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※※※(鴇視点)

メールアプリの着信音が響き俺は直ぐに携帯を取り出し、アプリを開いた。

美鈴からの連絡で、今日サークルの飲み会に参加するとだけ書かれている。

美鈴、お前サークルなんて入ってたか?聞いた覚えないんだが…。っと待てよ?急にそう言い出すって事は、だ。

一つの答えに辿り着き、俺はとうとう来たかと覚悟を決める。美鈴が囮になると言うのはもう決まっていた話だ。だから、我慢しなくてはいけない。

それに男性恐怖症を克服した美鈴ならば、そこらの男なんて敵じゃない。例えサークルの飲み会が都貴の罠でなくても美鈴はどうにか対処出来るだろう。

「それは、分かってるんだけどな…」

心配するなってのが無理な話だ。愛してる女が男に狙われてるってだけでも腹が立つ。これは当然の心境だろう。

戦いの準備だけは、しておくか。

俺は席を立ち、金山と真珠に仕事を任せ、一旦家へ帰る事にした。その理由は単純で、佳織母さんと共に状況把握する為だ。

家へと帰り、リビングのドアを開けると、

「あら、鴇。お帰りなさい」

「鴇兄、お帰り~」

何故かまったりとお茶を楽しむ佳織母さんと優兎がいた。

「優兎。お前、どうして今ここに?」

留学行ってた筈だよな?

不思議に思って問いかけると、優兎からあっさりと。

「さっさと学べる事学んで帰って来ちゃった」

と答えが帰って来た。

「とは言っても、来月になったらまた、違う講義があるからまたあっちに戻るけどね」

成程。気合で帰って来た訳か。これはきっと建前で、本当は美鈴に会いに帰って来たんだろうがな。

しかし、優兎がいるとなると、佳織母さんに報告は難しい、か。佳織母さん、締め切りの催促から逃げる為に携帯を放置してるからな。

仕方ない。

「佳織母さん、これ、パス」

「はい?」

ポケットから携帯を取り出し画面を開いて佳織母さんに投げ渡す。

それを難なく受け取り、画面を見て佳織母さんが顔を顰めた。

「え?鴇兄。一体何書いてるの?それ」

目の前でこんなやりとりされると当然気になるだろう。優兎が首を傾げる。だが、本当の事を言う訳にはいかない。それを察した佳織母さんが口を開く。

「……鴇。確か締め切りは明後日って…」

そう来るか。思わず笑いそうになるのを、俺はいつも通りに受け応える。

「急遽早まったんだと。美鈴が編集からそう指示受けて伝え忘れてたってよ」

「私は聞かなかったわ」

「今言ってやっただろ。さー、佳織母さん。仕事に戻ろうな」

「い、いやよっ!私は息子の顔を見ながら、まったりとお茶を楽しむのよっ!」

そう言って佳織母さんは俺に向かって携帯を投げ返した。それをしっかりキャッチしてポケットにしまい、佳織母さんをじっと睨みつける。

「うぅ…」

「美鈴にまた怒られるぞ」

「娘に怒られた所で痛くも痒くもないわっ」

「飯抜きだぞ?」

「痛いし痒いわっ!」

ガタッと席を立ち、佳織母さんはとぼとぼとリビングを出た。

「美鈴ちゃんからの伝言だったんだ?」

「あぁ。ついでに今日サークルの飲みに参加するって書いてたぞ」

「え?サークル?美鈴ちゃんサークルなんかに入ってたっけ?」

「俺は初耳だったな」

「僕も聞いた事ないな。…丁度いいや。これから恭平に会うし、詳しく聞こうっと」

一人残るのもと思ったのか、優兎が携帯を取り出し連絡をしながら自分の家へと戻って行った。

これでいい。俺は真っ直ぐ佳織母さんの部屋へ向かう。

ノックすると、「入っていいわよ」と許可を貰ったので、直ぐに中へ入って鍵を閉める。

「それで?それ以外に美鈴からの情報は?」

「ない。だが美鈴の事だ。何かしら感じ取って動いてるはずだ」

「それはそうでしょうね。貴方の記憶の中に、怪しそうな人物ってのはいないの?」

「美鈴が送ってきたメールに載っていた名前には特に心当たりはない」

「となると、…本当に関係ないか、もしくは」

「それを裏で操ってる『奴』がいるか、だ」

だが、そうなると幅が広過ぎる。まずは交友関係を洗う所から入るか。

「佳織母さん。この前調査した書類は持ってるか?」

「あるわ。今出してくる」

こうして俺と佳織母さんの洗い出しは始まった。

調べを進めて行くと、どうやら都貴静流と交友関係にある男が一人いる。そいつに飲み会がある事をリークしたのは都貴と見た方が良さそうだ。美鈴のメールに寄れば最初は女子だけの飲み会だったと言う。何で美鈴は断言したのか解らず理由を佳織母さんに問うと、そのサークルの飲み会に出会い目的の男は不要なんだそうだ。鑑賞用はありらしい。まぁ、それについては今一解らないが、そこに男が紛れ込んでいる。この事実が大事だ。

……今何時だ?

時計を見ると結構時間が経っている。……何故連絡が来ない?

