第二十七話 奏輔の激励
ピピピッ、ピピピッ。
うあー……うるさい。
何で目覚まし?目覚ましなんていつも使わずに起きれるのに。
そもそも今何時なの?
腕を伸ばして枕元にあるスマホを手に取って、布団の中に引き摺りこむ。
えっと…。うぅ、目が霞む。眠いから目が完全に開いてないよ。脳も覚醒しきってない。
………8時…14分……あー、なんだ…会社の出勤時間に設定してたアラームが鳴っただけかぁ。
でも今日は土曜日で休みだし。別に気にしなくてもいいや。
ポイッとね。
こもこもと布団に戻って、二度寝をすべし。
……………うん?ちょっとお待ちなさいな、美鈴さん。
私はまだ高校生ですぜ?
それにアラームって。
別に今は一人暮らしじゃないからアラームの設定をする必要もないし、した記憶もない。
ガバリと起き上がり、ちょっと頭がふらつくけど辺りを見回す。
「え?…この部屋…華の時の部屋…?」
何処をどう見ても私が前世で一人暮らししていた時の部屋だ。
乙女ゲームのポスターとか、まだ未プレイのゲームの山とか。仕事用のスーツがかけられている壁とか…白猫柄のカーテンとか。
間違いなく私の部屋だ。高校卒業してママと暮らしていた部屋を売り払って、新しく買い直した一人暮らし用のマンションの一室。
え?何で私ここにいるの?
ちょっと落ち着こう。私。
立ち上がって自分の足を見る。腕、手…美鈴の視線より若干背が高い。髪…腰まである黒の長髪。顔に触れてみる。美鈴とは違ってシャープな顔つき。
…間違いない。私、華に戻ってる。
夢、なのかな?
もし、夢なのだとしたらどっちが夢?美鈴になった方が夢?それとも今の方が夢?
解らないけど…まず色々と確認しよう。
(とにかく今知りたいのは今日の日付だよね?何日だろう)
もう一度スマホを持って起動する。
今日は、十二月の一日土曜日。…明日は私の誕生日。うん。そこまではオッケー。
……オッケーじゃないっ!!
スマホの画面にデカデカと、休日出勤の文字があるっ!?
アラームの意味、理解したっ!
急げーっ!!
全力で仕度を済ませ、ドアにしっかりと鍵をかけて飛び出す。車に飛び乗って、法定速度ギリギリで会社へと向かった。
遅刻は何とか免れたものの…次の難関が私を待ち受けていた。
私の前世での職場。
男が多いんですーっ!!
おぎゃーっ!!どうしたらいいのっ!?
そもそも仕事内容全然覚えてないんだけどっ!?
自分の席は覚えてる。
そこに座ってパソコンを起動した。よしっ!さっぱり分かんないっ!
でも、やるしかないか。
やっている内に思い出すかもしれないし。
いざパソコンに向き合おうとした、その時。
―――ザザッ。
視界にノイズが走る。
再びザザッと目の前の会社の光景が歪み、その歪みが何度も繰り返されて、その頻度が上がって行き、その感覚が気持ち悪くなってきて目をきつく閉じた。
そしてそれが安定した頃に目を開くと全然違う場所にいた。
(………夢、確定だわ。こんな風に一瞬で時間が過ぎて場所も変わるなんて夢以外あり得ないでしょ)
私が今立っているのは、時計屋さんの前。ブランド物の時計を売っている店だ。
(……何で私こんな夢見てるのかな…?まさかまた『彼』へのプレゼントを選んで買う事になるなんて…。どうせ、渡せやしないのに…)
あの時私は、彼に明日これを渡せるのかと考えただけで、今日の休日出勤頑張った意味があった、って断言出来る程彼の反応が楽しみだったんだよね。
まぁ、体力がなくなってへろへろたかったのは、間違いなかったんだけどさ。
どれにしたんだっけな?
