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※※※(愛奈視点)

「婿?婿ー?ねぇ、コター?」

「………」

「?」

虎太郎が壁に向かって何かずっと呟いている。

………何の忍術使ってるか解らないけど虎太郎の周辺が、日中だと言うのに暗くなっていて正直気持ち悪い。

一体今度は何に悩んでいるやら。

虎太郎はどうやら細かい事に悩みやすい性格をしているようだ。

……分からなくもないけどね。細かい事を気にしてしまうのは私も一緒だし。

一緒に並んで歩くって、宣言までしたんだから信じて悩みの一つや二つ言ってくれてもいいのに。

それでも自分だけで解決しようと、考える姿勢を私はそんなに嫌っていない。

因みに今私と虎太郎は、虎太郎が隠れ家と称した学校の一角、図書準備室へ来ていた。

男と二人、狭い密室空間に来るのはどうなの?って思われそうだけど、特に問題なし。だって、婿だし。婿と認めているのか?と聞かれたら素直に認めていると答える自信もある。

その証拠に今日の休み時間にさらした醜態の一部にて、私はこう叫んでいた。未の事を、


『好きだった』と。


ちゃんと過去形で答えていた。まぁ、ちょっと…いやだいぶ感情が昂って泣き喚いた気がしないでもないけど。

でもしょうがないじゃない。

虎太郎にあえてやっと心が落ち着く恋が出来るようになったのかと思ってたのに、あいつが急に現れるから…。

っと、違う違うっ。今はあいつの事より虎太郎の事よ。

足を少し早めて虎太郎の下へ行き、膝を抱えて丸くなっている虎太郎の背中へ私はおんぶお化けよろしく抱き着いた。

「ッ!?」

「むーこ。何落ち込んでんのー?」

首に腕を回しぎゅっと抱きしめる。

すると虎太郎は顔を真っ赤にして慌て始めた。

嫁になることを認めてから、虎太郎は私の前でだけは覆面をとってくれるようになったから、真っ赤になっているのが一目瞭然。

「よ、嫁っ、はしたないでござるよっ」

「婿が相手なんだから良いでしょ。それより何悩んで落ち込んでるの?婿が落ち込むと余計に面倒なんだからさっさと話しなさいよ」

「嫁……。感動的なセリフでござるが、途中何やら更に落ち込みそうな事も言われた気がするでござる」

「気の所為よ、気の所為。で?どうしたの?」

改めて虎太郎に尋ねると、覚悟を決めたのか虎太郎は首に回った私の腕にそっと振れて握った。

「嫁。その…聞きたい事がござる」

「何?」

「あの、未正宗とはどんな関係でござるか…?」

「えっ?」

「ああああっ、いい、言いたくなかったら良いのでござるですっ!私が勝手に気になっている事でござるですますっ!」

……焦り過ぎて、ござる口調と昔のですます口調が混ざってしまっている。

勝手に慌てて面白い事になってる虎太郎。やっぱり目が離せないよね。

「確かに言いたくはない、かな」

私がそう言うと虎太郎はピシッとさっきまでの慌てようが嘘の様に固まった。

見るからにショックを受けている。そこで強く出て来ない所が虎太郎らしいと言えばらしい。結局さ?虎太郎って優しいんだよ。空回りしやすいだけで。

「でも、婿には話す」

「え?」

「だって婿だもん。それに大した関係でもないしね」

ただ私がちょっと…いやかなり恥ずかしくなるってだけで。だって小学校の頃の恋の話だよ?恥ずかしくなるでしょ、やっぱり。

「私と未は小学校の時同じクラスでね」

よいしょっと。

虎太郎から腕を離して、そのいじけてる背中に自分の背中を預け座る。

「………最初は本当に何考えてるか解らなくて。アイツいっつも無表情だから…尚更で。クラスで浮いてたんだよね。それは、何と言うか私も一緒で。私は人…誰かと一緒にいるって事に何の価値もないと思ってたんだ。自分の趣味もばれたくなかったし」

「趣味?…あぁっ、嫁がいつも書いている衆道の事でござるなっ!」

ドスッ!

「がはっ」

「肘打ち一発で許してあげるんだから感謝して」

「か、かたじけない…」

よしっ。それでえーっと何だったかな?…あぁ、そうそう。

「それでもね。何か未の存在が気になって…気付けば目を離せなくなってきてたんだ。それでふとした瞬間未を見るのが癖になってきてて…。そんなのが日常になったある時ね。未を見ていた私と未の視線があってしまったの。その時未が目を丸くして驚いたんだ」

「驚く?拙者が丸薬で出した虎を見て、髪の毛一本も反応しなかった御人が、でござるが…?」

「まぁ、皆そう思うよね。でもね、驚いてたの。すっごくすっごく分かり辛いけど、あいつの表情筋。一応仕事してるのよ。ほんの微かな仕事だけどね。その変化が解る事が私は嬉しくて…自分から話しかける様になって。こっちを向いて欲しいって思うようになって…」

「……好きになった、でござるか?」

「うん。私だけの特別感が嬉しかったんだ…。今思うとその特別感が嬉しかっただけだったのかもしれない。だって未が言ったんだ。自分の感情が読めるのかって。凄いなって認めてくれたから。でも想ってたのは私だけで未にしてみたら何て事ないただの他人だった、アイツにとって私は自分の感情を読めるただの他人だったのよ」

「…そうでしょうか?」

「コタ?」

ふっと本気を窺わせる声と口調で虎太郎は私と合わせていた背を離した。

背中から離れた温もりに驚く前に、ぐいっと腰を抱き寄せられて虎太郎に抱きしめられていた。

流石にこれは驚く。さっきは虎太郎が焦ってたのに、今は私が滅茶苦茶焦っている。

「他人だと思っていたらあんなセリフは言わなかったと思うんです」

「コタ?」

「『無関係』って愛奈様が言った時、あんな風に反論する必要はなかった、とそう思うのです。愛奈様。愛奈様は未様を慕っていたと仰っていましたね?でも今は嫌いだと…。どちらが本当なのでしょう?私は…」

「コタ…」

間近に虎太郎の辛そうな顔がある。

虎太郎は私が未をまだ好きだと答えたら、もっと悲しそうな顔をするのかな?

そんな事言う訳がないのに。

私はあの洞窟で虎太郎の覆面をとった時に、すっごくすっごく胸が高鳴ったんだよ?