「美鈴。遅いわね…」

佳織母さんも連絡がない事に気づいたようだ。

いつもこれ位の時間になると迎えに来てと連絡が来るはずなのに、来ない。飲み会が長引いている?だが、そうだとしても美鈴なら連絡を寄越すはずだ。

「…これは、美鈴の予感的中と思ってもいいのかしら?」

「だな。…あいつらの足音がするから間違いないだろう」

ドタバタと走る音がして、俺がドアの鍵を開けると同時に双子が駆けこんできた。

「大変だ、鴇兄さんっ」

「鈴と連絡が取れないっ」

「落ち着け、葵、棗」

相変わらずこいつらは美鈴の事となると、一気に冷静さを失うな。

「美鈴は今サークルの飲み会に行ってるわ」

「それは、聞いたけどっ」

「でも、華菜ちゃんはもう帰ってるってっ」

……成程。こちらの迎えに化けたか。となると…、車で花崎を送った後に美鈴だけを連れ出したって所だな。

「…状況は理解した。佳織母さん」

「えぇ。解ってるわ。直ぐに動けるように待機だけしておきましょう。葵、棗。貴方達も勝手な行動はしないようにね」

佳織母さんから鳥肌が立つ程の気迫を感じる。それを双子も感じているのか、大人しく頷いた。

だが、そんな気迫に負けじと声を上げた奴がいた。

「ちょっと待ってよっ」

「優兎…?」

「美鈴ちゃんが危ないんだよね?どうして探しに行かないのっ!?」

気を荒くして、ずかずかと部屋に入りこみ俺の前に対峙する。

「優兎、落ち着いて」

「こんな状況で落ち着いてたらおかしいでしょっ!華菜ちゃんから恭平経由で聞いたよっ!美鈴ちゃんが帰って来てないってっ!何でっ?鴇兄、何で探しに行かないのっ!?」

「優兎っ、落ち着けって」

「葵兄と棗兄は黙っててっ!」

こんなに声を荒げている優兎を見るのは初めてだな。こんなに真正面から怒鳴られる日が来るとは。優兎には悪いが少し感慨深い。

「どうしてっ?今までの鴇兄だったら直ぐに動いてたっ!美鈴ちゃんを見捨てる気っ!?」

見捨てる訳がない。俺が美鈴に対してそんな事する訳ないだろう。

「優兎。落ち着きなさい」

「だって、佳織さんっ」

「これは作戦なのよ。敵を炙り出す為の」

「敵を炙り出す…?じゃあ…じゃあもしかして、美鈴ちゃんを囮にしたって事っ!?」

俺と佳織母さんは無言で優兎を見つめた。

「そんなっ…。鴇兄…佳織さんも…。美鈴ちゃんが男が苦手だって怖いって知ってるよね?なのに囮にしたのっ!?」

「……そうだ」

「ふざけんなっ!鴇兄も佳織さんもっ!」

グッと胸倉を掴まれる。優兎のその表情は怒りより悲しみが支配している様に見えた。

「鴇兄は美鈴ちゃんの事、何でも分かってると思ってたっ!なのに、全然分かってないじゃないかっ!美鈴ちゃんが今どれだけ怖い思いをしてるかっ!鴇兄は全然解ってないっ!」

「……そう、かもな。俺は確かに、美鈴を全然理解出来ていない。だがな、優兎」

胸倉を掴んでいた腕を掴み、真正面から優兎を睨む。

「俺は、その理解出来ない美鈴の心すら全て守りたいんだ。…あいつはやられるだけの、怖がるだけの女じゃない。ただ怯えるだけの女じゃない。それを一番知っているのは俺だ。それだけは間違いなく断言出来るっ」

そう叫んだ瞬間、俺の携帯がビーッビーッと警戒音を鳴らした。動いたかっ!

「佳織母さんっ」

「こちらは任せてっ。直ぐに向かってっ!」

「あぁっ!」

俺は優兎と双子を力技でどかし走りだす。勿論車に向かって。

一方で部屋に残された四人は…。

「優兎、鴇兄さんが鈴ちゃんの事、解ってない訳ないよ」

「だってっ」

「優兎は気付いた?鴇兄さんの手」

「…手?」

「震えてたんだよ。あの鴇兄さんが」

「鈴を一番助けに行きたいのは…、鈴を囮なんかにしたくないって誰よりも思ってるのは、鴇兄さんなんだ」

「僕、あんなに余裕のない鴇兄さんを見たのは初めてだよ」

「だね。初めてだよ。僕達に、弟に向かって声を荒げたのも」

「あ…ぼ、く…」

「…若いわねぇ、皆。…大丈夫よ、優兎。鴇もちゃんと解ってるから。優兎が美鈴の事を心配して言ってくれてるんだってことは。それでも、自分が一番だって言う所は一応恋敵への牽制かしらね。鴇にしてみたら美鈴の中学時代、側にいれた優兎に嫉妬しているようなものだし。もう美鈴は鴇のものだってのに、余裕がないったら。若いわ。やっと来た青春かしら。おほほほほっ」

「おほほほって、佳織母さん」

「何かしら?」

「鈴ちゃんが鴇兄さんの恋人になったって事を知らなかった優兎が固まってるんだけど」

「あら?」

などと、俺が去った後に会話が繰り広げられていたらしい。そんな事俺は知るよしもなかったけれど。

車に乗りこみ、携帯で美鈴の携帯が壊れた時発動するGPS機能を起動して何処にいるかを確かめる。

…ここは…、やっぱり都貴の家か。しかも、このマンション。初代の俺が住んでいた場所じゃないか。嫌がらせか、この野郎…。

だが、その場所なら近道も知っている。俺は携帯を放り投げて、一気にその場所へと向かった。

そんな俺の車にぴったり追走する車がある。…金山の車か。しかも中には葵と棗、更に花崎と逢坂が乗りこんでいる。

流石佳織母さんだ。まさかここまで直ぐに対応してくれるとはな。

マンションの前に辿り着き、車を停めて直ぐに降りて走る。車の対処は金山がしてくれるだろう。

「鴇さんっ!こっちっ!」

「待ちなよっ、華菜っ!アタシも行くよっ!」

花崎は解るが、向井がいる?何でここに?

俺が疑問に思う間もなく、俺を追い越し花崎と並ぶ。

「円ちゃん?なんでっ?」

「そんなの、王子の様子がおかしかったからに決まってるだろっ。今日ばっかりはケンの事を振り切って来ちまったよっ!」

ふと振り返るとそこには金山と話している真珠の姿があった。それで一気に納得する。

三人で部屋まで全力で走り、部屋の前まで辿り着く。

「二人共どいてろ」

二人を一旦後ろに下げ、俺はドアを蹴破った。前世ではここで躊躇ったが為に美鈴を見つけるのが遅くなった。もう二度と同じ間違いは犯さない。

問答無用でドアを蹴破ると、花崎は勢いよく駆け込んでいく。

すると駆けつけた逢坂が花崎に駆け寄る。

「恭くんっ!片っ端から怪しい情報源を探りだしてっ!」

「了解だっ!」

「私はこいつのパソコンのデータチェックをするっ!」

美鈴に駆け寄らず真っ先に美鈴の今後を助ける為の行動を起こす。流石美鈴の親友と言い張るだけの事はあるな。

「王子っ!!」

向井が美鈴の姿を確認して、きっとこの部屋にある様々な違法物に気付いたんだろう。

直ぐにドアから外に出てマンションの通路から、下で待機している葵や棗に向かって叫んだ。

「双子の兄さん達っ!やっぱり警察を呼んだ方が良いっ!この部屋、いかにもな怪しいものばっかだっ!」

「分かったっ!」

「風間に伝えるっ!」

風間と電話していたんだろう。棗が直ぐに頷き返し、葵も多分だが親父に連絡をとっている。

なんだか、美鈴の周りが鉄壁過ぎて出遅れた感がある。だが…。

俺は美鈴に駆け寄り、その腰を抱き寄せた。

「美鈴、待たせたな」

そう囁くと、美鈴は嬉しそうに微笑み、それから都貴を睨みつけ言った。

「負けないっ。今度こそ、終わりにしてみせるっ!都貴くん、私から貴方を解放するわっ」

「……いつまでも、こっちがやられっぱなしだと、思うなよっ」

俺が叫んだ瞬間。


―――バリィンッ!!