店の中のショーケースに並べられた腕時計を見てまわる。
どれも、平凡な彼っぽくなくて。でもどうせつけて貰うなら、良いものを贈って長く使って欲しくて。
出来る限り私の存在を彼に感じていて欲しくて。
真剣に悩んだんだよね。
……それで…。
私はショーケースの一番隅にある、腕時計の前で足を止めた。
これを選んだんだ。
何度見ても、彼にはこれが似合う。金属ではない皮のベルト。派手だったりしないし、ブランドの名前とか全く見えなさそうな位置についてたりするけど。ショーケースの一番端っこにまるで忘れ去られたみたいに陳列されてるけど。
彼に似合いそうで。私は一目惚れして、即行でこれを選んだのだ。
喜んで貰えるといいな。って、そう思って。
店員さんに包んで貰うように言って、それを受け取った時の面映さ。今もまだ忘れられない。
自分の誕生日が明日で。彼も私の事を想ってくれてるのは伝わっていた。だから私から告白して、プレゼントも渡して。一生忘れられない思い出にするつもりだった。なのに…。
一生どころか、次の生でも忘れられない思い出になったけどね。
―――ザザッ。
また視界にノイズが入る。
今度は何処に移動するの?
目を閉じて、開いて視界に入った光景は、朝と同じ部屋。
だけど、違うのは暗闇で中が見えないって事。
……この後の結末は知ってる。言いかえれば、西園寺華としての生はここで結末を迎える。
これは夢だ。
だから抗った所で私は結局殺されるだろう。
だからと言ってどうしてもう一度私は体感しなければいけないんだろう。
どうせ死ぬなら、痛みを感じずに死にたかった。
どうせ死んでしまうなら、彼へのプレゼントとか買ったりせずにそのまま死にたかった。
だってそうでしょう?
彼は私が死んだことを後から知らされて、あの腕時計を見て絶対に傷ついたはずだ。
あの人を苦しめたく何て、なかったのに。
パチリ。
私は静かに電気を点けた。
視線の先にはあの時と同じようにストーカーがいる。
黒の帽子を目深にかぶり、その帽子の影に見える狂気を帯びた瞳。つい最近も見た、恐怖しか感じ無い瞳。一度死んだせいか、これが夢の所為なのかは解らない。けれど、今の私は妙に冷静だった。
「……誰?」
返事はなくニヤリと笑うだけ。
ぞわりとはするけれど、以前の様な怖さはない。変な感じだけど、これから死ぬって事と生まれ変わるって事を知ってるからかな?
ストーカー男は手に持った包丁を私の前に突き付けた。
「……やっぱり殺すの?」
聞くと、男は一瞬きょとんとした感じで動きを止めて、帽子をとった。ストーカーの奴はこんな顔だった…?こんなに整った顔をしていただろうか?
「おかしいな?確かこの時の君は前世の記憶なんて持ってなかったよね?どうして私の事を知ってるのかな?」
こんな言葉、返されたかな?
私もあの時と違う言葉を言ったから違う返答が返ってきたのかな?
「……まぁ、いいや。えっと、君を殺すか、だったよね?君が大人しく私のモノになるのなら殺さないよ?」
デジャヴ感。
ついさっき、気を失う前も似たようなセリフを言われたな。
「例え殺したとしても、抱くけどね」
「……死体抱いて、楽しい?」
「楽しいよ?特に君の死体だもの。何度抱いても良いよ。私『達』が抱き過ぎて、体がすっかり私達に馴染んでしまってるから尚更」
私、『達』…?
一体どう言う事?
まさか、私を犯してきた男は全てこいつとグルだったって事?
「っと、いけない。あまり喋って、次の世で逃げられたらまた面倒だ」
次の世?何を言ってるの…?
もう少し会話しないと聞きだせない。
どうせこれは夢なんだから…。
「次の世って、どう言う意味?」
「?、意味なら今身を持って理解しているんじゃない?」
それは美鈴の生の事を言ってるの?
だとしたら、あの時の小学生はやっぱりこいつの生まれ変わりって事っ!?
