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※※※(夢子視点)

昨日。陸から連絡が来た。

あいつ、携帯持ってからやたらと遊びに誘ってくるけど、私そこまで暇じゃないんだけど…。

王子の為に、華菜ちゃんと防壁作らないといけないし、やること一杯で忙しいのに…。

とは言ってもなぁ…。

はぁと私は大きくため息をつく。

行かない訳にはいかない。

何せ、王子を誘ったって、王子も来るって言うんだもの。

あいつは…もうっ!

王子が男が苦手だって知ってる癖にっ!しかも優しいから断れないって事も知ってる癖にっ!

なのに遊園地に誘うとか質が悪過ぎるでしょっ!

絶対絶対殴らなきゃいけないっ!

それに…犬太が来るってメールに書いていた。

一度ちゃんと話をしてやってって。

……私としては話をしてるつもりだったんだけどね。ずっと。

通じてなかっただけで。

そこってさ、重要じゃない?通じないってのがおかしくない?

私ちゃんと日本語話してたのに通じないってどう言う事っ!?

鏡の前で自分の姿を確かめる。

髪…どうしようかな?流石にツインテールはちょっとだし…。円は多分降ろしてくるよね?王子はどんな髪型で来るだろう?

そうだ。ポニテにして王子のくれたシュシュでくくろう。

ブラシを手に持って髪を整えて結い上げる。

王子の作ってくれたシュシュ。着けて行ったら王子喜んでくれるかな?

…うん。バッチリ。

遊園地だし、動きやすい恰好の方が良いよね。レースのついたデニムのショートパンツとニーハイ。上はだぼっとしたパーカートレーナー。

鞄もリュック系にしたし。…準備は出来た、かな?

今何時?…9時、かぁ。そろそろ行こうかな。

部屋を出て居間の方へ行って来ますと声をかけて、靴を履いて外へ出る。

足を遊園地へと向けて進ませながら頭は別の事を考えていた。

犬太と話す、か。

以前、王子には即答したけれど。

本当は犬太に好意を持った事がない訳じゃない。

実際は少し、彼の事をいいなと思った時がある。

確かに彼が私が施設出身だから優しくしろと言った所為でクラスの空気が一気に変わって友達が出来なくなった。

でもそれは犬太が計算してやったことじゃない。

あいつの脳味噌がそんな計算を出来る訳がない。

あいつはあいつなりに本当に私を想って、私の為にそう言ってくれていた。その証拠に犬太は小学生時代ずっと私の側にいてくれた。

クラスが違っても、私が泣いてると直ぐに側に来てくれた。一緒にいてくれたんだ。

(犬太は優しかった。だから、少しだけ…ほんの少しだけど…。犬太の事好きだったんだよね)

とは言え、今も好きかと問われたら。

(ありえない)

と私は答える。

私が今好きなのは、今最も好きなのは白鳥さん…王子だから。

王子と一緒にいられるだけで幸せだもん。王子の側で笑って、王子に「ユメ」って呼ばれるだけで私は幸せで幸せで。

「ユメっ!」

そうこうやって呼ばれるだけで…って、え?

声をかけられて、私は辺りをキョロキョロと見回す。

幻聴?王子の事考え過ぎてたからかな?

と思ってたけどどうやら違ったみたい。

スーッと歩道の方へ車が寄せられて…うっわ、おっきな車。

「ユメっ!」

後部座席の窓から王子がひょいっと顔を出した。

王子、相変わらず美しい。遊園地に行くからかな?デニムのシャツワンピにレギンスとスニーカーでアクティブコーデにされてる。

「ユメ、乗って乗って。一緒に行こうよ」

「いいの?」

「当り前でしょっ。運転は真珠さんじゃなくて大地お兄ちゃんだから、普通だけど」

「姫ちゃん。オレにあの運転技術は求めないでー」

「大地さん。一般人にあんな運転は普通に考えて無理なんで。安心してください」

車の中から声がして、王子の他にも人がいるんだなと思っていると車のドアが開いた。

ワゴン車とか乗る事ないからちょっとドキドキする。

そっと中に乗りこむと、一番後ろの席に王子が。その前の席に棗さんが。運転席に丑而摩先生が座っていた。

王子が奥でニコニコと笑って手招きしてるので、それに従い奥へ進んで王子の隣に座る。

うわっ、座り心地が家の車と全然違うっ。お金の差って…。

「昔の車だからちょっと座り辛いかも。ごめんね?」

何言ってるの?王子。全然昔感ないんだけど…。

車のドアが閉められて、車が再び走りだす。

「えっと、次は陸実の所へ行けばいいんだっけー?」

「うんっ。大地お兄ちゃん、お願い出来る?」

「任せてー」

「って言った側から道を間違えないで貰えますか?大地さん。施設はそっちじゃありませんよ」

「大丈夫大丈夫。間違ってないよー」

あっけらかんと言う丑而摩先生の姿に呆れたように溜息をつく棗さんの姿を眺めていて、そう言えばと私は思いだす。

何で棗さんがいるのかと。

(確か昨日陸から来たメールだと、メンバーは私と犬太、円に陸に王子に丑而摩先生の六人だったはず)

あれ?と首を傾げているとその答えは王子がくれた。

「陸実くんが連絡をくれた時、丁度棗お兄ちゃんと一緒にいてね?心配だからって付いて来てくれたの」

心配…それは一体どう言う意味なんだろう?

陸や犬太、丑而摩先生が油断ならないってこと?それともナンパが怖いって事かな?何にしても王子が男と接触するのを避けたいって事だよね?

じーっと棗さんの横顔から様子を窺ってみる。

すると私の視線に気付いた棗さんににっこりと微笑まれた。あ、何も聞いちゃいけないみたい。

私もにっこりと笑顔で返す事にした。

ここで逆らうのはバカのすること。…って事は犬太は逆らうって事だよね。

暫く車に揺られながら王子と会話を楽しんでいると、車が急停車した。

驚いて王子と二人抱き合って体を支えていると。

「師匠っ!?何でこんなとこにっ!?」

「姫ちゃんが陸実の迎えもって言ったからね。迎えに来たんだよー」

「マジかよ。優しいな。でもよー、師匠。オレ一歩間違えたら轢かれてたんだけど…」

「ははー。大丈夫大丈夫。陸実は轢いても死なないよー」

「いや、死ぬからっ!!」

と運転席の方から会話が聞こえてきた。

どうやら陸を見つけて、道路を横断しようとした所ギリギリで止まったらしい。

でも、丑而摩先生の言う通り、あいつは轢いても死にそうにないから大丈夫。うん。

「大地さん。猿は死なないかもしれませんが、中に乗ってる鈴が怪我したら困るので急ブレーキは止めて頂けますか?」

「うんうん。王子に怪我はいけないと思う」

「それもそうだねー」

「ちょっと待って。皆。私より陸実くんの方が大変だよね?大変だよね?注意する所違うよね?」

え?何かおかしい?

