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第二十三話 四聖(ライバル)の恋

何かが口の中に突っ込まれた。

寝てる人間の口の中に液体を入れるってのは、大変危険な行為だと思うんです。

なーんて言えたら苦労はしないんだけどね。

って言うか、何飲まされたんだろう?

無味無臭?って言うのかな。

そう言えば、この前も何か飲まされたよね。

愛奈達が作った薬だって言ってたけど。今回もそれかな?

それで体が小さくなったのが治ったんだっけ?

あれねー。苦労したでしょーとかお見舞いに来た円達に言われたんだけど、正直全然苦労してない。

だって感覚的にはここに引っ越して来た当初な訳でして。

その時には既に中身は…ってな訳でして。

やー、全然平気だったんだよねー。

あ、でもさ。小さくなってる間は、家の中に女の子以外は呼ばれなかったね。

樹先輩とかお見舞いに来たけど、葵お兄ちゃんに蹴り飛ばされて、誠パパに叩き斬られそうになってたってママが言ってたし。

近江くんに至っては、金山さんと誠パパのダブルアタックに加えて旭達の総攻撃にあって、庭に逆さ吊りでつられてたらしい。

何もそこまでしなくても…。

と思って、棗お兄ちゃんに言ってみたら、もしかしたら、命を落としていた可能性もあるのに、そんな状況に陥らせた相手を目の前に黙っていられる訳がないと逆に説教されてしまいました。

……その通りと言えばその通りなんだけどさ?

でも、逆さ吊りも十分命を落とす可能性があるのではなかろうか?と思ったり思わなかったり…。

体が小さくなった事で大分皆に迷惑かけたみたい…。

後でお詫び考えとかなきゃ。うんうん。

あ、何か体が軽くなって来た。

これは目も開けれるのでは…?

よしっ…少しずつ…開けてみ、


「………王子。効いてる、よね?」


るのはちょっと止めた方がいいかもしれない。

え?でも今聞いてるって言った?

目、開けた方が良い?どっち?判断に困るんだけど。


「薬、効いてなかったらどうしよう…」

あ、そっちの効いてるなのね。良かったわー。ホッとした。

でもこれじゃあ、目が開けられないよね?


「王子。私がした事聞いたら呆れる?怒る?………嫌われちゃう、かな?」


ユメ?この声はユメだよね?

泣きそうな声してる。どうしたの?

私がユメを嫌いになる事なんてないのに。

どうしてそんな泣きそうな声で呟いてるの?何があったの?

……でも私が今ここで起きたら、何でもないって笑って流しそうだし…。

ユメには悪いけどここはもう少し寝たふりをしてよう。


「王子。私ね、私を好きだって言ってくれた人を利用しちゃった…。だって、私王子を失いたくなかったの。ここ数日、学校で王子の姿が見れなくて。辛くて辛くて堪らなかったんだよ」


……ユメ…。


「良い人なの。ちょっと不器用だけど、犬太なんかと違って優しくて落ち着いてる、でもね、ちょっと他の男の子と話すだけで嫉妬して…」

ふふっと笑う切なげな声が耳に届く。

「…それを私に気付かれてないと思って普通に接してくるんだけど、それがまた可愛いくて。けど…そんな良い人を私は利用する目的で近づいたの。愛奈ちゃんに王子の薬について相談された時、悩んだフリしたけど本当は最初から目を付けてたんだ。あの人を利用しようって。あの人なら……操りやすいって。でもね。話してみればみるほど、本当に良い人だって解ったから、心苦しくなって。告白された時に言っちゃったの。利用してるだけだって。こんな馬鹿な女に近寄るなって」

ユメ…。

私の所為だね。ごめんね。

ユメも意識しないようにしてるだけで、その人の事『好き』…なんだね?

だから、その人の事を話そうとすると楽しそうに、けれど切なそうに話すんだね?

「王子…。王子が寝てるし。今は誰も聞いてないから、こっそり言うね?私ね?王子の為ならこの命失っても良いよ。王子は別格なの。私の全てなの。でも…私、あの人が好き。だから、私って言う悪女から引き離して、あの人が幸せになる事を祈るの。凄いよね、王子。私、好きな人が出来ちゃった。ずっと出来ないと思ってたのに。王子だけを心の支えにして生きるつもりだったのに…。ふふっ。ごめんね、王子。重いよね。ごめんね…」

そんな事ないよ。重くなんてない。

でも、ユメ…。寂しいよ。幸せを祈るだけなんてそんなの寂し過ぎるよ。

私みたいな転生者と男性恐怖症のとんでもミックスな人間な訳じゃないんだよ?

若いし、可愛いんだから、もっともっと自分の夢や幸せを追っていいんだよ。


―――コンコンッ。


部屋のドアのノック音。

それにユメが今のトーンがまるで嘘だったみたいに明るく返事を返した。ドアを開けた音がして、足音が二人分。

誰?って言うか…この気配、男だよねっ!?棗お兄ちゃんはユメが来た時に多分部屋を出て行っちゃったんだろうしっ!お兄ちゃん達だったら震えたりしないしっ!誰ーっ!?

あ、でもドアの所で止まってくれてる?これなら何とか…。

会話に耳を傾ける事が出来る。


「……愛奈ちゃん…」

「色々、言いたい事はあるんだけど。それよりまず、こいつと話してやって」

「……でも……」

「一之瀬。……一つ、聞かせてくれないか」


この声、妙にデジャヴ感が…。誰だろ…?どっかで聞いた事あるんだよね…。はて?

私が悩んでる間にも会話は進む。


「……私は、一之瀬が私を利用していたと聞いた時、ショックだった」

「………」

「だが、ショックだったのは利用された事にショックだったのではない」

「え…?」

「私は…一之瀬に嫌われたかと思ったんだ。その事がショックだったんだ。だが一之瀬は私に会いに来た。利用するにしても、だ。だから私もそれを利用した。そうすれば一之瀬に会えるから」

「…………」

「だが、一之瀬にとっての私の利用価値が消えた今、私はハッキリしなくてはいけない。そうしなければ私は前に進めない。それに背を押してくれた友に顔向けできないから。……聞かせて欲しい。一之瀬は…私の事が嫌いか?」


うぇーっ!?

そこまで告白紛いの事言っておきながら、最後の最後でへたれな質問するんじゃなーいっ!!

そこは私の事が好きか?って聞く場面でしょうがーっ!!

あぁっ!起きて置けばよかったっ!!

そうしたら、どんな顔した奴か拝めたのにーっ!!がるるるる……ハッ!?

待って待ってっ!?

この人ってさっきユメが言ってた、好きだって言ってくれた人って事っ!?

えっ?えっ!?

じゃあ、ユメ、両想いじゃないっ!!

キャーッ!!

ここはユメからも告白する場面だよねっ!?

あ、でもちょっと待って?落ち着け私?

ユメ、私って悪女から引き離してって言ってたよね?幸せになる事を祈るって、そう言ってたよね?

駄目じゃんっ!

ユメの事だもん、きっと…。


「私の答えは、もう決まってる。私は貴方の事がき―――」

「ユメっ、ストーップっ!」


言わせてなるものかっ!!

危ない危ないっ。

私の所為でユメの幸せを逃したりなんかしたら、私が後悔するってのっ!

勢いよく体を起こした所為で若干頭がふらつくが、それは気にしない。

「ユメ、ちょっとおいで」

「王子っ、目が覚めたのっ!?」

「あ、うん。それは良いんだけど、ちょっとおいで。愛奈、悪いんだけどそっちにいる人と一緒にちょっと外で待っててくれる?居間に行ってくれたらお兄ちゃん達が相手してくれると思うの」

「私も残る。…あんた一人で帰れるでしょ?後日返事貰うとして、ちょっと夢子に考える時間あげて。大丈夫。王子が起きた今、多分完全にあんたの味方だから。ここまで連れて来て何だけど、いい結果持って帰るから、任せて。それじゃ」

残る宣言した後、ドアの影でなにやら話している愛奈。何か良い事言ってる感じはあるのに、とっとと追い出してあっさりとドアを閉めるのは如何なもの?…いや、今は我慢して貰おう。うん。悪い結果は出させないから許して貰おうっ!

「王子っ!王子王子王子っ!!」

ぎゅむーっと内臓がこんにちわしそうな程勢いよく抱きしめられてるけど、それはこの際置いておく。

「ユメ。ちょっとここにお座り」

「はいっ、王子っ」

私もベッドの上に正座。

ユメも向かい合って正座。

「まず、問います。ユメ。貴女は今話してた男の子が好きですね?」

「………好きじゃない」

「はい。アウトー。ユーメっ!もう、本ッ当にお馬鹿な子なんだからっ!そんな泣きそうな顔して好きじゃないなんて言ってもダメっ!」

「な、泣きそうな顔なんてしてないもんっ」

暴れても逃がしませんっ!