「さて、と。じゃあ、早速君を抱こうかな」
「なっ!?」
驚きながらも、やはりこんな奴に犯されるのは嫌で、後ろにあるドアから逃げようとする。
けれど、そいつは私の腕を引き、押し倒してきた。
必死に暴れて抵抗するも、腹部に刺さった包丁で、私の動きは止まる。
「あぁ、やっぱり刺しちゃった…。うぅ~ん…君の血は綺麗だなぁ…。ねぇ?舐めてもいい?」
腹部に刺さった包丁が引き抜かれ、今度はその周辺の服が引き裂かれる。ブラですら包丁で切られ、男の手が胸に触れる。
夢だから痛みはない。
代わりに犯されてる恐怖だけがじわじわと私に浸食を始める。
刺された腹を舐められる感触。包丁でまた刺されて血が出て舐められて…。
視界は閉ざされた。
ここで私の命が尽きたから、記憶もそこで終わる。
どうして今更前世の夢なんかみたんだろう…?
そもそも私、どうして夢なんてみてるの?
…?
私は今どんな状況なの?
確か…私が生まれ変わった先にまでさっきのストーカーが追い掛けて来たのが分かって。怖くて堪らなくて。助けて欲しくて大地お兄ちゃんに助けを求めて。保健室のドアを開けようとしたら、鍵が、閉まってて…。
徐々に徐々に取り戻す記憶に体が震え始める。
ねぇ?どうして私、今闇の中にいるの?
もしかして、私が見たのは夢なんかじゃなくて走馬燈だったりしないよね?
兎に角目を開けなきゃ。
光が欲しい。闇の中は嫌。
段々脳が覚醒して行く。けれど私は闇の中から一歩も出れた気がしない。見れども見れども、暗闇しかない。
私、目を開けてるよね?
だって変な話、瞼を動かしている感覚はあるんだもん。
じゃあ何で真っ暗なの?
音も何も聞こえない。さっきまで聞こえてたのは夢だったから?じゃあ今はどうして聞こえないの?
何も見えない、聞こえない。ならせめて匂いは?すんすんと匂いを嗅いでも全く匂いがしない。
どうしてっ?
私は今確かに起きていると感じてるっ。なのに何で何も見えないのっ!?聞こえないのっ!?
ねぇっ、私は今どこにいるのっ!?
ぐっと手に力を入れて体を起こしてみる。ふかふか…まさか、これシーツ…?私、ベッドの上にいるの…?
じゃあ、じゃあっ!?
『じゃあ早速君を抱こうかな』
さーっと血の気が全て引けた。
逃げられなかったのっ!?
あの後私はあいつに捕まって、攫われたのっ!?
嫌だっ!
そんなの嫌だよっ!!
逃げなきゃっ!逃げなきゃっ!!
脳内がパニックを起こしていた。
ベッドの上にいる事は理解出来た。でも視覚と聴覚、嗅覚がないのは理解出来ない。今私が理解出来るのはベッドの上にいたら危険って事っ!
手探り状態で四つん這いになってベッドの上から逃走をはかる。ベッドの上と言う事は段差がある。それをすっかり頭から消し去っていた私は床へとどうやら落下してしまったようだ。ぶつけた肩や顔が痛い。
立たなきゃ…。立って逃げなきゃ…。
…?何か、肩に…人の気配?
誰だか解らないけど、怖いっ!触らないでっ!
私が振った手に何かがぶつかった。って事は、って事はここに見張りか何かがいるっ!?
嫌だっ!怖いよっ!!
「触らないでっ!来ないでっ!」
叫んだ。なのに、また人の気配がして。どうして寄って来るのっ!?嫌だよっ!怖いよぉっ!!
また腕を振り回して、側に近寄ってくるなと威嚇する。
どちらが前か解らない。だからどっちに逃げたらいいかもわからない。
どうしたらいいのっ!?私はどういう行動をとったら正解なのっ!?解らないっ!!全然解らないっ!!
パニックが大きくなっていく。その間にまた人の気配がして、振り回した腕にまた何かがぶつかる。
「怖いっ!怖いよおぉぉぉっ!お母さんっ、お母さああぁぁんっ!!」
頬に濡れた感触がして、私は自分が泣いている事に気づく。
そんな私におかまいなしに頬をガシッと抑え付けられて、額に何かがぶつかる。
なに…?何されるの…?離してっ!やだっ!やだぁっ!!