まさか一目惚れがあるなんて、しかも私みたいなタイプにそれがあるなんて思わなかったんだ。

このドキドキと言う胸の高鳴りを知ったから、知る事が出来たから、未への気持ちとの違いが分かったの。

「……未の事は、嫌いじゃない。でももう好きって感情ももうそんなにないわ。私が好きなのは…」

「好きなのは…?」

「はい。そこまでっ」

コンコンッと壁を叩く音と、声までカッコいい…王子の双子のお兄さんの葵さんが姿を現した。

「ごめんね?人の恋路を邪魔するつもりは毛頭ないんだけど。正直僕は鈴ちゃんの方が大事なんで。さっきも言ったようにそこの忍者には動いて貰うよ?って言うか、君、そんな顔してたんだ。学校に覆面で来るのはいかがなものかと思ってたけど、その顔なら覆面してた方が確かに楽かもね」

「それは一体どう言う意味でござろう…」

「遠い目してる場合じゃないでしょ。葵さん。王子はどうなんですか?今様子を確認してくるってさっき言ってましたよね?」

「うぅ~ん…問題ないって言っていいものか、どうなのか…」

ドアを閉めて中に入り、机の側の椅子を引いて座ると葵さんはその長い足を組んで、更に腕を組んだ。気のせいかな?こう言う仕草を見るとホント白鳥先生の弟だなと血の繋がりをひしひしと感じる。

さて。私達もいつまでも抱き締め合っている訳にはいかない。

立ち上がって机を挟んだ向かいの椅子に私は座る。そして虎太郎は何故か机の下に隠れた。その習性は後でどうにかしておこう。

「……何で机の下に行くの?」

「そこは気にしないで話を進めて下さい。これは彼のどうしようもない習性なので。後でちゃんと調…ごほんっ…伝えておきますから」

「嫁…今、調教って言いそうに…」

「それで?王子はどんな様子ですか?金山さんが薬を用意したとは聞いていましたが効かなかったのですか?」

「効いたは効いたんだけど…良い方にではないんだ。むしろ悪い方に効いてしまって」

悪い方にっ!?

まさかの結果に私は思わず立ち上がってしまった。

「今、鈴ちゃんに起きている事は三つ。一つは、突然現れる眠気。二つ目は多分いまだに解除されていないであろう水中で出来る呼吸。そして三つ目に縮んだ体。いや、正しくは若返った体、かな。それはもう懐かしい姿になっていたよ」

「最初の二つは理解出来ますけど、最後の一つが分かりませんっ」

「それが悪い方に効いた効果だよ。最初に鈴ちゃんが受けた効果と金山さんが用意した万能薬の効果が変に作用したんだね、きっと」

「………成程。若返る……因みに何歳くらい若返ったんですか?」

「……大体、十歳くらい、かな?」

ダンッ!

力の限り机を叩く。

何で?ってっ!?決まってるじゃないっ!!心配だからよっ!!

でもそれだけじゃなくてっ!!見たいっ!!

王子の小っちゃい頃、見たいっ!!愛でたいっ!!

でも…。

チラッ。

視線を葵さんに向けてみるも、ニコニコと笑顔が…うん、無理。

見たいって言った所で叩き斬られる。心配だからって言っても笑顔で斬られる。間違いなく。

「で、ここからが本題だよ。机の下にいる君は鈴ちゃんを戻す方法を知っているのかな?」

「戻す方法…?」

「そう。例えば全ての効果を打ち消す薬とか」

「……………」

うん。この沈黙。多分って言うか絶対知らないな、虎太郎。

「はぁ~…。やっぱり知らない、か。でも、知らないじゃすまされないよね?」

ヤバい。凄い冷気が葵さんから…。

「…作って貰うよ。鈴ちゃんを元に戻す薬を。……やらないとは言わないよね?」

ゴンッ、ゴンゴンッ。

机の下で多分全力で頷いているであろう虎太郎の姿が想像出来る。

「そう。良かった。じゃあ、僕は戻るから。結果は一週間以内に出して貰うよ」

ゴンゴンゴンッ。

再び全力で頷いている。

葵さんは言いたい事だけ言って立ち去ってしまった。

それにしても…大丈夫なの?虎太郎。

椅子を寄せて静かにしゃがみこむと…わお。滅茶苦茶泣いてるじゃん。

「怖過ぎるでござるよぉぉぉぉ…っ!!」

「威圧感半端なかったもんね。笑顔なのに。有無を言わさないってこういうこと?って納得しちゃったし」

「よ、嫁ぇっ、せせせせ拙者、どどどどどうしたらっ!?」

「どうしたら?って元々の予定通り丸薬の効果を打ち消す薬を作るだけでしょ。私達はその為に時間があけばこうやってここに集まってる訳だし」

「そそそそそそうでござるなっ!!」

ゴンッ!

また頭を机にぶつけてる。

って言うか、いい加減出て来なさいよ。

ぐいぐいと腕を引っ張って机の下から引き摺りだす。

「早速やるわよ。ほら、巻物開いてよ。まずは作った丸薬がどんなものなのか調べないと。確か昨日で緑色の煙が出る丸薬の分別はすんだわよね?」

「うむ。全て同じ丸薬で互いにくっつけても大丈夫なのは同じ瓶に。ダメなモノは小分けにして小さな小瓶に一個ずつ」

「そうね。次は赤い煙が出るものを…と行きたい所だけど。葵さんの案件を先にしないといけないわね。…ねぇ?コタ」

「何でござる?」

「あの時…一番最初に真珠さんへ投げつけた丸薬。竜巻が起きたアレ。アレの煙って何色だったっけ?」

「あれは……白でござるな」

「白?…ねぇ、コタ?ちょっと丸薬の瓶、全部出してくれる?」

「?、了解でござる」

虎太郎は懐から一個一個机の上に並べられていく。

煙の色で分けているのよね。巻物も煙の色で分けて書かれてたみたいだし。

緑の煙のはこの前小分けにしたけど、良く考えたら他の色がどのくらいあるのか知らない。

取り出された瓶を一つずつ確認して行く。赤。橙、青、紫の四色?え?ちょっと待って?

