あなたを殺せなかったので代わりに世界を滅ぼします。
私が生まれた時には人間と称する者たちとで戦っていた。向こうは自分たち以外を、人間の亜種、いや、人間にあらずと宣言した。その先に待っていたのは互いの、種の存続をかけての戦争だった。
互いに攻め込み、攻め込まれ、殺し、殺されの日々が続く。
ある日、私たちが殺される番が訪れた。村に一人の、人間の魔法使いが攻め込んできたのだ。
村の大人や戦える者達が次々と飛び出していく。私を含めた女子供は方々に隠された。
でも、隠れているなかで歓声が次第に途絶えていき、とうとう村はシンとしてしまう。
そこからは時折、悲鳴が聞こえた。敵に見つけられた者があげる断末魔が。
いやだ、死にたくない。
また悲鳴が聞こえる。
誰か助けて。
願ったけど助けは来ない。
なら……殺してやる。
殺される前に殺す。私は単純に考えた。
幸い、私は微弱ながらも魔法が使える。だから、それを限界まで練り上げる、それこそ魂を削るぐらいに。削って、溜め込んで、練り上げて、その時を待った。
隠されていた貯蔵庫から這い出て、入り口を見据えられる位置に隠れて様子を伺う。息を殺しながら、ドアが開け放たれる時を待つ。助けを待つのではなく、相手を殺す好機を待ち続ける。
開いた、と思った瞬間に、私は研ぎ澄ませたものを一気に吐き出した。
建物がひび割れ、土煙が上がる。
視界が晴れると男が立っていた。不敵に笑っている。わずかに血を流している。
「やるじゃねえか」
男は私をあざ笑ったのか、褒めたのか、よく分からない声で言った。
でも、もうどっちでもいい。私は全力で戦って、負けて。後は皆と同じく殺されるのを待つだけ。
「たぶん、お前で最後だぜ」
男の言葉に私は我を忘れて言った。
「……殺してやる」
「じゃあやってみな」
男の言葉に応じるように、私は手をかざす。けれど、何もでない、体の力は空っぽだった。
男は鼻で笑うと私を蹴った。体が吹き飛び、角を壁に強くぶつけてしまう。
「俺を殺したいんなら方法を教えてやる」
しゃがんだ男が私の目を見つめながら言った。
「……殺してやる」
こうして、私は人間の男に引き取られることになる。
男との日々は楽しいものではなかった。私自身、それを望んだわけではないけど。
一緒に暮らすようになって、男は人としての何かが決定的に抜け落ちていたように思えた。
一言で言えば魔法バカだ。
朝から晩まで魔法魔法魔法。そして、それを私にも押し付ける。
一度、教えられた魔法を唱えてみせたらひどく殴られた。痛みで頬を押さえる私に魔法バカが言う。
「その程度で満足してんじゃねえ、俺を殺すんだろ?」
バカの言葉に、私は、それはそうだと思い、そう思った自分にも腹が立った。
人間が亜人種の子供を引き取るのは、同じ人間から見ても馬鹿げた話だったらしい。
それなりに立場があるらしい、魔法バカを詰問する使者が何度も訪れた。
その度にバカは言った。
「俺には関係ねえ」
やっぱり、バカだ。
けど、バカのおかげで私は生かされている、悔しい。
バカとそれ以外の溝はどんどん深まっていった。そして、とうとう殺し合いになった。同じ人間同士でなんで戦っているんだろうと思う。でも男は実力で国を黙らせた。
この頃から、私はバカに対して、師と仰ぐ気持ちを抱くようになった。決して尊敬ではない。敬うところなんてないし。
尊敬するようになった理由を考えてみた。まず第一に、この男には人間や魔族、森人、獣人なんて種族の境目が無い。あるのは魔法がどれぐらい使えるかだけ。だから種族によって対応が変わることも無かった。
私が大人になっても、先生はまだ私より強かった。前から、「勝てると思ったらいつでも殺しに来い。魔法で負けたら笑って死ねらぁ」と言っていたが勝てると思ったことがない。
不思議なことに復讐という気持ちは薄れている。あるのは殺さないといけないという使命感だけだ。
憎いから殺すのではなく、やらないといけないことだから殺す。
二人で長く暮らしていると師弟でありながら、同時に男女の仲にもなった。別に二人で愛を語らうわけではない。体にたまったものを発散させるだけの動物的なそれ。
殺さないといけない相手とつながる。歪だけれど、それが私と先生の関係だった。
先生が老いを見せるようになって私は焦りを覚えた。殺すのをためらっているのではない。勝てる自信がないからだ。
咳き込むようになっても、具合が悪そうでも、先生はひたすら体に鞭打って魔法の鍛錬に励む。たぶん死ぬまでやめられないんだろう。もちろん、私も同じ時間、それ以上鍛錬しているつもりだけれど、なかなか追いつくことができないでいる。
とうとうある日、先生は病気をこじらせて死んでしまった。顔を見ようとして、ベッドの上で少しも動かないことに気付いた。私はためらいながら、先生の顔をのぞき見る。
私はヒッと声をあげてしまった。
なぜなら、先生の顔は笑っていなかったから。
猶予はまだあると思っていたのに。
私は知らなかった。人間がこんなに脆くて儚いなんて。
一人になってしまったけれど、私は先生抜きに鍛錬を続けた。
それから長い時間、満足できる力量を身に付けたのち、村や街を襲った。種族を問わず、国を問わず、規模を問わず。強い相手がいると聞けば襲いかかり、嫌がれば家族を質にしてでも無理やり戦わせた。
たとえ、それが同族だったとしてもだ。
私は一度たりとも負けなかった。ひどい悪名がつけられ、徒党を組まれ、国が排除に動いても、私は負けなかった。
だって、私は一番にならないといけないから。
私が世界で一番強くなって、先生を超えないと先生は笑えないから。それが先生を殺せなかった私ができるただ一つの贖罪だと思ったから。
私は襲撃する傍らで、子供だけは見逃してやった。そうしたら、復讐のために強く大きく育ち、私を狙うだろう。私と先生のように。そして、それを喰らえば私は強くなる。きっと今よりもずっと。
長い年月をかけて、私は世界の国々を渡り歩いてきた。歩きながら、焼け野原になった大地を見る。全てが灰に巻かれ、生命の息吹を感じさせない無常の大地。
私は一人そこでつぶやいた。
「私が世界で一番になりました。だから先生……笑ってください」
そう口にすると不思議にも、涙が頬を伝った。
あまりすっきりしない終わり方だと思いますが
こういうのも恋愛の一つかと思い書きました。
もし、胸にもやもやしたものが残ったなら
ざまぁものを書いていますのでそちらを読むと
すっきりできるかもしれません。