表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

五章 告白

朝の八時、わたしたちはいつもどおりの顔で、登校していた。

つい先ほどまで図書館で、先生たちと攻防を繰り広げていたなんて、まるで嘘みたいだ。

攻防のあと、サラちゃんとゴローくんと合流して、作戦成功を喜びあった。涙がことの顛末を面白おかしく話すので、サラちゃんも悠慈くんも大爆笑だ。その隣でゴローくんは、わたしたちが無事に帰ってきたことを泣いて喜んでいた。わたしのゴローくんに対するイメージはガラガラと溶けて崩れた。もちろん、いい意味で。

帰り際、涙に「飴雪もやっとこれで解放されるね。」と言われた。

そうだ、わたしは〝今回に限りKIDSの作戦に同行する〟という約束だった。作戦が終わったということは、もうわたしがKIDSにいる意味も終わったということだ。

「飴雪はオレたちの正体を人に話すような子じゃないだろうし、記憶をなくす薬は打たないでおいてあげるね。」

まだそのつもりだったのかと、わたしは苦い気持ちになる。

「ま、もう共犯者だから誰にも話せないだろうけどね。」

そう言って悪戯っこく笑う涙の口ぶりに。今日が最後で当然という口ぶりに。わたしはどこか、寂しさを覚えてしまったのだった。




朝の会で今年の夏休みの宿題が〝自主学習〟だけになったことを告げられ、生徒たちがわっと歓声をあげた。

「やったね、あめゆきー。さすがKIDSだね。」

羽優(わらう)ちゃんも振り返って、わたしの手を取って喜んでいた。羽優(わらう)ちゃんはKIDSの正体を知らない。だから直接わたしたちが褒められているわけではないのに、なんだかとっても嬉しくなる。

『オレはみんなに楽しんでほしい。それだけ。』

涙の言葉がまた、わたしの心に波紋を落とした。みんなの笑顔を見ていると、これが涙の見たかった景色なんだろうな、と嬉しくなる。

夏休みから宿題がなくなればいい、今までどれだけの人が、そう願ってきただろう。どれだけの人が、願うだけで通り過ぎていっただろう。そんなバカみたいな願いを、本気で叶えようなんて、他に誰が思うのだろう。

これからもきっと、涙たちは『楽しそう』という理由ひとつで、バカみたいなことを本気で企んで、そうして実際に叶えていくのだろう。

それが例え、誰かから見て悪いことだったとしても。辿り着く先にこうして笑顔があるなら、それでいいと。

寂しい。

わたしは率直にそう思った。

わたしもその隣に立ちたい。

みんなと、この町を楽しませたい。

そしてなにより、みんなとの時間をわたしが楽しみたい。

もうすっかり、そう思ってしまっていた。

ママとパパが知ったら、怒るかな。わたしを悪い子だと、叱るかな。それとも、わたしが決めたことならそれでいいと、応援してくれるかな。こんなこと、これまでなかったから、分かんないな。いつか話せたらいいな。

今日の放課後、みんなに想いを伝えに行こう、わたしはそう心に決めた。サラちゃんは喜んでくれるだろう。悠慈くんは少し嫌な顔をするだろうか。ゴローくんは…、泣いちゃったりするのかな。涙は、どんな反応をするかな。

わたしはみんなの表情を想像しながら、ふわふわとした気持ちでいた。想像もつかない新しい毎日が始まるという、予感。先が見えなくて、道はふわふわとしていて、でも空は青くて。その未知を心地いいと感じられた。




一時間目の授業は、国語だった。

わたしは引き出しから筆箱を取り出す。この筆箱を金曜日、取りに戻ったところから全てが始まったんだ。ママとパパがくれた、筆箱。

あんなに必死に取りに帰ったものの、結局今まで一度も開かなかったけれど。やっぱり大切なものは、手元にあると安心する。

先生が板書を始めるので、わたしも筆記用具を取り出そうと筆箱を開けた。すると。

中に小さく折り畳まれた紙を見つけた。

なんだろう、こんなの入れたっけ。

わたしはその紙を取り出して、裏返してみた。外側には何も書かれていない。開いてみると、それは手紙のようだった。踊るような元気いっぱいの字体で、始まりにこう書かれていた。


