※※※(犬太視点)
「あんたの所為でオレは振られたんだーっ!!」
女子クラスの教室へ飛び込んで宣言する。
だってそうだろっ!オレは夢子の為を想ってずっとずっと行動して来たのにっ!!
こいつの所為で一気に駄目になったんだっ!!
だからオレは間違ってないっ!!
女子クラスの教室のドアをこじ開けて、王子とか呼ばれて威張りくさった女を指さして睨み付けた。
「全部アンタの所為だっ!!責任とれよっ!!」
「……凄い。王子の言った通りだった…。恋人関係じゃなくなった」
「感動してるとこ悪いけど、イチ。こいつ、誰?」
「誰?だとーっ!?ついこの間ゲーセンで会った事も忘れたのかっ!?」
ビシビシッ!!
何度も人差し指を突きつけて訴える。
ゲーセンで会ったばかりだと言うのに忘れてるとは何て馬鹿な奴なんだっ!!
「…いや、それアタシじゃねーし。って言うか、キャンキャンうるさい。女か、アンタ」
「何だとっ!?」
「まっ、いいや。取りあえず、黙っとけ」
「うぐっ!?」
女が男にアイアンクローかけるか、普通っ!?
って言うか体もデカけりゃ手もデカいのかっ!?
「んで、イチ。ホントにコイツ誰?」
「私の幼馴染…の勘違い馬鹿」
「勘違い馬鹿?…あー、分かった。あんたがこの前イチと王子が話してたあれかー。納得。ってー事はー、王子が来る前にコイツは持ってった方がいいな。アタシ、次の授業ふけるわ。華菜、あとよろしく」
「はいはーい」
何だ?一体どうなったんだ?
「よっこいせっと」
「おわぁっ!?な、なにすんだっ!?」
「いいから犬は黙ってろ」
お、お、女の癖にオレを楽々肩に担ぎあげるとか、な、何だよ、この怪力っ!?
「お、おろせぇっ!!」
「はいはい」
暴れてもビクともしねぇぞっ!!
さ、流石王子と言われてるだけの事はあるなっ!!
けど、オレは負けないっ!!夢子の愛を取り戻すんだっ!!
………にしてもコイツ、オレを何処に連れて行こうとしてんだ?
廊下をこうやって堂々と歩かれるとオレ…すげぇ目立って幸せなんだけどっ!?
ついつい笑ってる奴らに手を振りたくなるよなっ!?
「よし。ここならいいだろ」
足が止まった。ここ何処だ?
キョロキョロと担がれたまま辺りを見てみるが全然見覚えがないっ!
「てめぇっ!オレを何処へ連れてきやがったっ!」
「何処って。校舎裏だけど?」
「コウシャウラってのは何処だっ!?」
「……だから、校舎の裏」
「コウシャのウラだとぉっ!?…何だ、校舎の裏か」
「アンタ理解するのにどんだけ時間かけてんのさ。……まぁ、いいや。座んなよ」
でっけー木の下に座ったそいつ。横をポンポンと叩いて…隣に座れって?仕方ねぇなぁ。
ドスンッと音を立てて胡坐をかいてそっぽ向く。
「それで?アンタは王子にどんな恨みがあるんだ?アタシで良ければ聞くよ?」
「王子にどんな恨み…?お前がそれ言うのかよっ!お前が夢子にオレを振る様に言った癖にっ!!」
「あー……」
「オレ、ずっとずっと夢子の事だけ想ってたのにっ!!夢子は女子校に行って変わっちまったんだーっ!!」
「……っと何処にあったかな…ハンカチ、ハンカチっと」
「夢子、夢子ぉ…うわああああんっ!!」
「膝抱えちゃったよ…。子供を泣きやますにはコレだよな。ほら、ワンコ。膝抱えてないで顔あげろって」
だばだば溢れる涙と鼻水に前が見えない。
そんなオレの頬に、甘い匂いのする布が当てられた。
「ぐちゃぐちゃじゃんか。ははっ、そっかそっか。アンタそんなに夢子の事好きだったんだなぁ。えいっ」
「むぐっ」
な、なんだっ!?
「………ふふぁい…」
甘くて、んまい。…これ、何だ?
オレが口の中に突っ込まれた何かと格闘してる間に、布で涙やら鼻水やらを拭いてくれる。
「美味いか?」
うまいっ!
こくこくと頷くと目の前のそいつは嬉しそうに笑った。……あれ?可愛い?
「まず落ち着けって。ゆっくりで良いから聞け」
仕方ないな。聞いてやろう。…これ飴だ。でっかいロリポップキャンディー。
「取りあえず、アタシは王子じゃないよ?」
「むぐっ!?」
「アンタ、王子にあった事あるんだろ?それなのに顔覚えてないのかい?」
うえええっ!?
