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※※※(優兎視点)

「華菜ちゃん。準備出来た?」

ドアをノックして部屋の中にいるであろう華菜ちゃんに伺いたてる。華菜ちゃんだって美鈴ちゃんの事が心配なはずだから、直ぐに出てくると思ってたんだけど…。あれ?音沙汰なし?なんで?

「華菜ちゃん?どうしたの?」

コンコン。

ノックしてもやっぱり反応なし。どうしよう。女の子の部屋だから勝手に入る訳にもいかないし。かと言ってこのまま無視するのも。美鈴ちゃんが狙われてて、ストーカーだって美鈴ちゃんの親友を狙わないとは言い切れないし。でも、ドアを開けたら流石に…。恭平の彼女の部屋に入るのは…どうしよう…。

も、もう一回。もう一回ノックしても反応なかったら中に入ろう。うん。そうしよう。

コンコン、ガンッ!

「いだっ!?」

ノックと同時にドアが開くってどう言う事っ!?って言うか、顔にドアが直撃して滅茶苦茶痛いんだけどっ!

「優兎くん。ドアの前にいたらぶつけるよ?」

「ぶつけてから言わないでくれる…?」

「そんな事より」

「そんな事なんだ…」

「私ちょっと行ってくる」

「…へ?」

荷物も何も持たずに一体何処に行くつもりっ?そもそも荷物を取りに来たんじゃないのっ?

「華菜ちゃん。さっぱり行動が理解出来ないんだけど」

「夢子ちゃんからメールが来たの。皆で帰宅したらしいんだけど、愛奈ちゃん、一人で近江くんを探しに行ったらしいって」

ほら、と携帯を渡されて素直に書かれている文章を見ると、


夢子『緊急連絡っ!うちの愚弟達からの報告っ!愛奈ちゃんが真っ直ぐ帰宅していないっぽいっ!多分、近江くんを探しに外に出たんだと思うっ!私、愛奈ちゃんを探しに行くっ!』

円『アタシも行くっ!何か情報が入ったら教えるっ!』

桃『了解しましたわ。こちらも人を使って探させます。何かありましたら直ぐに連絡を。念の為に、四従士の皆様にもご連絡をしておきます』


となっていた。待って。四従士って誰?

「因みに四従士ってのは皆の恋人の事だから」

「え?いつからそんな風に呼ばれるようになったの?」

「美鈴ちゃんを守る四聖に、彼女達を守る従士が四人って意味らしいよ」

「……どっかで聞いた設定だなぁ…」

「自分の事でしょ、自分の」

さっくりと華菜ちゃんに突っ込みを入れられる。

「って、だからちょっと待ってよ。華菜ちゃん何処行くのっ?」

「だから、私も愛奈ちゃんを探しに行く」

「えっ!?何でっ!?」

三人が動いてるんだし、それこそ四従士の内の三人が動いてるからいいんじゃないのっ?それに。

「今は愛奈ちゃんより美鈴ちゃんじゃないのっ?華菜ちゃん、美鈴ちゃんの親友でしょっ?」

だから、愛奈ちゃんを探しに行けなくて悩んでたんじゃないの?

「……親友だよ」

「だったらっ」

「だからこそ、私は、私に出来る事をするっ。優兎くんに会う前から、私は美鈴ちゃんの親友なのっ。だから、私は美鈴ちゃんが笑顔でいられるように、少しでも美鈴ちゃんの苦しみが辛さが減る様に動くのっ。これは私の誓いなのっ!私は私の出来る事で美鈴ちゃんを守るのっ!例え優兎くんでも、恭くんに言われたって譲れない一線なのっ!」

「華菜ちゃん…」

「側にいたいよっ。でも、美鈴ちゃんの側には今奏輔さんがいる。なら美鈴ちゃんは大丈夫。でも美鈴ちゃんが落ち着いた時。愛奈ちゃんの事を知ったら絶対に悲しむ。辛い思いをする。私はそれを防ぎたい。美鈴ちゃんの親友として、私は恥じない行動をしたいっ。側にいるだけが親友じゃないっ。互いが互いを補ってこそ、親友でしょうっ?」

