第十九話 風間犬太
「たのもーっ!!」
教室のドアが盛大に開かれた。
HRが終わり、いざこれから部活動に行こうと皆が動き始めた最中の道場破り。
実際に道場破りな訳じゃないよ?ただ雰囲気的にそんな感じがして言ってみただけ。
それは良いとして。
ドアの所に立っている男子生徒がきょろきょろと辺りを見渡し、そしてその瞳が私を捕らえた。
むむっ!?もしかして狙いは私っ!?
ずかずかと教室の中に入って来て真っ直ぐ私の方に向かってくるっ!?
う、嘘でしょっ!?
ど、どこか逃げる場所っ!?
もしくは一緒に対応してくれる誰か…うわぁんっ!
皆部活に行っちゃってるよーっ!
捕まる前に逃げなきゃっ!
私は咄嗟に鞄を掴み距離をとるように走って、その子が入って来た反対側のドアから教室を出た。
「あ、ちょっ!?」
何か言ってるけど、知らないっ!
階段を駆け登って、三階の生徒会室へと走る。
本当なら一階の部室へ行くべきなのだろうけど、鍵を開けるのに時間がかかるし、逃げ場をそうそうに発見されるのも嫌だ。
それに生徒会室ならお兄ちゃん達がいる。
生徒会室の前に辿り着き、失礼だと思ったけどノックもせずにドアを開けてすぐさまドアを閉めた。
「鈴?どうしたの?」
「鈴ちゃん?」
お兄ちゃん達が私の存在に気付き心配そうに駆け寄って来てくれた。
うぅ…お兄ちゃん達の安心感。半端ない。
棗お兄ちゃんが頭を撫でてくれたので、遠慮なく抱き着いた。
怖かったよぉ…。
流石に口に出す訳にはいかないからぎゅむっと棗お兄ちゃんをきつく抱きしめる。
そんな私の様子を不審に思った棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんが心配そうな顔して私を見てきた。
「どうしたの?何があったの?」
「鈴ちゃんに何かしたやつがいたのなら、僕達が制裁してあげるから詳しく教えて?」
「……お前ら。美鈴に甘過ぎだろ」
樹先輩の声がした。生徒会室で生徒会長がいるのは当たり前だよね。すっかり忘れてたけど。
「でもまぁ、気になるのも分かる。んで?何があったんだ?美鈴」
樹先輩にも促されて、私はさっき教室に突撃をかましてきた男子生徒の話をした。
「………そろそろ命知らずの奴が出てくるだろうなと思ってはいたが…命知らず通り越してただの愚か者が出て来たか…」
「安心して、鈴ちゃん。僕達がちゃんとしばき倒しておくから」
「うんうん。大丈夫だからね」
「お兄ちゃん達優しい…」
ぎゅーっと抱き着いて、棗お兄ちゃんの胸に額を擦り付ける。
「ふふっ。鈴。くすぐったいよ」
「鈴ちゃん。棗ばっかりずるいよ。僕にもぎゅーして?」
「葵お兄ちゃんもぎゅー」
棗お兄ちゃんから離れて葵お兄ちゃんにも抱き着く。
そんな癒し空間で自分を癒していると、
「たのもーっ!!」
「えっ!?」
予想外の展開が起きて私は跳ね上がる。
まさかここにも乗りこんでくるとは思わなかったっ!
咄嗟に隠れようとしたけれど、私よりもお兄ちゃん達の対処の方が早かった。
葵お兄ちゃんが私を隠し、棗お兄ちゃんが私を抱きしめて腕の中に隠してくれる。
「どちら様かな?」
樹先輩の外面が発動される。
なんだかんだで樹先輩も私を背後に庇うように立ってくれる辺りは優しいと思う。
「おぉっ!?龍っつん先輩にアオ先輩にナツ先輩じゃないっスか。ちーす」
うわー。びっくりするくらい馴れ馴れしい。
「あれ?要っち先輩はいないんスか?」
あ、そう言えば猪塚先輩がいない。
そう思っていたら棗お兄ちゃんは私を誘導してその広い背に隠した。
「何となく嫌な予感はしたんだよ。風間。お前何しに来たんだ」
棗お兄ちゃんが盛大に大きなため息をつく。
「いやー。ここにオレっちの恋敵が逃げ込んだと知って突撃したんス」
「へぇ…。突撃、ねぇ…」
葵お兄ちゃんの声しか聞こえないけど、何か生徒会室の体感温度が数度下がった気がするのは気のせい?
「ねぇ。棗。どうして棗の下にいる人間って、馬鹿しかいないの?」
「やだなぁ、葵。葵にだけは言われたくないよ」
なんでお兄ちゃん達が険悪な空気になるのっ!?
喧嘩は駄目だよっ!
くいくいっと棗お兄ちゃんの背中を引っ張り、気付いて振り返った棗お兄ちゃんは微笑んでくれるけれど。
身長差はこういう時こっそり内緒話出来ないから辛いな。
仕方ないから、小さい声で。
「喧嘩、ダメだよ?棗お兄ちゃん」
そっと窘めるときょとんとした顔をして、けれど直ぐに優しい笑みを浮かべてくれた。
「大丈夫。喧嘩なんてしてないよ。ね、葵」
「うん。喧嘩はしてないよ。大丈夫」
葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが私と向き合ってくれて頭を撫でてくれる。えへへ、嬉しい。
「あぁっ!?やっぱりここにいやがったっ!!」
バレたぁっ!?