お前が王子じゃないのかよっ!?
マジマジとその顔を見ると何故か苦笑された。
「そんなに似てないだろう?王子に」
「ふぁ、ふぁっふぇ、ふぉうふぃっふぇっ」
「うんうん。何言ってるかさっぱり分からないから、口から飴だして話そうな?」
ハッ!?そっか。どうりで喋り辛いと思った。
棒を掴んで口から飴を出す。
「あぁ、もう。涎、涎っ」
布が再び、今度は口元を拭ってくれる。
「さ、さんきゅー…」
「うん。どういたしまして。それで?何て言いたかったんだ?」
「そ、そうだっ!だって、王子って身長高くて」
「まぁ、確かに高いけど、アタシよりは低いぞ?」
「金色の髪をしてて」
「見てわかる様にアタシの髪はダークブラウンだし」
「目が水色してて」
「王子みたいにキラキラしい色はしてないだろ?」
………あれ?もしかして、もしかすると…。
「別人?」
「そゆこと」
って事は、もしかして、オレ関係ない奴に喧嘩売った?これはだめだっ!
「わ、悪いっ!オレてっきりっ」
「大丈夫。アタシは気にしてないよ。それより、ほら落ち着いたなら、王子の所為で振られたってとこ詳しく教えてみなよ」
ふわっと柔らかい匂いがする。さっきと同じ甘い匂い。…これはこいつの匂いなのかな?
優しく聞かれて、心が温かくなって。
オレは夢子との事を一から全て話した。全部ぜーんぶ話した。
「成程ね。全く、アンタはおバカなんだねぇ」
「わわっ!?ちょ、やめろよっ!!」
折角セットした髪型が滅茶苦茶にされるっ!
「基本的にはアンタの勘違いが暴走しまくって事故を起こしたって感じなんだろうけど。でも、アンタはそれに納得が行ってないってことなんだろうね」
「???」
言ってる意味が分からなくて首を傾げた。
「とりあえず、アンタはまだイチの事が好きなんだろ?」
イチ?イチって誰だ?
「あぁ、悪い。えっと、夢子の事が好きなんだろ?」
「……………好き」
素直に頷く。好きじゃなきゃ付き合ってない。
けど、振られたんだ…。夢子はもうオレの事なんて好きじゃないんだ。もうただの友達に戻ろうって…うぅ…。
「好きなら諦める必要はまだないよ。これから努力すればいいじゃないか。もう一度好きになって貰えるように」
え…?
「まだまだやれること、あるだろ?どうして夢子がアンタと別れたいと思ったのかを調べるとか。夢子が心酔してる王子がどんな人間なのかリサーチする、とか」
「やれることが、ある…?」
「あぁ、そうさ。敵を知り己を知れば百戦危うからずってね。まずはどうして夢子が王子をあんなにも好きになったのか調べて見たらどうだい?」
調べる…。そっか、そうだよな。
あいつが王子って奴の事を好きなのであれば、そいつがオレより何か強い点があるかもしれないってことだよな?
それを知る事が出来ればオレも夢子との別れを受け入れられるかもしれない。
「オレ、王子を調べてみるっ!」
「そっか。ならアタシも付き合うよ」
「え?でも」
それは流石に悪いと言うか…こうやって相談のってくれただけでも有難いから、飴もくれたし、良い奴だって分かったし。そんな優しい奴にそこまで付き合わせるのは…。
「アンタには悪いけど、ハッキリ言ってアタシも王子に心酔してる。もし王子に何かしたらアタシは容赦しない。例えアンタにどんな理由があったとしても、だ。見張りの意味も兼ねてるんだよ。それと…アンタにも王子の良さを分かって貰いたいって意味もある」
「う?……悪い。良く、意味が分からない」
「そっか?ははっ、なら良いんだよ。ただ一緒に行動したいって理解してくれたらいい」
「一緒に行動?」
「そ。王子の事調べる時必ず誘ってよ。絶対だよ?」
う…。何か、やっぱりこいつ可愛いぞ…?
「約束だよ?」
微笑んでじっと目を覗き込まれたらもう頷くしかない。
全力で頭を上下に動かして頷くと、そいつはまた嬉しそうに笑った。や、やっぱり、可愛いぞっ!?
「じゃあ、早速今日の放課後から…授業が終わったら誘いに行くけどいい?」
「放課後、な。うん、分かったっ」
バクバクと何か緊張して来た。な、なんでだっ!?