私達がキョトンとしていると、王子はがっくりと肩を落とした。

「そうだ…。このメンバーだと突っ込み役がいないんだ…。陸実くんって意外と重宝出来るキャラクターだったんだね…」

と何やら呟いていたけれど私には良く解らなかった。

そうこうしている間に後部座席のドアを開けて陸が乗りこんで、棗さんの横へと座った。とは言えワゴン車なので間にある通路で離されてはいるけれど。

「よっ、美鈴センパイにセンパイの兄さんと夢姉。おはよっ」

「おはよう。陸実くん」

「おはよ、陸」

「おはよう…」

棗さん、笑顔がいい感じで怖いです。止めないけどね。止める理由がないからねっ。

その棗さんの笑顔に引きながらも、丑而摩先生にも挨拶をして、陸がドアを閉めたと同時に車は走りだした。

「あとは円だね。って言っても円だから、もうついてそうだよね?」

「確かに。円って何気に時間に正確だし。ちょっと連絡してみる」

鞄から携帯を取り出して素早く操作して円へ連絡すると、既に到着済だと返信が返って来た。

しかも既に犬太もいるらしい。

………あいつの事だから時間、間違えたんだろうなぁ…。

ついつい遠い目をしてしまう。

「……風間の兄ちゃん、時間間違えたんだろうなぁ…」

「あぁ、あり得そうだね…」

「と言うより、確実にそうだと思うよ」

運転手の丑而摩先生以外私と同じ反応に、四人同時に噴き出した。

すっかり解られてるよ、犬太。

そこからまた、私達は会話を楽しみ、車に揺られ遊園地の駐車場に到着した。

車が止められ、陸と棗さんが降りて次いで私が降りる。

ふわー。そんな長距離でもないのに、車から降りると何でこう解放感があるんだろう。

王子が降り易い様に直ぐに場所を明け渡し、横へと退けて駐車場を見渡す。

まだ開園時間前なのに車結構埋まってるなぁ…。

そんな事を考えていると、王子の声が聞こえてきた。

「わっ、本当に遊園地だっ、って、わわっ!?」

「鈴っ!」

王子の驚く声と棗さんの焦り声が同時に響く。

慌ててそちらへ視線を戻すと、王子を胸で受け止めてる棗さんの姿が。

もしかして、降りようとして躓いた?

「もう…鈴は。昔からしっかりしてるようで抜けてるんだから」

「ご、ごめんね。棗お兄ちゃん…」

ふわっと棗さんの両腕で抱き上げられて、地面にしっかりと着地させられる王子。わー…顔、真っ赤だ。中学時代のあの王子姿が嘘みたいに今の王子は凄く可愛い。

「うぅ…間に合わなかった…」

「いや。アンタがあの速度に敵う訳ないでしょ」

陸の呟きに私は冷静に突っ込みを入れておいた。

「皆降りたー?それじゃ行こうかー」

丑而摩先生のまったりとした言葉に頷き私達は歩き出す。

入口の所にあるベンチに座って待ってるって円は言っていたから取りあえず入口へ向かう。

するとそこには既に円と犬太がベンチから移動して待機していた。

「円ーっ!」

私が呼んで手を振ると円も小さく振り返してくれる。あれ?珍しい。円がリボンのついた服着てるっ。

そもそも円は可愛い物好きだから着ててもおかしくはないんだけど。けど、円ってコンプレックスがあるから外では可愛い物を着たりはしないはずなんだけどな…?

勿論私達の間で会う時は普通に着てるんだけど…どう言う心境の変化?

少し早足気味に二人の側へ近寄って、私に少し遅れて王子達も合流した。

「丁度良く開園した所だし、入ろうかー」

「鈴。手、離しちゃ駄目だよ?」

「うんっ!絶対絶対離さないよっ!」

三人が先に入るのを見送って、円と犬太が一緒に歩いていく。

……いや、二人が一緒に行くのはいいんだけど…えぇ?どうして二人共手を繋いでるの?

嫉妬とかそんな感情は欠片もないけど、ただ…どうして?って素直に思う。

あの様子だと、まるで…。

「………ねぇ。陸」

「解ってるって。あの二人の方がよっぽど恋人っぽいって言うんだろ?」

「うん」

「オレもそう思うけどよー。夢姉的にはどうなんだよ?」

「私的に?」

「おう。何かこー嫉妬したりとかあんの?」

「ない。あえて言うなら犬太の方に嫉妬してるかも。私の大事な友達と手を繋ぐとか、ふざけてんの?って」

「だよなー。夢姉ならそう言うと思ったぜ。っと、いけねっ。夢姉っ、置いてかれる前に行こうぜっ」

「あ、うんっ」

既に置いてかれてる気もするけれど、私と陸は慌てて皆の後を追い掛け遊園地へ入場した。


丑而摩先生が用意してくれたフリーパス、それを使って中へ入ると、皆は入口から少し入った所で待っていてくれていた。

「ねっ!ねっ!棗お兄ちゃんっ、どこから行くのっ!?」

ぴょんぴょん。

凄い…王子がめっちゃ浮かれてる。

こんなにテンションの高い王子見た事ない。

あんぐりと口を開けて王子を見ていると、私達の視線に気付いた王子が飛ぶのを止めて顔を真っ赤にしてパンフで顔を隠してしまった。

「ふふっ。ごめん、皆。あんまり鈴を見ないでやって。羞恥心で頭から湯気噴き出しちゃうから。鈴、遊園地が初めてだからはしゃいでるんだよ」

「ちょっ、棗お兄ちゃんっ!フォローになってないっ、恥ずかしさが増しちゃうっ」

ホントに湯気が出そうなくらい王子の顔が真っ赤だ。

にしても初めて?何で?王子お金持ちだよね?遊園地くらいいつだって…。

そんな私達の疑問に気付いたのか王子は少し落ち着きを取り戻し、苦笑した。

「遊園地ってほら…男の人、一杯いるじゃない?それで、ちょっとね。良い印象なくて…。お金があるからこそ、ナンパにプラスして誘拐とか付いて回るし…」

「あー…」

一斉に納得した。王子級の美人だとそんな事もあるよね…。

「でも、遊園地が嫌いな訳じゃないんだろ?ならガンガン遊ぼうぜっ!アンタの兄さんと師匠がいるんだ。男なんて寄って来ないってっ」

うん。そこで自分の名前と犬太を出さない辺り陸は色々わきまえてるよね。

それに男どころかこのメンバーなら、女も寄りつかないと思う。

「男が、苦手…?」

隣から小さく呟きが聞こえた。犬太?