ずかずかと近寄ってくる男子生徒を葵お兄ちゃんが私の側へ来て隠してくれて、棗お兄ちゃんがその生徒の首根っこを捕まえてぽいっと投げてしまった。
「誰の妹にてめぇなんて言ってるのかな?うん?」
「あいつが誰の妹かなんて関係ないっスっ!!あいつ、オレっちの恋人誑かしたんスよっ!!」
「……色々突っ込みたい所満載なんだけど、今はいいや。兎に角、帰れ」
「嫌っス!!」
どやぁっ!!
凄い。色んな意味で凄い。
ここまで全く人の話を聞かない人も珍しいよね。
さっきは恐怖が先に立ってどんな人か見る余裕なかったけど。今なら…。
そっと葵お兄ちゃんの影から顔を出す。
随分綺麗な緑色の髪だなぁ……って、んんん?
あれ、もしかして…風間犬太?
あぁ、間違いない。攻略対象キャラだ。
こういう時に限って脳内フィルターってのは綺麗に剥がれるんだよね。
風間犬太 主人公の同級生。緑の髪と深緑の瞳が特徴。戌年らしく犬の様に尻尾をふり長いものには巻かれようとする。ただしちょっと残念な所も…?雑学のパラメータが20以上になると出会う事が出来る。好感度を一定値以上上げるとライバルキャラ一之瀬夢子が邪魔をしてくる。エンディングを見るには雑学パラメータが100以上必要。
だったかな…?
正直ライバルキャラクターのいる攻略対象は面倒で堪らなかった記憶がある。
まじまじとその姿をもう一度眺める。
緑の髪に深緑の瞳。私よりも小さい身長にダボダボな制服。中に着ているのがシャツではなくパーカー。
ジロジロと見ていた所為だろうか。
バッチリ目が合ってしまった。
「おい、何見てんだ、よ…?」
何で疑問形?
じーっとこっち見ないでーっ。
ぴゃっと葵お兄ちゃんの背にもう一度隠れる。
「なぁ、あんた。あんたがホントに夢子が言ってる『恩人』なのか?」
多分間違いなく私の事だろうけど…頷けない。頷きたくない。
何より怖くて堪らない。
葵お兄ちゃんの背に抱き着いてやり過ごそう。そうしよう。
ぎゅー。
力一杯抱き着いてると、私の手がポンポンと叩かれた。
「大丈夫。安心していいよ、鈴ちゃん。こんな奴の相手は棗と樹に任せて僕達は先に帰ろう?」
え?いいのかな?だって葵お兄ちゃんだって生徒会の仕事が…。
私の焦りを読み取った葵お兄ちゃんはにっこりと微笑み。
「気にしなくていいよ。僕の仕事は全部樹がやってくれるから」
「そう、なの…?」
「うん。さ、帰ろう?棗、帰りに僕の鞄よろしく」
「了解」
話はさくさく進み、私は葵お兄ちゃんに隠されるようにして生徒会室を抜け出た。
葵お兄ちゃんの鉄壁の防御によって無事学校を出れた私は、葵お兄ちゃんと商店街によって晩御飯の食材を買って帰宅した。
帰宅後宿題を終わらせ、夕飯の準備をしていると、優兎くん、棗お兄ちゃん、鴇お兄ちゃん、誠パパの順にそれぞれ帰宅して、誠パパが帰宅したと同時に夕飯の準備が終わり、優兎くんや旭達に手伝って貰って料理がテーブルの上に並べられる。
すっかり大きくなった旭達も一緒に座れるようにと、以前はあったカウンターは取り外され、そのカウンターがあった場所が、丁度人が通れる位のスペースになるので、そこを保ち尚且つ全員が座れる大きなテーブルが設置された。
長方形のテーブル。窓側のお誕生席に誠パパが、その反対に鴇お兄ちゃん。以前は良子お祖母ちゃんの席だったんだけど、良子お祖母ちゃんは今海外に住んでいる。美智恵さんと一緒に。元々財閥の地位を譲って安定したら静かな所で老後を暮らしたいと思ってたんだって。世界一周旅行はその場所を探す為だったらしくて。旅行の最中に条件に適した場所を見つけたから、そこで旅行を打ち切って今後はそこに住むことに決めたそうだ。家も良い物件があったからと即買いしたんだって。ちょっと寂しいけど、お祖母ちゃん達が幸せならそれでいい。
そう言う事でお祖母ちゃんの場所は鴇お兄ちゃんに譲られて、鴇お兄ちゃんから見て右側に私、棗お兄ちゃん、葵お兄ちゃん、旭の順で座ってて、逆に左側に優兎くんに三つ子とママが座ってる。
私がこの位置の理由?キッチンに一番近いからです。
全員が席について、いただきますの合図と共に食事が始まる。
旭達は育ち盛りだから、ご飯は何合炊いても必ずと言って良いほど空になるんだよね。
一杯食べてくれるのは嬉しいから良いけどね。えへへ。
「美鈴。給仕は良いからお前はちゃんと食え」
さくっと鴇お兄ちゃんに言葉の刃で刺され、
「ほら、口開けろ」
「……ふみぃ…」
口の中におかずを問答無用で突っ込まれるまでがもう一連の流れになってる。
もぐもぐと口に突っ込まれたいい感じに煮込むことが出来たお芋を咀嚼していると、誠パパが私を見ている事に気づいた。
うん?と首を傾げていると、
「明日からGWだろう?美鈴は何か予定を入れてるのかい?」
笑顔で問いかけられた。誠パパ、本当に年取らないね。ママもだけどさ。
えっと、GWの予定だったよね?
