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※※※(桃視点)

「……愛奈さん?」

目を覚まして隣に寝ている筈のその姿を探します。

ベッドにその姿がありません。

一体どう言う事でしょう?お散歩でしょうか?

今何時です?

部屋の中にある時計を探して、ベッドサイドにある時計を見ると、朝の六時半。

…………六時半?

「こんな早い時間に愛奈さんがいないなんて…」

そんな事あり得るでしょうか…?

毎日肩を揺すって声をかけなければ起きない愛奈さんが?

寝起き最悪の愛奈さんが?

「あり得ません」

そっとベッドから降りて、毛布が剥がれた状態で維持されている隣のベッドへ近寄り、愛奈さんが寝ていたであろう位置に手をおいてみる。

シーツはひんやりとしていた。

季節柄そんなに直ぐに冷える訳がないのに、こんなにひんやりしていると言う事は…起きてだいぶ時間が経っていると言う事。

「何処へ行ってしまわれたのでしょう?」

ただ外へ遊びに行っているだけならばいいのですが…。

もし何かあったのだとしたら…?

何故でしょう…とても嫌な予感がします。

部屋の鍵は…置いてありますね。

と言う事は、愛奈さんは戻り次第私にドアを開けて貰うつもりでいたと言う事ですわ。

念の為に部屋の中を見て回るがどこにもいないし気配はない。

これはやはり外に探しに行った方が良さそうですね。

体操服を着て、髪に櫛を通して手早く準備を整えて、鍵を持ち部屋を出ようとすると、ドンドンとドアが叩かれた。

もしかして愛奈さんが帰ってきたのでしょうか?

急ぎドアを開けると、そこには華菜さんの姿があった。

「桃ちゃんっ!やっぱり起きてたっ!!美鈴ちゃん、知らないっ!?」

「王子、ですか?いえ、見ておりませんが…もしかして、王子もいらっしゃらないのですか?」

「そうなのっ!…待って。桃ちゃん、そう言うって事は、…愛奈ちゃんもいない?」

「はい」

私が頷くと、華菜さんはその大きな目をキリキリと吊り上げた。

「愛奈ちゃんも一緒にいないとなると、また話が変わってくるよ。…先生達の所に行こう。美鈴ちゃんがいないんだもの。絶対何かあるっ」

その自信は付き合いの長さから来ているのか、それとも王子に何かがあると言うのか。

解りませんが、ついて行く事に否はない。

私は部屋に鍵をかけて、華菜さんと共に白鳥先生の部屋へと向かった。

白鳥先生の部屋の前に着くと、そこには予想外の二人が…。

「天川先生に嵯峨子先生?」

「……やっぱり来たか。となるとやっぱり姫もいないって事だな」

「どうする?透馬」

「……鴇が一緒なら大丈夫、と言いたい所だがな。綾小路が来たって事は、新田もいないってことだ」

「探し行くか?」

「お願い致しますっ!」

スチャッと天川先生の前に王子の護衛兼秘書である真珠さんが現れました。

真珠さんが現れたとなると、やはりただ事ではないのでしょう。ならば、こちらも呼んで置いた方が良さそうですね。

「銅本」

「はっ、ここにっ」

隣に現れたのを視界の端に確認してから、私は真珠さんの方へ意識を戻す。

「透馬様、奏輔様。大変申し訳ございません。実は、私の愚息が、愚息がっ!お嬢様を呼び出そうと致しまして、失敗し新田様を呼び出してしまわれて」

「…それで?」

「たまたま寝付けなかったお嬢様が見張り番していた鴇様と外へ気分転換に出た所に、勘違いした愚息が…」

「あー…もう分かったわ。皆まで言わんでもええよ、真珠さん」

えぇ、そうですわね。

きちんと察しましたわ。全て、虎太郎の所為ですわね?

「ですが、真珠?貴女がここにいると言う事は、それだけでは終わらなかったのでしょう?」

「えぇ。私が愚息を躾けようとしましたら、あの愚息、よりにもよって逃げようとしまして。私も愚息を捕まえる事だけに意識をとられて背後にお嬢様がいらっしゃることに気付かず。逃げようとした愚息が放った丸薬により竜巻が発生しお嬢様と鴇様、新田様を巻き込み四人共海に落ちてしまったのです。直ぐに救出しようと試みましたが、竜巻が消えず動く事が不可能でした」

