幕間
「どうしたの?」
「はじめて会った日のこと、思い出してた。」
「ああ、キャラメル事件?」
彼は、懐かしむように笑った。
「あの頃は、思いもよらなかったな。未来のわたしがこうして、世界を飛び回ってるなんて。」
息を切らせて、わたしは梯子をのぼる。上から、いつもと寸分違わぬ色をした彼の声が降ってくる。
「そうかな?オレは出会った時からこうなると思ってたよ。」
「出会った時から?」
てっぺんへと軽やかにたどり着いた彼が、手を差し伸べてくれる。
「もしかしたら、出会う前から。」
そう言って、彼は戯けて笑った。覗いた歯が、月明かりに照らされて白く輝く。
この笑顔は、昔から変わらない。
違うのは、この足が踏みしめる場所。この国で一番高いと言われる時計塔だ。
「よし。」彼は夜の街を見下ろして言った。「これから、この国から〝時間がない〟を盗むよ。」
「〝時間がない〟を盗むって、ややこしいよ。つまり、時間をあげるってことでしょう。」
「じゃあ、〝ない時間〟を盗む?」
「同じことだよ。」
「もー。時間をあげるのと、〝時間がない〟を盗むのは全く違うよ。飴雪だって分かってるだろ。」
「もちろん。」
「全く、オレに詭弁をふっかけられるようになるなんて。出会った時はえーんえーんって泣くしかできなかった子がさ。」
「それは言わない約束でしょ!」
「ほら。キャラメルでも食べて落ち着いて。」
「もう食べない!」
彼は、わたしに拒絶されたキャラメルを口に放り込んで「ん〜この辛さがたまんない!」と目に涙を浮かべた。辛そう。
いつまでも絶えないくだらない話も、わたしたちが起こすくだらないことも、あの頃と変わらない。
否、変わったことも、きっとたくさんあった。けれど、大切なものは見失わずに抱えて来れたのだろう。
「よし、では気を取り直して。」
だから隣に今日も、彼がいる。
「作戦始動!」
聞き慣れた彼の言葉を合図に、わたしたちの作戦は幕を開ける。わたしは塔から羽を広げて街へ飛び降りた。