窓ガラスが割れて、謎の黒服覆面男が都貴を守る様に立ちはだかる。まさか…。

「…先代の、金山か?」

俺がそう言うと、そいつは静かに覆面をとった。都貴の記憶に抗い続けていたんだろう。先代金山の素顔には幾重にも傷があった。

「もう、限界に来たか?」

そいつは何も反応を返さない。ただ無表情でこちらを見るだけ。先代とはいえ金山の素顔を見るのはこれが初めてだ。近江と確かに血の繋がりを感じる顔をしている。老いてはいるがやはり伝説級の忍者と言われるだけあり体もがっちりとしていた。

「…そうか。悪かったな。長い事耐えさせた。今、楽にしてやるからな。……美鈴」

「うん。解ってるよ、鴇お兄ちゃん」

頷き合い動く。

美鈴が手近にあった木刀を手に取り、都貴に立ち向かう。

それを止める様に動く先代金山を、俺は先に先代金山に殴りかかる。それを躱すのはもう予想済みだ。反動を利用して回し蹴りで追撃する。きっとそれは腕でガードするだろう。だが、問題ない。そのまま力でごり押すっ!

ギリギリと互いの力で均衡状態にあるが、…押し切るっ!!

「……ぐっ…!」

「こう、言っちゃ、何だがっ、自分より何十も上の爺に、力負けするつもりはっ、ないっ!!」

渾身の力を込めて蹴り飛ばす。

「ぐあっ!?」

窓の外へと蹴り飛ばし、この場から退場させる。

「金山っ!!真珠っ!!」

「お任せをっ!!」

「必ず止めてみせますっ!!」

窓から落下した先代金山の処理は後任に任せ、俺は都貴と美鈴の方へ意識を向けた。

「ちぃっ!」

金山がやられた所為で逃げようとするそいつを俺は殴り飛ばす。

「…何処に行こうって言うの?都貴くん」

床に転がった都貴に美鈴は一歩二歩と歩み寄る。

「私を最初この家に呼びこんだのは貴方でしょう?ほら、話しましょうよ。見られたら不味い画像とかあるんでしょう?私より優位なんでしょう?」

「ヒッ!?」

俺に殴られて歯が数本逝ってしまった状態の頬を手で抑え、床を這いずって逃げる。

「……私の事が欲しいんでしょう?」

一歩、逃げた分だけ美鈴は追っていく。勿論俺も直ぐに対処出来る様に美鈴の側を離れない。

「都貴くんは一体私の何を見て、そんなに好いてくれたのかな?言っておくけど私は―――」

美鈴が逃げるそいつに一気に追い付き、その背を全力で踏みつぶした。

「こういう女なの。私が大事にしているもの以外はどうでもいいのっ。例え、それで誰が苦しんでいようとも、ねっ!」

「うぐぁっ!」

背を踏む足にどんどん力が増していく。

「こんな私でも好き?忘れられない程好き?」

「そ、んな、訳、あるかぁっ!消えろっ!消えろよぉっ!暴力女ぁっ!」

「どうして私が消える必要があるの?消えるのは貴方よ」

言って、美鈴は都貴の背に薬を投げつけた。自分にかかるのを避ける為、美鈴は投げて直ぐ後方に飛ぶ。そんな美鈴を背後から抱きしめると美鈴はふわりと微笑んだ。

そして薬を投げられた都貴に視線を戻す。

奴は体を反転させて、仰向け状態で天井を眺めていた。

「あ…あぁ…。な、んだ、これ…。頭の、中が、ぼやけ…」

…あんな目にあってもまだ、美鈴が好きだったのか。あの薬は忘れたくない人間の記憶を消す。となれば、あんなに言われても美鈴が好きだったって事になる。美鈴に対する執着度合いが恐ろしい。

そのまま都貴は意識を失った。

動かなくなった都貴を見て、美鈴はホッと息を吐きだす。そして振り返り俺を見て、しょんぼりと落ち込みを見せた。何故?