「………流石、華菜ちゃんだね。…でも、それ、どっちかって言うと恋人のセリフだよ?」

思わずでた苦笑に、華菜ちゃんはそれはもう大きく胸を張って。

「美鈴ちゃんの恋人にどんな人が立つのか分からないけど、親友のポジションは絶対譲らないからっ!」

堂々と言い切った。美鈴ちゃんの為に美鈴ちゃんから離れる度胸のある華菜ちゃんは凄くカッコいいと思う。その強さを僕は素直に尊敬する。

「華菜ちゃんらしいよ。でも、男の中の親友ポジだったら僕も狙って良い?」

「許さんっ!!親友は私だけっ!!」

ちょっと言ってみたけれど、叩っ斬られた。

「優兎くんと話してたら時間がっ。行かなきゃっ」

「待ってっ。華菜ちゃん。僕も行くっ」

「え?何で?」

「何でって。それこそ華菜ちゃんと同じ理由だよ」

「同じ理由?」

あ、これ本気で分かってない。こう言う所美鈴ちゃんと似てる。類は友を呼ぶって事なのか、それともただ単に華菜ちゃんが美鈴ちゃんに似ただけなのか。判断に迷う所だけれど。

「華菜ちゃんが一人で行動して、もしもの事があったら美鈴ちゃんは絶対に悲しむよ。親友、なんだから」

「………優兎くん…」

「行こう。僕も一緒に行く。本来僕は四聖の上に立っていた人間だよ?役に立つよ、確実に」

華菜ちゃんよりも僕の方が四人の事は詳しい。そして何より四従士と行動を共にする事も華菜ちゃんよりは多かったはず。

鴇兄に似せて不敵に笑ってみせると、「似合わない」とやっぱりバッサリ斬られた。酷いなと笑いながら、けれど僕にしっかりと頷いてくれた華菜ちゃんに僕は頷き返して、二人同時に走りだした。


走った所でタイムロスがある。華菜ちゃんの家にある自転車にまたがって、華菜ちゃんは自転車を走らせる。二人乗りで行けたらいいんだけどそれは無理だからと僕も華菜ちゃん家の自転車を借りて、駆け抜ける。

「一先ず何処へ向かうのっ!?」

「とりあえず、夢子ちゃんと円ちゃんと合流っ!」

「二人は何処にいるのっ!?」

「知らんっ!」

「ええーっ!?」

びっくりだよ。

解らないのに僕達自転車漕いでるのっ!?どこに向かってるのっ!?

「でも大丈夫っ。もう少しで」

もう少しで?もう少し何なんだろう?

と疑問に思ったと同時に華菜ちゃんがピタッと自転車を止めた。ポケットから携帯を取り出し素早く操作する。

「……目的地…、了解。ちょっと遠いけど。時間的にもあれな時間だけど」

「華菜ちゃん?」

「目的地は聖女」

「聖女?」

「情報スクショして流したから、読んだら追ってきて」

「えっ!?ちょっ、華菜ちゃんっ!?」

携帯にスクショ流したってっ?あぁっ、もうっ、先に行かないでっ!

携帯携帯っ!

取り出して、華菜ちゃんからのメールを見ると、そこには確かに画像が送られていた。


夢子『愛奈ちゃん、見つけたっ!近江くんを見つけちゃったよっ!?聖女の方に向かってるよっ!』

円『聖女っ!?何でまたそんな所にっ!?走ってたら追い付けないねっ!アタシ、自転車確保してくるっ!!』

桃『円さん。夢子さん。今車をそちらに回しますっ。合流してくださいっ』


流石の連携だね。

聖女の方に一体何が…?

ピコンッ。

僕の方にもメールアプリで連絡?


風間『優兎っ。何花崎一人にしてんだよっ』

巳華院『あぁ、大丈夫。問題ないよ。影ながら私が追っている』

未『それはそれで可哀想だからやめてやれ』

恭平『優兎。華菜に何かあったら…殺す』


好き勝手に言ってるなぁっ!?


『今すぐ追い掛けるから問題ないよっ。あと巳華院は影ながらでも表でも華菜ちゃんの前に出ると轢かれるからねっ。未っ、夢子ちゃんは聖女に向かってるよっ。って言うか恭平っ。心配なら自分で追いかけなよっ。彼女でしょっ』


ぐわっと一気に返信を書ききって自転車をかっ飛ばす。

直ぐに華菜ちゃんには追い付いたけど、巳華院と風間が影ながらどころか全力で跡をつけて…ごほんっ…後を追い掛けている。

でも、どうして聖女に近江は向かってるんだろう?

