※※※(奏輔視点)
―――ガンッ!
おい、大地。壁にひび入っとるで…。
まぁ、今は仕方ないか。大地の気持ちは痛いほど理解出来るからな。…俺かて、殴りこみにいけるなら行きたいくらいや。
「……悪い、奏輔。俺も行ってくる」
「透馬?」
「……放置してた方がヤバい気がする」
「……せやね。……任せたで」
「あぁ、お前こそ、任せたからな」
透馬の視線が一瞬姫さんに向けられる。それにしっかりと頷いて。透馬も頷き保健室を飛び出した。
そのほぼ入れ違いで、
「美鈴ちゃんっ!」
優兎が保健室に転がりこんできた。姫さんの鞄一式を持って。
「奏輔さんっ。美鈴ちゃんはっ!?」
「あっちで華菜嬢と一緒にいる」
「さ、さっき、兄達とすれ違ってっ。目、目が見えなくなったってっ、耳も聞こえなくなったってっ」
この動揺っぷりを見ると、初めてあった時を思い出すな。今じゃ優兎もどんと構えている事が多いけど、やっぱり根底の所は変わってないってことなんやろな。
「優兎。あっちはどうなった?」
「あっち?」
「生徒への説明など諸々」
「あぁ。大丈夫です。四聖の皆が来てくれたので、かえって上手くまとまりました。何より、この学校の生徒は皆美鈴ちゃんの信奉者なんで」
「……そう言う所、血は繋がってへんのに、鴇とそっくりやわ」
「それはそうですよ。何よりあの佳織さんに育てられてるんですから」
「……あー…それは否定出来ひんな」
……さて。華菜嬢と話して、そろそろ姫さんも落ち着いてきたかな?
今の姫さんは気配に敏感だろう。ゆっくりと近づいて、先に華菜嬢横に立つ。俺にならって優兎も来るが、あくまで俺の後ろで対応待ちだ。
「奏輔さん?」
「…姫さんと話したい。そう伝えて貰えるか?俺が直ぐに触れるより華菜嬢から伝えて貰た方が姫さんも安心やろうし」
「…分かりました」
華菜嬢がゆっくりと姫さんの手に文字を書く。普通の人間ならきっと意味を理解するまで時間を要するだろうに、流石姫さんや。直ぐに理解して、こくりと頷いた。そっと華菜嬢が場所を開けようとするのを手で止めて。俺は姫さんの目の前に椅子を持ってきて座りゆっくりとその手をとった。
ビクリッと一瞬怯むも、俺の手をゆっくりとなぞって認識する。すると俺の手の平に、奏輔お兄ちゃんと書いて小首を傾げた。
「あぁ。俺や、姫さん」
肯定の意味を込めてぽんっと手を優しく叩く。ホッと安心したように小さく息を吐いた姫さんの手をそのまま裏返して、文字を書く。まずは…。
『平気か?』
と姫さんの状態を聞く。だと言うのに、姫さんらしい。自分の事より俺の心配をしてきた。今誰よりも辛い状況にいるのは姫さんやろうに。思わず苦笑が浮かぶ。
『俺は平気だ。むしろ助けに行くのが遅くなって悪かった』
素直に謝罪すると、姫さんは頭を振った。謝るなと助かっただけで十分嬉しいと。確かに自分の状況が解らなければ、悪い方へと考えがちだ。姫さんはストーカーの側にいるんじゃないかって恐怖してた訳だ。
震える指で書き綴る言葉。もうこんな目には合わせないと言葉を綴り、安心してもいい、力を抜いても良いとそう伝える。ぽんぽんっとそれを後押しするように手を叩くと少しだが姫さんの震えが収まってきた。会話を再開する。
そろそろ本題に入ろうと思う。だがどこから切り込んでいいのか一瞬迷う。
大地が言うには姫さんの今の状況は『外傷はない。だから目や耳が機能してないのは精神的なもの』らしい。だとしたら下手な事は言えない。更に悪化させる可能性があるからだ。しかし…聞かなければ解決しない事もある。
まずは…前置きから、や。姫さんの手に、聞きたい事があると書く。姫さんは一回瞬いて『なに?』と聞き返してきた。さて、こっからだ。とにかく今必要な情報は、あのストーカーについてだ。あいつは姫さんの前世を知ってるようだった。となると前世でも姫さんと繋がっていた可能性がある。前世では恋人関係があった、とか?姫さんに何か非があったとしたら奴のストーカー行為の対応の仕方も変わってくる。まぁ、姫さんに非があるような事はまずないやろうけど。
…となると、聞く内容は、ざっくりと大まかに聞いた方が良さそうやね。姫さんの手に端的に『あのストーカー、何?』と問いかけた。
ビクッ!