「あ、それからさ」
「な、なんだっ!?」
「アンタの名前、教えてくれる?アタシは向井円。アンタは?」
「あ、そっか。名前言ってなかったっけ。オレは風間。風間犬太だ」
「けんた?どう書くんだ?」
「ワンコの犬に太郎の太だ」
「そっか。アンタらしい名前だね。アタシの名前は輪っかの円って書いて『まどか』って言うんだ」
まどか…まどか…か。まじまじと顔を見つめてみると、微笑んでくれる。何度見ても笑顔が可愛い。ちょっと釣り目だけど微笑むとそれが和らぐんだ。
「犬太か…皆には何てあだ名で呼ばれてるんだ?」
「そーだなー。タロとかイヌとかワンコとか…」
…親しみこめて呼んでるのは解るんだけど、何で皆犬っぽく呼ぶんだ…と不満に思う。
「じゃあアタシはケンって呼んでもいい?」
おぉ。初めて犬絡みじゃない呼び方だ。
「いいぞっ。オレはじゃあ、円って呼び捨てにしてもいいか?」
「勿論いいよっ」
あ、また笑った。夢子も良く笑うけど、何でだろう。何か違う…。円が笑うと、こう…胸があったかくなる。
もう一度、笑わないかな…?
そう思って、何か話題を探していたらチャイムが鳴った。
「あ、午前の授業終わったな。それじゃ、そろそろ戻ろうか。また後でな、ケン」
立ち上がってスカートについた土を払うと、円が微笑んで手を振って走って行った。
オレはそれに手を振りつつも、また見れた笑顔に喜びを隠せない。
放課後って言ってた。
また後でとも言ってたっ!
じゃあ、今日また会えるんだっ!
円に会える事が無性に嬉しくて。飛び上がる様に立ち上がって早く授業を終わらせてしまおうとオレは教室へ急いだ。
……でも、オレがどれだけ急いでも時間は速く過ぎてくれる事はなかった。
午後の授業をずっとせかせかそわそわして過ごし、やっと放課後になった。
円が迎えに来てくれると言っていたから、鞄を持って教室の入り口をちゃんと見れるように教卓の上に正座して待つ。
じー…。
………来ない。
じー………。
…………来ない。
じー………………。
―――ガラッ。
ドアが開いた。
来たっ!!
来た来たっ!!
円が来たっ!!約束通り来たっ!!
何故か円の姿を見てクラスの連中は退いて行く。意味が分からないけどいいっ!!
円が来てくれただけで嬉しいっ!!
「お待たせ、ケン。…ってアンタ何処に座ってるんだい?」
円だ、円だっ!
堂々と中へ入って来る円がオレの前に立って笑う。あぁ、なんでだ?円の笑顔見れただけで滅茶苦茶嬉しいっ!!
「ケン?ほら、降りなよ」
首を傾ける円。つられてオレも首を傾ける。すると、円は笑った。また笑ったっ!!
「ははっ。もう、本当にアンタはっ」
円の手が伸びて来て…うえぇっ!?
だ、抱きしめられてるっ!?
頭を抱え込まれてるっ!?
ってことは…この頬にあたる…柔らかい、感触は、もしかして…む、ね…?
うあああああっ!?
どどどどどどうしようっ!?
柔らかいっ!!
もっと触りたいっ!!
いや、そうじゃないっ!!
でも幸せな感触っ!!
円の甘い匂いっ!!
あ、もう、幸せ過ぎて…無理…。
「あ、あれ?ちょ、ケン?ケンッ!?」
あれ?何だか円の声が遠く……。
視界も何だか閉ざされて…目には黒しか映らなくなった。
「………男子には毒だからー。もうちょっと手加減してやってー」
話し声が聞こえる。
この声、保険医の声か?
あれ?何でオレまだ真っ暗闇の中にいるんだ?
頭が高くなってるけど、これ、枕…?でも、円と同じ匂いがするんだけど…。
「ご、ごめんなさい…。目をキラキラさせてる姿が可愛くて可愛くて、つい…」
「って言っても、男は狼だからねー。気を付けないと逆にパクッと食べられちゃうよー?あんまり煽っても良い事ないからねー?」
「はい…」
「興奮し過ぎて意識失うとかー。羨まし過ぎるけどねー?とりあえず処置は完了したしー鼻血拭いてやったしー、後は目を覚ますのを待ったら大丈夫ー。それじゃあねー」
「はい。ありがとうございました。迷惑かけてすみません」
ガラッとドアが開いて閉まる音がする。
お?目に力が少し入る様になったぞ?よし、これなら開けられる。
ゆっくりと目を開けると、心配そうな円の顔が飛び込んできた。
「目が覚めたか?大丈夫か?ケン」
「目が覚めた?もしかして、オレ寝てた?」
「寝てたって言うか倒れたんだよ。ごめんよ、急に抱き着いたりしたから…」
抱き着い…あっ!?