俺が首を傾げると、小さな声で。

「こんな本性知って、鴇お兄ちゃんも私を嫌いになる?」

とまた可愛いことを言ってくれた。本当に可愛いな俺の美鈴は。思わず浮かんだ笑みをそのままに、

「いや。その程度で嫌いになる程、俺の愛はお安くない」

俺はそう耳元で囁いて、美鈴の頬にキスを落とした。

それと同時に外からサイレンの音が聞こえてきたのだった。


事情聴取など諸々の事は警察と一緒に現れた優兎や一部始終を知っている葵達に任せ、俺達は家に帰る事にした。勿論、実家ではなく。俺が一人で生活している方の家だ。

そう言えば帰り間際優兎に全力で謝罪されたが、別に俺は謝られるような事はされてないとそう素直に伝えた。…むしろ俺の方がだいぶ大人げなかったからな。

「どうしたの?鴇お兄ちゃん」

シャワーを浴びて、リビングに戻った俺は、先にシャワーを浴びてパジャマに着替えた美鈴に問いかけられた。

「いや。俺も大人げないって思っただけだ」

「ふみ?」

素直に答えたがそれだけじゃ当然意味は分からないよな。まぁ、分かる必要もない。俺は苦笑して美鈴を抱き上げた。

そのまま真っ直ぐベッドへと向かう。

そっと美鈴をベッドに降ろし、その上から覆いかぶさった。

「ねぇ、鴇お兄ちゃん」

「…どうした?」

「これで、全部終わったんだよね?もう、何も起きないよね?」

不安げに問いかけてくる美鈴に、俺はしっかりと頷き、

「あぁ。終わった。良く、頑張ったな、美鈴」

と、そう断言した。すると美鈴は幸せそうに、嬉しそうに微笑み俺を抱きしめた。


…外はまだ暗いが…そろそろ日が昇るか。

腕の中で、美鈴が穏やかな寝息を立てているのを確認して、ふっと幸福感が沸き上がる。

終わったと、美鈴には告げた。だが…あんなんで終わるような奴なら俺達はこんなに苦しんでいない。

起こさないように優しく美鈴を抱きしめて、頬にキスを落とす。そして、俺は静かにベッドから抜けた。

……これが、最後の闘いだな。あいつとの。

着替えて準備を整え、美鈴に貰った腕時計をしっかりとつけて最後にジャケットを羽織る。ゆっくりと美鈴に近づき、穏やかに眠るそのほわほわをそっと撫でて。

「……行ってくる」

眠る美鈴にそう告げて、俺はそっと部屋を脱け出した。

車を走らせて、迷いもなく真っ直ぐに山へと向かう。

滅多に人が来ない山。その中腹にある小屋へと続く道を走り、途中車両入山禁止区域まで来たら、そこから歩いて登る。目的の場所はそんな遠い場所じゃない。だから直ぐに辿り着いた。

そこは美鈴と俺が気持ちを通じ合わせた場所でもある展望台。

あの時俺は美鈴に次の日から改装が入ると言って安心させたが、実はそうじゃない。

ここは、俺と都貴静流が何度も殺し合った場所だ。あいつは何故かいつもこの場所に来る。この場所には、きっと何かある。そう思って佳織母さんに協力を願って様々な方向から調査した。そして出た結果は、ここは昔『神域』と呼ばれた場所で、ここでとある人物が呪いを行ったが為に『堕天域』と名称を代え呼ばれるようになったと言う言伝えがあったのだ。

『堕天域』と呼ばれるこの場所は軽く人を狂わせる。普通の人間は些細な事を思い出したり、逆に些細な事を忘れたり。些細な事と言えど、例えば恋人同士で来たりすると、喧嘩の種になったり仲直りのきっかけになったりと様々だ。そもそもこの神域を司っていた神、俺の予想では『時の神』なんだと思う。もっと詳しく言うなら『記憶の神』だ。

そんな場所はあいつにとって絶好の場所だ。記憶を維持して死ぬにも適しているし己に呪いをかける分にもやりやすいだろう。そして俺と殺し合う分にも。この場所で俺があいつを殺せば印象として強く残り呪いをよりかけやすくなる。

……どこまでも俺達は都貴静流に踊らされていたという訳だ。

だが、それも今日で終わらせて貰う。

鍵を使い、ドアを開ける。目の前には何もない。なのに、まるで見えない結界があるかのような禍々しい壁があるように感じる。

これこそ今更だ。今までの記憶なかった前世の俺ならまだしも、今の俺には何の妨害にもならない。

中へ入り一歩二歩と進むと、そこにあいつはいた。

「逃がさねぇぞ。都貴静流」

自分の心臓にナイフを突き立てようとしているそいつに、手近にあった空き缶をとり投げつける。

「なっ、なんでここにっ!?」

「お前が逃げる事なんてとうに予測済みだ」

驚いている今がチャンスとばかりに駆けだし、拳を繰り出す。

それを寸での所で回避され、そいつは手に持っていたナイフで俺に向かって斬りつけてきた。

「いつも、どの世界でも、お前はっ、ナイフなのなっ」

ナイフを避けてこちらからも攻撃を繰り出す。この素早い身のこなし…やはりか。

「同じ人間に転生出来ないように呪いをかけた癖に、何でお前は再び都貴に転生したっ!?」

ガッ!

ナイフを持った腕を蹴り飛ばし、追撃でそいつの顔を殴り飛ばす。最初の、初代の都貴であったなら殴ったらただ飛ばされ転がった筈。だが、目の前にいる都貴は殴り飛ばされたが何度か回転し態勢を立て直した。

これで間違いない。

武蔵の転生体は今目の前の都貴の中に戻って来ている。

「決まってるだろう。…俺に、指輪を、美鈴が自分の物だと主張してそれを見せつけたお前に逆襲する為だっ!こんな、こんな悔しい事があってたまるかっ!!今までこんな事一度もなかったっ!!いつだって美鈴は俺の物になって死んでるんだよっ!!お前の手に渡る事なく死んでるのにっ!!何で今回ばっかりこんな邪魔ばかり入るんだっ!!」

ギラッとこちらを睨む目が赤く充血している。唾を飛ばして狂ったように叫ぶ。けどなっ、


「ふざけてんじゃねぇっ!!」


ゴスッ!

「ぐふっ!」

全力で殴る。


「悔しいだっ!?」


ゴスッ!

更に殴る。


「逆襲だっ!?」


ガスッ!

血を吐き出すが関係なく顔面を殴り飛ばす。


「全部俺のセリフだ、このクソ野郎がっ!!」


ガンッ!

止めとばかりに渾身の力を込めて殴る。

けれど、地面に転がるのは許さない。胸倉を片手で掴みあげて、締め上げる。


「てめえの所為で俺は美鈴を、大事な女を何度も何度も目の前で失ってるんだよっ!!何度絶望したと思ってんだっ!!」

「うぐっ…うるせぇ、んだ、よっ!!」


ガツンッ!

頬を殴られて、手の力が緩む。その隙を突かれ、手を弾かれ腹部に膝蹴りが入る。

だが今は痛みよりも、何よりも…俺の中には目の前の男に対する怒りしか無かった。

殴って、殴られて、蹴って、蹴られて、投げられて、投げ飛ばして…。

骨の一本や二本は既に逝ってるかもしれない。けれど、怒りが止まない。こいつへの殺意が止まらない。

殴り合いが続いて、互いの力で体が崩れ落ちる。…だが、そんな暇はない。


「お前を殺してっ、美鈴を抱くっ!!もう二度と俺を忘れないようにっ、あの体に刻みつけてやるっ!!俺の存在をっ!!」

「させる訳ねぇだろっ!!てめぇは今ここで死ぬんだよっ!!例え相打ちになったとしてもっ、てめぇの存在だけは消すっ!!俺は、そう、誓ったんだよっ!!」


ゆったりと立ち上がり、口から流れる血を吐き捨て、拳を握る。

都貴静流も同じく立ち上がり拳を握って…。

渾身の一撃を繰り出そうとした、その瞬間。


――バシッバシッ。


俺と奴の拳が突如介入して来た人間に受け止められた。

その人間を見て、俺は目を丸くした。

「……おや、じ…?」

「鴇。手を引け」

何言ってる。今ここで引いたらこいつを消す事が出来ない。こいつを野放しにしたらまた美鈴が苦しむんだっ!