姫さんの体が跳ねる。どう話したらいいか迷ってる感もある。そうか。よう考えたら姫さんは知らんのか。姫さんに前世の記憶があるって俺達が知ってる事を。だから悩んでる訳か。何か話を聞いてやれるいい方法はないもんか…。
記憶を探り、ふと姫さんと初めて二人きりになった時の事を思い出した。あの答えを今言ったらどうやろ?…試してみるか。
『姫さんは、昔俺に言ったな。前世を信じるか、って。今、その答えを言う』
焦点の合わない目で驚きながら、姫さんは俺の手を握ってくる。
『信じるよ。俺は姫さんを疑ったりしない。姫さんが言うなら信じる。だから、姫さん。ゆっくりでいい。姫さんが今抱えてる不安や悩み。俺に話してみないか?』
小さい震えが手を通じて感じる。その手を優しく握り姫さんが綴る文字を待つ。
『長くなるよ』
どんとこい。
『自分でもあまりまとまってないの』
どこまでも付き合うで。そんなん気にせんでいい。
ふるふると体が震え、見えていない瞳が潤み、頬を涙が伝う。頑張ってたんやな…。一杯一杯我慢してたんやな…。大丈夫。俺はずっと味方やからな。
握っていた手を離して涙を拭う。
「……奏輔さん」
「優兎?」
「美鈴ちゃんの為にも、一旦家に帰りませんか?」
「……せやな」
「……僕も美鈴ちゃんに触れて大丈夫でしょうか」
「大丈夫や。そっとゆっくり触ってやって」
しっかりと頷き優兎は姫さんの手に触れる。そして俺も、姫さんの手に触れて、文字を綴る。
『帰ろうか。姫さんの家で、ゆっくり、話に付き合うよ』
姫さんは意味を理解してしっかりと頷いた。
「優兎、俺の車の鍵や。持っとって。華菜嬢は姫さんの鞄を頼むわ」
ぺいっと車の鍵を放ると上手くキャッチして、華菜嬢も早速姫さんの鞄を持つ。
『抱き上げるで』
念の為に先に告げると、姫さんは俺の手に触れて、それから腕、肩と確かめる様に登って首に辿り着くと自分から腕を回してきた。
「……ええ子や。…よっと」
相変わらず姫さんは軽い。これなら抱き上げたまま姫さんの家まで行けそうだ。姫さんの負担になるからしないけども。
学校の駐車場まで行き、車に姫さんを乗せて、華菜嬢が同じく後部座席に、優兎が助手席に乗り込んだのを確認してから、運転席に乗り込む。
「動かすで?華菜嬢。姫さん見とってな」
「オッケーですっ」
車を走らせ、大した時間もかからず姫さんの家に到着した。玄関前に駐車して車から降りて、もう一度姫さんを抱き上げて優兎に鍵を開けて貰う。
「お姉ちゃんっ!?」
誰かしら帰って来た事に驚き、確かめに来た旭が姫さんの姿を見て全力で駆けよってくる。
「蓮、蘭、燐っ、集合っ!」
ピーッ!!
旭、その笛どっから?
しかもドドドドッて二階からスゴイ音がするんやけど…?
「お姉ちゃんっ!?」
「どうしたのっ!?」
「誰がやったのっ!?
