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※※※

頬を、頭を、撫でる温もりを感じて、ふと目を開く。

カーテンから差し込む光の眩しさと、それを背に私のすぐ横で微笑む鴇お兄ちゃんの顔。

手を伸ばして、鴇お兄ちゃんの首に抱き付いて。

「おはよう、鴇お兄ちゃん」

微笑みながら言った。すると鴇お兄ちゃんも幸せそうに目を細めて、

「あぁ、おはよう。美鈴」

と答えてくれた。

どちらからともなくキスを交わして、幸せな微睡みを堪能する。

「鴇お兄ちゃん。パジャマ、着せてくれたんだ?」

「上だけな。俺も下だけ履いてる。抱き合ってるから寒くはないだろ?」

「うん。寒くはないけど…」

「?、どうした?」

微睡みの雰囲気を壊してしまうから、言うのを躊躇ってしまうんだけど…。うん。気になるから覚悟を決めて聞いてしまおう。

「鴇お兄ちゃん。ここ、どこ?」

「ホテル」

「うふふ。さくっと返事が返ってきたけど、私の求めた答えじゃない気がするのー。えーっと、ラブがつく方の?」

「いや?普通のホテルだが?」

うん。それは何となく想像はついてた。けど一応確かめたの。ラブではないほう、なんだよね。うん。気付いてたよ。

でもね、鴇お兄ちゃん。

「めっちゃ高そうっ!」

両手で顔を覆う。まさかの高級ホテルっ!

ベッドがデカいっ!シーツの質が違うっ!部屋が広いっ!しかも天蓋がついてるっ!

「高そうって、お前、気にするのはそこなのか?」

「むっ…。だって、私は鴇お兄ちゃんと一緒にいられればどこだっていいもの」

すりっと鴇お兄ちゃんの肩に額を擦り付ける。

「……あんまり可愛いこと言うな。我慢出来なくなる」

「昨日あれだけしたのにっ!?」

「あれだけって。二回だけだろ?」

「じゅ、十分でしょ?」

「いや。正直言って足りない」

鴇お兄ちゃんの腕が私の体を抱き寄せる。

はわわわっ!?

な、何か話を逸らさないとっ!じゃないと、鴇お兄ちゃんが暴走しちゃうっ!

昨日が初めてだったんだし、これ以上は流石にきついっ。

って言うか、そうだよ。思い出した。

「はいっ、鴇お兄ちゃんっ」

元気に挙手。

「なんだ?」

鴇お兄ちゃんのエロモード回避成功っ!

「き、昨日さ?丘の展望台で、その…」

「ん?…あぁ。成程。大丈夫だ。貸切にしたって言っただろ?」

「や、それでも、あの…」

い、色々あるじゃん?痕跡とか色々…。

もごもごと口ごもっていると、鴇お兄ちゃんがふっと苦笑して私の額にキスをした。

「問題ない。あの展望台は白鳥の管理物だ。それに今日から改装が始まるから。正しく言えば、貸切じゃなくて、一時閉鎖されてたんだ。だから人も俺達以外いなかったし、鍵は昨日お前が寝てから金山に渡してる。今頃工事が始まってるんじゃないか?」

「そ、そうなんだ…」

ホッと一安心。……はて。本当に安心して良いのかな?

細かい事は………考えないようにしよう…。

そう言えば、二人でまったりしてるけど、今何時くらいなんだろう?

「今、何時?」

「10時ちょっと前ってとこか」

鴇お兄ちゃんがサイドテーブルにある腕時計を取って時間を確認する。

そうだ。腕時計っ!

私の鞄、どこだろ?

体を起こして、首を傾げる鴇お兄ちゃんを横目に鞄を探す。

あ。あった。

窓際にあるソファの上。

ベッドから降りて、…うっ。下半身が、痛い…。が、我慢。

ゆっくりと歩いて鞄の中をガサゴソと漁って、一昨日買ったプレゼントを取りだす。

ベッドに戻って、また鴇お兄ちゃんの横にもそもそと潜り込む。

「美鈴?何してるんだ?」

「これ。鴇お兄ちゃんにあげようと思って」

「うん?」

鴇お兄ちゃんの手にポンッとプレゼントを置く。

何なのか気になるのか、鴇お兄ちゃんは体を起こして、枕をクッション代わりに座る。

手早くラッピングを解いて、中を見て鴇お兄ちゃんがまた驚きに目を見開く。

「…腕時計、か?」

「うん。…前世でもあげる筈だった、時計。買った時は私このデザインが好きなのかな?とか思ってたけど。でも違ったね。鴇お兄ちゃんに似合うものを私無意識に探してたんだ。だってその証拠に前世の私もこれと似た腕時計を買ってるの。鷹村先輩に似合うと思って」

「…ッ…」

あ、あれ?気に入らなかったかな?やっぱり私のセンスは駄目?駄目なのですか?