その呟きは円にお聞こえたようで円は直ぐに答える。

「そうだよ。王子は男が苦手なんだ。だから、アンタから常に距離をとっていただろう?」

「……じゃあ、ナツ先輩は女…」

馬鹿なのっ!?

思わず犬太に突っ込みを入れようとしてしまったけど、円の穏やかな声が私より早くそれを否定した。

「違う。棗さんは王子の兄貴だから。丑而摩先生は王子の一番上の兄貴の友達だから、側にいれるだけ」

「でも」

「ほら、ケン。見てみなよ。あのガキが王子に近寄ろうとしたら、王子は必ず一歩引いて兄さんの側に寄るだろ?あれは兄妹だからだよ」

「………そう、なのか…」

犬太が納得したっ!?

「じゃあ、オレ、あいつに酷い事したのか…?」

「……ケン…。そうだね。アンタは王子に酷い事をした。ならケンがすべき事は?」

「…謝る、事」

「なんだ、解ってるじゃないかっ。でもね、ケン。それはあとでもいいよ。今謝った所でまだケンの中でモヤモヤしてる所があるだろ?それが解決してから謝るのが王子にとってもケンにとっても一番良い事だよ」

「円、何でオレがまだモヤモヤしてるって分かったんだっ!?」

「ふふっ。言ったろ。アンタは分かりやすいんだよ」

……円。調教師の資格とるべきだと思う。

犬太を言い包めれるなんて。素直に尊敬しちゃうよ。

尊敬の眼差しを円に向けていると、私の視線に気付いたのかこっちを見てウィンクした。

そっか。犬太の中でモヤモヤしてる事って、王子の事じゃなくて私の事なんだ。

その為の今日の遊園地デートなんだ。一気にやるべきことを理解し私は円に大きく頷いた。

「とりあえず、今日は遊びながら王子がどんな奴か知ればいいよ」

「円がそう言うならそうするっ」

「じゃあ話がまとまった所で、今度こそ行こうかー。まずは定番のジェットコースターでしょー。17回転ー」

『おーっ!』

私達は拳を突き上げて、戦闘を歩く丑而摩先生の後を追い掛けた。


ジェットコースター、バイキング、高速回転コーヒーカップ、あり得ないバック走行のメリーゴーランド等々。

様々な乗り物を制覇した私達。そして…。

「次はあれにしよー」

まだまだ止まる事がない私達だった。

だって誰一人として、絶叫系苦手な人いないんだもん。

とは言え、流石に並びっぱなしに乗りっぱなしだから疲れたかも。

「そろそろ休憩しようよ。大地お兄ちゃん。私お弁当作って来たから、ね?」

「姫ちゃんがそう言うならそうしよっか。ならオレ飲み物買ってくるよー。皆何飲みたいー?」

「あ、お茶なら持って来てるからそれ以外でね」

各々が飲みたいものを言うと、一人じゃ持つのがしんどいからと陸が連れて行かれた。

お弁当をロッカーに預けたらしく、王子は棗さんと一緒にロッカーへと向かう。

残された私達は休憩スペースの確保を言い渡された。

人数も多いし、椅子の席よりシートが敷ける広場がいいな。

それを伝えると犬太と円は同意してくれて、手早く陸と王子にその事を連絡して私達はフリースペースへと向かった。

貸出のシートを受け取り芝生の上にそれを敷いて座る。

…私と円と犬太の三人?

もしかして、今が犬太と話すチャンスじゃない?よしっ。

意気込んで「ねぇ、犬太?」と言葉を続けようとしたんだけど…。

「なぁ、夢子」

と逆に犬太から声をかけられて、ちょっと出鼻挫かれた感。

それでもすることに変化はないから、素直に何?と答えると犬太はちょっとホッとしたように私を見た。

何、その顔。今まで私に向かってそんな顔した事なかったじゃん。明らかに安堵したような、私と話せる事が嬉しいみたいなそんな表情見た事なかった。

「夢子は…オレの事が嫌いだったのか?だから、白鳥美鈴に相談したのか?」

いきなりそう来るの?

そっと円を窺い見ると、ただ頷き返された。

要するに本当の事を話せって言ってるんだよね?……もともとそうするつもりだったからいいけどさ。

「嫌いではない。どうしてアンタがここまで付きまとうか理由が解らなかったから、ちょっと嫌いになりかけたけど。でもなりかけただけで嫌いじゃない」

「そう、なのかっ!?じゃ、じゃあっ」

「でもね、犬太。私は犬太の事が嫌いじゃないけど、恋人になりたいほど好きなのかと聞かれると、違うって答える」

「な、なんで?」

「だって、犬太。私と犬太は姉弟みたいな感じじゃない。一緒にいてキュンキュンしたり安心したりドキドキしたり全くしないんだもん」

「キュンキュンしたり?安心したり?」

「そう。きゃー犬太カッコいいーっ!ってならないの。犬太だってそうじゃない?私と一緒にいて「可愛いなっ」とか「笑って欲しいな」とか思わないんじゃない?」

「それは、…うん」

「私は犬太の幸せを願うけど。でも私では犬太を幸せには出来ない。犬太の隣にいるのは私じゃないと思うの」

「夢子…」

「私はそもそも犬太と付き合いたいと思った事はない。付き合っていたと思ってた事も無い。けどもし犬太に勘違いさせて悩ませたとしたのなら謝る。ごめんなさい」

しっかりと頭を下げる。これは大事な事だから。

「ねぇ、犬太?あのね。王子は私にとって命より大事な恩人なの。犬太なら解るでしょ?私が小学生の時からずっと救ってくれた恩人がいるって言い続けてたでしょ?それが王子なの。彼女が私の心を救ってくれたその恩人なんだよ」