「えーっと…たまってた書類を片付けてー、久しぶりに家の大掃除してー、裏の畑の手入れしてー、入学式時に鴇お兄ちゃんから奪い取った問題集で勉強する…かな?」
えへへ。あの時奪い取った問題集、結構面白そうだったんだよね~。まだ手をつけてなかったんだけどワクワクする~♪
「…美鈴…。まだ女子高生なんだよ?もう少し遊んでもいいと思うんだが…」
誠パパに盛大に肩を落とされた。えぇー。学生だから勉強出来るのにー…。
何か駄目?
視線で鴇お兄ちゃんに問いかけると、苦笑で返された。
「だって。外は男の人一杯だし…」
商店街なら何とか行けると思うけど、一人で歩き回るのは…ちょっと。
「今日みたいな事が起きるとも限らないし…」
私が口ごもると葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが「あぁ」と納得して頷いた。
「うん?何かあったのかい?」
「それがね、聞いてよ、父さん」
葵お兄ちゃんが今日の出来事を話す。すると誠パパは盛大に溜息をついた。そんなに大きなため息、肺に入っていた空気全部吐き出したんじゃないかって心配になるよ?誠パパ。
私が心配で誠パパの動向を見守ってると、誠パパはぼそりと呟いた。
「……間違いなく、風間の息子だな…」
「父さん、知ってるの?」
「お姉ちゃん、お代わりー」
「あ、はーい。ちょっと待っててね」
燐から差し出されたお茶椀を受け取り立ち上がりキッチンへ入る。
「その子を直に知っている訳じゃないが。その子の父親が私の前の職場の部下なんだよ」
へぇ~…。やっぱり攻略対象キャラってヒロインや攻略対象キャラとどこかしら何かしらで繋がってるんだね。
「いいかい。お前達。あいつらの特徴は、『人の話を全く聞かない』事だ。本ッ当に人の話を聞かないからな。気を付けろ」
炊飯ジャーの蓋を開けてご飯をてんこ盛りにする。
「それは今日、身をもって感じたけど…」
棗お兄ちゃんが疲れたような声を出す。
蓋を閉じてお代わりを盛った茶碗を燐に返して席に戻り、食事に戻る。
「何度も何度も説明して、やっと理解してくれたと思ったら次の日には綺麗さっぱり忘れてるような奴だからな」
………………。
沈黙以外何も出来ない。
だって今日の様子見てたら多分誠パパの言ってる事が当たってそうで…。
「ついでに、長い物に巻かれたがる性質があるうえに、多分私の事を延々とヒーロー扱いして説明していた可能性がある」
「……あー…それで合点がいった。何でやたら俺にひっついてくんのか不思議に思ってたんだ。親父の所為か」
「…鴇お兄ちゃん。誠パパに一番似てるもんね」
………………。
再びの沈黙。
「…はいっ。この話はもう止めっ!辛気臭い食卓何て嫌よっ。美味しいものは美味しい空気で食べましょうっ!」
ママがパンッと手を叩いてこの空気を打ち切った。
それに同意しつつ、話を風間くんの話の前まで戻す事にする。
「遊びに行くって言っても…華菜ちゃんも四聖の皆も部活があるだろうし…」
一人で何て絶対いけないしなぁ…。
もぐもぐと焼き魚を咀嚼していると。
「…なら、鈴。僕と一緒に買い物にでも行く?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。棗お兄ちゃんは私に向かってにっこりと微笑み。
「丁度明日はフリーだし。たまには僕と二人でショッピングも良くない?」
「いいの?棗お兄ちゃん?折角のお休みだよ?」
「勿論、良いに決まってるよ。新しく出来たショッピングモールに行こうよ。確かご当地グルメのフェアやってるはずだよ?」
「行きたいっ!!」
それは行くしかないと思うのっ!!
元気よく手を上げる。
ご当地ソフトあるかな?