不安で鴇お兄ちゃんの足に手を乗せて下から覗き込むと、そのまま鴇お兄ちゃんに抱きよせられた。く、苦しい…っ、体が捻られて、態勢がつら…が、頑張るよっ、鴇お兄ちゃんの為ならばぁっ!

「お前、どんだけ、俺を喜ばせる、つもりだ?」

「どこまでも」

にっこり。

鴇お兄ちゃんが喜んでくれたら、私も嬉しい。だからこれは私の為なのです。自分の幸せの為なら人はどこまでも貪欲だよね?

「ふふふ。鴇お兄ちゃんが驚いてくれて、しかも喜んでくれたなら。今回は私の勝ちだね」

どやぁっ!

こんなレアな鴇お兄ちゃんを見れたぞ。やっと鴇お兄ちゃんを負かす事が出来たかもしれないっ。ふっふっふっ。

「…俺はいつもお前に負けっ放しだ。……ありがとな、美鈴」

「うんっ」

鴇お兄ちゃんは腕時計を早速腕につけてくれた。

「似合うか?」

「うんっ。カッコいいっ」

似合う。すっごく似合う。えへへ。私のセンス間違ってなかった。

地味に喜びをかみしめていると、ふわりと鴇お兄ちゃんに抱き上げられた。膝の上に座らせられる。鴇お兄ちゃんに触れていられるのは嬉しいから、まるでゴロゴロと喉を鳴らして懐く猫の様に鴇お兄ちゃんの肩に擦り付く。

すると、左手を何故か持たれ、薬指に…。


「…え?」


思わず零れた驚きの声。

でも、驚かずにいられないよ。

「鴇お兄ちゃん、これ…」

「俺が前世でお前に渡すはずだったものだ。デート当日に渡そうと思ってお前が死んだその日に買った。まぁ、これは残念ながら自分で買ったものじゃないがな。大事な人が出来たら渡すようにと親父と佳織母さんが大事にとって置いてくれた俺の母親の形見だ」

私の左手の薬指にプラチナのリングがきらりと輝く。

「こんな、大事なモノ…いいの?」

「大事だから、お前に渡すんだ」

嬉しくて、昨日あれだけ泣いたのに、まだ涙が込み上げてきそう。

右手で左手を覆うように握った。

「…美鈴。全ての事が片付いたら、俺が買った指輪も、この指にはめてくれるか?」

「鴇お兄ちゃん…」

「今度こそ、お前と一緒に歩みたいんだ」

私も…。

私も同じ気持ち。鴇お兄ちゃんと一緒にいたい。今度こそ離れずに側にいたい。

左手の薬指にキスされる。まるで、誓いのように。

「……このままもう一度、抱きたい所だが…美鈴。一旦帰るか」

「うん?鴇お兄ちゃん?」

どゆこと?いや、もう1ラウンドする体力はないんだけども。

鴇お兄ちゃんがぎゅっと私を抱き寄せた。

「お前を守る為に。お前と一緒に歩むために。今度はこちらからうって出るっ」

「え?」

驚く私の頭を撫でて、キスをしてくれる。

「その為にも、情報が必要だ。俺の持ってる『俺』だけの情報。そして美鈴。お前の持ってる『お前』だけの情報があるな?」

「う、ん」

「更に、佳織母さんも持ってるな?美鈴にも話していない情報が」

どうして知ってるんだろう?

驚かされっ放しなんだけど…。目を真開き過ぎて乾きそうだよ、鴇お兄ちゃん…。

「全部聞かせて貰う。今の俺達なら聞いても良い筈だ。『今』の『俺達』なら」

「鴇お兄ちゃん…うん。そうだねっ。私もねっ。奏輔お兄ちゃんと話をしてから、ずっと思ってたの。一矢報いたいってっ」

やり返したいってずっと思ってたのっ!