両手で顔をはさんで固定しちゃうんだからっ!

「ユメ。良い?私はね、ユメがどんな事をしても嫌いになんてならないし、私の為にしてくれた事に感謝はすれど呆れたり怒ったりはしないよ。でもね、ユメが幸せになる事を自分から放棄するなら、それは怒るよっ?」

「王子…。だってっ」

「私の所為でユメが幸せになる権利を捨てたら、私は一生後悔するよ。一生ところか来世まで後悔し続けるかも知れない。私はそんなの嫌だよ?」

「王子…」

ユメの瞳が潤み始めて、眦から滴が零れ始める。

「ユメ。もう一度聞くよ?あの男の子の事、好き?」

「ふぇ…好きぃっ。私が、ひっく、利用しよう、と、しても、ひっく…笑ってっ、それでも、いいっ、って、言って、くれたのぉっ」

「そっか。そんなに優しいなら、ユメの事ちゃんと解ってくれるよ。大丈夫。ユメが幸せになってくれるなら私は凄く凄く嬉しいよっ」

そっと手を外してユメをきつくきつく胸に抱きしめる。

「……あいつが、夢子にそんな優しい事言ってたなんて…。私には一度も言った事がなかったし。…ホント昔から友達だと思ってた訳だ」

?、愛奈が何か呟いてる?

もう少し声を大きくして言ってくれないと、ユメの泣き声で掻き消されちゃうんだけど。

「夢子。…どうするの?」

「会って話するよ。ちゃんと自分の気持ち伝える。……この顔が元に戻ってから」

そ、そうだね。ユメ、泣き過ぎて目が腫れてる…。

擦らせないように、とりあえずはベッドを降りてタオルを箪笥から取り出して渡して、私は窓へ近寄って外を見る。久しぶりに日中に起きた気がするから。

って、あれ?玄関の方に見える制服姿の男の子…もしかしてっ。

「ユメ、あの子、まだ帰ってないよっ?待っててくれてるっ。行きなよっ」

私はさっさと前言を撤回する。

だって、やっぱりこう言うのは早い方が良いと思うしっ。何より待っててくれるんだからっ。

「王子…。うんっ。分かったっ。行ってくるっ。じゃあね、王子っ。また明日っ」

「うん。頑張れ、ユメっ」

バタバタバタッ。

音を立てて出て行くユメを見送って、残されたのは私と愛奈。

「…夢子の事は片付いたから良いとして。王子。体どう?」

「体?うん、全然問題ないよ。愛奈が頑張ってくれたんだって?近江くんと一緒に。ありがとう」

「どういたしまして。一応、金山さんにも診て貰ってね。大丈夫だとは思うんだけどね」

「はーい」

大人しく返事をすると、愛奈が仕方ないなぁと言うように笑い、じゃあ帰るねと部屋を出て行った。

見送ろうとしたんだけど、必要ないからと今日は大事をとってもう少し安静にしてるようにと矢継ぎ早に告げて帰って行ってしまった。

きっとユメの後を追うんだろうなと思う。

何だかんだ言って、四聖の皆は世話好きだよね。

それにしても、なぁんにも考えず、ユメの恋を応援したんだけど…相手誰だったのかな?

聞いた事あるような声だったよねー…あー…誰なんだろうっ、気になるーっ!

友達の恋バナとかっ。相手もちゃんと分かった上でしっかりと応援したいのにぃーっ!

がるるるるっ。

心の中でぐるぐる唸っていると、棗お兄ちゃんが部屋に戻って来て私の姿を見て、心の底から安堵した様な表情して微笑んだ。

……そうだ。忘れてました。今の今まで自分が不調だったって事を。

その後、家族皆の前に顔を出して、どれだけ心配をかけたのかとこってり絞られました。……ごめんなさい。

でも、ママが言うには。


「これで、命に係わりそうなイベントは全て終わったわね。後は恋愛イベントのみだから安心していられるわ」


らしいので。これで安心して学園生活を送れるのではないかなと。

え?私の意見?ないですよ。

いやだって、この前で思い知ったんだよね~。

私自身、このエイト学園のゲームをフルコンプしたつもりでいたんだけど、本当のフルコンプって言うのは『EDを全員分見る、全員攻略する』事ではなく『スチル、イベント、実績、BADエンドを網羅する』事を言うんだと。

うふふ…無理だー…。

ママのやりこみ具合には私足元にも及ばないって思い知らされた。

でも、そんなママが危険なイベントはもうないって言ってるんだから、これはもう大丈夫でしょっ!

こう考えるとママって最強の味方だよね。えへへっ。

そんなこんなで、夜も更けて、翌日。

私は双子のお兄ちゃん達と優兎くんの四人で登校する、寸前に玄関で鴇お兄ちゃんに足を止められた。

「なぁに?鴇お兄ちゃん」

「大丈夫だとは思うけどな。お前の脳味噌だったら余裕だとも思うんだが…。一応言っとくぞ。来週から中間テストだからな」

「ふみっ!?」

まさかの爆弾でした…。

うわぁんっ!!勉強してないよぉーっ!!

今までと違って鴇お兄ちゃんが作るテストでしょーっ!?

問題ない訳ないじゃーんっ!!

しかも長い足で颯爽と立ち去っていくなんてっ!イケメン、このやろーっ!!

「………今日の目標は鴇お兄ちゃんを齧る」

「美鈴ちゃん。それ、今日だけの目標じゃないよね?」

「優兎。それは言わないでやって。鈴ちゃんの為に」

「うん。鈴の為に」

とりあえず八つ当たりに優兎くんに齧りつこう。私はそう、心に決めた。


そして一週間。

鴇お兄ちゃんを齧りつつ、勉強をしまくって。

何とかテストを乗り切りました。

「……鴇さんのテスト問題、えげつなかったね…」

「ホントだよね…。華菜ちゃんとテスト対策したのに、それでもあんなに面倒なの出してくるなんて…」

「確実に、美鈴ちゃんの所為でテストのランクが馬鹿高くなってるよ」

「あー。それは同意」

「優兎くん、逢坂くん、齧るよ…?」

カチカチ。

歯を鳴らして睨み付けると静かに視線を逸らされた。

とにかくテスト結果見に行かないと、だね。

今ってプライバシーがどうのって、席順貼りださない所が主らしいけど、ここはゲームの世界なので。しっかりと席順貼り出されます。

これね。SクラスとかGクラスとか関係なく貼り出されるんだよ。

細かく言うと、基本五教科の500点満点なのは、まぁ通常通りだとして。テストの難易度が違っても合計点の高さで順位が付けられます。

なので、例えば私がSクラスのテストを受けて400点をとったとする。そして円がGクラスの一般教養範囲のテストを受けて500点満点をとりました。結果は円が1位で私が30位になります。

って感じなのです。基本的にSクラスの生徒は一般教養のテストを受けない代わりにテストのランクが上がる。言い換えれば鴇お兄ちゃん特製テストに変わる訳でして。

逆に言えばSクラスは一般教養程度出来て当然、となるのです。ちゃんとそんな中でも上位を狙えよって言う思惑をひしひしと感じるのです。

前回の結果は一応私と華菜ちゃんが何とか首位と次席をキープ出来たんだけど…。優兎くんと逢坂くんは五位を争ってた。引っ掛け問題に引っかかっちゃったんだってさ。

さて、と。

今回の結果は……。

玄関ホールに貼り出されてるのを遠目に見る。

何故って?言わずもがな。男がいるから。

一位から順番に名前を追おうとして、直ぐに視線が止まる。

何とか主席を維持してるよ~。あ~、良かったぁ。

「あー…私順位落ちたー。五位だー」

「僕は上がった。次席だよ」

「…うあー…前回よりも落ちた。七位かよ」

優兎くんが次席か…。華菜ちゃんが五位、逢坂くんが七位。

じゃあ、三番手誰だろう?

…未正宗?

未正宗ってあれだよね?攻略対象キャラで私がまだ会っていない唯一のキャラ。



未正宗ひつじまさむね 主人公の同級生。無表情がデフォのサックスブルーの髪の男の子。カラーコンタクトで隠してはいるものの実はシトリンとアクアマリンのオッドアイ。理系のパラメータが20以上になると出会う事が出来る。好感度を一定値以上上げるとライバルキャラ新田愛奈が邪魔をしてくる。エンディングを見るには理系パラメータが100以上必要。 


だったかな?