「海に落ちた?ですが…」

「はい。お嬢様の気配であれば探せると思ったのですが、…最後に愚息がお嬢様に投げつけた丸薬。それがお嬢様や鴇様、新田様の気配を消してしまったのです」

「あぁ…成程。虎太郎は体力は人並ですが、丸薬の生成の腕前だけは我々以上ですから」

「成分の計算など一切せずに使っておりますから危険が常にともなっておりますがね」

「……真珠。貴女、息子の気配を辿れはしないのですか?」

「それが、恥ずかしながら愚息の気配と言うのは私と本当にそっくりで…。自分の気配を探ると言うのは…」

「…難しい、と。真珠?未だに自分の気配を探れないのですか?」

「申し訳ありません。それだけはどうしても…」

銅本と真珠さんで話が進んでいるようですが、私達には理解出来ません。

…いいえ。理解出来てる事はあります。

「銅本?要するに虎太郎が馬鹿をした。これで間違いありませんか?」

また虎太郎がしでかした、と。それで間違いはないのですか?

あれだけ私に言われたのに、まだ反省していない、と?

「…えーっと…綾小路?ちょっと怖いんだが…?」

「いやですわ、天川先生。怖いだなんて。私は微笑んでいませんか?」

「その微笑みが怖いんだっての」

「透馬。今はそっちを気にしてる場合ちゃうやろ。真珠さんの話やと海に落ちたんやな」

「のようだ。海に落ちた分には鴇がどうにかするだろ。問題は、未だに帰って来ないって事だ」

「何処かに流されたかもしれへんな」

「…だな」

「…銅本。貴女は気配を辿れないのですか?」

「…やってみます。ですが、この付近にはどうやらそれらしい気配がないのです」

「と言う事は…遠くに流されたって事ですね?」

「えぇ」

「遠くに……」

まぁ。真珠さんの顔が青褪めましたわっ。

「おおおお嬢様がっ!はははは早く探さないとっ!!」

「まずは私と真珠の二人で探してきます。お嬢様はこちらで皆様とお待ちください」

「………そうね。二人に私達がついていったら足手まといだわ」

「はい。…銅本、頼みます」

「畏まりました」

「お嬢様ぁーっ!」

二人が瞬時に姿を消す。

「…生徒が起き出す時間だ。行くぞ、奏輔」

「了解や。ばれたら後々面倒やしな」

先生方二人も動き出す。

「桃ちゃん。私達も行こう。円ちゃんと夢子ちゃんにも事情を話しておかないと」

「解りました。戻りましょう」

事情を説明する為に、私達は女子フロアに戻る事にしました。


女子フロアに戻り次第、円さん達の部屋を訪れて、事情を説明すると、二人の顔は真っ青になった。

それでも、今は銅本達が探しに行ってくれています。

二人にはそれを伝え落ち着かせてから私達は芸術の授業の方へ出る事にしました。

基本的に皆運動の方に出るので、座学、ましてや芸術を選択する人は殆どおらず、行方不明になった四人がいない事を誤魔化しやすいと言う利点があります。

とは言え、虎太郎はいつも姿を見せないので、誤魔化す必要もないのですけれど…。

時間は遅いながらも経過して。

昼食を終え、午後になっても、二人は戻って来ず…。

流石に不安になりますね。

華菜さんも円さん、夢子さんも一緒のようでソワソワしています。

「……円?どうした?」

「ハニーも。一体どうしたんだい?」

「華菜も。落ち着きないな。本当にどうしたんだ?そもそも今日の午前中は運動にするって言ってなかったか?」

「…………それって、美鈴ちゃんがいないことに関係してるよね?透馬さんや奏輔さんが鴇さんの代わりをしてる事もそれの所為でしょう?…華菜ちゃん。どうして黙ってるの?」

そう言えば男性の方々に話してはいませんでしたね。

丁度良くこの場には私達の様子を訝し気た彼らしかいませんし、私達は説明をしようと頷き合い、華菜さんが代表として口を開いた、その時。

「華菜嬢、おるかっ?」

「嵯峨子先生?」

「…銅本さんと真珠さんが戻って来たんやけど、ちょっと面倒な事になりそうや。華菜嬢、ちょっと力貸してくれへんかっ?」

「貸すに決まってるじゃないですかっ!美鈴ちゃんの事ですよっ!?どうしてもっと早く来ないんですかっ!?」

あら?華菜さん、一体何処からその量のノートパソコンを?