顔を上げて犬太の瞳を真っ向から見詰める。

私の意志が届くようにと。彼の脳がそう判断出来るようにと。

「私の事で王子の手を煩わすような事を私はしない。だけど王子は優しいから手を貸してくれた。私と犬太が距離を置いて自分を冷静に見つめるチャンスをくれたんだよ」

「王子はそこまで考えてないと思うけどねぇ。イチの王子信仰はもう筋金入りだから」

「あいつが夢子が言っていた恩人…?」

「そう。もういっそこの際だから全部話しちゃうよ。犬太もちゃんと聞いてよね?」

私と王子の出会いから最近の事まで全て語ってやる。

早口で全て語り終えると、最初疑ってかかっていた犬太の目が徐々に光を持ち、最後には光輝いた。

「まるでヒーローだなっ!」

「でしょーっ!王子って凄いんだからーっ!」

「おうっ!夢子の言ってた事分かった気がしたぞっ!!でも一つだけ、間違ってるぞっ!!」

「えぇーっ!?何よーっ!!」

「白鳥より円の方が可愛いっ!!」

『ふえっ!?』

円と驚きの声が被る。

それぐらい私は驚き、可愛いと言われた円は顔を真っ赤にしていた。

……はは~ん。これは……にやり。

「そうだよねー。円可愛いよねーっ!私より可愛いよねー?」

「当然っ!」

「そっかそっかぁ。うんうん。所で犬太ー?」

「何だよ」

「私さっき言ったよねー?好きになるって事はさー?こう、気になる異性に対して『ずっと笑ってて欲しいなぁ』とか『可愛くて仕方ないなぁ』とか『自分が守りたいなぁ』とか。とにかく『自分の手で相手を幸せにしたいなぁ』って思う事だって言ったじゃん?」

「うん。言ったな」

「それは私に起きなかったでしょ?」

「…ぶっちゃけ、ないっ」

「でも、それ、今たまに起きてない?例えばー、むぐっ!?」

「イチ…。お喋りし過ぎだよ…?」

ちっ。犬太に自覚させられなかったか。いや、でもきっと円も犬太の事好きだよねっ!?

って事はここで押せば、大事な友達二人が恋人同士になるっ!幸せになってくれるっ!こんなに嬉しい事ないよねっ!?

俄然やる気になって来たっ!二人はお似合いだと思うしっ!絶対二人をくっつけて見せるんだからっ!

その為にはまず犬太が円を好きだと自覚させる必要があるよね。

円の前で犬太をつつくときっと円が邪魔してくるだろうし。となると…。

脳内で二人をくっつける作戦をこねくり回していると、それを察知したのか円がポンッと手を叩いた。

「それにしても、王子。遅いね」

華麗に話題転換されちゃった…。後でそれはゆっくり考えよう。

それはそれとして。確かに言われてみたらお弁当を取りに行っただけなのに遅い。

陸達は買い出しだから遅くても仕方ない。売店が混んでたりしたら遅くなる事もあるし。

けど王子達はそうじゃない。じゃあ何でこんなに遅いんだろ?

段々と不安になってきた。そわそわと落ち着かなくなり…、

「迎えに行く?」

そう口に出したと同時に。

「いや、その必要はないよ」

「ごめん、皆。お待たせー」

あ、良かった。二人共戻って来た。…って、え?

二人共何でそんなぐったりしてるの…?

「お、お疲れ?王子?どうしたんだい?そんなに疲れ果てて」

「それがねー…」

王子と棗さんは靴を脱いでシートに座るとぐったりしている理由を教えてくれた。

何でも、お弁当を取りにコインロッカーに行くまでは良かったんだって。

そこで棗さんが逆ナンパに遭遇。それを断っていると、手を繋いでいた王子に棗さんをナンパしていた女の人達と連れの男達がナンパして来たらしい。

しかも無理矢理腕を掴もうとして、それを棗さんが跳ねのけたのは良いんだけど。そこで逆切れを起こしたナンパ野郎が棗さんに喧嘩売って来て。それを王子がおろおろと見ていたら、そんな王子に人の男を誑かすってどう言う事?って棗さんを逆ナンしてた自分達を棚の上にあげまくって女達が絡んできたんだって。

そんな馬鹿女達の相手を王子がして。良く解らない事態になって、色々面倒になった棗さんがお弁当箱を抱えた王子を抱き上げて逃走して来たらしい。

「…とにかく、お弁当食べようか」

「うん。そうだね」

ぐったり継続中の二人がお弁当を広げ始めたので私達も手伝う。

「すげー…うまそー…」

「ケン、涎、涎」

「犬太…」

円、どこまで犬太のお世話するの?と思わなくもないけど、ハンカチで犬太の涎を拭いている円が幸せそうだから今は突っ込まない。

けど、後で涎を流さないようにする位は躾けよう…。あれ?でも円は自分で躾けたいのかな?だとしたら余計なお世話かもしれない。

「これ、マジで白鳥が作ったのか?」

「うん。そうだよー。風間くんの好みに合うかどうかわからないけど」

「…風間。いつの間に白鳥って呼び捨てに…」

「…棗さん。気にするのそこなんだね」

ついつい突っ込みを入れてしまう。呼び捨てになったのはきっと犬太の中で王子に対する気持ちが整理されたからだと思う。

王子から箸を受け取り、いざ食べようとしたその時。

「やぁっと見つけたぁ」

……誰?

何か超ぶりっ子女が来たんだけど。しかも女数人引き連れて。誰この人達。

王子と棗さんが同時に大きなため息をついた。

視線だけで二人が会話している。

って事はー…もしかして、王子達に絡んできたナンパ達って事かな?

「酷いよぉ。置いてくんだもん」

うわー。くねくねして、超キモッ!厚化粧ですっごい誤魔化してるのがまた超キモッ!

「私達に恥をかかせたんだから、勿論一緒に遊んでくれるんだよね?」

「……はぁ。…まさか、このイベントを実際に見る日がくるなんて…」

?、王子が今何か呟いた?

しかも滅茶苦茶げんなりしてる。かと思ったら急にハッとして棗さんの服を引っ張った。

「棗お兄ちゃん。ちょっと面倒になるよ。この人達……」

王子が棗さんへこっそり何かを耳打ちしている。

すると棗さんの眉間に皺がよった。ちっと小さく舌打ちして、けれど分かったと言葉にせずに頷く。

何を話したんだろう?