でもそう思ってても今まで何も出来なかった。やり返したくてもやられっ放しだった。

だから、今度こそはっ!

「……って、鴇お兄ちゃん。何してるの?」

人の肩やら鎖骨の間やらにキスしてるのかと思えば、たまにチリッと痛いんだけど…?

「二人っきりの時に、他の男の名前を出したから、罰として俺の所有印つけてる」

「……奏輔お兄ちゃんは、鴇お兄ちゃんの友達だよね?」

「それでも、だ」

鴇お兄ちゃんの独占欲って新鮮かも。ちょっと可愛いよね。

でもあんまり見える位置に痕を付けないで欲しいなぁ…。もしくは、私にも痕つけさせてくれる、とかね?

「……もう、仕方ないなぁ。じゃあ、私もつけていい?」

「いいぞ?」

「わーいっ♪どこに歯型つけようかなぁ♪」

ニッコリ。

さーて、どこを齧ろうかなぁ♪

やっぱり良く見える肩や首などを少々…キラリッ、

歯をカチカチと輝かせていると、鴇お兄ちゃんのキスの嵐が止んだ。これで良しと。

私達は顔を見合わせて、微笑み合って。

一旦帰るとは言ったものの、この幸せな時間を終わらせるのが惜しくて。

暫く鴇お兄ちゃんと二人抱きしめ合って互いの鼓動に耳を寄せていた。


ゆっくりと鴇お兄ちゃんと幸せを堪能して、ホテルを出て車に乗りこむ。

所でね?私今気付いたんだけど。私も鴇お兄ちゃんも今日普通に仕事あるんだよね。私に至っては学校の講義もある。

「美鈴。体は平気か?」

「うん。だいぶ回復したよ~」

今あるのは痛みより違和感…だけどそれは言わない。恥ずかしい。

「それより鴇お兄ちゃん。今日、平日だよ?普通に仕事」

「休む連絡はもうしてある。今日は作戦会議に費やす。出来る限り早く決着をつけてしまいたい」

「…そっか。うん。そうだよね。じゃあまずはママを襲撃だね」

「あぁ。寝てたら叩き起こしてでも聞かせて貰う」

…鴇お兄ちゃんの本気に私も頷く。ただ、一つ思うのは…。ママ確か締め切りが近かったような気が…?締め切り前で追い上げに入ってたりしたら…うん。タイミング的に色々悪いかも知れないっ。

なにとぞ締め切り明けでありますように。

心の中で必死に祈りながら帰路につくのだった。

家についた。平日な所為で家にいるのはママだけ。ある意味好都合だった。

ただいまーと声をかけて家に入る。

えっと、今の時間だとママは部屋かな?

真っ直ぐママの部屋へと向かい、コンコンとノックする。

うん。案の定反応がない。

こっそりと開けちゃおうかな?ドアをすこーし開けて…。

「何してるんだ、美鈴。一気に開けてしまえ」

「あ、鴇お兄ちゃん、ちょっとま―――」

バタンッ。

あーあ、開けちゃった…。

「ッ!?な、なんだ、この惨状は…」

ママがベッドの手前で干からびている。

殺人現場かな…。

苦笑しか出ない。床を埋め尽くしそうな程にプリントされた没案が散らばっており、その中でママがベッドへ辿り着く寸前で力尽きて倒れてる。まぁ、寝てるだけだろうけどね。

「鴇お兄ちゃん、ママの締め切り後に部屋入るの初めてだっけ?」

「あぁ」

「おお。ママ頑張って見せないようにしてたんだねぇ。因みに旭達は知ってるよ?寄りつかなくなったけど」

「そりゃ、こんな状態見せられたらな…。親父は知ってるのか?」

ふふふ。鴇お兄ちゃん、良い質問ねっ!

「ふふふーっ。ママは上手く隠してるつもりらしいけど、誠パパ知ってるんだよーっ♪」

「嘘ぉっ!?」

ガバッとママが体を起こした。

あら、おめめの下にクマさんが。何日徹夜したのかな~?