逢坂さんも手伝っていますね。

「で?何が知りたいんですかっ!?」

迫力が…。

「ちょい待ち。今透馬があの二人を連れて来るはずや」

そんな事しなくても。

「銅本」

「はいっ、お嬢様っ」

呼べば来ますわ。

驚く嵯峨子先生達は一先ず置いておき、私は銅本と向き合う。

「王子は見つかったのですか?」

「いえ。それが、気配はするのですが、実はかなり沖の方なのです」

「沖…?ならば船で」

「いいえ。お嬢様。船で行ったとしても、駄目です。あの周辺は浅瀬になっており船が乗り上げてしまいます。かと言って、人が足で歩けるような場所でもありません。どこに穴が開いているか分かりませんから。あの場所は珊瑚と海藻に埋め尽くされているのです」

「…では、どうしたら…」

「ねぇ、銅本さん。美鈴ちゃん達の気配がするのは、もしかして、ここ?」

私と銅本の会話に割り込み、華菜さんはパソコン上に表示された近辺地図の一部を指さした。

銅本はそれを確認して静かに頷く。

「成る程ね。…確かにここは浅瀬で、でもここには洞窟があるのよね。その洞窟は…陸地に繋がってる。多分、美鈴ちゃんや鴇さんならそこがどんな場所でも陸地に向かって来ていると思う。だったら私達はその出口の方へ迎えに行けば良い」

「動かない可能性はないのでしょうか?」

道に迷った時はその場で待機が鉄則ですよね?

「ここの洞窟でじっとしてたら満潮で大変な事になっちゃうよ」

「おおおおお嬢様ぁっ!!」

…真珠さんが狂乱状態に…。

ですが、真珠さん?貴女の息子さんも同時に姿を消しているのですが…いいのですか?愚息って言葉は出たけれど心配の文字が一欠けらも見えないのは気のせいでしょうか?

「この洞窟の出口は何処だろう…」

華菜さんが目にも止まらぬ速さでキーボードを叩き始めました。

すると二ヵ所。地図上に赤い丸マークが浮かび上がります。

「華菜ちゃん。二ヵ所あるけど…」

いつの間にか全員でその画面を華菜さんの後ろから覗き込んでおり、皆でその場所を確認します。

「可能性としてどっちが高いの?」

「…私の予想だと、この森の奥の方」

「じゃあ、そっちに透馬さん達に行って貰って、真珠さん達、速く動ける人達をもう一方の方に行って貰おう」

その言葉に異議はありません。ありませんが…。

「私も天川先生達の方へご一緒しても宜しいでしょうか?」

「えっ!?桃ちゃんっ!?」

「いけません。お嬢様。あの森は薄暗く歩き辛く、険しい道です。お嬢様が怪我をされでもしたら」

優兎さんと銅本は反対しましたが、私はそれを聞き入れる訳にはいきません。

「虎太郎はもう私の部下ではありません。けれど、一緒に育って来た幼馴染。家族なのです。ですから…しっかりとお灸を据えなければ…」

あら?嫌ですわ、私ったらとても低い声を出してしまいました。

「ハニー…」

ハッ!?いけませんわっ!

ここには綺麗様もいらっしゃったのでしたっ!

「だ、ダーリン…」

い、今の声を聞いて嫌いになられたり…。

「私も一緒に行こう」

「ダーリンっ!?」

「ハニーを一人で何て行かせられない。それに…ハニーが他の男の為に行くなど…耐えられないっ!」

「ダーリンっ!!そこまで私の事を…嬉しいですわっ!!」

綺麗様のその素晴らしい胸板に飛び込む。

「……一体どゆこと?」

「疑問に思ったら負けだ、イチ。遠い目と苦笑いで受け流せ」

何か聞こえますけれど、私には届きません。

やはり、綺麗様のこの筋肉は素晴らしいですわ…うっとりします…。

「そっちは、置いといて。なら僕は真珠さん達の方について行くよ。もしもって事もあるかもしれないし」

「優兎くん。本当について行けるの?」

「あー、うん。むしろついて行くと言うよりは、僕も個人的に探しに行く、が正しいかも」

真珠さんと銅本は少し運動能力が高いですからね。

「なら、優一人で行かせられないだろ。アタシも行くよ」

「えっ!?円ちゃん、それは」

「ダメだっ!!」

風間さんが円さんの腕に抱き着いた。とっても可愛らしいですわ。

「で、でもね、ケン」

「ダメだっ!!円は女の子なんだぞっ!!男だって危険かもって場所に行かせられるわけないだろっ!!円はここで一緒に皆を待つんだっ!!」

「ケン…」

「こーゆー時は出来る事をやるんだっ!!自分の能力に合わない事をしてもダメなんだからなっ!!」

「でも…」

「円が…、円が怪我したら、オレ、泣くからなっ!!」

あらあらあら?

