※※※
「華…。起きないと帰る時間逃しちゃうわよ。華」
ゆさゆさと何かに揺さぶられている。
何かなんて言うまでもないお母さんだ。
でも本音を言えば、まだ寝ていたい。お母さんの側にいたい。
最近お母さんの顔色が増々悪くなって来ているのを知っているから尚更…。
こうやって寝たふりをしたら、こっそりと泊めてくれた事があったから今回もそうしたかったんだけど。
今日はお母さんが許してはくれなかった。
起こされて顔を上げると、いつも上半身を起こして私を見ている姿はなく、体を横たえて腕だけ伸ばして私の肩を揺する姿があった。
その姿を見てガバリと体を起こし、ペタペタとお母さんの顔や首に触れる。
少し熱い…。熱が、出て来たんだ…。
慌てて私が医者を呼ぼうとすると、お母さんは私の手を握って止めてゆるく首を振った。
「大丈夫よ。そこまで酷くない。でも、今日はあと眠って過ごすから…華は明るい内に帰りなさい。それと次に来る時、何かお勧めのゲーム持ってきて頂戴。時代物の乙女ゲームは飽きたわ。出来れば学園物でよろしく」
「しっかりと次の注文まで付けるんだから。分かったよ。何か持ってくるから」
お母さんはこうやって本当に具合が悪い時は私にお使いを頼んで帰る様に促してくる。
…担当の医者に声をかけて行くべきかな…?
『……お母さんを助けたかったら、君がどうすべきか、解るだろ?』
あの医者の声を思い出して鳥肌が立つ。
今更この体を男にどう扱われようとどうでもいい。
けど、それと気持ち悪さは別物で。
……ダメだ。声なんてかけられないよ…。せめてもの救いはお母さんにそんな目を向けていない事。ただそれだけ。
私が我慢しているうちはお母さんに何かしてくる事はない。だから…お母さんは大丈夫。
医者は、無理だけど看護師さんに声だけかけて行こう。
お母さんの担当の看護師さんに声をかけて、私は病院を出た。
そう言えば今日通販で頼んでたゲームが届く日だったっけ?
スーパーで買い物済ませて早く帰ろう。
今日の食事の材料を買って直ぐ帰宅する。
ポストに入ってた矢印がニヒルな笑みを浮かべているマークの入った小さな段ボールを取り出してマンションの玄関を抜けて中に入る。
家へ帰って電気を点けて、手早く着替えて、なるべく節約を考慮した晩ご飯をお腹に入れちゃって。
早速ゲーム機を取り出してテレビにセットした。
お母さんに携帯機の方を持っていっちゃったから、テレビに映すタイプの据え置き型のゲームを私は良くプレイする。
お見舞いに持って行く携帯機の方のソフトを取りあえず鞄に入れておいてから、わくわくしながら私はゲームを起動した。
本当の男はこんなキラキラしくないけど、ゲームの中の男の子はホント優しくて…実際いねーわ、こんな人って現実逃避出来るのが凄くいい。
今日届いたのは学園物。ちょうどお母さんが欲しがってた奴だし、明日お母さんに渡せば同時進行出来るよね。
ディスクを入れて、オープニング画面を見る。
最近のオープニングは必ず歌あり。結構可愛い声の女の子が歌ってる…あれ?待って。この声って…。あ、やっぱり。ライバルキャラの一之瀬夢子の声優さんが歌ってる。
うん?でもこう言う時って普通主人公の声の人が歌わない?
説明書をぺらぺらめくっていると、主人公にボイスがない事に気づく。
まぁ、乙女ゲームにありがちだよね。ついでにキャラの説明も見ちゃえ。他はメインヒーローが生徒会長。へぇ、三年生なんだ。でも三年って事は…卒業してしまえばイベントが起こせなくなる、よね?三年が三人。二年が一人。同級生が五人。年下が三人。教師が二人に、アルバイト先の大人が二人…って攻略人数多ッ!?
待って待って…ひー、ふー、みー…全部で十六人っ!?