「美鈴っ、それ嘘でしょっ!?」

「マジ」

「ほ、ほんとにほんとっ!?」

「マジのマジ。ママが床で寝ちゃったの発見して、ベッドに運んでたの誠パパだし」

「えええっ!?わ、私てっきり、無意識に自力で戻ってたと…」

ママが崩れ落ちた。両手を床について、絶望と戦ってるわ。

力尽きて寝てるママが自分で移動出来る訳ないじゃーん?

「…佳織母さん。落ち込むのは一先ず後回しにして貰えるか?…話がある」

「…話?」

あ、ママったら本気で泣いてたのね。目が潤んでる。こう言う所のママの女子力良いと思うのは私だけ?

ママは鴇お兄ちゃんの真剣な眼差しを見て、スッと目を細め態勢を立て直した。

「何か、大事な話なのね?いいわ。落ち着いて話の出来る場所へ行きましょう。そうね…リビングに移動しましょう。それから、美鈴。飲み物、用意してくれるかしら?」

「うん。分かった。超濃いコーヒー入れるね」

「美鈴。俺もコーヒー頼む」

「オッケー」

ママを置いて私と鴇お兄ちゃんは部屋を出て真っ直ぐリビングへと向かう。

リビングに入って私は鞄を椅子に置いて、直ぐにコーヒーの準備に取り掛かる。コーヒーはママが何時でも飲める状態にしてあるから、直ぐに準備出来る。

ついでにお土産で買った薔薇のサブレを皿に盛る。コーヒーの入ったカップを3つとサブレをのせた皿をトレイにのせて、ソファの中央にあるテーブルの上に置いた。

一人用のソファにママが座り、二人掛けのソファに座る鴇お兄ちゃんの横に私も座る。コーヒーは自分達で自分用のを持って行くのが日常なのでそれ以上はしない。

「……それで?話って何かしら?」

自分のコーヒーカップをとって、一口飲んでママがそう切りだした。

「確かめたい事がある」

「確かめたい事?」

「知りたい事もある」

「……鴇?何が言いたいの?」

ママが訝し気に目を細めた。まさか、鴇お兄ちゃんを疑ってるの?

いけない。誤解を解かないと。

私が口を開こうとすると、鴇お兄ちゃんの腕が腰に回って私を押しとどめた。…鴇お兄ちゃん?

今は、口挟まない方が良いのかな?だったら、鴇お兄ちゃんに任せてみよう。

「佳織母さん。母さんが知っている事、全て話してくれ」

「…何を言っているの?鴇。私が知ってる事を話す事は出来ないって言った筈よね?」

「あの時と状況が違う。佳織母さんには悪いが、話して貰う。…力尽くでも」

「状況が、違う?どう言う事?」

鴇お兄ちゃんはママの鋭い視線を真っ直ぐに受け止めて、そして、口を開いた。

「鷹村澪。…知っている筈だな?佳織母さん」

鷹村澪?誰?鷹村って事は、鴇お兄ちゃんの前世に関わりある人って事だよね?

私は知らない人。でも、ママは知っているんだ。驚きに目を真開いたから。

「……知って、いるわ…。何故、貴方がその名を知っているの?」

「鷹村澪は前世の俺、鷹村浩時の母親だ。そして前世の貴女の親友でもある」

「―――ッ!?」

ママが息を飲んだ。

「前世で貴女が死ぬ瞬間、俺は病院の廊下でその姿を見ていた。死にゆく貴女と、泣き叫ぶ美鈴の姿を」

「……それじゃあ、あの場にいたのは…。あの時、あの医者の悪事を暴いて欲しいと、私の最後の叫びを聞いたのは…」

「俺だ。あの日。母さんが言ったんだ。嫌な予感がすると。胸がざわつくんだと。何かあった時の為に一緒に行って欲しいと頼まれてあの病院に貴方に会いに行ったんだ」

あの時、私は泣き崩れママがいなくなった事が辛くて辛くて。そっちにしか意識は向いていなかった。けれど…その時から鷹村先輩に、助けられてたんだ…。

「澪…」

名を呼ぶその声が、まるで泣くのをぐっと我慢している様な声で。つられて私まで泣きそうになる。

「…分かるか?佳織母さん。俺は前世の記憶を取り戻したんだ。今までと状況が違うと言った意味はこれだ」

「そう、ね…」

「俺が前世を取り戻すのは色んな意味でイレギュラーだ」

色んな意味で?