「ねぇ?コタ?白は?」

「白はこっちでござる」

出されたのはそこそこ大きな瓶。今更これどうやって閉まってたの?とかは聞かない。

その瓶を確認すると、ラベルに『?』とデカデカと書かれていた。

「コタ?これは?」

「使ってみないと煙の色が解らない丸薬の瓶でござる。でも不思議とこの中の丸薬は自分が思った通りの効果が出るんでござるよ」

「成程。って事は反応を起こさない丸薬って事ね?じゃあ、これは必要ないわね。今必要なのは確実に王子を害したであろうコタが投げつけた水の中で呼吸が出来る丸薬の解析ね。コタ、巻物」

「了解でござる」

机の上に巻物が広げられて、上手く『水中呼吸丸薬精製法』の場所で止められる。

えっと、材料は…海龍かいりゅうの皮の煎じた粉が10g、星華蘭せいからんの花びら一枚と火西瓜ひすいかの種が三個、更に砂塵粘土20gと竹林聖水小さじ3の五つ。

「相変わらずファンタジー用語だらけね」

「いや~。これを集めるのは本当に大変でござった」

「実在するんだから怖いわ。でもこんなの一体何処から発見してくるの?」

「忍者の里でござる」

「忍者の里…?それ、何処にあるの?」

「山奥でござる。人に知られる事のない地図にも載らない場所でござる」

「へぇ…。それってどんな所?」

「どんなと言われても、見た目は普通の村でござるよ?ただ強いて言うなら…世界中の本が集まる図書館があるでござる」

世界中の本っ!?

何それっ!!行ってみたいっ!!

「本当にどんな本でもあるの?」

「あるでござるよ。一般の人が入れる図書館のある場所に、忍びの者のみが入れる入口があって、その階段を降りて行けば裏図書館と呼ばれるドアへ辿り着くでござる」

「忍びの者のみが入れるのかぁ…。じゃあ私には無理かな?」

「それは…忍びの者と結ばれれば…」

「じゃあ、コタの嫁なんだから私は行けるっ!?」

世界中の本を読めるっ!?

思わず万歳してしまう。虎太郎は顔を真っ赤にしてるけど知らんっ。

「嫁…。いえ、愛奈様?結婚すると言う意味を本当に理解していますか?結婚するって事は…その…」

「?、コタと子作りするんでしょ?大丈夫っ、何の問題もないわっ」

「ッ!?!?」

虎太郎?顔を覆面で隠して何してるの?

いつかその図書館に連れて行って貰えるならそれをまずは目標に。

今は王子を元に戻す事に専念しないとね。

それから私達は王子の姿を戻す為の丸薬作りに力を注いだ。

二日目には、『水中呼吸丸薬』の治癒薬である『通常呼吸治癒丸薬』を作りだした。

これを金山さんに渡して正しく使って貰った所、水中呼吸の効果は抜けた。

成功ついでに、次の『万能治癒丸薬』の副作用の影響を遮断する事にも成功。本来の効果を失った為、王子の中にある治癒薬の効力は全て失われてしまったから、私達は王子の体型を戻す為、改めて『成長丸薬』を精製し、再び金山さんに丸薬を渡し使って貰った。

これも成功し私と虎太郎は大いに喜んだ。

王子がどんな状況なのか、気になるけど白鳥先生や王子の兄弟達が会う事を許してくれないので、金山さん経由で状態の報告を受けている。

そして、今が五日目。

後残すは『眠り』についてだ。

試しに、虎太郎と目が覚める丸薬の『鶏時計丸薬』を作ったんだけど…。

ネズミを使っての実験は成功した。なので、王子に使って貰ったのだけれど、報告された結果は変化なし、だった。

「どう言う事?ネズミと人ではやっぱり違うのかしら?」

「その可能性がない訳ではござらんが…。今までの実験を考えるに、丸薬は全てネズミに効いているでござる。これだけが異常を起こすのはおかしい気もするでござる」

「そう…よね?」

もう少し研究を重ねる必要があった。

あぁでもない、こうでもないと相談しながら登校して休み時間にも会って話し合って放課後に実証して帰る。

王子に少しでもヒントがないかと思って連絡をとるけれど、特に大きな変化はないって答えだった。大丈夫だからあまり無理するなとこちらの心配までしてくれている。

「そう言えば治癒丸薬って基本飲み薬なんだよね?そこは関係ある?」

「どうでござろう?昔から治癒丸薬は飲み薬って決まっていたでござる。そう考えれば『成長丸薬』は体外から効果を得る丸薬。所謂武器の部類に入る丸薬でござるな」

「……それって本来の効果で充分だったのに余計な効果を増やしてしまったって事?」

「いや。でも、元に戻ったのは事実でござる。要は前の効果と現在の効果を相殺する形をとったって事で間違ってはいないでござる」

「そっか…。王子に会えたら少しは違うんだけどな」

「拙者の側にいるばかりに…申し訳ない…」

「あ、うん。気にするなとは言わないでおくね」

「そこは気にするなって言って欲しかったでござるぅ…」

約束の期日は明後日。一週間以内って結構きつい。

いっそ虎太郎を置いて私だけで会いに行ってみるべきだろうか?

眠気ってだけなら会いに行く分には問題ない気もする。

そう思って隣を見て見ると、泣きそうな虎太郎がこっちをじっと見つめていた。

……こんな顔されたら流石に置いて行くなんて事、出来そうにない…。

この【眠気】って効果が一番簡単に治癒させる事が出来る効能かと思ってたんだけどなぁ。

予想が外れたのは仕方ないとしても、こうも作った治癒薬全部効かないなんて思わなかった。

それでも何とか知恵を絞りに絞って私達は治癒丸薬を一つ作り上げた。

眠りに特化した訳ではないけれど、でもある程度の怪我や病気はこれ一つで治癒させることが出来ると言う、いかにも忍者の秘薬にありそうな丸薬。

これで効かなければ、私達にはどうしようもない。

葵さんがくれた期日は明日。

どうか、今日作った丸薬が効いてくれますように。

そう願いつつ私達は家路についた。

そして、翌日の放課後。

虎太郎と二人待機していた所に現れた葵さんが出した結果は失敗だった。

「それでも、二つは何とか治癒させてくれたんだし、鈴ちゃんにもあんまり二人を焦らせるなって言われちゃったからもう三日程あげるよ。でもこれで結果出せなかったら、解るよね…?」