優兎くんを抜いた同級生組って確か、賑やかし四人組って呼ばれてて。ライバルキャラって障害はあるものの、ライバルキャラを登場させずにエンディングが見れる方法があるって言われるくらい、ぶっちゃけ攻略楽勝キャラだったりするんだよね。

私だって正直四人同時攻略を進行させてて。エンディング手前でセーブして、そっから一人ずつエンディング見て攻略終わらせたと言う…反則技をかましている。

で、でもさっ?でもさっ!?

乙女ゲーマーなら誰しもやった事がある事じゃないっ!?同時攻略っ!やるよねっ!?やるよねぇっ!?やると言ってぇー…しくしくしく。

「美鈴ちゃん?ハンカチで目元隠してるけど、何で泣いてるふり?」

「なんでもないです。うぅ…」

「?」

知らず取り出していたハンカチをポケットにしまって、ふと何やら視線が集まっている事に気づく。

その視線はどれも男のもので、私は直ぐに華菜ちゃんの後ろへ避難。

「な、なんで私みられてるの?」

「うーん、多分あれの所為じゃない?」

華菜ちゃんが指さす方に一体何が…?

掲示板の順位表の横?

A4サイズの小さなお知らせ?

……ミスター・ミスコンテスト?

うふふ。どうしよう。嫌な予感がヒシッハシッビシッと押し寄せてくるんだけど…。

「あれだったら、Gクラスの掲示板にも貼られてたから一旦クラスに戻ろうよ」

「う、ん…」

「じゃあ、僕達はSクラスに戻るよ」

「華菜。後でな」

ばいばーいと反射的に手を振って、私達はGクラスへと戻る。

クラスへ戻るなり、私と華菜ちゃんは掲示板の前に移動した。


『文化祭のイベントのお知らせ 本年から女子クラスが増えましたので、今まで文化祭で行っていたイケメンコンテストを少々変更し、定番のミスター・ミスコンテストを開催いたします。各生徒にはアンケートにて投票をお願いします。来場客には入場の際に投票券を一枚配布しますのでそちらに記入した後、こちらで用意したボックスへ投函して頂きます』


……面倒なイベントが、キターーーーーッ!!

思わず間に顔文字をつめたくなる位だよっ。

あぁー、でもあった。確かにあったよ、ゲーム内でも。

えっとミスコン優勝条件はなんだったかな?確か、樹先輩を攻略時に見る事が出来たんだよね。全パラメータがMAXで…攻略対象キャラ全員を登場させている、だったかな?それでミスコン優勝すると、パラメータ上げに有利な『ミスコン優勝者の薔薇メダル』が手に入って、クリア後にプレイする時そのデータでプレイするとパラメータの上がり幅が変動する。要は数値上昇率アップアイテムを入手出来るってことなんだけど…。

実際今の私にはあんまり関係のない話だと思う。だって、私未くんに会ってないから攻略対象キャラ全員を登場させてないし。パラメータだってMAXになってるか?って聞かれると多分違うって答えるよ?そもそも優勝云々の前に私出場しないしっ!自分から目立つようなことはしませんっ!えっへんっ!

あれ?でもそうしたらどうして私に視線が集まってたんだろう?

「ミスコンは美鈴ちゃんがいるから、優勝は確定してるものとして。ミスターは誰になるだろうね」

「へい、華菜ちゃん。ストップ」

「どうしたの?美鈴ちゃん」

「私参加しないよ?」

「これ投票型だから、拒否権ないよ?」

「ええーっ!?」

嘘でしょーっ!?

驚いて声を上げていたら、

「どうした?王子」

「何してるの?」

「なになにー?」

「何を見ていらっしゃいますの?」

四聖の皆も集まってきた。

そして一様に文化祭のお知らせのポスターを見て納得した。

「これかー。ま、王子が優確だから良いとして」

「良くないんですけどーっ!」

「確か三位まで決めるんだったよね?」

「聞いてーっ」

「ってなるとー、二位が華菜ちゃん、三位が桃ってとこかな?」

「あのー」

「あら?夢子さんが入賞するに決まってますわ。私はこの通り地味ですから」

「……誰も聞いてくれない」

「私は入らないよ。だって票操作するし」

「華菜ちゃんっ!ずるいよっ!私も票操作して良いっ!?」

「駄目に決まってるだろう」

ぎゃんっと訴えてたら、頭をぽこんっと丸めたファイルで叩かれた。

「……樹先輩、何でここにいるんですか?女子クラスは男子立ち寄り禁止ですよ。散々っぱら破ってた馬鹿共はいますが」

おおう。

一気に華菜ちゃんと四聖のバリケードが出来上がった。有難い。すっごくすっごく有難いんだけど、その連携技はいつの間に手に入れたんですか?それに私は参戦出来ないのでしょうか。お姉さん、とっても寂しいです。

「お前ら…。はぁ。許可はちゃんととってある。俺は正式に文化祭役員と文化祭の流れについての説明をする為にここに来たんだよ」

「へぇ。そうなんですかー。じゃあ、そこでお願いします」

「って、廊下でかっ!?」

「もしくはあちらで」

「そっちは窓の外だろうがっ!」

「私二ヵ所も場所を示してあげるなんて…優し過ぎるかしら?」

華菜ちゃんが強い。…昔の華菜ちゃんからは想像もつかない程……いや、つくか。昔から華菜ちゃんは強かった。うん。特に樹先輩には強かった。そんな華菜ちゃんが、私は…。

「華菜ちゃんっ、大好きっ」

「私も美鈴ちゃんが大好きっ」

ぎゅむっと二人で笑顔で抱き合う。

樹先輩?いたかな?そんな人。

「あぁ、もう良いからさっさと説明に移させろ。花崎後で覚えてろよ」

「やだなぁ、樹先輩。美鈴ちゃんに大好きって満面の笑顔で言われて、自分から抱きしめられてる私が羨ましいからって妬かないで下さいよ。消しますよ?」

やだ、華菜ちゃん、素敵っ!

惚れちゃいそうっ!

「逢坂くんから華菜ちゃん略奪しちゃおうかなっ」

「美鈴ちゃん。それは駄目だよ」

「ふふっ。ごめんごめん。冗談だよ。華菜ちゃんは逢坂くん―――」

「私、恭くんの存在忘れちゃうかもしれないから」

「―――…一筋だもんねー…って最後まで言わせてくれないどころか予想外の返答に私どうしたらいい?」

「……逢坂。死ぬ気で花崎を捕まえとけよ…でないと…。いや、これは後で伝えて置こう。それはそれとして、説明するからさっさと席につけ」

樹先輩がどんどん心労で痩せ細りそうな気配がするので私達は大人しく自分の席へと戻るのだった。

いつもは鴇お兄ちゃんが立つ教壇の前に樹先輩が立つ。

「今回、初めての女子クラスという事で、女子クラスで文化祭何をするか決めて貰いたい。提供する出し物の如何によっては許可が下りないものもあるから気を付けてくれ。男子クラスとの兼ね合いもあるからそこら辺も考慮してくれ。決める前に何か質問はあるか?」

樹先輩。何時も被ってるにゃんこは何処へ?ってな口調で話し出す。

特に私は質問らしい質問はないけれど、文化祭をやる気満々なクラスの子が手を上げた。

「基本的にどんなのが許可されないものですか?」

「そうだな。まずは他の男子クラスがやるような野球拳デスマッチとか」

何それ、気になる。

「腕相撲で10人勝てないと教室出れまテン、とか」

何それ、超気になる。

「エイト学園ホストクラス24時とか」

何それ、気になり過ぎる。

「基本的に、馬鹿とアホがダブルでくるような企画は全て却下だ。因みに今のは野球部とアームレスリング部と茶道部の企画だ。気になるなら護衛を誰か真っ当な男子に頼んで見に行くように」

最後の企画が茶道部だと言う事実に驚きを隠せません。

「だが、そうだな。定番な所で言うとメイド喫茶とか、喫茶店と言う所なんだろうが、俺としてはお勧めしない。おかしなのが来る可能性が圧倒的に高いからな」

成程。一理ある。

ってなると、何が良いんだろうなぁ。

「とりあえずやりたい企画をバンバン上げていくのがいいと思うから、出してみてくれ」

樹先輩が振り返ってチョークを持って黒板と向き合う。

それと同時に少し教室内はざわめき相談が始まった。

「お化け屋敷とか?」

「いっそ写真展示でいいんじゃない?」

「でもそれだと何か寂しいよね。じゃあ、屋台、とか?」

「あ、それ良いかもっ。女子クラスらしく、クレープとかっ」

「けど、屋台系ってやる人が片寄るんだよね。皆平等にしたいし、楽しみたいじゃん」

「それはそうだけどぉ。クラスの人数考えると全員でやれるのって…劇とか?」

「劇かぁ。体育館か講堂の使用許可間に合うのかな?」

「男子クラスの予約で埋まってそうだよね?そう言えば知ってる?エイト学園の恒例漫才があるらしいよ?」

「漫才とか。クラス全員でやるの?漫才」

「コンビ組んでやるんだって。先生が大笑いしたコンビには成績アップが保証されてるとかなんとか。…運動特化してる子への救済案らしいよ?ネタを暗記出来るなら何とかなるーとか何とか」

「何それ、ウケる。あ、でも、流石に私達は漫才やりたくないよね」

「って言うか意見纏まらないよね。どうする?」

「どうするって、こう言う時は、ほら」

………そこでどうして私に視線が集まるのかな?