思い出して顔が赤くなる。
すっげー柔らかかったっ!!夢子を抱きしめた時と全然違った。何より拳が飛んでこない。
「起き上がれるかい?それとももう少し、横になっとく?アタシの足、筋肉質だから柔らかくないかも、だけど…」
え?足…?
仰向けになっていた顔を横向きにかえるとそこには女子の制服のスカートがあって。
こ、これって膝枕って奴なんじゃ…?
ふわふわしてて柔らかくて気持ちいい訳だ。
ごろんと体も横にしてその太ももに額を擦りつけてみる。
「ちょっ、くすぐったいよっ、ケンっ」
笑う円の顔が上にあって。頭の下には円の柔らかい足があって。え?これどんな天国?
「起きないの?」
「………もうちょっと、こうしてたい…。ダメか?」
甘えてみる。
本当なら男がこんな甘え方したら駄目だって親父は言ってた。夢子もこんなこと言ったら多分拳を叩き込んでくる。
でも、円なら許してくれる気がして…。
「いいよ。アタシなんかの膝枕で良いならいくらでも。もうクラスの連中もいないしね」
頭にそっと円の手が触れる。何度も何度も撫でてくれる。
それが気持ち良くて、幸せで…。ついそのまま眠ってしまった…。
どうしよう。夢子に振られて朝まで落ち込んでたはずなのに。
そんな気持ち、すっかりどこかへ吹っ飛んで行ってしまった…。
大体30分くらい。
円の膝で心地より眠りを味わって目を覚ます。
ずっと頭を撫でてくれたたのか、オレが起きた事にすぐ気づき、見上げたオレに円は微笑んでくれる。
嬉しくて、もう一度眠りたい気もするけど、流石に足が痺れるよな。
体を起こして円に笑いかけると、円も微笑んでくれる。
「じゃあ、早速行こうか」
行く?え?何処に?
「?、王子を調べるんだろう?」
直ぐに答えなかったオレに円が答えをくれた。
……すっかり忘れてた。
そうだ。そう言えばそれがあった。
「今日は薙刀をするって言ってたっけ?とりあえず道場に行こうか」
「お、おうっ」
オレが勢いよく立ち上がると、円もゆっくりと立ち上がって…お、おいっ、ふらついてっ―――。
「危ねぇっ」
慌てて抱きとめる。オレの方が圧倒的に身長が低いから腕で抱きとめると言うより頭で受け止めたと言った方がいい。
でも取りあえず倒れるのを防げて良かったっ!
「ご、ごめんっ」
「いや、いいけど。ど、どうしたんだ?病気か何かか?」
「え?あ、違う違う。その、足、が、痺れちゃって」
足が痺れた…?
あ、そうかっ!膝枕してたからっ!?
「わ、悪いっ!オレの所為だなっ!?」
「違うよ。アタシ、昔から正座が苦手なんだ」
「そうなのか?」
「あぁ。剣道やってるってのにね。情けないだろ?」
「そんなことねぇよっ!だ、誰にだって苦手な事の一つや二つあるだろっ!」
オレだって苦手なことだらけなんだっ。正座が苦手なんて可愛いもんだろっ。うんうんっ。
とりあえず、態勢を立て直させてやらないと…ってあれ?
肩を掴んで体を支えるようにして円の顔を見て、少し驚く。
円の顔、真っ赤だ。しかも気のせいか少し目が潤んでるような…?
もしかして熱かっ!?熱なのかっ!?風邪引いたのかっ!?
「円、大丈夫か…?」
確か熱の時は大声は頭に響くんだよな?声を小さめにして聞くと円は、
「だ、大丈夫。あ、ありがとね、ケン」
と真っ赤な顔のままはにかんだ。
ドクンッと胸が大きく鳴る。な、なんかオレまで顔が熱くなって来た。
熱か?熱なのかっ!?
「と、とにかく、もうアタシも大丈夫だから、行こうよっ」
「お、おうっ」
ちゃんと立ち上がった円にホッとしつつ。円の顔をもう少し見ていたかったとちょっと残念に思いつつ。オレは歩き出した円の後を追った。
堂々と歩く円から、擦れ違う奴ら皆何故か距離を置く。
?、意味が分からない。
円は良い匂いだし、優しいし、可愛いのに。
こんなに可愛いのに近寄りたくならないっておかしくね?