「そう言えば、僕達追い掛けても聖女の中には入れないよっ!?」

「大丈夫っ。優兎くんは入れるよっ!」

「嬉しくないしっ!」

「聖女に通ってた癖に今更っ!」

「ほっといてっ!」

ぎゃんぎゃんと叫びながら、僕達はどうにか聖女の手前に辿り着く。懐かしいとか感じてる暇はない。

聖女には真っ向からは男は入れない。となると、きっと裏口に回る筈だ。昔、申護持の三人が侵入して来た経路。

急いでそちらへと回ると、そこには既に夢子ちゃん達がおり、近江くんと対峙している愛ちゃんに寄り添っていた。

「コタっ」

返事はない。

ただ虚ろな眼差しで遠くを見ている。近江の視線の先には、聖女の校舎。生徒会室の窓があった。

「………コタ…?」

やはり反応はない。

向かい合って立っている筈なのに、近江の顔は横を向き、愛ちゃんを視界に入れる事はない。

………まるで…、まるで昔の僕みたいだ…。操られてる訳じゃない。でも、自分の意志ではない。そんな…感じがした。

「婿…帰ろう?」

そっと近づき囁くように告げて、愛ちゃんは近江の腕に触れた。だが…。

「…………」

パシッ。

無言で愛ちゃんの手は振り払われた。

そんな…。あの近江が愛ちゃんの腕を払うなんてっ。

僕達は驚きを隠せなかった。けれど、僕達以上に驚きを隠せなかった人がいた。

「…ぅ…あっ」

「コタっ!?」

振り払われた愛ちゃん以上に、近江自身が自分の行動に驚愕していたのだ。

「…せ、拙者は、なんで…」

「コタっ」

「愛奈さ、ま…。心、が、…」

「え…?」

「心ガぐチャぐちゃにナる…。ワカラナイ、ワカラナイ…。どれが拙者の、キモチ、なのか、私、ノ、気持ちなの、カ…」

頭を抱えて、狂ったように解らないと繰り返す。一体近江の身に何が起きたって言うんだろう…?

「拙者が好きなのは、愛奈様でっ、チガウ、私ハ、あの子ヲずっと、追い掛ケテッ」

「虎太郎っ!!しっかりなさいっ!!」

桃ちゃんが叫ぶが、彼に言葉は届かない。


―――ガクンッ。


彼の体から突然力が消えた。肩と首が落ち、ゆらゆらと左右に体が揺れる。ゾンビの様に腰から体が折れてゆらゆらと…。

「…………」

再び、彼は言葉を失った。再び瞳は虚ろになり、そして懐から何かを取りだして。


「皆っ!近江から離れろっ!」


僕は咄嗟に叫んでいた。

男達は各々の恋人を抱きしめて庇い、僕も側にいた華菜ちゃんを抱きしめて近江の方に背を向けて庇う。


「コタっ!!」


愛ちゃんが叫ぶ。

しまった、愛ちゃんがっ!!

気付いた時にはもう遅く。


ドォンッ!!


あり得ない爆音と同時に背に風圧を感じた。ぐっと両足に力を入れて踏みとどまる。

爆風を耐え抜いて、すぐに振り返って愛ちゃんの無事を確かめた。あれほどの爆風だ。愛ちゃんがその場にとどまれる訳がない。だから僕は風で飛ばされたであろう場所を視線で必死に探した。けれど探せど探せどその姿はない。

どうしてっ?まさか…爆発を受けてしまった、とか…?

