佳織さんか?

『これより『豊穣祭』恒例、アスレチックレースをスタートしますっ!!準備はいいですかーっ!?』

原っぱにいるであろう人達の返事が奥の方から聞こえる。

『よろしいっ!それでは改めて、ルールの説明を致します。今年のアスレチックレースは家族対抗のリレーです。バトンの代わりにその家で最年少の人を担いで頂きます。が、担げない大きさの方もいらっしゃると思いますので、ここで特別ルールとして『体のどこかに必ず触れている』に変更させて頂きます。とは言えアスレチックレースなので担いでる方が楽な可能性もありますが、そこは臨機応変に対応してください。続いて経路の説明です。スタート地点である松宮小高原から一旦村へ下り、図書館前を通過し村役場裏の山道を登り、簡易休憩小屋前を通過、松宮湖の上を走った後、山の頂上にあるお社でお参りして、滑降ロープを伝って松宮小高原に戻りゴールです』

特に大きな変更はないようだ。それに少しほっとする。

『なお、優勝したチームには食べ切れないだけの野菜と米が強制的に送り付けられますっ!お気を付け下さいっ!逃げられませんっ!必ず届きますっ!どこにいても届きますっ!』

それ優勝賞品じゃないだろっ!むしろホラーだっつのっ!!

『それでは準備も整ったようですので、レースをスタートしますっ!皆様カウントダウンをご一緒にお願いしますっ!それでは、100っ!!99っ!!』

「長ぇよっ!!」

『透馬くん、突っ込み有難うっ!!では改めまして、5っ!!4っ!!』

おい。なんで声が届いてんだよ。しかも突っ込みいれたの俺だけか?……色々怖いんだけど。

そんな風に俺がびくついているとカウントダウンが終わり、

『スタートっ!!』

レースがスタートした。

『誠さんのスタートダッシュ、素敵ーっ!』

そしてどうでもいい事が流れてきた。ハッと我に返った佳織さんが真面目(?)に実況中継してくれる。

皆結構な速さで山を下ったようだ。因みにチーム『1』はやっぱり転がしてるらしい。でも体に触れてなきゃいけないってルールがあるから誰か一緒に転がってないと失格になるんじゃね?ここでは様子は良く解らないから想像に過ぎないが。

暫く実況に耳を澄ます。これが結構面白い。いい感じに勝負しているみたいだ。誠さんから葵に姫が渡されて、普段から姫を抱っこし慣れている双子は結構なスピードで走っているようだ。

『続いて、撒菱ならぬ去年とった毬栗の道でーすっ!』

…は?もしかして村の中にも障害物あるのか?それってもうアスレチック関係なくね?…何はともあれ、葵頑張れ。

実況を聞く限りだと、毬栗が撒かれている小さな隙間をぬってジャンプして通り抜けたっぽい。チーム『1』は刺さっても全然痛みを感じないその最年少の奴にそこを担当してるチームメンバーが上に乗っかってクリアしたと言っていた。意外に強敵なんじゃね?実況の最中に食べちゃダメと佳織さんの絶叫が聞こえたけれどきっと気のせいだ。

葵から棗に姫が渡されて、増々他を引き離している。

『お次は粘着エリアーっ!』

粘着…。棗は壁を蹴って一っ跳び。危なげなくクリア。姫の髪に粘着がついたら大変と粘着エリアに触れもしなかったそうだ。チーム『1』は粘着版に二人して張り付いてしまい、もがいている最中にその二人を足場にして他のチームが進み、びりになってしまった。そいつらは顔の部分だけ粘着版を剥がして貰い、そのまま爆走しているらしい。…恐ろしいな。

棗からヨネ祖母さんに姫が渡り、二人は仲良く山登りをしているらしい。他のチームもそこはお年寄りエリアならしく小休止みたいなものと佳織さんも実況を放棄していた。次の源祖父さんのエリアも同じだ。ようするに孫との触れ合いタイムって奴だな。チーム『1』は絶賛清掃中だ。粘着版を剥がさないと、流石に木が覆い茂る山道は登れないと言う所だろう。

