※※※(大地視点)
佳織さんの実家に来て、三週間。
毎日が楽しくて仕方ない。それはもう、宿題なにそれ、ってな具合にっ!
美味しいご飯はお腹いっぱい食べられて争奪戦の心配ないし、道場で好きなだけ体動かせるし、何より…。
「葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん、大地お兄ちゃん、ご飯持って来たよ~」
姫ちゃんが可愛いっ!
オレ達が道場で練習している時は必ずこうして重箱のお弁当箱を持って配達にきてくれる。
一度だけ奏輔と一緒に出掛けていてオレ達が迎えに行った事もあったけど。まぁ、それでも一緒に食べるから問題ない。
「おぉーっ!美鈴っ!祖父ちゃんの分はっ!?」
「ないっ!!」
「!?!?」
あ、祖父ちゃんが崩れ落ちた。
「鈴ちゃん。お祖父ちゃんを苛めちゃ駄目だよ」
「?、苛めてないよ?」
何を言ってるの?って言いたげに首を傾げる姫ちゃんを前に葵が苦笑する。
「だって、お祖父ちゃんの分ないもん」
「…え?冗談じゃなくて、本当にないの?」
「うん」
棗の言葉に姫ちゃんが素直に頷く。それは…確かに可哀想かも。
「なんで無いのー?」
皆を代表して聞くと、
「お祖母ちゃんがね?『昨日あんだけ飲んだくれて遊び呆けて、今だって組合の仕事を私に任せっきりにして、畑の事も一切やらず。そんな人にご飯を作る必要はありませんっ!!私だって、孫達と遊びたいのにっ!!』って怒って。お祖父ちゃんの分作ろうとしたら止められちゃった」
って、申し訳なさそうに教えてくれた。ヨネ祖母ちゃんが激怒してるなら仕方ない。これは逆らえない。そして、明らかに源祖父ちゃんの顔が青褪めている。
「うむ。大地、葵、棗。儂はヨネと少し話をしてくる。何か誤解があるようだからな。遊んでいた訳ではないと説得せねばならない」
源祖父ちゃん。頬が引きつってますよー?威厳どこいったー?
どすどすと威厳を感じさせる風に歩いて、源祖父ちゃんは道場を出て行った。そっと道場の窓から様子を窺うと決死の表情で駆けて行ったから多分ヨネ祖母ちゃんに全力で謝るんだろうなー。元気な爺さんだなー。
そして、残されたオレ達は待望のご飯タイム。
姫ちゃんが持って来てくれたご飯を広げて箸を渡してくれる。
「これは鈴の手作り?」
「お祖母ちゃんと半々ってとこかなー?あ、でも、棗お兄ちゃんが好きなピリ辛ミートボールと葵お兄ちゃんが好きなちょっと甘めの卵焼きと大地お兄ちゃんが好きな唐揚げは私が作ったよ」
「やったっ!鈴ちゃんの作る卵焼き僕大好きなんだっ」
「えへへっ。多めに作ったからいっぱい食べてね」
「ありがとー。姫ちゃん」
笑顔でお礼を言いながら、オレの目はてんこ盛りの唐揚げに釘付けである。
姫ちゃんの宣言通り、唐揚げが沢山詰められている。姫ちゃんの作る唐揚げってなんかこう、一味違うんだよなー。味が染み込んでるって言うか。うん。何が違うのか分からないけど。でも、母さんが作るのより美味いんだよねー。
早速頂きますと手を合わせ、姫ちゃんのお弁当を食べた。
早食いの癖があるオレだが、お弁当の量が結構あるので、3人と会話しながら食べると、丁度いいタイミングで食べ終える事が出来る。
デザートのヨネ祖母ちゃんが一口大に切ってくれたスイカを食べながら、会話は今度村であるお祭りの話になった。
「そう言えば、ヨネ祖母ちゃんも言ってたなー。2日間あるんだって?」
「うん。1日目は『豊穣祭』って言って、普段入らない山に入って今年の豊穣を山の神様にお願いするの。山にアスレチックがあってね。そこを経路にしてレースをするんだよ。勿論途中お社を通ってお参りもするよ?それで、一番乗りの人が優勝で賞品として野菜とか米とか色々貰えるんだ。女性の部と男性の部があるよ」
素直に面白そうだ。余所者は参加出来ないのだろうか。