「……親父、そこをどけ。こいつはここで殺すっ!親父なら解るだろっ!こいつをここで解放したら美鈴がっ!」

ギリギリと握られた拳に力がこもる。だが親父はビクともしなかった。逆に都貴は握られた手を取り戻そうとしているがやはりビクともしない。

「―――鴇」

この声、は…。

背後から声がして、それでも振り向く事が出来ない。都貴に背を向ける事が出来ないから。

「鴇。もし貴女が相打ちとなってでもそいつを殺す事を美鈴の為と言うのなら、私は貴方を殴るわ。全力で」

「…佳織、母さん…」

スッと横に並び、俺の背を擦る。落ち着くように、冷静になれ、と。

俺の拳から力が抜ける。緊張感から解き放たれた所為か徐々に全身から力が抜けて行く。けれど気合で倒れる事だけは避けた。

「何で、ここに…?」

「勿論。可愛い息子と娘を助ける為よ」

佳織母さんが俺の体を支える様に肩に腕を回してくれる。一方の親父は…。

「今、君に死なれるとまんまと逃走を許す事になるからね。悪いが、拘束させて貰う」

穏やかに言った声とは裏腹に、

「ひ、ひぎぃっ!」

親父に捕まれた都貴の手は、みしみしと音を立てて徐々に握り潰されていく。都貴の手の骨は既に粉々だろう。…正直やっている事は俺より酷い。

「全く。……君が余計な事を…、俺の娘と息子に手を出してくれたおかげで私は世界中を回って、アイツの手紙を探し回らねばならなくなった」

「こ、この野郎ぉっ!」

殴りかかってくる都貴を片手でいなし、掠る気配もなく都貴の腹部に重い拳の一撃が決まる。

「アイツ…?」

佳織母さんが首を傾げた。俺も勿論誰の事を言っているのか解らない。

ただ俺に出来るのは親父の動向を見守る事のみだ。

「ごほっ、ごふっ」

地面にうずくまり、咳き込み血を吐くそいつの前にしゃがみ込むと、親父は奴の髪を掴み上向かせた。

「本当なら直ぐに明け渡すべきなんだろうが…。前世で私の子でもある美鈴を犯し殺したんだって?」

ゾワッ!

親父の本気の殺気に鳥肌が立つ。

それに今親父は聞き捨てならない事を言っていた。『前世で私の子でもある美鈴を犯し殺した』と。

と言う事は、親父は…前世では西園寺華の父親だったって事か?嘘だろう?

いや、だが、そう言われてみれば、親父の美鈴への溺愛っぷりも納得出来るような…。

「…目の一つや二つ、顔の一つや二つ、崩れても構わないよな?」

親父がそう言った瞬間、ピカッと突然光が現れて。


『―――ッ!?』


その光はどんどん大きくなっていく。一体何なんだっ!?

きつく目を瞑って光をやり過ごそうとしていると、


『マコト。本当に君は怒ると手が付けられないね。息子に殺すなと言っておきながら、自分も殺そうとするんだから』


どこか聞いたことのある声が耳に届く。この声は、確か俺が記憶を取り戻した時に…。


『そうだよ。マコトの息子にしては良く頑張ったじゃないか』


誠の息子にしてはって、一体誰なんだ…?


『誰って、見て解らないかな?』


眩しくて目が開けられないんだが?


『あ、成程。じゃあ光を抑えてあげるよ』


瞼越しにも刺さる光が徐々に抑えられて、俺は漸く目を開ける事が出来た。

そして、目に入った光景は…。

さっきまでいた展望台の中ではなく、だだっ広く只々真っ白な空間。どこを見ても建物も木も山も道も何もない、本当に『空間』と呼べる場所。そこに波かかった金髪の男が白いローブのようなものを着て立っていた。俺だけがここに来たのか?不安に思って周りを見るとそこには都貴を拘束している親父がいて。隣には、金髪の男を見て、限界まで目が見開かれた佳織母さんの姿があった。

「りょう、いち…?」

小さく、本当に小さな呟くような声で佳織母さんが目の前の男の名を呼んだ。りょういちってまさか…嶺一?美鈴の父親か?

男は佳織母さんを見て優しく微笑んで、そのまま視線を都貴にうつした。

「さて、と。マコト。そこを退いてくれる?え?退かない?仕方ないなぁ。じゃあ君ごと燃やしちゃうねっ。うんっ。そうしようっ」

「何がそうしようだ、馬鹿野郎。お前と言う奴は毎度毎度面倒ごとばかり押し付けやがってっ!」

「あははっ」

「あははじゃねぇ。全く。さっさとこいつ持って行けっ」

ポイッと手に掴んでいた都貴を美鈴の父親の前に放り投げた。手の骨が砕かれているそいつはバランスを保てず、そのまま地面に転がる。

「…おま、えは、一体…?」

「お前?…一体誰に向かってそんな口を聞いている?」

絶対零度の瞳でそいつを見降ろす。こうして見ると美鈴はやはりこの人と佳織母さんの血が入っているんだと良く解る。怒り方が同じだ。

「誰のおかげでお前はこうやっていれると思っている?」

「なっ、にっ?…どう、いうっ…」

パチンッ。

美鈴の父親が指を鳴らしたと同時に、ふわふわと都貴の体が浮かび上がる。

動く手で喉を抑え、口をパクパクと動かして何かを訴えているが、声を封じられたのか、何も聞こえない。

「…『私の力』を『無断』で使用しておきながら、その態度は頂けないな。君はね。『ショウコ』の息子だから、おれは見逃していたんだよ。でもね、おれの大事なカオリを傷つけ、更には愛しさの結晶でもある美鈴をも傷つけた。許せる訳ないよね?」

「~ッ、~~ッ!!」

「君がここまでしなければ、おれは君の記憶を消すだけでとどめようと思った。その為のマコトの息子に与えた丸薬だ。だと言うのに、どうだ?そんな私の恩恵を理解せずに美鈴に君は何をした?犯し、傷つけ、恐怖を植え付け、五感を失わせ、最後には己を美鈴の恋人に殺させようとした。ここまで『神』に逆らうとは思わなかったよ」

か、み…?