私は確かにクラス委員だけど、別に意見を纏めるのが上手いとかそう言う事ないからね?

って言っても…この期待に満ちた視線が集まられると、応えなきゃって思っちゃうんだよねぇ…。私の悪い所かな。

えーっと、何だっけ?

お化け屋敷?屋台?写真展示?流石に漫才は無理だけど…。うぅ~ん…。

「こう言うのはどう?『お化けハンター』」

「お化けハンター?どう言う奴なんだ?」

「簡単に言えば、スタンプラリーみたいなものですね。学園祭は女子クラスも皆自由に見て回りたいでしょうし。だったら私達がお化けに扮して校内を歩き回ってお客様に探して貰いましょう」

少しおどけて言うと皆の高反応がかえってくる。

「もう少し詳しく聞いていいか?」

「あくまで私の脳内構想レベルですが、例えば文化祭当日。入口の受付でパンフレットを配りますよね?」

「あぁ」

「その中に指令書と称した紙を挟んでおきます。そこには対象のお化けが数人書き込まれています。今は取りあえず、「ろくろ首」「のっぺらぼう」「厚化粧のおばさん」と書かれていたとしましょう」

「……おい、一つリアルなのが…」

「その三人の妖怪に扮した生徒を探して貰います。勿論私達は学祭を自由に回っているのでどこにいるかは分かりません。そんな中でも発見出来た場合はハンコ、もしくはシール、サイン、そこは個人に任せますが証明出来る何かをその紙に記して貰います。そこでハンター完了です。指示された全てのお化けを退治する事が出来たなら、所定の場所へ行って頂き、優勝賞品である手作りお菓子と交換って形です」

説明終了。と同時にクラスが騒ぎ出した。皆完全に乗り気な模様。良かった良かった。

「確かにそれであれば学校内の男子生徒の目もあるし、女子クラスも学園祭を楽しめるな。…どうだと聞くまでもなさそうだしな。じゃあ、えっと『お化けハンター』で決定でいいか?」

『オッケーでーすっ!』

「満場一致だな。じゃあ予算の配分なんかは追って、クラス委員経由で連絡する。それじゃあ、俺はこれで……って聞いてないな」

樹先輩の呟き通り誰も樹先輩の言葉は聞いておらず、クラスの生徒皆が集まって何のお化けに扮装する相談が始まった。

翌日からは文化祭の準備にクラスが一丸となって挑み始めた。

文化祭は来月の頭。

一般客ありの一日限りって事もあり、文化祭は11月の第一日曜日に行われる。

授業は授業で普通にあるんだけど、それはそれとして皆こっそりひっそり文化祭の準備を着実にこなしていた。

そもそもが、お化けと一括りにしても、結構大変なのです。

何がって衣装が。

自分達で手縫いでやるからねー。ほら優勝賞品のお菓子も作らなきゃだし。後はポスターとか配布する指令書の作成もあるから。

クラスを三つに分けて、料理が得意な人、裁縫が得意な人、等々で割り振って、当然と言うか何というか私は衣装係になりました。

これね。最初はマジ?って思ったけど今思えば、可愛い女の子達を好き勝手に着飾らせるチャンスじゃん?と言う事ですっごく楽しい。

どのくらい楽しいかって?

「おい、こら、美鈴。お前授業に何しに来てるんだ?」

と鴇お兄ちゃんに注意を受ける位。大丈夫だよ、鴇お兄ちゃんっ。ちゃんと話は聞いてるからねっ!安心してっ!!でも今華菜ちゃんの衣装作るのに忙しいから放置してっ!

私の念力が効いたのか、鴇お兄ちゃんは溜息一つついて放置してくれる様になった。

因みに華菜ちゃんは指令書作成チームにいます。愛奈もそっち。円と桃はお菓子作成チーム。夢子は私と同じく衣装製作チームです。

にしても衣装案出すの大変だったな~…。

だって皆被らないようにするんだよ?んでもって、お化け系が苦手な人がいるから検索する人も限られて…私暫く怖い画像みたくない…。

そうこうしてる間に準備期間はあっという間に過ぎて、前日の衣装合わせになった。

当然男子禁制ですっ!念の為に鴇お兄ちゃんを外に配置してます。

廊下のドアにある窓は全てカーテンで塞ぎました。

「血糊どーするー?」

「必要な人は取りに来てーっ」

「そっちサイズどうーっ!?」

「がばがばだよーっ」

「あんた見栄張ってダイエットしたでしょっ!?体型維持しなさいってあれほど言ったのにーっ!」

「わっ、これ可愛いっ。何の衣装っ?」

「天狗だよっ」

「黒と白とあるんだっ。お揃だけど違うんだねっ」

「ちょっとっ、牛の角と鹿の角間違って持ってってる人いなーいっ?」

「豚の鼻ならあるよっ?」

「違うってのっ」

クラス中てんやわんや。

楽しそうで何よりです。

「円、胸周りどう?」

「大丈夫、だけど、ちょっとアタシの露出激しくない?」

「似合ってるから大丈夫っ」

「そんなキリッとされてもねぇ…」

「美鈴ちゃん。ちょっと丈がおかしくない?」

「そんな事ないよ。その長さで良いんだよ。お化けだもの。足隠さないと」

等々こっちもてんやわんやです。

「王子。王子も着替えないとっ」

「あ、うんっ、ちょっと待ってねっ」

私は四聖と華菜ちゃんの衣装を担当していたからチェックだけはしっかりしておきたい。

夢子も自分の担当の衣装をしっかりチェックして来たみたい。既に私の作った衣装を着ており自分はバインダーに微調整を書き込んでいる。

さて、私も着替えないと。…ちょっと着るのが面倒だけど…。え?衣装を詳しく知りたい?ダメー。まだ内緒ですー。

うん。サイズぴったりだね。

そこからまた色々サイズ調節をして、更に大騒ぎして。

鴇お兄ちゃんのノックがなるまで私達は準備に燃えた。

家に帰っても小道具の調整をして、いざ当日。

講堂で樹先輩の開催宣言を聞いて、私達は早速衣装に着替えて文化祭を楽しむ為に移動を開始する。

私は真っ直ぐお兄ちゃん達の下へ向かった。

双子のお兄ちゃん達は生徒会の仕事があるって言いつつも、交互に時間を作って付き合ってくれるんだって。優しい。

黒のドレスをなびかせて私は生徒会室へと向かった。

ドアをこっそりと開けて、

「葵お兄ちゃ~ん、棗お兄ちゃ~ん?」

声をかけると私に気付いたお兄ちゃん達が直ぐに振り返って笑顔をくれた。

笑顔って安心するよね。えへへ。

生徒会室の中に入って、素直にお兄ちゃん達に駆け寄る。

何やら視線を感じるけど、気にしない。

「……お前、その衣装…なんだ?」

「え?これ?魔女」

黒のドレスに赤いハイヒール。結構なスリットが入ってて、胸も結構際どい所まで開いてるんだけど、円にもへそ出し、足だしさせてる手前私だけ逃げる訳には行きませんでした。でもマントのおかげでだいぶ隠されてはいるけどね。

「こうして見ると、佳織母さんの血を濃く感じるよね」

「あぁ、昔鴇兄さんの体育祭に行った時の恰好だね?分かる分かる」

「さて、と。じゃあ、早速行こうか。鈴ちゃん」

「うんっ。えへへっ。回るの楽しみ」

良くある魔女の黒い三角帽子と、箒を持って葵お兄ちゃんと一緒に生徒会室の外に出る。

「まずは何処に行きたい?」

「えっとね。えーっと…」

楽しそうな場所が多過ぎて、気になる場所が多過ぎて、滅茶苦茶迷う。

でもね、時間的にも全部は無理だからいくつか絞って来たんだよ?絞っては来たんだけど…うぅーっ。

パンフレットと睨めっこ。

「鈴ちゃんが絶対みたいのは何?」

「絶対見たいの?外したくないのはコレっ」

「……ジョソウ喫茶?」

「うんっ!敢えてカタカナで書かれてる真相を知りたいっ!」

「……嫌な予感しかしないけど、良いよ。行こっか」

「うんっ」

葵お兄ちゃんが手を繋ごうと差し出してくれたから遠慮なくその手を握り、並んで教室へ向かって歩く。

1年生の出し物なんだよね~。

混んでないといいなぁ。

にしても今日は衣装の所為か、男の人が近寄らない。むしろ遠ざかって行くか固まって動かなくなる。この格好結構便利かも。……でも一つ言いたい。箒邪魔。

教室に辿り着くと、意外と中は空いておりすんなりと中に入る事が出来た。

…でこの惨状は何だろう?