「2日目が『感謝祭』で去年の豊穣と無事を神様に感謝するの。こっちはちゃんとした夜のお祭りって感じだよ。屋台もあって花火も上がるの。夜のお祭りね」
「へぇ。面白そうだねー」
「因みに1日目の豊穣祭のレース。女性の部はママが参加するようになってから、ずっと優勝者はママです。お野菜もお米もママの物っ!」
納得。奏輔から聞いた話だと、かなり強いらしい。柔道だとオレも勝つのは難しいかもしれない。佳織さんか弱いイメージあったんだけどなー。姫ちゃんのママだし尚更。
「その1日目のレースって何歳から参加可能なの?」
「えーっと確か、13歳からじゃなかったかな。中学生から参加出来るんだよ」
「なんだ、そっかぁ。じゃあ僕達は参加出来ないんだね」
「子供はグループ対抗戦があるよー。前座でね。競技は毎年変わるんだけど。今年は何だったかな…。去年まで私は子供の部にも出れなかったし」
「そうなの?なんで?」
「子供の部は6歳から12歳まで。要するに小学生が対象なの。6歳過ぎてれば園児でもOKだけど」
「それって、余所者でも参加出来るのー?」
聞きたかったことを聞いてみる。すると、姫ちゃんは大きく頷いた。
「出来るよ~。前以て参加申請しておけば大丈夫」
「へぇー。じゃあ、してみようかなー。アスレチック楽しそうだしー」
「あ、お兄ちゃん達は申請しなくていいよ」
「え?なんでー?出ちゃいけないのー?」
「ううん。そうじゃなくて、お祖父ちゃんがここに来た当日にもう人数分申請してたから…」
姫ちゃんが遠くを見つめてる。仕事速いな、源祖父ちゃん。
しかし、アスレチックレースで勝負か。久しぶりに鴇と勝負が出来るな。奏輔と透馬は他の奴らよりは体力的に優れてるとは言え頭脳派だからオレには敵わないだろうし。そうなると、鴇と一騎打ちだ。うん。楽しみ。
「ねぇ、鈴。もしかして僕達も子供の部に参加申請されてるの?」
「多分…。私の申請もされてたから」
「えっ!?鈴ちゃんも参加するのっ!?大丈夫なのっ!?」
「今年の競技内容によるかなー…。ちゃんと覚えとけば良かった…」
あぁ、姫ちゃんがますます遠くを見つめてる。確かにこの村の子供って圧倒的に男の子の方が多いし。男性恐怖症の姫ちゃんには苦痛でしかないよね。葵と棗が心配するのも分かるなー。
「でもグループ参加でしょー?だったら葵と棗が一緒になって守ればいいじゃん」
「それは、当然そうしますけど」
「でも、もしもの場合があるし」
もしもの場合、かぁ。でもそれも競技が何かで変わってくるだろうしな。
「因みに去年の子供の部はなんだったの?」
「村内一周大玉転がしリレー」
「…大体どんな競技か想像つくなー」
その名の通りなんだろうなー。この村の周囲って砂利か畦道だから、確実に大玉は予想外の方向に吹っ飛んで行くだろうな。と考えろと結構ハードだ。村育ちの子にしたらどうってことないのかもしれないが。下手すると田んぼとかに落ちたりするんじゃないだろうか。
ぼんやりとどうでもいい事を考えていると、
「大地兄ちゃんっ、相手しに来てやったぜっ!」
「今日こそ負けねーかんなっ!!」
と道場に悪ガキの声が響き渡った。某猫型ロボットが出てくる漫画にいそうなガキ大将と性格悪そうな高飛車なガキ。一度相手をしてやったら懐かれてしまった。来いなんて一言も言ってないのに。
「あっ!!美鈴がいるっ!!」
「なにしてるんだよっ!!ここは『おんな』は『たちいりきんし』なんだぞっ!!」
言葉の意味わかって言ってんのかねー。あーでも、双子たちと同い年だから一応分かってるのかもな。にしてもこいつら、いっつも姫ちゃんの来る時間に来るな。さっきの言葉だってお決まりのセリフになりつつあるし。
…成程。こいつら姫ちゃんに惚れてるな?だから突っかかると。ガキだねー。そんなガキに惚れられてる姫ちゃんと言えばスッと棗の後ろに隠れてしまった。顔色も悪くなっていってる。これは、さっさとこいつらを離した方がいいな。双子の顔も般若になりつつあるし。