爪を立てて、必死に自分を抑え付けている何かを離そうとする。こんなに引っ掻いても離れないなら、引っ掻くだけじゃ駄目なんだっ!
暴れて腕を突きだす。すると頬や額の感触はなくなったものの、今度はもっと強い力で腕が絞められる。
嫌だっ!!何っ!?どうして、こんなっ!?何人いるのっ!?
暴れて、暴れまくって。でも腕は全然解放されない。離してっ!お願いだからぁっ!!
怖くて、全力で暴れていたら、腕が解放された。諦めて、くれた…?両手で自分の体を抱きしめる。
今度こそ、今度こそ逃げなきゃ…。私がそう思ったその瞬間。
強い力で拘束された。
暴れても暴れてもびくともしない。
もう、もう無理なの…?私はストーカーの物になるしかないの…?
そう絶望した。…でも、私を拘束するそれが、私の背中を一定のリズムで叩きだしたのに気付き、私の絶望は少しずつなりを潜めて行く。
ぽんぽん、ぽん…。
ぽんぽん、ぽん…。
これ、は…。
ぽんぽん、ぽん…。
ぽんぽん、ぽん…。
この叩き方は…。
『お母さん。お母さんっ』
『なぁに?華』
『学校でねっ。暗号とかサインが流行ってるのっ。お母さんも一緒にやろうよっ』
『ふふっ。暗号?楽しそうねっ、良いわよ。どんなのにする?』
『えっとね…。まずはお母さんに私は華だよ、ってサインを送る時は…ポン、ポンポンって叩くねっ』
『じゃあ、お母さんが華にするサインは、その逆のポンポン、ポンって叩きましょうか』
『うんっ。えへへ』
お母さん…?
ぽんぽん、ぽん…。
ぽんぽん、ぽん…。
お母さんなの?
抱きしめて、くれてるの…?
そっと手を動かして…私の体を拘束している部分に触れて…。
ぽん、ぽんぽんと叩く。
すると、拘束する腕が強くなった。
「…お母さん…」
間違いない。お母さんだっ!
私を拘束してるんじゃなくて、抱き締めてくれてるんだっ!
じゃあ、じゃあ私がいる場所は、お母さんの側なんだっ!さっきのも全部全部、味方だったんだねっ!?
全身を拘束していた緊張感が、一気に緩和する。
ぽん…。
うん?
今度は何だろう?
ぽんぽん、ぽんぽん。
ぽんぽん、ぽんぽん。
…二回、一拍、二回。それは確か…『立とう』だったかな?
立つんだねっ、解ったっ。
拘束がなくなり私の手に、暖かいきっとこれはお母さんの…ううん、ママの手が重なる。
ママに誘導されて私は多分さっき転がり落ちたベッドに座らさせられた。
両手をぎゅっと握られて、ハッと思い付く。そうだ。筆談っ。ママの手に文字を書こう。
『ここは何処?』
平仮名でそうママの手の平に書くと、逆に手の平に文字を書かれる。
『ほ』…『け』…『ん』…『し』…『つ』?
あ、保健室だねっ!じゃあ、大地お兄ちゃんが助けてくれたんだっ!?