しっかりと釘を刺して葵さんは私達の前から立ち去った。

「……あれでも無理だったの?でも、これ以上は…」

「嫁…」

もう無理と言いかけて、私は言葉を飲みこむ。

そんな言葉を言ったら虎太郎が絶対苦しむから。

でも今は解決案が全く浮かばない。新しいアイディアも。

だったら今日はもう帰った方がいいかもしれない。

「コタ。今日は一旦解散しよ?私家でもう一度考え詰めてくる。ごめん、後片付けお願いしてもいい?」

「それは良いでござるが…嫁?」

何か戸惑ったように呼ばれたけれど、私はそれを一旦聞かなかった事にして、荷物を手早くまとめて図書準備室を後にした。

けど私の判断は間違ってないと思う。

だっていつも通り虎太郎と一緒に帰宅していたら、八つ当たりしちゃってそうだったから。

今私に必要なのは冷静に状況を理解する事だもの。

さて。思考を切り替えよう。

王子の為、そして虎太郎の為にも、私は王子の異常を治さなければいけないんだ。

とにかく作った薬をもう一度考えてみよう。

最初に作ったのは『鶏時計丸薬』だった。これは気付薬の一種で、眠気やだるさなど一気に吹き飛ばすような丸薬だった。でもこれでは王子の眠気はとれなかったらしい。

それの証拠に夜それを飲んだ後、眠気は訪れなかったから成功したかと思われたものの、翌日の朝に登校しようとしたら倒れ眠ってしまったと葵さんから報告された。

だったらと、今度は万能治癒薬の強化型を作った。金山さんが王子に飲ませたらしい丸薬の強化版。けどそれも効果はなかったようだ。落ちていた体力とかは回復したみたいだと言っていたから損はしていないみたいだ。

……治癒型じゃ、駄目なのかな?

二つとも作ったのは治癒型…要するに自分の持っている治癒や回復能力をアップさせるだけの効果な訳で。…虎太郎が言ったように相殺型を作った方が良いのかもしれない。

けど、相殺型って言ったって、眠気を相殺する?それはちょっと怖い。だって今度は眠れなくなったら?失敗に対するリスクが多過ぎる。

やっぱり…やっぱり一度王子に会う必要があると思う。じゃないとどう言う状況か解らないじゃないっ。

うんっ。会いに行こうっ。お見舞いに行くっ。

いつの間に来ていた生徒用玄関で靴を履き替え、校門へ向かって真っ直ぐ歩くと前方に桃色の髪を発見。誰だか直ぐに分かるわ。

少し急ぎ足でその背へ追い付き肩を叩いた。

「あれ?愛奈ちゃん、今帰り?」

「そ。夢子も?」

「うんっ」

一緒に帰ろうなんて口にしなくても自然と私達は並んで歩きだす。

「?、どうしたの?愛奈ちゃん」

唐突に、しかも不思議そうに尋ねてくる夢子に一瞬思考が止まる。

「え?何が?」

「辛そうだよ?どうしたの?何かあった?誰かに苛められた?そいつの名前教えて?三日もあれば潰せるよ?」

ぽんぽんと夢子の口から飛んでくる言葉の中に何か物騒な言葉が混じってたような…?まぁ、気の所為じゃなくてもいいからいっか。

「何でもない…とは言えないかな。…ほら。私虎太郎と王子の体を治す丸薬を研究してるじゃない?」

「あぁ、うんっ。凄いよねっ。王子着実と回復して行ってるしっ。流石愛奈ちゃんっ」

何の曇りもなく褒めてくれるそんな夢子に苦笑で返すと、パッと真剣な顔で返された。

「……行き詰っちゃった?」

「……うん。虎太郎と二人で、一緒に資料を漁って、調合して。虎太郎が材料を採りに行っている間にも失敗のないように調査して研究して。一週間費やしたのに、王子の戻る方法が見つからなくて」

「……そっか。……うん。じゃあ、私も協力するよっ」

「夢子?」

「……って言いたい所なんだけど…。ハッキリ言って私愛奈ちゃん程頭良くないんだよね。私が思い付くような事はやってるだろうし…」

何とも返事が出来ず、またしても苦笑で返すのみだ。

「……あー、でも、無い知恵でも集まればどうにか…。愛奈ちゃん、今時間ある?」

「え?ある、けど」

「じゃあ、ちょっと私に付き合ってくれる?」

付き合ってくれる?と聞いてくれてる割に有無を言わせず腕を掴むと走りだす。

夢子、私運動あんまり得意じゃないんだけどーっ!

なんて訴えも勿論届かず。

そして夢子に連れて来られた場所は…あれ?ここ…申護持の新しい施設じゃ…?

チャイムを鳴らす事なく、ただいまーと一言声を上げてズカズカと中へ入っていく。慌てて後を追い掛けるけど、本当にこれって大丈夫?

恐る恐るついていくと、夢子は迷う事なく部屋の一つの前で足を止めて堂々とその部屋のドアを開けた。

「…………すー……」

「…………………わっ、びっくりした」

絶対驚いてないでしょ、それっ!

「空と海だけか。まぁ、陸はいなくていいや。あいつは人の話聞かないしね。それよりちょっと王子の事について相談乗ってくれない?」

「鈴先輩に何かあったの?」

「……とり先輩がどうかした?」

食い付き早っ!?

海里今まで寝てたでしょっ!?

それがどうして今二人して正座してるのっ!?

「美鈴さんがどうかしたのっ?」

更に一人増えたっ!?施設長?

「あ、ママ先生。実はねー」

かくかくしかじか。

夢子が的確に現状を説明すると、三人は難しい顔をした。

「それは…私達にはちょっと難しい問題ね」

「……うぅ~ん…。誰かにヒントを貰うとか新しいアイディア貰うしかないよね」

「だからここに来たんじゃん?」

「…………おれ達だと、たかが知れてる。夢姉。他に理系に詳しそうな知り合い、いないの?」

「理系に詳しそうな知り合い?…王子?」

「その王子を助ける為にここにいる事覚えてる?夢子」

「そうだよねぇ。……じゃあ、白鳥先生?」

「鈴先輩の一番上の兄さん?そんな時間なさそうだよ?この前下校した時たまたま駐車場で見つけて。車に乗ってパソコン起動させてた。暫く車は動かなかったんだけど、余裕そうな顔ではあったけど大量の仕事こなしてるんじゃないかな」

「王子の分の仕事の肩代わりしてるだろうから尚更だよね」

「ってなると…王子の双子のお兄さんは?」

「棗さんは王子から離れる訳にはいかないらしいし、葵さんは私達に作る様に言ってきた本人だし。…この丸薬に関しては多分虎太郎が一番詳しいしね」

「夢子。同級生とか同じ学校にいないの?理系に強い人」

「理系に強い………あっ!いるいるっ!そうだ、いるじゃないっ!愛奈っ、未さんに頼もうよっ」

「はぁっ!?」

まさかの名前が出て来たっ!?