耳と尻尾があったら確実にしょんぼりしてそうですわ。

「円ちゃん。やっぱり、僕が一人で行くよ。大丈夫だから」

優兎さんが空気を読んでそう伝えると、円さんも苦笑して頷いた。

「あ、私はここで待機してるから、皆念の為に発信機持ってって」

「お前はぶれないなー」

「恭くん。私は美鈴ちゃんの無事を願えばこそ、ここにいるんだよ?」

「解ってるって。俺もちゃんと側にいてやるよ」

「うん」

流石長年のお付き合いなだけはありますわね。阿吽の呼吸とでも言うのでしょうか?

「皆して、見せ付けるんだからー。独り身の事も考えて欲しいよねー」

夢子さんが遠い目をして何か仰っていますが、そんな夢子さんに天川先生と嵯峨子先生がぽんっと憐れむ様に肩に手を置いて居ました。


そして、私達は捜索に出た。

森の中へ入り、途中体力を失いかけた私を綺麗様はその素晴らしき筋肉がついた腕に抱き上げて下さいました。本当、綺麗様は素敵ですわ。

以前から愛奈さんと一緒に男性モデルの写真集を見て、美しい筋肉とはと話しをしていましたが。

ここまで理想的な筋肉をされている方を私は他に見た事がありません。

美術室の前を通りかかった時、たまたまドアが少し開いていて、その隙間から綺麗様を見た時、運命を感じました。

しかも巳華院のご子息だと言うではありませんか。

……もう、捕まえるしかないと思いましたわ。

パーティ会場などでは、綺麗様が筋肉についての想いを語れば語る程、令嬢方は避けていかれたのが、私は不思議でなりませんでした。

こんなに、こんなに素晴らしい筋肉を私は見た事がないと言うのに…。

目の前にある、その美しい首筋にそっと手を伸ばす。

「?、ハニー?どうかしたのかい?」

「あっ、申し訳ありませんっ。そ、その…、首筋がとてもとても美しくて…つい、触れたくなってしまって…」

「ハニー…。やはり私を理解してくれるのはハニーしかいないっ!そうなんだっ、ここの筋肉はっ!っとすまない。危うくハニーを落とす所だった。つい、興奮してしまうのは私の悪い癖だな」

「そ、そんなっ!私なぞ落として頂いても構いませんわっ!それより、続きを聞きたいですわ」

「ハニー…」

「ダーリン…」

綺麗様の瞳はとっても素敵ですわ。いいえ、綺麗様はどこも素敵ですわっ!

「…全部透馬が悪い」

「なんでだよっ。余所の恋人の事を俺にどうしろってんだ」

「不思議とあてられてる感はあらへんのやから不思議や」

「……逆に少し距離をあけたくなるな」

「せやな」

良く解らない事をお二方は呟き、少し歩くスピードを上げられました。

綺麗様はあっさりとそれに追い付きます。素敵…。

それにしても奥に行けば行く程、木々が覆い茂って暗くなっていきますわね。

歩いていた時間も長く、日が傾きだしているから尚更。急ぐ必要がありそうですわ。

皆様も同じ事に思い至ったのか、速度が上がります。

そして、奥まった場所に少し大きめの洞穴を見つけました。岩壁の中にぽっかりと開いた穴。

「行くか?」

「ここで待機してても意味ないだろ。行くぞ」

頷き合い中へ進む。

中は結構入り組んでいるようです。

「おい、奏輔。明かりはあるか?」

「…持ってると思うか?」

お二人共どうして洞窟の中に入ると言うのに明かりを忘れるのでしょう?

私は念の為にと持って来ていた、お腹に抱いているリュックのチャックを開けて、カンテラを取り出しました。

「先生方、これを」

それを受け取った先生方は、おおーと何か感心しているように受け取ります。

…洞窟や森を歩く時、光源は一番大事かと思うのですが…今は言わないでおきましょう。

その明かりを頼りに足を進めます。

別れ道で方向を決め、ある程度進むと、水溜りに突き当たる。

となると、この直ぐ向こうはやはり海なのですね。

進める道を進んで行くと、必ず下方向へ向かっているようです。海と繋がっている。要するにここの洞窟は海の中まで繋がり、沖の方にあった王子達が流れ着いた場所に出る作りになっているという訳ですね。

暫く進んでいると、突然女性の笑い声が聞こえた。

この声は、愛奈さん?

「どうやら、こっちが正解だったようだな」

更に足を進めると普通の話声も耳に届きます。

試しに、天川先生が確認の声を奥へ飛ばすと、話し声が止まりました。

声を頼りにまた奥へと進むと、そこには王子、愛奈さん、白鳥先生、そして虎太郎の姿がありました。

「遅せぇよ、お前ら」

「勝手に姫さんと外に出た癖に文句言うなや」

「ってか、姫。どうした?」

「……寝てるんだ。ちょっと事情があってな。とにかくホテルに戻るぞ。まず美鈴をきちんとした場所で寝かせてやりたいし、温めてやらないと」

「了解」

王子が寝てる?