最悪な事を想像してしまい、さーっと血の気が引ける。でも…。


「っぶねぇ。何しやがんだっ、てめぇはっ」


その予想もしなかった声と、


「猪塚先輩…?な、んでここに…?」


愛ちゃんの声に僕はハッと我に返った。

声のした方を振り返ると、愛ちゃんは猪塚先輩の背に庇われており、傷一つ無かった。

爆風を自分の体で受けた猪塚先輩にも怪我一つないのは不思議だけど。それでも愛ちゃんに怪我がなくてホッと胸を撫で下ろす。

「愛奈っ!」

「愛奈ちゃんっ!」

「愛奈さんっ!」

皆が愛ちゃんに駆け寄るのと同時に僕と華菜ちゃんも愛ちゃんに駆け寄る。

「猪塚先輩。どうしてここに?」

「樹先輩に頼まれたんだよ。近江くんが怪しいからなるべく行動を見張ってろって」

「樹先輩が?なんで?」

「さぁ?僕はメールでそう頼まれただけだから。でもまぁ、結果として樹先輩の言葉は間違ってなかったんじゃないかな?」

それは、確かに。

猪塚先輩が来てくれなかったら愛ちゃんを守る事は出来なかった。

「さて。どうしてこうなってるのかは解らないけど、とりあえず近江の動きを止める事が先決、かな?悪いけど、男子は手伝ってくれるかい?僕は棗先輩達と違って平凡的な力しかないからね。あぁ、女子は後ろにいて。怪我をしたら危ないから」

そう言って猪塚先輩は女子を一か所にまとめて後方に下がらせて…ってっ!何で僕まで下げるんですかっ!?

「僕は女子じゃないですっ!!」

「あれ?」

「猪塚先輩っ!解っててやってますねっ!」

「いやいや、そんな事はないよ」

嘘つけっ!!絶対態とだっ!!

「猪塚先輩っ、アタシも加勢するっ!」

円ちゃんが叫んで僕達の方に来ようとする。けれど、

「駄目だよ。女の子は守られていて。こう言う危険な事は男に任せてくれていいから」

そう言って微笑むと円ちゃんは顔を赤くして、固まった。そうなんだよね。猪塚先輩って何気に女子には優しい。すっごく紳士的な人なのだ。何故それが美鈴ちゃんに適応されないのかは謎で仕方ないけど。

「行くよ、皆。僕と優兎、それから巳華院くんでアイツの動きを止める。その隙に風間くんと未くんで逃走出来ないように縛り上げてくれ」

「縛るって、そんなもの何処に」

「縄ならありますわっ」

え?桃ちゃん、何で?何で縄持ってるの?

ポイッと取り出した縄を風間と未に投げ渡す。それを特に気にするでもなく受け取る二人。あれ?これ、疑問に感じる僕の方がおかしいのかな?…考えないでおこう。

意識を切り替えて、全員とアイコンタクト。

そして、猪塚先輩が動き出した。

素早く近江の下に潜り込み、腕を掴んで背負い投げを決め込む。だが、近江はダメージを受けない。体をしなやかに動かして綺麗に着地すると、逆に猪塚先輩を投げようとした。

それを巳華院が後ろから飛び掛かり羽交い絞めにする。でも、それじゃあ駄目だ。だって近江は忍者なんだ。するっと抜けられてしまう。いっそ一撃で気を失わせた方がいいのかもしれない。僕は一発喰らわそうと拳を放つが、回避される。

その隙に猪塚先輩が今度こそ掴みあげて、投げるでなく自分の体重を与える形で地面に叩き付けた。馬乗りになった状態で地面に押さえつけると近江がそれに抗う。

「っ、…こンのっ!暴れんじゃねぇっ!優兎、腕をっ、巳華院くんは足をっ!」

「了解っ」

「うむっ」

言われたまま、腕を地面に押さえつける。巳華院も足を抑え付ける。流石、筋肉は伊達じゃないらしい。

「未くんっ、風間くんっ、縛って拘束してっ!腕と足っ」

「分かったっ」

「風間は腕を。私は足を縛るっ」

風間が僕の方に駆け寄って来て、慣れない手つきながらも縛った。このままだと解けそうだから、念の為にもう一度上からきつく縛っておく。

「…ッ、あっ、ぐっ…」

「これだけ押さえつけられてまだ動くのかっ。…仕方ないなっ」

猪塚先輩が手を振り上げた。多分殴って気を失わせるかするつもりだろう。

僕としても動きを完全に止めた方が良いと思うからそれを止めるつもりはなかった。けれど…。

「ま、待ってっ。お願いっ、待ってっ!先輩っ」

振り上げた腕に抱き付くようにして、愛ちゃんが先輩に制止を求めた。

「婿が、苦しんでるの。これ以上ないってくらい苦しんでるのっ。意識を失わせた方が楽なのは解る。でも、何でだか解らないけど、そうしちゃいけないってっ、ダメだよってっ、心の中で誰かがずっとそう言ってるのっ。今話さなきゃダメだって。そうじゃないと婿が婿じゃなくなるって、そう言ってるのっ。お願いっ、話をさせてっ、先輩っ」