しかも一番頼み辛い人間の名前が出て来てしまった。

「愛奈、未さんの事知ってるんでしょ?この前話してたし」

「話してたって言うか…」

切れてたって言うか…。

「未さんも愛奈に嫌いって言われてショックだったみたいだし」

そりゃ私だってつい言っちゃっただけで、そこまで嫌いだったわけじゃ……ん?

「ちょっと待って。夢子、もしかして…未の表情読めるの?」

「え?うん。ちょっと分かりにくいけど、分かるよ」

ちょ、え?あの無表情の超合金フェイスをちょっと分かりにくいよね程度なの?

「…本気で言ってる?」

「何が?」

キョトンとされてしまった。

って事は本気中の本気って事で。

あぁ、でも言われてみたら、未程じゃないにしても私の表情筋も普段あんまり仕事をしてくれないけれど、夢子はいつも私の表情読み取ってくれてるっけ。

「どうして、夢子はそんなに人の表情を読めるの?」

これはもう素直に聞いた方が良い。分からない事は聞くに限る。

しかし、夢子からは予想外の表情が帰って来た。まるで好きで得意になった訳じゃないと言いたげな表情だ。

「ぜーんぶ、こいつらの所為っ」

ビシッ!

夢子が力一杯海里と空良を指さした。

「このどうしようもない弟三人と付き合ってたら嫌でも人の感情に敏感にもなるわよっ」

「そう?こいつらって感情分かりやすくない?」

「そうでもないんですよ?今でこそ三人共分かりやすく顔に出ていますが、小さい頃は皆空良のように無表情に近くてね。夢子が一生懸命話し相手をして、やっと笑うようになったんですよ」

いつも表情の違いはあれど常に分かりやすい三人がそうでなかったと知り驚いてしまう。

「……この子達は私の所為で色々ありましたから」

…これはこれ以上部外者が踏み込んで良い話じゃないわね。

そんな空気をいち早く感じ取った夢子が、脱線した話を元の道へ戻してくれる。

「頼みに行き辛いなら私も一緒に行くよ。ついでにこの前の事も話しちゃいなよ。……私もそうだったけど、話してみないと相手が自分をどう思ってたかなんて解らないよ?」

やたらと実感の籠ったセリフに、私は反論も出来ずに素直に頷いて。

それに満足した夢子がにっこりと笑った。

「ねぇ、夢姉」

「なに?海」

「ボクにも手伝えることがあったら何時でも言ってね」

「……………とり先輩の為なら、どんな事でもする」

「うん。分かった。じゃあ、とりあえず王子から出された宿題あるよね?出来上がってるよね?回収するからよこしなさい。これから王子に会いに行って渡しとくから」

『……………』

二人共そっと夢子から視線を逸らしたね?

そこから夢子と施設長のスパルタ教育が始まったのは言うまでもない…。

その後、施設を後にして、王子にお見舞いに行くと、そこで出迎えてくれたのは王子の弟だった。

「夢子さん?あ、お姉ちゃんがユメって呼んでる人だね?って事はお姉ちゃんのお友達だねっ?でも、ごめんね?お姉ちゃん、今寝てるの…」

「でもでも、お母さんには会えるよっ」

「愛奈さんが来たって言ったらお母さん喜ぶよっ」

「入って入ってっ」

と出迎えて貰って、王子のお母さんとは話したけど、結局王子は目を覚まさなくて、話は出来なかった。


翌日……の放課後。

ほぼ強制的に夢子に拉致られて、虎太郎と一緒に理科室へと連行されていた。

そこにいたのは勿論、未で。

「未さん、お待たせー」

「………待ってないし、また来たのか…うん?新田?」

相変わらず表情が全く読めない。

整った顔をしている癖に、一切その表情筋が仕事をしない。前はそれを絶対に理解してやると思えたけど、今は理解出来るとは思えなかった。

「何をしに来たんだ?」

……うっ…。

そんな風に先手を打たれると、こっちは頼み辛いんだけど。

この前嫌いと言った手前尚更…。

「緊張してるのは解るけど、そんな風に言ったら愛奈ちゃんが言い辛いよ、未さん」

「………は?」

緊張?誰が?

え?まさか、未が、とか言わないよね?ね?

「実は未さんにお願いがあってきたの。ねっ?愛奈ちゃん」

……夢子、凄いわ。未の感情を読み取るばかりか、更に押せ押せで未に反論させないなんて…。

「お願い?一体何だ?」

夢子に行っていた視線が私に戻される。

これは…覚悟を決めるしかない、か。

「これを、見て欲しいの」

私は昨日失敗した丸薬の入った瓶を取り出し、未の前に差し出した。

「これは…?」

「実は、婿…じゃない、後ろに立ってる虎太郎が作った丸薬の治癒薬なんだけど」

「そいつが作った…?ちょっと待て。意味が分からない。順を追って説明しろ」

「え?」

「え?とは何だ。新田が協力を要請して来たんだろう?」

「ま、さか、本当に手伝ってくれるの?」

断られると思っていた。

私だったら自分を大嫌いと言っている人間の手伝いなんてごめんなのに。

「手伝って欲しくないのか?だったら」

「そ、そんな訳ないでしょっ。ただ、意外、だったから…」

「意外…。そうかもしれないな。だがそれを言うなら、新田だってそうだろう?友達と男と三人で行動なんて。昔の新田なら考えられなかった」

「それは…そうだけど。でも、私この前酷い事言ったし…」

「嫌いだって言うあれか?」

ハッキリ肯定する事も出来ずに、こくりと小さく頷く。

「嫌い、か。私は人に嫌われる事には慣れている。だから、何とも思っていない」

思った通りの返事が返って来てホッとするけれど、その言葉に何故か少し切なさを覚える。

何故なのか解らなくて。

でも、何か言いたくて。もどかしさを抱えたままそれでも何か言葉を作ろうと口を開いたけれど、私よりも早く未が予想外の言葉を続けた。

「…と思っていた。だが、私は新田に嫌いと言われた時、胸に小さな痛みが走ったんだ。その後ろにいる男に庇われた時も、痛んだ」

それって、まさか…?