姫さんを抱き上げてる俺の周りに旭を含め姫さんの弟達が大集合。けど姫さんは聞こえてないから、無反応。姫さんの反応がいつもと違う事に気付いた弟達の目は一気に吊り上がっていく。
「……奏輔さん。…どう言う事?」
「お姉ちゃんに酷い事したの、誰?」
「どこのどいつ?」
「優兎兄。知ってるんでしょ?教えて」
……おかしいな。ミニマムな鴇と双子、姫さんがここにいる気がしてならないんだが…。
「あー、説明するから皆本性隠して。っとに、美鈴ちゃんの前でだけは猫被るんだから。奏輔さん。僕はちょっと旭達に説明するんで」
「了解や。勝手知ったるなんとやらって奴で。勝手に入ってく」
「はい。ほら、旭、蓮、蘭、燐、おいで。美鈴ちゃんを襲った犯人について教えてあげるから」
リビングに入っていく優兎とそれについて行く四人を見送り、華菜嬢と二人姫さんの部屋へと向かう。
階段を登って、先回りした華菜嬢がドアを開けてくれる。ベッドへそっと座らせると、華菜嬢はテキパキと動き始めた。ついでに俺は邪魔だと一旦外に追い出された。まぁ、着替えさせるのは必要やし…。
姫さんの準備が終わるのを待つ間、俺は携帯を取りだす。そこには透馬からの連絡が入っていた。
『佳織さんが怪我をした』
そうか。佳織さんが怪我を……佳織さんが怪我ぁっ!?嘘やろっ!?思わず二度見してしまう位には信じられない。
メールの文章の続きを読まな…。
『と言っても重症じゃない。足をナイフで斬りつけられたんだが、佳織さんは上手く回避したからな。色々分かった事があるが、これは後で直に話す。それから星ノ茶の生徒会長とあの小学生にはあと一歩の所で逃げられた。学校にいるのなら念の為に姫と一緒に帰宅しろ。あぁ、そうだ。それから近江は何とか取り返したが、意識がまだ戻らない。優兎経由で新田に教えてやってくれ』
近江の意識が戻らない?操られていた事の弊害だろうか…?
まぁいい。とりあえずこっちの報告と優兎に説明、だな。手早く返信し階下へ降りて、リビングで旭達を宥めている優兎に事の次第を説明する。直ぐに事情を理解した優兎は携帯を取り出したのでこっちは任せて良いな。
必要な事は伝えたからと引き返し、姫さんの部屋に戻るとタイミング良く華菜嬢が部屋から出て来た。
「奏輔さん。美鈴ちゃんの着替え終わったので、私一旦家に帰って着替え持ってきますねっ」
「ちょい待ちっ。一人で行ったら危ないでっ」
「あ、大丈夫ですっ。優兎くん引き摺って行きますからっ」
それならいいか。気を付けて行ってくるように言って入れ違いで部屋に入る。そこにはベッドの上で目を閉じて全く動かない姫さんの姿があった。着せやすかったのか、姫さんの瞳の色と同じ青いワンピース姿。姫さんの机の椅子を持って側に寄り、ベッドの脇に置いて座る。そしてゆっくりと手をとる。すると姫さんは俺が来るのを待っていたのか、直ぐに手を裏返し文字を綴ってきた。
『紙とペン、バインダーとって』
紙とペン?それからバインダー?言っている意味が理解出来ないが更に追加で文字がかかれる。
『ノートでも可。書きやすいのであれば』
あぁ、成程。俺が書いたって姫さんは見れないけれど、姫さんが書いた文字を俺は見れるからな。だとすれば…紙だと落としたり誰かに見られた時の対処が必要になるから…ヤバいか。なら空きノートのがいいな。
『どこにある?』
『机の引き出し。二番目に紙類一式。机の上にペン。ちなみにエロ本はありません』
『いや、最後の情報はいらんで』
分かりやすく互いに表情だけで笑い合い、姫さんに許可を貰って机の引き出しを開ける。……流石姫さん綺麗に整頓しとるなって言う準備をしてたんやけど…あ、いや、確かに綺麗は綺麗なんよ?ただ…これ、トーンか?あの漫画とかで使う奴…ネタ帳とかノートが一杯挟まっとるんやけど…。…よし、忘れよう。えっと空きノートは…右端の…パラパラと中を見ても何も書かれてない。うん、新品やな。これにしよう。ペンは机の上…ははっ、姫さんらしい。全部キャラもんやんか。しかも全部白猫。…可愛ぇなぁ。お姉達の机の上はこんなんじゃなかったで。酷い時なんてコ……思い出さんとこ。
