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※※※(透馬視点)

(舐めた真似をしてくれるな)

泣いて抱き付いてきた震える姫を抱き返した時、俺の脳内を占めたものは怒りのみだった。

職員会議が終わって、美術部顧問として部活へ顔出した後俺は奏輔に次の授業の内容について相談をしに行こうとしていた。

一旦職員室へ教材を取りに寄ろうと職員室への廊下の角を曲がった所で、姫は俺の胸へと飛び込んできた。

その時点で既に姫の様子がおかしいのは解っていた。

何故なら姫がこんな不用意に校内を走る訳がないからだ。男と接触する可能性のある行動を普段の姫ならばことごとく避ける筈なのだ。

だと言うのに、こんなに全力で走って俺にぶつかり、更に弾き飛ばされ尻餅をつくなんて。普段の姫にはありえない。

しかも、しかもだ。

俺の顔を見て一瞬怯えを見せたかと思うと、直ぐに何かに安堵し抱き付いて号泣したのだ。

怖かったと。

ただ、そう震えて。

俺を離すまいと必死に抱き着いて。

こんなに怯えて…。

どこのどいつだ?

俺達の姫をこんなに泣かせた奴は…?

ゆらりと怒りが沸き上がる。

けれど、今は姫を安心させるのが先だと、急いで七海の下へと連れて行き、姫を落ち着かせる事に専念した。暫くして俺から離れようとしない姫から詳しい話を聞くと更に怒りは膨らんだ。

(俺に化けて、姫を怖がらせて泣かすだと?……なにしてくれてんだっ!)

鴇を携帯で呼び出し、姫と共に帰らせて。

姫の友達も各々の恋人達に護衛任せ帰らせた。

そして俺は奏輔に相談する場所として決めていた、本来の目的地でもある大地のいる保健室へと向かった。

ガラリとドアを開けると、二人が既に厳しい顔で待ち構えている。

「透馬。そこ鍵かけてー」

「了解」

素直に頷いて鍵をかけ、俺はソファへと腰かける。

第一保健室と第二保健室の内装は一緒だ。女性教諭がいるか男性教諭がいるか程度の違いしかない。

俺が座ると向かいに奏輔が腰かけた。

「大体の話は聞いたか?」

「聞いた。にわかには信じ難いけどな。姫さんの様子はどうなんや?」

「鴇が来た事でホッとしたんだろうな。だいぶ落ち着いた様子だった。今日、悪夢を見ないといいが」

「…せやな。折角治りかかってきたのにな。男性恐怖症」

奏輔と二人顔を伏せる。

「透馬。ちょっと確認させろ」

「大地?」

珍しく口調が厳しいものになっている?キレかかってるって事か?

