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70.



圧縮された番人の横を通り過ぎると、そこは別世界だった。


 これまで視界を覆っていたドス黒い瘴気が嘘のように晴れ、キラキラと輝く光の粒子が舞っている。

 地面には宝石のような花々が咲き乱れ、木々はクリスタルのように透き通り、空には虹色のオーロラがかかっていた。


「わぁぁぁぁっ! すごーい! キレイだねぇリク!」


 フレアが馬車の窓から身を乗り出し、目を輝かせて歓声を上げる。

 まさに、絵本に出てくる『妖精郷』そのものだ。


 だが、感動しているのは彼女だけだった。


『あ、あがぁぁぁぁっ!? やめるのじゃ! この神聖な空気はやめるのじゃぁぁぁ!』


 カーミラが荷台の上でのた打ち回っている。

 彼女の体から、ジューッという音と共に煙が上がっていた。


『焼ける! 高純度のマナが、我の肌を焼くぅぅぅっ! 灰になる! 死んでしまうぅぅぅ!』

「ああ、そうか。吸血鬼には毒だったな」


 ここは清浄な気が満ちすぎている。闇の住人であるカーミラにとっては、消毒液のプールに放り込まれたようなものだろう。


「しょうがないな。【遮断結界サンシェード】」


 俺が指を振ると、カーミラの周囲に薄暗い膜が張られた。

 聖なる気をシャットアウトする、対・浄化用結界だ。


『ぜぇ、ぜぇ……。た、助かった……。危うく、ただの塵になるところじゃった……』


 カーミラがぐったりと伸びている間に、馬車は森の最奥へと進んでいく。

 やがて目の前に、雲を突き抜けるほど巨大な一本の大樹が現れた。


「あれが妖精王様のいらっしゃるお城、『世界樹の宮殿』ですよぉ~」


 エバーグリーンの案内に従い、俺たちは大樹の根元にある広間へと足を踏み入れた。


 ヒソヒソ……。

 ヒソヒソ……。


 周囲の木陰から、小さな羽を生やした妖精たちがこちらを覗いている。

 本来なら人間を嫌って悪戯を仕掛けてくるはずだが、俺たちが「番人」を無力化してきたのを見てビビっているのか、誰も近づいてこない。


「通しますよぉ~。お客様ですよぉ~」


 エバーグリーンが手を振ると、蔦が絡み合った玉座への扉がひとりでに開いた。


 その奥。

 巨大な花の玉座に、一人の男が座っていた。

 背中には蝶のような絢爛な羽。黄金の髪に、宝石のような瞳。

 この世のものとは思えない美貌を持つ男――妖精王オベロンだ。


「よく来たな、人の子よ」


 オベロンが頬杖をついたまま、けだるげに俺たちを見下ろした。

 その声には、隠しきれない傲慢さが滲んでいる。


「番人を抜けてきたことは褒めてやろう。だが、この妖精王オベロンの前に立つには、いささか礼儀が足りぬのではないか?」

「初対面で挨拶もしない奴に言われたくないな」


 俺が肩をすくめると、オベロンの眉がピクリと跳ねた。


「ほう……。我に対してその口調。余程の自信家と見える」


 オベロンがスッと目を細めた。

 その瞳が、怪しく虹色に輝き始める。


「ならば試してやろう。その精神こころ、我が幻惑の光に耐えられるかな?」


 【妖精眼グラム・サイト】。

 視線を合わせた相手の脳を焼き、精神を支配する、妖精王固有の精神攻撃だ。

 まともに食らえば廃人確定の強力な魔眼。


 だが。


 カッ!!


「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 突然、玉座の上のオベロンが悲鳴を上げ、両手で顔を覆ってのけぞった。


「め、目がぁぁぁぁっ!? 我が幻術が……は、跳ね返されただとぉぉぉっ!?」


 オベロンが涙目で悶絶している。

 俺は何もしていない。

 ただ、常時展開している【精神防壁マインド・バリア】が、外部からの干渉を自動的に反射カウンターしただけだ。


「な、なんだ貴様は……!? 今の魔眼は、ドラゴンすらも跪かせる最強の催眠術だぞ!? それを無効化するどころか、倍にして返してくるとは……!」


 オベロンが充血した目で俺を凝視する。

 俺はため息をつきながら、サングラス(結界)の位置を直した。


「悪いな。俺の結界は、悪意ある干渉をすべて鏡のように跳ね返す設定になってるんだ。いきなりメンタル攻撃なんて仕掛けてくるからだろ」

「ひぃっ……!」


 オベロンの顔色が、青を通り越して真っ白になった。

 彼はガタガタと震えながら玉座から転げ落ち、そして――。


 ザッ!


 見事な土下座を披露した。


「よ、よくぞ参られた! 歓迎しよう、最強の客人よ!」

「変わり身、早っ」


 プライドよりも生存本能を優先したらしい。

 さすがは長生きしている種族の王だ。判断が早い。


「ささっ! 茶など用意せよ! 最高級の蜜を持ってまいれ!」


 オベロンが冷や汗ダラダラで部下に指示を飛ばす。

 こうして俺たちは、妖精郷において国賓級の待遇を受けることになったのだった。

【おしらせ】

※2/2(月)


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