『では、草刈り競争、位置に付いて、よーいスタートっ!!』

司会者の声で選手が一斉にスタートした。

「………除草喫茶、ね」

「葵お兄ちゃん。皆が鎌持ってるの、滅茶苦茶怖いね。百姓一揆か何かかな?」

「深く考えたら負けだよ、鈴ちゃん」

「あれ?でもさ?喫茶って言う位だから何か頼めるんだよね?一角は雑草の生えたプランターが置かれてるけど、ちゃんと机と椅子もあるもんね?」

「それは、確かに」

二人で中を見ながらきょろきょろと視線を巡らせていると。

「ほらよ、白鳥っ。メニューっ」

「え?あっ、ありがとう。風間くん」

「お勧めはこの林檎入り青汁だぜっ。持ち歩き用に蓋つきカップもあるし、好きなの注文しろよっ」

風間くんが葵お兄ちゃんの影からメニュー表をくれた。

これって多分風間くんなりの私への心遣い、なんだろうなぁ。

苦笑して葵お兄ちゃんを見ると、葵お兄ちゃんも同じ風に笑っていた。

一緒にメニューを覗き込むと、除草喫茶なだけあり、全てが青汁入りだった。…健康には良いよ、うん。

私は風間くんのお勧め通り『林檎入り青汁』を。葵お兄ちゃんは『オレンジ入り青汁』を注文した。

元気よく注文を受けて奥へといなくなったのでその隙に、除草レースに視線を戻してみる。

……何か皆スゴイ勢いで草刈りしてるなぁ…。……何かそのレースの中に悪魔の羽が見えるなぁ…。気の所為だと思いたいなぁ。

「ほいよっ、お待たせーっ」

青汁が目の前に突然現れたっ!?

ありがとうと風間くんにお礼を言って受け取ると、風間くんは真剣な顔で私をみつめて、唐突に頭を下げた。

「ど、どうしたのっ!?」

「お、オレ、ちゃんと白鳥に謝らなきゃって思ってたんだっ!」

「謝る?何を?」

「………遊園地に行った時、気付いたんだ。白鳥がどれだけ男が怖いのかって。なのに、オレ、追いかけ回してただろ?それにきつい事も一杯言った。だから、ごめん」

まさか謝られるとは…。

全然気にしてなかった。と言うか、色んな事があり過ぎて気にしてる暇がなかったと言うか…。とにかく。

「私は、気にしてないよ?って言うか、言われるまで忘れてたし。風間くんも気にしないで?ね?」

「……白鳥…。お前、良い奴だなっ!流石、ま―――『勝負ありっ!!優勝者っ、サキュバス夢子ーっ!!』―――だなっ!」

………微妙な沈黙。

折角風間くんが何か重要な事言ってくれてたような気がするのに、司会者の優勝宣言になんて言ってたか解らなかったよ。

それにさ、それ以前にさ。

何してんのーっ、ユメはーっ!!

サキュバスの格好して草刈りなんてしてるんじゃないよーっ!!

「きゃーっ!!優勝やったーっ!!新品の鎌が手に入ったーっ!!」

「しかも優勝賞品鎌なのっ!?どんだけ草刈りやらせる気なのっ!?」

思わず全力で突っ込みを入れてしまった…不覚っ!

「おっ、夢子が優勝したかっ!じゃあ、優勝者に祝いの踊りだーっ!行くぜっ、野郎共ーっ!」

祝いの踊り…って何?

一体何の事…?

すーっと視線を葵お兄ちゃんに移すと、葵お兄ちゃんはにっこり笑って、スマートに私に退室を促した。

見なかった事にしろと、そう言う事かな?

それもやむなしっ!

教室を出て手に持っている青汁を飲みながら暫く歩いて、窓際に寄って立ち止まる。

「次は何処に行く?」

「……あ、あの、ね?葵お兄ちゃん。ここ、行きたいなぁ~…とか、ダメ?」

私が指さしたのは、食堂のカフェテリア。

「カフェテリア?あぁ、確か風船を配布してるんだっけ?後は可愛い小物とかのバザーだったよね?いいよ、行こう」

「やったっ!葵お兄ちゃん大好きっ♪」

「うん。僕も鈴ちゃんが大好きだよ」

再び手を繋いで歩く。

擦れ違う男子生徒が皆葵お兄ちゃんを見て、二度見するんだけどなんでだろう?

?、何か普段と違う表情でもしてる?

葵お兄ちゃんよりちょっとだけ早く歩いて顔を覗き込むと、優しい笑顔で返される。

……いつも通りだよね?ふみみ?

「鈴ちゃん。ちゃんと前見て歩かないと危ないよ?」

こくこくと頷いておく。

順調にカフェテリアにつくと、ボディービルダーが……げふんげふんっ。もとい、巳華院くんがマッスルポーズを決めながら怯える女の子、来場客のお子様達に風船を配っていた。

巳華院くんはほっといても良いとして。

素直にバザーの品物が見たいので、賞品が並べられた机へと近付く。

「ここは剣道部、だっけ?」

「うん。そうだよっ。だから円のもあるかなって。えーっと…」

「円君が作ったのは、あちらのテーブルだ。白鳥総帥」

言われて私は顔を上げる。すると、少し距離を置いた所から巳華院くんが円の作った物が置いてあるだろう場所を指さして教えてくれた。

「ありがとう、巳華院くん。えっと、こっちだね?」

葵お兄ちゃんと手を繋いだまま、教えてくれた方へ行くと、そこには可愛い柴犬のキャラクターが刺繍された鞄やポーチが置かれていた。

なんだかんだで円って女子力高いよね。これ可愛い♪

どうしようかな?ポーチ…でもあっちの柴犬キーホルダーも可愛いよね。

「悩んでるの?鈴ちゃん」

「うん。どっちにしようかなって」

「両方買ったら?」

「買いたい所だけど。折角円の作品なんだもん。色んな人に持って貰いたいから一つで我慢するの」

「そっか」

「葵お兄ちゃんは、どっちが良いと思う?」

「僕はキーホルダーかな」

「じゃあ、そっちにするねっ」

巳華院くんに柴犬のキーホルダーを持って行ってお会計して貰う事にする。

勿論葵お兄ちゃんの影に隠れたままです。

会計を終え、葵お兄ちゃん経由で商品を受け取る。えへへ、可愛いなぁ。

さて、次の所に行こうかな。そう思って移動しようとしたら、巳華院くんに呼び止められた。

そして、風船を一つ差し出される。

「えっと…?」

「白鳥総帥。先日の詫びをさせて欲しい」

「先日?」

「あのパーティの事だ」

パーティ?…あっ、あぁ、あれかぁ。

「あのパーティで私は自分の事を改めて知る事が出来た。かけがえのないものを得る事が出来た。……貴女には本当に感謝している。ありがとう。そして、多大な迷惑をかけてすまなかった」

「…………あれに関しては、私はあまり迷惑をかけられてないから。でも…円にはちゃんと謝って欲しいな」

「円君には色々あって先日改めて謝罪をした」

「そう。そしたら円は何て?」

「気にしなくていい、と。これから先はあの子を、も―――『巳華院っ!!あんた何サボってんだいっ!!早くこっちきて風船配りなっ!!』―――てれば良い、と」

……円の怒声で何言ってるか聞きとれなくなっちゃった。

でも円は円の考えで巳華院くんを認め許したんだなって事は分かったから、それならそれでいいや。

私は笑みを浮かべ巳華院くんに向かって深く頷く。すると珍しく穏やかな笑みで巳華院くんは元の仕事へと戻って行った。

それにしてもボディービルダーの風船配りと、ワ―ウルフの恰好をした円の接客係とのミスマッチが半端ないね。……そこは見なかった事にして置こうかな。

「あ、あの…」

うん?何か今声がした?気の所為?