いや、そんなはずない。未に限ってはそんな事はあり得ない。だって私はどうでもいい相手なんだから。

「……私は、新田に恋はしない。けれど好意は持っていた。私は気付いたんだ。新田は私にとって男女の枠を超えた友達だと思っていたんだ。友達だと思っていたのに、急に好きだと言われてしまったから、私は今の関係が偽りだったと心のどこかで思ってしまった。その結果があれだ。なぁ、新田。私は新田の事を友だと思っている。告白を断った今、もう友達に戻る事は出来ないのか?」

考えもしなかった告白の答えが未の口から零れ、私は唖然とした。

未に告白した時、私は未にとってどうでもいい存在だと思っていた。でも、それは違った?

恋人ではなくても友達としては必要としてくれていた?しかもそれをこんな長い間勘違いしていた?

……私って…。

「ふふっ」

「嫁?」

「あはははっ。なぁんだっ、なんだなんだなんだぁっ、そうだったんだっ、あははははっ」

おかしいっ。私一人でこんなに空回りしてたんだっ。

「新田?」

突然笑いだした私に、珍しく露骨に訝しんだ表情を作る未。

でもおかしくて堪らない。

私は一頻り笑って、目に浮かんだ涙を拭いて未と向き合った。

「未。ありがとう。ちゃんと言葉にして伝えてくれて。やっと私色々吹っ切れた気がする」

「………そうか」

「あれ?未さん、笑ってる?」

ひょいっと未の顔を覗き込む夢子。

って、未。そんな勢いよく首を逸らしたら痛めるわよ?

しかし攻防戦は続く。暫し攻防戦は続き、先にギブアップしたのは未だった。

「……おい」

「なに?」

「あんまり覗き込むな」

「どうして?未さんの笑い顔、レアだよ?」

「いいから、覗くな。お前は私の表情を読み取れ過ぎるっ」

くるっ。

夢子が反転させられて、そのまま背後から未に拘束された。

「え?何?未、夢子を抱きしめて何してるの?」

「だ、抱き締めてなんかいないっ、これは、自分を守るために拘束してるだけでっ」

嘘っ!?未の顔が真っ赤っ!?

あ、成程。何か分かってきた。

「これは……あれでござるな」

「だよね。コタもそう思う?」

「普段が無表情なお人だからこそ、分かりやすいものがあるでござる」

そうだよね。

大きく頷いて同意する。

きっと未は無意識に夢子に惹かれているんだと思う。

だからこそ、夢子への気持ちと、私への気持ちの違いに気付いてくれたんだ。

ふふっ。私が虎太郎と言う存在を得て未への感情との違いに気付けたように。そう考えたら私達はホント似た者同士なのかもしれない。

「と、とにかくだ。話を戻すぞ。私へ求める協力要請の内容を話せ」

「分かったわ。実は…」

手短に。けれど必要な所はしっかりと。

未に伝えると、未は何かを思い立ったのか、夢子の拘束を解き理科室の奥へと歩いて行った。

そっちに何があるんだろう…?

未の鞄?しかもそれを持って戻って来たかと思うと私達の前に透明な液体の入った小さな瓶を取り出し置いた。

「これは?」

見た目はただの水にしか見えない。

触ってもいいものか解らないから眺めるしか出来ないのだけど。

「一週間程前に、私達が中庭で会った事を覚えているか?」

そう言いながら未が椅子に座るので、私達も頷きつつ理科用実験机を挟んで向かい合うように椅子に座る。未の隣には夢子が座った。

「その時、私はそいつの使う丸薬の煙で出来た虎に攻撃されて、声を封じられた」

「えっ!?そうなのっ!?コタっ」

「任せるでござるっ!華麗に美しい土下座をご覧にいれるでござるよっ」

「いや。話が進まないからそれはいい。それよりも、だ。そんな私が何故今こうして話せていると思う?」

「………もしかして、これ…」

未以外の視線がその小瓶へと集まった。

「そうだ。私が作った治療薬だ」

「嘘でしょっ!?」

どうして予備知識もなしに、虎太郎の巻物なしにこんなの作れるのっ!?

「丸薬の成分、そして丸薬を作る為の法則さえ解れば、この位は作れる。とは言え、私の場合、煙の虎の攻撃が主で声は副作用だった為か作れたんだろう。それに今は声が出てるとは言え本当に治せているかは確証がない」

「完全に丸薬の効果を消したかどうかは解らないからね」

「そうだ。だが、新田とそいつ…近江の知恵が混ざれば話は別だ。早速調べてみるぞ」

「オッケーよ」

頷いて巻物を広げ、私達の作った丸薬、虎太郎が元々作っていた丸薬を並べる。

そして自分達の結果と未の結果を照らし合わせて行く。

「材料が必ず五種類なのは何故だ?」

「それは五行を司る材料を使うからでござるな」

「五行ってあれ?木火土金水ってやつ?」

「そうでござる。一番欲しい能力の…例えば水中で呼吸が出来る様にする丸薬を作るならば、水属性の強い材料を主に使うでござるよ」

「増々ファンタジー感溢れるわね」

「言ってる事が理解出来ない。もう少し詳しく話せ」

「ほら、良くファンタジー物の小説にあるじゃない。五行思想って奴。世の中の すべての事象は、木・火・土・金・水という5つの要素で説明できるとか何とか言う」

「……良く解らないのだが…」

「あー、もう検索したらいいじゃないっ。五行って入れるとすぐ出てくるわよっ」

突っ込みを入れると、それもそうかと携帯を取りだして検索をかける。

軽く内容を読みこんで納得した未がまた戻って来て、ああでもないこうでもないと討論をして必要な材料を紙に書き記していく。

けれど、そこに書きだされたのは、私と虎太郎が以前作った丸薬のレシピと同じだった。

以前にこれを作って失敗したのだと素直に説明すると、未は一瞬考え込み、あぁと一人で何かに納得する。

ちょっと。そこを教えなさいよ。そこが知りたいんだから。

「確か白鳥美鈴、だったか?そいつの体に起きた状況は三つ、だったな」

「そうでござる。『眠り』『水中呼吸』『退化』の三つでござる」

虎太郎の言葉に同意の意味を込めて頷く。

「その三つには共通点がある。何か、解るか?」

「共通点?」

共通点何てある?