うっすらと王子から香る薔薇の香り…。

……虎太郎…?

私の視線は自然と虎太郎へと向いていました。

そんな私の顔を見て虎太郎がピシッと凝固。

けれど、そんな私の前に愛奈さんが静かに立ちました。

「……虎太郎には虎太郎の想いがあったの。怒っても良いけど、まず聞いてあげて。それに、虎太郎は私を助けてくれた。自分だって危ないかも知れないのに助けてくれた。…それだけは間違いないから」

「そう、ですの…。分かりましたわ。愛奈さん。一先ずホテルに戻ってきちんと話を聞く事にします。それで、宜しいですか?」

「うん」

愛奈さんがそう言うのであれば…。

「虎太郎。行くよ。約束通りおぶって」

「了解デゴザルッ!」

「ぶはっ!」

愛奈さん、その噴き出し方は…いいえ、それも仕方ない事ですわ。

「虎太郎、その声は一体なんですの?」

「水路ヲトオル時、空気ガタリズ、ヘリウムガスヲ吸ッタデゴザル」

それは…どうなのでしょう?

「おいおい。それマジかよ。言っとくがヘリウムガスはあくまでもガスで空気の代わりにはならねぇぞ」

「ヘッ!?」

「せやね。むしろ大量のガスを吸い込む訳やし、下手すると危ないで」

「ナンデストッ!?」

何やら虎太郎が衝撃を受けているその横でそっと愛奈さんが視線を逸らしてます。…愛奈さんが何かしたのでしょうか?

…それも後で聞けばわかるでしょう。一先ず私達はホテルへと帰りましょう。

私達はたった今通って来た道をもう一度戻ったのでした。


ホテルに戻り、愛奈さん達はお風呂へ入り、体を温めると再び王子の部屋に集まりました。

勿論、虎太郎は正座をさせております。

にしても…虎太郎がドジだったのは知っていましたが…ここまでとは…。

はぁ…。

ため息をつくと、虎太郎がビクリと跳ね上がりました。

「虎太郎。貴方の気持ちは解りました。全て私の為にしてくれていたと。…私に謝りたかったって事も」

「お嬢…」

さて、どうしましょう。

虎太郎が私を想って行動してくれていた事は理解出来ました。

けれど、それで人を傷つけて良いと言う事にはならないのです。

それを一体どう説明したら…。

どう言葉にするか、考えていると、

「……ん…」

ベッドの方から声がしました。

「起きたか?美鈴」

白鳥先生がすかさず側へ駆け寄り、その柔らかな金色を撫でました。

「あれ…?鴇、お兄ちゃん…?こ、こは…?」

「ホテルだ。何処か痛い所はないか?」

「大丈夫。あれ?皆もいる?」

王子が目を覚ましたようで何よ…ハッ!?

いけませんっ!虎太郎は今素顔なのですっ!ここで虎太郎の素顔を王子に見せたりなんかしたら、きっと虎太郎は王子を嫁にするなんて言いだしたりするに決まってますっ!

「虎太郎っ!」

「はっ」

「隠れなさいっ!」

「はっ!」

これで天井に隠れましたわね。…良かった。

「えっと…一体何事?確か近江くんに呼び出されて…あー…そう言えば海に落ちたんだっけ?」

「そうだ。どこまで覚えてる?」

「落ちた事はあの状況からして解るけど、竜巻に弾き飛ばされてから目を閉じて、そっからサッパリ」

「そうか…」

あぁ、白鳥先生が遠い目をしてらっしゃいます。さぞ大変だったのでしょう…。

「虎太郎。その場から声だけ出しなさい。王子に使った丸薬とは何だったのです?」

「…母上から逃げようとして使った丸薬が思いもよらない効果を出して、海に落とされそうだと思ったので、せめてお嬢が大切に思っている白鳥殿救おうと『水中でも呼吸の出来る』効果がある丸薬を投げたでござる」