「あ、あのっ!」

今度ははっきりと…もしかして、下?

足下を見ると、紙を握りしめた女の子が…あれ?もしかして、

「朋ちゃん?」

「う、うんっ!そうっ、美鈴お姉ちゃんっ」

「わっ、本当にっ!?久しぶりだねぇっ」

しゃがみこんで視線を合わせる。久しぶりとは言ったもののそこまで久しぶりじゃない。夏休み中も何回か施設には行ってたからね。けど、ほら、子供の成長って早いじゃない?

あっという間に大きくなるからホントに久しぶりの感じがするのだ。

「あの、あのね?これに、ハンター印下さい」

「あら?そっかぁ。朋ちゃんのハンター対象は私なんだねぇ。じゃあ、はい、ハンコ」

実はマントの裏にポケットがあってそこにハンコとちっちゃめな文房具とソーイングセットが入っている。何かあった時の為にね。

ハンコを取りだして、ぽんっと魔女と書かれた場所に押すと、朋ちゃんは嬉しそうな顔をして笑って次のハンター対象に向かって走って行った。

「初めてじゃない?鈴ちゃんをハンターしに来たの」

「そうだねぇ。そもそも、そんなに被らないようには出来てるんだよ~。何せ30名以上のお化け。組み合わせだけでも結構な数だし。パンフに挟んだ数も枚数決めてたしね」

「成程ね」

「じゃあ、葵お兄ちゃん、次行こうっ」

「うん、そうだね…と言いたい所だけど、タイムアップかな」

「え?」

「もう少しで棗が来る」

棗お兄ちゃんが?

え?いないよ?右…いない、左…いないよね?前…いないし、後ろ…いない。じゃあ、もしかして、上っ!?

「鈴ちゃん。天井見上げても落ちて来ないからね。っとそろそろだね」

えぇー?どこにもいないよー?

葵お兄ちゃんは右を見続けてる。じゃあ、そっちから来るの?

…って本当に来たーっ!?

「鈴、葵」

名前を呼んで手を振りながら歩いてくる。

「葵お兄ちゃん凄いねっ、何で分かったのっ!?」

「うぅ~ん、何となく?」

何となくっ!?これってあれっ?双子の神秘って奴っ!?

「じゃあ、僕は行くね。またね、鈴ちゃん」

ぽんぽんと私の頭を撫でて葵お兄ちゃんが去り、代わりに棗お兄ちゃんが前に立つ。

「それじゃあ、行こうか、鈴。何処行きたい?」

「え、あ、うんっ。えっとね~」

パンフを開いて、次に行きたかった場所を指さす。

「ここがいいっ」

「体育館?あ、成程。もう少しでマジックショーが始まるね。それじゃあ少し急ぎ足で行こうか」

「うんっ」

今度は棗お兄ちゃんと手を繋いで体育館へ向かう。

基本的に文化部の講演は講堂で行われるから体育館はそれ以外の部の発表か個人の発表に使われる。

…良く考えてみたら文化祭ってゲームだとさっくり終わるんだよね。大きなイベントがないって言うか。ただの中間発表の場と言うか。中間テストがパラメータの中間発表の場なら、好感度、友好度の中間発表の場が文化祭だったりするんだよね。

好感度が一番高いキャラが文化祭を一緒に回ろうってお誘いしに来て、それを承諾するかどうかでイベントはまた変化する。承諾したら勿論好感度一位のキャラと文化祭を見て回る事になり、断ると好感度二位の人が誘いに来る。因みに好感度三位までは誘いに来てくれる。三位の人まで断り続けたり、逆に好感度が必要値まで誰も行っていない場合は友好度の高いキャラが一人だけ誘いに来てくれる。これらは全て文化祭当日の必須イベントなので、それと今の私を比べて考えてみるに…。

………前日に一緒に回る予定を決めてた場合ってどうなるんでしょうか?

葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんの二人と一緒に回るって決めたの、昨日の夜の晩御飯の時、なんだよね。これって好感度はどう認識したらいいのかな?そもそも兄妹感が強いからノーカン?判断がつかなーい。

「鈴?」

「ふみっ!?」

いきなり棗お兄ちゃんのドアップっ!?

流石に驚く。

「どうかした?ぼーっとして。何か考え事?」

「考え事…と言えば考え事、かな?えへへ」

笑って誤魔化せっ!

だって本当の事言った所で信じて貰える訳ないしねっ!

前世の記憶を辿っていた間も足は勿論動かしていた訳で。体育館に到着した。

舞台ではもう既にマジックショーが始まっていて。あらら…ちょっと遅かったかな?

並べられたパイプ椅子の席は全て埋まっており、私達は仕方なく体育館の端により立ち見する事にした。

舞台上では、近江くんが風船におもちゃのナイフを投げつけて百発百中。確実に全ての風船を割っている。割る間に宙返りなどをしてお客様に対するパフォーマンスも忘れない。

流石、忍者なだけはある。

「さぁ、お次は吹き矢でござるっ!勿論危険な事はしないでござるよっ!吹き矢とは名ばかりの、矢の先はちっさな吸盤で出来てるでござるっ!どんな的にも当てて見せるでござるよーっ!」

ちゃんと矢をお客様に見せて、吸盤もしっかりついていることを確認させる。

そして、今度は的が体育館脇の階段から生徒が運び舞台に並べた。

「まずは、連続で放つでござるっ」

そう言った直後、吹き矢を口にくわえて、連続で吹いて行く。

トストスとホワイトボードに段ボールをくっつけた的にどんどん矢はくっ付いて、最終的にそれは文字になり、拍手が起こる。

………え……。

ちょっと落ち着こうか、私。

目を擦って。パチパチと瞬いて。棗お兄ちゃんの顔を見て、うん、ぶれてない、大丈夫。

さてもう一度…『白鳥様、ごめんなさい』…。

…これ、私に言ってる?

違うよね?そんな訳……あるわー。舞台上で私の方に向かって全力で土下座してるわー。

「…えっとー…この場合はどうお返事したらいいのかな?私も吹き矢で?」

「やらなくていいから」

「じゃあ、ナイフ?」

「それもやらなくていいからね、鈴」

「でも舞台にいるし、どうやってお返事?」

「……このマジックショー終わってからで良いと思うよ」

「あ、確かに。近江くんの番が終わったらで良いよね」

棗お兄ちゃんの言う通りだね。

とりあえず近江くんのマジックショーを観覧する。

そして、近江くんの出番が終わると、近江くんがこっちに全力で走って来た。

勿論、私は棗お兄ちゃんの後ろに避難。

「とうっ」

「ぎゃっ!?」

なんで唐突に大ジャンプっ!?

ずざざぁっ!!

足を盛大に床に擦りつけて、やっぱり私達の前で土下座。どんだけのスライディング土下座よ。

「白鳥様っ!この度は多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ!!」

あら?ござる口調じゃない?

「こんな風に謝るだけじゃ駄目だとは思うのですが、それでもまずは誠心誠意謝罪をしようと思いましてっ」

「あ、うん…。その、気にするなとは流石に言えないけど、もう同じ事さえ起こさなきゃ別に良いから」

「あ、ありがとうございますござるっ!」

「うん。何か色々口調が混ざってるから、まず落ち着こうか。そしていい加減目立つから立ってくれる?」

言うと、近江くんはゆっくりと立ち上がった。あーあ。スライディング土下座なんてするから、膝にしっかり穴が開いちゃったじゃん。

どれだけ摩擦起こしたのか…。

「………謝れて良かったでござる。お嬢様も最近拙者に普通に、家族の様に話しかけてくれるようになったでござる。…お嬢様も拙者も白鳥様に出会えて良かったでござる」

「そう…」

私何かしたかな?……いけないいけない。この言葉は今出しちゃ駄目な奴だ。飲みこんどこう。

「………拙者は、お嬢様の忍びとしてはもう首になってしまったでござるが…これからはあ―――『危ないですわっ!!王子避けてーっ!!』―――ぐふっ」

「ふみぃーっ!?近江くんの背中に鳩が刺さったーっ!?」

マジックで鳩を出すのは鉄板だとしても、背中に刺さるってあり得るのっ!?

鳩って弾丸っ!?くちばしって矢と同じ武器だっけっ!?

「王子っ、大丈夫ですかっ」

慌てて走ってくる桃の姿。貞子の姿も相まって正直に言えば、超怖いっ!

長い黒髪で顔を隠してるからますます怖いっ!