愛ちゃん…。

必死な愛ちゃんの懇願を聞かないでいるような、猪塚先輩はそんな人じゃない。

いいよと頷いて。念の為に、と僕達と同じく腕を拘束する方に回ってきた。

「婿…。コタ。虎太郎。聞こえてる…?」

近江は何の反応も示さない。

そんな近江を見て、愛ちゃんは切なそうな、寂しそうな、泣きそうな表情をして俯いた。

僕達は何て言っていいのか解らず沈黙し、ただ愛ちゃんの動向を見守る。

「…虎太郎っ!」

叫んでいきなり顔を上げたかと思うと、さっきの猪塚先輩の様に近江の腹に馬乗りして、パァンッと小気味良い音を響かせその頬を思い切り張った。


「しっかりしなさいよっ!」


―――パァンッ。


「アンタが何に苦しめられてるのか、全然分かんないっ!」


―――パァンッ。


「どうして、こんな行動をしてるのか分かんないっ!!」


―――パァンッ。


「分かんないけどっ!分かりたいのっ!!ねぇ、虎太郎っ!!しっかりしてよっ!!こんなのアンタらしくないのよっ!!話してよっ!!」


―――パァンッ。


「ねぇ…お願いだから…。私、…悔しいよ…。どうして、何も、話してくれないの…?」


近江を張っていたその手がそっと頬へと添えられる。

「あい、な、さま…」

……意識が、戻った?

「コタ…?」

愛ちゃんが慌ててその顔を覗き込む。

「わた、しは…、白鳥、様を、狙って、いた、人間と、同じ記憶を持っています…」

たどたどしくも何かを伝えようと動いている口とは裏腹に、表情はまるで変化がない。それに…同じ記憶ってどう言う意味?

「その、記憶が、私の心を、浸食しようとして、くる…。それが、怖くて、堪らない。…あの、記憶は、私のものでは、ない、のに、違和感、が、ないの、です…」

「コタの記憶ではないのに、違和感がない?」

「あれも、私…。じゃあ、今の、私は…?愛奈様を恋しい、と、愛おしいと、想う、この、心は…?私の記憶は、白鳥様を、求めて、いる…?でも、心から、求めていると言うのは…」

言っている意味が理解出来ない。

多分話している本人も意味を理解してはいないのだろう。虚空を見つめ、小さく言葉を連ねるのみ。

「……よく、解んない。けど、一つだけ、…解ったよ。コタ?ねぇ、コタ?コタは…虎太郎にはその記憶が苦痛でしかないのね?」

「イイエ。苦痛ナンカジャ…」

いいえと、苦痛なんかじゃないと、言っているのに近江の瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていた。

「分かったわ。分かったよ、コタ」

涙を零し続ける近江の涙を優しく拭って、体を起こして振り返る。

「未。お願いがあるの。あの、薬、頂戴」

「あの薬って、新田?」

「作ったでしょう?この前。もしもの時の為にって」

「……あれを、使う気か?だが、あれはお前にとっては諸刃の剣だ。もしかしたら、お前も忘れてしまうかもしれないぞ」

い、今聞き捨てならないセリフがあったよっ!

それに気付いたのは勿論僕だけでなく。

「ちょ、ちょっと待ちなよっ」

「そうですわ。お二人だけで会話をしないでくださいませっ。一体、どんな薬なんですのっ?」

円ちゃんと桃ちゃんが駆け寄ってきて愛ちゃんに詰め寄る。

けれど、愛ちゃんは何も答えず、手を未に差し出し薬を要求した。

「愛奈っ!説明しなってっ!」

「どんな薬なんですのっ!?」

二人が騒いでも愛ちゃんは何も言わず。その瞳は既に覚悟を決めた瞳だった。

もう何を言っても愛ちゃんの意志は曲げられないのかもしれない。

未はポケットから小さな小瓶を一つ取り出して、それをそっと愛奈ちゃんの手の上に置いた。

「コタ…。もう、怖くないよ。もう、迷わなくても良いよ。……大丈夫。これで私の好きな虎太郎に戻れるよ」

小瓶を両手でぎゅっと握って、愛ちゃんはもう一度近江と向き合う。額同士をそっとくっつけて。

「コタ…。正直言ってね?私は自分に自信がないの。だってコタだって私を求めてくれた理由は、素顔を見たから、だったでしょ?そんな流れに乗っただけのコタを私はもう一度繋ぎとめれるだけの自信がない。……だから、…だからね?私がコタを苦しみから救ってあげるから、だから…コタの方からもう一度私に告白してよ。もう一度私を好きって想ってくれるなら、今度こそちゃんと恋人になって、ちゃんと嫁、婿な関係になろう?」