「ケン?何で後ろにいるんだ?どうせなら話しようよ」
立ち止まって振り返った円が笑う。
ほら、やっぱり可愛いじゃねぇかっ。
距離を置くとか意味わかんねーけど…。でも、オレだけが側にいけるってのは…嬉しい気がする。
オレは少し走って円の横に立つ。
あんまり認めたくねーけど、オレ身長が150cmしかねーから、円と並ぶと見上げなきゃならなくて。でも。
「どうした?ケン?…もしかして、アタシと並んで歩くの、嫌か?」
「んな訳ないっ」
円の言葉を全力で否定出来るくらいには気にならない。
……オレは小さいのがコンプレックスだけど…もしかしたら…。
「円、嫌な事だったらごめんな?もしかして、円身長高いの、コンプレックス?」
「……そう、だね。今は気にしないようにしてるけど。でも、夢子くらいの身長だったらと思う時があるよ。そうしたら、この眼つきの悪さや口の悪さももう少しはカバー出来たかもしれない」
あっ、あっ、声が落ち込んでしまったっ!?
なんでオレはこう余計な一言が多いんだろっ!
えっと、えっとっ…そうだっ!
「で、でもオレは円の身長もその吊り上がってる瞳も全部可愛いと思うぞっ!」
「えっ!?」
円の足が止まる。釣られてオレの足も止まる。
な、何か不味い事言ったかっ!?言ったのかっ!?
ほ、他にはえっとえっと…。
「口が悪くったって、円は優しいっ!オレの相談にも乗ってくれたっ!甘えさせてくれたっ!それから、それからっ!」
「ちょっ、け、ケンッ!も、もういいっ!恥ずかしいからっ!」
「むぐっ!?」
また口に何か突っ込まれた…。またロリポップキャンディー。
黙り込んでしまった円に不安になる。また何か言ってしまったんだろうか…?
そっと円の手をとってみると、ビクッと震えてゆっくりとオレと顔を合わせてくれた。
うわ……真っ赤だ。
恥ずかしいって言ってたから、もしかして、照れてるのか?
……円、可愛い…。
思わず見惚れてしまう。
「……ふぁふぉふぁ?(円?)」
「ご、ごめん…ちょっとだけ時間くれる?そ、その…落ち着かせ、るから…」
…円には悪いんだけど、オレ、もう少しその顔見ていたい…。
じっと円の顔を見つめ続ける。
「あ、あんまり見ないで…」
「ふぁふぁ(ヤダ)」
「ケン。お願いだから…」
「ふぁふぁっ(ヤダッ)」
だって見ていたい。
円は耐え切れずしゃがみこんでしまった。
隠された…。
折角可愛かったのに隠された。オレはまだ見ていたいのに。
どうにかして見れないかな…?
そう言えば手は掴んだままだし、顔は片手じゃ隠しきれないよな。
手をぎゅっと繋ぎ直して、腰をかがめて円の顔を覗き込むと、円は上目遣いで顔を真っ赤にしたまま睨んできた。
「うぅ…ケンの、ばか…」
ズギュンッ!
胸をバズーカで撃ち抜かれた気がした。
円、ホントに可愛いっ。
触ってみたくて頭を撫でてみると、円は真っ赤な顔をそのままに、ふっと柔らかく本当に暖かな笑みを浮かべた。
その顔を見ているとオレも何だか暖かな気持ちになって、釣られて微笑む。
「うん。ちょっと落ち着いた。とにかくケンは涎拭きなよ」
そう言って取り出したハンカチで円はまたオレの口元を拭いてくれる。
…そっか。オレ今飴食ってたんだ。どうりで言葉が話せなかった訳だ。
「さて、このまま真っ直ぐ行けば道場だよね。いれば良いけど…」
誰が?
首を傾ける。
すると立ち上がった円は同じく首を傾けた。
「王子を調べるんだろ?」
…………。
すっかり忘れてた。そうだっ、そうだよっ。その為に円を待ってたんだしっ。
……あれ?本当にそうか?オレ円待ってる間、円の事しか考えてなかった気が…?
ま、いいやっ。
円の手を握って道場に向かって小走りする。因みにロリポップはガリガリ齧って食べ切った。棒は廊下にあったゴミ箱にポイした。
そしてついた道場でオレと円は入口からこっそりと中を覗いてみた。
そこには夢子が王子と呼ぶ人物がいて。
今度こそ間違いない。
…道場の真ん中で微動だにしない。正座したままだ。
「何してんだ?アイツ」
「精神統一って奴だよ。あぁやって自分と向き合う事で精神が鍛えられるんだ」
「へぇ~…」
精神って鍛えてどうするんだ?
夢子は一体アイツのどんな所に惚れたんだ?
そもそもアイツの凄いとこってどこなんだ?
全く動かないからさっぱり分からない。
「なぁ、円。アイツって本当に凄いのか?円がそこまで言うほどの奴か?」
「王子の強さは見た目じゃないからね。…あぁ、でも、ちょっと見てな」
円がポケットから何か探って取り出した。…飴玉だ。小っちゃい袋に入った飴。
それを円は大きく手を振り上げて王子に向かって投げつけた。
いきなりの行動に驚き、その飴を視線で追い掛けて王子の後頭部にあたると思った瞬間。
―――パシッ。
頭を左へ動かして投げられた飴を左手でキャッチしたのだ。
う、嘘だろ…?