〝飴雪はきっとこの手紙を、月曜日の一時間目の国語の授業で、板書を写すタイミングで読んでいるんじゃないかな。〟


わたしは、ぞっとした。見られているような、感覚。手紙だから今、見られているなんてあるはずないのに。過去に書いたものであるはずなのに。言い当てられている。駆り立てられるように、わたしは続きを読み進めた。


〝オレはこの手紙を、金曜日の夕方に書いているよ。金曜日の夜、飴雪は大事な筆箱がないことに気がついて、教室に取りに帰るだろう。おかしいと思わなかった?ちゃんとランドセルに入れたはずなのにって。

飴雪はちゃんとランドセルに入れてたよ。帰り道、階段で会って一緒にジャンケンをしたことを覚えてる?実はその時に、飴雪のランドセルから抜きとったんだ。気がつかなかったでしょ。

筆箱の中にこの手紙をいれて、これから飴雪の机の引き出しに戻すつもり。一時とはいえ大事なものを盗んで、ごめんね。

飴雪はきっと夜の学校で、ゴローに出会ってオレたちのところに連れてこられるんじゃないかな。ゴローは粗暴なところがあるからちょっと心配だけど、さすがに女の子に乱暴はしないでしょ。

そのあと飴雪は、オレたちについてくる選択をしてくれると思う。脅しに使う予定の注射器は、実はおもちゃの注射器なんだけどね。

そして、オレと作戦を共にする。飴雪はきっと、オレにろくに説明を受けずに印刷所へ連れて行かれて、すごく困ったんじゃないかな。わざとなんだけどね。飴雪がどんな子なのか試したくてさ。

でも、飴雪も楽しかったんじゃないかな。あらすじを聞いてしまうよりも、どうなるか分からない方がワクワクするでしょ

でもきっと、飴雪なら大丈夫。本当に困ったときは、ちゃんとオレが助けるしね。

それから、図書館で職員室のお祭り騒ぎを確認して、宿題のない夏休み作戦は終了。これがオレの予想だけど、その通りになってるかな。〟


最後の一悶着は本当に想定外だったのかもしれない。でもほとんど、描かれたとおりになっている。金曜日の夜に書かれたものだなんて、まるで信じられない。


〝最後に、もうひとつ予想。

飴雪はいま、KIDSの一員になりたいと思ってくれているんじゃないかな。〟


身体中の血管ざわざわと、ざわめいている。持つ手がぎゅぅと縮こまって、手紙に皺をつくった。


〝だって、オレがそうなるように、最初から最後まで全部、仕組んだんだから。そうなるに決まってる。〟


ざわざわ。ざわざわ。教室の音が、遠ざかっていく。

ざわざわ。ざわざわ。自分の血液の流れる音だけが、耳を触る。


ガタンッ。


大きな物音がなって、驚いた。

「どうした、春。」

先生に言われて、気がついた。それはわたしが、椅子から立ち上がった音だった。

「顔が、真っ青だぞ。」

先生は心配そうにそういうと「保健室に行ってこい、誰か付き合ってやれ」と指示を出した。

羽優(わらう)ちゃんが「わたしが」と言うのを、一人で行けると制して、手紙を握りしめて教室を出た。不思議と足取りはしっかりとしていた。




わたしは保健室に行かずに、学校の中庭のベンチに腰掛けていた。

手紙の差出人なんて、最後まで読まずとも分かっていた。

ただ、上手く現実が、受け止められなかった。

まさか全部、仕組まれたことだったなんて。

筆箱を忘れて、偶然ゴローくんに会ったことも。KIDSと行動を共にするという選択も。工場で何度もピンチに陥ったのも。ぜんぶぜんぶ、手のひらの上で、必然だった。

わたしが連れ去られて怖いと思ったのも。工場ではどきどきしたけれど、楽しかったことも。助けてくれて、嬉しかったことも。ピンチを乗り越えられて、感動したのも。これからも一緒にいたいと願ったのも。あれも。これも。それも。どれも?