「鴇お兄ちゃん。それは一体?」

「美鈴。お前を襲ったストーカー達を覚えているか?」

「う、うん。忘れたくても忘れられないけど…」

「奴らは自分に呪いをかけている。己の命を自ら絶つ事により、本来ある寿命よりも死期を早め記憶を維持しやすい環境を作り転生しているんだ。美鈴を襲った奴らは『全て元は同じ人間の転生体』だ」

「同じ人物…」

奏輔お兄ちゃんとたてた仮説が当たってたって事なのかな。となると時系列に関してもあの時の仮説があっていると思って良さそうだ。

「そいつらと同じように、俺も転生を繰り返している。基本的には全てストーカーの転生体とやり合って相打ちになって死んでいる。死ぬ度にまた転生を繰り返す。俺はその度に奴とぶつかり、美鈴を守り切れずにいた…」

「鴇お兄ちゃん…」

「言い訳をする訳じゃない。守り切れていないのは事実だからな。たが、俺と奴には根本的な所で違いがあるんだ」

「違い?」

「そうだ。あいつは自分に呪いをかけて【記憶を維持】している。だが俺にそれは出来ない」

「記憶を取り戻せないのは普通の事じゃないの?」

「普通はな。でも俺は記憶を取り戻せない訳じゃないんだ。俺が記憶を取り戻すのは【取り戻したい記憶の対象を失った時】なんだ」

失った、時…?

「それ、じゃあ…もしかして」

「……鷹村浩時の時。記憶を取り戻したのは、西園寺華が死んだ姿を認識した時だった」

そんな…。それじゃあ、鷹村先輩は私の死んだ姿を見たって事…?

「いつもだ。いつも、俺はお前の…惚れた女の亡骸を見て、記憶を取り戻すんだよ」

腰に回された腕の力が強くなる。様々な感情が入り混じり震えているのが分かって、思わず鴇お兄ちゃんの手に自分の手を重ねて擦った。

「どうして、こんな風に記憶を取り戻すのかは解らない。だが、いつもいつもそうだったんだ。なのに、今回だけは違った。美鈴が、惚れた女が生きている内に、記憶を取り戻せたんだ」

それは確かに、イレギュラーだ。

「そして、今回のイレギュラーはそれだけじゃない」

「え?」

「佳織母さん。貴女だ」

ママが?

驚いてママを見ると、私以上にママも驚いている。

「今まで数え切れない程転生し、美鈴を通じて貴女に会って来たが、貴女が記憶持ちだったことは一度もなかった。美鈴ですら、何度か記憶を持っていた事があったのに、だ」

えっ?私記憶持って生まれた事他にもあったんだ…。知らなかった。…知らなくて当然だけどさ。

「そんなイレギュラーがあるのは【今】だけだ。【今】しかないんだっ。だから、打って出るっ!」

「鴇…」

「やっと、やっと俺は美鈴を、守り切れなかった女を守る事が出来るんだっ。今度こそ守り切るっ」

「鴇お兄ちゃん…。私も、私も守るよっ。一緒に、戦う」

一人で戦おうとしないで。私だけはイレギュラーじゃないのかもしれない。けど、一緒にいる為なら頑張れる。頑張るから。

鴇お兄ちゃんに横から抱き付く。

暫しの沈黙。

そして、ふぅと小さく息を吐く音が聞こえた。…ママ?

「……嬉しいわ。鴇。…貴方がこんなにも私の娘の事を想ってくれているなんて…。それだけで私はこんなにも嬉しいわ。やっと澪との約束が果たされる時が来たのね」

ママがそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。

「昔。それこそ前世の私達が学生だった頃よ。澪と良く話していたの。自分達が成人して子供が出来て、もしもその子供が、性別が同じなら最高の親友に、性別が違ったら最高の恋人になるはずだ、って。だから必ずどんなに遠くに嫁に行っても再会しましょうって。そう誓っていたのよ。それが、今こうして叶っているのね」

「ママ…」

私と鴇お兄ちゃんを優しい瞳で眺めてくれる。

そして、その瞳に一気に闘志が宿る。

「いいわっ。鴇っ。貴方に賭けるっ。打って出ましょうっ」

頷いてくれたっ!