これさー?パラメータ系のゲームだよね?しかも三年間の学校生活で好感度を上げて行くと言う…。
……コンプリートにかなり時間がかかりそう…。ううん。絶対にかかる。
今までノベル系のゲームばっかりやってたから、久しぶりにやりこめると言えばやりこめるけど…。
いつの間にかオープニングが終わっていて、スタート画面になっていた。
スタートボタンを押してゲームスタート。
名前と誕生日の入力画面。そこはいつもデフォルトの名前を使うと決めているから…白鳥美鈴がデフォルト名か~。誕生日は入力しなきゃいけないからこれは自分のを入力。
初期パラメータ設定…うぅ~ん…。誰を攻略するかで初期パラメータ振り分けは変わって来るよね。結構重要だ。
とは言え初回プレイだし。平均的に分配して置こう。メインヒーローを攻略するつもりで。基本メインヒーローのパラメータは全ての数値が平均より上、もしくはMAXと相場が決まっている。
パラメータの分配も終わり、ゲームが開始される。
【私、白鳥美鈴。高校一年生。
性格は、そうだなぁ。ちょっと早とちりしやすいけど、自分では結構気さくな性格だと思ってる。
あ、あと、ちょっとドジな所もあるんだ。それでね?今日は必死で勉強をして受かった高校。憧れのエイト学園の入学式。
友達出来るかなっ?恋人も出来るといいなっ!新しく始まる生活と恋の予感っ☆
よーし、今日から頑張るぞーっ!
あ、あそこを曲がったら入学式の会場である講堂につくわね。
周りを見るともう人もちらほら向かってる。教室に行く前に向かっても大丈夫よねっ。
―――ドンッ。
「きゃっ」
いけないっ、誰かとぶつかっちゃったっ。
尻もちついたお尻が痛い。
「大丈夫ですか?」
「…えっ?」
誰だろう、この綺麗な男の子。
銀色の髪がお日様の光を浴びて輝いてる。まるで私の髪と対みたい…。
目が離せない…。
「何処かお怪我でも?」
差し出された手。
「何をしているんですか?龍也」
「遅刻するよ。入学式…ってあれ?」
彼の奥から声がした。気にせず差し出された手。
私は一体どうしたらいいの?】
…で最初の選択肢、かぁ。
【・手を取る
・手を取らずに自分で立つ
・後ろの方達は誰だろう…?】
の三つ。手を差し伸べてる生徒会長っぽいメインヒーローのスチル。その背後に二人いるって設定なのかな?声だけが聞こえてるけど。
これだけ乙女ゲームをやってると声優にも詳しいはずなのに。どうしよう。自信を失う程さっぱり分からない。新人さんを使ってるとは言ってたけどまさかここまでとは…。
それはそれとして龍也って呼び捨てにしてたよね?となると、多分この生徒会長の側近である双子の可能性が高い。
白鳥…あぁ、そっか。ヒロインの義理の双子の兄だね。
となるとこの選択肢でメインヒーローか、双子のどちらかの好感度が上がるって考えた方がいいね。
今はメインヒーローを攻略する訳だから…一番上の【手を取る】を選ぶ。
【優しく差し伸べてくれた手をとると、目の前の男の子は微笑み私を立ち上がらせてくれた。
なんて優しいんだろう…。
「…そこにいるのは、美鈴さん?」
「……そのようだね。こんな所で一体何を?」
お兄さん達…。
母親の再婚で兄妹になった双子のお兄さん。
私は正直このお兄さん達が苦手だ。葵さんはまるで氷のようでまるで表情が読めない。棗さんもそう。まるで水のように掴み所がない。
同じ家で過ごしていても会話なんてないんだもの。仲良くなりようがない。
「こらこら。駄目ですよ、二人共。女の子を相手にそんな言葉遣いは…」】
全くだよね。この双子って好感度マイナスからスタートなんじゃないの?
ポチポチとボタンを押してガンガン会話を進める。
すると担任教師が教室へ入って来た。……まぁ典型的なホスト系の教師。だらだらとやる気がない。
その教師は黒板に名前を書く。白鳥鴇…あぁ、そっか。これも主人公の義理の兄だ。一番上の兄なんだね。そう言えば、主人公の下にはいないの?……いないっぽいね。話の流れで途中出来てもおかしくはないけど。
説明が終わって画面が変わる。帰宅したのか夜の自室の画面になる。すっげー、乙女チックな部屋。私の部屋と全然違うわ。
あ、ここでやっとチュートリアルなんだね。えっとまずは一週間の終わりのコマンドを確認。
【『一週間の予定を立てる』
『電話、メールをする』
『外出する』
『カレンダー』
『パラメータ詳細確認』
『ファッションチェック』
『情報チェック』
『設定』
『セーブ・ロード』】
…で全部かな?