源祖父さんから奏輔に姫が受け渡される。

『じゃあ、盛大に石を転がしてみようっ!!そーれ、ごーろごーろっ!!』

何か下から叫び声が聞こえる。登ってくる道に巨大な石が投下されたようだ。…奏輔、ファイト。心で拳を握って応援しとく。

にしても結構いい勝負なんだな。俺達それなりに運動神経発達していると思ってたけど、ここにいるとそうでもなかったんだと思い知らされる。

走順で行くと次は俺の番だ。軽く肩を回していると、山道から奏輔が顔を見せた。その背には姫が乗っており手を振っている。可愛いかよ。

奏輔が一番に顔を出したって事は今の所トップか。

「奏輔っ!ここだっ!」

場所を示す為に声を上げると、奏輔がこっちに真っ直ぐ走ってくる。

「透馬っ。あかんっ。このレース、マジで鬼畜過ぎるっ。湖も絶対何かあるから気ぃつけやっ!」

「マジかよっ。了解っ。姫、俺の背にっ」

「うんっ」

奏輔の背中から俺の背中に姫が乗り移ったのを確認して、俺は湖に走りだす。

「怖くなったら言ってくれよなっ」

「うんっ。大丈夫っ」

ぎゅっと首に抱き着かれ、確かに大丈夫そうだと、俺は湖にある杭の一つ目に飛び乗る。

『はいはーいっ!チーム『5』が湖エリアに入りましたーっ!その湖には何故かピラニアと鮫が愛の共同生活をしておりますっ!落ちないように気を付けてねーっ!』

「はあぁっ!?」

そう言う事は早く言えよっ!!

どっかで落ちても大丈夫とか思ってた自分が甘かった。落ちたら、ほぼ死が待ってるじゃねぇかっ!

とは言え、慎重に行って追い抜かれてもムカつく。折角なら一位でクリアしたい。

「ママ…。いくら参加出来ないからって、急ごしらえでここまでしなくてもいいのに…。そもそもピラニアと鮫って同じ所にいられないでしょ…どう言う仕組みなの…?」

姫の嘆きとため息が耳に届く。それに同情しつつ、俺は杭から杭へと駆け抜け、何度か落ちそうになりつつも、何とか湖を抜けた。

地面に着地した時の安堵感ったら無かった。

「透馬っ!こっちだっ!」

「おっけっ!」

待機していた大地に姫を受け渡し、俺は湖を迂回する形でロープウェイに走る。

その横目で湖の決戦を見ていたが、チーム『1』は杭に飛び乗れず、まさかの湖を泳ぐという暴挙に出ていた。ピラニアは分からないが、あの背びれはどう考えても鮫だよな。ザパァッと鮫が顔を出し、チーム『1』の最年少の肩に噛り付いていた。それを見た皆が息を呑むが、そいつがあまりに気持ち良さそうな恍惚な笑みを浮かべていたから、多分いや絶対大丈夫と確信した。

そんな事より俺は頂上に行かなくては。

急ぎ、ロープウェイの小屋に走り、それに乗り込む。スイッチを押すと、ロープウェイは登り始めた。

このゴンドラ、登るスピードが思いの外速く、開けた視界から下を見ると、大地が山を登っているのが見えた。

まだ一位をキープしてるな。

「って、えええっ!?」

思わずゴンドラのガラスに張り付いてしまった。

さっき奏輔が走ってた時も中継で流れていたけれど、まさかあんなに大きな石が落ちてくるなんて誰が思うよ。

大地の身長より大きい石がゴロゴロと落ちて行っている。そもそもあんなの誰が用意したんだよ。ふと、落としてる人を探して見ると、そこには佳織さんの姿が……うん。俺は何も見なかった。そこまで参加したかったのかとうっかり涙が出そうになったのも内緒だ。

中間地点で待つ鴇の姿を確認して、そのまま頂上へと辿り着いた。あぁ、確かに小さなお社があるな。一応、賽銭箱に持っていた小銭を入れて、お参りだけはしておく。

そのまま滑空ロープのある場所へと移動した。しかし、ちゃんと看板に滑空ロープのある場所を書いてる辺り、村の人間も豆だなと思う。

ロープの所には、小高原の所まで続く立派なケーブル。そしてそのケーブルをつたい降りる為の滑車とそこからぶら下がるロープ。その先に体を巻き付けるベルトがあった。

意外にもここで待機をしている人は一人もいない。そう言えばさっきゴンドラに乗ってる時鴇の少し後方に数人待機してた気がする。って事は、あそこからここまでラストスパートって事で一番身体能力が高い人間が待機してる訳だ。

成程な~。考えながら俺はベルトを腰に巻き付ける。ぐっぐっとロープとベルトに異常がないか引っ張って確かめる。特に問題はなさそうだ。


―――チュドーンッ!