わくわくと一気に休日モードになって。
おかげでテンションがバカ高くなった私を皆が微笑ましく見守っているのに気付くのに結構な時間を要した。…恥ずかしい…。
翌日。
レースの白チュニックに淡い黄色の花柄プリントのスカートを着て、鏡の前で姿を確かめる。
特に問題はない…と思う。
髪も跳ねてないし、うんっ。大丈夫っ。
部屋のドアを開けて廊下へ出るとそこには棗お兄ちゃんが待っていて。
「ごめん、棗お兄ちゃんっ。待たせちゃったっ?」
「ううん。全然。それより鈴」
「なぁに?棗お兄ちゃん」
「鞄は?」
「………あ」
格好だけ気にして肝心の鞄を忘れていた。綺麗さっぱり何もない自分の手を見て恥ずかしくて。
「と、とってくるっ」
急いで部屋に戻った。
外から棗お兄ちゃんの笑い声が聞こえるのがまた恥ずかしさをプラスする。
うぅぅ~…恥ずかしいよぅ…。
ちゃんと昨日準備はしてたのに…。お気に入りの3WAYバッグを背負ってもう一度部屋の外へ出ると棗お兄ちゃんは何も言わず微笑んでくれた。
「それじゃあ、行こうか。ショッピングモールまでの移動は真珠さんが連れてってくれるらしいから」
「うんっ」
階段を降りて、真っ直ぐ玄関へ向かって靴を履いて外に出る。
すると門の所で真珠さんが車の前に立って待機していてくれた。
にっこりと微笑んで後部座席のドアを開けてくれる真珠さんにお礼を言って乗りこむ。
反対側のドアから棗お兄ちゃんも乗り込み、運転席に真珠さんも乗り込むと車は動きだした。
「棗お兄ちゃんとこうやって二人で出掛けるの久しぶりだねっ」
「そうだね。…と言うより、初めてじゃないかな?必ず誰かが一緒にいた気がするし」
「そう言われたら、そうかも…?あ、でも商店街とかに買い物は二人で一緒に行ったよね?」
「あれはお出かけって言うのかな?買い出しな気がする」
「買い出しでもお出かけはお出かけだよ~」
むぅっと拗ねて見せると、棗お兄ちゃんは楽しそうに微笑んだ。
そんな楽しそうに笑われるとつられちゃう。私は棗お兄ちゃんに微笑みを返した。
「お嬢様…可愛いっ!!」
ぎゅおんっ!
「ぎゃーっ!?」
「真珠さんっ!鈴が可愛いのは解るけどっ、運転に集中してくれるっ!?」
車が急激に蛇行し体が傾いた私を咄嗟に棗お兄ちゃんが抱きとめてくれた。
……にしても激情的な所、金山さんに似てるなぁ…真珠さん…。
私は棗お兄ちゃんの腕の中でしみじみと実感した。
そうこうしている内に、ショッピングモールに到着した。
入口の前で降ろして貰い、
「さ、鈴。行こうか」
と手を差し伸べてくれる棗お兄ちゃんの手を握って私達は中へと入った。
基本的に男の人も沢山いるような場所には来ないから、こう言う場所はいつ来ても目移りしてしまう。
棗お兄ちゃんと離れないようにきつく手を握って、それでも周りをキョロキョロと見回して、沢山並んでる店やディスプレイ、ポスターなどを楽しみながら歩く。
「鈴。ちゃんと前を見て歩かないと転ぶよ?」
「うん…分かってるんだけど…」
「気になるお店があったら覗いてみようね」
「うんっ」
「でもまずはフェアを見に行こう?」
「うんうんっ」
嬉しくて何度も頷く。
何度か来ているのか、棗お兄ちゃんは何の躊躇いもなく真っ直ぐ目的地へと向かう。
それに大人しくついて行きつつ周りを鑑賞するのも忘れない。
モールの真ん中にある催事場ホール。
そこにはご当地フェアらしく様々な県のグルメが所狭しと店を出していた。
「わっわっ。凄いっ!」
「取りあえずぐるっと回ってみる?」
「うんっ」
端っこの方からお客さんの流れに乗っかって、出店を見て回る。
本場の職人さんが焼いてる大阪のたこ焼き、北海道の牧場チーズケーキ…。
どうしよう、目が幸せ過ぎる…。
うぅ~ん…全部食べてみたい。けど…私の胃袋と相談したとしても全部はまず無理だし…せめて、せめてご当地ソフト食べたい…あっ!
「棗お兄ちゃん、あ、あれっ、あれ食べたいっ」
「うん?あぁ、山形のサクランボソフト?」
そうっ!それっ!
私は言葉にせずに必死に頷く。
「うん。いいよ。じゃあそこに行こうか」
「~~~ッ!!」
嬉しくてぴょんぴょんっと跳ねる。
そんな私を呆れる事なく許してくれる棗お兄ちゃんは本当に優しいと思う。
一緒に山形県のブースへ行き、サクランボソフトを購入する。あ、コーンがワッフルコーンだ。
わくわくしながら棗お兄ちゃんの背中に張り付いて店員さんがくれるのを待つ。
何で自分で買わないのかって?店員が男性だからですっ。
棗お兄ちゃんが私の分も一緒に払ってくれて、財布をしまうのを待ってから手を繋ぐ。
店員さんが出来上がったソフトを渡してくれようとするけれど、それを棗お兄ちゃんが代わりに受け取ってくれて私に手渡してくれた。
サクランボソフトーっ!きゃーっ!
受け取って早く食べたいのを堪えて棗お兄ちゃんに連れられるまま、飲食ブースまで移動してイベント様に作られたベンチへ座った。
もう食べていい?
食べても良い?
棗お兄ちゃんに視線だけで許可を強請ると、棗お兄ちゃんが頷いて許可をくれた。
「いただきまーすっ」
すぐに挨拶をして一口ぱくり。
おいしーいっ!!
あぁぁ~っ、幸せ~っ!
サクランボの酸味とご当地で作られたならではのサクランボの甘さ、そしてミルクの濃厚さに加えて、サクランボの果肉が入っていてすっごく美味しいっ。
「美味しい?鈴」
隣で聞いてくる棗お兄ちゃんに全力で頷く。これで首を痛めても私は後悔しないっ!
「そんなに美味しいんだ?」
「うんっ。あ、棗お兄ちゃんも食べてみる?」
はいっと棗お兄ちゃんの前に差し出すと、棗お兄ちゃんは一口ぱくっと食べる。
「うん。美味しいね」
「だよねっ。えへへ。楽しい」
中身の年齢を考えるとこうやってはしゃいでるのは恥ずかしいかもだけど。
でも、楽しいものは仕方ないっ!