そんな私達の疑問は聞くタイミングを与えられず、王子は私達に近寄れと手で招く。

素直に従い四人で顔を寄せる。

「(…お願いがあるの。夢子と円、二人で大地お兄ちゃんを呼んで来てくれない?)」

「(丑而摩先生を?何で?)」

「(…棗お兄ちゃんに声をかけたあの女の人。どこかで見た事があると思ってずっと考えてたんだけど、思い出したの。星ノ茶の現生徒会長の姉だと思う)」

「(星ノ茶の?って事は、もしかしなくても…)」

「(そう。ここらを取り仕切るヤクザの娘。…味方を連れて来られたら厄介だわ)」

「(でも、そんな所に王子を残していく訳にも)」

「(私はこの性質だから遊園地を早く移動なんて出来ないよ。…大丈夫。棗お兄ちゃんがいるし、風間くんだって…ユメや円の為なら頑張ってくれるでしょう?)」

「おうっ!!」

ば、馬鹿ーっ!!

私達が何の為に小声で話してると思ってるのよっ!!

慌てて犬太の口を両手で塞いで、そっと視線をぶりっ子女達に向ける…あ、ヤバい。こっちを睨んでる。

「そちらの子達。特にそこの女の子はずっと貴方と手を繋いでたけどどういう関係?」

棗さんにくねくねしながら聞いている。もう一度言っていい?超キモッ!!

「うぅ~ん。どういう関係と言われてもね。君達には悪いんだけど初対面の人にあんまりプライベートを話す気にはなれないんだ」

「あら?だったら私と一緒に遊園地回りましょうよ。そっからゆっくり互いを知っていったらいいわ」

「お、お兄ちゃん。どこか、行っちゃうの?」

王子がぼふっと棗さんの背中に抱き着いた。

「…大丈夫。行かないよ。安心して」

「ホント?ホントにホント?嘘言っちゃヤダよ?お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんだよね?」

あ、棗さんが赤面した。…確かにあの女達を欺く為の演技とは言え王子の本気の甘えは死ぬほど可愛い。

そんな王子の演技に私達が呆気に取られてると、王子がちらっとこっちへ視線を寄越して、ウィンクした。

そっか。棗さんと王子にあの女達が気を取られてる今のうちに。

「(ケン。今のうちにアタシらは丑而摩先生と陸実を呼びに行ってくる)」

「(犬太。本気の本気で、王子を頼んだからねっ!)」

犬太が任せろと大きく頷いたのを確認して、私達はばれないように足音を立てないようにそっと抜け出して走りだす。

全力で。

休日の遊園地。

人が多いけれど。それを上手く回避する。

「イチっ!丑而摩先生がいるとしたら何処だと思うっ!?」

「可能性としては、食べ物も売ってるとこっ!沢山食べ物買っても荷物持ちの陸実がいるものっ!」

「なら、ここから一番近い場所と言えば…あっちだなっ!!」

スピードを上げる。息が切れるけれどそんなの気にしてられないっ!

急がなきゃっ!もし王子が怪我でもしたらっ!!

あっ、売店が見えてきたっ!しかもあの黄色い声っ!

「ビンゴだっ!イチっ!」

「うんっ!!丑而摩先生ーーーっ!!」

私は全力で叫ぶ。すると私の声に直ぐに気付いた丑而摩先生はこちらの尋常じゃない様子を見て駆け寄って来てくれた。

「どうした?何があった?」

「私達、シートでお弁当を広げてたら、棗さんをナンパした女が絡んできて」

「しかも王子の話によるとそいつ、星ノ茶の現生徒会長の姉らしいっ」

全部説明する前に。丑而摩先生は手に持っていた袋を私達に預けて駆け抜けて行った。

その速さたるや…。

「あ、あれは流石に追い付けないね…」

「あぁ…」

一瞬で姿を消した。

その表現がここまで合う人もいな…いやいるね。王子の側にいる真珠さんとか一瞬で姿を消してるし。

でもその人級に凄い速さだった。

「っと、呆けてちゃいけないっ、イチ、追うぞっ」

「あ、うんっ」

何か忘れてる気もするけど、駆け出した円を追い掛けようと足を踏み出した。

「おおーいっ!!オレを忘れるなーっ!!」

…思い出した。陸がいたんだった。

円はもう全速力で行っちゃったし。残るのは私しかいない。

足を止めて、追い付いてきた陸を待つ。

「一体何があったんだよっ」

両手にペットボトルの入った袋。それで走って来たの?根性あるなぁ。

「夢姉?」

「説明は走りながらするわ。兎に角行くよ、陸」

「お、おうっ」

一分一秒でも時間が惜しい。

私は今来た道を全力で戻りながら並走する陸に事情を説明した。

うん。陸も不安になって来たんだね。走る速度が上がってる。…あの袋の中に炭酸のジュース入ってたら開けるのは止めて置こう。だってめっちゃ振られてるんだもん。

そうこうしている内に、王子達の姿が見えてきた。

王子は棗さんの背に、円は犬太の背に。そんな四人を守る様に丑而摩先生がその女達と対峙していた。

慌てて私達は駆け寄る。

「王子っ」

「ユメ、良かったっ。無事だねっ?」

「私の事より、王子だよっ。怪我無いっ?」

「怪我はないんだけど…」

ないんだけど?

視線が真っ直ぐ丑而摩先生へ向けられる。

「言った筈だよなー?手下はちゃんと躾けておけってー?」

「は、はいぃっ!」

「オレ、そう何度も許せるほど心は広くないんだよー?」

「ひっ!!」

丑而摩先生の声はいつも通りなのに、何でだろう?

すっごく威圧感を感じる。

きっとあの女が自分の部下を呼んだんだろうなぁって事は見て解るけど。

そんなヤクザにも威圧感を与えるって丑而摩先生、何者?

「ちょ、ちょっとっ!アンタ達何びびってるのよっ!こんな奴、数で押せば倒せるでしょっ!」

「お、お嬢っ!何を仰ってるんですっ!?このお人は坊ちゃん…ごほごほっ、姐さんが喧嘩を仕掛けて一度も勝てなかったあの白鳥鴇を支える御三家の一人ですぜっ!?」

「えぇっ!?お兄さ、ごほごほっ、おネェさんのっ!?」

うん?途中やたら咳き込むのは何故?

「オレ達の姫に手を出そうとは良い度胸してるじゃないか。…その顔面潰してやろうか?お前達の所のアレと同じように」

ぞわっ!!