「五月蠅いぞー。お前ら。女云々の前に道場では礼儀正しくだ。靴も脱がずに上がって来ようとする方がよっぽど悪い。ほら、相手してやるから靴脱いで神棚に一礼してこい」
オレがそいつらから姫ちゃんを庇う様に言うと、二人は渋々靴を脱いで神棚を拝みに行く。
「大地さん。今日は僕達があの二人の相手をしていいですか?」
「手加減せずにちゃんとぶつかるので」
にこにこと表情は笑ってるのに目の奥が全然笑ってない。むしろ怒ってる。こういう所は本当鴇にそっくりだ。怖ぇー。
そんな二人を止める勇気もなく、オレは素直にOKサインを出した。二人が悪ガキの所に行く間にオレは姫ちゃんの側に戻る。
姫ちゃんはせっせと食べた弁当箱を片付けていた。手伝うと言ってオレも皿を回収する。作業しながらちらっと姫ちゃんを見ると青い顔をしていた。
「姫ちゃん…?大丈夫?」
「だ、だいじょうぶっ、す、すぐに、出て、行くからっ」
「急がなくても、そんなに怖がらなくても大丈夫。葵と棗があいつらの相手してくれるし、オレが傍にいてあげるから。大丈夫大丈夫ー」
少しでも姫ちゃんの恐怖心を取り除こうと出来る限りの笑顔で言うと、姫ちゃんは安心したのか、ストンと座り込んでしまった。
慌てて近寄りその顔を覗き込む。顔色は益々悪くなっている。
「姫ちゃん。本当に大丈夫?顔、真っ青だよ。…あいつら追い出そうか?」
「…大丈夫。あの子達の所為だけじゃないから。最近、夢見が悪くて…」
「夢?」
「うん。棗お兄ちゃんと一緒に寝るとそんな夢見ないんだけど、最近お祖母ちゃんとお祖父ちゃんが棗お兄ちゃん連れてっちゃうから。いつまでも棗お兄ちゃんに頼ってたらいけないと思って一人で寝るんだけど、そうしたら…」
「悪夢を見ちゃうの?」
姫ちゃんは震える体を両手で抱き小さく頷いた。
「棗お兄ちゃんにだって付き合いがあるし、色んな事を知って欲しい。だから、棗お兄ちゃんをいつまでも拘束してる訳にはいかないのに。離れた途端悪夢しか見なくて。眠るのが怖くて、瞳を閉じる事すら出来ない」
確かに棗はここ数日源祖父ちゃんの付き合いで道場に泊まりこんだり、ヨネ祖母ちゃんのババ会に付き合ったりして外出している事が多い。って事は、姫ちゃんは数日の間一睡もしていないことになる。
「あ、でもねっ、葵お兄ちゃんが側にいてくれた時、悪夢は見たけど、何とか眠ったの。だから、大丈夫っ」
「…全く。何が大丈夫なのさー。今日はもう帰って寝たらいいよ。棗っ、葵っ」
オレは向こうでガキ達と一触即発状態の双子を呼び寄せた。二人は座りこんだ姫ちゃんを見て驚き駆け寄ってくる。
「棗。お前暫く源祖父ちゃんの付き合い断れ。このままじゃ姫ちゃんが倒れる」
「え?」
「一睡もしてないって。葵がいた時は何とか眠れたらしいけど」
双子の目がきりきりと吊り上がる。
「鈴。どう言う事?ちゃんと眠ったって言ってたよね?」
「僕、あれほど一緒にお昼寝しようって言ったよね?鈴ちゃん」
二人に言い寄られて、姫ちゃんが泣きそうな顔をしてオレの方を見た。けど、こればっかりは助け船を出す訳にはいかない。静かに目を閉じて首を振ると、
「ごめん、なさい…」
震える声で姫ちゃんが謝罪した。双子は小さく溜息をついて、苦笑した。きっと姫ちゃんの気持ちも理解出来るからだ。双子は姫ちゃんの頭を撫でて、
「待ってて。直ぐに片づけて来るから。一緒に帰ろう」
「僕も一緒に帰る。鈴ちゃん、ちゃんとここで待ってるんだよ」
姫ちゃんに言い含め、急ぎ悪ガキの下へ走って行った。二人が本気で挑めば瞬殺だろう。
オレは姫ちゃんのかわりに弁当箱を片付け、風呂敷で包む。
「…またお兄ちゃん達に迷惑かけちゃった…」
膝を抱える様に座る姫ちゃんの姿は、とても儚げでまるで泡みたいに消えそうな程だった。