何処にも鏡とかないよな?って事は…後ろにも目があるってことかっ!?
「…言っとくけどケン。王子の目は頭の後ろにはついてないからな?」
「ええっ!?円なんでオレの考えてる事が分かったんだっ!?」
「だってケン、分かりやすいし」
分かりやすい、かぁ?
「うん。分かりやすい」
またオレの考えてる事がバレたっ!?
驚いていると円がクスクスと笑う。
円が笑ってる…。円が笑ってるならいっか。
つられてオレも笑っていると。
「二人共ー。仲良く笑ってる所悪いんだけど。どうして私飴を投げられたのかなー?」
声がしてそちらへ視線をやると、道場の真ん中で腕を組んで王子がこちらを睨んでいた。
「あはは~。頑張ってる王子に飴をプレゼントってね~」
「プレゼントって…。全くもう。円は…」
全然怒ってないのか?
邪魔されたのに?飴投げられたのに?
「にしても不思議な組み合わせだね?どうして二人一緒にいるの?」
近寄って来ずにその場で不思議そうに聞く王子にオレと円は顔を見合わせる。
「えぇーっと…内緒って事でっ。行こうっ、ケンっ」
「お、おう」
円に連れられるままオレは道場を出た。
この後どうするか悩んだけれど、円も鞄を持ってる事だし今日は帰る事にした。
そのまま玄関へ行き、互いに靴を履き替える為に一旦離れてまた合流する。
「なぁ、円」
「うん?何?」
「王子って怒ると怖いのか?」
「うーん…まぁキレると確かに怖いかも。普通に女であろうと顔面拳で殴り付けるし。前殴られた奴整形したくらいだしね」
……滅茶苦茶怖ぇじゃねぇか…。
オレ喧嘩売らなくて正解だったんじゃ…。
「でも王子は誰彼構わず喧嘩を買う訳じゃないし。勿論売る奴でもない。普通に接してさえいれば本当に優しい奴だよ」
「優しいって…でも、オレはあいつの所為で夢子と…」
別れる事になったんだ。
しかも夢子に何かを吹き込んだんだ。だって夢子はそれまでオレと別れたいなんて一言も言わなかった。
「それは――」
「あれ?向井先輩?風間の兄ちゃんも?」
円が何かを言おうとしたけれど、その言葉はある声で遮られた。
校門の所に誰か立っている。…ってあれ?もしかして陸実か?
「よ、ガキ。こんな所で王子を待ち伏せか?」
「おうっ!…ってのは半分本気で、残り半分は…」
そう言って陸実が取り出したのは分厚いファイル。
オレと円は二人で陸実の側に寄りそのファイルを受け取って開いた。
な、なんだこれっ!?全部英語で書かれてるぞ、問題がっ!?
数学の問題だってのは解るけど、そもそも何て書いてるか分からないっ!!
「あー。なる程ね。王子の宿題が解けないって訳だ」
陸実はコクリと肩を落としつつ頷いた。
「王子の問題は容赦ないからねぇ。調度いいや。アタシが見てやるからアンタも一緒にどっかで何か食おうよ。ケンも一緒にいいだろ?」
オレは特に問題ないから頷く。
どうやら陸実もそれがとてもありがたいのか嬉しそうに頷いた。
三人並んで歩き、商店街の中にある新しく建ったと言うファミレスに入った。
一番奥の席に座って荷物を置くと、店員が来たのでドリンクバーと軽くつまめるのを頼んだ。店員が立ち去ったのを確認して陸実がファイルを広げた。
「お?半分までは解けてんだな」
「自力で頑張ってこれが限度だったんだ」
……オレにしてみたら、あの分厚いファイルの半分は解けてるって方が驚きだけどな。
会話に付いて行けないオレはする事もねーし、二人の分も込みでドリンクバーに飲み物を取りに行った。
取りあえず炭酸にしたけど、どれがいいか分からなくて三種類グラスに入れて持って来てみた。
「風間の兄ちゃん、ごめんなっ。ほんとは年下のオレが行かなきゃなんねーのにっ」
「別に良いって。それより、お前ほんとにそんな問題集出来るのか?」
「出来るって言うかやらされてるって言うか。条件なんだよ」
「条件?」
「そ。風間の兄ちゃん、向井先輩と一緒にいるって事は白鳥美鈴って知ってるだろ?」
またあいつの名前が出て来て、ちょっとむっとする。
「知ってる。オレと夢子が別れる事になった元凶っ」
「へ?風間の兄ちゃん、夢姉と付き合ってたのか?」
知らなかったのか。まぁ、夢子は照れ屋だからなっ!