……何か不吉な音が聞こえる。…いや、聞こえない。俺の耳には何も入ってこない。爆発音が何回もなんて聞こえてこないぞ。

あえての無心状態を保ち暫くそこで待機していると、

「透馬っ!!」

鴇の声が聞こえ、俺は手を振る。おぉ、珍しく鴇がボロボロだ。

「あと、頼んだ…」

「おう」

姫を受け取り、自分の腹の位置で抱っこするように互いをベルトで固定した。

「姫、行くぞ?」

「うん、オッケーっ!」

そのまま地面を蹴って、滑空した。

山を下る訳だから当然足は宙ぶらりん状態で下を見れば谷底。だが、俺はロープを掴んで姫を支えればいいだけだし、このロープ事体命がけみたいなものだから、佳織さんも罠を仕込んではいない…と思いたい。

スピードはあるとは言え案外のんびりとした空の旅だ。

「…姫、怖くないか?」

「うんっ。全然大丈夫っ」

笑って答えるあたり佳織さんの子だなと思う。けど、聞きたいのはそこじゃない。本当に聞きたいのは…。

「俺の事、もう怖くないのか?」

「え?」

あれだけ怯えさせた俺をもう怖くないのだろうか。

すると、姫は俺の顔を見て苦笑した。

「透馬お兄ちゃんこそ。私に対する警戒はもう解けたの?」

まさか、そんな切り返しがくるとは思わず、目を見開いた。

「ふふっ。透馬お兄ちゃん、鴇お兄ちゃんの事心配だったんでしょ?だから、あの日、私と棗お兄ちゃんの姿を見て話しかけてきた。違う?」

「…違わない、けど」

「あの時は、その…『初対面の男の人』だったから、あれだけ騒いじゃったけど…。透馬お兄ちゃんとこうして話すようになって、もしかしてそうだったのかなぁ?って思って」

確かにあの日。俺は鴇の家が悪い女に捕まったんじゃないかって思って、家の店に買い物に来たって親父のセリフを聞いて飛び出していった。

実際話してみると、悪い事が出来そうな感じの二人じゃなかったし、それどころか正義感で溢れかえっていて、尚且つ可愛い。悪い点なんて何一つなかった。

「透馬お兄ちゃん、鴇お兄ちゃんの事大好きだよね。なんだかんだで、鴇お兄ちゃんが辛い思いしないように一歩先を読んで行動してる」

「……ははっ、参った。姫にはお見通しだな」

何もかも見通されていたようだ。流石としか言えない。

「なんだろうな。鴇が新しい母親と妹が出来たって、誠さんと佳織さんが再婚した当初、嬉しそうに言っていたのを聞いて不安になったんだよ。姫達の家はあれで結構複雑だろ?鴨にされてるんじゃないかって思ってな。鴇の言う事を信じてなかった訳じゃないがそれでも自分の目で確かめたかった。でも、何の心配もなかった。鴇の目は正しかったな」

ふっと無意識に笑みが浮かぶ。不思議そうに小首を傾げる姫は可愛いかった。

「鴇は今凄く幸せそうだ。なら、それでいい。それに、今じゃ俺も大地も奏輔も姫の事『自分の妹』のように思ってるよ」

言うと、姫はとても幸せそうな笑みを浮かべた。頬が真っ赤に染まってとても可愛い。本当に姫は可愛い。…七海、マジで見習え。妹がなんたるかを姫に教えを乞え。

「あのね、透馬お兄ちゃん。私もね…」

「ん?」

照れたようにもじもじと何か言おうとしている姫に耳を寄せる。

「私も、透馬お兄ちゃんを本当のお兄ちゃんみたいに思ってるよ」

「~~~っ!!」

誰か、この衝動をどうにかしてくれっ!叫びたいっ!!姫が可愛いっ!!可愛すぎるっ!!何だ、この子っ!!マジ天使っ!!

あぁ、もうっ!!俺今から断言出来るっ!!姫が彼氏連れて来た時、絶対に品定めするっ!!絶対っ!!

どこぞの馬の骨になんかやれるかっ!!