ノートとペンを持って机の横に置いた椅子に戻り、姫さんの手にそれを渡すと手探りだけれど器用にノートを開いて文字をさらさらと書いて行く。
えっと、何々?…『試し書き。奏輔お兄ちゃん、読める?』か。おう。読めるで。ポンポンと手を叩く。流石にいつものような綺麗な文字ではないし、何か所か重なってる文字もあったりするが、それで読めない事もないから伝える必要はない。
『あのね。奏輔お兄ちゃん。私ね、前世の記憶があるの』
うん。知っとるよ。…とは言えへんしなぁ。とりあえずポンと叩くだけで返事を終わらせて続きを促す。
『でね。私の前世での名前は西園寺華って言うの』
姫さんの空いてる手をとって文字を綴る。
『どんな姿やったん?』
『姿?普通に黒目黒髪のOLだったよ?………乙女の秘密は深堀禁止』
……なんや、聞いてはいけない事もあるようやね。…触れないでおこう。あぁ、でも以前見たストーカーのメールに写っていた姫さんの顔は美人だった。
『モテたんちゃう?』
『…モテた、とは思う。かと言って恋人がいたかって言われると…死ぬ間際まで出来なかったな』
『そうなん?』
『好きな人はいたよ。互いに気持ちは何となく理解しててね。気持ちを伝えたらもう恋人同士になれたなって人。私が先に殺されちゃったから恋人にはなれなかったんだけど』
『その前世の姫さんを殺したのがあのストーカー?』
『……そう、だと思う。自分で殺した相手を信じるなんておかしいって言ってたし。…信じた訳じゃないけど』
わかっとるよ。ポンと叩いておく。
『私にだって前世の記憶があって。生まれ変わったんだからストーカーが生まれ変わっててもおかしくはないんだよ。それは、おかしくないんだけど…』
『何か、気になる所がある?』
『…どうして人を操れたり出来るのかな?って。確かにここは前世の私がいた世界とは違う。違うけど、根本的な所は変わらないはずなのに』
『金山さんや真珠さんと同じ忍びなんちゃう?』
『……その可能性も考えたんだ。でもね、奏輔お兄ちゃん。同じ忍びの、しかも銀川さんと真珠さんの子供であるサラブレッドな近江くんがそんなに簡単に操られるかな?』
それは…確かに。忍びの術やらが苦手であったとしても、体自体は忍びの体。遺伝子レベルで忍びなのだからどんな術に対しても抵抗出来る抗体がある筈や。そんな人間が簡単に操られるかと言われると…否だ。
『小学生の一般男子が人を操れる?』
ヤクザの家の三男坊が一般男子か?と言われたらちょっと頷き難いが姫さんの言い分はもっともや。けどそうなるとあの小学生の他にも協力者がいるって事になる。
『協力者がいるって事か?』
『と考えるのが妥当なんだけど。協力者…とは何か違う気もするの』
『と言うと?』
『一年生の時の文化祭。あの時のミスコン覚えてる?』
『姫さんがぶっちぎり優勝したあれやろ?勿論覚えてるで』
『ミスコンの結果は忘れていいのっ』
姫さんの文字が羞恥からぶれまくっている。姫さんってほんっと時々撫で回したくなるほど可愛いわ。
『そっちじゃなくてっ。その時ね。変な視線を感じて。そっちを見たら、高校生が立ってたの。星ノ茶の生徒だった。今思い返してみれば今日襲って来た星ノ茶の生徒二人の内一人はその人だった気がするの。見覚えのある顔だなって思って、記憶を探ったら分かった。その人、星ノ茶の生徒会長だと思うの』
『そやね。それは俺も知ってる』
あの時、…姫さんが襲われた時。俺達は外に呼び出されていた。大地に姫さんを任せて。それが罠だと気付き急いで学校に帰って来てみれば校門が閉められて侵入不可能になっていた。まぁそんなもん何の障害にもならなかったし、即行でぶっ壊して生徒玄関に向かった時姫さんの叫び声が聞こえて、その後凄い破壊音が聞こえたから急いでそっちへいったら大地が姫さん防衛線を繰り広げていた。結局俺達が助太刀に入り、そこで鴇の拳を止めたのは星ノ茶の生徒会長だった。
『私、あの小学生に連れ出されそうになった時、学校の生徒が一杯倒れてたの。でもね?動いている人もいたの。それでね?何パターンかある事に気づいたんだよ』
『パターン?』
『そう』
目が見えないって言うのに、それはそれは上手に箇条書きしてくれる。姫さんが言うパターンはこうだ。