「姫ちゃんが言ってた金山さんと争っていた奴は、どんな奴なんだ?」

「どんな奴?姫もちゃんと見えていなかったのか、詳しく言わなかった。ただ、『小学生』みたいに小さかったらしい」

「小学生…?ちっ、やっぱり生きてやがったっ…」

「どう言う事だ、大地」

「前に、オレが姫ちゃん達の遊園地デートに引率した事があっただろ」

あぁ、そう言えばそんな事を前に言ってたな。

「その時にオレ達を襲ったのが、どんな奴かも前話した筈だ。覚えてるか?」

「まさか…」

「嘘やろ…」

「金山さんがてこずる程の小学生がそうそういて堪るか。まず間違いねぇよ」

「けど、そいつは誠さんが車で跳ねた筈だろ」

「華菜嬢が葬式やってたんも確認済みやで?」

「……あんな奴が。前世から姫ちゃんを追い掛けてくるようなストーカーがその程度で死ぬ訳ねぇ」

それは、確かに。否定は出来ない。

「もしも、そいつが生きていたと言うなら…ヤベぇんじゃねぇか?」

「お姫さんを狙ってきてるのが良い証拠や。お姫さんを諦める気は一切無さそうやで」

「ハッキリ言ってあいつは気持ちが悪い。男のオレですら気持ち悪く感じだ。そんな奴に追いかけられ続けるのは苦痛以外の何物でもない」

「……だな」

「とにかくや。暫くはお姫さんの側に誰かしら置いといた方が良さそうや」

「双子と樹や猪塚が卒業してしまったからな。俺達も出来る限り側にいるようにするが。優兎にも離れないようにして貰うしかないな」

「女子クラス、って形をとったのは失敗だったか?」

「そうとも限らへんよ。女子クラスを作らずにお姫さんがよその学校に通う事になっとったら、そいつの襲撃がもっとはよなってたかもしれん」

「…それも、そうか」

一瞬沈黙が落ちる。

「…ここでこうやって顔つき合わせて悩んでても仕方ねぇな。仕事に戻るか」

「…そうしよか。あぁ、大地。姫さん傷つけられて怒っとんのは解ってるけど、口調は戻しとき。でないと生徒がビビるで?」

「……解ってるー。あー…教師って面倒ー」

大地の口調が戻った所で俺と奏輔は仕事へと戻った。

鴇は何だかんだで、仕事に関しては超人レベルだからな。

姫に何かあった時の為、直ぐに帰宅出来るように急ぎの仕事は常に空の状態を保っているが、そんな事俺には無理。しかも鴇が遠慮もなく仕事を増やしてくれるもんだから…。


「結局こんな時間になる訳だ」

ぼそりと呟いて空を見上げる。

綺麗な星空だな、おい。

早めに終わらせて姫の様子を見に行こうと思ってたんだけどな。現在の時間はPM11時。教師としての仕事はあの後直ぐに終わらせた。問題は、帰ろうと思って書類を片付けていた時にかかってきた電話だ。俺がやってるシルバーアクセのネット通販の受注品について聞きたい事があるとか何とかでごたごたが降って湧きやがった。近くの喫茶店に入りノートパソコンを開いて片付けていたら、こんな時間だ。ただ居座るだけも店に悪い気がして色々注文していたから完全にコーヒー腹だし。晩飯入んねぇわ、これ。

一瞬脳裏に『年』の二文字が過りかけて…ぶんぶんと頭を振って余計な思考を振りはらった。

「こんな時間にまでお仕事大変ですね」

「全くだぜ……って、ん?」

ガキの声がして足を止める。

こんな時間にガキの声がする訳がないんだが…?

誰もいない道路の向うに一人。ガキが立っている。

誰だ、なんて聞くまでもねぇな。

「……お前か?俺達の姫を泣かせたっつークソガキは」

「姫?あぁ、『華』の事ですね。そうですよ。彼女の泣き顔は本当に綺麗でそそられますよね」

「小学生のガキが何抜かしてやがる、と言いたい所だけどな。……姫を泣かせた落とし前きっちりつけさせて貰おうか。ストーカー野郎」

「ストーカーとは随分な言い種ですね」

一歩二歩と距離を縮めてくる。近くに来るとその異様さが良く解る。こいつ……笑ってやがる。

「おかしいな。私の事を知っているのは、お義母さんだけだと思っていたんだけど」

「おかあさん?一体誰の事だ?」

「誰って、勿論私の義理の母。華の母親、カオリお義母さんの事ですよ」

「うっわ。マジでキモイな、お前。ストーカーもそこまで行くと死罪だな」

「死罪?あははっ。そんなの何の脅しにもならないですよ。それに例え『私』が死んでも『自分』にとっては痛くもかゆくもない」

……何言ってんだ、こいつ。

それに、こいつの目。完全に狂った目をしてる。姫もとんでもないのに目をつけられたもんだな。

見た目が小学生の可愛い系男子な所為で増々気色の悪さを増長させている。

「しかし、想定外だなぁ。どうして、華は本物の君と偽物の区別がついたんだろう?完全に化かしたと思ったのに。……もしかして、華は君の事を気に入ってたりするのかな?だとしたら失敗だったな。華が見るのは私だけでいいからね」