ぐっと姫を抱く腕に力が入る。もう一度言う。七海、マジで見習え。

そうこうしている内に、視界に小高原が見えてくる。人影も見えて、大分人が集まっているようだ。

俺達がトップなのは揺らぎ無さそうだ。

(このままゴールだな)

そう思った、その時。


―――ビシッ。


いきなりケーブルが軋む音がした。

咄嗟にケーブルを見ると、さっきまで頑丈その物で動きもしなかったそのケーブルが、小刻みに震えている。

嫌な予感が頭を過った。もしかしたら、と最悪な事態まで想定してしまう。

「…姫。悪ぃけど、少しスピードあげるぞ」

「うん。分かったっ」

俺の言葉から何かを読み取り、ぎゅっと姫が俺の胸にしがみつく。それをしっかりと片腕で抱き締めて、もう一方の手でロープをきつく握り、態と反動をつけて、滑空のスピードを上げた。

本当は危険な行為だと知っている。けれど、それ以上に胸が騒ぐのだ。さっきの音が不安を煽る。

小高原まであと10メートル位…8メートル…5…後少しっ。

後少しで地上に足がつく。

その瞬間―――俺の嫌な予感は的中した。


―――バチィンッ!!


何かが切れる音がした。腕に軽い衝撃が走り、焦って振り返り己の目を疑った。上方でケーブルが切れている。

やばい―――ケーブルが弛み初めた。

補助ケーブルがあるからまだ落ちてはいない。だがこのままじゃ、補助ケーブルも切れて木の上に落ちるか、もしくは地面に激突が待っている。

小高原の方から叫び声や俺達の名を呼ぶ声が響く。

「くそっ!!頼むから保ってくれよっ!!」

自殺行為かも知れないが、俺は更に反動を付けてスピードを上げ、小高原の地面に転がり込んだ。

姫を守る為に両腕で庇いながら地面の上を転がる。腕と背中に強い衝撃が来るが、そんなの今は構っていられない。姫の方が大事だっ!

数回体が跳ねる衝撃を受け止め、ようやく止まると、小高原にいた人達が一斉に集まってきた。

でも今大事なのはっ。

「姫、無事かっ!?」

腕の中にいる姫を見る。どこも怪我はなさそうだが。

「私は大丈夫っ。透馬お兄ちゃんが守ってくれたから、怪我一つないよっ!私より、透馬お兄ちゃんの方が怪我してるよっ!」

慌てて体を起こして、俺の腕や頬に手を振れる姫には確かに怪我一つなさそうでほっとする。

「透馬君っ、美鈴っ!無事なのっ!?」

佳織さんが物凄い形相でこっちに駆け寄ってくる。それはそれは鬼の形相で心配していてくれて。俺達の周りで心配そうにしていた人達が引くくらいだ。

あれ?俺結構頑張った筈なのに睨まれてない?すっげー怖いんだけどっ!?

「透馬っ!」

佳織さんの後ろを皆が駆け寄ってくる。

やっぱりその表情は険しくて。

「なぁ、姫。…俺、なんか怒られるような事したかな?」

ついぼそりと姫に訊ねると、姫が何とも言えない苦い様な悲しい様な表情をして。

「怒ってるんじゃなくて、心配してるんだと思うよ。腕からそれだけ血を流してたら」

「腕?…おわっ!?」

全然気付かなかった。地面を転がった時、擦ったのか、それともケーブルとかロープで切ったのか。原因は良く思い出せないが両腕から血がダラダラと流れているのは確かだった。