うんうんとオレが縦に頷いている横で円が首を左右に振っていた。なんでだ?
「あー…取りあえず色々納得。んで話戻すけど。その美鈴センパイが潰れかけてたオレ達の施設を救ってくれたんだ」
「えっ!?」
施設を救うっ!?アイツがっ!?マジでっ!?
「オレ達皆離れ離れになっちまうって時に新しい家を買ってくれたんだよ。そのおかげで離れ離れにならずにすんだんだけど、そん時条件出されたんだ。その条件がこの成績アップ。けどオレ達引っ越して中三に上がったら、少し成績を落としちまって。それでこれって訳」
宿題って量か?これ…。
宿題……そういや、今日オレにも宿題が出てたな。
すっかり忘れてたけど…。
「そう言えば、ケンも宿題出てるんじゃないか?アタシで良ければ見てやろうか?」
「いいのかっ?」
「あぁ。あんまり教えるの上手くないけど。アタシでいいなら」
円が教えてくれるって言うのを断る理由なんてないよなっ!
鞄を開けて、今日の宿題である数学のノートを取りだす。
「……ノート、真っ白じゃんか」
「寝てたからなっ!」
「寝ても良いけど、後で誰かから書き写すかしないと提出する時面倒だよ?えっと…」
ごそごそと自分の鞄から円は何かを取り出した。数学のノートか?
「はい。アタシもイチと同じ数学をとってるから内容は同じの筈だよ。アタシのノートをまず書き写しちゃいなよ」
「おうっ」
昔から書き写すのは得意だぜっ!
何せ何も考えなくていいからなっ!
パパパッと書き写すぜ……うん?円ってすっげー可愛い文字書くのな。
夢子の文字に見慣れてる所為か、こういう小さくて丸い文字ってすっげー女の子らしい気がする。
「向井先輩って相変わらずかわいー文字書くよなー。夢姉のあのギャル文字とか美鈴センパイのお手本の様な文字と比べると増々そう思う」
オレが思ってた事を陸実も思ってたんだな。同意して大きく頷くと円はぷいっとそっぽ向いてしまった。
「どうせ似合ってないとか思ってるんだろ」
その円の言葉にオレは首を傾げて、陸実は『うっ』と言葉に詰まった。
似合ってないなんてオレは一言もいってない。どちらかと言えば女の子らしくて可愛いと思う。
って言うか円は可愛いんだっ。本当に可愛いんだっ!
そう教えようと思ったのに。
「そ、そうだっ!なぁ、風間の兄ちゃんっ。兄ちゃんは夢姉と付き合ってたんだろ?別れる原因が美鈴センパイってどう言う事なんだ?」
陸実に話を逸らされてしまった。
年上のオレの話を妨害する何て良い度胸してるじゃねぇか。陸実には後で拳を叩き込んで置こう。
それから円が可愛いってのは本人に後でちゃんと言うとして。
んでなんだっけ?別れる原因の理由だっけ?
仕方ねぇな。一から説明してやる。
付き合った経緯から別れる経緯まで説明すると、陸実は何故か苦い顔をした。
「……なぁ、向井先輩。今の話って」
「…黙っとけ」
「…おう。了解」
なんだ、今のツーカーな感じ。
何かムカつくんだけど…。
円はオレの事だけ解ってればいいと思うんだ。
「えっと、風間の兄ちゃん。一度、ちゃんと夢姉と話したらいいと思うぞ」
「話?」
「おう。何か色々行き違いがあるみたいだし。それに兄ちゃんはどう思ってるか分からないけど、美鈴センパイは優しい奴だよ。兄ちゃんだって惚れてる女や尊敬してる人の悪口言われたら嫌だろ?それと同じでオレは美鈴センパイの悪口を言われたら嫌だ。向井先輩だってそうだろ?」
惚れた女や尊敬してる人の悪口…。
無意識にオレの視線は円へと移動していた。円もこちらを見て苦笑する。
そう言えば、円にとって白鳥美鈴は友達なんだよな。友達が悪く言われるのは嫌だよな…。
「……円、ごめん」
「え?」
「円にとっても白鳥美鈴は友達なんだろ?なのにオレ悪口言って…」
「ケン……。大丈夫。アタシはケンが理解してくれたならそれでいいんだ」
あ…円の手が頭に…。へへっ、何か嬉しいぞ。
「……(正直、向井先輩と兄ちゃんが恋人だって言われた方がオレ的には納得出来るんだけど…)」
?、今陸実の奴なんか小さく呟かなかったか?
オレの気の所為か?