虎太郎と顔を見合わせ、首を傾げる。

「……新田。君は相変わらず一点集中型だな。視野を広げなければ見えないものもある。研究の基本だろう」

「う…うっさいわねっ。それでっ、共通点って何なのよっ」

図星を刺されたら、もう言える事ないじゃないっ。

吠える様に聞き返すと、答えは何故か今までじっと黙って携帯を弄っていた夢子から出た。

「……もしかして、『逆』?」

「『逆』?」

「『反転』って言うのかな?良く解らないけど王子に出てる症状って人が日常出来る事を反転させてるように見えるんだ。例えばさ、人って水中では呼吸なんて出来る訳ないでしょ?それが出来る様になっている。人は年をとっていくのが普通だけど王子は若返っているみたいな?」

「でもそれだと『眠り』には対応していなくない?」

「それもそうだね。うぅ~ん。私は馬鹿だから感じた事言ったまでだし。気にしないで」

笑って手元の携帯に戻ろうとした夢子に、未のストップが入った。

「…いや、それは違うぞ、一之瀬」

「え?」

「共通点はそれで間違っていない」

「どう言う事?」

「新田と近江が作ったのは『眠気を取り除く』が目的の丸薬だった。でもそれでは駄目なんだ。白鳥美鈴は『昼夜を逆転』されてしまっていたのだから」

「昼夜が逆転?」

「そうだ。新田の話を辿って行くと、丸薬の効能はこうなる」

未の分析結果はこうだ。


まず、虎太郎が使った最初の丸薬。それは真珠さんから逃れる為の竜巻を発生させた丸薬だ。それの本来の効能が『風を起こす』『煙幕』『対象の動きを止める』の三つ。

そしてその丸薬を三つ投げた事により発生した効果が『暴風』『上昇気流』『対象の動きの制御』だった。

概ね虎太郎が望んだ通りの結果ではあった為、何の影響もない様に見えるが、ここで一つ失敗があった。それが原料の『時水』と言う幻の聖水の効果だ。虎太郎が言うには『時水』は『一口飲めば時が止まり、二口飲めば時が進み、三口飲めば時が戻る』効果があると言う。

虎太郎はその丸薬を三つ同時に投げた。それによって『時水』の効果が変わってしまった。要は三口飲んだ状況になった訳で。

しかもそこに虎太郎は海に落ちそうになった王子に水中で呼吸の出来る様丸薬を投げつけた。効果は『呼吸法の反転』『身体能力の回復』『眠り』の三つがあった。そこで先に使った丸薬の効果と反応が起きてしまう。

あるものは互いに相殺し合い、あるものは原材料の効果だけ残るなどなど。

結果として、王子の体に残った効果はこの時点で『呼吸法の反転』『身体能力回復の眠り』『緩やかな若返りと行動の制御』の三つ。

だから王子は洞窟内で一度も目を覚まさず、水中に潜る事になっても呼吸が出来ており、呼吸を反転されて本来では陸地で呼吸出来なかったとしても身体能力回復を眠る事によってなされ、その代償と言わんばりに一切呼吸をする以外は動く事はなかった。

そしてそれから身体能力回復の眠りの効果が強くなり、『呼吸法の反転』と『行動の制御』の部分の効果が薄れてきた。

が、ここでまた残された効果が融合を始める。そして残ったのが『反転』と『眠り』と『緩やかな若返り』だ。体に変化が起きた王子は外に出た途端倒れる事態になる。

そこから帰宅した王子に使われた万能薬。その丸薬の効能は『体力の回復』『傷の治癒』『害悪の除外』『体内時計の正常化』の四つ。万能薬と言われるだけあって本来ならば三つで固定化されている効果を四つ作りだす事が出来ている。

けれど、それを使った事によりまた化学反応が起きてしまう。ここが虎太郎が作る丸薬の強力性を示しており、万能薬を王子の体の中で融合させてしまう。

その結果、『体力の回復』『傷の治癒』そして『緩やかな若返り』が融合し、『回復の為の体力を維持する為に体を省エネモード』に変化。『害悪の除外』で『眠り』が相殺。『体内時計の正常化』が『反転』されて『昼夜が反転』されてしまった。

そこで虎太郎と私が王子に対する処方を始める。まず使用したのが『通常呼吸治癒丸薬』で通常の呼吸に戻す丸薬。これは正直な話必要のなかった丸薬だった事になる。何故ならもう呼吸は戻っていたから。

とは言え、その丸薬の中にあった効果の一つ、『効能能力上昇』の効果が『成長丸薬』の効果の一つ『身体の正常化』に影響して『回復の為の体力維持の為に体を省エネモード』の効果を融合、相殺。

そして最後に残った、『昼夜反転』の効果。ここが今である。昼と夜が反転してるなら、王子が日中出て来れないのも納得。私達の作った鶏時計丸薬が効かないのも納得。だってあれは目を覚まさせる丸薬。昼が夜の様になってるなら目覚ましてもまた眠くなるし。


……説明の読み飛ばしはご自由に、って感じで滅茶苦茶ややこしい説明になったわね。

「……さっぱり分かんない。それで未さん。結局王子を治せるの?治せないの?」

「治せる。必要な材料さえ揃えばな」

「要は昼夜反転してるだけだからね」

「だけって…結構な事でござるよ…?」

「確かに現実的ではないな。だが、それを引き起こしたのはお前だろう」

「…言葉もないでござる…」

「怒るのは後でも出来るじゃん?今は王子の為に早く丸薬を作ろうよっ」

夢子に促されて私達は早速丸薬の精製に急いだ。

足りない所は空良や海里にも虎太郎と一緒に調達に行って貰い、翌日の放課後に、それは完成した。

理科実験机の上に小さな瓶がある。

その中に水色の液体が少量入っていた。

未の話によると液体の方が吸収率が高いから、即効性でこちらの方が良いとのことだった。

「とにかく、これで完成ね」

「出来たの?本当に?」

夢子がじっと出来上がった薬を見つめ言う。

それに私達三人がしっかりと頷き返す。

すると夢子はそれを笑顔で受け……、


―――えっ!?