熱とか怪我って、気付くとその辛さを発揮するって所あるよな。

その例に違わず、今になって腕が熱を持って痛み出す。

大地と奏輔が俺達を繋ぐベルトを外して、双子が姫を受け取り、鴇と誠さんが俺に肩を貸してくれる。

「とにかく、急いで救護所へ向かいましょう。母さんが手当てしてくれるわ」

「あ、ありがとうございます…ててっ」

足も大分擦ったんだな。腕ほどではないが痛みが走る。それにジーパンがリアルダメージジーンズになっている。

こんだけ俺が怪我をしてるんだ。姫に傷がなくて本当に良かった。それこそ奇跡的だ。

佳織さんの先導の下、救護所へ向かう。大地と奏輔はベルトやらの後片付けに残り、双子と姫は駆け付けた源祖父さんと一緒に他のチームの人達と現状の把握に走っている。

救護所へ着くと、待ってましたと言わんばかりにヨネ祖母さんが消毒液と脱脂綿を持って仁王立ちしている。

用意されていたパイプ椅子に座り、手当てをされた。消毒液の攻撃はマジで辛かった。躊躇いなく一気に噴き掛けるから沁みるのなんのって…。

「はい、これで大丈夫よ。良かったわ。大したことなくて」

「全くだ。透馬、お前良く無事だったな」

「姫がいたおかげだな。姫の分の重さがなかったら間に合わなかった。俺一人なら谷底行きだ」

姫には直接言えない言葉だけどな。あんなに小さくても女は女。重いとか言われたら腹が立つだろう。

…言っておくが重いと思った訳じゃないぞ。姫は軽い。七海が同じくらいの年の時と比べ物にならないくらい軽い。けれどそれでも子供一人分の重さの追加があったおかげで滑空スピードが俺一人分より増して助かったのだ。そこは間違いのない事実。

「それにしてもなんでケーブルが切れたんだろうね」

「確かに。…なぁ鴇。俺達一応トップでここに滑り込んだよな?」

「あぁ」

「じゃあ二番手はどこだったんだ?」

「…チーム『1』だ」

まさか、とは、思うんだが…もしかして…?

「重さで切れたって訳じゃねぇよな?」

沈黙。誰も否定出来ない所が恐ろしい。けれど、その沈黙を破ったのはいつの間にか姿を消して、いつの間にか戻って来た佳織さんだった。

「いいえ。違うわ。その位で切れる程、軟なケーブルじゃない。透馬君はロープウェイに乗ったでしょう?あれと同じケーブルを使ってるの。どんなに重いとはいえ、チーム『1』のあの子はまだ幼稚園児よ。切れる訳ないの」

俺達は言葉を失った。あんぐりと口を開け茫然としている。

理由は勿論、

「あれが、幼稚園児…?嘘だろ…?」

こっちである。ロープが切れる訳ないって事実より、あの歩く壁が幼稚園児だった事の方が驚きだ。

だって考えても見ろよ。毬栗の上を平気で歩いて、粘着を体に付けても平然とし、鮫に齧られて快感を覚えてたのが幼稚園児…?ありえない…。

「今は露見尾ろみお君の事より事件の究明よっ」

しかも名前がロミオってっ!!あいつマジでなにもんだよっ!!

いや、駄目だ。落ち着け、俺。確かに今は事件の究明の方が先だ。

「切れる訳がないのだけど、何故か彼がぶら下がった時ケーブルは切れた」

「…それってやっぱり重かったんじゃ…」

「…その重さを計算されていた可能性はあるわね。今、ケーブルを見てきたんだけど、切れ目が入れられていたわ」

「切れ目が?」

「ええ。ケーブルなんてそう簡単に切れ目を入れられるものではないのだけど。……誰かしらね。そんな事してくれたのは…」

…鬼に般若がプラスされて進化した。怖い怖いっ。佳織さんマジでおっかねぇっ!

「まぁ、大体の想像はついてるけどね。…この私に喧嘩を売るなんて、良い度胸してるわ。捻り潰してくれる」


―――ゾワッ!