体中鳥肌が立つ。な、なに今の声…。丑而摩先生から聞いたこともないようなドスの効いた声が…。

「す、すんませんしたぁーっ!!」

同時に、女達を担ぎ上げて逃走していってしまった。

「だ、大地お兄ちゃん?あの人達知ってるの?」

「うんー?大丈夫。姫ちゃんは気にしなくていいよー」

さっきまでのあの空気はどこにっ!?

一気にまったり感が復活したっ!

「師匠、やっぱりすっげーな」

「あれを見て一言凄いで済ませられるアンタが凄いと思うわ、陸」

「ささっ。厄介ごとも去ったしー。皆で姫ちゃんの美味しいご飯食べよー」

一瞬、このままここで食べていいんだろうか?とも思ったけれど。

良く考えたら丑而摩先生がいる限り大丈夫だよねと不思議な安心感で納得してしまい、私達は王子の作った美味しいお弁当を食べた。

その後も沢山乗り物に乗って遊びまくり、空が茜色に染まる頃。

遊園地の外に出た。

「あー、楽しかったー♪」

「ねぇ、今チラシ貰ったんだけど、夏にナイトパレードあるんだってさ」

「へぇ。じゃあ夏も来ようよ」

王子を真ん中に私と円が囲むように並んで立つ。

丑而摩先生が車をこっちに回してくれるって言ってくれたから、私達は入口から少し移動したベンチに座って談笑しながら丑而摩先生を待った。

会話を楽しみながら待っていると。


「すみません。ちょっとよろしいですか?」


またナンパ?

一体誰よ。

声のした方へ視線を向けると、そこには小さな男の子が立っていた。黒髪の可愛い系男の子。にっこり微笑むときっと下手な女の子より可愛いだろう。そんな感じ。優兎くんと似てる?いやでも優兎くんは穏やかな雰囲気を纏ってるけど。その男の子はそんな柔らかさは一切感じられない。むしろ…。

ぞわっと鳥肌が立つ様な不可解な恐怖感を覚える。

小学生くらいの男の子の筈なのに。…いや、でも『よろしいですか?』って聞いてきたから、そんなに幼くはなかったりするの?

「……あぁ。やはり…。やっと会えましたよ。私の大事な人」

大事な人?

その男の子は私達を押し退けて、王子の前に立った。

「会いたかった。ずっと、ずっと会いたかった…。こうして貴方に触れられる時をどれだけ待ち焦がれていたか…」

男の子の手が王子に伸ばされる。

私達は咄嗟に、けれど一斉に動いていた。

棗さんはその男の子の手を掴み王子から引き離し、王子と男の子の間に犬太と陸が挟まり、私と円は王子をきつく抱きしめた。

「知らない女性にいきなり触れるのはマナー違反だよ」

男の子と言えど棗さんは容赦ない。

手首が折れそうな程に握りしめている。え…?何で…?その子は涼しい顔をして笑ってる。あんなに強く握られてるのに。しかも顔に笑みを浮かべた。

「知らない女性?あはは。まさか、そんな事ないですよ。私は知っている。彼女の事を誰よりも、ね」

「……どう言う事だ」

「………貴方に言うつもりはありませんねぇ」

カタ…カタカタカタ…。

小さな振動が体に伝わる。

「しかし、今回はまた騎士の数が多い。毎度毎度生まれ変わる度に貴女の騎士は増えますねぇ。苦労するんですよ?貴女を見つけて、貴女の騎士を消して、貴女を私のモノにするのは」

男が言葉を発する度に手の内の振動は大きくなる。

「しかも今度は、女性の騎士もいるようだ。ですが、安心してください。今回は私の方も良い所にいるんですよ?手下がうじゃうじゃといる」

パチンッ。

男の子が棗さんに力の限り握られているのにも関わらず、その手で指を鳴らした。

すると、どこに隠れていたのか。

黒服を着た男達が私達を取り囲んだ。

「嘘っ…」

思わず声が洩れた。

それほどまでに屈強な男達が私達を囲んでいたのだ。

「さて、とりあえず手を離して頂きましょうか。流石に手がなくなるのは避けたいんですよ、まだね」

「何を―――ッ!?」

男の子がナイフを棗さんの顔目掛けて突き出した。

咄嗟に棗さんがそれを回避するも、頬に赤い一線が引かれる。

「棗お兄ちゃんっ!」

王子が叫び、駆け寄ろうとするけど私はそれを止める。

だって今王子が出て行ったらあいつの思う壺だよっ。

「おや?殺せませんでしたか。腕が少し落ちたかな?…まぁ、いいでしょう。手も離してくれたようですしね。お前達も一旦引きなさい」

…黒服の男達が引いて行く。

油断しないように王子を離さないようにしなきゃ。

ぐっと腕に力を込める。

「さて。…ひーふーみー…護衛は五人ですか。…ふむ。早く貴女を手に入れる為には先に何人か殺っとくべきでしょうかねぇ?例えば…馬鹿そうな…」

視線が…犬太にっ!?

私が認識したのと王子が動き出したのは同時だった。


私達の手を振り切って。


犬太の体を抱き締める様にして地面へ押し倒す。その数秒後。


―――ザクッ。


「うぐっ!?」


呻き声が聞こえて…。


一体何が起こったのか、さっぱり理解出来なかった。

けれどさっき犬太が立っていた、その奥に立っていたはずの黒服の男の胸にナイフが刺さっているのを見て瞬時に理解する。

あいつがナイフを投げて犬太を殺そうとした事、そして王子が身を挺して犬太を助けた事を。

「またそうやって助ける。美しい心は君の美徳だと思うけど。でも、私は貴女に怪我をさせたい訳じゃないんだから。…貴女は私だけを見ていれば良いんだよ。…ねぇ、『華』?」

『はな?』

『はな』って誰?

王子の方を見て言っているけれど、王子の名前に『はな』なんて入っていない。

どう言う事?

もしかして、人違いとか?

私が考えている間にも、あいつは話し続ける。

「しかし、残念だな。もう少し成長してくれないと私は貴女を抱く事が出来ない。貴女の中に入る幸福を味わう事が出来ないんだよねぇ。そう思わない?『華』」

ダメ押しの様に言う『はな』と言う言葉。

やっぱり人違いなんじゃ…?

