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御伽話のはじまり

幾千、幾万の時を経て

何度生まれ変わったとしても

必ず見つけだして迎えに行くよ

たとえあなたが忘れてしまっても

僕が全て覚えているから

もしもその姿かたちが色を変えても

絶対に見つけてみせるから

遠い昔に交わしたその言葉は

魂に刻まれた約束



          ☆  ☆  ☆



「まて!行くな!!」


陽炎のように揺らめく影に向かって必死に伸ばした指先は、燃え盛る紅蓮の炎によって遮られる。


「だめだ!行くな、戻れ!!」


悲鳴にも似た悲痛な叫びをあげながらその灼熱の中へ飛び込もうとする俺の身体は、後ろからしがみつくように羽交い絞めする仲間によってそれ以上進む事は叶わなかった。


墨を流したような夜空には星1つなくどこまでも暗い闇が広がっていて、周囲はクレーター状に深く(えぐ)れた大地の他には何もない。

それがどれほど激しい戦闘であったのかを物語るように、かつてここが深い木々に覆われ魔物が蔓延(はびこ)る広大な森だった面影は見る影もなかった。

そんな荒れ果てた大地に地獄の業火のごとく、うねりを上げながら燃え盛る炎に囲まれる2つの影が見える。


「行くな…頼む、行かないでくれ」


伸ばした指の向こうで炎に包まれたその人は、向かい合うように(くずお)れたもう一つの影をそっと抱きしめアメジストに似た紫の瞳を細めてただ静かに佇んでいた。


月光のような銀糸の髪が、舞い上がる火の粉と共にサラサラと(なび)いて、長いまつ毛が白い頬に影を落としている。

こんな瞬間までも、その人はため息が出るほど美しかった。

そして、細い腕に抱きしめられているのは、夜空のような漆黒の髪をしたこの世の者ではありえないような美貌の青年。


かつて宿敵であったその男の背には深々と剣が刺さり、胸から突き出た切っ先はまるで自らに縫い留めるかのように向かい合うアメジストの瞳を待つその人の胸までも(つらぬ)いている。

男は抱きしめられた腕の中でコポリと唇から赤黒い血を吐き出し空虚な瞳を薄く開いたまま、夜空を見上るように首を仰け反らせ、最期の呼吸と共に何かを小さく呟いた。

その言葉を拾うためなのか、アメジストの瞳のその人は男の口元に耳を寄せる。

それはまるで2人で1つの(つい)になるような、静謐の中にある騒乱と、一瞬の中の永遠にも似て神々しいまでに美しかった。


俺は何も分かっていなかった。

自分の正義を絶対だと思い込み、その男を殺せば全て終わると信じていた。

誰もが笑顔で幸せになれるのだと。

ただ、それだけを信じて今まで生きてきたのだ。

それなのに…なぜ俺にとってかけがえのない、唯一無二のその人は憎むべき男を抱きしめて自らの命を差し出そうとしているのか。


「お願いだ、俺を置いて逝かないでくれ…!」


天空へと舞いがる火の粉を纏い、淡く微笑むその人は薄い唇を微かに開いて吐息のような言葉を紡いだ。


「…いつか」


ぽつりと囁くような柔らかな声で、その人は言う。


「いつか、また生まれ変わって巡り会えたら…もう一度、最初からやり直そう。今度はきっと間違わないから」


今はもう何も映さない男の瞳から涙が一雫、頬を伝い溢れて落ちる。

その身体をギュッと抱きしめたまま、その人は青白い顔でふわりと微笑んだ。

星さえもない漆黒の夜空に、銀糸の髪がプラチナの月明かりのように煌めいて、熱をはらんだ風に舞い上がる。

2人の身体を貫いて突出(ついで)た剣先からどちらのものとも知れない血が流れては落ちてゆく。

かろうじて互いを支え合うように立っていた身体がグラリと傾いて倒れるとそれを合図に、天をも焼き尽くそうとするかのように激しく燃え上がる炎は、やがて2つの命を飲み込んでキラキラと舞う火の粉となり空へと登って行った。


「嫌だ!!嫌だ!嫌だ!!!…まって!」


その影を追うように伸ばした手は行き場を失い、息も出来ないほどの熱の中で俺は慟哭(どうこく)した。


「なぜだ!!!」


…どうして俺たちはこんな結末を迎えなければならなかったのか。どこで間違えてしまったのだろう。

何がいけなかった?どうして俺はお前を失わなければならないんだ!


俺は憎んだ。この世の全てを。この世界そのものを。


何が勇者だ。何が英雄だ。

なぜそんなもののために俺たちは戦わなくてはならなかったのか。

どうして世界はお前を勇者になど選んだのだ?

俺たちはただ静かに生きて行きたいだけだった。

当たり前のささやかな幸せを抱きしめて、退屈な時間をただ老いて行ければ良かったのだ。

それなのにお前はひたすら過酷な日々に耐え、傷つき、搾取されて

それでもなお、勇者であると言う運命に翻弄されながらも必死で生きた。


その結末がこれだと言うのか!