1)本当に操られていたエイト学園の生徒。小学生のガキや星ノ茶の生徒が近江の力を使って操っていたと思われる。
2)操られずに眠らされたエイト学園の生徒。数多く操る事は出来なかったらしく邪魔になる生徒は眠らされた。邪魔になる教師も同様。
3)近江の術を免れたエイト学園の生徒。これは四聖とその恋人達の事だろう。あいつらは近江を知っていて何より新田と未がいる。奴らは近江の持つ薬の解毒剤を持っているからちょっとやそっとじゃ近江の術にやられたりはしない。
4)操られているであろう星ノ茶高校の生徒。姫さん曰く、生徒の中にエイト学園の制服を着ているのに顔に見覚えのない生徒が複数名混ざっていたらしい。勿論普通に星ノ茶の制服を着ていた星ノ茶の生徒も混じっていた。
5)以上四つの要項に全く当てはまらない生徒。問題はここだ。
『それらに関わらない生徒がいたよね?星ノ茶の生徒会長と近江くん。そしてあのストーカーの転生者。…あの三人の共通点ってなんだろう?』
共通点…。正直さっぱり分からない。人としてのタイプも特に似通った所はない。年齢もバラバラ…。年齢…年…?
『姫さん。ちょっと聞きたいんやけど』
『なに?』
『転生、って時系列どうなっとんの?』
『じけいれつ…?とき…あ、時系列?』
『そや』
『どうなってるんだろう…?』
姫さんが首を傾げた。
『私が前世で殺された後にストーカーがいつ死んだのかは解らない。解らないけど…』
『俺、思うんやけど。あくまでも可能性の話やで?仮定の話やけど……その三人の共通点が『転生者』って事はありえないやろか?』
『??』
『まず前提として『世界と世界の時間の流れ』ではなく、『転生者そのものの時間の流れ』に目を向けてみる。輪廻転生って言葉の通り魂は巡るやろ?その巡りの輪って言うのは姫さんの存在で【一つの世界にとどまっていない事】が分かる』
『うん』
『例えば、姫さんは今【白鳥美鈴】として生きており、その前には【西園寺華】って存在がある』
『うん』
『けど、姫さんに記憶がないだけで【西園寺華】になる前、西園寺華にも前世がある訳だ』
『そうだね』
『じゃあ、その前世は一体どの時系列でどの世界に生まれていた?』
『え?』
『もし、今ここで俺が死んだとする。魂は巡るな?そして生まれた世界が前世の姫さんがいた世界の100年前だとしたら?』
『もし、かして…奏輔お兄ちゃんは…その三人が皆ストーカーの生まれ変わりだって言いたいの?』
『その可能性もない訳じゃないって事や』
そこが共通点だとしたら、三人が姫さんを狙っている理由も納得出来るし、鴇の拳を防いだ理由も頷ける。奴らは痛みを感じないんだから。
『でもさ?奏輔お兄ちゃん。なんで生まれ変わった人間が同じ場所にこうやって集まってるの?』
『それは狙いがあるからや』
『……もしかして、その狙いって…私?』
『そう考えるのが妥当、やな』
ぺらりとノートのページが捲られる。新しいページに文字が書かれていく。…文字がどんどん曲がっていく。ぶれていく。…怖がらせてしまったみたいだ。姫さんの手をぎゅっと握って落ち着くように促す。今ここにいるのは俺と姫さんだけだ。怖がらなくていい。
『じゃあ、じゃあっ、前世でも私はあいつに生まれた瞬間から目をつけられてたの?逃げられないのっ?』
『姫さん。落ち着け。必ず対抗策はあるから。それを一緒に探すんやろ?』
『奏輔お兄ちゃん…』
『姫さんは、気になってる事ないか?』
『気になってる事…?』
『そや。俺はまだある。近江のことや』
『近江くん?』
『そや。おかしないか?新田の話を聞く限りだと、近江はぎりぎりまで姫さんを守る側にいたんや。けど、突然に姿を消して、現したと思ったらもうあぁなっていたんやて』
『でも中身がストーカーなら』
『思い出した時点であちら側に回る。そらそうや。でもな、姫さん。近江には新田って言う恋人がいる。世界を越えて、魂まで執着している女がいるのに他の女に惚れるか?姫さんを殺してまで手に入れたいのに?』
『愛奈の方をより好きになった、とか?』
『可能性としてはなくはない。けどどちらかと言えば俺は『あの時点でまだ記憶を取り戻していない』の方が可能性的には高いと思う』
『記憶をとりもどしていない…?』