「愛奈ちゃん…それ、まさかっ」

華菜ちゃんが何かに気付いた。慌てて愛ちゃんを止めようとするが、愛ちゃんの方が一歩早かった。

小瓶の蓋を外し、一気に口に含むと、近江にキスをしてその液体を流し込んだ。近江の喉がコクンッと鳴り、薬を飲みこんだのが分かる。

一瞬の沈黙。

その後、近江はゆっくりと瞳を閉じた。

皆が二人の動きを窺っている。僕達は近江の閉じた瞳が再び開くのを待った。


もう抵抗もしないであろうと、近江を解放して。

目を覚ますのを待ち続けていたら、空には既に星が瞬いていた。

「う…っ…」

「虎太郎っ。目が、覚めましたかっ」

桃ちゃんが近江の前に顔を出すと、近江がぱちくりと目を瞬かせ体を起こした。

「……こ、こは、何処でござる…?」

「え?」

「………えっと、拙者は、何故ここに…?」

記憶が曖昧なのか?

キョロキョロと辺りを見渡して、首を傾げた。

「……学校はどうしたでござるか?と言うか何で山の中?それに、何故、風間達まで拙者を見ているでござるかっ?はっ!?腕に縄で縛られた跡がっ!?もしかして、そういうプレイでござるかっ!?」

「どんなプレイだよっ!」

「おお。冷静な突っ込み感謝でござる」

風間の突っ込みも珍しければ、冷静な近江も珍しい。

……一体何の薬を飲ませたんだろう?特に変わった様子もなく元に戻ったと思うんだけど。

「はて?皆揃って…ハッ!?嫁は何処でござるかっ!?」

「え?」

そう言えば、愛ちゃんは何処に?さっきまでは未と話していたのに。

見回して見るけれど、姿はない。未の姿もない。

「嫁っ!?」

立ち上がり近江は愛ちゃんの姿を探す。首を一回転させる勢いで愛ちゃんを探して、発見したのか近江は走りだす。

慌てて僕達も後を追い掛けると、そこには手を引っ張って多分連れ戻そうとしている未と抵抗する愛ちゃんの姿があった。

「嫁っ!!」

全力ダッシュで駆け寄って、愛ちゃんに抱き付く近江。しかし…。

「ちょっ、アンタ誰っ!いきなり何するのよっ!!」

バチコーンッ。

ビンタが近江に決まり、近江が綺麗な弧を描き回転をしながら宙を舞った。

「『アンタ誰』って、愛ちゃん?」

「従者まで、何でここにいるのっ?今は王子が大変な時だってのにっ!」

「…え?」

何でここにって…一体どう言う事?

どうして愛ちゃんがこんな事を言うのか理解出来なくて、僕達は唯一理由を知っているであろう未を見た。未は愛ちゃんが逃げないように捕まえながら口を開いた。

「新田が近江に飲ませた薬。あれは『一番忘れたくない人を記憶から消す』という効果があるんだ。あの薬は少しでも体内に入れてしまえば効果が現れる」

「一番忘れたくない人…?」

「え…それじゃあ…」

未がそっと僕達から視線を逸らして、愛ちゃんを見た。

「新田…」

「何よ」

何て言っていいか解らず、僕達も愛ちゃんに視線を送る。居た堪れなくなったのか、愛ちゃんはふいっと顔を逸らしてしまった。

「と、とにかく私、もう行くからっ。王子助けに行かないとっ」

そう言って手を振り払って歩きだす愛ちゃんを僕達はなかなか追い掛ける事が出来なかった。

「………ねぇ、まーくん。一体どう言う事なの?私、脳みそ足らず過ぎて分かんない…」

夢子ちゃんが未の側に駆け寄ってその手を握る。僕達も真相を聞こうと静かに未の言葉を待った。

「…新田は、耐え切れなかったんだ」

「耐え切れない?何に?」

「あの薬は、さっきも言ったように『一番忘れたくない人を記憶から消す』という効果がある。私がこの薬を作ったのは白鳥先生から依頼があったからだ。白鳥を助ける為に協力して欲しいと。ストーカーというのは、狙った相手に執着心があるから生まれる。どうして執着心を持つか。それは忘れられない何かが相手とストーカーの間にあるから。ならばその記憶を消してしまえば良いと。そう私は結論付けて新田と共にその薬を開発した」