体中の毛という毛全てが逆立った気がした。

慌てて体を擦り、周囲に目を配ると、皆当然と言う顔で頷いていて誰も恐怖に思ってない。むしろ周囲の怒りがこの鳥肌を増長させてる気すらする。

正直、この家族を敵に回した相手に同情したくなったのは内緒だ。

「とにかく。これで今日のレースは終わりよ。広場に行って閉会式に出ましょう。透馬くん、動ける?」

大きな傷ではないし、ただ表面が痛いだけで問題はない。

俺は頷き、ヨネ祖母さんも一緒に閉会式に出る為、皆で広場へと戻った。

俺の姿を見て慌てて走り寄って来た姫の頭を安心させるように撫でて、朝の様に列に並ぶ。

ぼんやりと閉会式を聞きながら、ふとチーム『1』に目を向ける。

そこには、あのロミオとか言う妖怪…もとい幼稚園児の姿がない。不思議に思って首を捻っていると、開会の挨拶もした村の代表者が、

『露見尾君は途中でケーブルが切れて、山の中に落下。そのまま転がり落ちてこちらへ向かっております。どうやら頬を少し切ったようですが問題ないそうです』

と報告をした。あの高さから落下して頬に切り傷一つって…いや、もう考えるな。

俺は精神の安定の為、考える事を放棄した。

今回のレース、優勝は勿論俺達チーム『5』で、佳織さんが代表して賞状を貰い受けた。

壇上に上がって賞状を受け取った時、彼女がある一方を睨んでいる事に気付いたものの、俺の位置からではそれが誰なのか解らなかった。

その後。村へと戻り、村の広場で宴会となった。

あれだけのコースを走れる猛者揃いの村の宴会はそれはもう凄くて。

昼過ぎから飲み始めたはずなのに、日が落ちて暗くなった今でもまだ飲んだくれ馬鹿騒ぎを繰り広げている。

流石にこれ以上は付き合ってられない。っつーかめんどくさい。

大人の飲み会ってのが面倒なものだってのは、俺も商店街の出身だから理解出来るが、これほどのはそうそうないだろう。

隣で絡んでくるおっさんに適当に相槌を打ち、話を聞き流しつつ、席を立つ。

ちらっと視線で鴇、大地、奏輔に合図を送ると、意図を読み取った三人がうまい事その場を離れる。

そのまま視線を巡らせて…ん?姫は、何処だ?

双子は、おばさん二人にとっ捕まってる。

待て待て待て。本当に、姫は何処だ。

急ぎ、佳織さんと誠さん。続いて、ヨネ祖母さんと源祖父さんの周囲を確認するがやはりいない。

宴会の端っこ、人が誰も居ない所まで行って、全体を見渡す。

しかし、あの可愛い姿が見つからない。

見落としがあるのかもしれない。そう思って、目を凝らしていると、

「どうした、透馬」

「何探しとるん?」

「あっちに姫ちゃんの作ったゼリーあったけど、それ探してるのー?」

好き勝手言って三人が集まってきた。いや、それはこの際どうでもいい。それよりも、だ。

「鴇、お前、姫何処行ったか分かるか?」

「美鈴?いや、知らない。葵と棗が付いてるって佳織母さんが言ってたからな」

「葵と棗の側に?いや、いないぞ。ほら」

そう言って、指さした先には先程同様におばさん二人にべったりくっ付かれている双子がいた。

その姿を見て眉を寄せ不快感を露わにしたのは、鴇ではなく奏輔だった。

「あのオバハン…。鴇、双子助けた方がいいで。あのオバハン二人、この前お姫さんに因縁吹っ掛けてきた奴らや」

「奏輔。それマジか?」

奏輔の言葉に反応を示したのは、何故か大地で。

「この前、ガキが姫ちゃんを突き落としただろ?そのガキの親があのオバちゃん達だ」

ざわざわと胸騒ぎがする。

ふと今日のレースを思い出す。


『ってーことは、あれが例の対象な訳だろ?』

『そうじゃね?あれだけ可愛いなら俺的には最後まででも全然おk』

『ばっか、お前っ。ガキだぞっ。入る訳ねぇじゃんっ』


そうだっ。あいつらはっ!?

あの馬鹿三人の姿を探す。しかし、奴らの姿はない。

「あのババア達、確か『17』と『22』の札下げてたよな」

『17』と『22』のチーム。奴らと同じだ。そう言えば、佳織さんが賞状を受け取った時、どっちを睨んでいた?あの小高原で俺達はお立ち台に向かって、左から番号が小さい順に並んでいた。そして、佳織さんが睨んでいた方は…。

「右だっ…」

サーっと血の気が引いた。

「鴇っ、双子を今すぐ呼び戻せっ、大地はあのガキ共を捕らえろっ。最悪の場合の人質代わりだっ。奏輔は佳織さんに現状の説明をしろっ」

「おい、透馬?一体…」

「説明は後だっ。姫の身が危ないっ!」

言って、俺は走り出す。背後で同時に動き出すのを感じて、俺は進むことだけに集中する。

確証があった訳ではない。けれど、奴らがもし姫を連れて何かしようとするならば、誰も助けに来そうになく、尚且つ村から離れた場所を選ぶだろう。

全力で走り、村役場裏側の山道を登る。

今日のレースがあったあの時。俺はロープウェイの場所を確かめに行った帰りに奴らに会った。

普通ならば、何処から来たのか、もしくは何処に行っていたのかと問いかけて来てもいいようなもんなのに、奴らは俺に一切その事を口にしなかった。

『村の人間』ではないはずなのに、だ。この村の人間を特定するには一つだけ分かりやすい特徴がある。それは『携帯電話を持っていない』と言う事だ。なにせ電波が届かない山の中。持っているだけで無意味だ。