……所でさっき近江くん、何か言いかけてなかった?背中に鳩が刺さった所為でうやむやになっちゃったけど。

「あぁ、大丈夫そうですわね。良かったですわ。虎太郎に刺さって」

「それは、良かったことなの?桃」

「勿論ですわ。虎太郎はこの程度では死にませんが、王子は怪我をしてしまいますもの」

心底安堵している桃から私はそっと倒れ込んでいる近江くんに視線を移した。

………なんか、ごめんね、近江くん。

くるっくー。

ふえっ?は、鳩が、飛んでった…。生きてたんだ、あの鳩…。

『おーい、大丈夫ですかー?』

舞台から声がかかる。体育館のタイムスケジュールを管理している生徒が舞台上から声をかけてきた。

「大丈夫ですわっ。今戻りますっ」

私が返事をする前に桃がしっかりと返事をして、近江くんを引き連れ戻って行ってしまった。

「桃、すっかり健康になって…」

「鈴。感心する場所が違うよ」

「ふみみ?」

どこか間違ってたかな?

「そんな本気で何処が違うのか分からないみたいな顔をしないで、鈴」

棗お兄ちゃんが苦笑している。

と言う事はどこか間違っていたんだね。何処が違うか見当もつかないけど。

なんだかんだで目立ってしまった私達は、体育館からそっと抜けだした。

「鈴。次は?」

「えっとねー…」

そう言われて、パンフを取りだす。

すると、真正面から猪塚先輩が走って来た。

棗お兄ちゃんの背後に隠れる。これはもう条件反射。

でもどうやら猪塚先輩が探していたのは私じゃなくて、棗お兄ちゃんの方だった。

「グラウンドでどうやら星ノ茶の生徒がうちの生徒に喧嘩を売ったらしく、乱闘騒ぎになりそうだったので葵先輩が棗先輩を呼んで来いって」

「……全く。相変わらず碌でもないね。あそこの生徒は…。鈴。僕は行ってくるけど、安全な場所までは送るから」

棗お兄ちゃん、優しいっ。けど、この様子だと急がないといけないよね?余計な心配をかけずに安全でいられる場所でここから近い…あ、そうだっ。

「じゃあ、私保健室で七海お姉ちゃんと一緒に待ってるよ」

「え?あぁ、そうだね。そうしてくれると助かるよ」

私達は同時に走りだし、保健室へ向かった。

保健室へ入ると、七海お姉ちゃんが両手を広げて歓迎してくれて、棗お兄ちゃんは私の安全を確認すると直ぐに走って行ってしまった。

「美鈴ちゃん、何か食べる?生徒達が色々持って来てくれたから、種類は豊富よ?」

「わーいっ♪七海お姉ちゃん、たこ焼きあるーっ?」

七海お姉ちゃんに促されるまま、たこ焼きを受け取りベッドへと腰かける。

急いでする仕事もないのか、たこ焼きを食べながら談笑していると、コンコンとドアがノックされた。

七海お姉ちゃんがドアを開けるとそこに男子生徒が立っていて、内容を聞く限り七海お姉ちゃんも乱闘騒ぎの救急班として行かねばならないらしい。

「ごめんね、美鈴ちゃん。仕事だわ。私は行くけど護衛がわりに未くん置いてくから安心して」

「あ、うん。ありが、と、うっ!?」

未くんを置いてくってあの未くんっ!?攻略対象キャラ最後の一人の未くんっ!?

私が唯一顔を合わせずに済ませられると思った未くんっ!?

七海お姉ちゃーんっ!置いて行かれると一番困る人置いて行かないでーっ!!

なーんて心の中で叫んだ所で無駄だって私知ってるんだー…。遠い目しちゃうぞー…。

七海お姉ちゃんは救急箱を抱えて走って行ってしまった。…廊下を走っちゃいけませんよ。さっき走りまくった私が言えた事じゃないけどさー。

二人、保健室に残される。

正直な話、男の、しかも攻略対象キャラ一人と残されるのは辛い。

けれど、彼は入口のドアを閉めると、ドアに背を預け腕を組みそこから動こうとはしなかった。

それに少しだけホッとする。

私が落ち着いた頃を見計らって彼は口を開いた。

「………白鳥美鈴。どうやら体は無事回復したようだな」

「え?あ、うん」

鴇お兄ちゃんが学校や会社にはちょっと重い風邪をひいたと言ってたらしい。

だから、私は素直に頷いたんだけど…。

「あいつの丸薬の効果は抜けるのに少し時間がかかる。追加で調べて解った事だ」

「え…?」

「…………問題はないとは思うが、何かあったら私に言え。すぐに対処出来る」

「何で…?」

私と未くん。顔合わせるの今が初めてだよね?

「何で?と言われたら、新田の為…だろうか?」

「新田、って愛奈?」

コクリと頷く未くん。でもそっか。それなら納得。未くんを攻略する時に現れるのは愛奈だ。愛奈もまた未くんを好きな筈だから、愛奈の為にって言われたら素直に納得出来る。

私は未くんとの好感度を上げる様な行動をとっていないから、きっと愛奈との好感度がじゃんじゃん上がっている可能性がある。

「まぁ、それ以外にもあるが…ゆ―――『未ーっ!!アンタ理科室の実験用具一切片づけずにどこにいるのよーっ!!』―――だから…」

…なぁーんで今日はとことん大事なとこであろう場所で邪魔が入るのかな?意図的なの?誰かの作戦なの?

とりあえず、愛奈。ドアは横に開くもので蹴飛ばして開けるものじゃないよ?

折角の雪女の着物姿が綺麗なのに台無しだよ?

裾が…着物の裾がまくれ上がってるよーっ。

なんて突っ込みはいれさせてなどくれずに、愛奈は未の襟首を掴み連行して行った。

「あらー…?取り残されちゃった」

「みたいだな」

「?、この声は、鴇お兄ちゃん?」

「あぁ」

スッと姿を現した鴇お兄ちゃんの姿を見て、私は思わず…。

「ふくっ……ふふふふふっ」

「美鈴。どうせ笑うなら思い切り笑え」

にっこり笑って鴇お兄ちゃんが近づいて来て、逃げる間もなくべしっと頭を叩かれた。

「ふみーっ!体罰だーっ!」

「やかましいっ。そもそもこの衣装を作ったのは美鈴、お前だろっ」

「だってー。クラス全員コスプレだもーん。当然お兄ちゃん達も参加でしょー?関係ない大地お兄ちゃんだって喜んで着替えてくれたよ?」

「あいつと一緒にするな」

「大丈夫大丈夫っ。似合ってるよ、吸血鬼っ!」

「………ったく」

吸血鬼の恰好した鴇お兄ちゃんと私が並ぶと不思議な光景な気がしないでも…げふんっ。考えないでおこう。

因みに、透馬お兄ちゃんは狼男、奏輔お兄ちゃんが海賊ゾンビ、大地お兄ちゃんがフランケンシュタインです。奏輔お兄ちゃんのはガチ過ぎて子供が寄って来ないって、クラスの子達が言ってた。

「所で鴇お兄ちゃんは何でここに?七海お姉ちゃんに頼まれでもした?」

「それもあるが。そろそろミスコンの準備に入るから呼んで来てくれって花崎に頼まれてな」

「………私やっぱり入賞してるの?」

「してると言うか、確定だろ?競うまでもなさそうだぞ」

「えー?そんな馬鹿なー」

「とりあえず、昨日の段階で生徒投票は断トツトップだったそうだ。他の追随を許さないなんてレベルでなく、他に一位候補はなし。満場一致。良かったな、美鈴」

「ぜ、全然良くなーいっ!」

「諦めろ。俺も通った道だ。さて、行くぞ、美鈴」

しくしくしく……。ドナドナされる牛ってこんな気分なのかな…。

鴇お兄ちゃんに引っ付いて、グラウンドへ移動する。

外でやる理由は、一般のお客様にも結果が見える様に、だってさ。

私達は特設ステージの後ろに速やかに入った。

ベニヤで作られたステージの壁の後ろには、スタッフ専用のテントが張られている。

そこには既に華菜ちゃんと優兎くんがいて、手招きしてくれていた。

「美鈴ちゃん。はい、これ現在の投票数ね」

「うえっ!?これ、マジっ!?」

ミスコンの投票用紙は、学校一カッコいい男の子と学校一可愛い女の子の一位、二位、三位を書いて提出するようになっていた。

だから私は男の子を、一位樹先輩、二位で葵お兄ちゃん、三位に棗お兄ちゃんにして、女の子で一位華菜ちゃん、二位桃、三位夢子にした。

先生は選択肢にないのでお兄ちゃん達に投票するのは無理。一位はなんで樹先輩にしたのかってのは、それはもうこれでしょ。顔だけは良いから。このゲームの攻略対象キャラクターってホント顔がやたら良くて。その中でも手を入れこまれただけある樹先輩の顔はほんっと綺麗なのだよ、うん。中身は別としてねっ!