見た目は高校一年生だし、楽しんでもいいよねっ!?
ソフトをパクついていると、
「鈴。口の横についちゃってるよ?」
「ふみ?」
「もう、仕方ないな」
棗お兄ちゃんがポケットからハンカチを取り出して拭ってくれた。
………うん。これは反省しよう。こればっかりは年齢関係なく恥ずかしいっ。
羞恥心で顔が赤くなる。
「ご、ごめんね、棗お兄ちゃん…」
「ははっ。いいんだよ、鈴。鈴がこうして側にいて楽しんでくれているのが僕はとても嬉しいんだから」
居た堪れない…。
頭を撫でてくれる棗お兄ちゃんに素直に甘えよう。
そのままで私はソフト攻略に集中した。
ソフトクリームを食べ終えて、一旦もう一順回って、お土産の北海道の農場チーズケーキと生キャラメルを購入した。
えへへ。帰ったら冷蔵庫に入れて明日食べるんだー。
お土産は棗お兄ちゃんが持ってくれて、私達はそのままテナントを見て回る。
今は特に欲しいものはないから冷やかして回ってるような物だけど。でも楽しい。
あれ?あそこにあるのってもしかして…。
「鈴?どうかした?」
私が足を止めたらから、当然棗お兄ちゃんも足が止まる。
じっと私が見ていた方向を見て、棗お兄ちゃんが「あぁ」と納得した。
「ゲームセンター行きたいの?」
「……そ、の…」
実は私、ゲームセンターに入った事がない。ゲームは勿論好きだしやってみたかったんだけど…。私にとって中々に敷居が高い。
だってあそこは女性より男性の方が多いし、何より絡まれやすい。
ゲームセンターの前を通っただけでもナンパされるんだから私にとって鬼門に等しい。
でも…棗お兄ちゃんと一緒なら…。
そっと棗お兄ちゃんを窺うと、棗お兄ちゃんは気にした様子もなく。
「行きたいなら行こっか。けど鈴。手、離しちゃダメだからね」
「うんっ」
元より私も離すつもりはない。
ぎゅっとしっかりと繋いで私達はゲームセンターの中へ入っていった。
UFOキャッチャー、メダルゲーム、あれは写真をとってシールにする奴だね。こっちの世界だと何て名前なんだろう?プリント部…?略し辛いじゃないか…。後は?あ、あっちに音楽ゲームがある、その反対には子供が遊べる汽車の乗り物系、シューティングゲームもある。
「ねっ、ねっ、棗お兄ちゃん。ゲーセンって音が凄いんだねっ」
「そうだね。全ての機械から音が出てるからね」
「棗お兄ちゃん、UFOキャッチャーやってもいいっ?」
「勿論。いいよ。どれやろうか?」
棗お兄ちゃんとどの機械でやるか物色する。
フィギュアとか取って愛奈にあげたら喜ぶかな?
あ、それとも、ぬいぐるみとってユメにあげたら喜ぶかもっ。案外円も喜びそうだよねっ。
あっ!!あの大きな白猫のぬいぐるみ可愛いっ!!
「棗お兄ちゃんっ、あれやりた―――」
「うるっさいわねっ!!何であんたにそんな事言われなきゃならないのっ!?」
「オレだから言えることだっつーのっ!!」
やりたいなぁ…って言葉が聞き慣れた女の子の声と、今は聞きたくない男の子の声で掻き消された。
「……鈴。今日はもう帰ろうか」
「うん。そうした方が得策かもしれない…」
棗お兄ちゃんの言葉に遠い目をしながら頷いた。
この声に捕まったら絶対面倒な事になる。絶対になる。
だから、くるっと今歩いてきた方向へ体を反転させて…。
「あっ!王子ーっ!!」
……遅かったみたいです。
ユメに目敏く発見されてしまいました。
駆け寄ってくる足音が聞こえて、棗お兄ちゃんと仕方ないなと苦笑してもう一度体を反転させると。
「王子~っ!」
どんっと胸にユメが飛び込んできた。
可愛いんだけど、結構衝撃が…がはっ。
勢いで倒れそうになる私を棗お兄ちゃんが背後に回って支えてくれた。
「王子、なんでここにいるのっ?男が多そうな場所なのにっ」
キラキラと目を光らせて純粋に問われると、答えずにはいられなくなる。恐るべし、ユメの純粋培養。
「うん。そうなんだけど…ご当地フェアと聞いたら居ても立ってもいられなくなって」
「そう言えばそんなイベントあったっけ?」
「棗お兄ちゃんが連れて来てくれるって言うから素直に甘えたんだ~」
ねっ、と下から棗お兄ちゃんの顔を見上げると、微笑んでくれる。
「やっさしいっ。さっすが王子のお兄さんだねっ。やっぱり優しいって言うのはこう言う事を言うのよ。それに比べて…」
じろり。
私に抱き着いたままユメは風間くんを睨み付けた。
「あれ?ナツ先輩じゃないっスかっ!……と、アンタはっ…」
あー…やっぱり睨まれるのね。
今は前からユメが、背後には棗お兄ちゃんがいるから恐怖感は大分薄れてるけど、お願いだから近寄って来ないで欲しい。
「風間?誰の妹をアンタ呼ばわりしてるんだい?」
あ、あれ?背後から冷気を感じるっ。
ここ、そんなに冷房効いてたかな?