姫を思い出してるのか、うっとりと目を細めた。さっきから何度も言ってるが気持ち悪ぃ。

「それで?俺を気に入ってたらどうするつもりだ?」

「勿論、君を殺すよ」

「大地に勝てなかった奴が?俺を?はっ、馬鹿にするな。クソガキ」

目の前のガキを睨みつける。けどそいつは怯まなかった。怯まないどころか、

「子供の体は不利なんですよ。こんなに小さくなければ君達程度どうってことはないんですが」

分かりやすくこっちを挑発してきやがる。

「へぇ。不利なのか。だったらそれを利用する他ねぇよな」

「それはそれは。せこいですねぇ。あぁ、でも勘違いなさらないで下さい。私は貴方と争いに来た訳ではないんですよ」

「こんだけ人を挑発しておいて争いに来た訳じゃない?逆に怪しいっての」

むしろ怪し過ぎる。

わざとらしく驚いたような表情を作ってそいつは笑う。

「いえいえ。本当ですよ。私は無闇に人を傷つけたい訳じゃないので。私が望むのはただ一つ。『彼女』だけ。なので、ちょっと確認をしに来たんです」

「確認?」

「えぇ。貴方にとって『彼女』は『妹』のような存在、ですよね?」

妹の様な存在。

それは間違いない。

だがあくまでも『妹の様な存在』であり、七海と同じかと言われるとそうではない。

年々綺麗になる姫を見て、妹と同じだと言える男なんてそういないだろ。

けど、それを表に出す訳にはいかない。姫の事を想うならばそれを表に出してはいけないんだ。自分が大事にしてきた女を怯えさせるなんてそんな馬鹿な真似を、自ら進んでする訳がない。

…が。

ここで自分の心情を素直に語るのはバカのする事だな。

探りをいれてみるか。

こいつが一体何をしに来ているのか、姫をどうする気なのか。敵を知らなければ戦いは不利になる。逆に敵を知っていれば百戦も勝利が見える。

あえて口元に笑みを浮かべ、言った。

「………いや?」

俺が否定した事により、そいつの笑顔が一瞬ぴくりと頬を引き攣らせた。

「何を根拠にそう判断したのか知らねぇけどな。俺にとって姫は、もう妹じゃねぇ。大事な大事な惚れた女だ」

「……どう言う事でしょう?貴方は確かにあの時『妹の様に大事に思っている』と言った筈」

あの時?あの時ってのはいつの事だ?まさかとは、思うんだが…もし、こいつの言っているあの時と言うのが、昔鴇や姫達と行った佳織さんの実家へ里帰りした時に姫と交わした会話だとするならば…なんでこいつが知ってる?あの会話をしたのは姫と二人きりの時だった筈だ。ロープウェイの上だったんだからな。

…それを今、掘り下げるべきか、否か。

………いや。今は言うべきではなさそうだ。こっちが深く探っている事を奴に悟らせるべきではない。

「妹の様に大事に思ってるぜ?それだって間違いじゃない。でも別に俺は惚れてないとも言ってない」

「邪魔な…」

「へっ。そっくりそのままセリフを返してやる。姫を害するてめぇの方が余程邪魔だ」

「はぁ…。彼女はどうしてこう、次から次へと余計な男を誑かしていくのでしょう。私と言う立派な恋人がいるって言うのに」

「恋人?寝言は寝てから言えよ。てめぇは嫌われてるんだよ。姫が全力で走って俺の所へ逃げてくる位にな」

「……まぁ、逃げる彼女を捕まえて抱きしめた時の幸福感も嫌いではないので良いんですよ。絶望に歪んだ顔も堪らないですし」

「きめぇ」

マジで狂ってやがるな、コイツ。前世からこんなのに狙われてたら、そら姫も男を嫌がるって。

「ですが、やはり貴方達、えっと『攻略対象キャラ』と言うんでしたっけ?とにかく、華の周りにいる男は邪魔ですねぇ。消えて貰いましょうか」


―――パチンッ。


指を鳴らすと同時に突然背後に気配がした。

条件反射的に横に飛びのき距離をとると、俺が今まで立っていた場所にナイフが刺さっていた。

「あっぶねっ!」

「以前戦ったあの男もそうですが。貴方達本当に人間なんですかね?」

「てめぇに言われたくねぇってのっ!」

何処から飛んでくるのかは解らない。解らねぇけど俺が立ってる場所を確実に狙ってナイフを投げて来ている事とそれが当たったらヤバいって事だけは理解出来た。

ナイフを避けつつ、反撃の隙を伺う。

何なら、この飛んできたナイフを武器にして戦うかっ?

一体誰が投げつけて来てるのか、知らないが。そいつも同時に潰してしまおうっ。

わざと避けるスピードを緩め、ナイフが数本飛んでくるのを待ち受ける。


ヒュンッ。


ナイフが飛んでくる音が聞こえ、持っていた鞄を盾にナイフを避ける。

ザクザクッと刺さるナイフを抜き取り一瞬の間も置かずナイフを投げ返す。


「―――つッ!?」


良しっ。ビンゴだなっ。

ついでだっ!