『大地お兄ちゃんが助けてくれた?』
そう書くと、文字の代わりにポンッと背を叩かれた。
大地お兄ちゃん…。ありがとう…っ。
助けてくれた感謝と、迷惑かけた事への罪悪感がない交ぜ状態だ。
自分の状況は何となく理解した。今が安全って事も分かった。今度はこっちの事を説明しなきゃ。ママの手をとり、ゆっくりと今起きた出来事を説明する。星ノ茶の生徒が襲って来た事も。小学生の男の子がストーカーの転生者だって事も。ママは一文書き終わる度にポンッと背を叩いて解ったと伝えてくれる。逆に私の手を取って質問もしてくる。
『目は見えてないのね?』
頷く。
『耳は聞こえてるの?』
……一瞬耳を澄ませて、音を聞きとろうとするも、無音状態だ。横にママがいるのにママの呼吸の音も聞こえないんだから、きっと耳もダメなんだろう。耳も駄目なのだとしたら会話が通じていないのも納得出来る。多分私の声が言葉になっていないのだ。
私はママに現状を伝える為に首を左右に振った。
『鼻は?』
鼻…?さっきは匂いも何もしなかった。でも、今なら…。すんすんと匂いを嗅ぐと、ふわりとママの香りがした。柔らかいお花の香り。昔から変わらないママの香りがした。そして、保健室の消毒薬の匂いも。
良かった…。鼻は正常に戻ったらしい。
『ママの匂いがする』
そう、私が書くと、ママが『私は臭くない』と書いてきたので思わず笑ってしまった。
そう言えば、夢の事も話しておこう。
『ママ、私夢をみた』
『夢?』
頷く。
『ストーカーに殺された時の夢』
『怖かったわね』
『怖かったけど。でも、その夢、死んだ時とちょっと違ってた』
『どう言う風に?』
『言ってなかったセリフを呟いたのに、それに合った返答が来た。それに、ストーカーが言ってた。私『達』って。あいつっていっつもグルの…仲間がいたのかな?』
それだけ書くと、悩んでいるのかママは私の背中を叩くだけだった。かと思うと、いきなりギュムッと手を握られた。痛いっ、痛いってのっ、ママっ!叩いてやれっ!
抗議していると、私の手が二回撫でられた。二回撫でる、は確か…『少しお出かけしてきます』だったかな?え?何処行くの?ママ、私を置いて行くの?
ママの指を掴むと、優しく撫でられて。背中を、ポンポンポン、ポンと叩かれた。……うん?ママ?誰の制裁に行くの?って言うかもしかして星ノ茶に乗りこむつもりっ!?何て私が考える間もなく、ママの温もりはなくなった。あーあ、行っちゃった…。
その代わり、私の手を握る手があった。この手の感触は、さっき私が引っ掻いちゃった手?私の手の平に文字がかかれる。
『か』…『な』…?かな、って…?あれ?まだ続いてる?『し』…『ん』…『ゆ』…『う』…親友…?華菜ちゃん?もしかして、華菜ちゃん?その手を握ると、手に何か巻かれてる感触がした。…そうだっ、さっき私が引っ掻いたからっ。
慌てて華菜ちゃんの手をとり、その手の平に、『ごめん』と何度も書く。
『あ』…『や』…『ま』…謝らないで?そんなの無理だよっ。だって私の所為で傷ついたんだよっ?『私が悪い』『ごめん』『傷つけてごめん』と私は謝り通す。すると華菜ちゃんはまた私の手に文字を…『謝るの禁止』…?禁止されちゃった…。
暫く私と華菜ちゃんは手を繋ぎ合っていた。もしかしたら私が聞こえないだけで、華菜ちゃんは誰かと話しているのかもしれない。その証拠に華菜ちゃんが時折動いてる様子が感じ取れる。
誰と話してるのかな?お兄ちゃん達?そう言えばお兄ちゃん達はそこにいるのかな?華菜ちゃんの手をとって、文字を書く。
『お兄ちゃん達、いるの?』
『奏輔さんだけ。他は美鈴ちゃんのママを止めに行った』
うっ…。それはそれで迷惑かけてるね。ごめんなさい。
『優兎くんが来たよ。鞄、持って来てくれたみたい』
『そうなんだ。ありがとう』
見えないし、聞こえない。それに声も出せない。何でいきなりこうなったんだろう?深く思考の海に飛び込もうとしていた所で、ポンポンと手を叩かれた。どうしたの?と言う意味も込めて、首を傾げると手のひらに文字が書かれる。
『奏輔さんが、触れても平気か?って』
奏輔お兄ちゃん?