嬉しくて私と鴇お兄ちゃんは顔を見合わせて頷き合う。

「とは言え、私が持っている情報なんて微々たるものよ。美鈴が持っている情報と似通っているものと考えて良いわ」

「いや。それでも情報を共有したい。まずは前に言っていた【ルート】ってのはなんなんだ?」

「それはね?鴇お兄ちゃん。前世で私とママがプレイした乙女ゲームの攻略ルートって意味なの」

「攻略ルート?」

「そう。鴇お兄ちゃん、葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん」

「それから、御三家の3人と、樹くん、猪塚くん、優兎」

「更に申護持の3人、あと四従士って言われてる四人ね」

「乙女ゲームって言うと、美鈴が佳織母さんと二人で仲良くコソコソとプレイしてる、男を攻略するあれか?」

わほーいっ!バレてるっ!バレてるよーっ!

頷く以外選択肢がないっ!

私とママは一緒にがっくりと肩まで落として頷いた。

「成程。…となると…、美鈴お前がヒロイン兼主人公か?」

「え?なんで」

分かったの?

見た目?んな馬鹿な?

「そんな難しいことでもないだろう。美鈴を中心に集まった男達だからな。皆。しかし…おかしいな」

「何が?私がヒロインだってこと?」

「いや。そこじゃない。そうではなく…。俺は白鳥鴇に、鷹村浩時に何度か生まれ変わっている。そして、その度に美鈴を、西園寺華をストーカーに殺されているんだ。だが…乙女ゲームの件を美鈴や西園寺から聞いたことがない」

「え?」

「でも、普通乙女ゲームやってるって男には隠す傾向あると思うわよ?」

あぁ、うん。確かに。ママの言う通り乙女ゲーマーは基本的に男の人にはばれないように隠す傾向にあるよね。私も素直に言わなそうだし。

「隠されても、惚れた女の行動だろう?普通は気付く。現に俺は美鈴が乙女ゲームをしてると気付いただろう」

「それは…」

そうだけど…ばれたくなかった…しくしくしく…。

「それに、だ。ゲームだと言う事は必ず美鈴がハッピーエンドへ行く為の道があるはず。なのに、攻略対象キャラのはずである【俺】の記憶には美鈴が殺された記憶しかない。言うなればバッドエンドの記憶しかないんだよ」

「鴇お兄ちゃん、つまり?」

「つまり、【この世界で生きた俺達以外の人間が、記憶を持ったまま転生し、前世の現代日本で美鈴を幸せに導くためにゲームを作った人間がいる】ってことだ。ゲームをしるべとするように」

鴇お兄ちゃんは、そう言いながらも、その人間が誰か想像がついているようだった。私は誰か全く見当もつかないんだけどね。

「…私がとった、ゲームに添うような流れにしようとしたのはある意味間違いではなかったのね。ゲームに添わなければ美鈴はどのルートでも死んでしまう。それはゲームによって死に方は違ったけれど、鴇ルートが一番悲惨だった事は覚えてる。ストーカーに殺されると言うエンディングだったのよ。前世でストーカーに殺された美鈴がまたストーカーに殺される危機にあうなんてと思って、私は出来る限り白鳥家の人間以外を選ばせたかったのよ」

「そのゲームのハッピーエンドはどんななんだ?」

「主人公の美鈴と鴇が結婚式を上げて幸せになりますって所で終わってるわ」

「結婚式…」

「前世で美鈴と結婚式をあげたことなんか一度もない。美鈴を抱けたのも今回が初めてだ。その前にいつもアイツに殺されている」

「…鴇。アイツと言うのは、都貴静流の事かしら?」

えっ!?