刺さったもう一本を抜いて、今度はガキの方へと投げる。しかし、


「おっ、とと。危ないですねぇ」


飛び道具はやっぱり駄目だった。あっさりと回避されたけれど、少なくとも牽制にはなったはずだっ!

すかさず駆け寄り、そいつの頬を殴り飛ばす。

「ぐっ!?」

間髪置かず、もう一撃。殴った同じ場所に蹴りを叩き込む。

ガキは地面へと転がり電柱へとぶつかって動きを止めた。

大地が真っ向から対峙して逃げられた相手だ。油断は出来ない。不用意に近寄らない。一定の距離を保って警戒を深める。

「あーあ…。また歯が折れた。結構面倒なんですよ?この顔維持するの」

口から血を流しているのに、全くダメージを受けた様子を感じない。…なんだ、こいつ…。

得体の知れなさに鳥肌が立つ。

これは、一旦逃げるのも手かもしれない。俺は大地みたいに力がある訳じゃない。

「おっと、逃がしませんよ?君はここで消されるんです。私にね」

そいつが立ち上がり手を伸ばしてきたから慌てて距離を取る。

触れられたら最後だと、何故かそう感じた。こう言う直感はいつも当たる。

俺が避けた事によりそいつはバランスを崩し膝から崩れ落ち、手は地面へとつかれ…その地面が、割れたっ!?

「なっ!?」

あり得ないっ。アスファルトだぞっ!?普通は手を置いただけで割れる筈がねぇっ。有り得ねぇってのにっ!

「あれ?おかしいな。君を掴んだつもりだったのに」

何か呟いたそいつが俺に向かってもう一度伸ばした。危険だと解っているのに触れる訳がない。手を避け、足掛けをしてそいつを転ばせる。すると再びそいつの手は地面にくっつき、触れた地面が割れた。

おいおい…冗談じゃねぇっ!あんなのに触れられたら、俺の腕は砕けるか千切れるだろっ!

やっぱり逃げるしかないだろっ!こんなのと真っ当に素手で戦って平気なのは大地くらいだっ!

逃げながら武器を入手するか、もしくは大地を呼ぶかするしかねぇなっ!

即決即行。

走り落ちているナイフを拾い、そいつに投げて牽制しつつ逃げる。


「透馬お兄ちゃんっ!」


反射的に顔を上げていた。

姫の声がしたよなっ!?

聞こえた声は間違いではなく、こちらへと向かってくる姫の姿がある。

嘘だろっ!?何でここにいるんだっ!?

「姫っ!駄目だっ、逃げろっ!!」

「え?」

後ろからはあのガキが迫ってくる。

迷っている暇はなかった。

姫へ駆け寄り抱き上げる。そしてそのまま走って逃げだした。……逃げ出そうとしたはずだった。


「透馬お兄ちゃん。……ふふっ。捕まえた…」

「姫?」


いつもと違う様子に気付いた時にはもう遅かった。

首に回されていたはずの姫の右手が動き、


―――ドスッ。


鈍い衝撃が俺の腕を襲った…。

じわりと熱が広がり、それが痛みへと変わり、刺された事に気付く。

腕に力が入らず、抱えていた姫を落としてしまう。

けれど姫は綺麗に着地して、俺の方を見て微笑んだ。

「透馬お兄ちゃん。次は胸を刺すからじっとしててね?」

やられた…。

姫の見た目をしていたから、つい無条件で助けてしまった。

こいつらが俺の変装をしていたって聞いたばかりだったってのに。そら油断させる為に姫の姿にだってなるわな。

くそっ!

脈打つ感覚と同じ感覚で痛みが襲って来やがる。

刺された腕をぐっと掴み、これ以上やられてたまるかと走る。

追い掛けてくる気配はするが、これでもかと全力で走り何とか奴らを撒く事に成功した。

が、この出血はヤバい。

目が霞んできた。こりゃ本格的にヤバいな。

どこか…どこでもいい。助けを求めないと…。

重くなっていく足を引き摺り、俺は大きめな建物に辿り着いた。


「でも、念の為に透馬兄と相談してくるよっ。陸と空はここにいてっ。それじゃ」


この声…海里か?