「じゃあ、愛奈ちゃんが耐え切れなかった事って?」

「……イチ。良く、考えてみなよ。近江が無意識のうちに呟いていた言葉、覚えてるだろ?」

「うん。記憶は王子を求めてるって言ってた」

「そう。近江の中で、どうしてなのかは解らないけど、『王子を求める記憶』と『愛奈を想う気持ち』がぶつかり合っていたんだ。それが近江の心を崩壊させようとしていた。愛奈はそれに気付いたから、未から『一番忘れたくない人を記憶から消す』薬を受け取り近江に飲ませた。けどね。それは愛奈にとってどちらも辛い結末になるんだよ」

「どうして?」

僕達は沈黙する。それを説明するにはあまりにも心が痛いから。愛奈ちゃんを想うと、切なくて堪らなくなるから。

「………どうして、か。分かりませんか?夢子さん…」

「だって、今、成功してたじゃない。愛奈ちゃんが記憶を失うような事はなかったじゃないっ」

「そうでしょうか?自分が一番だと想っていたのに、虎太郎が失ったのは王子の記憶。自分は二番目だと、忘れられてもいい存在程度だったと思い知らされたのに?」

「そ、れは…。じゃ、じゃあっ、王子の記憶を失わなければっ」

「夢子ちゃん。それはそれで駄目なんだよ。だって、そうしたら、愛奈ちゃんは自分を忘れられてしまい、更に近江くんは美鈴ちゃんをつけ回すだけのストーカーになっちゃう」

「そんな…。だったら薬なんて使わなきゃ良かったのにっ」

「……一之瀬くん。それじゃあ近江の心が崩壊していた。ただただ、呼吸しているだけの、何も感じずに動く人形のようになってしまうんだよ。好きな物も好きと言えない、ただの人形に…。筋肉すら愛でる事が出来なくなる…」

「そんな…そんなのってっ」

全員が言葉を失った。

「夢芽…。泣くな…」

「……ふぇ、っ、…うぅっ…、愛、奈、ちゃっ…ん」

折角、恋人同士になれた。なのに、こんな結末になるなんて…。美鈴ちゃんがこれを知ったらどれだけ悲しむだろう…。もっと他に何かがあったのかもしれないのに。

夢子ちゃんは僕達の切なさを代弁するように、涙を流している。

「…ねぇ、未くん。ちょっと聞きたいんだけど…。その薬って厳密に言ったら忘れてるとか封じられてるとかだったりは?」

「……しません。あの薬は完全に記憶を『消す』んです。もう、取り戻す事は出来ません」

「そう、なんだね。…白鳥さんがもう近江から狙われる事はきっともうなくなるんだろうけど…複雑な気分だね」

「…愛奈ちゃんは近江を救ったけど、【自分以外に惚れる近江】も【自分を忘れる近江】も【壊れて行く近江】も受け入れる事が出来なくて、自分から近江の記憶を消す事で自分を保とうとしたんだね」

呟いて…、また沈黙が落ちる。聞こえていたのは夢子ちゃんの嗚咽のみ。けれど…。

「嘘で、ござる…」

さっき弧を描いて飛んでいった人の声が聞こえて、全員の視線はそちらへと向けられた。

そこには勿論、近江の姿があって。

「…嘘でござるっ!その話が本当なら拙者の為に嫁は記憶をなくしたでござるかっ!?なんで拙者なんかの為にそこまで…」

「好きだからだろっ」

衝撃の大きさに崩れ落ちそうになっていた近江の前に風間が進み出て、仁王立ちした。

「新田は、お前の事が好きだからっ、大好きだったから耐え切れなくなったんだっ。そんなのちょっと考えたら分かる事だろっ。このオレですら分かる事を何で分からねーんだっ」