私が驚き、鴇お兄ちゃんを見ると、鴇お兄ちゃんからは凄い怒気を感じた。

「そうだ。都貴静流が美鈴をつけ狙う一番最初のストーカーだ」

「そ、そう、なの…?」

鴇お兄ちゃんと同じ名前だったし、結構気さくな感じだったけど。でも確かに視線が気持ち悪いなとか、落としてないはずのペンを持ってたり、とか…うぅぅ…可能性的にはありだったのかも。

鴇お兄ちゃんが都貴静流にだけは気を付けろって言った理由が今分かった。

この前あった会食の時に私が間違って飲んでしまったお酒もきっとあの人が用意したんだ。そう考えると増々…。

ぞわりと鳥肌が立って、ついつい鴇お兄ちゃんに抱き付く腕を強めてしまう。

何も言ってないのに、それだけで私の心情を察してくれた鴇お兄ちゃんは私を抱き上げて、膝の間に座らせて後ろから抱きしめてくれた。

「佳織母さん。ゲームの中で俺と都貴静流はどんな動きをしていた?」

「鴇はもともとホストなのよ。どんな事も全て器用にこなしてしまい、人生が楽しくなくて、結果友達が務めていたホストに誘われ、そこでホストをして暇を潰していた。けれど、ある日突然義理の妹である美鈴が現れる。男に絡まれている所を発見してしまった鴇が仕方なく助けるの」

「そして、美鈴と中を深めて行き、再婚してラブラブだったはずの両親が行方を暗ましている事を知る。葵と棗は妹に関心がなく、俺は美鈴を自分の家に呼ぶことにした。暫くして増々中が深まって来た時、美鈴がストーカーの被害に合っている事を知った。だが、俺は美鈴を養う為にホストでは駄目だと、本気で会社を起業した為に忙しく動き回っていて、大事な時に間に合わずストーカーに美鈴が殺された」

「そうね。それがバットエンドの内容」

「…これは俺が、一番最初に転生した時に持っていた記憶だ。その記憶を持って俺が次に転生した世界は【アースラウンド】と言う中世時代のヨーロッパのような、とにかく神に仕える事を喜びとする変わった世界だった。そこでホークスと言う男に生まれ変わった。この男にはそれからまた数回生まれ変わっている。ただ、さっきも言ったように俺の記憶は失ってから初めて取り戻せる。……いつの世界も惚れた女は、美鈴、お前の転生体で。それを都貴に奪われてから気付くんだ…。死ぬほどの後悔が何度も俺の命を絶たせた」

「鴇お兄ちゃん…」

振り向き、額を鴇お兄ちゃんの胸に擦り付ける。

「俺達みたいな人間は、自分に呪いをかけたりしていないから、同じ人間にも転生出来る。だが、都貴は違う」

「…あのストーカーはどうやら同じ人間に転生する事は出来ないみたいね。他にも色んな制約があるようよ」

「だろうな。しかも、今回は奴に焦りを感じる」

「焦り?」

「多分、美鈴や佳織母さんがやっていたと言うその乙女ゲームの所為だ」

乙女ゲームの所為?

「あれはストーカーの行動を封じる動きが出来る様に作られている。しかもそれを美鈴が知っている。これは奴にとってかなりの痛手だ。……美鈴。お前は乙女ゲームの内容を紙に書いてた事があったな」

「そ、それまでバレてるのー?」

「前も同じ事をしていたからな。そして今回は佳織母さん。母さんも記憶を全て書き連ねてるな?」

「……えぇ。書いてるわ」

「しかも恐らくそれはより完璧に近い筈」

ママが沈黙する。そうなのっ!?…見たかった…。うぅ…。後で見せて貰おう…。

「その二つが既に都貴の手の内にあると思った方が良い」

「な、なんでっ!?」

「……先代の金山が、都貴の転生体だからだ。都貴が転生した人間の母親は確実にショウコと言う名の女性になる。俺の母親がどの世もミオ。美鈴の母親がどの世界でもカオリと言うように。俺達三人は必ずこの女性達から産まれる。必ずだ」

「鴇が、必ず澪の…。それに男が二人、女が一人…。美鈴。血は争えないものねぇ…」

あ、あれ?ママが遠い目してるよ?血は争えないってどう言う事?わっからーん。

「話を戻すぞ。金山の能力があれば、ましてや先代の能力だ。確実に情報は渡っているものと考えて良い。だから、奴はその情報を入手してから、様子見をするように動いていた。特に佳織母さんの行動を終始見張っていたはずだ。勿論今代の金山になってからはそれを許してはいないはずだが。きっと行動にストーリーの流れに合うような事があったのもそれの所為だろう」

都貴静流の転生体は焦って、至る所から情報を収集したって事?それじゃあ、もしかして…。

「何から何まで知られているって事?」

なの…?