あぁ、なら、大丈夫だな。

体から力が抜ける。

ドサッと地面と体が衝突して、意識がどんどん薄れて行く。


「え?何の音…って、透馬兄っ!?透馬兄っ…」


駆け寄る足音と海里の声が遠ざかって行き、闇が俺を覆い尽くした。


俺に再び光が訪れたのは翌日の朝だった。

目を開けると、全体的に白い光景から、あぁ病院かと納得する。

腕は…痛みはあるが、動く。あれだけ深く刺されたってのに神経に行かなかったのは運が良かったとしか言いようがないな。

って、いやいや。おかしいだろ。出血多量で倒れるくらいだぞ?俺。

神経に行ってない訳がないだろ。しかも痛みが『若干ある』ってのもおかしい。普通激痛だろうが。

「金山印の塗り薬でございます」

「あぁ、成程ー。って、うおっ!?」

突然ベッド脇に現れた金山さんに俺は驚きベッドの中で盛大に引いてしまう。

「効果があったようで何よりにございます」

「お、おう。ありがとうございます」

「……あと数分後にお嬢様が参りますので」

そう言ってまた直ぐに姿を消した。……忍者、か。

そうだっ、俺の鞄っ。

「言い忘れておりました。こちら、道に落ちていた透馬様の鞄でございます」

「うおわっ!?」

再び唐突に現れて、鞄だけベッドに置いて、金山さんは今度こそ姿を消した。

正直起き抜けに金山さんは心臓に悪過ぎる。

体を起こして届けて貰った鞄を見ると、そこには分かりやすい位の争いの痕跡があった。

「……暗くて良く解らなかったが、俺に投げつけてきたのは苦無くないだったのか…」

完全に自分の身バレしてるじゃねぇか。ちょっと呆れてしまう。現場にあったものは全て回収済みだろうからこれは一種の証拠品って奴か。

「証拠って言っても誰も信じなさそうだけどな」

普通のナイフなんかよりずっと重く殺傷能力の高そうな武器だが、今の時代こんな物を実際に使う人間なんてそういないだろうし。

忍者、忍び、…ね。この苦無を見て金山さんは確実に何かを掴んだ筈。それを言ってこないって事は、言うまでもないほど相手が弱く一人でどうにか出来る相手か、もしくは…金山さんですらヤバいと危機感を覚えてしまう相手か…。

どちらにしても、金山さんが何か言いだすのを待つしかないって事か。

それももどかしいな。

他にあいつが口走った事と言えば姫の事しかない。大地の言っていた通り、あいつは姫の前世を知っていた。そして、もう一つ。奴は姫の前世からのストーカーであいつにも前世の記憶があると言う事。

それから、良く解らない言葉が一つ。『攻略対象キャラ』って言葉だ。これは、あれだろ?良くラノベとかゲームとかに出てくる言葉で。ギャルゲーとかやってる奴らが良く会話に出していた単語だ。

それが俺にどう関係してくるって言うんだ?…とりあえず保留にしておくか。これは悩んだ所で今は関係なさそうだしな。

脳内で情報を纏めていると、唐突にドアが開いた。

「透馬っ。無事かっ?」

「透馬お兄ちゃんっ」

姫が鴇を押し退けて病室へ飛び込んでくる。

そういや、ここ1人部屋みたいだな。

確認とか全然してなかったから気付かなかった。…ってちょっと待て。俺、こんな豪勢な個室をとれるほど金ねぇぞっ!?

「透馬お兄ちゃんっ!大丈夫なのっ!?怪我の様子はどうなのっ!?金山さん秘蔵の薬、ちゃんと効いてるっ!?」

ベッドに駆け寄ってきた姫が、ずずいっと身を乗り出して俺の眼前に迫る。心配してくれてるのは分かるがあまりにも鬼気迫る顔でついつい笑えてしまう。

「だ、大丈夫だって。金山さんの薬もちゃんと効いてる。問題ねぇよ。心配させて悪かったな。姫」

気にするな。大丈夫。

言外にそう伝えて笑っていると、姫は更に眉を吊り上げて顔を近づけてきた。可愛いな…いや、そうじゃない。そうじゃないぞ、俺。

とりあえず、鴇がこっちを無表情で見降ろしてるから、ちょっと距離をあけようか、姫。

姫の肩を優しく押して、俺は上半身を起こした。

軽く痛みが走るが、起き上がれない程じゃない。って言うか、ほんと金山さんの持って来た傷薬って一体何が入ってるんだ?…逆に怖ぇわ。

「ねぇ、透馬お兄ちゃん」

ベッド脇にしっかりと座り直した姫が俺を真っ直ぐ見据えて名を呼ぶ。

「なんだ?」

いつもの様に答えると、姫はその真っ直ぐな瞳のまま俺に聞いた。

「……透馬お兄ちゃんがやられたのって私の所為?」

「いや、違う」

つい咄嗟に反応してしまったが、ヤバかったか…?