頭が、ぐるぐると灰色に渦巻く。深い深い穴にゆるゆると堕ちていくみたいだ。

わたしは、目を、開けた。

今日は天気がとてもいい。

緑の葉が陽の光を受けてきらきらと輝き、鳥たちが枝の上で楽しげに囀る。花は風にゆられて、蝶たちがきらきらと飛び回る。

きらきら。きらきら。

『気持ちがざわざわするときはね、深呼吸をするの。ざわざわを口からゆーっくり吐き出して、世界のきらきらを吸い込むの。自分の中を満たしてくれるまで。』

ママはよくそう言って、日向ぼっこに連れ出してくれた。ママはいつもニコニコしていたけれど、何にざわざわしていたのだろう。今ではもう聞くこともできない。

わたしは大きく息を吸って、ゆーっくりと吐いた。それを繰り返していると、少しずつ自分の中のざわざわが、洗い流されていくような気がする。

きらきらで、満たされていくような気がする。

わたしは意を決して、握りしめてしめてぐしゃぐしゃになってしまった手紙を開いた。そうして手紙の最後の文章を、読んだ。

〝ぜんぶ知ったうえで、本当のキミの気持ちを聞かせてよ、飴雪。

                                    涙より〟

読み終えてわたしは、空を仰いだ。どこまでも青く澄んで、輝いている。きらきら。きらきら。雲がひとつもなくて、わたしの心とはまるで正反対だ。

息を吸って、吐いて。心の雲を、吐き出していく。

わたしの本当の気持ちは、どこ?………
















「わたしだって、過ごした時間は短いけど、涙を笑顔にしたい。それは悠慈くんにだって、負けないよ!」

はっとした。それは過去の、自分の声だった。

いつかの階段で、悠慈くんとジャンケンをした時。わたしはそう、言ったのだった。




放課後。わたしは校門の花壇に腰掛けて、人を待っていた。転校してから毎日続けていた羽優(わらう)ちゃんとのジャンケンを、初めて断ってしまった。

初夏とはいえ、まだまだ太陽は急ぎ足だ。夕焼け色に世界は染まって、世界中のものの輪郭が淡く見える。何もかもが曖昧に輝いている。

淡い淡い校舎の影から、待ち望んでいた影が飛び出してきた。

「飴雪、お待たせ!」

涙が息を切らして、そう言った。

「イタちゃんに捕まっちゃってさ。いやー、机って見てるとピラミッド型に積み上げたくなるよね。オレはそう思うんだけどな。飴雪はそう思わない?」

また掃除の時間に遊んでいて、先生に怒られたのだろうか。夕焼けの淡さなんて吹き飛ばすくらいの勢いで、元気いっぱいに白い歯を見せて笑う涙は、いつもと変わらなくて。

「で、下駄箱に手紙なんて入れて呼び出してどうしたの?」

そう言って涙は、わたしの隣に腰掛けた。

「なんてね、分かってるよ。オレからの手紙を読んだんでしょ。」

わたしはこくんと頷いた。

「全部涙が仕組んだものだったんだね。」

「そうだね。予想外なこともあったけど、概ねオレの描いた通りになったかな。」

「なんでわざわざ、ぜんぶ告白したの?」

わたしの疑問に、涙は「んー」と空を仰いだ。

「オレも、よく分かんない。」

予想外の答えに、わたしは戸惑った。涙のことだからなにか、計算や理由がそこにあると思っていたのだ。

「ほんとに、分かんないの?」

「うん。でも一連の作戦を思いついた時に、飴雪には最後、知ってほしいって思ったんだ。ぜんぶ知ったうえで飴雪が出す、答えを知りたいって。言わなければ絶対に最後は〝入りたい〟って言わせる自信はあったんだけどさ。」