不安に思って尋ねると、鴇お兄ちゃんは静かに首を振った。

「……いや。奴がまだ知らない事が一つだけある」

「それは?」

「俺の記憶だ」

そっか。鴇お兄ちゃんは私を失ってから記憶を取り戻すって言ってた。今回がイレギュラーなら、相手もまだ知らないんだ。

「佳織母さんの情報は既に奴に渡っている。そして美鈴の情報も当然渡っていると思った方が良いだろう。だが、俺は別だ。俺の記憶だけはいまだばれていない。奴には俺の記憶は美鈴が死んだことにより取り戻すと言う先入観があるからな」

「…なら、それを利用する他に手はないわね」

鴇お兄ちゃんとママが頷き合う。そして鴇お兄ちゃんは私を見降ろした。

「そうだ。美鈴。お前の中学生時代の教師が事故にあったの、知ってるか?」

中学生時代の教師?それって。

「武蔵先生?」

「あぁ。あの人も都貴の転生体だ。母親の名前がショウコ。そして、あの事故。あれは事故に見せかけた自殺だ。今は一命をとり止めているが、その内必ず自ら命を絶つだろう」

「そんな…」

「…アイツが誰に転生するのかは解らない。だが、確実にお前を狙いに来る」

怖い…。

武蔵先生も転生体だった?

だとしたら、あの時の…中学時代のストーカーからの手紙は…。

「美鈴」

鴇お兄ちゃんがぎゅっと抱きしめてくれる。鴇お兄ちゃんの温かさが恐怖を鎮めてくれた。

「大丈夫だ。守る。守って見せる。その為のこの作戦会議だ。必ずお前が無傷でいられる道を…」

「鴇お兄ちゃん…」

……ねぇ、私?

これで本当にいいの?

鴇お兄ちゃんに守って貰うだけの女でいいの?

………そんなの嫌。

いつまでも、怖がってちゃダメだ。

鴇お兄ちゃん一人に背負わせない、って私言ったじゃない。

私がもっと強くならなきゃ、鴇お兄ちゃんを苦しめるだけ。そんなの絶対に許されない。

「美鈴。鴇にだけ頑張らせるつもり?母さんは美鈴をそんな弱い子に育てた覚えはないわよ?」

「ママ…」

「守られた分、守り返しなさい」

「佳織母さん、それは」

「男は黙ってて」

ぴしゃりっ。

ママに言われて鴇お兄ちゃんが怯む。

「女にだって戦わなきゃいけない時があるのよ。…美鈴。前世の時もそうだったわね。貴女はいつもやられっ放し。時には誰かを傷つけてでも、自分を守る必要があるの。自分を傷つけてでも、己の精神を守る必要があるのよ」

己の精神を守る必要がある…。自分を傷つけてでも…?

「鴇が今までずっと貴女を守って来てくれていた事は、もう、分かるでしょう?」

うん…。分かる…。

「……戦いなさい。これ以上ないってくらい、今度こそストーカーを叩きのめしなさい。今の貴女にはそれが出来るでしょう?鴇と気持ちを通じさせた、今なら」

鴇お兄ちゃんと気持ちを通じさせた今なら…。

ママが勝気に笑う。

うん。やるっ!前世のようにはならないっ!

「うん。ママ。私、やるよっ」

私も、ママも解ってる。

一番良い方法が。

鴇お兄ちゃんの記憶がこちらの持てる唯一の武器ならば。

それを一番に活用する手段は、これしかないって。

情報戦の基本。

相手の持っている情報を把握し、利用する事。

私だってそれくらい知ってるよ。

鴇お兄ちゃんだって知らない訳がない。でも言いだせなかったのはきっと私が怯えているから。

これが一番の方法だって鴇お兄ちゃんは解ってる。私の為に言わないでくれた。

でも、それじゃ駄目。

ママの言う通りだよ。

戦わなきゃ。女だって戦うんだって所をストーカーに知らしめなきゃ。

だから、私から言うよっ。



「鴇お兄ちゃんっ。私が囮になるっ。そして、これを最後にしようっ!」


美鈴が覚醒しました(`・ω・´)ゞ

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