この程度の嘘に姫が気付かない訳がないよな。

「そう…。やっぱり私の所為なんだ」

「姫、俺の言う事聞いてたか?俺は違うって言っただろ」

「透馬お兄ちゃんがそんな真面目に嘘言ったら、真実ですよって言ってるようなものじゃない」

……ごもっとも。

「…ごめんね。透馬お兄ちゃん」

昨日あれだけ泣いたってのに、俺の所為でまた泣かせるのか。やるせないな。

「でも、それ以上に…、ありがとう。透馬お兄ちゃん」

姫はそう言って微笑んだ。


―――ドキンッ。


…わかりやすく、自分の鼓動が跳ねた。

「あーっ…くそっ。姫ってそーゆーとこ反則だよな」

「?」

がりがりと頭を掻いて今やたらとやかましい心臓を落ち着かせる。

下手に自分の欲を見せて姫に恐れられたら本末転倒だ。今は余計な感情はいらないだろう。今はまだ妹のままでいい。

小首を傾げる姫の頭をぐりぐりと撫でてやると姫は嬉しそうに微笑む。…だからこれが反則なんだって。

誰だって自分に可愛く微笑む女の子がいたら、嬉しくなるだろっ。自分が守ってきてこれからも守っていくなら尚更。

「よく、解らないけど、透馬お兄ちゃん。帰ろうかっ」

「へ?」

「準備しよ、準備っ」

準備と言われても、俺は鞄一つで運ばれたから何の準備も必要ない。

「美鈴。透馬が意味を理解してないぞ」

今まで沈黙を保っていた鴇が姫を嗜めるが、

「ふみ?」

嗜められた意味が分からない姫はただただ小首を傾げる。

「ふみみ?透馬お兄ちゃんを家に連れてくんだよね?」

「うん。姫。一体何処からその流れが来た?」

「大丈夫だよ、透馬お兄ちゃんっ。病室のお金も治療代もちゃんと一括支払いしといたからっ!」

グッ!

親指立ててウィンク。可愛い。確かに可愛いんだが今問題なのはそこじゃないよな?

「姫。まずどうして俺が姫の家に行くか、教えて貰えるか?」

って言うか、今俺が姫の家に行ったら逆に危ないだろ。何より一括払い?女の子に払わせるってそれは流石に…。

「透馬お兄ちゃんがこうなったのは私の所為だもんっ。看病するのは当然だよっ!大丈夫っ!鴇お兄ちゃんの部屋にベッドつなげて置いたりはしないからっ!」

「それはありがてーわ。…じゃなくて、だな」

「大丈夫っ!毎日ご飯作るよ?」

「あー。姫の飯が毎日かー。学生時代も毎日は食えなかったしなー。三食昼寝付きかー。天国だなー…じゃなくて」

「何より、金山さんの薬で急激に傷が治って行くのを一般のお医者様に診られるのはやばいっ」

「……それに関しては納得だ。ってだからそうじゃない」

一瞬頷きかけてしまった。けど、こればっかりは、なぁ?

そっと鴇に視線を動かすと、鴇は苦笑して頷き姫に向かって言った。

「美鈴。真珠と一緒に受付に行って退院許可とってこい。家に連れて行くにしても許可取る必要があるからな」

「え?あ、そっか。うんっ。行ってくるっ」

きっと部屋の外に真珠さんは待機しているんだろう。姫はパタパタとスリッパを鳴らして病室を出て行った。

足音が遠ざかると同時に病室内の空気が変わる。

「それで?透馬。相手は大地が戦った奴と間違いないか?」

「あぁ。間違いないな。痛みを感じないのか殴っても無駄。しかも、金山さんらと同じような忍びを従えてる。ほら、これが証拠だ」

鞄に突き刺さってた苦無をとって鴇の方へ放る。難なく受け取ったそれをマジマジと眺め、鴇は眉を寄せた。

「…忍の事は良く知らないが…、金山」

「はい」

ベッドの下から出てくるのはどうなんだっ!?