運命がお前を奪うと言うのなら、俺は運命(そんなもの)を認めない。

この世の全てを呪い、神さえも憎んでやる。

俺からお前を奪うものは何ものであろうと決して許さない。


俺は、お前の居ない世界なら 要らない。




          ☆  ☆  ☆



ルースは怒っていた。白磁のような白くて滑らかな肌がほんのりと朱に染まり、澄んだアメジストの瞳を縁取るように長いまつ毛がパチリと瞬く。鈍色(にびいろ)を薄めたような、少し青みがかった青銀色の真っ直ぐな髪をサラリと揺らして、細い柳眉を不機嫌そうに寄せルースは唇をきつく噛んだ。


「ルース…」


ルースの父親であるベリル侯爵は困ったように眉尻を下げて5歳の愛娘に諭すような優しい声で言った。


「いいかい?お前は女の子だ。いくら剣が使えても騎士にはなれないんだよ。分かるかい?」


「お兄様は騎士になって王太子様の側近になるのでしょ?」


お兄様は良くてどうして私はダメなの?と幼いルースは泣きそうな顔で目の前に立つ父親にしがみつく。


「アンバーは男の子で、お前より2つも年上で、将来は侯爵位を引き継ぐ嫡男だからだよ」


「お兄様が王太子様の騎士になるなら私がお兄様の護衛騎士になるわ!」


「だからね?ルースは女の子だからね?」


「女の子の騎士は居ないの?」


「まったく居ない訳ではないよ?でもそれは平民が志願して性別を捨て、その生涯を剣に捧げる誓いを立てて初めて得られる職業であって…」


「それなら私も誓いを立てる!」


「いや、だから君はこの侯爵家唯一の娘なんだよ?」


ぱっと顔を輝かせるルースにベリル侯爵は大きなため息を吐いて頭を抱えた。

まだ32歳と言う若さで侯爵家の当主を務め、領地の運営では手腕を発揮し莫大な資産を築き、現国王の懐刀として宰相の地位を確固たるものとしている名実ともに大貴族を冠するベリル侯爵の唯一の弱点、それが自分によく似たアメジストの瞳を持つ幼い愛娘だった。


「ルースはまた父上を困らせているの?」


自分の足にしがみついて離れない幼い娘を、どうやって(なだ)めようか苦心する父親に助け舟を出すように、いつの間にか父の執務室に入ってきた兄のアンバーが苦笑いを浮かべながら近づいてきた。

髪色は父親譲りの灰銀色(アッシュグレー)で、瞳の色は母親譲りの蜂蜜を溶かしたような琥珀色。7歳の男の子にしては甘い容姿をしてるが、その性格は父をも超えるほど冷徹で頭の回転も早い将来を有望視されている侯爵家の嫡男、次期当主である。


「お兄様!私も一緒に剣を習いたい」


ルースは父の膝から手を離し、兄に駆け寄ると両手を広げてその胸にギュッと抱きつく。


「私も騎士になりたいの!」


ダメ?と上目遣いで大きな紫の瞳を潤ませてルースは兄の顔を見上げた。そんな妹の青銀の髪を愛おしそうに撫でながら、アンバーは優しく微笑んで答える。


「可愛いルースには無骨な剣より、お姫様のティアラの方が似合ってるよ。それに、僕が騎士になったら護るためのレディが必要でしょ?」


少し膝を曲げて目線をルースに合わせるとアンバーはにっこりと笑ってルースの手を握った。


「僕に護らせてくれませんか?我が家の大切なお姫様」


ルースは拗ねたようにぷぅっと頬を膨らませる。


「お姫様より騎士の方が良い」


ルースより2つ年上である兄のアンバーも、早くに儚くなってしまった母の忘れ形見である妹を溺愛していた。


「どうしてルースはそんなに騎士になりたいの?」


幼い妹の柔らかな髪を愛しそうに撫でながらアンバーが問うと、ルースは頬の内側を噛むように唇を引き結んで俯く。


「だって、私にはお父様やお兄様みたいに魔力がないから…」


ぽつりと小さな声で言うルースの言葉に、アンバーは眉尻を下げてその身体を抱きしめた。


「魔力なんてなくてもルースは僕の大切な妹だよ」


「でも、魔力が空っぽの私では、お父様やお兄様のお役に立てないもの」


ルースが生まれたベリル侯爵家は、オブシディアン帝国に属するフリント国の建国と共に長い歴史を誇る由緒正しい大貴族だ。

そのオブシディアンの『帝国の盾』と呼ばれるフリントは、勇者と共に世界を混沌から救ったとされる4人の英雄の1人である「守護者フリント」が生まれた地であると言われている。

フリントの地で生まれる者には、僅かな人数ではあるが守護の魔力を持って生まれる者が居た。

その中でも代々力を引継ぎ、国内でも強い魔力を持っているのがベリル侯爵家である。

ルースの父も、そして兄であるアンバーにも魔力があり簡単な魔法であれば難なく使えた。

そもそも魔力を持って生まれてくる子どもは希少で、さらには帝国全土でも減少傾向にあるものの、各国の王家とそれに続く高位の貴族にはまだ魔力を持つ者が一定数居て、ベリル侯爵家はその中でも強い魔力持ちの家系でもあった。

しかしどういう訳かルースは、直系の血筋だと言うのに一欠けらの魔力も持ち合わせていない。


「私にはどうして魔力がないの?」


へにょりと眉を下げてルースが問うと、父がルースを抱きしめるアンバーごと大きな腕で包み込むように抱きしめてきた。


「ルース!魔力などなくとも、お前はそこに存在してくれているだけでいいんだ!」


「父上、そんなに強く抱いてはルースが潰れてしまいます」


アンバーの抗議の声にも怯む事なく父侯爵は2人の愛しい我が子をさらに強く抱きしめた。


「魔力など、ルースにはむしろ無い方がよい。今はまだ幼くて分からないだろうが、魔力がある者にはそれなりのリスクがある。その力が強ければ強いほどに、抱えるリスクも大きくなるものだ。

魔力とは神の恩恵などでは決してない。いいかい?よく覚えておくんだよ」


父は腕を緩めて二人の顔を覗き込むように首を傾けると苦悩するように言った。


「魔力とは呪いなのだ」








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