あの双子はそんなこと迷惑と思っていないと思うけど。むしろ、迷惑をかけられた方が嬉しそうだ。
「そんなことないと思うけどなー」
「…でも」
「ねぇ、姫ちゃん。その悪夢ってどんなのー?」
「そ、れは…」
言い淀む。口に出して言えない事、か。だったら…。
「姫ちゃん、知ってる?お祭りとかで良く火を焚くでしょー?あれは厄払いの意味があってねー。お祭りまでの間に見た夢を何かに書きとめてその火で燃やして浄化?して貰ったらいいよー。まぁ、気休めだけどそれで悪夢を見なくなったら儲けものってねー」
と提案してみる。すると、姫ちゃんはちょっと考えて、頷いた。
「書きとめる…。うん。やってみるよ、大地お兄ちゃん。ありがとう」
「うん。その前にきちんと寝る事ー」
冗談交じりに言うと、姫ちゃんはこくこくと頷いた。
悪ガキを叩きのめし、双子はさっさと着替えると、姫ちゃんを連れて一足先に帰っていった。
ガキ共も今日はもう帰ると言ってよろよろ帰っていったし、さて、オレはどうしようか。
源祖父ちゃんもヨネ祖母ちゃんのご機嫌取りで忙しいだろうから戻ってくる事はないだろうし。
少し、精神統一してからオレも掃除して帰ろう。道場の中心で正座をして瞳を閉じる。
(姫ちゃんの見る『悪夢』か…)
実は何かに書きとめる様に言ったのは厄払いの為だけではない。
下心って訳ではないけど。でも、何か形に残して貰えば、それを盗み見る事が出来る。
本当はやっちゃいけない事だと知っている。けれど…。
(こうでもしないとあの子は絶対に話してくれないと思うんだ。優しくて賢い子だから)
だからこっちから歩み寄らなければいけない。姫ちゃんと距離を縮める為にも少しずつ姫ちゃんの隙を探る必要がある。せめてどんな夢を見ているのかを確認出来れば何か変える事が出来るかもしれない。
そう決意して、オレは改めて、精神統一に身を入れる事にした。
それからまた数日が経った。
今日は皆で道場に来ていた。佳織さんも今回は一緒だ。
「ちょっとちょっと皆。もうダウンなの?根性ないのねぇ」
仁王立ちで吹っ飛ばされたオレ達を見下ろす佳織さんは汗一つかいていない。
「ま、まさか、佳織母さんがこんなに強かったなんて…」
「なんで俺まで…」
「言うなや。透馬…。悲しゅうなるやろ」
「一度も優位に立てないなんてー…」
オレ達4人が立てないのは何となく分かる。
「佳織母さん、強すぎる…」
「僕達もまだまだ鍛えなきゃいけないね…棗」
双子が敵わないのも、当然だ。でも…。
「佳織、強くなったな…。もう、儂が教える事は何もない…ぐはっ」
源祖父ちゃんですら敵わないってどんだけ…。
「もともと父さんに教わった事って殆どないんだけど」
「あらあら。全くよね。おほほほほっ。佳織に体術を教えたのは私ですものねぇ」
ヨネ祖母ちゃんと佳織さんが源祖父ちゃんに止めを刺した。
って言うか、そうか。佳織さんに教えたのはヨネ祖母ちゃんだったのか。だとすると、ヨネ祖母ちゃんはもっと強いって事でー。……うん。考えないでおこう。
「美鈴。貴方も体術ならってみる?護身術も兼ねて」
道場の隅でヨネ祖母ちゃんと一緒に座ってる姫ちゃんに佳織さんが誘ってみたけれど姫ちゃんは首を振った。
「いい。体術は近づかなきゃいけないから」
「…そう?」
「中途半端な護身術は身を守らないよ。むしろ、油断を生ませて相手に付け入る隙をあたえるもの…」
実感が籠り過ぎてない?とは流石に口には出せなかったけれど、皆同じ事を思っているだろう表情をしていた。
「あー、もうっ。辛気臭いわねっ。美鈴っ。皆と一緒に遊び行ってらっしゃいっ」
「へ?ママったら突然何を」
「いいからっ。そうね、この間買ってもらった水着でも持って川遊びに行ってらっしゃいよ」
提案と見せかけた命令である。異論、反論は認めない。全身でそう言っている。