でも違った。

「い、や…」

ぼそりと小さい、けれど明確な拒絶の声が耳に響く。

視線をそちらに向けると、犬太の上からどいたまま地面に尻もちついたような状況で、真っ白な顔をした王子が…恐怖に染められた王子がそこにいた。

「……?、華?」

あいつが不可解そうにしている。

何かあったのだろうか?

予想外の何か?

それが何か探ろうとしたけど、私達は追及する事が出来なかった。何故なら…。


「いやああああああああっ!!」


王子の絶叫が響き渡ったから。


「鈴っ!?」

棗さんが弾かれた様に王子に駆け寄り抱きしめる。

「いやぁっ!!いやぁっ!!」

「鈴っ!!大丈夫っ!!大丈夫だから落ち着いてっ!!」

「来ないでっ!来ないでぇっ!!死にたくないっ!!死にたくないよぉっ!!お母さんっ!!お母さああんっ!!」

あの王子が…狂乱状態に陥ってる…。

そんな状態の王子なんて初めて見た…。

誰が、王子をこんな状態にしたの…?

それは、アイツだっ!

ギッとあいつを睨み付ける。

さっきの不可解気な表情が嘘みたいに、ニコニコと笑みを浮かべている。それが今は気持ち悪くて仕方ない。

「あんた、王子に一体何をしたのっ!?」

「嫌だなぁ。そんな私が悪者みたいに。私は彼女を愛してやまない一人の人間に過ぎないよ」

「愛してやまないって。こっちからしてみたら気持ち悪くて仕方ないね」

円の言葉に私も強く頷く。

「気持ち悪い?そうかなぁ?私の愛を受け止めた彼女はいつも泣くほど喜んでくれているよぉ?ほら、今だって。私と会えた事を泣いて喜んでるじゃないか」

「何の冗談よっ!王子は泣いて怖がってるのっ!アンタを嫌がってるのっ!!どこをどうみたら喜んでるって見えるのよっ!!」

「ははっ。それは君には解らないよ。彼女は涙で喜びを表す人だからねぇ。あぁ、ごめんね。理解出来なくて当然なんだ。これは私と彼女だけの…そう。彼女を抱いた時だけに表れる…。私を受け入れた時のあの嬉しそうな…。それは私にしか解らない。はははっ」

悦に入ってるその様に、ぶわっと鳥肌が立つ。

気持ち悪くて仕方ない。

「思い出したら…抱きたくなってきたなぁ…。やっぱり…今連れてってしまおうか」

「なっ!?」

スッとその気色の悪い瞳が眇められた。

王子の恐怖に泣き叫ぶ声は収まっているものの、それはきっと棗さんがずっと抱きしめているからだ。

そんな王子をこんな奴に渡したら、王子は…っ!

どうしたらいいのっ!?

どうしたら王子を守れるのっ!?

こんな不気味な奴からどうしたらっ…。

最悪、私が王子の盾になろう。そう思った、その時。


「…そんな事、させる訳がないだろう、がっ!!」


―――ガンッ!!


「うぐっ!!」


唸るような低い声と同時にそいつが吹っ飛んだ。

「師匠っ!」

「陸。女の子を守れ。風間は親父さんに電話しろ。今すぐにだ。棗、姫ちゃんを絶対に離すなよ。真珠さん、皆を頼んだ」

「はいっ」

シュタッと即座に私達の前に現れた真珠さんが私達を庇うように立ってくれる。

「…っ…。体が子供なのはやっぱり不利だねぇ。どんだけ痛みに慣れていても軽いから物理的力で来られると吹っ飛んでしまう」

唇から垂れた血を拭うあいつの顔は大きく腫れあがっていた。

「これでも全力で殴ったってのに、てめぇ何で笑ってやがる」

「痛みには慣れてるんだよ、昔からね。それに彼女を手に入れる時は必ず痛みが付いて回る。それこそこの痛みを越えた先に幸せが待ってるかと思うと、痛みですら愛おしいっ」

「狂ってやがんな。でもまぁ、てめぇの指示ならオレの車に細工がしてあったってのも頷ける」

細工っ!?

私達が驚愕すると、それすらも楽しそうにあいつは笑った。

「私も予想外だったよ。車に乗った瞬間全てのドアに外部ロックがかかり中からは開けられないようにしたはずだった。更に中から引火して君は死ぬ筈だった。なのにどうして君は生きてるの?」

「必ずしもドアから出なければいけない、なんて誰が決めたルールだ?」

「まさか、壊したのかい?あれを?君はホントに人なのかい?」

「てめぇに言われたくねぇな」

「ま、それは確かに。…でもそうなると、ちょっと厄介だなぁ。ここは逃げるのが得策かなぁ」

「…逃がす訳、ねぇだろっ!」

丑而摩先生が走りだす。

チッと舌打ちしたアイツが逃げる。

それを援護するように黒服の男達が動き出すけれど、丑而摩先生の敵ではないようで拳一発で動きを止められた。

「夢姉っ!こっちにっ!」

唐突に名前を呼ばれて、反射的に振り返ると陸が私に向かって近くへ来るように言っている。

どうやら真珠さんの指示でどこかに身を隠す事になったようだ。

棗さんは恐怖のあまり意識を失った王子を抱き上げて既に走りだしており、円は同じく走りながら犬太に電話の内容が相手に上手く伝わる様にサポートしている。

残されたのは私だけ。陸の側に駆け寄ると、陸は私の手を取って走るスピードを上げて前を走る四人に追い付いた。

「なるべく纏まってっ。一人でも相手に捕らえられると大地さんに不利になるっ」

「はいっ」

棗さんの言葉に私は反省の意味を込めて大きく頷く。

ダカダカダカッ。

複数人の足音が背後から聞こえてくる。

まさかっ!?

足を止めずに振り返るとそこには黒服の男が追って来ている。

懐に手を入れてる姿を見て、信じられないと思いつつも一つの可能性に辿り着いてしまう。

こう言う時悪役が持っている物はっ。


―――パンッ。


発砲音。

こんな予想当たって欲しいなんて思ってないっ!