言われて何かがストンと落ちた気がした。一気に納得出来た気がしたんだ。

「輪廻を荒しに荒らし回った君は、記憶の全てを剥奪」

パチンッ。

二度目の指の音。

すると、先程まで暴れていた都貴から動きが全て消えた。美鈴の父親の力で宙に浮いてはいるが、体はもう微動だにしない。呼吸ですらしているかどうか解らないほどだ。

「それから、君の転生録から『人』の項目を全削除。犬や猫等のペット系も人と関わるものは全て削除」

「ちょ、ちょっと待ってくれっ」

俺は慌てて声を上げた。それだと困る事があるんだ。

「?、どうしたの?」

「それだと、新田が…美鈴の友達が悲しむことになる」

近江は都貴の転生体だ。都貴の記憶が消されるのは良いが、人の項目を消されるのは困る。それに金山だって…。

「あー…そう言えば、そんな事もあったね。うぅ~ん…じゃあ、仕方ないな。転生録から消すのは、美鈴が一生を終えた後にするよ。それなら良いだろう?」

「…あぁ。助かる。ありがとう」

「ふふっ。どういたしまして。マコトの息子なのに礼儀正しいね。ミオの躾が良かったのかな?」

「うるさいぞ。リョウイチ。さっさと残りの処理をしてしまえ」

親父が不貞腐れてる。レアだ…。

「分かったって。全くマコトは相変わらず細かいな。じゃあ、最後だ」

パチンッ。

三度目の指の音。

それと同時に、この何もないはずの空間に穴が開く。その向こうには、暗闇が見えて、奇妙な木や紫の泥の沼が見える。魔女の森とか魔界とか言う言葉が似合いそうな場所だ。

「転生録から消す事が出来なくなったから、君はこれからこの世界で過ごして貰う。どうせ記憶も何もなく動けもしないだろうから、直ぐに養分にされるだろうけど、まぁ、何とか生きてみなよ。じゃあね、『死神』くん」

吸い込まれるように穴の中へ都貴の姿が消えて行く。完全に体が消える瞬間、都貴と目があった気がしたのはきっと気のせいだろう。あの口で最後まで美鈴の名を呼ぶなど許せないから。だから気の所為と言う事にしておくのだ。

「さて、これでオッケーと」

言いながらまるで手品の様に、二、三回手を振るだけで空間の穴が閉じる。

「やー。面倒だったねぇ」

「面倒ってお前」

美鈴の父親と親父が会話しているのを眺めていると、俺を支えている体が震えた。佳織母さん、泣いてる、のか?

それもそうか。かつて愛した人が目の前にいるんだからな。

俺は佳織母さんからよたつきながらも体を離し、軽く背中を押した。話して来い。そう意味を込めて。

「りょう、いち…」

俺に背を押されたように、佳織母さんが一歩二歩と美鈴の父親に近づき、そして…。

「佳織…」

「嶺一っ!」

互いに名を呼び合い、駆けだして。これは、あれか?抱き着いて、感動の再会を喜び合う…、


「こんの大馬鹿者ーーーっ!!」

「おぎゃあああああっ!!」


ではなく盛大な飛び蹴りが美鈴の父親にぶち当たった。

親父、良い笑顔で頷いてるな。俺は展開に付いて行けなくて唖然としっぱなしなんだが?

「どう言う事なのよっ!1から10まで全部説明しなさいっ!5文字以内でっ!」

「少なっ!?佳織、それは流石に無理だよっ!!」

「あん?説明しろって言ってるのよーっ!!」

……佳織母さん大噴火。えーっと、ちょっと待て?

「佳織母さん。全部分かってたんじゃないのか?だから親父と助けに来てくれたんだじゃないのか?」

「知らないわよっ!最近誠さんはずっと独断で動いてたしっ!私は鴇が一人で行動するだろうって思って、鴇の行動を見張ってただけよっ!美鈴の喘ぎ声を堪能なんてしてないわっ!!」

「ちょっと待てっ。最後のだけは駄目だろうっ!」

「我が娘はとても可愛かったわっ!」

「いや、まぁ、それはそうだが…ってそうじゃないっ!」

駄目だ。これ以上そっちに話を持って行ったらいけない。

「あー、久しぶりの佳織の声だ。うわぁ、嬉しーっ」

「きゃっ、ちょっ、嶺一っ!私は怒ってるんだからっ!抱き付いてないでちゃんと説明しなさいってばっ!」

「俺も解らない所がある。きっちり説明しろ、リョウイチ」

あ、親父が佳織母さんを奪い返した…。

「説明って言ってもな。…とりあえず、皆座りなよ」

パチンッと指を鳴らした瞬間、何故か六畳分くらいの畳とその上に茶請けセットと救急箱が乗ったちゃぶ台が現れた。

仕方なく皆そこへ集まり座る。土足厳禁と畳に書かれていたので靴を脱ぐ。どうでもいいが、骨が逝ってる所為で体が無茶苦茶痛いんだが…。

「一応薬も入ってるから、手当てしてあげる。骨折にはそこにある飲み薬、他の打撲とかは軟膏と湿布があるから。大丈夫。いつも飲んでたのと変わりないよ。金山印の丸薬と同じ物だから。あれもおれが入れ替えてたんだ」

「ありがとう、ございます…?」

手早く手当てをしてくれたかと思うと、お茶と煎餅が差し出される。大人しくそれを受け取り食べる。

「まず簡単に説明すると、『おれ、神なんだ』って事かな」

本当に五文字で説明終えやがった…。正しくは漢字変換しないと五文字にはならないけどな。

「句読点が入ってるからダメよっ!」

「ええーっ!?って佳織ならそう言うと思ってたよ。冗談は抜きにして、マコトの息子くんなら解ると思うけど、美鈴って前世との記憶がある時とない時があっただろう?」

「あった」

「それは何故か。理由は簡単だ。神であるおれの子だからだよ。証拠にマコトの子として産まれていた時には記憶がない」

「……もしかして、この地の神話は」

「そう。おれの事。おれは『記憶の神』だ」

「嶺一。昔私に『神なんていない』って言ったじゃない」

「あぁ、うん。言った。だって佳織にとっておれは神じゃなく、幼馴染で恋人で夫だったから」

「今は違うけどな」

…大人げねぇな、親父。

「おれは佳織の側にいたいが為に、人間に生まれ変わるようにしてるんだ。勿論『神』だからね。力は大幅に封印している。だがおれは『記憶の神』だ。どんな『生』でも記憶だけは残るんだよ」