涙は「変だよね」と呟いた。

「オレのこと、飴雪は優しいって思ってるかもしれない。けど、本当にそうだと思う?手紙を読んで、よく分かったんじゃない?」

涙のことは、本当によく分からない。

泣いてばかりだったわたしを、もう一度笑えるようにしてくれた。自分の名前を気にしていた。わたしをKIDSに無理矢理巻き込んだ。わざとわたしが大変になるような状況で、工場に潜入させた。でも最後は、助けてくれた。実現不可能な作戦を、成功させてみせた。自分の企みをわたしに、暴露した。

ぜんぶが涙だ。優しいのか、優しくないのか。怖いのか、怖くないのか。

甘いと思ったら辛い、あの時もらったカレー味のキャラメルみたいだ。

「涙はさ、わたしがKIDSに入りたくなったのも、自分がそう仕組んだからだって言うんでしょ。」

「やっぱり、そう思ってくれてたんだ?あーあ、最後に全部告白するなんて、もったいないことしたかな。」

涙はまるで、手紙を出さなければわたしがKIDSに入っていて当然だという口ぶりだ。でも。

「でもね、それは大間違いだよ。」

わたしはベンチから立ち上がると、涙の前に立ちはだかった。

「涙がどんな作戦でわたしを変えようとしたって、わたしの心までは変えられない。だってわたしの気持ちは、最初から最後までひとつも変わってない。」

涙が驚いたように瞳を見開いた。まんまるい瞳が、夕陽を吸い込んで揺らめいた。

「ほんとに?」涙が言う。「ほんとに、最初から最後まで、変わらないの?」

わたしは強く頷いた。

「涙は傲慢なんだよ。自分のこと、神様だとでも思ってるの。」

涙はまんまるい瞳をぱちぱちさせると、突然、お腹を抱えて笑い出した。

「何がおかしいの。人が真剣に話してるのに。」

「くくっ、ごめんごめん。そんなことはじめて言われた。確かにね、傲慢でした、ごめんなさい。」

涙は、くはははっと堪えきれないように笑いながらそう言った。わたしも最初は怒っていたのに、涙があまりにもきらきらと笑うので、つられて気がつけば、同じように笑いをこぼしていた。夕焼けのなかふたりの笑い声がきらきら、きらきら溶けていく。

「じゃあ、傲慢なオレに教えてよ。飴雪の今の気持ち。」

わたしは笑いながら、涙の手を取った。そんなこと、最初から決まっている。

色々な出来事が起こって、迷ったり戸惑ったりもしたけれど。

この気持ちは出会った時から、ずっと変わらない。

「これからも涙の隣で、涙を笑顔にしたい!」

涙は瞳をまあるく、輝かせた。

「オレが飴雪を笑顔にするんじゃなくて?」

「うん、もうたくさん笑顔にしてもらったから。これからはわたしが、涙を笑顔にするの。」

「何それ。泣き虫だったくせに。飴雪ってほんと、変。」

涙がため息をついて、そっぽを向いた。また冗談を言ってかわされているのかと心配になるけれど、すっかり夕焼け色に染まった横顔に気がついて、わたしは笑った。

「知ってる?涙って照れると、耳が真っ赤になるんだよ。」

「ヘっ?」

涙が慌てて、耳を隠した。いつも余裕そうな涙が、こんなにも慌てている。

これで今回のことは、おあいこかな。わたしはすっかり、満足していた。そしてやっぱり、焦っている涙がおかしくて、きらきら、笑いがこぼれた。

ママとパパがいなくなった時は、こうしてまた笑えるようになるなんて、思っても見なかった。今だってまだ、悲しくて泣きそうになる日もあるけれど。涙といれば、きっとまた笑える。日々を歩いていける。そうしていつかわたしがおばあちゃんになって、ママとパパに会えた時には、きっとたくさん、面白くて時にはらはらするような思い出話が、聞かせてあげられる。

涙といると、これからも毎日、楽しくなる。そんな予感で胸がきらきら、満ちていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