「銃如きで私達をどうにか出来るなど思わない事ねっ」

最後尾を走っていた私と陸の後ろに真珠さんが突如現れて、何かを黒服相手に投げつけた。

「後ろを見ないで走ってっ!背中は私が必ず守るからっ!」

真珠さんの言葉を疑う必要なんてない。

彼女と私はきっと凄く近い人間だ。だって王子が何よりも大事なのだから。

言われたまま真っ直ぐ前を向き全力で走ると、そこには車が一台あり、

「皆様っ、お乗りくださいっ!」

金山さんの声が聞こえて。

私達は一斉に車に駆け込む。それと同時に車は走りだした。

やっと落ち着ける場所へ辿り着いた所為か、どっと疲労が襲い掛かる。

全力疾走を続けた息も何とか整える事が出来た。

「だから、父ちゃんっ!急いでくれよっ!」

犬太の必死の訴えに受話器の向こうから何か声が飛んでいる。

「鈴…。…怖かったね、鈴。もう、大丈夫だからね」

王子を膝の上に乗せて棗さんが抱きしめている。

「……師匠は、大丈夫なのかな」

陸の呟きに私も頷く。

窓の外を見ると何事もない平凡な人通りが見える。

さっきまでのあの状況がまるで嘘みたいだ。

夕日がそろそろ沈む…。

「……渡し損ねちまった」

「陸?」

陸がポケットから取り出したのは白いリボンでラッピングされた可愛い小さな箱。

「明日、美鈴センパイの誕生日だろ?誰よりも早く祝ってやろうって思って買っといたんだ。男が苦手だって知ってたから遊園地も多分そんな来た事ないだろうなって思って。だったら今日一杯遊んだ後に最後にサプライズで渡そうと思って」

弟分の言葉に車内は沈黙が落ちる。

誰だってこんな事になるなんて思ってもいなかった。

だから、私達は誰も悪くない。

こんな風に暗くなる事なんてない。

それに、今日は王子だって楽しそうだった。なのに自分が狙われた所為でこんな事になってしまったなんて知ったら悲しむ。王子は絶対に。

だったら私がする事は一つだ。

私は陸を見てニマリと笑った。

「今日の事件は別として。それを渡せなかったのは王子に良い格好しようとして抜け駆けしようとした陸が悪い」

冗談めかして、そう言うと陸はきょとんとした顔をした。昔から変わらない陸の驚いたような顔。

「ちゃーんと平等に『明日』学校で私達が渡した『後に』、放課後『海と空』と三人で渡したらいいわ」

「うっ…。夢姉ひでぇ…」

げんなりした陸の言葉で車内の空気が和らいだのを感じた。

これでいつ王子が起きても大丈夫だと思う。

金山さんはあいつ等が追い掛けてくる事も踏まえ、暫く車を走らせた。

そのまま帰宅して私達の家を特定される事を避けたんだろう。

日がとっぷり暮れ星が空で輝く頃、私達は各々の家へ送られた。

家へ帰った後、王子は目を覚ましたのか?、丑而摩先生は無事なのか?、と全然落ち着けなかった私は部屋でずっと携帯と睨めっこしていた…のだけど。

夜の11時くらいに、電話の呼び出し音が鳴った。

携帯の画面を見ると、相手は陸で。

一も二もなく電話に出る。

『よ、夢姉。やっぱり起きてたか』

「当り前でしょっ。それで王子はっ!?王子は大丈夫なのっ!?」

『…オレも気がかりでさっき美鈴センパイの一番上の兄さんに連絡とってみたんだ。母さん経由で。そしたらまだ目を覚ましてないって』

「……そう…。あんなのにストーカーされてたら怖くて意識失って当然だよ…王子…」

『オレもそう思う。まさかあんなのに狙われてたなんて思わなかった。けど、もうその心配もいらねーんじゃねーかな?』

「どう言う事?」

『オレ美鈴センパイの兄さんに電話した後、師匠にも無事かどうかの確認の電話したんだ』

「そうだ、丑而摩先生っ。丑而摩先生も怪我とか」

『それは全然。かすり傷程度だって。それよりオレ達を襲わせたあのガキ。あいつ、死んだらしいぜ』

「死んだ…?陸、詳しく教えて」

『師匠の話によれば、黒服連中をのしてあのガキにもう一発全力で殴りを入れたらしい』

「まさか、丑而摩先生っ」

『いや。オレもそう思ったけど違うんだって。ほらアイツ言ってたじゃん。痛みが幸せとか何とか』

「確かに言ってた。あまりの気持ち悪さに鳥肌立ったもん」

『オレもオレもっ。っと違った。それでな?実際痛みを感じないかどうかは知らねーけど、師匠に殴られてもまだ走って逃げたんだって。で、ガキと思えないスピードで逃げるから姿を見失ったらしい。どこを探してもいないから一旦オレ達と合流しようと車通りの多い道の歩道に出て携帯を取り出した所で、ガキの襲撃にあって咄嗟に避けたら、そのガキがバランスを崩して着地した場所が車道で。車に轢かれたって。全身複雑骨折の即死』

「その車って?一般の人?」

『それが…風間の兄ちゃんの親父さんが運転した車だったんだって。それに美鈴センパイの親父さんも同乗してたって』

「………そう。なら、色んな意味で安心だね」

『おう。多分丑而摩先生にも風間の兄ちゃんの親父さんにも、先輩の親父さんなら良い様に対処してくれるはずだ』

きっと、車があいつを轢いたのは偶然でも何でもない。二人は…ううん。犬太のお父さんがそこまで賢くない事を知ってるから、多分王子のお父さんが全て計算したうえで、偶然を装って轢いたんだ。

状況は犬太のお父さんを通じて全て知っていたんだと思う。

『それから、暫くはあの場にいたオレ達全員に護衛をつける事になったって言ってた。あの金山って人が用意してくれるらしい』

「…それは絶対的に安心だね」

『おう。…何か色々あってオレ疲れた。一応明日の放課後エイト学園に行くから、またそん時話そ。んじゃ、オレ寝る。お休み~』

「うん。お休み」

電話が切られる音がして。私はベッドへ仰向けにダイブした。

アイツが死んだ。

…どうにも信じ難い。

いや、勿論人だし。子供だし?

車に轢かれたら生きてる訳がない。そう思うけど…。どうしてだろう?

死んだ気がしないのは…。

瞳を閉じると、アイツの笑った声と王子の叫び声が聞こえる気がして。

ゾクリとまた鳥肌が立つ。

(…思い出したら駄目だ。陸が言ってたじゃない。死んだって。それを信じよう。うん。今日はお風呂に入ってもう寝よう)

私は体を起こしてお風呂場へと向かった。


――翌日の朝。

円からメールが届いた。



『王子。昨日の記憶の一部がないらしい』


高校生らしいイベントの裏で…。

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