「こんだけ人を投げつけて、体力奪っといて遊び行けって鬼か…」
「まぁ、しゃあない」
「そうそう。女ってのはこういうもんなんだよ」
「って事で、行こうかー。皆」
皆で川遊びが決まった。
一旦家へ帰り水着を下に着て、タオルやら必要な物を持ってオレ達は川へ向かった。
川原にシートを敷いてその上に持って来た荷物を置いて、水着姿になる。とは言え上に着ていたTシャツやパーカーを脱ぐだけなんだけども。
最初は疲れた気分できたオレ達だったが、遊び始めてしまえばそんな疲れ何て軽く吹っ飛んでいった。
川原の手前は浅瀬で、奥にに行けば行く程水深が深くなっていく。
だから、奥の方へ泳いで高い位置にある岩から飛び込みジャンプしたり、浅瀬でビーチボールでバレーをしたり。
テンションは皆MAXだった。
「行くでっ!鴇ーっ!!」
「ちょっ、俺はお前のチームじゃなかったのか、よっ!」
「うおっ!?あぶねー、だろっ!」
「おわっ!?酷いなー。透馬っ!!」
「……ボールが凶器になってる」
「鈴ちゃんは危ないからあそこには近寄らないようにね」
「う、うん。あれは…バレーなの?顔面ありのドッジにしか見えないんだけど」
ボールが致命傷を狙い飛び交い、それにあたった奴らは素直に水に沈んでいった。
そして、こんな男達のテンションに当然姫ちゃんは付いてこれるはずもなく。
「お兄ちゃん、私ちょっと…」
この言葉だけでピンとくる。要するにトイレだ。
葵と棗もそれに納得して気を付けて行けと言葉を返すと姫ちゃんは頷いてその場を離れた。
ここは源祖父ちゃんの所有の敷地内と言えど、一人行かせるのはちょっと危ないんじゃ…?
「おらぁっ!大地油断してんじゃねぇぞっ!!」
「ぎゃっ!?」
凶器が飛んできた。何かこの戦い、その内石仕込まれそうで怖いんだけど。
慌ててボールを避けて、そのボールを奏輔に投げつける。
ついついこのデスゲームに気をとられてさっきまで考えていた事が頭から抜けて熱中してしまう。
けど、ふとオレ達はゲームの手を止めた。葵と棗が姫ちゃんの帰りが遅いと騒ぎ始めたからだ。
確かに、遅い。もう戻って来てもいいはずなのに。
「鴇兄さん。僕達迎えに行ってもいい?」
「あぁ、頼む。オレ達はここにいるから。行き違いになったりでもしたら面倒だからな」
「分かった。行こう、棗」
「うん」
双子が駆け出していった。
この川には目測4メートルの高さにつり橋がかかっている。来る時もそこを通って来た。さっき姫ちゃんもそこを歩いていたから、帰ってくる時もそこを通ってくるはず。
そう思って、その橋をじっと見ていると、姫ちゃんが戻って来た。
「ん?あぁ、良かった。帰ってきたねー」
「だな。直ぐにあいつらと合流するだろ」
「あそこに直に行けたらいいのに、一回川から離れて回り道しなきゃいけないってのが面倒だよな」
つり橋を作る時の都合上か何なのか解らないけど、確かに面倒だ。
オレ達が姫ちゃんを見ている事に気づいたのか、姫ちゃんはこっちをみて大きく手を振っている。
その姫ちゃんが歩いてきた道の先。
…何か、動いた?
つり橋の先の木の後ろ。風のない日なのに不自然に揺れている。双子な訳はない。双子が来るのは姫ちゃんが歩いて来た方とは反対方向だ。
なら、あの木の影にいるのは…?
嫌な予感がして、オレは川原を走る。
それと同時に木の影から飛び出してきた二人の姿が視界にうつり…、
「姫ちゃんっ、後ろっ!!」
叫んだ。
姫ちゃんが振り返った時にはもう遅く、二人の悪ガキは駆け寄り背後から姫ちゃんを突き飛ばした。
「きゃあああああっ!?」
つり橋のロープの間から姫ちゃんの体が落ちて行く。
水の上に落ちるならまだしも、あの場所は川原の砂利の上。
下手すると怪我だけじゃすまなくなるっ!!
「姫ちゃんっ!!」
間に合えっ!!
全力で走り、オレは必死に手を伸ばした。そして―――。
―――ドンッ!