……うん。大丈夫。視界も音も遮断されてるけど、お兄ちゃん達が私を傷つける訳ないって信じてるから。ちょっと、怖いけど、大丈夫っ。
大きく頷くと、華菜ちゃんの手の温もりが消えて、そっと別の温もりが私の手を包んだ。…華菜ちゃんの手よりずっと固い男の人の手。私はその手の形を確かめる様に触ってから、手の平に『奏輔お兄ちゃん?』と書くと、ぽんっと手を叩かれた。
そこからゆっくりだけど筆談が始まる。
『平気か?』
『奏輔お兄ちゃんは?』
『俺は平気だ。むしろ助けに行くのが遅くなって悪かった』
『謝らないで。皆の側にいられてるだけで私、十分嬉しいよ。目が見えなくて。ずっと暗闇の中で。無音状態で。怖かったから。もしかしたら、あいつの側にいるんじゃないかって』
『そうか。安心しろ。姫さんは絶対にストーカーに渡したり何かしないから。絶対に守ってやる』
奏輔お兄ちゃん…。
ぎゅっと手を握られる。ポンポンッと手を叩かれて。筆談が再開する。
『聞きたい事がある』
『なに?』
『あのストーカー。何?』
あのストーカー、何?
筆談だから奏輔お兄ちゃんの関西弁がない分だけ、ド直球でドキッとする。何と言われても直ぐに答えられるようなものじゃない。だって、前世から追い掛けて来ているストーカーだ、なんて言ったって信じられる訳がない。じゃあ、中学の時に狙われたって言うべき?でも私女子中のしかも寮生活だったわけで。そんなのにつけ狙われる隙なんてなかった。もっと小さい時なんて言ったら、昔から一緒にいた奏輔お兄ちゃんが知らない訳がない。じゃあ、何て言って説明したらいいの?奏輔お兄ちゃんは絶対に私を守るとまで言ってくれてるのに、私は何も言えないの?そんなのっ、そんなの…駄目に決まってるよ。
何て答えていいか、迷いに迷っていると、ぽんぽんとまた手を叩かれた。
『姫さんは、昔俺に言ったな。前世を信じるか、って』
……言った。奏輔お兄ちゃんにだけ言った事があった。皆で初めて里帰りした時に…。奏輔お兄ちゃん、覚えてたんだ…。
『今、その答えを言う』
え…?
『信じるよ。俺は姫さんを疑ったりしない。姫さんが言うなら信じる。だから、姫さん。ゆっくりでいい。姫さんが今抱えてる不安や悩み。俺に話してみないか?』
奏輔、お兄ちゃん…。
信じて、くれるの?本当に?
奏輔お兄ちゃんの優しさがじわりと胸に染み込んでいく。
『長く、なるよ?』
『構わない』
『自分でも、あんまりまとまってないの』
『大丈夫。付き合う』
自分の頬に温かい滴を感じた。…私、泣いてるんだ…。恐怖の涙とは全然違う。温かい涙だった。
奏輔お兄ちゃんの手の感覚が消え、代わりに目尻を拭われる。
すると、奏輔お兄ちゃんとは違う何かが手を握る。そして手の平に文字が書かれた。『ゆ』…『う』…『と』…優兎くん?
書いてくれた手を逆に掴んで文字を書く。優兎くん?とそう書くと、ぽんっと手を叩かれた。更にもう一度手に文字を書かれる。
『帰ろう』
逆手に今度は奏輔お兄ちゃんが。
『帰ろうか』
と同じ事を書いてくれた。
『姫さんの家で、ゆっくり、話に付き合うよ』
奏輔お兄ちゃん…、うんっ。話すよ。奏輔お兄ちゃん達には話せない乙女ゲームの部分はあるけれど。
でも、それ以外は全部話すよ。だって、信じてくれる、ってそう言ってくれたから。
『抱き上げるよ』
書かれた言葉に頷く。奏輔お兄ちゃんの手を伝って…腕…肩…首みっけ。腕を伸ばしてその首に抱き付くと簡単に抱き上げられた。
暗闇も、無音も怖いけれど…皆の優しさが私をその恐怖から守ってくれていた。
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これもひとえに読んで下さる皆様のおかげっ!!(ノ ;∀;)ノアリガテェ