とりあえず設定でBGM音量下げて、キャラボイスの音量を上げる。文字表示速度も上げて置こう。パラメータ系のゲームだと同じ会話が繰り返される事が多いからね。…うん。オッケー。
次はセーブとロードっと。…え?ちょ、クイックセーブ・ロードないのっ?わー…面倒だぞ、これー…。まずしっかりセーブしておこう。途中やり直すことも考えて同じデータを三つは作っておく。乙女ゲームはシステムデータが主だから、セーブにあまり容量をとらないからガンガン使っていく。…セーブっと。うん。こっちもオッケー。
次はファッションチェックか。…これはデートの時に着て行く服を選べるのかな?どんな服があるんだろう。カーソルを合わせてポチっとする。うわぉ…すっごい服の量…。え?この中から組み合わせて行くの?確か説明書には『彼の好む服を着合わせて着て行こうっ☆』とか書いてたっけ。…じゃあ例えばこの可愛い星マーク付きのトレーナーと青チェックのプリーツスカートを組み合わせてみると?『BS完成っ!』って文字が出た。BS…ボーイッシュスタイルが完成したって事?確かに男の子っぽい、かな?成程。デートにも気が抜けないんだね。
カレンダーとパラメータに関しては同じ画面上に簡易パラメータと日付が載ってるから今は必要ない、かな?
情報チェックは何だろう?ポチッとな。…成程、おすすめデートスポットとか解るんだね。
外出コマンドは…まだ使えない。ボタンを押しても反応なし。多分表示されてるのが金曜日だから、土日祝に使えるコマンドってことかな?
同じく電話、メールをするもボタンを押しても反応なし。これはデートに誘うとか気になる彼と電話とかだからきっと休日系のコマンドだろう。
って事は今出来るのはー、一週間の予定を立てるって事以外ないってことか。
一週間の予定を立てるを押して…えーっと、まずは部活動を選択してください?あ、そうなんだ。部活動の選択画面は各部のポスターがずらりと貼られている校内掲示板だ。如何にも場所の取り合いをしてますみたいな図で貼られてるそのポスターの上にカーソルを移動させると、そのポスターがアップで映る様になっている。『野球部』『サッカー部』『バスケ部』はマネージャーだね。マネージャーを求むってポスターに書いてある。『陸上部』『水泳部』『剣道部』『応援部』がある。応援部?何それ…なんだ、チアリーディングか。ふむ。これ系は全て運動部だから運動パラメータが上がりそうだね。
残りは文化部だね。『科学部』『美術部』『吹奏楽部』…科学部は理系のパラメータ、美実、吹奏楽は芸術のパラメータともしかしたら色気とかに影響してくるかな?『家庭科部』は優しさのパラメータが大幅アップしそう。
んー……うん?生徒会ってないんだ…。何かあるのかな?…まぁいいや。まずは上げにくそうな優しさパラメータの『家庭科部』に入ろう。
選択してボタンを押す。すると画面が切り替わって一週間のスケジュールコマンドが出て来た。
スケジュールコマンドは…『文系』『理系』『芸術』『運動』『雑学』『部活』『アルバイト』『休憩』の七つ。アルバイトコマンドは、アルバイト先見つけないといけないから外出しないとまだ分からないね。休憩コマンドはストレスを下げると同時に他のパラメータ数値も下げてしまうから今は選ぶ必要なし。取りあえず『文系』で一週間責めようかな…。
っと、ちょっと待って。ダメダメ。確認忘れてた。
キャンセルボタンを押して画面を戻して、『カレンダー』をチェックする。
学校の行事が載ってるはずだ。
えっと…四月に入学式。うん、これは良いとして。
五月ゴールデンウィーク。六月に体育祭。七月は期末テストに夏休み。八月も同じく夏休み…花火大会があるね。部活動合宿もある。これは運動部限定かな?九月に勉強合宿。海のマークが書いてるから多分海に行くんだろうと思う。十月に中間テスト。十一月に文化祭。十二月に期末テスト、クリスマス、冬休み。一月、お正月と冬休み。二月にバレンタインデーと期末テスト。三月にホワイトデーに春休み。
って事は…まず真っ先に来るのは六月の体育祭だよね。じゃあ、運動パラメータ上げないと。
再び先程の画面に戻り、スケジュールコマンドを運動パラメータで一週間全てを埋めた。
さてさて、どうなるかな~。
主人公のデフォルメミニキャラが運動してるアニメーションが六回繰り返されて、日付は経過し土曜日。
土曜日って事はデートの約束が出来たりするんだよね?