『そや。因みに姫さんはどうやって記憶を取り戻したんや?取り戻すって表現が正しいのかどうか解らへんけど。思い出した、のが正しい?』
『私は六歳の時、唐突に思い出したよ。パァンッて弾けたみたいに』
『きっかけみたいなのはなかったんか?』
『特には…』
成程…。それは佳織さんもそうなんやろか?姫さんは佳織さんの事を隠しているようだし、これは確かめる事は出来ないか。だがあのストーカーに関しては記憶の取り戻し方が違う気がする。じゃないとおかしい。近江の記憶の取り戻したタイミングを考えると尚更そう感じる。ストーカーには何か記憶を取り戻す方法があると考えた方が良さそうだ。取り戻す方法。素直に考えれば、姫さんに会った時、とかになりそうだが。それは真っ先に除外、やろな。それは近江が実証している。となると…?
俺と姫さん。二人は同時に黙り込んだ。
『ねぇ、奏輔お兄ちゃん。ストーカーが私を狙う理由って何かな?』
『可愛いから?』
『私は可愛くない。性格こんなだもん。そうじゃなくてっ』
いや、十分可愛ぇと思うで?今だって真っ赤やし。
『私に、何かあるのかな?』
うぅん…どうやろ?
そもそも姫さんの前世を聞けば聞くほど、一つ違和感が出てくる。
姫さんって、この世界に生まれてから男性恐怖症になったんだろうか?それとも前世から?
『姫さんは、前世でも男が怖かったん?』
『怖かった、は怖かった。けど…』
『けど?』
『【怖い】より【嫌い】だった。【憎い】もあったし…その存在自体【いらない】って思ってたかなぁ』
姫さんの文字がどんどんオドロオドロシイ文字になってきてる。……赤ペン渡さなくて良かった…。
『ねぇ、奏輔お兄ちゃん。どうして私前世の記憶を思い出したのかな?また辛い思いするって分かってるのに。どうして思い出したりしたんだろう…?馬鹿みたい…』
姫さん…。
文字を見るだけで、姫さんがどれだけ辛い思いをしてきたのかが伝わってくる。けど…けどな、姫さん。
『姫さん。それは違う』
『え?』
『姫さんはな。悔しかったんよ』
『悔しい…?』
『そうや。【怖い】思いをさせられて【悔しい】し、【嫌い】な奴に犯されて何も出来なかった自分が【悔しい】って。姫さんはそう思ってたんや。誰だってそうや。プライドを傷つけてくる相手を【憎く】もなるし【いらない】って思う。けど姫さんはあの佳織さんの娘やからね。やられっ放しは性に合わなかったんや。だから思い出したんよ。今度こそ返り討ちに合わせたるってな』
『奏輔お兄ちゃん…』
ぎゅっと姫さんが手を握った。その手を両手で出来うる限り優しく包んでやる。
二人で何を言いだしていいか考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
誰やろ?華菜嬢が戻って来たか?そっとドアが開き、ぴょこんと姫さんの弟が顔を出す。ひょこひょこひょこ。更に下に三つ顔が増える。
「何してるんや?」
なんて聞くまでもないな。姉ちゃんが心配でここまで来たんだろう。
「お姉ちゃんに触っても平気?」
「側に行きたい」
「ぎゅーしたい」
「話したいよー」
ぴよぴよとさえずる四人に思わず苦笑する。姫さんの手に弟達が来たと伝えると、きょろきょろと頭を動かした。そして、見えない事に気づいて恥ずかしそうに俯いた。いや、これは仕方ないやろ。見えない今が異常な状況なんだから。その反応は正しいぞ。
俺は弟達を手で呼びよせて、姫さんの膝上に置かれているノートを取りあげて、実は一緒に出しておいたもう一つの新しいノートを膝の上に置いた。
「お前達がここにいるならちょっと任せてええか?ちょっと連絡を取りたいんや」
そう言いながらポケットから携帯を取りだして、旭にちらつかせるとしっかりと頷いてくれた。姫さんにちょっと席を外す事を伝えて弟達と入れ替わりで部屋を出た。
この家は金山さんが完全な警備体制をとらせている。確かに忍びの力で来られると危険だが、それでも金山さんは鴇曰く【頭領】だ。なら、そうやすやすと侵入はされないし操られたりもしないはず。ここにいる限り姫さんは一応は安全だ。
携帯を取り出し、画面を見るとメールが一通届いていた。
誰や?