「夢子っ!?」

名を呼んだ時にはもう遅かった。

夢子は出来上がった薬が入った瓶を掴み、全力で理科室を走り去ってしまったのだ。


「ちょっ、夢子っ!?」

やっと作り上げた薬をどうするつもりなのっ!?

後を追おうとした私と虎太郎の肩に手が置かれた。

振り向いたそこにいたのは勿論未で。

彼は静かに首を振った。そして、静かに、

「追うな」

と私達に告げた。

「ど、どうしてよっ!?」

「行き場所は解っている。白鳥美鈴の場所だろう」

「そ、れは、そうかもしれないけどっ。でもっ、夢子、あんたにお礼も言わずにっ」

「礼なんていい。……知ってるから」

………あ…。

今の羊の表情だけは私でもきちんと理解出来た。

………辛そうな、苦しそうな…哀しい、顔…。

何て、顔するのよ…馬鹿。

私は虎太郎と顔を見合わせて、夢子の後を追うように視線だけでお願いすると虎太郎は静かに頷いてその場で姿を消した。

すると驚きながらも未は虎太郎の肩に置いていた手と同時に私の肩からも手を離し、そっと下へと降ろし俯いた。

「……知っていた、ってどう言う事?」

「……私は、一之瀬と知り合ってから彼女に惹かれ始めていた。最初は何でこんなに自分の表情を読み取れるのか、不思議に思いそれを知りたくて…。ただの興味本位だと思っていたんだ」

「うん…」

「でも彼女と話していると不整脈が起きるんだ」

「………言い方…」

「不整脈が恋の始まりだと、何処かの研究員は言っていた」

「……どんな始まりよ…」

「……一之瀬の笑顔が他の男に向けられるのがイライラする。これはきっと独占欲から来るんだろう。新田が他の男と話してたりした時も起きたが、胸が痛みはしてもイライラして衝動的に奪い返したいとは思わなった」

「………え?なに?私今また振られてるの?」

「これが、恋なんだと私は自覚した。だから、私は一之瀬に告白したんだ。君が好きだと」

「ふぇっ!?」

思いがけない告白したと言うカミングアウトっ!?

「しかし、……私は振られた」

「えぇっ!?」

どうしようっ、脳がついて行く事を拒否し始めたっ!?

い、いやっ、数少ない友達の恋愛相談だからねっ。ちゃ、ちゃんと最後まで聞こうっ!

続きを促すと、未は俯いたままグッと拳を握りしめ、絞りとるような声で呟いた。


「……一之瀬が私に接触して来たのは全て計算ずくだったのだと」


………どう言う事?

あまりに予想の斜め上を行く答えに思考が完全に停止した。


「初めて挨拶して来た時は、私の性格を確かめる為。次は態とよそ見をしてる私にぶつかって接触を図り親しくなる為。私が一之瀬を庇って怪我をするのは予想外だったそうだが、それも利用させて貰ったそうだ」

「……一体、どうして…?」

「……『王子を助ける為』、彼女はそう言っていた」

「そんなのっ!」

そんな風に人を利用して助けられるなんて、王子にとっては一番嫌な事じゃないっ!!

なんで夢子はそんな事をしたのっ!?

そんなことしなくても私が助けるつもりだったのにっ……もしかして、夢子は…私の事、信じられなかったって事?

だから自分で治す手段を探していた?

「……勘違いするな。新田を信用していなかった訳ではない。その証拠に一之瀬はこう言っていた。私はあくまでも予備だと。新田がもし、どうしようも出来なかった時の為の予備なのだと。………私は予備に過ぎなかったんだ」

……素直に喜べないわね。

複雑な気分だわ。信用をしてくれていた。けれどその信用に応えきれず、私は夢子に愚痴を零し、結果過去に惚れた男の手を借りて、その惚れてた男は好いた女に利用された。

結局私の力不足だったって事だもの。

「薬も『出来上がったら直ぐに持って行く』とそう言っていた。だから一之瀬のとった行動は間違ってない。私はそれを知っていたから。そして、これで白鳥美鈴が元に戻れば私と関わらないとも言われたしな」

もう、関わるつもりが、ない?

そう言ったの?夢子が?

凄く違和感を覚えた。

基本的に男だろうと女だろうと、夢子の表面は八方美人だ。私とは真逆に誰にでも愛想を振りまき、ある程度の地位を稼ごうとする所がある。

だからどんなに嫌いな相手でも関わりを絶つと言う事はまず無い。

そんな夢子が関わりを絶つ?

それってもしかして…?

ふと夢子の行動を思い出す。

好いてもいない男に背後から抱きしめられて嫌悪しない女っている?

皆平等に扱ってる、何なら直ぐにあだ名をつけたりして仲良しを外にアピールしやすい夢子が、未にだけは『さん』付け。

これって、さ?

……本当、夢子って表情豊かだけど、その表情と感情が比例してないんだよね。

ある意味で未と張るレベルの無表情だわ。

ふっと笑みが浮かぶ。

円と良い、桃に私に夢子。

どうやら皆惚れやすいみたいだね。しかも、よりによって友達の確執のある相手に友達が惚れるって、どう言う事だろうね。

私は、ぺしっと未の頭をおどけた調子で叩く。

「未。諦めるの?」

言うと、未はノロノロと頭を上げて私を見た。

あーあ。もう、感情が駄々洩れだよ。

「……なに?」

「だから。諦めるのかって言ってるの。利用されたってのは解ったけど。未は夢子に嫌いって言われたの?」

「……いや」

「だったら、振られたって決めつけるのは早くない?」

「それは…」

「実験や研究だって、最後の最後の決定打が出るまでは結果なんて分かんないし。結果がはっきり分かったら次にとる手段だって分かるでしょ?」

緩やかに、けれど確実に。

未の瞳に輝きが戻って来ている。

だったら私は友人の恋に助力するまでよ。

「行くよ。未」

「何処へ?」

「勿論、王子の家へ。どんな状況にあったとしても、今回の事に関して言えば、夢子は王子に注意を受けるべきだしね」

私は未に背を向けて歩き出す。

「友達でしょ?私達。だから、応援するわ。未」

「………新田…。あぁ、ありがとう…」

追い付き並んで歩く未の姿に、私は…。


『好きだった男の恋が叶いますように』


とただそれだけを祈りつつ足を進めた。


実は一番まともな友情を築き上げているコンビだと思っている(`・ω・´)ゞ

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