「…おい、リョウイチ。ちょっと待て。俺はお前と記憶を共有する為に手紙を書いてるよな?その言い方だと、まさかお前俺の知らない間にカオリに近づいていたなんてこと…」

「てへっ☆」

「てへっ☆じゃねぇっ!さてはお前っ、俺の記憶操作してやがるなっ!?」

「だから言ったじゃん。おれは『記憶の神』だって。手紙にもそう書いてただろ?」

手紙?そう言えばさっきから会話に手紙って出て来てる。一体何の話だ?

「はぁ…。鴇。俺とリョウイチは人間に転生するたびに人として生きた記憶を全て保持している。そして必ずカオリを二人で取り合っていたんだ。抜け駆けを禁止する為に、互いの情報を手紙に書いて転生した場所の近くにある図書館に隠すと約束を決めて。俺達はカオリに会うと記憶を取り戻すようになっている。そう思ってたんだがな。どうやら裏切り者がいるらしい」

親父がじと目で美鈴の父親を睨んでいる。成程。その手紙だって、記憶の神として操作する事なんて造作もない訳だ。

「言っただろう。佳織。リョウイチはそんなに良い奴じゃない、と。これだけ性格が捻じくれまくってるんだよ。もう、リョウイチに心を許すのは止めた方がいい」

「そうねぇ」

「うわぁっ!ちょっと待ったちょっと待ったっ!だから今回おれ頑張っただろっ!マコトにおれの作戦が通じる様に沢山メモ残したしっ!お前の息子にも声を届けたしっ、美鈴の心も出来る限り守ったしっ!」

滅茶苦茶焦ってる。

「確かに沢山メモはあったな。世界中に。もう少しどうにかならなかったのか?」

「無茶言うなよ。神であるおれが干渉出来る事には限度があるんだ。そもそも本来は神が人に生まれるようにするのも違反なんだ」

「ならそのまま神でいればいいものを」

「そんなことしたらカオリといちゃいちゃ出来ないじゃないかっ!」

「そもそも神が人に惚れるなと言ってるんだっ!」

「仕方ないだろっ!おれだって元は人なんだよっ!」

「そんなの俺が知った事じゃないっ!」

「おれがカオリの処女を貰う為にどれだけ努力してると思ってっ!」

「そうだっ!それについても俺はお前に言いたい事があるんだっ!!そもそもお前はっ!!」

「だああああああっ!!良い年した中年二人がぎゃんぎゃん騒いでるんじゃないわよっ!!」

ドスドスッ。

佳織母さんの拳が二人の脇腹に減り込んだ。

……佳織母さんの慣れてる感。これっていつもの事なんだろうか…?

「あ、あいかわ、らず…効く、ね…」

「この程度でやられるとは相変わらずやわな奴だな」

「…マコトは、本当、人離れしてるよ。神のおれと親友張れる人間ってそういないよ…」

同年代に対する口調と言うか、何と言うか。親父のこんな話し方。滅多に聞く事がないから新鮮だ。

「ねぇ?嶺一。一つだけ聞かせて」

「?、なに?」

「美鈴は、これでもう殺される事は、なくなるのかしら?」

佳織母さん…。

いつになく真剣な瞳が美鈴の父親へと向けれれる。それに美鈴の父親は真剣な瞳で返し、ゆっくりと微笑んだ。

「……『確実』に殺される事はなくなったよ。数多くある人生の中で、それでも後数回の人生は殺されて死ぬことがあるかもしれない。けれど、それはどうしようもないし、それに、今を生きている『美鈴』は大丈夫だよ」

「そう…。そうなのね…」

「佳織…」

佳織母さんがそっと瞳を閉じた。その閉じた瞳から滴が溢れ頬を伝う。

「やっと、やっと私の娘が幸せになれるのね。やっと女としての幸せを手に入れる事が出来るのねっ」

「どうにかすると伝えて、これだけ時間がかかってごめん。佳織。どうしても準備が必要だったんだ。マコトの息子くんも悪かった。都貴は『ショウコ』の強い力を引き継いでいるが為に力を持った奴に惹かれたんだ」

美鈴の父親が佳織母さんをそっと抱き寄せた。何か言いたげな親父もぐっと今は堪えている。

「神の力を継いでいる『美鈴』に執着したのはその所為だ。奴は美鈴の神の力に狂わされていたんだろう。その所為で人を簡単に殺す『死神』へと堕ちていたんだ。だが、おれ達神の視点だと死神もまた必要な世界のパーツだ。奴らがいるから世界の命が調整される。だから、おれは最初排除するつもりがなかったんだよ。あいつがおれの子を殺したりしなければ手を出すつもりはなかった。そもそもがどんな神も元は人だからね」

「元は人…」

「神なんてのは所詮、人より強い力をもった人間に過ぎないんだよ。…っと、あぁ、そろそろ時間かな」

「時間?」

突然、俺達が座っていた筈の畳が消えて、ちゃぶ台も消える。

いきなり何にもない場所に座らせられて、良く解らないまま立ち上がると、今度は空間も歪み始めた。

「ここは神の空間だからね。長いこといられないんだ。おれも今回の騒動の為に、しぶしぶカオリがいない世界に生まれているし。ここを出なくちゃ」

「嶺一?」

「佳織はおれの与えたヒントを無意識の内に受け取ってくれて、行動してくれて嬉しかったよ。ゲームを通じてでないと生きている世界と別の場所に干渉なんて出来ないから」

…もしかして、ヒロイン補正は美鈴の父親がかけた制御か?と言う事は、ゲームを作ったのは…。

「嶺一さん。貴方ですか?美鈴を主人公にした乙女ゲームと言う名のヒントを作ったのは」

問うと、美鈴の父親は笑みを浮かべしっかりと頷いた。

「これからまた仕事に戻らないといけないんだ。ゲームを作ってる最中なんだよ。……薫と華の為の、ね。あぁ、そうだ。良い忘れてた。カオリ、君の親友からの伝言」

「ミオ、から?」

「『またいつかカオリと再会出来る事を祈ってるわ。いずれきっとまた【時の巫女クロノ・メディウム】の三人が集まる時が来るでしょう。その時は三人でお茶をしましょうね』だそうだよ。それから、マコトの息子」