となると今出来るコマンドが増えてるよね?
えっと…電話・メール…は、そう言えば誰のアドレスもゲットしてないからこれ開いても意味が…ってあれ?ある…。あ、そっか。兄弟の番号は知ってて当然だよね。納得。
ちょっとボタン押してみようかな。念の為にセーブはしておいて、と。
良し、じゃあ…白鳥葵に電話してみようっ!メインヒーローと仲良しっぽいからそこに電話したらもしかしたら何かしらイベントが起きるかもしれないし。ボタンを押すと。
【『私、お兄さん達に嫌われてるからなぁ。電話しても迷惑かもしれない。やめておこう…』】
と主人公が呟いてアクションが終わってしまった。そして土曜日が終わり…ってちょっと待てぃっ!!
これだけで土曜日の行動が終わっちゃうのっ!?電話は1日経過するのっ!?説明書ーっ!!説明書を取り出して内容をぺらぺらとページを送って調べると、電話・メールのコマンドは実行すると成功の有無に関係なく一日が経過する、と書かれていた。早く言ってぇっ!
セーブしといて良かったよ、ホント。ロードして、っと…。
土曜日に日付を戻ったのを確認して、さて、土曜日の行動をもう一度考えよう。ファッションチェックは特に時間経過が無いようだから今急いでやる必要はないね。説明書を読むとデートの前にももう一度服装を整えるチャンスあるみたいだし。なら今はこれは置いとくとして。さっきの失敗から学んだ電話コマンドもまぁ、今は必要ない。
となると出来るのは外出かな?
よし。じゃあ外出コマンドを選択して、っと。
外に出る…えっと、更にコマンドが出て来たな。
【『商店街』
『学校』
『アミューズメント施設』
『公共施設』
『自然エリア』】
の五つかぁ…。コマンドを合わせると、補助説明が入る。商店街はアルバイトを探す場所なのかな?アルバイト先は三か所。塾の講師、花屋さん、ジュエリーショップの三つ。
学校は…成程。学校にいる生徒とイベント。もしくはデートの誘いが出来るみたい。
アミューズメント施設、公共施設、自然エリアはデートの約束をしている時にだけいけるんだね。
ふ~む。どうしようかな…。一先ず学校に行こうかな。誰かキャラに会えるかもしれないし。
学校を選択、っと。…わお。各キャラがいる場所が吹き出しの中にキャラ絵が描かれて現されてる。えっと今いるのは…メインヒーローである樹龍也と教師である白鳥鴇かな?場所は生徒会室と職員室。まぁ鉄板だよね。
これは迷う事ないよね。生徒会室だよ。
選択すると立派な生徒会室のドアが画面上に大きく映し出されて、ドアをノックする音がしたと同時にドアが開く。そして生徒会室と樹龍也の立ち絵が現れる。
【『おや?君は昨日の…。葵の妹でしたよね?本日はどのようなご用件でしょう?』
『今日は…』
・デートに誘う
・世間話をする
・他の男の子の話を聞く】
また選択肢かぁ…。今はデートに誘っても玉砕するよね。だったら好感度上げる為にも二番目の世間話かな?
ぽちっと選択してみる。
【『会長は今何をなさってるんですか?』
『実は、生徒会の仕事がたまってまして。こうして休日に出て来て仕事をしてるんです。すみません。折角来て頂いたのですがあまり話している時間がないんです』】
バタンとドアが閉まる音がする。
…え?情報とか何もないじゃない。
ただただ追い出された?………殺すっ!
この会話の感じだと乙女ゲームをやりまくっていた私には分かるっ!ランダム会話だっ!
ならば情報が出てくるまでロードし続けてやろうじゃないかっ!!
絶対絶対情報手に入れてやるんだからーっ!!