「…それで?その丸薬の副作用が眠りだったのですか?」

「多分そうでござる」

「多分って…。虎太郎。私も銅本も以前から言っているでしょう。自分でも理解出来ないものを人に対して使ってはいけない、と」

「…申し訳ないでござる…」

……反省は、してるようですね。

ならば、私もこれ以上は申しません。

「姫。本当に大丈夫か?七海、呼ぶか?」

「大丈夫だよー、透馬お兄ちゃん。まだちょっと眠いけど」

「ほんなら、もう少し寝とったらええ。お姫さんの事や。どうせここ数日まともに寝れてないんやろ?」

「むむっ。ちゃんと寝てるよー」

「棗も鴇もおらんのに?」

「……中学生の時は寮でちゃんと寝てたもんっ」

「そうなん?」

くるっと嵯峨子先生が振り返って私達の方を見ます。

完全に疑ってますわね。ですが、その疑いは正しいものですから、私と愛奈さんは顔を見合わせて、もう一度嵯峨子先生の方を向いて苦笑しました。

「まぁ、あんまり寝てなくていっつも従者に怒られてたよね」

「そうですわね。優兎さんはいつも心配なさってましたわ」

「ふみーっ!?あっさりネタ晴らししないでっ!!二人共っ!!」

「はいはい。美鈴ちゃん。暴れてないで寝ようねー。鴇さんに手を繋いで貰えばいいよ。そしたら熟睡出来るでしょ」

華菜さんにまで言い包められて、王子はゆったりと力を抜いてベッドに身を預けると渋々目を閉じました。

その時白鳥先生の手をしっかり握ってるあたり、とても可愛らしいのですけれど。

これ以上ここにいても邪魔になりますわね。

私達は華菜さんと白鳥先生を置いて、部屋を出た。

「透馬ーーーっ!!」

「おわっ!?」

突然、私達の方に突撃して来た紫色の何か。

驚いて声も出なかった私達が、その存在を認識したのは動きを止めて天川先生の襟首を締めあげてるのを見てからでした。

「私の天使はっ!?天使は大丈夫なのっ!?」

「ぐ、ぐるじ…」

「七海ちゃん。どうどう。お姫さんなら大丈夫や。目も覚まして今は鴇が付き添っとる」

「そうなの?あぁ…良かった。でも念の為にもう一度見た方がいいかしら?」

「ぐ、ぐるじぃ…」

「そやね。念には念を入れた方がいいやろし」

「分かった。今行くわっ!私の天使っ!!」

ポイッ!!

「ゴハッ」

……七海先生って熱い方でしたのですね。

人は見かけによらないものですわ。

ドアを連続ノックして、多分ドアを開けた華菜さんにお礼を言いながら七海先生は中へ入って行った。

「相変わらずやね、七海ちゃん」

「……ほんっと良く嫁に行けたもんだよな」

「七海ちゃんを御せるのは将軍さんくらいやろ」

「そりゃ分かってるんだけど、大地と親戚関係になるってのはまた微妙だぜ?」

「俺やったら、あの姉二人貰てくれるんなら、万歳して大地の親族になったるで?」

「…あー…悪い。俺が悪かったわ」

何故か二人が大きくため息をついてます。

解らなくて首を傾げていると、今度はまた唐突に虎太郎が目の前に現れた。

そして、誰もいない方へと土下座をしています。一体どうしたと言うのでしょう?

「……虎太郎。良い覚悟ですね」

あ、成程。真珠さんが来たのですね。

やはり瞬間的に現れた真珠さんは虎太郎の前で鞭を片手に般若の形相で立っています。

これから修行のやり直しになりそうですわね。

そう思って真珠さんの次の行動を見守るつもりで私はいました。けれど…。

「真珠さん。ごめん。この人の躾の権利。私が預かっても良い?」

私が怒ろうとした時と同様に、愛奈さんが二人の間へと入った。

「愛奈様?」

「母親として怒らなきゃいけない、仕えるものとしての心得とか理由はあるのは解ってる。解ってるけど…私はどうしてもそこまで怒るような事じゃないって思う」

「何故ですか?下手をすると人が死んでいたかもしれない事もあった筈です。それでも同じセリフを言えますか?」

「……勿論、虎太郎が悪い事をしてないとは言わない。でも、虎太郎本人だってそのつもりはなかった。虎太郎のことだから、きっといつでも自分の体を盾にするつもりでいたはず。海に落ちた時だって虎太郎は自分だけは助かる事だって出来たのに一緒に海に落ちた。王子と私を助けようとしていた。自分が悪い事をしたって虎太郎はちゃんと解ってる。だったら今すべきことはその悪い事をしないようにすること。それは怒る事じゃなくて一緒に悩んであげる事。解決案を出してあげる事」

「愛奈様…」

「私は虎太郎が持っていた丸薬を正しい方向へ使える様にする。虎太郎がちゃんとした忍者になれるようにする」

「愛奈様に虎太郎を育てられるのですか?」

「……真珠さん。こう言っちゃ悪いけど、その台詞真珠さんには言われたくない。虎太郎をちゃんと見ずに育てたのは真珠さんでしょ」

「それは…」

虎太郎をちゃんと見ずに…。

痛い、言葉ですね…。

その言葉は私にも刺さります。

虎太郎は家族。そう私達は思っていた。けれど、私は虎太郎と対等であった事は一度もなかったかもしれません。私にとって虎太郎は部下。真珠さんにとって虎太郎はきっと子ではあって子ではなかったんですね。忍びの掟として主が第一。例え家族でも非情でなくてはならないのですから。