「俺?」

「君にも伝言がある。『今度こそ幸せになりなさい』だそうだ。ミオは君の幸せの為に…いや、これは言わないでおこうか。でないとおれがミオに怒られるからね」

……母さん…。

ぐにゃりとまた空間が歪む。

今度こそ今いるべき世界へ戻されるのだろう。

「嶺一っ」

佳織母さんが美鈴の父親に抱き付いた。

「ありがとう。ありがとう、嶺一っ」

「佳織…」

二人が別れを惜しむ様に抱きしめ合う。そしてゆっくりとその唇が重なった。触れて離れて、また触れて。

「好きよ。愛してる。…また、次の世界で会いましょう」

「あぁ。おれも愛してるよ。佳織。美鈴の事、頼んだよ」

「任せて。…貴方との子ですもの。必ず幸せにしてみせるから」

そう言ってもう一度唇を重ねて、佳織母さんは俺の隣に立った。

「いいか。リョウイチ。もう二度と俺の記憶を操作するなよっ?、……俺達は親友、だろう?例えお前にカオリを取られたとしても、俺はお前の親友をやめるつもりはないからな」

「分かった。…ふっ。相変わらず実直な奴だな、お前は」

「お前が不真面目過ぎるんだよ。じゃあな、親友」

「あぁ、またな。佳織を任せた」

親父と美鈴の父親の拳がぶつかり合う。

そして親父も俺の横へと並んだ。すると空間は歪みを大きくして、最終的に光に包まれた。

「あ、そうだ。良い忘れてたっ。嶺一ーっ!まだ私に説明しきれてない所あるでしょーっ!今度再会した時全て話さないと鉄拳制裁だからねーっ!」

「はっ!?えっ!?ちょっ、佳織っ!?制約で言えない事もって、あーーーーっ!!」

美鈴の父親の叫びと共に、俺達は光から解放されて、元の展望室へと戻って来た。

「さて。帰りましょうか」

「だな。鴇、歩けるか?」

親父に言われ、確かめてみるに薬が効いているのか問題なく歩けそうだった。

ふと先程までいた筈の都貴の存在がないことに違和感を感じつつ歩きだす。

「都貴静流の存在はどうなるのかしら?」

「いなかった事になるんだろうな。リョウイチの言う記憶操作とはそう言う事だろう。奴は神だからその位どうって事ないはずだ」

「だったら何で最初から都貴の存在を消さなかったのかしら?」

「言っていただろう?死神もまた必要な世界のパーツだと。利用するつもりだったんだろう。美鈴の存在に関与してこない限りは」

…こう考えると確かに親父の言う通り、美鈴の父親は良い性格をしていたんだろう。

展望台を出て、俺は車に乗りこむ。親父も車で来ていたのか佳織母さんはそちらに乗るつもりらしい。窓を開けて先に行く事を告げようと顔を出すと、佳織母さんが言った。

「あ、そうそう。鴇」

「なんだ?」

「貴方美鈴が寝ている間に出て来たつもりなんでしょうけど」

「?」

「女の勘、甘く見ない方が良いわよ」

「は?」

「多分、いえ、間違いなく美鈴起きてるわ」

「はっ!?」

慌てて時計を見るとまだ朝の六時。普通なら起きてないはず。都貴の所為でかなりの精神疲労があったことに加えあれだけ抱き合ったんだ。起きてるはずがない。

「言った筈よ、鴇。女の勘を甘く見るなって。賭けても良いわ。玄関で泣きながら仁王立ちは覚悟しておいた方が良いわね」

そんな訳ない。と全力で否定出来ないのが辛い。

「という訳で、ほら。鴇」

「親父?…これって」

渡されたのは紙袋。しかも、これは俺が注文していたジュエリー店の紙袋だ。

「ま、頑張れ」

中に入っているものは想像つく。

ありがたく受け取り、俺は焦りながらも先に行く事を二人に告げ帰宅した。

そして―――。


「鴇お兄ちゃんのばかぁっ!!」

号泣して仁王立ちしている美鈴に玄関を開けた早々怒鳴られたのだった。

「何で一人で行っちゃったのっ!!目を覚まして隣見たらいなくて、服もなくてっ!!帰って来なかったらどうしようってっ!!」

「わ、悪いっ、美鈴っ、俺が悪かったから、泣くなっ」

「悪い何て思ってない癖にっ!!うわあぁんっ!!」

とうとう、しゃがみこんで泣きだした美鈴を俺は慌てて抱きしめる。けれど、美鈴は素直に抱きしめられてくれず暴れる。

佳織母さん。女の勘、恐ろしいな。

これ以上暴れられても困る。俺は態と傷が痛むふりをした。…実際痛いんだけどな。

すると気付いた美鈴が直ぐに動きを止めて、心配そうに頬に触れてきた。

その美鈴をそっと優しく抱きしめて、耳元で告げた。

「都貴と決着をつけてきた。もう、都貴はお前を狙ったりしない。柵は全て排除した。だから、美鈴…」

「鴇お兄ちゃん…?」

美鈴を少しだけ離して、その左手を掴み、指輪をはめる。

「これは正真正銘俺が自分で選んで金を出して買った指輪だ」

「え…?」

涙を溢れさせながらもキョトンとするその顔が可愛い。


「美鈴。俺と結婚しよう」


一瞬目を大きくさせて、次の瞬間にはその瞳から大粒の涙を零して。

その涙すら愛おしくて、眦にキスを落とす。


「なぁ、美鈴。返事は?」


聞くと、美鈴は壮絶な程の綺麗な笑みを浮かべて、


「はいっ」


と頷いた。嬉しさでどちらからともなく唇を重ね合う。

やっと、やっと…全て終わった。美鈴と一緒に未来を歩んでいける。


長かった夜が開けた瞬間だった―――。

次回最終話(ノД`)・゜・。

その後、小話が入り、完結いたします…長かったような、早かったような…。

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