開くとそこにあった名前は、空良だった。
えっと、何々?
『逃走中のストーカー追跡中』
はぁ?いやいや。そりゃ危ないやろ。戻ってこい。そうメールに返信しようと思った矢先に、向こうからまたメールが届く。
『捕まっちゃった』
はぁっ!?おいおいおいっ!なにやっとんのやっ!!返信なんて返してる場合ちゃうやろっ、電話や電話っ。
呼び出し音が、一回…あれ?繋がったで?
『………もしもし?』
「もしもしちゃうわっ。空良、お前無事なんやろなっ?」
『……………………………おれは無事です』
「ためが長いっ!って言うか、無事なんやな?……もー…驚かすなやー…」
『おれは無事。捕まったのは、樹龍也』
「…………は?」
『おれ達、奏輔様達に言われたようにこっそり奴ら追ってた。……そうしたら逃走中の犯人に樹龍也遭遇した。何か二言三言話したかと思ったら、変な男達が集まって来て樹龍也に変な物嗅がせて連れてった』
姫さんが無事なら、まぁ気にせんでもええやろ。……と言えないのが辛いなぁ。
「それで?捕まったのは樹だけか?」
『…多分…?』
「多分か。なんにしてもお前達も危なくなったら直ぐに逃げろ。絶対捕まるんやないで?」
『………了解…』
「よし。樹の事以外に何か解った事あったか?」
『…………あの小学生のガキ。向かってる場所が港っぽい』
「港?またおかしな所に行くもんやな」
『………樹龍也。ぽい?』
「…あー…捨てられるか?海にぽいの可能性はなきにしも…」
それはそれで海が可哀想やな…って、ちゃうちゃうっ。つい本音が。や、でも…仕方ないんちゃうか?樹にどれだけ俺達の大事な姫さんが泣かされたと思って……。
ベキッ。
っと、あかん。携帯破壊するとこやった。
「そういや、空良。お前らどうやってそのガキを追い掛けとるん?」
『…………金山さんの車…』
あぁ、成程。納得や。
『…………………あ』
あ?
『………………に』
ブツッ。ツー…ツー…。
「おいっ!」
思わず突っ込みをいれたくなる様な中途半端な所で切れたんやけど。本当に大丈夫なんっ!?
あ、って何か見つけたような感じやったな。それから『に』とか言ってた?『に』ってなんや、『に』ってっ!
電話をかけ直しても繋がらず。メールしても返信なし。おいおいおい。どうなっとるんっ!?
…ちっ。何はともあれ当初の目的通り鴇達と連絡取る必要があるな。携帯を操作して…。
「駄目だよっ!お姉ちゃん!罠だってばっ!」
何の騒ぎやっ!?