※※※
うふふふ…。
あの後何度やり直した事か…。
最初の最初であんなに躓くゲームとか他になかったよ。
しかもやり直しにやり直しまくったのに結局私は初回プレイ時に誰も落とす…攻略する事が出来なかった。
最後の最後に樹先輩に振られたのだ。あれほど悔しかったことはない。そもそも樹先輩があんなに攻略が難しいキャラだとは思わなかったし。
…それにしても、懐かしい夢を見たなぁ…。
エイト学園の初見プレイ時の夢なんて…。
ゆっくり閉じてた瞳を開くと、私の目には棗お兄ちゃんの腕が映る。
うぅ~ん…。相変わらず棗お兄ちゃんの安心感は半端ない。
私が寝ている間に寝辛くないようにと態勢を変えてくれたんだろう。棗お兄ちゃんの膝の間に座って背を胸に預けて私は眠っていたようで。重かっただろうなぁと見上げると棗お兄ちゃんは私の視線に気付き微笑んでくれた。
「起きた?」
「うん。ごめんね、棗お兄ちゃん。重かったでしょ?」
「全然?」
「もう、棗お兄ちゃんってば、笑顔で流そうったってそうはいかないんだから」
「そんなつもりないんだけどなぁ」
笑う棗お兄ちゃんに私もつられて微笑む。
どうせだからもう少し甘えちゃおうと私はそのまま棗お兄ちゃんの胸に背を預けると、棗お兄ちゃんも背後から腰に手を回してぎゅっと抱きしめてくれた。
昔からこの態勢でいる事がある所為か、安心するんだから不思議。
その姿勢のまま、私と棗お兄ちゃんは雑談する。
あ、そう言えば。
「ねっ、ねっ、棗お兄ちゃん。来月って何か行事あったっけ?」
「来月?来月は体育祭があるよ」
そっか。ゲームのままなんだ…って、あれ?
「あれ?でも去年までは鴇お兄ちゃん達が通ってた時と一緒で秋にやってなかったっけ?」
「やってたね。なんでも共学化にあたって時期を逆にしようってなったらしいよ?」
……これってやっぱりヒロイン補正なのかな?
ゲームの流れに添うように出来てるって事?
こうやってちょいちょいヒロイン補正が入って流れを正してるのか。
前から思ってたけど、このヒロイン補正って怖いよね。だって、自分が望むと望むまいと必ず一つの流れになってしまうって事だもんね。
これを『運命』ととる人もいれば『呪い』ととってしまう人もきっといる。……駄目だ。深く考えると怖くなる。
私は自分の考えた通り自分の道を歩めばそれでいい。
「体育祭かぁ。女子クラスが出来た事で体育祭の最後にフォークダンスをしようって案が出て来てるんだよね」
「えっ!?」
それは嫌だっ!
自分の思考にどっぷりつかっていた私が棗お兄ちゃんの発言に現実に引き戻された。慌てて棗お兄ちゃんを下から見上げると、大丈夫だよと微笑まれた。
「僕達が全力で叩き潰しておいたから安心して。それでも案を通そうとする奴らがいたら最悪女子クラスだけでって形に変えるから」
「……ってことは男子は男子生徒同士でフォークダンス踊るって事?それは、…見てる人的にもどうなんだろう?」
「まぁ見てる人に限らず、僕も嫌だけどね」
「あ、でも…」
「鈴?」
「そ、の……お兄ちゃん達とだったら体育祭で踊ってみたかった、かな?…とか」
体育祭でフォークダンス。これ前世でもやったことなかったし。思い出作りとしては最高のイベントだよね?
ゲームでもあったし、そのスチルもあった。運動系のキャラだけだけど。それは抜きにしてもお兄ちゃん達と踊りたかったなってのはある。
だってほら。フォークダンスって楽しそうだし?
他の男の人は絶対にごめんだけど、お兄ちゃん達となら…。
ぎゅむっ!
「ぐえっ」
「あぁーっ、鈴が可愛いっ」
今ウエスト締められてとっても可愛くない声出てたと思うんだけど、可愛いって言ってくれるんですね、ありがとう、棗お兄ちゃん。
「じゃあ、もし最悪案が通っちゃったら一緒に踊ろうね、鈴」
「ホント?」
「勿論っ」
「やったっ!絶対だよっ、約束だよ?棗お兄ちゃんっ」
えへへ。嬉しいっ。
態勢を変えて棗お兄ちゃんの胸に額を擦り付けると、またぎゅむっと抱き着かれた。棗お兄ちゃん、手加減してくれないと私内臓が口からこんにちわと挨拶に伺ってくれそうです…。
ゲームの事を思い出したり、棗お兄ちゃんと体育祭の話をして私はすっかりその時は記憶の彼方に追いやってしまっていた。彼の事を…。
犬太は愛すべき馬鹿を目指してましたw