円の顔を見ても首を傾げるだけだから、気の所為だったんだな。
陸実がまた微妙な顔している。
「…あ、そうだっ」
「なんだ?いきなり」
「今度皆で遊園地にでも行こうぜっ!」
「……は?」
唐突だ。皆ってメンバーどんな?
「風間の兄ちゃんが夢姉と話せて、尚且つ美鈴センパイの良い所を知れて、しかも皆で遊べるっ!どうだっ!?」
胸を張ってる陸実の意見を真剣に考えてみる。
「いや、でも、王子は男が苦手だぞ?遊園地は流石に…」
「あ、そっか。…なら、師匠も呼ぼうっ。そうすりゃ大丈夫だろっ。うんうんっ。今日のお礼にメンバーはオレが揃えてやっからっ」
「…アンタ。人の話全く聞いてないね?」
円とオレに向かってグッと親指を立てて良い笑顔。
その後、円に促されて宿題をやりつつ、遊びに行ける日を何日かピックアップしたのだった。
にしても相変わらず陸実は人の話を聞かないな…。
そう呟くと、陸実に「兄ちゃんにだけは言われたくない」と反論されたのは、オレ的には全く理解出来なかった。
―――五月末の日曜日。
遊園地の前で待ち合わせ。
……何で誰もこねーんだ…?
もう一時間も待ってるぞ…?
ハッ!?もしかして皆迷子になってるんじゃないだろうなっ!?
どうするっ!?探しに行くかっ!?
けど、ここに誰か辿り着いた時、対処する人が必要だよなっ!?
となると、どうしたらいいんだっ!?
確か親父がはぐれた時は誰でもいいから通りかかった人をナンパしろって言ってたなっ!?
よっしゃっ!じゃあ、そこを歩くおっさんを―――。
「あれ?ケン。もう来てたのか?」
この声は、円だーっ!?
バッと声がした方を全力で振り向いて…オレの口は全開になった。
黒の大きなリボンを首の後ろに回して結ぶタイプの肩が出ているTシャツにダメージジーンズ。
……はっきり言って、滅茶苦茶可愛いっ!
ブレスレットがシャラと音を鳴らして、円が髪を上げる姿がまた…。
「おーい、ケンー?」
目の前で手を振られて、ついその手をギュッと握ってしまう。
「ケン?どうした?」
もう一度聞かれてやっと我に返る。
「円、今日の恰好すっごく似合ってるなっ!」
「え?そ、そう?下は自前のだけど、上はその…アタシとしては冒険だったんだけど…。リボン、とか似合わないし…」
「そんな事ないっ!すっげ似合ってるっ!」
「あ、ありがと、ね」
こんな可愛いんじゃ絶対他の奴らの目にとまってナンパとかされるっ!
オレが守らないとっ!!
「所で、ケン。アタシも結構早く着いたと思ってたんだけど、アンタちょっと早過ぎない?待ち合わせ、10時だったろ?」
「えええっ!?10時ーっ!?8時じゃなかったのかーっ!?」
「…まさか、間違えて来たのかい?一体何時から待ってたの?」
「一時間前っ!」
「……うん?一時間前?でも待ち合わせ8時だと思ってたんだよね?」
「オレ盛大に遅刻したと思ってたんだよ。したら誰もいねーし、遊園地開いてねーし」
「うんうん。その時点で疑問に思おうね」
「仕方ないから、皆が来るまで待ち続けようと思ったんだけど来ねーからさっ、もしかして皆迷子になってるのかと心配になっちまったぜ」
「そっか。大丈夫。今が9時35分だから。もう少ししたら皆来るよ」
「おうっ」
「それまで…そうだなぁ…」
円がきょろきょろと顔を動かして何かを発見した。
「あそこのベンチに座って待ってようよ」
「おうっ」
手を繋いだままベンチへ移動して並んで座る。
すると円はオレと手を離す事なく、逆手に持っていた鞄から器用に携帯を取り出して何か操作している。
覗くのは流石に失礼だよな?…でも、気になる…。
そう言えばオレ、円の連絡先何も知らなくね?
「王子もイチも皆途中で合流したってさ。もう少しで到着するって」
「そっか」
頷く。…けどそれは今はどうでもいい。
オレは円の連絡先が知りたい。
「なぁなぁ、円」
「うん?どうかしたのか?」
「その……アド聞いてもいいか?」
ポケットから携帯を取り出して聞く。
すると円は嬉し気に勿論と頷いて直ぐに交換してくれた。やっぱり円、優しいっ!
そのままオレと円は他のメンバーが到着するまで二人で会話を楽しんだ。
……所で、今日の目的って何だったっけ…?
高校生編…手直しの嵐っ!!(ノД`)・゜・。