強い衝撃が胸にぶつかる。
急ぎ腕の中を見ると、胸に飛び込む形で姫ちゃんが俺の上に落ちてきたみたいだった。
「大丈夫かっ!?姫ちゃんっ!!」
顔を覗き込むと、今、ようやく状況を理解したらしく顔面蒼白でこくこくと頷いた。
「だ、だいじょう、ぶっ。こ、ここ、こわかったぁっ…」
「無事で、良かった…」
震えるその体をぐっと抱きしめる。本当に間に合って良かった。
「美鈴っ!」
駆け寄って来た鴇に姫ちゃんを預ける。安心したように姫ちゃんが鴇に抱き着いたのを確認してオレは走り出した。
途中、双子が歩いていたのを見つけたけど、それすら追い越してガキ共の下へ向かう。
つり橋の所から逃げかえる様に走るその姿を発見して、走る速度を上げた。絶対逃がさない。
ガキ共に追い付き背後からその襟首を掴んで持ち上げた。
「な、なにすんだよっ!大地兄ちゃんっ!」
「うるせぇよ。黙れ」
「だ、大地兄ちゃん…?」
「黙れって言ってんだろ。それとも顎の骨砕いて黙らせてやろうか?」
「ひっ!?」
完全に切れていた。自分でも理解出来るほどに。ガキだからってやっていいことと悪い事がある。それを解らせる。
抵抗するガキ共を持ち上げたまま、つり橋へ戻る。
そして、姫ちゃんが落とされた場所にまで連れて行き、腕を伸ばしたままつり橋の外へと突き出す。ガキ共の足下には何もない。あるのは4メートル下にある川と川原のみ。
「さぁ、答えて貰おうか。なんであんな真似をした?」
「な、なんのこと?」
「ふぅん…。ほんっとバカなガキだな。今の状況分かってんのか?オレが手を離せば、お前達はあの川原の地面に叩きつけられて病院、もしくはあの世行きだ」
「大地兄ちゃんがそんな事するわけ」
「はっ。オレがするわけないって?何を根拠に言ってんだ?オレはてめぇらみたいなガキが一番嫌いなんだよ」
「だ、だってだってっ、大地兄ちゃんはいっつもやさしくてっ」
「…うぜぇ。もういい。てめぇは落とす」
オレはそのままそのガキを掴んでいた手を離した。
「う、うわああああああっ!!」
ガキはもがきにもがいて砂利の直撃を避け、川の中へと落ちた。
盛大な水飛沫を上げて、そこへ透馬が駆けつけている。あっちの心配は必要ない。
「さ、後はお前だけだな。もう一度だけ聞いてやる。なんであんな真似をした?」
「か、母さんがっ、美鈴は『きたない』から、ちかよるなってっ!わるいやつなんだって!みかけても声をかけるなっていうからっ」
「言うから?それで?」
「大地兄ちゃんたちのそばにいつもいるから、だからっ、たすけたかったんだっ」
「ちっ。くだらねぇ。これだからガキは嫌いなんだ。言っとくがこのオレにてめぇらの助けなんざいらねぇんだよ。オレの大事なもんに手をかけたんだ。その身を持って反省しやがれ」
そのまま放り投げる様に手を離した。
「わあああああっ!!」
叫び声と共に水飛沫の音がする。
オレはそのまま踵を返し、皆の下へ戻る事にした。
「大地さんっ」
「一体何がっ」
走って追い付いてきた双子にオレは今あった事情を話すと、今来た道を勢いよくUターンして行った。
姫ちゃんが心配で仕方ないんだな。それに今のオレの表情を見ると増々そう思ってしまうだろう。
にしても…。
『母さんが美鈴は『きたない』から近寄るなってっ!』
とあのガキは言っていた。母さんが、ねぇ…。
これは佳織さんに話す必要があるかもしれない。
(って言うか黙ってた方が後が怖そうだー…)
いつもこんな目に遭うから、姫ちゃんは増々男を怖がっていくんだな。
あのガキ共の行動は母親の言葉を無意識に利用して可愛いくて気になる子に近づきたいってだけ。良くあるガキの稚拙な思考だ。
それに付き合わされた姫ちゃんはたまったもんじゃない。
取りあえず、ガキ共の事は透馬と奏輔に任せて、姫ちゃんを早く連れ帰り佳織さんに事情を説明しようと走った。