「…風間…」

「皆もだっ!何で悲しむ必要があるっ!?新田は新田のやれる事を好きな奴にしてやったんだっ!それを友人として誇ってやらなくてどうするよっ!」

「ケン…。アンタ…」

「記憶が消えたのかもしれないっ!だったらまた作ればいいっ!」

「記憶が、消えたなら…作ればいい?」

「そうだっ!近江っ。さっき新田がお前に言ってたぞっ!新田は自分に自信がないから、近江が自分の事を好きって想ってくれてるかどうかわからないって。だから今度は近江の方から告白してくれてってっ!今新田に男を見せずにいつ見せるんだよっ!」

…凄いな、風間…。

目から鱗だ。まさか風間の口からこんな激が飛ばされるとは思いもしなかった。多分、それを今一番実感しているのは、未の腕の中にいるぽっかり口を開けて唖然としている夢子ちゃんだろう。

「追い掛けてやれよっ。好きだって言ってやれよっ。それともこんなに、こんなに想われてるのに、お前新田の事振るのかよっ。そんな事したら白鳥が悲しむっ!白鳥が悲しんだら夢子も悲しむっ!そんな二人を見たらオレの円が辛い思いをするだろっ!!そんな事したら絶対許さねーからなっ!!」

ははっ。結局はそこに落ち着くんだ。ちょっとホッとした。

思わず苦笑すると、皆同じで苦笑い。唯一円ちゃんだけが、真っ赤な顔を両手で覆い隠してしゃがみこんでいたけど。

「虎太郎…」

「…は、はいっ。お嬢様」

「……私は愛奈さんの幸せを心から望んでいます。けれど、それと同等に、虎太郎。貴方の幸せも望んでいるのです。虎太郎…愛奈さんを好きですか?」

桃ちゃんと近江が真剣に向かい合う。そして、近江がそれにしっかりと頷いた。その瞳はもうさっきの様なくすんだ瞳ではなく、確固たる意志を固めた瞳だった。

「…そう。ならば行きなさい。必ず愛奈さんを幸せにしてみせなさい。大丈夫。愛奈さんだって記憶を失ってもまた好きになりますわ。だって愛奈さんは貴方のお顔が大好きですもの」

「…嫁を取り戻す為に拙者の顔が使えるのならば、いくらでも使うでござる。…嫁の想いに今度は拙者が答える番でござるっ」

そう言って、近江は愛奈ちゃんが走った方へと走りだした。

「アタシも行くっ」

「私もっ」

「私も行きますわっ」

円ちゃん、夢子ちゃん、桃ちゃんと後を追い掛けて行く。勿論、恋人を放置出来なくて風間、未、巳華院も追い掛けた。

残されたのは猪塚先輩と僕と華菜ちゃんだけ。

「……記憶を消す薬、か。何で鴇兄はこの薬を作る様に依頼したのかな」

「ストーカー対策、って言いたい所だけど、それだけだったら警察で済む話だよね」

「そうだね。…棗先輩も何か含んだ言い方をしていたし。白鳥さんは一体何を抱えてるんだろう…?」

三人で頭を抱えたけれど、答えは見つからない。

「…とりあえず、今分かるのは一つですね」

「華菜ちゃん?」

何か解った事があるの?

そんなに自信満々で腕を組んで。

僕と猪塚先輩二人で華菜ちゃんに注目する。すると華菜ちゃんはにやりと笑って。

「猪塚先輩。美鈴ちゃんが今五感の一部が機能してないって話し知ってました?」

「ええっ!?白鳥さんがっ!?」

「ですよねー。知らないですよねー。猪塚先輩、樹先輩に態よく厄介払いされましたね。多分近江を見張ってろってそう言う意味ですよ」

「な、何だってぇっ!?」

あ、猪塚先輩に衝撃の雷が落ちた…。

「さ、優兎くん。皆の後を追おう?」

「あ、うん…」

い、いいのかな?猪塚先輩放置して。

と、思ったけれど。


「し、白鳥さあああああああんっ!!」


って全力で叫んだあと、光の速さで駆けて行ったから気にしなくても良かったみたい。

僕と華菜ちゃんはそんな猪塚先輩を無視して、皆の下へと向かった。



猪塚先輩がまともだったことに驚くべきか、愛奈の決意に驚くべきか。

…猪塚WIN!!

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