と、話がそれた。

それで華菜ちゃんが今渡してくれた投票数を見て素直に驚いた。

一般客票を込みとしても、私が四桁、二位の桃が三桁ってどう言う事…?

「これで美鈴ちゃんは決定だろうから、呼ばれるまでここに待機しててね。女子の部の二位はどうなるだろう…。今結構接戦で…」

「誰と誰が競ってるの?」

「大体想像つくんじゃない?桃ちゃんと夢子ちゃんだよ」

「あ、うん。納得。…ねぇ?華菜ちゃん?ちなみに、私がどちらかに負ける事は」

「ないから」

「あ、そう、なんだー…」

私ステージ上がるの決定?拒否権なし?そうなんだー…。

「なぁ、花崎。男の部はどうなんだ?順位」

「男の方はですねー…えーっと今の所一位が樹先輩、二位が葵さん、三位が棗さんですね」

こっちも私が投票した通りになってるなぁ。皆もそう思ってるって事だよねー。

「樹先輩顔だけは良いからなー」

「だよねー」

「聞こえてんぞ、お前ら」

華菜ちゃんの向う側から樹先輩と葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが歩いてきた。

お兄ちゃん達に手を振りつつ、樹先輩の言葉を振り返る。えっとなんだっけ?聞こえてるって言ったんだっけ?

「…樹先輩顔だけは良いからなー」

「だよねー」

「態々もう一度言わないくて良いっ!」

最近、樹先輩を揶揄うのがちょっと楽しくなってきました。一々樹先輩も反応返してくれるから、それがまた何とも楽しい。

「それで?投票の締め切りはしたのか?」

「後、五分後に投票締め切りです」

「そうか。ステージの状況はどうだ?」

「前の発表が少し早く終わる予定なので、司会者に少し繋いでもらう予定です」

「俺達は大体揃っているから良いとして、女子の方の上位者への連絡は?」

「もう完了してます」

「……流石。優秀だな。花崎」

「樹先輩。褒めるのであれば物品付きでお願いします」

「なんでだよ。要求し過ぎだろ」

二人の漫才をぼんやり眺めていると、お兄ちゃん達が私の側に来てくれた。

「鈴、さっきはごめんね」

「ううん。大丈夫だよ、棗お兄ちゃん。七海お姉ちゃんはいなくなっちゃったんだけど、直ぐに鴇お兄ちゃんが来てくれたし」

「鴇兄さん。こっちに来てても大丈夫なの?さっき透馬さんが探してたけど」

「問題ないだろ。やらせとけ」

こうしてお兄ちゃん達といると家の中そのままで和む。

談笑している間に時間は過ぎて、投票用紙も全て開封されて結果は……断トツで一位でした。

嬉しいやら悲しいやら。

ヒロインだもんねっ!そうなっちゃうよねっ!でねもっ、このヒロイン補正の中途半端な適応は何なのっ!?

私、まだ一年生だよっ!パラメータMAXなんてなってないでしょっ!学力だってさ、一位なんてとってる訳じゃっ……とってるわ。私学年トップだわ…。

…いやいや、そうは言ってもさ、運動パラメータとかはさ、MAXになってないと思うんだよねっ!ほら、運動会では負けて……負けてないわ。見事に勝利収めてきたわ…。

あ、でもさっ!?いくらパラメータ数値が良くったって、攻略対象キャラ全員に会ってな、んて……さっき最後の一人に会ったじゃない。ふおおおおおおっ!!

ダメダメじゃーんっ!!

「美鈴。言いたい事は何となくその百面相を見てたら想像がつきそうだが、今は名前呼ばれまくってるからステージに上がれ」

「ふみぃ~…」

いつの間にやら名前を呼ばれていたようで、私はステージに上がった。

す、すっごいお客様…。

ステージから見て180度、全部生徒と一般客で埋まってるっ。

おぉーとか歓声があがり、前列にいる男子生徒がぐっと前に乗りだしてきた。

ふみーっ!!怖い怖いーっ!!

心の中で盛大に怯えつつ、一応客席には笑顔を向ける。若干頬が引きつってる感は否めない。

司会者の横へと何とか辿り着き、小さく礼をする。

『白鳥美鈴さんっ。ミスコン優勝おめでとうございますっ!』

「あ、ありがとうございます。私みたいなのに票を入れて下さった皆さんもありがとうございました」

ここはバリバリ外面発動しますよ。

そして、司会者の男子生徒とは距離をとります。

本当は離れられるならどこまでも離れたい所なんだけど、ステージでしかも優勝となると無理だよね…うぅ、辛い。

癒し…私の癒しは何処っ!?

『それにしても本当に可愛いですよねっ!私達同じ学園の生徒ですらこうやって間近で話す事が出来ない位の高嶺の華なんですよ~』

「いえいえ、そんな…」

『こんなに優しいのに何故我々が近寄れないかっ。お客様達は解りますでしょうかっ!?』

一般のお客様がざわざわと騒ぎ始めた。

モデルだから?違いますよ。

アイドル?違いますって。

私はただの一般市民です。……財閥の総帥だから一般市民ではないか。あはは~。

『理由は簡単ですよっ』

「僕達がの妹だから、ですよね」

「MC。僕達の妹にそれ以上近寄らないでくれるかな?」

葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃんっ!!

癒しが、私の癒しが来てくれたーっ!

…ってあれ?元々ステージ上にはいたんだよね?

後ろに控えていたのかな?先に男性の結果発表があったしね。

『と言う風に、鉄壁の防御があるからなんですねーっ!皆様、わが校の伝説である鴇様をご存じでしょうかっ!?その方の弟、妹が彼らなのですっ!!ましてや、紅一点の彼女っ!!誰も近寄れませんっ!!』

と言いながら若干近づいてきてません?気の所為かな?

気の所為じゃないよねっ!?何か司会者さん近付いてきてるよねっ!?

に、にげ、逃げるのーっ!!

ぼふっ。

棗お兄ちゃんに抱き着く。

「こらこら。MCくん。これ以上近づいたら…分かってるよね?」

葵お兄ちゃんが止めてくれて、棗お兄ちゃんが抱きしめてくれてるから何とか安堵する。

棗お兄ちゃんの腕の中で上を見上げて棗お兄ちゃんに向かって微笑むと、棗お兄ちゃんも微笑み返してくれる。

えへへ~♪

嬉しくてぎゅっと抱き着くと、


「な、なんだっ、あの子の今の顔っ」

「滅茶苦茶可愛くなかったかっ!?」

「あっちの男子生徒のあの柔らかい笑顔見たっ!?」

「うわー…家族にだけ見せる笑みって奴かな?」


などなど客席から聞こえてきたけど…気にしない事にする。

ステージ上の発表が終わり、皆でわちゃわちゃと軽いトークを繰り広げ、ステージから降りる為に脇へとはけて行く。


―――ぞわっ。


ッ!?

き、気のせいかなっ?今、視線を感じたようなっ!?

まだステージから完全に降りてないんだから視線を感じて当然と言えば当然なんだけど…。


―――ぞわっ。


まるで絡みつくような視線を感じて、私はその視線の先を辿る。

そこには星ノ茶の生徒が微笑みながらこっちを見ていた。

誰だろう?知り合いではない。あの顔は見た事がない。

その男子生徒は私を見つめたままその目を細め、口を動かした。


―――『愛してる…』


愛してるって言葉は本当に分かりやすい口の動きだと思う。


そして、とても胸をときめかせる言葉であろうとも思う。


なのに何故…私はこんなにも震えてるんだろう。


怖くて怖くて堪らないんだろうっ。


叫びたくて堪らないっ。


駄目だっ。これ以上あの男子生徒の姿を見たら駄目だっ!


本能的な判断だった。

私は視線を逸らす。

「美鈴?どうした?」

後ろを追ってきていた筈の樹先輩がいつの間にか私に並んでおり、心配そうに顔を覗き込んできた。

何て言ったらいいのか分からない。

だから、私は何でもないとただそう返した…。


その後、あの視線を寄越した男子生徒の姿を見る事はなく、文化祭も何事もなく幕を閉じた。



評価にスタンプ?なのかな?

どちらにせよありがとうございますっ!!

読んで頂けてるだけでも嬉しいのにお気に入りもして頂けて嬉しい限りですっ!!ヽ(^o^)丿

楽しんで貰えているといいなぁ(*´ω`*)

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