慌てて中へ入ると、そこには一枚の紙を持って動こうとしている姫さんと、それを必死に止めている弟達がいた。
ドアをしっかりと閉めて、姫さんには悪いが鍵もかけさせて貰う。これで目の見えない姫さんは直ぐには動けないはずだ。姫さんに駆け寄り手を掴んで『どうした?』と問いかけると、姫さんはノートを探す。
旭がノートとペンを素早く姫さんに渡すと、姫さんは焦ったように書き殴った。
『奏輔お兄ちゃん、樹先輩が攫われたって本当っ!?』
『……誰に聞いたんや?』
『声がしたの。頭の中に。直接。ストーカーの声が…』
あいつ、そんな事まで出来るんか。変態って色んな意味で人とは違うんやな。変態って言葉を辞書通りに当てはめれる奴は本当滅多にないで。
『奏輔お兄ちゃんっ。樹先輩はっ』
『……姫さん。落ち着き。冷静に考えて、今の姫さんが行った所でなんになる?』
『そ、れは…。でも、行かなきゃ…』
何でここまで行こうとしている?姫さんはそんな簡単に迂闊な事はせぇへん筈や。…となると、何か言われたって考えるんが妥当か。
『姫さん。ストーカーに何言われた?』
ビクッと姫さんが体を跳ねさせた。これは確定や。
『もう一度聞く。何を言われた?』
『…私と、ストーカーにとって邪魔な者は全て消す。消されたくなかったら、今すぐストーカーの下に来いって…』
『旭の言う通り分かりやすい罠や。何で俺らに相談せずに行こうとした?』
『だって…』
姫さんが俯く。ぽたぽた…とノートに丸い染みが出来て行く。
『だってっ、嫌だもんっ!私とストーカーにとって邪魔な『者』なんて、そんなの決まってるっ!奏輔お兄ちゃんだってその対象に入ってるっ!消されたら嫌だもんっ!皆、皆大好きだもんっ!消されたら嫌だっ!絶対に嫌だよっ!』
『姫さん。俺らがそう簡単にやられる訳ないやろ?』
『分かんないよっ、そんなのっ!こんな、人の頭に直接話しかけてくるような奴に勝てる訳っ』
「姫さんっ!!」
思わず声を上げて姫さんを抱きしめていた。
声が聞こえない姫さんに声を荒げても聞こえる筈がない。それでもどうにか落ち着いて欲しくて、俺は姫さんをきつく抱きしめていた。
『…奏輔お兄ちゃん……?』
抱き上げて鴇が良くしてやっているように膝の上に座らせる。そして震えているその手に文字を書く。
『…らしくないで。姫さん』
『だって…』
『ストーカーがどんだけ人間離れしてるか、それは解らん。けどそれは誰が対峙しても一緒や。一対一で敵わないかもしれへん。でも、姫さんの味方は何人いる?…考えてみ?まずは姫さんの家族は皆姫さんの味方や。これだけで十人以上。次に商店街。俺らの家族と商店街の面々は全員姫さんの味方や。これでもう五十人はいくな?それから姫さんが通ってた中学の生徒、そしてその家族。エイト学園の卒業生や在校生の殆ど。姫さんの会社で働いている人間。空良達の施設に関わっている人間。他にもっともっとおるで?これだけの人数が姫さんの味方なんや。ストーカーの一人や二人、どうってことない』
『でも、だって…』
泣きながら、でも、でもと書き続ける姫さんが痛々しい。これもきっとストーカーに植え付けられたトラウマなんだろう。絶対に勝てないんだって思わされとる。けどな、ストーカー。うちの姫さんはそんなに弱ないよ。
『姫さん。俺は、行くなとは言ってないで?』
『…え?』
『俺はどうして相談しない?って言うたんや』
『奏輔お兄ちゃん?』
『今の姫さんが一人で行った所で相手の思う壺や。けどな…一人じゃないならどうや?』
『…どういう、意味…?』
『姫さん。考えようや。ストーカーに一矢報いる作戦って奴を。…姫さんはやられたらやり返すがモットーやろ?』
『……やり返す…』
『悔しいやろ?このまんまなんて。それとも姫さんはこんなに悔しい思いしとるのにまた泣き寝入りするんか?』
『やだ…やだっ!悔しいっ!やられっぱなしなんて嫌だっ!』
『せやろ?なら…やってやろうや。な、姫さん』
『…うんっ。うんっ、奏輔お兄ちゃんっ!』
わしゃわしゃと頭を撫でると、姫さんが嬉しそうに微笑む。その姿はやる気に満ちていた。
さて、と。覚悟しぃや、ストーカー。絶対に地面に顔面擦りつけさせてやるからな。
寄り添い型の奏輔(*´ω`*)