「妹?誰が?」
きょとん顔の風間に対して棗お兄ちゃんの愕然とした表情、そして盛大な溜息。
昨日何があったのかは分からないけど、間違いなく原因はそれだよね?
「……昨日あれだけ説明したのに、ノートに書き取りまでさせて、その脳みそに叩き込んだってのに…なんで忘れてるんだ…」
「な、棗お兄ちゃんっ。ほ、ほらっ。誠パパが言ってたじゃないっ。翌日には全て忘れてるってっ」
ぐっと拳を握ってフォローしたつもりだったんだけど…良く考えたら全くフォローになってないよね。
「っつーか。何時までオレの女抱きしめてるんだよっ」
あー、そう言えば昨日そんな事言ってたっけ?
「そう言えば、昨日お前の恋人が鈴に騙されてるだの何だの言ってたな。もしかして…」
棗お兄ちゃんと一緒に私は腕の中にいるユメを見詰めた。そして息を飲む。
え、えーっと…ユメはどうしてそんなに怒ってるの、かなぁ?
「ちょっと…犬太。……誰があんたの女なの?まさか私とか言わないよね?」
「お前以外誰がいるよ」
「はあああっ!?」
ユメが私から離れて風間くんと対峙する。
「ふざけないでよっ!私はあんたが好きだなんて一言も言った覚えないんだけどっ!!」
「はぁっ!?あれだけ好きだの何だの言ってたじゃねぇかっ!!」
「言った覚えないわよっ!!馬鹿じゃないのっ!!」
「なんだとぉっ!?」
……盛大な口喧嘩が始まってしまった。
「ねぇ、棗お兄ちゃん?」
「どうしたの?鈴」
私の肩から腕を降ろしてお腹の辺りで手を組んでいる棗お兄ちゃんの腕に触れながら見上げる。
「帰っていいと思う?」
「……本音を言うとすっごく帰りたいけど…これを放置って訳にもいかないだろうね…」
「だよねぇ…」
「せめて場所変えようか」
「うん。そうしよう…」
溜息をつきつつ私達は二人の仲裁に入り、場所を移動しようと促した。
ユメは素直に頷いてくれたけど、風間くんの方は納得がいかなかったらしくて、棗お兄ちゃんに問答無用で連行される。
何処がいいかな?と棗お兄ちゃんと話し合った結果、昼食を一緒にとる事になった。
席が空いてそうなファミレスに入り、あまり目立つ事のない隅の席に座る。お客さんも少なくてこれなら多少声が大きくなっても問題ないだろう。…多分。
四人掛けのテーブルだから、同性同士で座ろうとしたけれど、私が座った横にすぐ棗お兄ちゃんが座ったから必然的に向かいにユメと風間くんが座る事になった。
「王子、何食べる?」
「うーん…そうだなぁ…。このグラタン単品にしようかなぁ」
「え?少なくない?」
「そうなんだけど、グラタンオムライスセットにしたらオムライス食べ切れそうにないし…」
「あ、じゃあ、こっちのハーフ&ハーフにしたら?普通のセットより少なめだし。最悪残しても私が食べるから安心してっ」
「本当?それじゃあユメに甘えてそうしようかな?」
「うんうんっ。ついでにデザート食べようよっ。ここ、確かミニケーキセットあるんだよっ。ミニケーキがお皿に何個かのっかってくるんだけど皆で食べたら楽勝でしょ?」
皆で食べるなら、か。うん。いいかも。
私とユメの言葉を聞いて最終的に棗お兄ちゃんがまとめて注文してくれた。
「それでねっ、王子っ」
「うん?」
ユメは話すのを止めない。と言うか…もう完全に風間くんをいないものとして扱ってるよね。いいのかなぁ…?
「おいっ、夢子っ。オレの話聞いてんのかっ!?」
「でねでねっ、王子っ」
「おいっ、夢子っ!!」
ガン無視。本当にいいのかなぁ?
横であれだけ騒いでるのに無視して私と話を続けるユメに私もどう反応していいのか分からない。
そっと隣に助けを求めると、正直棗お兄ちゃんもどう対応していいのか分からないらしい。ただ苦笑を返された。
「無視すんなっ!!…はっ!?もしかして、無視してるんじゃなく聞こえてないのかっ!?夢子、お前耳を悪くしたのかっ!?」
「誰がよっ!!聞こえてるわよっ!!って言うかいつまで側にいるのっ!?邪魔っ!!」
ボシッ。
ユメの拳が風間くんの頬に叩き込まれた。
「なんだよ。聞こえてんのかよ。全く。心配させんなよなぁ」
そこで普通に受け答えするんだ。拳まだ頬に減り込んでるけど…。
ユメは慣れっこなのかその手をグリグリと更に減り込ませながら、目を吊り上げた。
「ねぇ、あんたマジでなんなの?最近やたら付いてくるし、授業も被ってる物が多いから同じクラスになるのは仕方ないにしても直ぐに隣に座りたがるし。気付けば横にいるし。ほんと何なの?正直うざいんだけど」
わお。はっきり言っちゃったよ。
でもまぁ、確かにそれだけべったりくっ付かれたらウザいかもね。
………………うん?