なのに奴らは持っていたのだ。ならば奴らは確実に他所の人間だ。

それが、何故か問いかけて来なかった。その理由を考えれば簡単だ。

『知っていた』のだ。その場所を。誰から聞いたかなんて知らない。ただ、あの場所は間違いなく女を閉じ込めて『する』には調度いい場所だ。人は滅多に立ち寄らず、布団も毛布もあり、近くに水場もあり、ばれそうになればゴンドラに身を隠せばいい。

(やられた…。あの時少しでも痛めつけておけばっ…)

後悔は先に立たない。そうは言うけれど、こればっかりは後悔の嵐だ。

湖の傍に辿り着き、乱れる息を整わせることもなく、真っ直ぐロープウェイの乗り場へ向かう。

すると、微かに声が聞こえ始めた。

あいつらの下品な声と、恐怖で叫ぶ女の子の…姫の声。


「姫っ…美鈴っ!!」


俺が名を叫ぶと、


「―――ちゃん……透馬お兄ちゃんっ!!」


声が届く。

泣き叫ぶような悲痛な声が辺りに響く。乗り場である小屋の前にやっとの思いで辿り着き、


―――バァンッ!!


躊躇いもなく、ドアを蹴破った。

ドアに鍵をかけられている可能性もあったからだ。そんな事で躊躇って、姫に何かあったら後悔なんて言葉で片づけられない。

薄暗い明かりの中、見た光景は俺の血を沸騰させるには十分な光景だった。

「透馬お兄ちゃんっ、たすけてっ、たすけてぇっ。やだ、やだよぉっ」

ボロボロと涙を流しながら、三人の男に押さえつけられている。その服はびりびりに破られ、体中が震え、青白い顔でただただ助けてと訴えて。

その姿を見て目の前が真っ赤になって…。


―――バキッ!!


無意識に男の一人を殴っていた。

何か俺に言っているようだが、全く耳に入ってこない。

俺は目の前の男を殴り飛ばし、殴りかかってくる男の顔面に拳を叩き入れ、姫を茫然と抑え込んでいるそいつの体を全力で蹴り飛ばした。

着ていたシャツを脱ぎ、姫の上に掛けて、姫が体を隠したのを確認してから、血みどろになりつつも殴りかかってくる奴らを問答無用で殴り飛ばす。

歯の一本や二本。鼻や腕の一つや二つ。折れた所でどうって事ないだろ。それ以上に怖い思いを姫にさせたんだ。

追ってくる事が出来ないように、けれど死なない程度に痛めつけて、丁度良くあったロープで伸びたそいつら三人を縛り上げる。

汚れた手をパンパンと叩き払って、これで、一先ずは安心だ。

ゆっくりと姫に近寄って、一定の距離を保って、その前に膝をつく。

「遅くなってごめんな。姫」

「ふっ…うっ…」

「…触って、平気か?」

泣きじゃくる姫を前に、怖がられないように静かに手を伸ばすと。


―――ドンッ。


俺の胸にその小さな体が飛び込んできた。

「…おにい、ちゃんっ、うっ、透馬、おにい、ちゃんっ……ひっく」

ぎゅっと服を握り泣き続ける。どれだけ怖かっただろう。ただでさえ男が苦手な小さな女の子が体格のいい男三人に囲まれて襲われかかったんだ。

姫の恐怖を思うと遣る瀬無さが胸を支配する。

「…本当に無事で良かった。間に合って、―――良かった」

その震える小さな背を撫でて、落ちたシャツでその体を包み抱き上げて小屋を出た。

ゆっくりと山を降りる。途中湖の横を通り月の光を浴びてピラニアが跳ねた。

一気に今日のレースを思い出して、幻想的と言う言葉を放棄した俺は、さっさと山を下る。

村役場が見えてくると、そこには鴇と大地、奏輔。それから、本日二度目である鬼般若が鎮座していたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