とツッコミを言えそうな雰囲気ではない。

「お前の使っているのと同じか?」

「………はい」

「どう言う事だ?」

「分かりません。…以前、鴇様に命令されて以来私はお嬢様のストーカーについて探って参りました。しかし、おかしいのです」

「おかしい?」

「はい。ストーカーの情報など全く出て来ないのです。それにお嬢様を襲ったあの子供の情報も一切入手できませんでした。お嬢様が襲われた時に初めてその存在を知り、ならばとその子供をと思い探りを入れるも目ぼしい情報はなし」

「ない?あんな事故にあって葬式まであげているのに、か?」

「その通りです。私ども忍びの者はどんな情報でも手に入れる事が出来ると自負しております。ですが、あの子供の情報だけは一切探れないのです」

探れない?金山さんでも?

「まだ、おかしな所はございます。鴇様、透馬様もお気付きでしょうが、彼の年齢です」

それは俺達も不思議に思っていた。一番初めに姫がストーカーの存在を認識したのは、それこそ姫が園児だった頃だ。ホテルの大浴場に入った後の事。あの時姫は男の視線に怯えていた。金山さんが貸切の空間を作っていたのにも関わらずだ。

もしもあの時のストーカーが今姫を襲った相手だとしたら年齢的におかしい。今あいつは小学生の姿をしている。もし見た目年齢なのだとしたら、あの時あいつはまだ生まれていない。

もしかしたら他にもストーカーがいた…犯人は一人ではなかったのかもしれない。だがそれこそ一般のストーカーがいたのなら金山さんが撃退してない筈がない。

そう考えると、もし何らかの理由でその小学生姿のアイツがずっと姫をストーカーしていたとするのであれば…ならあいつはどうやって小学生の姿を維持しているのだろうか。

「金山。要するにお前の手の者が協力している可能性がある。そう言う事か?」

「……その可能性が高いと思われます」

「マジかよ…」

「鴇様、透馬様。この件に関しては私にお任せ頂けますでしょうか?これでも忍びの頭領。私にも頭領としての意地がございます。必ずやあの子供の正体を暴いてごらんに入れますっ」

言って瞬時に姿は消えた。

金山さんはどうやら、無表情でいるようで結構怒っていたみたいだな。頭領としてのプライドって奴か。

姿を消す寸前に俺に痛み止めを置いて行くのを忘れない辺り金山さんが金山さんたる所だろうが…。

「とりあえず、今はそのストーカーの奴に関する情報集めは金山に任せる事にする」

「だな。餅は餅屋って言うしな」

「それで話は戻るが、透馬。退院準備しろ」

「はっ!?かなり戻ったなっっ!?しかも俺納得してねぇぞっ!?」

「そうか。安心しろ。お前が納得していようがいまいが特に関係ない」

「ないのかよっ!」

「美鈴を守る盾は一人でも多い方がいいんでな」

あー…そういうことかよ。

怪我人でもいないよりは確かにましだよな。しかも怪我してる事により鴇と親友である俺は家に連れてきたと学校に言ってもなんらおかしくない大義名分が出来る。

「相変わらずお前は人使いが荒いな」

「うん?何処かに人がいたか?」

「うぉーいっ!人ですらねぇのかよっ!」

「冗談だ」

「…っとに、お前は」

互いに笑い合う。

口では軽口を叩き合っているが、ちゃんと理解している。長い付き合いだしな。鴇なりの心配だってこと位は、な。

「透馬お兄ちゃん、お待たせーってあれ?どうして二人して笑ってるの?」

駆け寄ってくる姫に、なんでだろうなと誤魔化すと理解出来ない姫は首を傾げる。

「姫はほんっと変わらないって言うか、可愛いよなぁ。なぁ、鴇。これでもう何度目かは解らないが」

「断るっ!」

「だからっ、最後まで言わせろってのっ!」

俺が猛抗議するのを鴇が鼻で笑い飛ばし、それを見ていた姫は終始ハテナマークを頭に浮かべているのだった。



ストックが…ストックがぁ…(ノД`)・゜・。

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