ちょっと待って。その理論で言ったら、もしかして…。
そっと隣にいる棗お兄ちゃんをもう一度見た。
「うん?」と首を傾げる棗お兄ちゃんを見ると更に不安になる。
目の前に二人がいるし。二人に聞かせるような内容でもないから、私は棗お兄ちゃんの肩に手を置いて少しお尻を浮かせて、棗お兄ちゃんの耳を隠すように手を置いて。
「棗お兄ちゃん。私、ウザいかな?」
こしょっと問いかけた。
「……いつも、頼っちゃって。いまだにべったりだし…」
こしょこしょと内緒話を続ける。
すると棗お兄ちゃんは、ふふっと小さく微笑んだ。
それから私の肩に手を置いて椅子に深く座らせると、逆に私の耳に手をよせて。
「全然。僕鈴に頼られるの嬉しくて仕方ないし。側にいられて幸せだよ」
そう言って、柔らかい笑みを浮かべてくれた。
嬉しい様な気恥ずかしい様な。でも、側にいてもいいって言ってくれたから、私も嬉しさを混ぜた笑みを棗お兄ちゃんに向けた。
隣に座ってるのに、互いにニコニコと顔を向け合って微笑む。
「オレはウザくねぇよ?」
「あんたじゃなくてっ、私がウザったいって言ってるのっ!」
「夢子も別にウザったくないだろ」
「あーっ!!話が通じないーっ!!」
…忘れてた。
二人の会話に現状を思い出して、再び視線を二人に戻す。
「二人共ちょっと落ち着いて」
棗お兄ちゃんの言葉にうんうんと私も頷く。
「とりあえず風間は、自分の彼女が鈴にときめいているから嫉妬してるんだよね?」
「でも女友達だよ?私ユメと恋人同士じゃないし。知らなかったけど、ユメの彼氏が自分ならもっと自信持ったらいいんじゃない?」
棗お兄ちゃんと私は二人の仲を取り持つような言葉を必死に探して言ったんだけど。
風間くんの瞳は光輝き、反してユメの瞳はげんなりと疲れきって輝きを消した。
「王子。勘違いしてるようだから、言っておくね。私、こんな馬鹿と付き合う程人生捨ててない」
うん?
「お前、良い事言うなっ!そうだよな、オレは彼氏なんだから自信を持ったら良いんだよなっ!こう、どーんと構えてっ」
んんん?
二人の発言を踏まえて、何が何だか分からないけど、一つ分かった事があるっ!
二人の会話がかみ合ってないっ!
って言うかね。多分そもそもの話で。
「ユメ。一つ聞いても良い?」
「なに?王子」
「ユメって風間くんの事、その、そう言う意味で好きなの?」
「全然」
……。
即答。いやでもちょっと待って。こうは言っているけど、本来ゲームだとユメは風間くんを巡ってのライバルキャラになる筈。
なら好きだった時もあるんじゃないだろうか?
「でも、昔は好きだった―――」
「ない」
……。
今度は食い気味に否定された。
え?欠片も?
それはライバルキャラとしてどうなの?
「夢子は照れ屋だからなー」
これまた超ポジティブ。風間くんは誠パパが言う通りに話が通じない系の男子らしい。
「風間。妄想は大概にしておかないと増々嫌われるよ」
「嫌われる?誰に?」
…本気で首を傾げている。棗お兄ちゃんがテーブルに肘をついて額に手を当てて疲れ切ってしまった。
そうだよね。話が通じないって辛いよね。私も何度かそれ経験したよ。主に陸実くんでっ。
せめて慰めよう。私は棗お兄ちゃんにぎゅーされると癒されるから、じゃあお返しに。
棗お兄ちゃんのお腹に腕を回してぎゅーっと抱き着く。
「鈴?」
「妹に抱き着かれても癒されないかも、だけど。私は棗お兄ちゃんに抱きしめて貰うと癒されるから。ぎゅー」
「……………どうしよう。鈴が可愛い」
ぎゅむっと棗お兄ちゃんからも抱きしめられて私はニコニコと笑みを浮かべる。
「うん。すっごく癒された。さて、じゃあ本格的に話を聞こうか。風間。お前本当に夢子ちゃんと付き合ってるって言えるのか?まず付き合い始めを話してみろ」
「付き合い始めっスか?ナツ先輩も好きっスね~」
「………良いからさっさと話せ」
棗お兄ちゃんからブリザードを感じる。
余程イライラしてるのか、さっきから私の頭を撫でて撫でて精神を安定させている。
髪がぐちゃぐちゃにな…うん。いいよっ!棗お兄ちゃんの為ならば、この位っ!私は理解出来る妹だよっ!多分っ!…きっと。
あれ?これ小さい頃にも言った覚えが…気のせいかな?