「私は虎太郎と並んで、虎太郎と一緒に進むの。間違ったら間違ってると言ってあげるし、私が間違ってたらきっと虎太郎は止めてくれる。それが、許されるのは嫁である私だけ。そうでしょ、…婿」

「………愛奈、様…。私は…」

「何?もう、嫁って言わないの?私結構あの呼び名気に入ってたんだけど」

振り返って土下座をしている虎太郎と視線を合わせる為に愛奈さんはしゃがみ顔を覗き込む。

「ねぇ、婿?失敗は誰にでもあるよ。失敗をした後、婿は失敗した事を悔やみ回避して進もうとしたのは褒めるべき所だと思う。けどね、婿。失敗は誰にでもあるの。それを回避せずに受け入れないと進むべき場所へは進めないのよ」

「受け入れる…?」

「そう。婿、失敗は悪い事ではないんだよ。どんなものだって失敗を繰り返して一つの物として形成する。その失敗を受け入れて、『何故失敗したのか』を考えなければ『成功』を得る事は出来ない。がむしゃらに進んだって、道にはならないよ。ちゃんとその場で足踏みをして地面を固くして、それを何度も繰り返してやっと自分の通った場所が道になるんだよ」

「よ、め…」

「婿の失敗は私も一緒に受け入れてあげる。何なら全部背負ってあげるわよ。その代わり」

「その代わり…?」

「婿は私を背負ってよ」

虎太郎は愛奈さんの言葉を噛み締めて泣きそうな表情になっていたのに、最後の一言できょとんとしてしまいました。

不敵に微笑む愛奈さんに、虎太郎は一瞬瞬き、そしてずっと一緒に育って来た私ですら見た事のない穏やかな微笑みを浮かべ、

「それじゃあ、荷物が増えてるでござるよ、嫁」

「その位は当然でしょ。安心しなさい、婿。私はずっと上にいてあげるわよ」

「並んで歩くってさっき聞いた気がするでござるっ!」

「気のせい、気のせい」

笑い合う二人に、私にも自然と笑みが浮かびました。

「…嬉しそうだね、ハニー」

「えぇ。私の唯一の家族が大切な人を見つけたのかと思うと…とても、嬉しいのです」

今まで私と虎太郎は互いに依存して来たのでしょう。

彼だったら私を見捨てないでくれる、だから私は彼を見捨てない…無意識にそうやって互いを利用し合ってきたのです。

でも、私は綺麗様を得て、虎太郎は愛奈さんを得て…自分以外の大切な人が出来た今、やっと私達は家族になれた。

……それが何よりも私は嬉しいのです。


その後、私達は時間も時間なので解散し、部屋へと戻りました。

そして、翌日。

合宿の終わり。帰宅する日です。

念の為に王子の部屋を訪ねると、そこには既に先生達が王子の様子を見にいらしていました。

「どうだ?七海」

「そうね。特に異常はみられないけど…どう?美鈴ちゃん」

王子の顔を覗き込んだ七海先生に王子は笑顔で応えました。

「うん。問題なさそうね。大丈夫でしょう」

七海先生の言葉に私達はそろってホッとする。

一先ず部屋に戻り忘れ物がないか、荷造りの最終チェックを完了させて、私達はホテルのロビーに集合します。

あら?少し早かったでしょうか。

確か、女子クラスが最初にホテルを出るので集合が一番早いはずですが。

それでもまだ数人しか集まっていません。

「どう言う事でしょうか?」

「単純に早かったんだと思うけど?」

「…そうでしょうか?」

愛奈さんがまるで気にした様子なく、ロビーのソファへと座るのに習って私も隣へ座る。

暫く談笑をして他の方達が集まるのを待っていると、少しずつ女子クラスの方々が集まり始めました。

円さんと夢子さんも合流して、最後慌てたように王子と華菜さんも合流されました。

遅くなった理由は、華菜さんのパソコンの所為だったようです。データを保存していなかったとか?