「オレと夢子が付き合い始めたのは小学六年の頃っス」
「小六~?」
「ユメ。今はちょっと我慢して聞いとこうよ。根本から否定しないと現実に気付かないでしょう?彼」
棗お兄ちゃんにぎゅーされたままユメに言うと、不本意そうに顔を顰めて口を閉じた。
「ある日夢子がオレを校舎裏に呼び出したんス」
呼び出した…。確かに告白のテンプレ展開ではあるよね。
話の続きを待っている間に注文した料理が届き、ウェイトレスさんが棗お兄ちゃんに抱き着いてる私を訝し気に見ながら料理と注文票を置いて去っていった。
棗お兄ちゃんから離れて早速オムライスにスプーンを入れて一口食べる。美味しいっ。
「校舎裏…校舎裏…あっ!?」
私が料理と格闘している間に記憶を探っていたのか、ユメがポンッと手をうった。
「呼び出されたオレは素直に待ってたんス。そしたら夢子が言ったんスよ。『私の事好きか?って』オレはそんなでも無かったんスけど。でも、直ぐに『言わないで』って言うから。そんなにオレの事を好きだったのかと思って、なら付き合おうと」
何かおかしい。
それってさ?もしかしなくても…。
風間くんの言葉を聞いた途端、盛大にユメが机を叩いて立ち上がった。ソファタイプの椅子じゃなかったら倒れてたかも。
「違うわよっ!!そうじゃないっ!!私はあんたが私の事を施設出身の人間だって。だから優しくしてやるのが当たり前みたいな同情を誘うからっ。それの所為で皆まともに私の相手をしてくれなくなったからっ!だからっ!『私の事好き勝手、言わないでっ!』って言ったのよっ!!」
やっぱり…句読点の位置が違ったのね。
にしても…ふぅん。ユメにそんな事してたんだ…風間くん。
「最低」
きっぱりと私が言うと、棗お兄ちゃんがうんうんと頷いた。
「付き合いとか恋人以前の問題じゃないし。風間くん。ユメに好かれるポイント欠片もないよ」
「何だとっ!?」
ダンッとユメと同じようにテーブルを叩いて立ち上がった風間くんをじとりと睨み付ける。
「何だとも何もない。ユメを苦しめて。ユメが言った言葉を真っ直ぐ受け取りもしないで、自分がモテてると思っての勘違い発言。そんな男に大事なユメの恋人なんて口にして欲しくもないんだけど」
「お前には関係ないだろっ!」
「関係あるよ。大事な大事な友達だもの」
「王子…」
ユメ、泣きそう?
風間くんに泣き顔見せたくないのか俯くユメを立ち上がって抱き寄せる。
よしよしと撫でる。ユメは可愛い。ぎゅーっと抱き着いてくる姿もまた堪らなく可愛い。
「彼女を泣かせる彼氏。うん。最低だね、風間」
「えぇっ!?オレの所為っスかっ!?」
「他に誰がいるの?」
「こいつっ!」
ビシッと人差し指で私を指さす。
段々とイライラして来た。
ゲーム内の風間くんはこんなキャラじゃなかった。
ワンコ系ではあったけど長い物に巻かれろ的ではあったけどもっ、ユメの話をちゃんと聞いて判断する可愛い系男子だった筈なのに。可愛くて結構好きだった気がするのに、ほんっとうに残念過ぎる。
「ねぇ。ユメ?」
「なに?王子」
「もういっそお付き合いしてた事受け入れちゃおうよ」
「えっ!?」
驚いて目を見開くユメ。そんなユメを可愛いなぁと思いながらもその頭を撫でて、微笑む。
「それで、別れましょう」
「え?え?」
「こんな駄目男。別れた方がいいよ。はい、ユメ。言っちゃえ言っちゃえ」
にこにこ。
私は満面の笑みで別れを促す。
ユメは戸惑いながらも私からゆっくりと身を離し、風間くんと向かい合うと。
「犬太。ごめん。もう、あんたに付き合いきれない。別れよ」
はっきりと言い切った。すると。
風間くんの目は大きく見開かれ、動きを止めた。
よしよし。これでいい。
こう言う単純な言葉は理解出来るでしょう。
「夢子…その冗談笑えない…」
「冗談じゃないよ。私と別れて。友達に戻ってくれる?」
知り合いでも良いけど…。
ぼそりとユメの呟きが聞こえたけれど、私と棗お兄ちゃんは聞こえてないふりをした。風間くんは……そんな言葉も耳に入らない程ショックを受けているらしい。
「そ、か……。分かった。夢子が望むなら友達に戻る」
風間くん。さっきまでの勢いはどうしたの?と不安に思える位には風間くんは落ち込んでいた。
犬耳と尻尾があったら完全にしょんぼりと下を向いていたと思う。
その後。明らかに落ち込んだ姿のまま、私達と一緒に昼食を食べ終えた風間くんは、一人とぼとぼと帰って行った。
その姿に罪悪感を覚えたのか、追いかけようとするユメを止めて、今追い掛けたら意味がなくなると説得し私達三人も帰宅した。
夕食も食べ終えて。
リビングのソファで旭達の宿題を見ながら自分の宿題を片付けていると、そこへ棗お兄ちゃんがやってきた。
旭達は何故か棗お兄ちゃんの登場に不服そうだけれど、棗お兄ちゃんと一言二言話すと宿題を持ってリビングを出て行ってしまった。
棗お兄ちゃん、何を言ったんだろう?
残された私としては寂しい…。
「旭達が佳織母さんに呼ばれてたから、伝えたんだよ」
ニッコリ笑いながら隣に座る棗お兄ちゃん。なぁんだ、そっか。ママに呼ばれてたんだったら仕方ないよね。うん。
棗お兄ちゃんがいつもの様に隣に座るから、私もつい癖で棗お兄ちゃんに抱き着く。
これが、とっても癒されてしまうもので。
私は安心感と癒しによって、ついウトウトと気付けば眠りについていた。
……お休みなさい…。
残りのイケメンが…ギリ(ギリイケメンに入るんじゃないかな、って思っている)メンが登場しますw