「よし。全員集まったな。じゃあ、移動するぞ。行きと同じように荷物は運転手、もしくはバスガイドさんへ渡してトランクへ入れて貰うように。それから酔いやすい奴は早めに薬を飲むか前の席に来るようにな」

白鳥先生の言葉に皆立ち上がり玄関を抜ける。

ホテルの入り口の所でバスガイドさんが鞄を受け取って番号札を付けて下さいます。

私も勿論鞄は渡しましたが、ハンドバッグは別に持っております。貴重品や携帯などもこちらに入っておりますしね。

女性は大抵セカンドバックを持っているのではないでしょうか。

…円さんは携帯と財布をポケットに入れてるみたいですが。

「華菜ちゃん。そのノーパソ、トランクに入れないんだよね?」

「うん。勿論」

「じゃあ、バスガイドさんに渡すのはまずいんじゃない?」

「あっ!きゃー、待って待ってーっ」

手に持っていた鞄全て渡してしまったようですわね。

華菜さんが慌ててバスガイドさんの方へ戻っていくのを見つつも私達はホテルの外へ出てバスへ向かう。

その筈でした。

ですが…。


「あ、れ……?」


王子が足を止めた。

足を止めたのにも関わらず体が揺れて…。


―――危ないっ!!


王子の体がふらりと傾き、私達は「王子っ!」と叫び咄嗟に手を伸ばします。

ですが、王子の腕にあと一歩と言う所で手は届かず―――。

王子が地面に倒れるっ!

それを覚悟した…けれど。。


「―――ッと!!危なっ!!」


ぎりぎりの所で王子は嵯峨子先生の腕の中にいました。

王子の様子に気付いた嵯峨子先生は王子を見張っていたらしく、急ぎ追い付き倒れる寸前に自分の方へ引き寄せ、受け止めたと。

私達は急ぎ王子と嵯峨子先生に駆け寄り、怪我はないかと確認した。。

「心配しなくて良い。ただ寝てるだけのようだ。……だが、これは…透馬の読みが当たったな」

「読み、ですか?それは一体どういう…」

事なのでしょう?

そう問う前に駆けつけた天川先生が私達の側まで来ました。

「……こう言う起きて欲しくない事だけは良く勘が働くんだよ。やっぱり、姫の体に何かしら残ってたか。どんな症状が何時出るか予想がつかなかったからなるべく目を離さないようにしてたが、正解だったようだな」

「鴇も今はクラスの引率の方で派手には動けへんし…。お姫さんは俺が車に連れて行くから、透馬あと頼んだで」

「了解だ。すぐに七海を向かわせるから。お前達はバスに乗れ。姫は具合が悪くなったから車で帰宅するって他の人間には言うように。どうして具合が悪くなったかは他言無用だ。分かったな」

そうですわね。

そこで『虎太郎が丸薬をぶつけた事によって起きた副作用です』など馬鹿正直に言える筈もありませんものね。

私達はしっかりと同意を示してバスへと乗り込みます。

「あ、ねぇねぇっ、綾小路さんっ。白鳥さん、どうしたのっ!?昨日一日姿見なかったし、もしかして具合でも悪いのっ!?」

「それとも、怪我したとかっ!?」

クラスの皆様がバスに乗り込んだ私達に口々に問いかけてきます。

私はにっこりと微笑み、

「元々お風邪を召されていたのですが、はしゃぎ過ぎたのですね。ぶり返してしまったようですの。熱が高くてバスだとお辛いご様子でしたので、先生方のお車で別にご帰宅されるそうですわ」

淡々と告げました。反論?勘ぐり?勿論、受け付けませんわ。

「では、私達も席につきますので。失礼しますわ」

元々後部座席に四人並んで座っていましたから、奥へと進んで順番に席につきます。

右から順番に夢子さん、円さん、私、そして愛奈さんと並んで座っています。

前の席に座っていた王子は今はいません。

「…にしても、桃。あんたほんっと良い根性してるよね」

「確かに。私もそう思う」

「にっこり笑ってバッサリ?」

「うふふ。私は聖人でも君子でもございませんもの。利用出来るものは何でも利用しますし、不要なモノは斬り捨てます」

そうして辿り着いたのが今であり、それが私の唯一誇れる強さでもあるのですから。

私が笑顔を浮かべると、皆様は知っていると笑顔で頷いて下さいました。

…こうして解り合える友がいる幸せをくれたのは王子です。

ですから私は王子の為ならばクラスメートを騙す事などなんてことはありません。

本当ならば王子がこうなった原因である虎太郎を問い詰めなければいけないのかもしれない。

ですがそれはもう私の役目ではありません。

それは、愛奈さんの役目ですから。

愛奈さんが先程からずっと携帯を弄って何か連絡をとりあっています。

ならば王子の体の事は愛奈さんに任せ、私は全力でバックアップをしましょう。

それがきっと王子の為、虎太郎の為になるでしょうから…。

順番にカップルが出来始め…最後はご想像通り…ヽ(^o^)丿

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